【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#69 キル・ゼム・オール part8

目の前には。

 

血を流して倒れているハーマン。

呆然としているハリー。

気を失っているグウェン。

 

……そして、私の腕。

 

私は持っていた腕を捨てて、ハリーの胸倉を掴む。

 

 

「ぐ、あっ」

 

 

分かっている。

 

彼が悪い訳ではない。

ハーマンがグウェンを人質にした時点で……彼も冷静では居られなかったのだろう。

 

だから、私が彼に詰め寄っているのは怒りからではない。

 

焦りから、だ。

 

 

『ハリー、持っている救急キットを出せ……今すぐに!』

 

「ぐ、うあ」

 

 

……強く締め付けていた所為で、話す事も出来ていない。

そんな事に今更気づく程、私は焦っていた。

 

ハーマンが、死ぬ?

 

今はまだ息がある。

心臓も動いている。

 

背中に『レイザーバット』、黒いコウモリ型の手裏剣が刺さっているだけだ。

だが、ハーマンは超人的な能力を持っていない。

 

肉体の強度は一般人と変わらない。

背中をナイフで刺されれば、普通の人間はどうなる?

 

……放っておけば死ぬ。

 

私は呼吸を整えつつ、ハリーを掴む手を緩める。

咳き込みながらも、口を開いた。

 

 

「あ、あれは……もう、ない」

 

『……なに?』

 

「警官に使って……グウェンに使った……やつで、最後だ……」

 

『…………』

 

 

私はハリーを手放した。

力なく地面に転がる。

 

どうする?

ウィンターソルジャーや、ブラックウィドウに頼むか?

 

無理だ。

そんな事をすれば……彼等は私達を拘束する。

 

フィスクに知られれば……ハーマンは死ぬまで命を狙われるだろう。

私は……私も、死ぬ。

組織にバレた瞬間に、胸の爆弾が起動され……死ぬ。

 

 

私は、どうすれば良い?

 

……そうだ。

ティンカラーだ。

彼の研究室(ラボ)なら、治療道具もある。

以前、スーツのメンテナンスを頼んだ時に見た。

 

私はハーマンの股に腕を通して、担ぎ上げる。

 

絶対に、死なせはしない。

 

 

 

……私の、カーネイジに切断された腕が視界の隅に映る。

アレがなければ自己治癒に一ヶ月は掛かる。

……間違いなく、グウェンやピーターに正体がバレてしまう。

 

そうなれば私は……。

 

嫌われたくない。

この世界に生まれて初めて、楽しいと思えた。

ずっと、ずっと、私は人を殺して……心を許せる相手すら居なかった。

 

……日常を捨てたくない。

たとえ、それがいつか失われるモノだとしても。

ずっと、ずっと微睡みの中で『ミシェル・ジェーン』で居たい。

 

嫌だ。

嫌だ、嫌だ、嫌だ。

 

 

肩に乗った重みが、私にのしかかる。

 

 

ハーマンが死ぬのは……もっと嫌だ。

私はきっと、耐えられない。

 

彼が私の身勝手で死ねば……後悔する。

ずっと、死ぬまで……いや、私が地獄に落ちても後悔し続ける。

 

だから、どちらかを切り捨てなければならないなら……それは。

 

 

私は、自身の腕から視線を外した。

 

 

今の私に腕は一つしかない。

持てる物も、一つだけだ。

 

何かを捨てる覚悟は必要だ。

 

ハリーの視線を背に受けて……後ろの瓦礫から、ヒーロー達が這い出てくる前に……。

 

私はハーマンを背負い、その場を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

暗い、地下通路を走る。

ハーマンの傷が痛まないよう、慎重に……だけど、素早く。

 

ハーマンの呼吸が黒い肩のアーマーに掛かり、白く曇る。

 

息はある。

死んではいない。

 

まだ、大丈夫だ。

きっと、何とかなる。

 

願う。

祈る。

彼を死なせないでくれ、と。

 

……散々、命を奪ってきた。

私が死なない為に……自身の邪魔する善人すらも。

 

どの面を下げて祈るのか、そう思われたって良い。

 

だけど、頼む。

 

彼を死なせないでくれ。

 

こんな死に方をする程、悪い人間じゃないだろう。

だから、だから。

 

肩に背負った成人男性、一人分の重みが……その命の重みと感じた。

 

