【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#72 ステイ・ウィズ・ミー part2

「グウェン、これとかどう?」

 

 

僕がハンガーにかかった服を見せる。

 

 

「……マジで言ってる?」

 

 

その言葉に、僕は黙って棚に戻した。

 

ここはニューヨーク市内の古着屋だ。

何でもグウェンのオススメらしい。

 

古着だからってのもあるけど、値段は割と控えめだ。

 

 

「じゃあ、これとか……」

 

 

僕は虎柄のシャツをグウェンに見せる。

今日一番、凄い表情で僕を見た。

 

呆れと嫌悪、侮蔑の混じった凄い顔だ。

 

 

「それ着て学校に来たら、アンタのニックネーム……『タイガー』になるわよ。勿論、馬鹿にされるって意味でね」

 

 

つまり、似合ってないと言うこと。

僕はまた棚へ戻した。

 

振り返って、グウェンを見る。

 

来た時より元気が無くなっている。

僕も、グウェンも。

 

 

「も、もうグウェンが選んだ方が良いんじゃない?」

 

「私が選んだら、アンタの美的感覚が育たないでしょ?評価してあげてるだけ有難いと思いなさい」

 

「はい……」

 

 

僕はトボトボと歩き、棚にある服を確認する。

……でも、なんというか、全く分からないんだけど。

どれがカッコいいんだ?

 

……ファッション雑誌とか買っておけば良かったかな?

でもファッション雑誌のモデルって高身長のイケメンばかりで、僕が着ても似合わないような服ばかりなんだよな。

ズボンにチェーンとか付いてるの、よく分かんないし。

アレって何でつけてるんだろう?

財布を落とさないようにするため?

 

思わずため息を吐きそうになっていると……一人の女性が僕を横切った。

 

 

黒髪ロングの……緑色の綺麗な目をした……目付きの鋭い女性だ。

凄く、気が強そうだ。

 

でも目を引いたのは服装だ。

上は黒く丈の短いタンクトップ、ヘソまで出してる。

下は真っ赤なベルトに黒い光沢のあるズボン。

靴も真っ黒だ。

でも、全身が真っ黒と言う訳じゃなくて、それこそズボンに銀色のチェーンを巻いている。

 

何て言うんだろう……凄い、攻撃的なファッションだ。

 

……僕とは真逆。

なるべく近寄らないようにしよう。

 

なんて思ってたら、その女性がグウェンの前で止まった。

 

……あ、揉め事になるなら僕が止めないと!

 

そう思って慌てて近寄ろうとして──

 

 

「お、グウェンじゃん?」

 

「あー、奇遇ね」

 

 

そう言って軽くハグした。

僕は驚いて、思わず二人を見ていた。

 

すると、黒髪の女性が僕を一瞥した。

そして親指で指差して、グウェンに向き直った。

 

 

「メチャクチャ見てくるけど、誰?」

 

「私の友人、ピーター・パーカーよ」

 

「ふぅん……」

 

 

納得したような顔で僕へ近づいて来る。

……僕よりちょっと、身長が高い。

 

僕の前で止まって、手を伸ばして来た。

 

 

「ローラ・キニー、よろしく。好きに呼んで良いから」

 

「あ、うん。よろしく?」

 

 

恐る恐る手を伸ばしたら、ぎゅっと握られた。

……うっ、結構強い力で握られた。

一瞬、思わず手を引きそうになってしまった。

 

でも、思ったより穏やかな人かも知れない。

メチャクチャ気が強そうに見えてたけど。

 

 

「へぇ……グウェン、これ彼氏?」

 

「違うけど」

 

 

即答だ。

だけど、心底嫌って言い方じゃなくて否定するだけで済んでいるだけマシだ。

多分、僕と彼女……ローラが初対面だから、あまり印象が悪くならないように気を遣っているのだろう。

 

 

「じゃ、普通に友人なんだ」

 

 

気の抜けるような返事からは、感情をあまり感じられなかった。

……本質的に、僕には興味が無いなのかも知れない。

 

グウェンがため息を吐いて、口を開いた。

 

 

「ま、こんな場所で会うなんてね。夜にも会うのに……で、何の用事?」

 

