【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
データをティンカラーへ提供し終わった私は、クイーンズ内の自宅とは別にある拠点へ帰って来た。
ただ、着ているスーツは前のボロいスーツだ。
測定データを渡した所で、そんな数時間でスーツのフィッティングは出来ないらしい。
そりゃそうか。
結局、新しいスーツは一週間後に渡される事となった。
……正直、ティンカラーとはそんなに会いたいと思っていないが。
鬱陶しいし。
どうにか手渡しにならず、受け取る方法はないか。
置き配で頼む。
下らない事を考えながら、スーツを脱ぎアタッシュケースに詰める。
……プロテクターが傷によって変形していて、上手く入らない。
私は舌打ちをしながら無理矢理詰め込み、部屋の隅に押し込んだ。
ここはクイーンズの自宅から5キロメートルほど離れた場所にある、スーツの保管や、任務の指示書が送付される別拠点だ。
前回、ヘルズキッチンで拠点を爆破された事を反省し、任務に使用する拠点と、生活用の拠点に切り分けられたのだ。
ここの拠点の地下から直接、ニューヨーク内の広大な地下通路に繋がっており、様々な路地裏、空き地、施設……珍しい所だと商業施設のトイレとかに繋がっている。
私は血清によって強化された超人的な記憶力によって、様々な入り口からこの拠点に来る事が出来る。
ちなみに、この拠点はビジネスビルの地下にある。
地上に繋がる階段はないし、地下通路以外からこの拠点へ来る事はできない。
拠点と地下通路を繋ぐ扉には生体認証が設定されており、私以外誰も入る事は出来ない。
……組織としても、前回の拠点爆破襲撃事件は重く受け止めているようで、このような至れり尽くせりと言った高セキュリティルームが私に貸し与えられる事となったのだ。
あぁ、拠点の上にあるビジネスビルは雇い主、ウィルソン・フィスクの管理するビルだ。
フィスクがそのビジネスビルに来る事はないが、ビルを貸し与えられている企業はフィスクの手下だ。
言うなら、私と同僚という訳だ。
別に暗殺者とかエージェントって訳ではないが。
拠点を後にし、自宅付近の偽装されたマンホールから地上に出る。
空を見てみれば、暗くなっていた。
街灯が灯りで照らしている。
晩御飯も食べていないので、たまたま近くにあった中華屋でテイクアウトする。
汁なしのヌードルを注文して、白い厚紙でできた箱に入れてもらう。
前世の海外ドラマとかでよく見た、あの白い箱だ。
後はデザート用にプラスチックの容器に入った杏仁豆腐を……二つ、買った。
一つでは満足できない気がしていたからだ。
……いや、私の体は超人だ。
新陳代謝も凄い。
カロリー消費も物凄い。
沢山食べても太らない。
だから食べたい物は、食べたい量食べる。
ビニール袋に白い厚紙で出来た箱と、杏仁豆腐の入ったカップを二つ持ち歩く。
その頃には空もすっかり暗くなっていた。
……クイーンズは決して治安が良いとは言えない。
いや、ヘルズキッチンよりは遥かにマシだが。
私は早足で自宅へと歩き始めた。
そして。
「なぁ、嬢ちゃん。こんな暗い所で一人歩いてたら危ないぜ?」
テンプレみたいなイベントに遭遇してしまった。
ジャージを着ているチンピラの様な男が三人。
……いや、違う。
チンピラではない、マフィアだ。
『ジャージマフィア』だ。
『ジャージマフィア』はニューヨーク全域にいる半グレ集団で……全員ジャージを着ている。
ジャージを着てるから、ジャージマフィア。
ふざけた集団だが、その危険性はただのヤンキー集団とは大違いだ。
集団で、計画的に、暴力的に行動する。
彼等はあまり統率された集団とは言い辛く、各々が独自の判断で動いている。
ウィルソン・フィスクも彼等を傘下に入れるつもりはないのか、完全に放置している状態だ。
私は手にもった今日の晩飯の心配をしつつ、後ずさる。
彼等は私が怯えているように見えるのだろうが、実際は揉め事で晩御飯を失う事に怯えているに過ぎない。
彼等は特殊能力を持っていない。
それどころか暗殺術とは無縁の、ゴロツキだ。
私が殺す気になれば……三人、合わせて30秒で殺せるだろう。
私は両手に持っていた荷物を左手に集め、右手を……。
待て。
人の気配が急速に迫っている事に気付いた。
誰だ?
