【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#75 クライ・フォー・ザ・ムーン part1

犯罪都市、『マドリプール』。

海に浮かぶ小さな都市国家だ。

 

島そのものが都市であり、暴力が支配する貧困層の下層(ロータウン)と、支配層の上層(ハイタウン)で構成されている。

そして、上層(ハイタウン)だろうが下層(ロータウン)だろうが、『マドリプール』では人の命は一握りの金よりも軽い。

 

明日、隣人が消えても誰も気にも留めない。

そんな都市だ。

 

だから、ここには世界中から犯罪者や、後ろ暗い者達が集まる。

……国際的に指名手配されているような大物達も、だ。

 

排気ガスで作られた黒い雲が光を遮り、日は登っても夜は明けない。

私は上層(ハイタウン)の高層ビルから街を見下ろしていた。

 

 

「この街の眺めはどうかね?」

 

『…………』

 

 

視線の先、下層(ロータウン)の路地裏で一人の男が私刑(リンチ)されている。

代わる代わる別の男に体を蹴られ……それを見ている野次馬は酒のつまみにしている。

似非超人血清によって強化された視力によって、数百メートル先まで鮮明に見えた。

 

 

『フン、最低だな』

 

「愚者を嘲り、己の価値を認識する。それは人だけに許された特権だ」

 

『……お前も、趣味が悪い』

 

 

私は壁一面に貼られた窓ガラスから目を逸らし、後ろを見る。

 

紫色の肌に、白い髪……凡そ人間離れした容姿をした男。

 

 

「ふむ、分からないか……君は私の最高……いや、二番か三番目ぐらいには傑作なのだが。いやはや、作者には似ないと言う訳か」

 

 

そう言って笑っている男の名は……『パワー・ブローカー』だ。

今回の任務は彼の護衛……に、なるのだが。

 

正直、良い気分とは言えない。

彼は『似非超人血清』の生みの親だ。

 

……今日、初めて出会ったが……やはり、碌な人間ではなかった。

 

奴は私を『傑作』と呼ぶ。

『パワー・ブローカー社』は普通の人間に超能力(スーパーパワー)を与える組織だ。

今まで何人もの人間を弄ってきて……そして生まれた超人を自身の『作品』と呼んでいるのだ。

 

反吐が出る。

 

だが、私は彼に手を出す事は出来ない。

組織は彼と懇意にしている。

……彼を傷つける事は、つまり組織への反逆となる。

 

逆らえば、死ぬ。

私は、こんな場所で無駄死にしたくはない。

 

 

「まぁ、良い……君の同僚を紹介しよう。仲良くしてくれたまえ」

 

 

パワーブローカーに勧められるまま、私は別室に移動した。

高級そうな調度品が並べられた部屋に二人の男が居た。

 

一人は日系人の男で床に座り、座禅を組んでいる。

 

もう一人は……背後からしか見えないが白いフードを被った男だ。

カウンターに突っ伏している。

 

 

『……随分と個性的だな』

 

「だが、腕が立つ。それに君も個性的だろう?」

 

 

そう言われれば、黙るしかない。

私も全身をアーマースーツで覆った異常者だからだ。

 

 

「どちらも私の護衛だ。……念には念を。賢者は事前の用意が周到なのだよ」

 

 

パワーブローカーがコレクションを見せるように自慢してくる。

 

そのまま、目線は座禅を組んでいた男に移った。

和服を着ており、側には刀が置いてある。

銀色の鞘に、銀色の柄が見える。

……凡そ、刀らしくない派手なデザインだ。

 

 

「彼は『ケンイチロウ』だ。この街を支配している女の部下だ」

 

『……そうか』

 

 

全く見向きもせず、ただ黙って目を瞑り静かにしている。

……しかし、隙はない。

何処からでも迎撃できるように、自然に体が組まれている。

 

恐らく、かなり強い。

それこそ、私以上に。

 

間違いない。

コミックにも出てくる名うての悪人(ヴィラン)だ。

 

だが、その名前は分からない。

恐らく、『ケンイチロウ』と言う名前よりも有名な悪人名(ヴィランネーム)がある筈だ。

刀……和服……サムライ?