 

夜の用事……あぁ、彼女がグウェンの言っていた友人なんだ。

……まぁ、何となく、そんな気はしていたけど。

そんなに友人が沢山いる訳じゃないらしいし。

 

 

「私は普通に服を買いに……アンタも?」

 

「いや、私はピーターの付き添い」

 

「彼の?」

 

 

ローラが僕の顔を見た。

思わず目を逸らしたくなるような、そんな迫力のある顔だ。

怖いって言うか、美人で、目が鋭くて、圧があるって言うか……やっぱり怖いや。

 

 

「ふぅん……これ、どう?」

 

 

棚に手を伸ばして、シャツを抜き取り……僕へ手渡した。

黒いシャツで……白いドクロが真ん中に付いてるシャツだ。

 

 

「うぇっ、これはちょっと」

 

 

派手だ。

ってのもあるけど……パニッシャーの事を思い出してしまう。

アイツも黒い服に白いドクロのマークを付けてるからなぁ。

 

……ここ、古着屋だよね?

もしかして、コレってパニッシャーの古着って可能性もある?

 

……いや、パニッシャーが古着屋に服を売りに来てるイメージが湧かないや。

 

 

僕は思わず棚に戻して、それを見たローラが笑った。

 

 

「まぁ、確かに似合ってはないね」

 

 

そう思ってるなら何で渡すのか。

 

 

 

そのまま、僕が服を選んではグウェンにダメ出しをされて……ローラが定期的に変なシャツを持ってきて……そんな事をしている間に1時間近く経っていた。

 

時計を見た瞬間、ちょっと驚いてしまったぐらいだ。

時間が経つのは本当に早い。

 

 

そのまま、時計から視線を落として……ローラを見ると足を止めていた。

 

 

視線の先には木で出来た人形があった。

棚の上に赤い帽子を被せられて、鼻の長い木の人形だ。

 

決して短くない時間、彼女はそれを見ていた。

 

 

見かねて、グウェンが思わず声を掛けた。

 

 

「……どうしたの?ローラ」

 

「え?あぁ……昔ね、お母さんがね、私に読み聞かせてたんだよ」

 

 

ローラが棚の上にあった人形から目を逸らした。

確か……『ピノキオ』だったか。

嘘を吐いたら鼻が伸びる木の人形だ。

人になりたいと願っていて……最後に願いが叶えられて人になる。

そんな話だ。

 

懐かしんでいるのかな、なんて思って僕が彼女に目を戻すと……少し、悲しそうな顔をしていた。

……多分、きっと彼女の母はもう──

 

 

「あ、ごめん。こんな話しても困るよね?」

 

「あ、いや……僕は、困らないよ」

 

 

そう言うと、ローラが僕の目を見て笑った。

本心を見透かされるような目だ。

そのまま、するりと視線をズラしてグウェンを見た。

 

 

「……なるほどね。良い友人だね、グウェン」

 

「そう?ただのナードだけど」

 

 

そう言ったグウェンを僕は目で追った。

照れ隠しで貶される僕の気持ちにもなって欲しい。

……まぁ、暗いし……オタクなのは間違いないけどさ。

 

 

「ふふ、まぁ良いよ。そういう事にしてあげる」

 

「……何か勘違いしてない?」

 

「どうかなぁ……じゃ、私はコレで……アンタも服選び頑張ってね」

 

 

来た時よりも機嫌を良さそうにして、僕らに背を向けつつ手を振って出ていった。

結局、服は買っていなかった。

お眼鏡に叶う物は無かったのだろう。

 

なんだか……嵐のような人だと思った。

 

 

「……ピーター、私もそろそろ時間なんだけど。早く決めてくれない?」

 

「あ、うん、分かったよ……!」

 

 

何だか終わった気がしていたけど、僕はまだ服を一着も買っていなかった。

……結局、それから30分かけてOKを貰った服を買った。

 

ついでに、グウェンが自分用に買おうとしてた服のお金も出そうとしたら──

 

 

「そのお金で、ミシェルに美味しいものを食べさせてあげたら?」

 

 