……今まで私は。

殺して、殺して、沢山殺して……。

 

そうやって殺して来た『誰か』達にも、きっと想ってくれている人が居た筈だ。

気付かないフリをしていたんだ。

 

私が、私を苦しめないように……自身の罪悪感に蓋をして、考えないようにして来たんだ。

 

人を殺すと言う事は……それだけ、重い……本当に、重い罪なんだ。

それが善人であろうと、なかろうと。

 

屑である私が、勝手に奪っていい命なんて無かったんだ。

 

 

『はっ、はぁっ』

 

 

呼吸が乱れる。

 

肉体の疲労も、精神の疲労もピークだ。

 

だけど、足は止めない。

 

ドアを開けて、部屋に入る。

ボタンを押して……エレベーターを起動する。

 

早く、早く、早く、早く。

 

焦りながら、私はドアの前に立つ。

 

そして、ドアが開き……転がり込む。

 

……ティンカラーの研究室(ラボ)だ。

椅子に座っていたティンカラーが、エレベーターに乗って来た私に気付き、振り返る。

 

 

『やぁ、遅かったね。思ったより手こず──

 

『ティンカラー……!』

 

 

背負って来たハーマンを机に横たわらせる。

焦っている私に気付き、ティンカラーがハーマンの側に近寄った。

 

 

『た、助けてくれ……頼む……彼を……彼を、死なせないでくれ……』

 

『……僕は医者じゃないんだけど』

 

 

……その言葉に全ての希望が打ち砕かれた気がして、縋るような目でティンカラーを見た。

 

 

『でもまぁ、出来るところまで何とかするよ』

 

 

ティンカラーが指を鳴らすと、白い樽のような形状をしたロボットが集まり出した。

パネルが展開し、医療器具が現れる。

メスや、縫合針がアームの先に付いている。

 

ハーマンの体に管を通し、何かの液体を流し込んでいる。

 

 

『……助かる、か?』

 

 

それでも心配で……私は思わず、ティンカラーに訊いてしまった。

 

その言葉に振り返り、彼は自信ありげに頷いた。

 

 

『勿論さ。だけど、君にも一つやって欲しい事があるんだ。』

 

 

私は自身の胸に手を置いて、ティンカラーに近寄る。

 

 

『何だ?私に出来る事なら何でもする、だから──

 

『まぁまぁ、落ち着いて』

 

『う……』

 

 

ティンカラーが落ち着くように促した。

これが落ち着いてられる状況か?

 

だが、焦っても何も状況が変わらないのは確かだ。

私が口を噤むと、ティンカラーが喋り出した。

 

 

『そう、欲しいのは……君の血さ』

 

『血……?』

 

 

ティンカラーの側に居た白い樽のようなロボットから、注射器の付いたアームが生えて来た。

 

針は……目視できるほど太い。

血を抜く為の注射器のようだ。

 

 

『僕は医者じゃないから……ちょっと痛むだろうけど、我慢してね?』

 

 

ギラリと、針が光を反射した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

視界の隅から隅まで、金色の草が生えた平原に立っていた。

 

すげぇ綺麗な景色だ。

 

だが、なんつーか……こう、あんまり好きにはなれねぇ。

 

地平線の彼方まで続く、輝く草。

太陽もねぇのに、どこまでも明るく澄み渡った空。

 

常識の通じねぇ、不気味で意味不明な景色だ。

 

こんなに広い、ただ広いだけの平原で立っている自分の状況に……オレは首を傾げた。

 

……見渡すと、一人の少女がいた。

靄がかかって姿は分からない。

だけど、何となく……それがオレの死んだ妹なんだって分かった。

 

あぁ、なるほど。

じゃあ、ここは死後の世界だ。

 

全く信心深くなかったし、死後の世界(アフターライフ)なんて信じて居なかったが……いや、あるんだな。

 

いや待て、何で信じようとしてるんだ。

それとも、これは死の直前に見ている幻覚なのかも知れねぇだろ?

