【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#74 ステイ・ウィズ・ミー part4

僕は手を引く。

女の子らしい柔らかな手を。

 

周りの目なんて、どうでもいい。

恥ずかしいなんて思わない。

 

……いや、ちょっと照れくさいかも知れない。

だけど、この手を離す方がもっと嫌だ。

 

……手を離せば、どこかに消えてしまいそうで。

そんな事はないと思っているけど、今のミシェルは……どこか危うくて。

 

彼女の自己肯定感が低いのは知っていた。

初めは謙虚だと思っていたけど……自虐も混ざっていた。

自分は幸せになるべきはない、と本気でそう思ってる。

 

そんな事はない。

誰だって、生きているからには幸せになる権利がある筈なんだ。

……だけど、彼女は頑なに認めようとしない。

 

何とかしたいと思っていた。

僕は……彼女が、ここに居ても良いのだと教えたかった。

 

 

僕とミシェルは喫茶店に入った。

振り返ると、もう涙は止まっていて……申し訳なさそうな顔をしていた。

そして、何度か僕と繋いでいる手を見ていた。

 

店員さんに興味を持たれながらも、僕らは奥の席へ通された。

大きな窓からは、外の景色が見えた。

 

 

「あっ……」

 

 

向かい合って座る為に手を離せば……ミシェルが小さく声をあげた。

そして、声を出してしまったのが恥ずかしかったのか、僕から目を逸らした。

 

……そんな表情をされると、僕も恥ずかしくなってくるんだけど。

 

 

向かいの席に座ったミシェルは……まぁ、いつも通り……とは言えないけど、少しだけ元気が出てきたようだ。

数ページしかないメニューを真剣な顔で見ている。

 

僕も手元のランチメニューを開いて……。

 

ゔっ。

……高い。

 

僕はミシェルへ目を戻して……彼女も、メニュー越しに僕を見ていた。

 

目があって……彼女は瞬きをした。

長いまつ毛が揺れる。

 

 

「どうかした?ミシェル」

 

 

そう問い掛けると、再び視線をメニューへ落とした。

そして、小声で僕に話しかけて来る。

 

 

「ん……えっと、少し値段がすると思って」

 

「そ、そうだね」

 

 

僕も苦笑いしながら頷く。

 

……あ、そうだ。

そうだった。

 

 

「その、僕が払うからさ、値段は気にしなくても良いよ……僕がここを選んだし、ね?」

 

 

しどろもどろ。

格好が付かないけれど、前にスタークさんが言っていた事を実践する。

 

『デートをする際は、男が全部払え。男は甲斐性がないとダメだ。金とプレゼントは自身がどれだけ相手を気にしているのか、もっとも分かりやすく伝える方法の一つだ。僕もペッパーと外食をする時は星が三つ付いてるような高級レストランを──

 

らしい。

 

大丈夫。

苦しむのは明日以降の僕だ。

今日の僕は気にしない……うん、大丈夫。

 

ミシェルが喜んでくれるなら──

 

 

「大丈夫、私は自分で払うから」

 

 

ミシェルが否定した。

その顔はメニューに遮られていて、口から下は見えなかったけれど……眉を顰めていた。

 

 

「……え?」

 

 

思っていた反応と違うので、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。

……あぁ、本当にカッコ悪い。

思わず手で口を塞いだ……けど、一度出してしまった声は戻らない。

 

そんな僕を見て、ミシェルが言葉を繋げた。

 

 

「そのお金で……代わりに──

 

 

メニューを机に下ろして、僕へ口元を見せた。

仄かに笑っていた。

 

困ったような、嬉しそうな顔だ。

 

 

「また、遊びに行きたい。今日だけじゃなくて……また」

 

 

その言葉に、僕は顔が熱くなった。

 

 

「勿論、だよ……うん、また。今日だけじゃなくて、何度でもね」

 

 

こんな事を言われて喜ばない男は……うん、多分居ない。

そして、そんな理由で断られてしまったけど……それもミシェルらしいと思った。

……もっと僕に甲斐性があれば良いんだけど。

 

その後、店員に注文して……凄く生温かい目で僕達を見ていたけど、とにかく注文した。

 

メニューも片付いて、手持ち無沙汰になった僕にミシェルが口を開いた。

 

 

「……この後、どこかに行く?」

 

 

……あ、そうだ。

今日はエスコートするって自信満々に言ったんだ。

 

 

「そうだね……うーん、何処がいいかな?」

 

 

腕を組みながら悩む。

……映画館での出来事とか色々、そう色々あって考えている暇がなかった。

 

お金もそんなに無いし……科学館、博物館、美術館、動物園、水族館、公園……うーん?