と言われて、財布に無理矢理押し込まれた。

……凄くお人好しだと思った。

 

グウェンも、ネッドも、ミシェルも……みんな、お人好しの良い友人だ。

僕には過ぎたような……本当に良い友人だ。

 

僕は自分の紙袋と、グウェンの紙袋を持って店を出た。

 

明日、ミシェルに変だって思われなかったら良いな。

そんな凄くハードルの低い願いを抱きながら、僕は自然と笑っていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私は服を脱いで……胸元に付けていた青と白の、砕けた薔薇のアクセサリーを外す。

壊れないよう、ゆっくりと棚の上に置いて……黒い防刃タイツを穿く。

下着も付けず、そのまま首まで覆う真っ黒なタートルネックを身に付けて……外に出る。

 

 

「準備は出来たぞ、ティンカラー」

 

 

目前にはいつも通り……黒いスーツに紫色の光を漏れさせているティンカラーの姿があった。

 

 

『よし、それじゃあフィッティングの作業をしよっか』

 

「……そもそも、必要か?前の身体測定時のデータを使えば良いだろう?」

 

 

私はそう愚痴りながら、アーマースーツを装着する。

 

以前のとは異なる形状で……胸のプロテクターや、肩、肘、膝、足先……指の根元から指先まで、赤い金属で覆われている。

そして、指先は小さな爪のように尖っている。

これは……素手での戦闘を想定してだろう。

 

ならば、この赤い金属は何なのか……。

 

私は自身の新たなスーツを見ていると、ティンカラーが口を開いた。

 

 

『君はまだ16歳だろう?』

 

「17だ」

 

 

ヘルメットを被る。

真っ赤な、マネキンのような表情の付いていないマスクだ。

外側からは真っ赤で中は見えないが、内側からは透けて見える。

マジックミラーのような素材だ。

 

 

『……あれ?そうだっけ?まぁ、まだ身体が成長する可能性は大いにある』

 

『……そうか?』

 

 

機械が作り出した合成音声で返事をする。

 

しかし……そう言えば、最後に身体測定をしたのはいつだったか……。

私の身長も伸びているのだろうか?

 

鏡を見る。

……スーツの上からは自身の顔すらも分からない。

 

 

『そう、だからキツかったり、大きいと感じた所があれば言って欲しいんだ』

 

『……む、そうだな』

 

 

身体を軽く動かす。

アーマー同士は干渉せず小さな音一つも出さない。

自身の足に手を伸ばしたり、身を捩り、胸をそらしてみて──

 

 

『どうだい?』

 

『そうだな……基本的に問題はないが、胸が少し窮屈だな』

 

『…………あー、そう?分かった、少し調整しておくよ』

 

 

気まずかったのか、ティンカラーが少し黙っていた。

……腕を繋ぐ手術中にも私の裸を見ていたし、そもそもLMDは全裸だったろうに。

思春期の男じゃあるまいし、何を気にする必要があると言うのか。

 

内心でため息を吐く。

 

この世界に生まれてから……自身が女性だと言う事は十分に理解していた。

身体の変化や、生理にも慣れた。

 

だから、こんな反応をされても困るだけだ。

……だが。

まぁ、そこを指摘してやるのも可哀想か。

 

私は話題を変えたくて、気になっていた事をティンカラーに訊く事にした。

 

 

『この赤い部位は何だ?』

 

 

スーツ各部の赤いパーツに関してだ。

指先に爪のように装着されている事から……恐らく、特殊な機能があるのだと思っていた。

 

 

『あぁ、それはね……『アダマンチウム』だよ』

 

『……何だ?それは?『アダマンタイト』の事か?』

 

 

アダマンタイトは、神話や創作の世界に登場する金属の事だ。

軽く、何物にも壊されない……まるで『ヴィブラニウム』のような性質だ。

 

 

『まぁ、大体同じかな……8種類の金属を合わせて作った特殊な合金……それがアダマンチウム合金だよ』

 

『……ふむ』

 

 

私は顎に手を当てて、思考する。

……そうだな、確かに『アダマンチウム』と言う単語には聞き覚えがある。

恐らく、私の前世の記憶の中か。

何か、重要な性質を持っていた気がするが……忘れてしまった。

 