 

まぁ、確かめる方法なんてねぇだろ。

意味のねぇ詮索だ。

 

金色の草を押し退けて、オレは靄のかかった妹に近付く。

 

 

『よぉ、久々だな』

 

 

声を出そうと思ったが、上手く喋られない。

 

だが、妹は理解したように笑って頷いた。

 

顔も見えねぇのに、何で表情が分かるのか……オレにも分からない。

 

 

『ここって死後の世界なのか?』

 

 

そう訊くと、頷かれた。

そうか……オレ、マジで死んだのか。

 

 

『そうか……そうかぁ……』

 

 

オレは頭を抱えて、座り込んだ。

 

悔いはない。

なぁんて、言える訳がなく。

 

やりたい事だって、やらなきゃなんねぇ事だって沢山残ってる。

 

けど、まぁ……オレ達は人を傷付けて生きている悪人(クズ)だ。

まともに老いぼれて死ねるなんて思っては居なかった。

 

だから、仕方のない事だと納得はした。

 

だけど、一つだけ……たった一つだが、思い残す事はある。

 

 

『聞いてくれよ……』

 

 

喋らねぇ妹に話しかける。

 

 

『オレの友人に……いや、違うな。オレが友人だって思ってるだけかも知れねぇが……まぁ、そんな奴がいるんだ』

 

 

靄のかかった妹の顔がオレを覗き込む。

 

 

『そいつはな……オレより強くて……でも、どこか危なっかしいんだ』

 

 

聞かせるように話しているが……本当はただ独り言を喋っているだけなのかも知れない。

返事も欲しいと思ってねぇし……ただ、言葉を続けている。

 

 

『顔も知らねぇし、本名だって分からねぇ……知ってるのは声だけだ。歳の若い……そうだな、お前が生きてたら、同じぐらいの歳かもな』

 

 

誰も返事はしない。

反応も返っては来ない。

 

 

『そんな子供が……オレのような悪事を働いてるんだ。理由は知らねぇ。だが、本当はそんなに悪い奴じゃないって思うんだ』

 

 

ビルの下敷きになったオレを助けた時……損得だけじゃなかった。

気のせいじゃなければ……アイツもオレの事を、嫌っては居ないはずだ。

 

 

『どっかでボタンを掛け違えちまったように……何かがアイツを、おかしくしちまってる』

 

 

足元の草を握りしめる。

 

 

『子供が服のボタンを掛け違えたら、どうすりゃ良いと思う?オレはな、大人が……掛け直してやるのが当然だって思ってるんだ』

 

 

遥か昔に、歳の離れた妹の世話をしていた記憶が蘇る。

まだ母親が生きていた頃……それでも病気でまともに立てなくなっちまってた頃。

 

妹に服を着せて、ボタンを留めた記憶が蘇る。

 

 

『……だからさ、オレ……やる事があるんだよ』

 

 

オレは地面に手を突き立てた。

 

 

『まだ、死にたくねぇよ』

 

 

……風の音だけが、オレの耳に入ってくる。

 

妹も、何も反応してくれねぇ。

 

 

沈黙に耐えられなくなって、オレは顔を逸らす。

 

そして、後ろを見ると──

 

 

『あ?』

 

 

そこには大きな……大きい……いや、大き過ぎる扉があった。

 

さっきまでは無かった筈の……高さが100メートルぐらいはある大きな扉だ。

 

 

『……は?』

 

 

オレが呆けていると、ゲラゲラと笑い声が聞こえた。

 

妹……いや、オレが妹だと思っていた『何か』だ。

こんな笑い方をする奴じゃなかった。

 

じゃあ、誰なんだ?

 

……いや、そもそも何でオレはコイツを妹だと思ったんだ?

 

何なんだ、コイツは?

 

全然似てないだろ。

 

そもそも人間じゃない。

 

真っ赤な肌をして、同じ色のマントを羽織っている。

2本の尖った耳と、笑った口から覗き見える鋭い牙。

ツノのようなモノが生えていて、顔は険しい……壮年の男のようだ。

だが、その目に……瞳はなく、白眼しかない。

充血して赤い血管だけが見える。

 

 

思えば、ここも金色の草原じゃない。

 

真っ赤な血で濡れた骨が、地面に突き立てられているだけだ。

空も赤く……まるで血のような色だ。

 

 

心の底から、怖気が湧き上がる。

 

何故、オレは誤認していた。

誰だ?コイツは?

何処なんだ?ここは?