ダメだ、靄が掛かったように思い出せない。

 

気になる。

 

 

『…………』

 

 

しかし、好奇心は猫をも殺す。

迂闊に探りに行って良い相手ではない。

それに、瞑想に集中しているようだし……邪魔をして不機嫌になられても困る。

 

私は黙って、彼から目を逸らした。

 

そして、カウンターに突っ伏している白いフードの男を見た。

その手には酒の入ったグラスがあった。

 

 

室内にカウンター、か。

小洒落たバーのような一角に、財力を感じる。

ただのビルの一室に、こんな物を用意する必要は無いはずだ。

それも、ここはパワーブローカーのプライベートな一室だ。

客も取らない、完全に贅沢の為のカウンターだ。

 

そんなバーテンダーも居ない無人のカウンターで、男は突っ伏して居た。

 

私はパワーブローカーに視線を戻した。

 

 

『彼の事は自慢しないのか?』

 

 

その言葉に頬を吊り上げて笑った。

 

 

「ふふ、君の方が彼の事は詳しい筈だが?」

 

『……私の方が?』

 

「話しかけてみたまえ」

 

 

……私の知り合いだと?

パワーブローカーから離れて、白いフードの男へ近付く。

 

……カチャリ、と金属が擦れる音がした。

咄嗟に右手を首の前に置く。

 

人差し指より少し大きい、小型のナイフが迫っていた。

それを手で摘み、勢いを殺す。

 

手に握ったナイフを見る。

真っ黒に塗装された……暗闇では視認する事も難しい暗器だ。

 

予備動作もなく……正確に投げてきた。

 

まるで、百発百中の暗殺者……『ブルズアイ』のような投擲技術だ。

だが、奴は黒いコスチュームを好む。

白いローブを着ているコイツとは真逆だ。

 

 

『……随分な挨拶をする。私達は同僚だろう?』

 

 

私は手に持ったナイフを撫でる。

白いフードの男が顔を上げた。

 

 

「この程度で死ぬのならば、足手纏いになるだけだ」

 

 

……一瞬、息が止まるかと思った。

そこにはリアルな骸骨を模したマスクを被った顔があった。

 

私はコイツを知っている。

いや、この世界に来てからも……関わった事がある。

私はパワーブローカーを一瞥した。

 

 

『『タスクマスター』か』

 

 

タスクマスター。

彼はただの人間だ。

ミュータントでもないし、超人でもない。

鍛え上げられているとは言え、身体能力はトップアスリートと同等レベル……つまり、私のような超人レベルではない。

 

だが、私は彼に勝つことが出来るか?と問われれば……首を横に振る。

彼には一つ、特殊な技能がある。

写真的反射能力(フォトグラフィック・リフレクションズ)』だ。

彼は見たものを全て記憶し、その技能を全て熟達(マスター)する。

 

しかもそれは、実物でなくても良い。

映像さえ見れば……如何なる技術だろうと模倣できる。

そして、模様した複数の技能を組み合わせる事で、模倣元よりも優れた戦闘技術を発揮する。

 

つまり。

剣術の達人『ソーズマン』の剣技。

『キャプテン・アメリカ』の盾捌き。

『ホークアイ』の弓技。

先程見せた『ブルズアイ』の投擲技能。

『ブラックパンサー』の身のこなし。

『アイアンフィスト』や『シャンチー』の格闘技。

『パニッシャー』や『ニック・フューリー』の熟達した銃火器を扱う技術。

全ての技能を、用途に合わせて切り替える事が出来るのだ。

 

確かに治癒因子(ヒーリングファクター)のような真似出来ない物もあるが……そんなものを弱点とすら思えない程に、優れた技術を持っている。

 

 

……そして。

彼の真に恐るべき所は……その技術を人に教える才能まで持っている事だ。

彼に師事すれば、街のチンピラも、裏社会のエージェントになれる。

 

私も……彼に技術を叩き込まれた一人だ。

組織(アンシリーコート)に雇われて、教官をしていた時期があるのだ。

私がまだ、『レッドキャップ』と呼ばれていなかった頃の話だ。

 

 

「……私を知っているのか?」

 

 

だが、彼は私を覚えていないらしい。

 

それは彼の記憶力が悪いからではない。

寧ろ逆だ。

彼は記憶力が良過ぎる。

あまりにも多くの事を正確に憶えている所為で、新たに技能を習得すれば……古い記憶から抹消されていく。

 

彼は自身の妻の顔すら、もう思い出せない。

結婚していた事実すら憶えていないだろう。

 

それが彼の欠点だ。

 

 

『……昔の教え子だ』

 