 

『『ヴィブラニウム』が不足している所為で、腕部のパーツを作れなかったからね。何か使えないかと『S.H.I.E.L.D.』のデータベースを漁ってたら発見しちゃったんだよね』

 

『……いや、待て。『S.H.I.E.L.D.』だと?』

 

 

何故、コイツが『S.H.I.E.L.D.』のデータベースに入れるのか。

 

 

『フフ、僕は天才発明家であり……凄腕のハッカーでもあるのさ』

 

 

自慢気に親指を立てた。

 

……もしかすると、コイツに出来ない事は無いのかも知れない。

医者に近い事も出来るし……ウザイが、優秀なのは確かだ。

慄きながらも、話を聞く。

 

 

『特殊な金属を幾重にも重ね合わせて溶解する事で出来る金属、それが『アダマンチウム』。そして……一度硬化すれば、如何なる物でも傷付ける事は出来ない』

 

『……それは、凄いな』

 

『その代わりに、材質は凄く高価でね……多分、もう作れないかな。少なくとも、僕の予算じゃね』

 

『お前の?』

 

 

組織の金じゃないのか?

……ティンカラーのポケットマネーから出ているのか?

 

 

『……いや、さっきの言葉は忘れて欲しいな。僕の興味本意だよ。どれぐらい硬いか試してみたかったんだ』

 

 

そう言うティンカラーを、私は訝しんだ。

……と言うのも、態々そんな金属を私のスーツに使う理由が無いからだ。

試したいのであれば、自身の手元に置いておけば良いはずだ。

 

 

『…………』

 

 

しかし、問い質す気にはならない。

……好意的に考えれば、彼の思いやり、か。

例え、そうではなかったとしても……彼には恩がある。

業腹だが、コイツはハーマンを助けたり、私の手助けを何度もしている。

 

だから、話題を変える事にした。

 

 

『『ヴィブラニウム』と、どちらが硬いんだ?』

 

『硬度だけなら『ヴィブラニウム』以上さ』

 

『……そこまでか』

 

 

まさか、不足分のパーツを埋めるために用意した金属の方が優秀だとは思わなかった。

 

 

『でも、衝撃を吸収する能力は無いからね。爪とか肘とか攻撃する為の場所だったり……ヴィブラニウムの上からメッキのように付けたりしてるんだ』

 

『……一概に、どちらが良いとは言えないか』

 

『適材適所さ……それにね、『アダマンチウム』は凄い機能があるのさ』

 

『凄い機能?』

 

 

私は問い返す。

 

 

『ミュータントの精神感応(テレパシー)なんかも防いでくれる。洗脳だって効かない。だから、マスクにも使ってるんだ』

 

 

私はマスクの前面を触る。

……正直、前との違いは分からない。

 

 

『あぁ、でも前面は前と一緒だ。マジックミラーのように内側から透ける金属ってのは中々無くてね……どうしても、脆くなってしまう。ダンプカーにでも轢かれない限りは大丈夫。ヒビも入らないよ』

 

『…………』

 

 

私は黙る。

何度か、マスクにダメージが入った事を思い出していた。

……結局、あまり信用ならないと言う話だ。

 

この世界にはダンプカーよりも強烈なパンチを繰り出す奴が沢山いる。

いつかマスクが割れてしまわないか、そう心配していた。

 

 

『マスクの外にカメラを付けて、網膜投射する事も考えたんだけど……結局カメラ部分が衝撃に耐えられなければ意味がない。電気ショックでも食らって、カメラを壊されたら目も当てられないからね……だから、どうしてもコレが最善なんだ』

 

 

言い訳染みた言葉に、私は頷いた。

 

 

『それは分かった……もう、脱いでも良いか?フィッティングは十分だろう?』

 

『ん?あぁ……十分データも取れたからね』

 

 

タブレットを弄り、何やらデータの収集を行なっていたようだ。

 

……このスーツ、もしかして普段からティンカラーに情報を流しているのか?