 

絶叫を無理矢理飲み込み、オレは後退る。

 

そして、怯えた様子のオレに、真っ赤な何者かが語りかけてくる。

 

 

『ハーマン・シュルツ……何も怯える必要はない』

 

 

いつの間にか持っていたグラスには、真っ赤なワインが入っていた。

絶対に、先程までは影も形も無かった筈だ。

 

 

『私はお前をどうこうしようと言う気はない……今は、まだ』

 

『だ、誰だよ、アンタ……それに、ここは』

 

 

骨をかき分けて、少しでも距離を取ろうとする。

 

こつり、と足が何かにあたった。

 

それは見覚えのあるガラス玉……死んだ筈の、ミステリオのマスクだ。

マスクの下にはミイラのように干からびた、死体の頭部がある。

 

 

『いっ』

 

 

腰を抜かして、へたり込む。

 

 

『ここが何処か、私が誰か?それはどうでも良い。どうせ目が覚めれば覚えていない話だ』

 

『何を……言って……』

 

 

目前に赤い顔が迫る。

 

まるで金縛りにあったように動けなくなる。

 

 

『私はお前に興味はない。私に必要なのは……もっと純粋な、魂の持ち主だ』

 

 

恐怖で荒くなっていく呼吸を、必死に鎮めようとする。

心臓が破裂するのかってぐらい音を上げている。

 

必死に距離を取ろうとして……地面がなくなった。

 

 

『うぁっ……!』

 

 

気付けば、背後にあった扉が開いていて……その先は崖のようになっていた。

 

光の奔流の中に、オレは落ちていく。

 

赤い……まるで、悪魔のような男が扉の外から、落ちるオレを覗き込んだ。

 

 

『いずれまた……いつかまた、必ず、ここへ戻ってくる。その時までは──

 

 

その狂気的な笑みを目に刻みながら……オレは落ちて行った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「……う……ぁ?」

 

 

何か……怖い、夢を見ていた気がする。

だが今はそんな事を言ってる場合じゃない。

ここは、どこだ?

オレは今、どうなってる?

 

ここは……ベッドか?

蛍光灯がオレの頭上を照らしている。

 

……顔を触る。

マスクはない、手甲(ガントレット)も。

 

スーツは脱がされていて……薄い緑色の、患者衣みてぇなモノを着ている。

 

オレは上半身を起こした。

机もない、白一色の部屋。

……病院って、様子じゃねぇな。

 

それで……腰に、何かが乗っていた。

 

視線を下ろすと……女だ。

女のガキが椅子に座って……上半身だけうつ伏せにしていた。

綺麗な白っぽい……金髪の髪が見えた。

手で触れると、サラサラで……って、何してんだ、オレ。

 

誰だ?コイツ……そう訝しんでいると、ドアが開いた。

横にスライドするタイプの、自動ドアみてぇだ。

 

そして、この部屋の外から入って来たのは……黒いフルフェイスのマスクと、アーマースーツを着た男だ。

 

 

『フフ、目が覚めたかい?ハーマン・シュルツ』

 

 

老若男女、どれとも取れねぇ機械音声だ。

……だが、何つうか……聞き覚えのある……。

 

あぁ、分かった。

レッドキャップの声と同じだ。

 

 

「てめぇ、何者だ……」

 

『ティンカラー。職業は……発明家、かな』

 

「医者、じゃなくてか?」

 

『医者ではないね。医師免許も持ってないからね』

 

 

小馬鹿にしたように笑う……目の前の男……いや、男か?

 

兎に角、ティンカラーが──

 

 

「あ?『ティンカラー』だと?」

 

『うん?そう言ったよ?』

 

「嘘を吐くなよ……オレの知ってる『ティンカラー』は年老いた小せぇジジイだ。てめぇ、何者だ」

 

 

オレの脳裏には椅子に座って……機械を弄る老人の姿が浮かんだ。

 

昔、オレと『ティンカラー』の二人で仕事をした事がある。

機械工学に詳しい『ティンカラー』が、オレのスーツの改善点やら何やらを教えてくれた。

 

5年か、もっと前の話だ。

まだフィスクの手下にもなってねぇ頃の話だ。

 

だから、オレの古い知人と同じ名前を騙るコイツを、信用できない。

 

 

『あぁ……君、僕の養父と知り合いかい?』

 

「……養父?」

 

『そう、僕は彼から『ティンカラー』を受け継いだだけさ。君の考えるような不穏な事なんて何もない』

 

 

コイツが、嘘を吐いてる可能性も考えられる。

……信用するには、情報が足りねぇ。

 

だが、まぁ……。

 

 

「……取り敢えず、アンタが助けてくれたのか?」

 