ミシェルみたいな女の子が喜ぶ場所って何処なんだろう。

……もっとしっかり、グウェンに聞いておくべきだったかも。

 

悩んでいる僕を見て、ミシェルが少し笑った。

 

 

「そんなに深刻な顔、しなくて良いのに……ピーターが最初に思い浮かべた場所は?」

 

「最初?最初は……あっ」

 

 

科学館?

いやいや、そんな場所……今まで誰を誘っても渋い顔をされてきた場所だ。

ネッドですら嫌がっていた。

 

科学オタクの僕ぐらいしか喜んで行かない。

学内の学習見学みたいな行事でしか行く事はないのだろう。

いつ行っても、老人と……子供連れの家族ぐらいしか居ない。

 

 

「どこ?」

 

 

そんな僕の心境を知ってか、知らずか、重ねて訊いてくる。

観念して僕は口を開いた。

 

 

「えーっと……NY科学館だよ」

 

「へぇ……」

 

 

ミシェルが興味深そうに声を上げた。

僕は慌てて、否定する。

 

 

「そ、そんなに面白い場所じゃないよ?」

 

 

確かに入場料は高くない。

金欠な僕からすれば嬉しい話だ。

 

映画代より安い……いや、今日は映画代払ってないけど。

 

それでも、何というか……楽しい感じの場所ではない。

元素配列の模型とか……宇宙飛行士の服とか、エンジンの模型とか、人間の脳の断面図とか、そんな物を展示している。

 

ロマンチックな要素もないし、デートで行くような場所ではない。

寧ろ、退屈だって同級生達は言っていた。

 

必死に否定する僕に、ミシェルが口を開いた。

 

 

「でも……ピーターは楽しいと思ってる」

 

 

そうだ。

知らない事を知ること、知っている事を深めること、試すこと、研究すること。

それが科学だ。

 

そして僕は、科学が好きだ。

機械を弄るのも好きだ。

陰気な科学オタクだって、陰口を叩かれる事もあるけど……この気持ちは変わる事はなかった。

 

だから僕は、彼女の言葉に肯定した。

 

 

「うん……僕は好きだよ」

 

「それなら、大丈夫」

 

 

何を根拠にそう言えるのかは分からないけど、ミシェルが頷いた。

 

 

「ど、どうして?」

 

「もし、私が楽しみ方を分からなかったらピーターが教えてくれたら……良いし」

 

 

……そう言われれば、僕は何も言えなくなってしまった。

 

口が上手いと言うか……いや、本心なのかも知れないけど。

多分、もし彼女と口論になったら僕は何も言い返せずボコボコにされてしまうだろう。

 

そんなこんなで話していると、注文した料理が机に並べられた。

僕はチリ味の野菜スープとパン。

彼女は卵とチーズ、ハチミツのパスタだ。

……何だか甘そう。

 

味は……美味しかった。

評論家じゃないから、そんなに色々言えないけれど……うん、美味しかった。

ミシェルも満足そうな顔をしてたし。

グウェンのオススメする場所なだけある。

 

 

店を出て、科学館へ向かおうとして……ミシェルが後ろから手を伸ばして僕の手を握ってきた。

 

……うん?

 

振り返ってミシェルを見ると……何事も無さそうな顔をしている。

 

うん。

 

まるで手を繋ぐのが当然だとも言えるような態度に、僕は驚いた。

……でも、僕だって嫌な訳じゃない。

むしろ、嬉しいし。

 

手を握り返して、歩く。

 

 

……もしかして、彼女も僕の事を好きなんじゃないだろうか?

