【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
犯罪都市、『マドリプール』。
海に浮かぶ小さな都市国家だ。
島そのものが都市であり、暴力が支配する貧困層の
そして、
明日、隣人が消えても誰も気にも留めない。
そんな都市だ。
だから、ここには世界中から犯罪者や、後ろ暗い者達が集まる。
……国際的に指名手配されているような大物達も、だ。
排気ガスで作られた黒い雲が光を遮り、日は登っても夜は明けない。
私は
「この街の眺めはどうかね?」
『…………』
視線の先、
代わる代わる別の男に体を蹴られ……それを見ている野次馬は酒のつまみにしている。
似非超人血清によって強化された視力によって、数百メートル先まで鮮明に見えた。
『フン、最低だな』
「愚者を嘲り、己の価値を認識する。それは人だけに許された特権だ」
『……お前も、趣味が悪い』
私は壁一面に貼られた窓ガラスから目を逸らし、後ろを見る。
紫色の肌に、白い髪……凡そ人間離れした容姿をした男。
「ふむ、分からないか……君は私の最高……いや、二番か三番目ぐらいには傑作なのだが。いやはや、作者には似ないと言う訳か」
そう言って笑っている男の名は……『パワー・ブローカー』だ。
今回の任務は彼の護衛……に、なるのだが。
正直、良い気分とは言えない。
彼は『似非超人血清』の生みの親だ。
……今日、初めて出会ったが……やはり、碌な人間ではなかった。
奴は私を『傑作』と呼ぶ。
『パワー・ブローカー社』は普通の人間に
今まで何人もの人間を弄ってきて……そして生まれた超人を自身の『作品』と呼んでいるのだ。
反吐が出る。
だが、私は彼に手を出す事は出来ない。
組織は彼と懇意にしている。
……彼を傷つける事は、つまり組織への反逆となる。
逆らえば、死ぬ。
私は、こんな場所で無駄死にしたくはない。
「まぁ、良い……君の同僚を紹介しよう。仲良くしてくれたまえ」
パワーブローカーに勧められるまま、私は別室に移動した。
高級そうな調度品が並べられた部屋に二人の男が居た。
一人は日系人の男で床に座り、座禅を組んでいる。
もう一人は……背後からしか見えないが白いフードを被った男だ。
カウンターに突っ伏している。
『……随分と個性的だな』
「だが、腕が立つ。それに君も個性的だろう?」
そう言われれば、黙るしかない。
私も全身をアーマースーツで覆った異常者だからだ。
「どちらも私の護衛だ。……念には念を。賢者は事前の用意が周到なのだよ」
パワーブローカーがコレクションを見せるように自慢してくる。
そのまま、目線は座禅を組んでいた男に移った。
和服を着ており、側には刀が置いてある。
銀色の鞘に、銀色の柄が見える。
……凡そ、刀らしくない派手なデザインだ。
「彼は『ケンイチロウ』だ。この街を支配している女の部下だ」
『……そうか』
全く見向きもせず、ただ黙って目を瞑り静かにしている。
……しかし、隙はない。
何処からでも迎撃できるように、自然に体が組まれている。
恐らく、かなり強い。
それこそ、私以上に。
間違いない。
コミックにも出てくる名うての
だが、その名前は分からない。
恐らく、『ケンイチロウ』と言う名前よりも有名な
刀……和服……サムライ?
ダメだ、靄が掛かったように思い出せない。
気になる。
『…………』
しかし、好奇心は猫をも殺す。
迂闊に探りに行って良い相手ではない。
それに、瞑想に集中しているようだし……邪魔をして不機嫌になられても困る。
私は黙って、彼から目を逸らした。
そして、カウンターに突っ伏している白いフードの男を見た。
その手には酒の入ったグラスがあった。
室内にカウンター、か。
小洒落たバーのような一角に、財力を感じる。
ただのビルの一室に、こんな物を用意する必要は無いはずだ。
それも、ここはパワーブローカーのプライベートな一室だ。
客も取らない、完全に贅沢の為のカウンターだ。
そんなバーテンダーも居ない無人のカウンターで、男は突っ伏して居た。
私はパワーブローカーに視線を戻した。
『彼の事は自慢しないのか?』
その言葉に頬を吊り上げて笑った。
「ふふ、君の方が彼の事は詳しい筈だが?」
『……私の方が?』
「話しかけてみたまえ」
……私の知り合いだと?