『いや……まぁ、部分的にはそうだね。でも、君をここまで連れて来たのも、君を助けるために頑張ってたのも……レッドキャップだ』

 

「……そうか」

 

 

助けるつもりで割り込んだのに……結局、助けられたのはオレだったのか。

 

 

『だから、お礼は彼女に言ってくれ』

 

「………ん?」

 

 

ティンカラーがオレの腰辺りを指差した。

うつ伏せになっている少女だ。

 

 

「……おう、気になってたんだが……コイツ、誰だよ?」

 

 

何となく……本当は何となく、分かっているが……自分を信じられなくて、ティンカラーに訊く。

 

 

『君の思っている通りの人だ』

 

「は?……じゃあ、コイツが?」

 

『そうだよ』

 

 

……確かに。

服の上からじゃあ分かり辛いが……腕が片方無い。

カーネイジに切断された場所と、一致する。

 

だが……思っていたよりも、幼い。

後ろ姿しか見てねぇから細かくは分からないが……身体の小ささから見るに、15歳ぐらいのガキだ。

 

スーツに厚みがあるのか……あのオレの知っている赤いフルフェイスのマスク姿の時より、一回り……いや、二回りは小せぇ。

 

 

「そうかよ……」

 

 

だが、肝心のレッドキャップは身動きをしない。

 

まるで死んだかのように呼吸を殺して、伏せている。

 

 

「……なぁ、コイツ、大丈夫なのか?」

 

『え?何が?』

 

「そりゃあ……だってよ?身動きしねぇし、何か……無理でもしたのかって」

 

 

だって、先程、頭を撫でても反応が無かったし。

……オレを助ける為に、何か無茶でもして、寝てるのかと……。

 

それを聞いたティンカラーが笑った。

いや、嘲笑った。

バカにされている、そう思った。

 

思わずオレは口を開いた。

 

 

「な、なんだよ?笑うような所があったか?」

 

『あぁ、勿論。凄く笑えるよ。だって、そこにいるレッドキャップは……狸寝入りをしているだけだからね』

 

 

……あ?

 

 

「狸寝入り?」

 

『寝たフリって事だよ。起きてるよ、その娘は』

 

 

……じゃあ、さっき撫でちまったのも、バレてるって事か?

 

いや、そもそも何で寝たフリなんてしてるんだ?

 

 

「……オイ」

 

「………………何だ?」

 

 

肩を揺すると、小さく返事された。

だが、顔は上げない。

うつ伏せのままだ。

 

 

「何で顔を上げないんだ?」

 

「……見られたくない」

 

 

何だよ、そりゃ。

 

モゾモゾと頭を動かして、ボソボソと喋っている。

 

見られたくねェなら、マスク付けっぱなしで良かっただろ。

 

しかも、オレと同じような患者衣まで来て……。

 

首を傾げると、ティンカラーが割り込んで来た。

 

 

『彼女は君に輸血していたんだよ。血を抜いたからね。少し、元気がない』

 

「輸血?」

 

 

……血液型が一緒なのか?

いや、それにしても態々、コイツから血を抜いてオレに入れる意味がねぇだろ。

輸血パックの用意が無かったのか?

 

 

『そう、彼女の血にはね……少し、特殊な因子が入っていて、人体の再生能力を著しく高める力があるんだ』

 

「あぁ……なるほど……いや、そうなのか?」

 

 

そう言えば、レッドキャップは戦闘で負った傷を高速で再生させていた。

 

その血を輸血して、オレの再生力を高めた……のか?

そんな事が出来るのか?

 

 

『そういうモノなのさ』

 

 

オレは医者じゃねぇけど……納得は出来ねぇ話だ。

賢い奴の血を入れれば賢くなる訳じゃねぇし、強ぇ奴の血を入れても強くはならねぇだろ。

訳分かんねぇ。

 

悶々としていると、うつ伏せのレッドキャップが口を開いた。

 

 

「……悪かった」

 

 

何の謝罪か、分からなかった。

思い当たる節が沢山あって……それでも謝られるような事でもないと思っている。

 

だから、オレは黙って頭を撫でた。

……髪質が良いからか、撫で心地が良い。

 

 

「…………やめろ」

 

 

……怒られた。

オレは手を引っ込めて、ティンカラーの方を見た。

 

……何考えてるか分からねぇ顔で、レッドキャップを見ていた。

 

 

『……素直になったら良いのに』

 

 

ボソっと呟いた言葉に、微かに震えていた。

 

だから、オレは安心させたくて声を掛けた。

 

 

「あ?あー……何だ?助けてくれたんだろ?」

 

「……元はと言えば、私が無茶をして……巻き込んでしまったのが原因だ」

 

「気にしてねぇ……って言ったら嘘だが」

 

「…………」

 

 

また、少し震えた。

……何か、怖がってんのか?