空を切るような音がする。
「何だ嬢ちゃん、俺たちゃ悪い事はしねぇよ。むしろちょっと気持ち良くなっちま……」
ガツン、と衝撃が走り、ジャージ男が吹き飛ばされた。
「なっ」
直後、白い何かが目の前をよぎる。
それはもう一人の男の顔面に命中し、壁に拘束した。
「ふが、ふがが」
息はできる様だが、喋ることは難しい様だ。
そしてそれは、『蜘蛛の糸』だ。
「あ」
私は思わず、声を漏らした。
赤と青のスーツが視界に移る。
黒い蜘蛛のマークが胸に見える。
「てめぇっ」
残された一人が腰から拳銃を取り出す。
……やはり、彼等はただのチンピラではない。
武装しているマフィアなのだ。
だが。
私はほんの少しも心配などしていない。
だって。
「……スパイダーマン」
私の目の前に、憧れていたヒーローがいるから。
「死ねっ!!」
火薬が弾ける音がして、拳銃から弾丸が放たれた。
スパイダーマンはそれを避けて、蜘蛛の
ウェブシューターだ。
新聞からは読み取れない、生で見るからこそ分かる細かい情報に、私は感動していた。
男が引き摺られ、スパイダーマンの拳が顔面に命中した。
「ぐぶぁっ」
鼻血を出しながら、よろける。
持っていた拳銃を取りこぼし、そのまま壁にもたれかかる。
パシュン、とスパイダーマンが
三人のジャージマフィアが、ほんの少しの時間で拘束された。
それも、致命傷もなく。
……私も、殺すだけなら30秒で終わる。
だが、こうやって殆ど傷もなく、骨すらも折らず、素早く無力化する事が出来るだろうか?
いや、出来ないだろう。
スパイダーマンは手加減が上手い。
本気を出せばコンクリートの壁に穴を開ける事も容易いパンチが出せるが、先ほどのパンチは男の意識を奪う程度に抑えられていた。
まるで、蟻を指で摘むかのような力加減だ。
……これも、実際に出会わなければ知らなかった情報だ。
「やぁやぁ、お嬢さん。大丈夫だったかい?こんな夜道を一人で歩いちゃ……危な……あっ」
スパイダーマンが手を振りながら私に近付き、途中で固まった。
……あぁ、暗闇だったから私の姿がちゃんと見えてなかったのか、ピーター。
ようやく、助けたのが知り合いの女の子と気付いたようだ。
「ん、ゴホン。こんな夜道を一人で歩いてたら危ないぞ?」
努めて、声に威厳を醸し出すように低く喋り出した。
思わず笑いそうになるが、堪える。
と言うか、さっきまで完全に普段の声で喋っていたじゃないか。
手遅れだよ。
誤魔化せると思っているのか。
……まぁ、別に困らせたい訳じゃないし、誤魔化されたフリをしよう。
「わかった、気をつける」
「そうしてくれたまえ。ぼ、オレが警察に連絡しておいたから……後で警察が来てコイツらを逮捕するだろう。君はもう帰っていい」
何だかもう声のトーンも口調もメチャクチャなスパイダーマンを見て、笑いを抑えられなくなりそうだ。
いや、本当に演技というか本心を隠すのが下手くそだ。
マスク越しなのに慌てているのが手に取るように分かってしまう。
……まぁ、そう言う所も好きなのだが。
誠実で愚直な感じが良い。
とにかく。
「ありがとう、スパイダーマン」
礼をする。
例え、助けて貰わなくても問題なかったとしても。
そうやって誰かを助けようとする心が嬉しい。
……初めて、誰かに助けて貰ったかも知れないな。
この世界に生まれてから、誰かを殺し、一人で何もかもやって来たから。
思わず、ちょっと感動してしまった。
「……これ」
私はビニール袋から、杏仁豆腐を一つ取り出した。
それを見てスパイダーマンは首を傾げる。
「……お礼、助けてくれたから」
スパイダーマンは納得した様な素振りを見せつつ、手を伸ばしてくる。
「本当にありがとう、スパイダーマン」
そしてまた、私は礼を言った。
そうだ。
私はこの世界に、ヒーローのいる世界に生まれて……でも今まで地獄のような場所で生きてきて…………何度も、何度も、何度も、何度も、辛くて死のうと思う時があった。
それでも生きて来れたのは。
「あぁ、どういたしまして」
スパイダーマンがカップを受け取った。
……今まで、生きて来れたのは。
スパイダーマンが、憧れが、希望が、この世界に居るって知っていたからだ。
「あ、家まで送って行こうか?」
と、エスコートを提案される
「いい。家まで近いから」
それはスパイダーマン……ピーターも知っている。
それでも聞いたのは、スパイダーマンが知る筈のない情報だから疑われないために…………いや、違うな。
きっと、本心から心配しての提案なんだろう。
徒歩、10分もかからないほどの距離なのに。
「そ、そうか。気を付けて帰るんだぞ」
「うん、ありがとう」
手を振って離れて……後ろを振り返れば、手に持ったカップを見つめるスパイダーマンの姿があった。
……スマホのカメラで撮りたいけれど。
勝手に撮ったら悪いし。
うん。
また今度、ピーターではなくスパイダーマンとして会う機会があったら、ツーショットでもお願いしようかな。