【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#71 ステイ・ウィズ・ミー part1

時は過ぎて……いや、こんな詩的表現をする程じゃないかな。

だって、キャサディ……カーネイジの事件から一ヶ月も経ってない。

 

夏休みが終わって、9月。

 

つまり、新学期。

そして、新学年。

 

僕達は四年生(シニア)になった。

 

僕も、ミシェルも、グウェンも……勿論、ネッドもだ。

 

……僕はちょっと歴史の成績が悪くて、グウェンは数学がちょっと苦手で、ネッドは両方ヤバかったらしいけど。

互いに勉強を教え合ったり何とかして、補習は乗り切った。

 

……僕の主な理由は出席日数が足りなかった事なんだけどね。

ヒーロー活動は私生活を犠牲にしている。

 

 

そんなこんなで、ニューヨークは秋。

公園に生えてる木々が少し黄色くなってきて、暑さとも少しの間はサヨナラ出来そう。

肌寒い時もあって、僕はシャツの上に羽織る服を用意したり……。

 

それは毎年の事だから、どうでも良いかな。

 

重要なのは四年生(シニア)だという事。

つまり、卒業年次だ。

 

 

……僕は目の前の紙に目を落とす。

机の上、白い一枚の紙。

 

進路の調査だ。

別に学校から願書を出す訳ではなくて、各々で出すし……エッセイとか、推薦とか、面接とか……色々用意しないとならない。

 

これはただ、教師が把握したいだけのアンケートみたいなモノだ。

進学する生徒にサポートしたり、相談を受けたりするための……。

だから、これで進路が決まる訳じゃない。

適当に書いていいし、何となくってレベルで良い。

 

……いや、この時期になって何となくって進路を決めてたら……まずいと思うけど。

 

僕はそこに自分の名前と、進路に『エンパイア・ステート大学』と書いた。

そして、紙を二つ折りにして教壇前の箱に入れた。

 

グウェンも何か書いて箱に入れた。

悩んでいる様子はなかった。

 

そして、ミシェルの……手に持ったペンは全く動いてなかった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「ピーター」

 

「ん?グウェン、どうかした?」

 

 

僕はロッカーの前で、グウェンに呼び止められた。

次の授業まで、あと15分……時間はあるとは言え、そんなに長話出来るような暇はないんだけど。

 

 

あぁ、そう言えば。

彼女が『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだって話は、ハリーから聞いた。

あんまり実感が湧かないけど……僕は知らない体で彼女と関わっている。

知ってたら、おかしいからね。

追求したら僕がスパイダーマンだってのもバレちゃうし。

 

だから、これまで通りだ。

 

……しかし、彼女がミシェルと一緒に居ないのは珍しいと思った。

 

彼女が手招きするので近付くと、耳を引っ張られて小さな声で話しかけられた。

……ちょっと耳が痛かった。

 

 

「……ミシェル、元気ないよね?」

 

「え?そうなの?」

 

 

ばしん、と太ももを蹴られた。

痛くはないけど、僕の返答がミスだったのはよく分かった。

 

 

「理由は知ってる?」

 

「い、いや……そもそも気付いてなかったし」

 

 

ため息を吐かれた。

 

 

「アンタ、ホントにミシェルを幸せにする気ある?」

 

「あ、え……う、うん」

 

 

突然、そんな事を言われるから照れ臭くなって……それでも頷いた。

しかし、その返答にグウェンは納得していないようだ。

 

 

「チッ……即答してよね」

 

「ご、ごめん」

 

「……はぁ、まぁ良いわ。これ」

 

 

グウェンが上着のポケットから何か取り出して、僕に押し付けた。

二枚の紙だ。

 

……映画のチケット?

無料券……みたいな奴だ。

NYシネマで使える、どんな映画でも一回無料のクーポン件。

 

一枚につき、一回観れるみたいだ。

つまり、二回分。

 

だけど、何で僕に押し付けたのかは分からない。

僕は疑問を口にした。

 

 

「えっと、何これ?」

 

「……ナードには少し難しかったか」

 

 

腕を組みながら、僕から目を逸らし……ため息を吐かれた。

さ、察しが悪いのは申し訳ないけど、そこまでされるような事かな?なんて口には出さない。

言ったら、また蹴られるだろう。

 

グウェンが呆れながらも、答えを教えてくれた。

 

 