なんて考えてしまうのは、自意識過剰だ。

 

昔、もっと幼かった頃。

隣の家に住んでる赤髪の女の子が、僕の事を好きなんだって勘違いして……告白して……。

以降、何日も揶揄われる事になった。

結構、トラウマだ。

 

彼女が僕に抱いているのは友情であって、恋とか愛とか、そんなのじゃない可能性だってある。

いや、どっちかと言うと、その可能性の方が高い。

 

勘違い、するな。

 

……僕が女の子に好きになって貰える要素なんてない。

今まで一度も女の子に『好き』と言われた事はないし。

 

だから、これは勘違いだ。

もし、そうだったら嬉しいと言う希望的観測に過ぎない。

 

 

好きな女の子の手を引いて、僕は歩く。

釣り合う事のない恋心に、僕は傾倒していた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

クイーンズ、NY科学館。

 

結構大きな施設で……芸術家(アーティスト)が作った不思議な形状をした建物だ。

 

受付でお金を払って、僕達は中に入った。

色々な展示物を見ながら、ゆっくりとした歩みで先に進む。

 

前に来た時と展示物が少し変わっていて、結構、新鮮な気持ちになった。

特に最近、エジプトで発見された不思議な光る石とか……新たに見つかったファラオの墓だとか……そう言うのって面白いよね。

 

心配だったけど、ミシェルも楽しそうに展示物を見ていた。

……元素記号表と、それに基く模型を見て楽しそうにしている女性を見たのは……初めてかも知れない。

 

小さなプラネタリウムで星を見て、火星に降り立った探査機を見て、月の石を見て……。

 

それでも、彼女は楽しんでいた。

安心して吸った息を吐いた。

 

僕は嬉しかった。

自分が好きな物を、他の誰かに興味を持って貰える事が……初めてだったから。

それも、自分が好きな女の子だから……凄く嬉しい。

 

展示物がある度に立ち止まって、解説のパネルを読んだりして……進んで行くと、僕らは大きな機械が展示されている広間に到着した。

 

高さ、3メートルほどの大きな機械だ。

 

 

「ピーター、アレは?」

 

 

僕と手を繋ぎながら、ミシェルが訊いてきた。

 

時折、彼女へ展示物について解説した。

教科書にも載っていないような事で、ついつい長話をしてしまって……鬱陶しく思われてないか心配だったけど、彼女は楽しそうにしていた。

 

そんな流れで、僕に質問をしたのだろう。

 

 

「これは放射線の実験をする為の機械だね」

 

「へぇ……」

 

 

彼女が手を引くから、僕もつられて機械の側に寄った。

展示された資料を熱心に見るミシェルから目を離して、大きな機械を見上げる。

 

……僕にとって、この放射線照射装置は、凄く思い入れのある機械だ。

今はもう、使ってないみたいだけど……昔は公開実験なんてのもやっていた。

 

 

 

今でも鮮明に思い出せる。

 

 

 

……ここが僕の、いや『スパイダーマン』の起源(オリジン)だからだ。

全てはここから始まったんだ。

 

数年前、高校での学習見学でNY科学館に来た時の話だ。

 

この放射線照射装置を使った実験が、学生向けに行われて……そこで放射線を浴びた蜘蛛に噛まれて、僕は超能力(スーパーパワー)を得たんだ。

蜘蛛のように壁に張り付く能力、凄い腕力、危険を察知する超感覚だ。

 

力を手に入れた僕は、その力を試したくて……非合法な覆面プロレスに参加した。

勿論、周りのプロレスラーは力自慢だろうけど、僕は超人だったし……負けなかった。

人気者になった僕はファイトマネーを沢山貰って……僕には『蜘蛛男(スパイダーマン)』と言うリングネームが付けられた。

 

そして、自惚れて……傲慢になって……僕は一人の強盗が逃げて行くのを見逃した。

 

彼は警察に追われていた。

僕は目の前で、何をする訳でもなく見ていた。

 

ただ、面倒だったからだ。

自分には関係ないと、そう思ったからだ。

 

その夜、僕の伯父であるベン・パーカーが死んだ。

覆面の強盗に拳銃で撃ち殺されたんだ。

……死の瞬間、僕は立ち会う事すら出来なかった。

 

メイ叔母さんは泣いていた。

僕も泣いた。

たった二人の家族を、一人、失ったからだ。

 

怒った僕は、逃げた強盗を殴って、殴って、殴って……覆面を剥いだ。

覆面の下は……僕が見逃した強盗だった。

 

僕は後悔した。

凄く、凄く後悔した。

何度も自分に怒りをぶつけて……どうしようもなく、情けない気持ちになった。

 

 

『大いなる力には、大いなる責任が伴う』

 

 

僕は凄い力を持っていたのに、それを正しい事に使わなかった。

その所為で、ベン叔父さんは死んでしまった。

 