パワーブローカーから離れて、白いフードの男へ近付く。
……カチャリ、と金属が擦れる音がした。
咄嗟に右手を首の前に置く。
人差し指より少し大きい、小型のナイフが迫っていた。
それを手で摘み、勢いを殺す。
手に握ったナイフを見る。
真っ黒に塗装された……暗闇では視認する事も難しい暗器だ。
予備動作もなく……正確に投げてきた。
まるで、百発百中の暗殺者……『ブルズアイ』のような投擲技術だ。
だが、奴は黒いコスチュームを好む。
白いローブを着ているコイツとは真逆だ。
『……随分な挨拶をする。私達は同僚だろう?』
私は手に持ったナイフを撫でる。
白いフードの男が顔を上げた。
「この程度で死ぬのならば、足手纏いになるだけだ」
……一瞬、息が止まるかと思った。
そこにはリアルな骸骨を模したマスクを被った顔があった。
私はコイツを知っている。
いや、この世界に来てからも……関わった事がある。
私はパワーブローカーを一瞥した。
『『タスクマスター』か』
タスクマスター。
彼はただの人間だ。
ミュータントでもないし、超人でもない。
鍛え上げられているとは言え、身体能力はトップアスリートと同等レベル……つまり、私のような超人レベルではない。
だが、私は彼に勝つことが出来るか?と問われれば……首を横に振る。
彼には一つ、特殊な技能がある。
『
彼は見たものを全て記憶し、その技能を全て
しかもそれは、実物でなくても良い。
映像さえ見れば……如何なる技術だろうと模倣できる。
そして、模様した複数の技能を組み合わせる事で、模倣元よりも優れた戦闘技術を発揮する。
つまり。
剣術の達人『ソーズマン』の剣技。
『キャプテン・アメリカ』の盾捌き。
『ホークアイ』の弓技。
先程見せた『ブルズアイ』の投擲技能。
『ブラックパンサー』の身のこなし。
『アイアンフィスト』や『シャンチー』の格闘技。
『パニッシャー』や『ニック・フューリー』の熟達した銃火器を扱う技術。
全ての技能を、用途に合わせて切り替える事が出来るのだ。
確かに
……そして。
彼の真に恐るべき所は……その技術を人に教える才能まで持っている事だ。
彼に師事すれば、街のチンピラも、裏社会のエージェントになれる。
私も……彼に技術を叩き込まれた一人だ。
私がまだ、『レッドキャップ』と呼ばれていなかった頃の話だ。
「……私を知っているのか?」
だが、彼は私を覚えていないらしい。
それは彼の記憶力が悪いからではない。
寧ろ逆だ。
彼は記憶力が良過ぎる。
あまりにも多くの事を正確に憶えている所為で、新たに技能を習得すれば……古い記憶から抹消されていく。
彼は自身の妻の顔すら、もう思い出せない。
結婚していた事実すら憶えていないだろう。
それが彼の欠点だ。
『……昔の教え子だ』
寂しいとは感じない。
彼には恨みもないが、親しみも感じない。
だが、敵対するのは避けたい。
命が幾つあっても足りる事はない。
「なるほど……そうか」
納得したように頷き、私の手からナイフを受け取った。
忘れていたと指摘されても、憤ったり疑う訳でもなく、ただ納得した。
自身の欠陥について自覚している証拠だ。
パワーブローカーに視線を戻す。
人間離れした容姿の男が、手にグラスを持っていた。
私はタスクマスターの座っている席の隣に座った。
椅子を180度回転させて、カウンターに背を向けた。
『…………』
冷え切った空気に、胃がムカムカしてくる。
ストレスだ。
尋常じゃなく気まずいし……気を張って居なければならない。
早くニューヨークの……クイーンズに『帰りたい』。
……いや、違う。
ここが私の居場所だ、勘違いしてはならない。
私は視線をタスクマスターへ向けた。