 

 

「その程度で幻滅するぐらいなら、そもそも助けようなんて思わねぇよ」

 

「……ありがとう」

 

「逆だ、逆。感謝するべきなのはオレだ」

 

 

また撫でて……今度は手で払われた。

撫でられるのは嫌らしい。

 

 

「……それで、何で顔を隠してるんだ?」

 

「…………合わせる顔がない」

 

「気にしてねぇよ……つか、見せる気ねぇなら何でスーツ脱いでんだよ」

 

 

そもそも、何でオレの側で寝たフリなんかしてるんだよ、コイツ。

オレが起きる前にどっかで待っとけば良かっただろうが。

 

そう思ってると、ティンカラーが小さく笑いながらオレに耳打ちして来た。

 

 

『彼女はね……君が心配で心配で待ってられなくて、ずっと側で見てたんだよ』

 

「黙れ、ティンカラー」

 

『それで、君が起きそうになったから慌てて寝たふりを──ぐえっ!?』

 

 

ドスン!と重い音がしてティンカラーがよろけた。

レッドキャップがうつ伏せのまま、ティンカラーを蹴ったのか。

 

少し気まずい空気が流れて……オレは苦笑した。

そして、彼女がぼそぼそと喋り始めた。

 

 

「……別に、血を抜くのにスーツを脱ぐ必要があって……態々、着直す必要もないと思っただけだ」

 

「お、おう……?」

 

 

言い訳を並べる彼女に、オレは腑に落ちないが……それでも、否定すると面倒臭そうだから頷いた。

……しかし、それでも彼女はうつ伏せのままだ。

 

その伏せている顔が、どんな顔なのか……少し、気になった。

 

すると、見透かしたようにレッドキャップが口を開いた。

 

 

「……ハーマン、お前は私の顔が見たいのか?」

 

 

気になる。

正直に言えば……かなり、気になる。

 

だが、まぁ……。

 

 

「アンタが見られたくねぇなら、見ないでおく」

 

 

興味本位で人の踏み入られたくない場所に踏み込むほど……オレは無神経じゃないと、思いたい。

 

 

「…………そうか」

 

 

そう言って……レッドキャップが顔を上げた。

 

 

「……なんっ──

 

 

一瞬、黙ってしまった。

 

まるで作り物かってぐらい、綺麗な……少女が居た。

後ろ姿からも分かっていた通りの、15歳ぐらいの子供だ。

 

……オレがあと5つ……いや、10ぐらい若かったら惚れてたかも知れない。

 

それぐらい、美人だった。

 

だが、そんな少女の整った目元は……赤くなっていた。

それに、目が潤んでいるし……鼻水出てる。

 

……布団の上に、仄かに赤い色が付いていた。

多分、口紅だ。

 

 

「……あまり、じろじろと見るな」

 

「あ、いや……」

 

「……やっぱり、人に見せられるような顔をしていない」

 

 

そんな事はない。

確かに……まぁ、最良の状態とは程遠いだろう。

でも、元が美人だからなのか……それでも綺麗に見える。

 

 

「……何で顔を見せてくれたんだ?」

 

「気になっていたんだろ?」

 

「そりゃ……まぁ、そうだが」

 

 

ヤバい。

歳下の女の……しかも、未成年のガキと話すのは慣れてねぇ。

 

どうすりゃ良いか分からなくて、視線でティンカラーに助けを求めれば……腕を組んで、黙ってオレ達を眺めていた。

……まぁ、さっきは要らない事を言って蹴られたもんな。

 

 

「お前は……無闇に話さないと、思ったから……でも、本当に──

 

 

レッドキャップと、目が合う。

 

普段は互いにマスクを被ってるから、見える事のない目だ。

 

青い、澄んだ海のような眼がオレを見つめていて……突然、抱きつかれた。

胸元で、泣き噦る。

 

 

「生きてて……良かった、本当に……お前が死んだら……私は」

 

 

慰めの言葉も、感謝の言葉も、謝罪も、何も出てこなかった。

 

……こんな、子供が。

何で『レッドキャップ』なんて、名乗ってるんだ?