「それを持ってミシェルを誘うの。彼女、映画が好きでしょ?」

 

「あ、うん。確かに……じゃあ、チケットを一枚買ってネッドと三人で──

 

 

ばしっ、と太ももを蹴られた。

さっきより威力は強めだ。

 

 

「いっ──

 

「ホント、バカ、バカ過ぎ。二人っきりで行きなさいよ……そこは」

 

 

その言葉に、僕はギョッとした。

 

 

「でも、ちょっとそれってデートじゃ──

 

「だから、そう言ってんのよ。あーあ、やっぱりハリーを応援するべき?……アンタにアドバイスしてるとマジで時間の無駄かもって思う時があるわ」

 

 

あまりにも辛辣な言葉にメンタルが破壊されそうだ。

しかし、実際それは図星なので……平謝りするしかない。

 

 

「わ、わかったよ、ごめん……ミシェルを誘うよ。でも……頷いてくれるかな、二人っきりで」

 

「大丈夫よ、絶対」

 

 

その自信は自分が当事者じゃないから……そして、同性だから出てくる自信だ。

女の子をデートに誘うってのは、僕にとっては一世一代の大事なんだぞ。

凄く勇気がいる事なんだ。

……それこそ、銃口の前に立つ事よりもね。

 

 

「じゃ、明日か明後日、いや次の月曜に──

 

 

グウェンの足が後ろに下がったのを見て、言葉を止めた。

このまま言えば間違いなく蹴られるだろう。

 

 

「今から、誘ってきます……」

 

「よろしい」

 

 

思わず敬語になった僕に、満足したようにグウェンが頷いた。

 

女子用のロッカーがある場所に向かって歩く。

後ろからグウェンが付かず離れずの距離を維持して歩いてる。

 

……僕がデートに誘うのに、自分が干渉してるとミシェルに悟られたくないけど……その結果は見たいと言った感じか。

 

ミシェルはロッカーを開けて、ぼーっと扉の裏についた鏡を見ていた。

……うーん、これは確かに、落ち込んでるのだろうか。

少なくとも様子がおかしいのは確かだ。

 

……何で今まで気付かなかったのだろうか?

僕が鈍感だからか……それとも、僕らがいる時はバレないように取り繕ってたとか?

いや、自意識過剰か。

 

多分、僕が鈍いだけだ。

 

僕はミシェルに無言で、後ろから近付く。

……声をかけるのにビビっていて、話しかけるタイミングを逃してしまった。

ちょっと、近付き過ぎちゃったかなって思った瞬間……ミシェルが振り返った。

 

 

「あっ──

 

 

ビクッと肩を動かして、ミシェルが後ろに退いた。

ガタン、とロッカーの縁を踏んで、転けそうになって──

 

 

「危なっ」

 

 

思わず手を伸ばして……このまま腕だけ掴んでも後頭部をぶつけてしまうだろう。

僕は肩を掴んで引っ張って……もう片方の手で壁をついた。

 

ミシェルが驚いた顔で、僕を見上げている。

ほんの少ししかない身長差だけど、確かに僕を見上げていた。

 

……どうやら、彼女は無傷のようだ。

 

 

「だ、大丈夫?ミシェル?」

 

「…………」

 

 

無言のミシェルが……いつもの表情の乏しい顔を歪めた。

 

……そこでようやく気付いた。

僕がまだ彼女の手を掴んでいて……壁に手をついて、動けないようにしていて……その上で密着している事に。

 

シャンプーか、香水の良い匂いが鼻をくすぐった。

 

 

「わ、わわわっ、ごめん!ミシェル!」

 

 

僕は慌てて、彼女から手を離して離れた。

僕の謝罪に、ミシェルの表情が幾分かマシになった。

 

……アレは一体、なんの表情だったのだろう。

照れてるとは思えないような……まさか、照れ隠し?

いや、怒ってるかも……あとは、恥ずかしいとか……き、気持ち悪がってるとか?