だから、僕は……『親愛なる隣人』、ヒーローとして『スパイダーマン』は生まれ変わった。

 

それが僕の『起源(オリジン)』だ。

 

 

 

この放射線照射装置を見ると、今でもそれを思い出せる。

 

 

「……どうしたの?ピーター?」

 

「あ……いや、何でもないよ。少し、懐かしい事を思い出したんだ」

 

 

ミシェルと繋いだ手から、熱が伝わる。

 

もう、これ以上、誰も失いたくない。

そんな思いが僕の中にある。

 

大切な人も、そうではない人でも、例え悪人だったとしても……誰も、死なせたくない。

死んだら、二度と会えないから。

 

 

ミシェルが僕の顔を見る。

 

 

「……ここ、ピーターにとって大事な所なの?」

 

「うん、まぁ……そうだね」

 

 

そう返すと、尚、興味深そうにミシェルが装置を見た。

コバルトブルーの瞳が、光に反射されて輝く。

 

 

「そう、なんだ……」

 

 

何かに感動しているように、僕は見えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

結局、問題が起きたのは最初の映画館の時だけで……いや、僕にしては本当に珍しく問題事は起こらず、時間は過ぎ去って行った。

この腕につけたナノテクノロジーのスーツは杞憂だったみたいだ。

 

科学館を出れば、空も赤く染まっていた。

 

……少し、寂しいと感じた。

この一日が終わってしまうのが、惜しい。

 

ミシェルとは……いつでも会える。

月曜日になれば学校でも会える。

その気になれば明日だって、隣の部屋のドアを叩けば会える。

 

……でも、それはずっとではない。

僕達はもう、四年生だ。

来年の六月になれば卒業して、散り散りになる。

 

だから、こうやって学校で約束して『遊ぼう』なんて誘えるのも……それまでだ。

 

僕は今借りているアパートから離れて、大学に近い場所を借りるだろうし。

もしかしたら、メイ叔母さんの家から通うかも知れないし。

 

ミシェルも……どうなるか、分からないし。

 

 

だから、それまでに想いを伝えなきゃならない。

恋仲になれば、例え学校なんか無くても、強い繋がりが出来る筈だから。

 

視線を横にずらす。

 

プラチナブロンドの髪が揺れている。

僕より少し身長の低い彼女が、僕の視線に気付いて僕を見た。

夕焼けの下で、彼女はもっと綺麗に見えた。

 

 

「……どうかした?」

 

「ううん、少し寂しいなって」

 

 

彼女の容姿は綺麗だ。

それも、驚くほど。

人間、生きていれば大なり小なり、傷付いて完璧では無くなる筈だ。

だけど、彼女にはそれがない。

 

傷一つない球体のように、貶める言葉すら思いつかない。

 

……告白、か。

僕には少し、ハードルが高い話だ。

 

 

「……なら、もう少し遊ぶ?」

 

「それも良いけど……でも、あんまり遅くなると危ないから」

 

 

彼女は綺麗な灯りのように、人の視線を引き寄せる。

ハリーだって、フラッシュだって、彼女の事が好きだ。

 

だから、早く告白しないと──

 

でも。

 

彼女には幸せになって欲しいんだ。

それが一番大きな想いだ。

 

幸せな彼女の隣に立ちたいと思うのが、二つ目の想いだ。

 

独占したいなんて、そんな事は……思ってない。

きっと僕が囲える腕の中よりも、彼女の存在は大きい。

 

 

「……危なくなったら、ピーターに助けて貰うから」

 

「ははは…………え?冗談だよね?」

 

 

こんな見るからに力もない、少し前まで苛められていたような男に?

僕が冗談だと思って笑うと、ミシェルは不思議そうな顔をしていた。

 

頼りにしてくれるのは嬉しいけど……。

 

 

「あの、ミシェル?ニューヨークの夜は本当に危ないんだよ?」

 

 

それは僕がよく知っている。

正直言って治安は最悪だ。

毎晩、毎晩……強盗とか、バスジャックとか、色々出てくるし。

……スパイダーマンとして、よく戦ってる。

 

 

「……そうかも」

 

 

思い出したように彼女が頷く。

……初めて会って、数日後。

夜の街で悪い男に囲まれていたじゃないか。

 

あの時は僕が『スパイダーマン』として助けられたから、良かったけど……もし、少しでも遅かったら……どうなっていた事か。

 