グラスを傾けて、マスクに開いた口型の切れ込みから飲んでいる。
随分と器用な飲み方だ。
ガタン、とグラスをカウンターに置き、私を見た。
私の視線が気になるようだ。
「……何だ?」
不思議そうに問いかけてくる。
タスクマスターは金を目的に傭兵をしている。
……雇うのに幾らかかったのか、少し気になっていた。
『幾らで雇われたのか……と』
タスクマスターがパワーブローカーを一瞥した。
別段、気にしてなさそうな様子に頷き、私へ向き直った。
「クライアントの前で、報酬の話は御法度だぞ?傭兵ならば常識だ」
『私は傭兵ではない』
私が否定すると、ピクリと肩を動かした。
「なるほど、ただの『人殺し』か」
『…………』
突然の侮辱に、怒りも出なかった。
それに、それは事実だからだ。
「……フン、自覚はあるのか。お前は何の為に殺している?」
『組織の命令だ』
「……ハッ」
私の返答にタスクマスターが苦笑した。
マスクの上からでも分かるように、わざとらしく苦笑したのだ。
『何がおかしい?』
「お前は『空っぽ』だ。ただ惰性で人を殺す奴は……やはり、ただの『人殺し』で良い。傭兵や暗殺者なんて気取った言葉で飾る事も出来ない」
『それの何が悪い』
「強さはプロ級だが、心は
眉間に皺が寄るのを感じた。
何故、こんな奴に説教を受けなければならないのか……。
そもそも、私は好きで殺している訳では──
いや、ここにはパワーブローカーがいる。
迂闊な発言は控えるべきだ。
組織への忠誠心が疑われてはならない。
『忠告か?』
「いや、生き方の話だ。貴様は私の教え子なのだろう?迷っている生徒を導くのは教師の役目だ」
……私が迷っていると看破しているようだ。
確かに、ハーマンが死に掛けた時から……私は人殺しに忌避感を憶えている。
だが、これからも組織で生きていくならば、そんな感性は不要だ。
自身の感情に蓋をして、己を見失っている。
だから、迷っているという指摘は正しい。
……しかし、それを組織に知られたくはない。
久々に会って教師面している、このガイコツマスクの男にもだ。
『余計なお世話だ……酒の飲み過ぎだな。よく喋る』
「あまり強がるな。己に正直になれば良い。何故なら貴様は──
「そこまでにしてろ、タスクマスター」
パワーブローカーに遮られ、タスクマスターが黙った。
「追加講義の代金を支払うつもりはないぞ?」
「……フン、サービスだ」
タスクマスターが酒を勢いよく飲み干してグラスを投げた。
シンクを滑り、回転する。
そのまま勢いを殺して、シンクの前で静止した。
……投擲技術の無駄遣いだ。
それと同時に、電子音が鳴った。
パワーブローカーが手元に携帯端末を取り出し、開いた。
目を通して、私達を一瞥した。
「……仕事の時間だ。喜べ」
何も嬉しくないが。
マスクの下で見えないとは言え、不快そうな顔をしないように気を付ける。
「
端末を閉じて、パワーブローカーが私を見た。
「君は、調査と……追跡。発見次第、鼠の始末を頼む」
『生死は?』
「問わない。夜には重要な取引がある……後顧の憂いは断たねばならない」
『……了解した』
私が椅子を立つと同時に、先程まで酒を飲んでいたタスクマスターが立ち上がった。
「私も行こう」
椅子の下に落ちて居たシールドの縁を踏んだ。
地面から弾かれて、宙に浮き上がり……そのまま腕に装着した。
……『キャプテン・アメリカ』の模倣だ。
だが、シールドには星条旗を模したデザインは施されていない。
ただ『T』の一文字が刻まれて居た。
タスクマスターが、そのドクロのマスクをこちらに向けてきた。
「オークション会場の場所は分かるか?」
そして、私に問いかけてきた。
……事前に地図は記憶して来た。
大体の位置は分かっている。