 

 

「ううん、ありがと。ピーター」

 

 

仄かに笑ったミシェルに、僕は嫌われてないのだと安心して……息を吐いた。

心臓はまだ、ばくばくと鳴っている。

 

 

「ほ、本当にゴメン。その、わざとじゃなくて……」

 

「……本当に気にしてない。大丈夫」

 

 

重ねて僕が詫びると、彼女が面白いものを見たかのように笑った。

 

 

「それで……どうしたの?ピーター。何か用でもある?」

 

「あ、えーっと、それなんだけど……」

 

 

僕はグウェンから貰ったチケットを二枚見せた。

 

 

「一緒に映画、観に行かない?」

 

「行く」

 

 

即答だ。

もう少し、悩むかと思ってたけど……嬉しい。

 

 

「じゃ、じゃあさ……今日の放課後に──

 

 

首筋にピリピリと痛みが走る。

超感覚(スパイダーセンス)に反応あり。

 

即座に振り返ると、グウェンが柱の裏から凄まじい形相で僕を睨んでいた。

 

え!?ダメなの!?

 

 

「何かあった?」

 

 

僕はミシェルに視線を戻し、慌てて否定する。

 

 

「な、何にもないよ?」

 

「……そう?」

 

「そうそう。映画なんだけど……今日はやっぱり無理だから……明日、土曜日とかで良いかな?」

 

 

ピリピリとした感覚がなくなる。

多分、これで正解みたいだ。

 

 

「ん、わかった。丁度、今日は私も用事があったから」

 

「そうなんだ……じゃ、じゃあ、明日、よろしく?」

 

「……ん?分かった?」

 

 

緊張のあまり支離滅裂になっている僕に、頷きながらもミシェルが首を傾げた。

 

僕はミシェルと分かれて、やり遂げた顔でグウェンの元へと近付いた。

蹴りは飛んで来なかった。

 

 

「ギリギリ及第点ね」

 

「そ、そうかな?」

 

「100点満点中、31点」

 

 

……厳し過ぎる。

殆ど赤点じゃないか。

 

 

「ちなみに内訳は?」

 

「ミシェルが転けそうになった所を庇って30点。今日じゃなくて明日にしたので5点。自力で気付いてなかったからマイナス4点。合計で31点よ」

 

 

メチャクチャ詳しく内容が出てきた。

……あれ?

でもこれなら、僕が誘った手順に対する加点は無いって事?

庇った所と、グウェンに気付かされた所以外は評価されてないじゃないか。

 

 

「ちなみに何で今日じゃダメなの?」

 

「女の子の支度には色々時間がかかるの。学校に行った時と同じ服装で映画館に行かせるなんて有り得ないわ。デートなのよ?」

 

「あ……うん、そうだね?」

 

 

よく分かってなかったけど、確かに……そうなのかも知れない。

 

 

「後は今、映画デートしたら映画館しか行けないでしょ?土曜日なら、昼に映画を見て……一緒にご飯を食べたり、何かしら理由を付けてデート時間を伸ばせるわ」

 

「……なるほど」

 

 

流石、グウェン。

まるで恋愛博士だ。

 

……彼氏が居たって話は聞かないけど。

メチャクチャ気が強いから、男が寄って来ないってネッドが言ってた。

 

これはネッドの陰口じゃなくて、グウェンがネッドに語った内容らしい。

彼女のタイプは……金持ちで、優しくて、女性をエスコート出来るスーパーイケメンらしい。

……そんな奴いないよ。

 

 

「そう言えば──

 

 

グウェンが僕の思考を中断させた。

 

 

「ピーターって、デート用の服って持ってる?」

 

「デ、デート用?これじゃダメなの?」

 

 

僕は今、自分が着ている服を指差した。

全く同じではないけれど、似たような服装で行く気だった。

 

そして、僕の言葉にグウェンがため息を吐いた。

 

 

「ありえないわ」

 

「ど、どこが?」

 

 

自分のファッションセンスを否定されたみたいで、少し気に掛かって問いかけた。

 

 

「そのロングスリーブのチェック柄のシャツ、クタクタのチノパン」

 

「それのどこが──

 

「オタク臭い」

 

 

ぐっ。

 

精神に強烈な一撃が入った。

僕の守ろうとしていたプライドは粉々に砕け散った。

 

 

「他にないの?」

 

「な、ない……色が違うだけで、そんなに違いは……」

 

「それって叔母さんに買ってもらってるの?」

 

 

遠回しに、センスが古臭いとか、保護者が好きそうな服装だとか言われているみたいで、素直に指摘されるよりもキツい言い方だ。

 

 

「違うよ、僕が買ってる」

 

「……救いが、ないわ」

 

 

僕の肩を叩いて、グウェンが呆れたような顔をした。

 