 

「だから大人しく帰ろうよ。晩御飯でも買って……」

 

「分かった。晩御飯を買って……一緒に食べよう」

 

「……ん?一緒にって?もしかして、僕の部屋?」

 

 

さも、僕と一緒に食べるのが当然かのような発言に少し驚く。

彼女にどう言う心境の変化があったのか分からないけど……距離が縮まったと考えるのは、早計かな。

 

 

「あ、ううん……えっと、違う。忘れて」

 

 

彼女も発言のおかしさに気付いたのか、彼女は慌てて首を振った。

 

……いや、そうじゃなくて。

別に嫌って話ではないんだ。

 

 

「別に良いけど……いや、一緒に食べたいな。うん、晩御飯は僕の部屋で食べる?」

 

「……ん、そうする」

 

 

ミシェルが少し申し訳なさそうな顔をして、でも頬は少し笑っていて……そんな顔で頷いた。

 

……でも、夜に僕とは言え……男の部屋に来るのはマズイんじゃないかな。

彼女は危機感が無さ過ぎる。

 

本当に……いつか、誰かに襲われるかも知れない。

いや、僕はそんな事しないけど。

 

彼女がもし、僕の知らない場所でそんな目にあってしまったら……脳が爆発するかも知れない。

グウェンが心配して、彼女にべったり張り付いている理由がよく分かるよ。

 

何処に行こうか、何処で買おうかなんて話しながら歩く。

 

だから、ちょっと前方が不注意になっちゃって……僕は誰かにぶつかってしまった。

 

 

「あ、ごめんなさ──

 

「チッ、ちゃんと前向いて歩け──

 

 

僕は咄嗟に謝りつつ、その男の顔を見て……固まってしまった。

 

目の冴えるような金髪、人相の悪い顔……少し筋肉質な長身。

それだけ見れば、ただの柄の悪い男だ。

 

だけど、僕はこの男を知っていた。

 

……一年前、僕が捕まえて刑務所にブチ込んだ時と変わってない。

ここ最近、スパイダーマンとして会った脱獄犯の、連続強盗犯。

 

ハーマン・シュルツ。

『ショッカー』がそこに居た。

 

……生きてたんだ。

ハリーが傷を負わせたって言ってたから、少し心配して……いや、別に僕が心配する義理はないんだけど。

ハリーが気に病んでたから……うん、ちょっと気にしては居たけど。

 

今日はオフのようで、ラフな格好をしている。

あの黄色いスーツも着ていない。

だけど、その手にはキャリーケースがあった。

……もしかしたら、中に武器とか、危険な物が入ってるのかも知れない。

 

そんなハーマンが……僕の隣にいるミシェルを見て、固まっていた。

ミシェルは……驚いたような顔をして、それから怯えるような顔で僕の手を強く握った。

 

……僕は咄嗟に、彼女を庇うように立った。

 

視線を遮られたハーマンが僕を睨んだ。

だけど、怯えるつもりはない。

 

……何があっても、彼女は守らないと。

 

 

「オイ、ガキ」

 

 

……ハーマンは僕がスパイダーマンだって分かっていない筈だ。

もし、ここで急に殴りかかられでもしたら……ミシェルを守るために戦う事になったら、正体がバレてしまうかも知れない。

 

そうなれば……彼女が危険に晒される。

スパイダーマンの正体を知っているのは危険だ。

僕には何の後ろ盾もない……ヒーローチームにも参加していない。

大切な人を守れるのは、この体、一つだけだ。

 

そして、スパイダーマンは沢山の悪人に恨まれている。

何かの拍子で、彼女がスパイダーマンの友人だとバレたら……人質に取られてしまう。

あの時の、グウェンのように。

 

ハーマンが、ミシェルを指差した。

 

 

「そこの女とは……どんな関係だ?」

 

「そんなの、どうだって良い……だろ」

 

 

思わず喧嘩腰になってしまって、後悔をする。

どんなに情けなく見えても、怯えた様子でこの場をやり過ごすべきだった。

喧嘩になった時点で、僕は負けだ。

 

だけど、もう遅い。

ハーマンの眉が顰められた。

 

 

「彼女か?女の前だからって格好付けてんのか?」

 

「違う……だけど、友達だ」

 

 

空回りしてる僕を見てハーマンが笑った。

だけど、馬鹿にするような顔じゃなくて、自虐するような笑い方だった。

 