『地図の上では知っている』
「なるほど。実際に行った事は無いと」
黙っていると、私の横を通り、タスクマスターはドアの前に立った。
そして、振り返り……私を見た。
「何をしている?行くぞ」
『……分かった』
一瞬、パワーブローカーを一瞥してから、頷いた。
何でコイツが私の上司みたいな立場になっているんだ。
ドアを抜けて、タスクマスターの後ろを歩く。
窓から、汚れたマドリプールの景色が見えた。
◇◆◇
「あんの、クソ野郎……絶対いつかブッ殺してやる」
私は薄暗い密室の中で愚痴る。
蒸し蒸しとした空気に息が苦しくなる。
クーラーなんて気の利いた物もない……とにかく、暑い。
そして、鼻を擽るのは磯と腐食した臭い。
私はコンテナを二本の爪で引き裂き、外に出た。
思い出されるのは先週の週末、ニック・フューリーとの会話だ。
『ローラ・キニー。君を呼んだのはレッドキャップの情報を得る為だ。戦わせる為ではない』
思い出しても血管がブチ切れそうになる。
態々、『ジーン・グレイ学園』から遥々来たって言うのに、やる事が事情聴取だけってマジで舐めてるのか?とキレそうになる。
いや、キレた。
何度、あのクソ眼帯野郎をブン殴りそうになったか……我慢できたのを褒めて欲しいぐらいだ。
だがまぁ、流石に私がアイツをブン殴れば……校長に迷惑が掛かる。
それは気が引ける。
良くして貰ってるし。
でも結局、最後まで蚊帳の外だった。
糞眼帯め。
だから、情報を盗んだ。
このマドリプールに来る可能性が高いと突き止めたのだ。
……ちなみに、情報源は友人の女の子だ。
情報を盗む目的で接触したが……まぁ、良い娘だったし。
何だかんだ、普通に友人として認知している。
若干の罪悪感が湧いてしまったぐらいだ。
で、情報を得た訳だが。
後は簡単な話だ。
糞マフィアに拉致られて、マドリプールで売られそうになってる女共に紛れた。
出国前にコッソリ、彼女達を逃して……コンテナ内には私しか居ない訳だが。
だから、まぁ、コンテナから出れば──
「な、何だ!?」
外には糞マフィアのお仲間が居た。
人数は一人……だが、他にも居るだろう。
手の甲を引き裂く感触と共に、アダマンチウムで覆われた爪が現れる。
両手の甲に、二本ずつ。
足からも、一本ずつ爪が生える。
だがまぁ、足の方は骨が剥き出しになっている……アダマンチウムではなく、ただの骨の爪だ。
強面の男が集まってくる前に……男が助けを呼ぶ前に、飛びかかる。
私は『ミュータント』だ。
生まれた時から
そして、私の持つ能力は──
「わあぁっ!?」
飛び上がった私に驚き、男の持つサブマシンガンを発砲した。
壁に爪を突き刺し、自身の軌道を変える。
常人離れした、獣のような『反射神経』。
そして、『俊敏性』。
私は壁を蹴り、錐揉みながらサブマシンガンを切り裂いた。
アダマンチウム製の爪によって、ただの金属製のサブマシンガンは三つに分かれた。
腕に二本の『爪』を生やす能力。
足を振り上げ、男の腕を蹴り上げる。
だが、ただの蹴りではない。
「ぎゃあっ」
足の先には一本の『爪』が生えている。
それが突き刺さり、腱を切り裂いた。
きっと重篤な後遺症が残るだろう。
「でもまぁ、殺してないだけマシだと思ってよね」
頭を掴み、地面に叩きつける。
失神して男は動かなくなった。
……と、後ろから手榴弾が投げ込まれた。
応援が来たみたいだ。
咄嗟に回避しようとして……足元に気絶した男がいる事を思い出した。
……あぁ、クソ。
男の前から動かず、体で爆風を受け止める。
辺りに煙が立ち込める。
「やったか!?」
「……プッ」
……あまりにも三下っぽいセリフを吐くもんだから、笑ってしまった。
煙の中を疾走し、手榴弾を投げた男の首を足で絡めとる。