何で人を殺す仕事をしているんだ?

どうして……こんなに歪められてしまったんだ?

 

そう思うと、胸が苦しくなって……言葉に詰まる。

 

だからオレは、黙って彼女の頭を撫でようとして……残った方の手で叩かれた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ハーマンを病室……ではなく研究室(ラボ)内の空き部屋に残して、ティンカラーと外に出た。

ここは病院ではない。

病室なんてモノは無い。

 

 

「本当に助かった、ティンカラー。私に出来る事なら、他にも──

 

 

幾つか、聞きたい事があって私はティンカラーを見て──

 

 

『…………』

 

「……どうした?ティンカラー」

 

 

彼は黙って、私を見ていた。

そして、慌てて視線をずらした。

 

 

『え?何?何でもないけど』

 

 

コイツの奇行は今に始まった事ではない。

だから、私も気にしない事にした。

 

 

「……そう言えば頼みたい事があるんだが」

 

『腕の事だろ?』

 

「あ、あぁ……」

 

 

図星を指されて、私は思わず眉を顰めた。

 

しかし……この腕が何とかなるのであれば、私はピーター達と別れずに済む。

そんな資格があるのか、と言えば……無いかも知れないが。

……正直、ボロが出る前に彼等とは別れた方が良いのかも知れないが。

 

……いや、そもそもの話。

よくよく、考えれば……ミッドタウン高校に潜入しているのも組織の命令だ。

 

腕を無くした原因を問い詰められるだろう?

その時、私は何て言えばいい?

 

組織に黙って出撃し、腕を切られて帰って来たとでも言うのか?

良い訳がないだろう。

 

フィスクか、組織(アンシリーコート)か。

どちらかに処分される事は目に見えている。

 

……死活問題だ。

 

だが、腕を捨てた事に、後悔はしていない。

 

ハーマンを助けられたのだから、私の身体にもまだ価値があったのだと、そう思う事が出来たからだ。

 

考えていると、ティンカラーが私に振り返った。

 

 

『何とかなるかも知れないよ?』

 

「何?本当か?」

 

『うん、君の元の腕と……全く同じモノを用意すれば良いんだろ?』

 

「あぁ、すまない……本当に感謝している」

 

 

……そう言えば、ティンカラーは何故、私を助けてくれるのだろうか?

 

彼は組織の人間でもなく、ただの取引相手でしか無い筈だ。

 

私を心配してくれたり、頼みを聞いてくれる。

組織やフィスクの意図に反した行為を取り、独断行動をしても助けてくれる。

 

……何だか、警戒しているのが申し訳無くなる程だ。

 

もう少し、信用しても良いのかも知れない。

私は密かに、心の中でそう思った。

 

 

ティンカラーの後ろを歩く。

 

 

「しかし、腕のスペア……義手か?同じモノを用意するなんて、出来るのか?」

 

『フフ、まぁね。こういう時のために……って訳じゃないけど、偶々、利用できるモノを持ってたんだ』

 

 

彼の研究室(ラボ)は大きい。

それこそ、全ての部屋を、私は把握出来ていない。

 

廊下を歩き、部屋の前に立った。

タッチパネルに手を置き、カードキーを差した。

 

……何だか、厳重なセキュリティーだ。

他の部屋には、こんな鍵など付いていないのに。

 

ティンカラーと共に部屋に入ると……そこには沢山のロッカーがあった。

横に1メートル程、縦はもう少し小さい。

 

そして、青白い蛍光灯が光っていて……部屋は少し、いや、かなり寒い。

まるで冷蔵庫の中のような寒さだ。

 

そして、ティンカラーが引き出しに手を掛けて、引っ張ると──

 

 

「……何だ、コレは」

 

 

そこには、私が横たわって居た。

 

一糸纏わぬ姿で、私が光のない目で天井を見上げて居た。

 

……まるで、死んでいるかのような……。

ゾクリ、と寒気が走った。

自分と全く同じ姿をした死体を見れば、誰だってそうなる。

 

 

私が一歩、後退ると、ティンカラーが振り返り──

 

 

『何って……それは、君の『死体』かな』

 

 

そう、答えた。


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