少しの間、互いに無言になった。

あまりにも気まずくて、口の中が酸っぱくなる。

 

そうして、グウェンがようやく口を開いた。

 

 

「ピーター、今日暇よね?デートに誘うぐらいだし」

 

「う、うん。そうだけど」

 

「……服、買いに行くわよ」

 

 

出てきた提案に、僕は思わず声が出そうになった。

……お金がないからだ。

確かに、確かに……先月の給料が入ってから日はあまり経っていない。

 

だけど、ネッドにお金を返したり、食費だったり……そんな色々で、使えるお金と言うのはあまり無い。

今日、高い服を買ったら今月の食費が大変な事になる。

 

そんな僕の葛藤をよそに、グウェンが話を進める。

 

 

「私も今日、夜に予定があるから長時間は一緒に行けないけど、デートを明日予定にしちゃったんだから、絶対に今日行かないとダメね」

 

「そ、そうだね」

 

 

多分、僕よりもデートについて熱心かも知れない。

そんなグウェンに流されて、僕も頷いてしまった。

 

 

「じゃあ、放課後!午後の授業が終わったらすぐ行くから。時間は有限なのよ」

 

「うん……分かった」

 

 

そうして返事をした後……グウェンが夜に用事があると言っていた事を思い出して、気になった。

 

 

「そう言えば、グウェンは夜に用事があるんだね」

 

「うん?……あー、友達よ、友達」

 

「友達?」

 

「そ、女友達」

 

 

グウェンは余りにも気が強いから友達が少ないって、ネッドが言っていた。

ちなみにコレも悪口じゃなくて本人談らしい。

 

しかし……ミシェルが転校してくるまで、あんまり人と(つる)んで無かったと思ってたけど……そんな、校外で会うような友達が居たんだ。

 

 

「……何か、今メチャクチャ失礼な事を考えてない?」

 

 

ピリピリと首筋が痛んだ。

 

 

「そ、そんな事ないよ?」

 

 

僕は慌てて否定した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

深い緑色の防腐液が入ったケースに、白い肌をした少女の腕が入っていた。

猟奇的な光景だ。

……知らない人間が見れば、どんな邪悪な秘密結社なのかと訝しむだろう。

 

だが、実際は……世界を守るための治安維持組織だ。

 

ここはワシントンDCにある『S.H.I.E.L.D.』の研究施設の一つだ。

巨大な地下シェルターのB6階だ。

 

薄い緑色に塗装された壁の一室に、様々な機械が所狭しと並んでいる。

そんな部屋に、私は一人立っていた。

 

検死を専門とする科学者が並べた資料を読みつつ、待ち人を待つ。

 

 

……ドアが開き、誰かの足音が近づく。

そして、声をかけられた。

 

 

「呼んだか?フューリー」

 

「あぁ。キャプテン」

 

 

ハグや握手なんてしない。

そんな気楽な仲ではない。

同じ国を守る同志であっても、友人等ではない。

 

私は私服を着たキャプテン・アメリカ……スティーブ・ロジャースに、少女の腕を見せた。

 

 

「……これは?」

 

「レッドキャップの腕だ」

 

 

キャプテンが顔を上げて、私を睨んだ。

 

 

「……何故こんな所にある?持ち主はどうなった?」

 

「落ち着け、キャプテン。これを拾ったのは君の友人だ」

 

 

キャプテンは指で自身の鼻を撫でた。

 

 

「……バッキーか?」

 

「あぁ……そして、彼が到着する前に、既に切断されていたらしい」

 

「…………」

 

 

鋭く、険しい視線はそのままで、キャプテンが目を下ろした。

 

 

「切断面が鋭利だな。研ぎ澄まされた刃物で斬られたようだ」

 

「シンビオートによって切断されたらしい」

 

「シンビオートに?……彼女は無事なのか?」

 

「それは分からない。取り逃がしたからだ」

 

 

そう言うと、キャップが顔を曇らせた。

 

 

「バッキーでも……だが、こんな切断のされ方をすれば、失血死する」

 

「普通の人間ならば、な」

 

「……どういう事だ?」

 

 

私は施設員から貰った情報が書き込まれた……死体の診療簿(カルテ)を渡す。

パラパラと捲り、情報を読み取っていくキャプテンに向かって、口を開いた。

 

 

「この腕には異常な性質が付与されていた」

 

「異常な……?」

 

治癒因子(ヒーリングファクター)