そのまま捻って絞める。
「この服、お気に入りだったんだけど……弁償しろ」
「何で、あ、がっ……」
私が生きているのが信じられないようだ。
まぁ、普通はそうだろう。
確かにさっき、手榴弾の爆発によって身体の半分が吹き飛んだ。
だが、その程度なら私は死なない。
超人的な再生能力……『
気を失った男を蹴り飛ばす。
「集まられると面倒だな」
獣のような身体能力。
鋭い爪を生やす能力。
肉体を再生する
これが私の能力だ。
私は足の爪をコンテナに突き刺して、上に登る。
上からマフィアを数える。
何者かに襲撃されている自覚はあるようだけど……誰に襲われているかは分かってないみたいだ。
……残り12人。
私はコンテナから飛び降りた。
◇◆◇
マドリプール、バッカニアベイ。
外海から運ばれたコンテナが置かれるコンテナ・ターミナルだ。
数メートルごとに灯が並ぶが、間隔は遠く暗がりもある。
隠れるにはもってこいの場所だな。
……海が近く潮の香りが鼻を擽る。
ドブのような臭いもする。
そして……似非超人血清で強化された嗅覚は血の臭いを感じ取っていた。
『……近くで血が流れていたようだ』
「そうか」
タスクマスターが一言、頷いて歩き出した。
視界を広く、背後に壁が来るよう意識し、周囲を警戒しながら歩いているようだ。
そして、何を思ったか急にコンテナの縁を掴み、上に乗った。
……高さは3メートル近くあるが、小さな窪みを蹴り上げるように素早く登ったようだ。
私は大人しく、強化された身体能力で無理矢理登った。
タスクマスターがフードを深く被り、高台から周囲を見渡している。
そして、何かを見つけたようで手招きをした。
「こっちだ」
『…………あぁ』
誘導されるまま、私はタスクマスターを追う。
……血塗れで倒れる男達がそこに居た。
息はあるみたいだ。
タスクマスターは小さなナイフ……いや、針のような物を取り出して、倒れている男へ近付く。
「う、あっ……あんた……」
意識の朦朧としている男に、タスクマスターが針を刺した。
首の血管に一撃だ。
「あっ……あっ……」
針には薬剤が塗られていたようで、男の表情が崩れる。
恐らく、自白剤。
それもかなり強力な……被投薬者の事を考えていない『使い切り』の薬だ。
……あまり、見ていて気持ちの良い物ではないな。
「ここで何があった?話せ」
「爪、爪を生やした……奴が……」
『爪……?』
私は周囲を観察する。
コンテナに刻まれた、均等に並んだ二本の傷。
なるほど、爪痕か。
そして……男の物ではない血溜まり。
常人なら意識を失うほどの失血……だが、そこから血で出来た足跡が先へ、そして壁にまで付いている。
「殺した筈なのに……生きて……」
「……
タスクマスターが私を一瞥した。
私は腰からナイフを抜き出し、辺りを警戒する。
血の付いた足跡は奥へと続いている。
「あ、あがっ……」
男が痙攣した。
血の泡を吹いて……瞳孔が開く。
「……チッ、もう使えないか」
タスクマスターが手を離せば、男はドサリと地面に倒れた。
受け身も取らない……意識がないみたいだ。
いや、意識だけではなく、命もか。
私は敵の正体を考える。
爪、
『……ウルヴァリンか?』
奴は死からも蘇る強力な
だが、ウルヴァリンの爪は『三本』。
ここにある傷は『二本』。
違和感がある。
「答えを急くな。追跡するぞ」
『……あぁ、分かった』
タスクマスターがシールドを左腕に、右手でシールドから剣の柄のような物を抜いた。
柄だが……剣の身はない。
不思議な形状をしている。
刀身のない剣など……剣と呼んで良いかも怪しい。
そのままコンテナ沿いにタスクマスターが足音を立てずに歩く。
……『ブラックパンサー』の模倣か?