考えてなかった訳ではないが……任務中の映像なんかも撮っているんじゃないかと、そう疑った事がある。

 

だが、以前……スーツを着用してリザートと戦った時、ティンカラーによる組織への隠蔽は成功していた。

だから、映像は撮っていないのだと高を括っていたが……。

……そう考えれば、ティンカラーが態々、スーツから通して得た任務中の映像を捏造でもしているのか?

 

 

私がタブレットを凝視していると、ティンカラーが私を見た。

 

 

『……うん?どうしたんだい?』

 

『いや……』

 

 

目を逸らしながら、マスクを脱いで──

 

 

「よぉ、邪魔するぞ……って?」

 

 

丁度、ドアが開き、ハーマンが姿を現した。

 

一瞬、思考が停止する。

どうやらハーマンも同じようだ。

 

……私はティンカラーを睨んだ。

 

 

「何故、彼がいる?」

 

『え?彼もウチのお得意さんになったからね。用事があるなら同じ日にしようかと思って──

 

 

思わず足が出そうになった。

いや、だが、ここで暴力を振るうようなイカれた女ではない、私は。

 

そのまま顔をハーマンに向ける。

 

 

「あー、おぅ、その……何だ?間が悪かった感じか?」

 

「いや……別に」

 

 

そもそも、彼は私の素顔を知っている。

あまり見られたくないのは確かだが……気恥ずかしいのだ。

 

私はそのまま、アーマーを着脱する。

空気の抜けるような音がして、バラバラになって地面へ落下する。

身体のラインがよく分かる、密着した黒いインナーが姿を現す。

 

……ハーマンが私から目を背けた。

はぁ、気にしていないと言うのに。

いや、彼には言ってなかったか。

 

まぁ、今更、見ても良いよ、なんて言えるような雰囲気ではないが。

見て欲しい訳でもないし……言ったら痴女みたいじゃないか?

 

そのまま別のドアを開けて、更衣室へ入る。

 

 

扉越しに、ハーマンとティンカラーの会話が聞こえる。

私はインナーを脱ぎ捨て、下着を付ける。

……この瞬間は、自分が女なのだと強く意識させられる。

 

 

黒いオーバーニーソックスを履き、膝上までしか丈のないホットパンツを履く。

ゆったりとした茶色のシャツを着て、その上から白いオーバーサイズのシャツを着る。

 

 

女の体は冷えやすい。

似非『超人血清』によって強化された身体ならば問題はないが……それでも周りの目がある。

鬱陶しくとも上着は着ておくべきだ。

 

後は、お洒落か。

興味がない……とまでは言わない。

着飾る事に興味がない訳ではない。

だが……どれだけ服を着こなしても、それは私だ。

 

……容姿が優れていようが、中身は──

 

ため息を吐く。

あぁ、ダメだ。

自己嫌悪は家でしろ。

 

……それだけ、ここが落ち着けるような場所だと言う話かも知れないが。

 

 

ドアを開けて、出てくると……ハーマンが私を一瞥して……一瞥して、もう一度、私を見た。

 

……何だ。

その反応は。

 

 

「どうかしたか、ハーマン」

 

「あぁ、いや……似合ってるぜ?」

 

「……何で、疑問系なんだ」

 

 

私は眉を顰めた。

すると、ハーマンは更に焦り出した。

 

 

「いや、違うんだ。マジで似合ってる。ただちょっと……今まで、アッチの姿でしか見た事が無かったから──

 

「はぁ……そうか?」

 

 

そう言えば彼は、私の私服を見るのは初めてか。

前回、私が帰った時……病室で寝ていたからな。

 

私は再度、ため息を吐いた。

今日何回目かも分からない。

 

 

「それで?」

 

「それで……って?」

 

「何の用事なんだ?ここは病院ではないだろう?経過観察ではあるまい」

 

「あー……」

 

 

私の言葉にハーマンが顔を逸らし、頬を掻いた。

……言いづらい事でもあるんだろうか?