 

 

言葉に覚えがあったようで、キャプテンが頷いた。

 

 

「それは……『ウルヴァリン』が持っている肉体を再生させる因子の事か?」

 

 

ウルヴァリン。

自身の肉体を如何なる状態からも再生できるミュータントだ。

ヴィブラニウムを凌ぐ硬度を持つ、アダマンチウム合金の鋭い爪を持つ。

『X-メン』と呼ばれるヒーローチームに所属している、熟練のヒーローだ。

 

彼ならば……それこそ、頭蓋を撃ち抜かれても生き残るだろう。

 

 

「……と、言っても彼程ではないな。恐らくは死んでいないだろう」

 

 

そう言い切ると、キャプテンが安堵した。

……彼は、どうやら彼女の事を気にしているようだ。

殺し合った相手だと言うのに……それは彼の優しさか。

それとも、未成年の子供が悪事に巻き込まれているのを助けたいのか。

彼は性善説を信じている。

 

キャプテンが再度、私の目を見た。

 

 

「この腕から、レッドキャップの正体は分かったのか?」

 

「いや……我々の持っているデータベースには、この指紋パターンは存在しなかった」

 

「……表立って、犯罪歴はなく、逮捕された経験もないと言う事か」

 

「あぁ……近い遺伝子情報から近親者は割り出せる。それは血の遺伝子情報で割り出せる情報だ。それに、彼……割り出した近親者には生き残っている親類等いなかった」

 

「……彼女の存在を証明する資料は……この国には、存在しないのか?」

 

「そうだ。だからレッドキャップの正体と言うよりも……彼女自身がレッドキャップという存在そのものだと言って良いだろう。彼女に正体なんて物はない」

 

「それは……悲し過ぎる」

 

 

キャプテンが腕を組み、悩ましげな顔をする。

悲痛な表情で……口を開いた。

 

 

「……それで、何故、私が呼ばれたんだ?」

 

「彼女の腕から肉体を強化している原因が分かったからだ。そして、それは君に関係している」

 

「私に?」

 

「君と……バッキー・バーンズに、だ」

 

 

訝しんだ顔をするキャプテンに、告げる。

 

 

「『超人血清』だ」

 

「……アレは、バッキーに使用された物で最後だった筈だ。まさか……誰かが新しく作っているのか?」

 

「あぁ……と言っても君達に使用されたものより劣悪だ。肉体の強化が定着する可能性は限りなく低い」

 

「それは──

 

「副作用が出る可能性が高い。それに体の成長していない子供に使用しなければ意味がない。……成功品を生み出すのに、何人の子供が犠牲になったか」

 

 

プラスチックが軋む音がする。

キャプテンの持っている診療簿(カルテ)、それを挟んでいるバインダーの音だ。

 

 

「……誰が作っている?」

 

「裏事情に詳しい諜報員から聞き出した情報によると……『パワー・ブローカー』と呼ばれている男らしい」

 

「『パワー・ブローカー』……?」

 

 

キャプテンが驚いたような顔をした。

 

 

「いや、彼は既に死んでいる筈だ。私やハルクと戦い……最終的に、パニッシャーによって殺害されている」

 

「……カーティス・ジャクソンか?あぁ、彼は死んでいるな」

 

 

パワー・ブローカー社。

様々な人体実験を繰り返し、超人を人工的に生み出そうとしていた会社だ。

実際に何人か、その会社によって肉体強化された犯罪者と対峙した事がある。

だが……その会社の社長、カーティス・ジャクソンは既に死んでいる。

10年以上前の話だ。

 

彼女の年齢から遡れば……超人血清を投与されたのは、それより後になる筈だ。

 

 

「では、何故?……誰か、別人が名乗っているのか?」

 

「その通りだ。君は話が早く済んで助かる」

 

 

私はタブレットを操作し、施設の機能を起動させる。

ホログラムが投射されて、宙に資料が表示される。

 

薄い紫色をした肌、瞳の存在しない黄色い瞳。

短く整えられた白髪。

凡そ、人間離れした容姿だ。

 

 

「……コイツが?」

 

「そう、『パワー・ブローカー』だ。自分で名乗っている」

 

「それ以外に分かる事は?」

 

「無い。本名も、人種も……いや、そもそも地球人かも分かっていない」

 

「……そうか。居場所は?」

 