 

「へぇ……友達ねぇ?手ぇ繋いでんのに?」

 

 

そのまま視線がミシェルへ繋いでいる手に移った。

僕の後ろにいる彼女の顔は見えないけれど、きっと怯えている。

 

一歩、前に出る。

 

 

「ぶつかったのは悪かったよ、だけど彼女には──

 

「あ?どんな勘違いしてんだ?」

 

 

今度こそ、馬鹿にするように僕を嘲笑った。

……す、すごくムカつく。

 

何だよ、馬鹿にされるような事をしてるつもりは無いんだけど。

 

 

「こんな小せぇガキに興味はねぇよ」

 

「ち、ちいさい……?」

 

 

後ろから呆然としたような声が聞こえた。

思わずハーマンを睨んだ。

……ハーマンが少し、引き攣った顔をしていた。

 

僕の睨み顔なんて、怖くない筈だけど?

 

でも、彼女の何処が……あ、いや、確かに……ちょっと幼い感じがあるけど……それは容姿じゃなくて言動だ。

初対面の相手にそんな事、言われる筋合いはない筈だ。

 

 

「まぁ……別に喧嘩しようって訳じゃねぇよ。少し、安心しただけだ」

 

「安心……?」

 

 

意味不明な言葉に僕が訝しんでいると、ハーマンが勝手に納得して頷いた。

そのままミシェルを一瞥した後、僕の顔を見た。

その目は少し、穏やかだった。

 

 

「……大事にしろよ?」

 

「え……いや、分かってるよ。言われなくても」

 

「……へっ、お熱いことで」

 

 

ちょっと笑って、僕の横を通り過ぎた。

後ろ手を振っている背中を、僕は視線で追った。

 

……今の僕はピーター・パーカー。

スパイダーマンじゃない。

だから、追いかけて捕まえるなんて事も出来ない。

それにミシェルだって居るし……。

 

何がしたいのか分からなかったけど、とにかく危険が去って……息を吐いた。

そして、ミシェルを見ると……な、なんだろう、凄く怒ったような顔でハーマンの後ろ姿を見ていた。

 

初めて見る表情だ。

 

目を離している内に別人に入れ替わったかのような……ちょっと怖くなって僕はミシェルに声を掛ける。

 

 

「大丈夫だった?」

 

 

すると、彼女は慌てて怒った顔をやめて、笑顔に戻った。

……よかった、いつものミシェルだ。

 

 

「……何もされてないから」

 

「でも、怖かったりとか──

 

「別に」

 

 

全く怖くなかったと言う彼女に、僕は驚いた。

……凄く、危ない場面だったと思ってたけど。

 

そう訝しんでいると、ミシェルが慌てて口を開いた。

 

 

「その、ピーターが守ってくれてたから」

 

「……そ、そうかな?」

 

 

……何だか、取ってつけたような理由だけど。

それでも僕は納得する事にした。

 

止めていた足を再び動かして、歩き始める。

今度は誰かにぶつからないように気を付けて。

 

……すると、ミシェルが唐突に口を開いた。

 

 

「……ピーター、私って子供っぽい?」

 

 

息が詰まった。

さっきのハーマンの言葉を気にしているみたいだ。

 

正直に言うと……そう、少し子供っぽい。

こうやって気にしてる所とかも、かなり子供っぽい。

コーヒーにミルクを大量に入れる所とか、フィギュアショップで目を輝かせてヒーローフィギュアを眺めてる所とか、昼食を食べずクッキーを食べてる所も。

……あんまり、自分が綺麗な女性なんだって認識してない所だって。

 

決して短所とは思えないけど……。

 

 

だけど、彼女はそれを気にしているようだから、僕は否定した。

 

 

「そ、そんな事ないよ?」

 

「…………」

 

 

一瞬の沈黙。

 

そして。

 

 

「そう、なら良かった」

 

 

ミシェルが苦いものを食べた時と、同じ顔になった。

怒ってる顔ではない、ただ何とも言えない表情だ。

心底、嫌そうな顔だ。

 

どうやら、僕の嘘がバレてしまったようだ。

 

……くそ。

こんな気不味い思いをしてるのは、ハーマンのせいだ。

次にあったら絶対捕まえてやる。

グウェンを人質に取った事だって許してないんだ。

 

そう心の中で愚痴りながら、僕はミシェルの手を引いた。

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