 

 

『彼の新しいスーツをね、僕が作ってるんだ』

 

 

ティンカラーが手を上げながら、割り込んで来る。

 

 

「スーツを?」

 

「まぁ……ちょっとな」

 

 

私は首を傾げながら、ティンカラーを見た。

 

 

『男の子にはね、あんまり言いたくない事だってあるんだよ』

 

「……『男の子』と呼べる年齢ではないだろう」

 

「あ?オレはまだ25だぞ?」

 

 

私はその言葉に呆れて笑った。

 

 

「四捨五入すれば三十路(みそじ)だろうが」

 

「ぐ、うっ……」

 

 

ハーマンが苦しそうな顔をしながら、自身の髭を撫でた。

短く切り揃えられた髭だ。

 

 

「そのチンピラみたいな容姿を少しは整えたら、もう少し若く見えるかも知れないぞ?」

 

「……これぐらいチョイ悪っぽい見た目の方がモテるんだよ」

 

 

その言葉に頬が緩んでしまった。

チョイ悪?

私達は正真正銘、悪人(ヴィラン)だろうが。

ちょっとでは無いだろ。

 

 

「……んだよ、何か笑う事でもあったか?」

 

「いや、何でもない」

 

 

口に出すのは野暮だ。

そんな私を見て居心地の悪そうな顔をしている。

 

 

『ふーん、仲が良いんだね』

 

 

そうティンカラーが言った瞬間……私はハーマンを盗み見た。

私のほんの少しの心配をよそに、ハーマンが笑った。

 

 

「まぁな……」

 

 

その言葉に安心して、私も同意する。

 

 

「それなりだ」

 

『フフ……』

 

 

そんな私を見て、ティンカラーが笑った。

……何も面白い事など無い筈だが。

 

 

「……私の用事は終わった。先に帰らせて貰うぞ」

 

「あぁ……あー、またな?」

 

 

ハーマンの言葉に頷き、後ろ手を振る。

ドアを開けて、地下通路に向かう私の背に、ティンカラーが声を掛けた。

 

 

『次の任務までには調整して、いつもの拠点に置いておくからね』

 

「助かる」

 

 

返事をしながら、ドアを閉め……地下へ降りる。

 

……暗い、地下通路だ。

先程までの明るさは無い。

 

仄かに光る電灯の中を、私は歩く。

 

勘違いはしてはならない。

私が生きているのは……明るみではなく、こんな暗闇の中なのだと。

そう自分へ言い聞かせる。

 

 

……胸ポケットの携帯端末を取り出す。

二通のメールが来ていた。

 

一通は、ピーターからの……明日のお出掛けスケジュールの相談。

 

もう一通は──

 

 

暗闇の中で、似非超人血清によって強化された目でメールを読む。

中に書いてあった暗号文書を読み解く。

 

『次週、マドリプールにて。要人警護』

 

私は苦笑する。

人殺しである私に警護の依頼か?

 

メールの本文をスクロールし、警護対象の名前を確認する。

 

 

…………パワー・ブローカー?

 

 

私を……いや、私の仲間……組織に攫われた子供達の死んだ原因である『超人血清』を作った男だ。

 

そんな男を……守る、だと?

 

思わず端末に力が篭るのも……きっと、仕方のない事だろう。

 

 

……今でも血を吐きながら、呪詛を吐く……生に縋る子供達の嘆きを覚えている。

 

『助けて!』

『痛い!死にたくない!』

『何で僕が!』

『お母さん!いや!』

 

今でも……いつまでも覚えているだろう。

生きたくて仕方のなかった彼等が死んで……私が生き残ってしまった。

 

……私は、彼等を殺して、生き残ったような人間だ。

 

胸ポケットに携帯端末をしまう。

少し、気分が悪くなってしまった。

 

顔には出すな、表情を殺せ。

明日はピーターと出掛ける日だろう?

私は『ミシェル・ジェーン』だ。

今は、今だけは『レッドキャップ』ではない筈だ。

 

 

ハーマンが血を流して倒れた光景を思い出した。

ダメだ、思い出すな。

 

 

あの時、何を考えた?

やめろ、何も思い出すな。

 

 

今まで殺してきた人間に、情を抱くな。

生きるために仕方がなかったのだと、そう考えろ。

 

 

地下通路の壁に、背を預ける。

呼吸を整える。

 

 

私は、私は────

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