「不明だ。だが……近く、マドリプールに来る。我々の偽装したブローカーが彼と取引を行う。勿論、我々の仕組んだ罠だが」

 

 

キャプテンが顎を手に置いた。

彼は悩ましい時、このような仕草をする。

そして、その悩みとは……大抵──

 

 

「私も同行しよう」

 

 

自ら掲げた信念に、殉ずる前の小さな悩みだ。

 

 

「そう言うと思っていた」

 

 

私が頷くと……少しして、キャプテンの目が厳しくなった。

 

 

「……しかし、フューリー。何故、彼女を気に掛けている?」

 

「私が?……そう見えるか?」

 

「あぁ、君は……あまり興味を持たない人間だ。それも自身の敵とも言える存在に、そこまで執着するのは珍しい。地球の危機でもないのに」

 

「ふむ……」

 

 

私は迷う。

彼に話すべきか……。

 

……鋭い目付きは怖くはない。

だが、何事にも信頼関係と言う物はある。

 

私は観念して口を開いた。

 

 

「贖罪だよ」

 

「……君らしくない言葉だ。そして、何の贖罪だ?フューリー、何をした……何をしてしまったんだ?」

 

 

キャプテンの追求に、ため息を吐く。

ここまで来たのなら、話さなければならない。

 

 

「ラトベリア、と言う国は知っているだろう?」

 

「あぁ……『あの男』が君主を務めている国だ」

 

 

あの国の君主は……この国の国力を削る為に、オーバーテクノロジーを悪人に渡していた。

実質的なテロ行為に等しい。

 

彼は生かしておくには、危険な存在だと。

私はそう判断した。

 

その判断は恐らく間違ってはいない。

 

彼は独善的で傲慢な……そして、あまりにも強大だった。

 

 

「私は彼の力を削ぐ為に、一つ、策を講じた」

 

「……何をした?」

 

「内戦を引き起こした」

 

 

私はあの時……多少の犠牲は出しても、彼を倒さねばならないと考えた。

国に秘密裏に、戦争を行う……作戦名は『シークレット・ウォー』。

我々はラトベリアへ潜入し、絶対君主である『あの男』と敵対する組織へ支援をした。

 

結果、内戦が起きた。

起こそうと思っていた訳ではない。

だが、起こるかもしれないと考えた上で……私は行動していた。

 

 

「フューリー、それは……許される事ではない」

 

「あぁ、そうとも。国にも極秘で……この話を知っているのは『S.H.I.E.L.D.』でもごく少数だ」

 

 

キャプテンの表情が厳しくなる。

 

 

「結果的に『あの男』を君主から引き摺り卸す事は出来ず……多大な犠牲が出た。無意味だったとは言わない。だが、結果はあまりにも小さかった」

 

「……そうか、彼女は──

 

「私の考察が正しければ、彼女は内戦の犠牲者だ」

 

 

少しの沈黙が、私とキャプテンの間で流れる。

私は懐の拳銃を取り出す。

 

……いつも私を守ってきた拳銃を、彼に手渡した。

 

 

「撃ちたければ撃て、スティーブ・ロジャース。私は許されない事をした。そして、これからも行う」

 

「…………」

 

 

キャプテンが拳銃の銃口を私に向け……そして、下げた。

少しの軽蔑を含んだ目で、キャプテンが苦笑した。

 

 

「狡い男だ」

 

 

続けて、キャプテンが言葉を繋いだ。

 

 

「私が撃たないと知っていて、パフォーマンスとしてやっている」

 

「いいや、違うさ。だが、そうだな……ここで死ぬのは困る。私にはまだ、やるべき事があるからな」

 

 

私は拳銃を受け取り、黒いコートの内側に戻した。

キャプテンが口を開く。

 

 

「私は君を許す事はない。だが、世界の平和の為には……時として手を汚す事も厭わない、そんな強い指導者が『S.H.I.E.L.D.』には必要だ」

 

 

キャプテンがそう言い切った。

そのまま踵を返し、この部屋のドアを開けた。

 

 

「マドリプールでの作戦を行う時、必ず私を呼べ。秘密主義は結構だが、反感を買う事になるぞ」

 

「十分に承知している」

 

「……どうだろうな」

 

 

彼が去った事で、部屋の中は静寂に包まれる。

機械音が虚しく響く中、私はまだ成人すらしていないであろう……細く、白い手を眺めた。

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