それとも、『ブラックウィドウ』の潜伏技術か。
血の足跡を追い、タスクマスターが進む。
遅れて、私も背後を歩く。
そして……角を曲がった瞬間、足跡が消えた。
「ム……」
『……何だ?』
私は頭に疑問符が浮かび……タスクマスターが注視し……足跡に反応した。
「コレは……『バックトラック』か!」
タスクマスターが声を上げて、背後を振り返った。
バックトラック……動物が足跡を消すために行う行動だ。
自身の足跡に重ねて、後ろ歩きで離脱する事で突如、消えたかのような痕跡を残す。
遅れて、私も振り返れば……頭上、コンテナの上から人影が迫っていた。
『チッ……!』
舌打ちをしながら、ナイフを構え……その人影の鋭い爪がぶつかる。
いや、ぶつかったが……まるで、バターのように容易く切り裂かれる。
爪はナイフに半分以上食い込んでいた。
まずい。
咄嗟にナイフを捨てて、腕の赤い装甲……アダマンチウム部分で防御する。
ガキン、と弾かれる音がする。
……互角か。
なら、奴の爪もアダマンチウム製か?
襲撃者の腕は一本ではない。
もう一本の腕が振り上げられていた。
私は腕と接触している爪を滑らせて、襲撃者の体勢を崩す。
肩パーツを顔面にぶつけ、押しのける。
「う、ぐっ!?」
血を流しながら、人影が転がる。
……若い、女?
やはり、『ウルヴァリン』ではない。
何者だ?
距離を取った瞬間、タスクマスターが声を掛けて来た。
「知り合いか?」
『いや』
ウルヴァリンのような女……?
そんな知り合いは居ない。
まるでコピー品のような……複製……?
クローン……?
……まさか。
『『X-23』か……!』
記憶の奥底から情報が溢れ出してくる。
女……X-23が血反吐を吐きながら、立ち上がった。
「私は、ローラ・キニーだ……その名前で呼ぶな!」
唸り声と共に、姿勢を低く……獣のような構えを取る。
その両手には二本の爪、足に一本の爪。
間違いない。
……思い出した。
ウルヴァリンのクローン体、X-23だ。
『
ウルヴァリンの遺伝子情報を利用して、代理出産によって産み出され……暗殺技術を仕込まれた父親の居ない子供。
ウルヴァリンと同様の能力を持つ、ミュータントだ。
この世界でも戦った事がある。
それも、彼女が幼かった頃に。
頭部に弾丸を食らわせたが……お得意の
……しかし、何故、私に殺意を向けている?
タスクマスターの方が彼女の立ち位置からは近かった。
態々、私を狙ったとしか思えない。
恨まれるような事は──
あ──
「アンタだけは……!」
心臓が早鐘のように鳴り響く。
汗が流れ出る。
口が、乾いた。
頭の中で、凄惨な記憶がフラッシュバックする。
幼いX-23を庇う、彼女を産んだ代理母の研究者……セアラ・キニーの死に際を。
ナイフで引き裂いた、手の感触を。
血を吐いて撒き散らす、彼女の姿を。
慈愛を持って娘を見る瞳を。
ダメだ。
忘れろ、気にしなくて良い。
奴らは非人道的な研究をしていた科学者だ。
殺されて当然の奴だ。
そうだ。
善人なんかではない。
例え、その死に際に、自身の娘を庇おうとしても。
愛を持って娘に接していたとしても。
私の敵だった。
違う、私の所為ではない。
マスクの下で、思考が錯乱する。
呼吸が乱れる。
身体が硬直する。
「何をしている!」
タスクマスターの叱責が聞こえ、顔を上げれば──
目前に、アダマンチウム製の爪が迫っていた。
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