 

寂しいとは感じない。

彼には恨みもないが、親しみも感じない。

だが、敵対するのは避けたい。

命が幾つあっても足りる事はない。

 

 

「なるほど……そうか」

 

 

納得したように頷き、私の手からナイフを受け取った。

忘れていたと指摘されても、憤ったり疑う訳でもなく、ただ納得した。

自身の欠陥について自覚している証拠だ。

 

 

パワーブローカーに視線を戻す。

人間離れした容姿の男が、手にグラスを持っていた。

 

 

私はタスクマスターの座っている席の隣に座った。

椅子を180度回転させて、カウンターに背を向けた。

 

 

『…………』

 

 

冷え切った空気に、胃がムカムカしてくる。

ストレスだ。

尋常じゃなく気まずいし……気を張って居なければならない。

 

早くニューヨークの……クイーンズに『帰りたい』。

……いや、違う。

ここが私の居場所だ、勘違いしてはならない。

 

私は視線をタスクマスターへ向けた。

グラスを傾けて、マスクに開いた口型の切れ込みから飲んでいる。

随分と器用な飲み方だ。

 

ガタン、とグラスをカウンターに置き、私を見た。

私の視線が気になるようだ。

 

 

「……何だ?」

 

 

不思議そうに問いかけてくる。

 

タスクマスターは金を目的に傭兵をしている。

……雇うのに幾らかかったのか、少し気になっていた。

 

 

『幾らで雇われたのか……と』

 

 

タスクマスターがパワーブローカーを一瞥した。

別段、気にしてなさそうな様子に頷き、私へ向き直った。

 

 

「クライアントの前で、報酬の話は御法度だぞ?傭兵ならば常識だ」

 

『私は傭兵ではない』

 

 

私が否定すると、ピクリと肩を動かした。

 

 

「なるほど、ただの『人殺し』か」

 

『…………』

 

 

突然の侮辱に、怒りも出なかった。

それに、それは事実だからだ。

 

 

「……フン、自覚はあるのか。お前は何の為に殺している?」

 

『組織の命令だ』

 

「……ハッ」

 

 

私の返答にタスクマスターが苦笑した。

マスクの上からでも分かるように、わざとらしく苦笑したのだ。

 

 

『何がおかしい?』

 

「お前は『空っぽ』だ。ただ惰性で人を殺す奴は……やはり、ただの『人殺し』で良い。傭兵や暗殺者なんて気取った言葉で飾る事も出来ない」

 

『それの何が悪い』

 

「強さはプロ級だが、心は素人(アマチュア)だ、と言っている。その意識の甘さは……いつか取り返しの付かないミスをするぞ」

 

 

眉間に皺が寄るのを感じた。

何故、こんな奴に説教を受けなければならないのか……。

 

そもそも、私は好きで殺している訳では──

 

いや、ここにはパワーブローカーがいる。

迂闊な発言は控えるべきだ。

組織への忠誠心が疑われてはならない。

 

 

『忠告か?』

 

「いや、生き方の話だ。貴様は私の教え子なのだろう?迷っている生徒を導くのは教師の役目だ」

 

 

……私が迷っていると看破しているようだ。

確かに、ハーマンが死に掛けた時から……私は人殺しに忌避感を憶えている。

だが、これからも組織で生きていくならば、そんな感性は不要だ。

自身の感情に蓋をして、己を見失っている。

だから、迷っているという指摘は正しい。

 

……しかし、それを組織に知られたくはない。

久々に会って教師面している、このガイコツマスクの男にもだ。

 

 

『余計なお世話だ……酒の飲み過ぎだな。よく喋る』

 

「あまり強がるな。己に正直になれば良い。何故なら貴様は──

 

「そこまでにしてろ、タスクマスター」

 

 

パワーブローカーに遮られ、タスクマスターが黙った。

 

 

「追加講義の代金を支払うつもりはないぞ?」

 

「……フン、サービスだ」

 

 

タスクマスターが酒を勢いよく飲み干してグラスを投げた。

シンクを滑り、回転する。

そのまま勢いを殺して、シンクの前で静止した。

 

……投擲技術の無駄遣いだ。

 

それと同時に、電子音が鳴った。

パワーブローカーが手元に携帯端末を取り出し、開いた。

 

目を通して、私達を一瞥した。

 

 

「……仕事の時間だ。喜べ」

 

 

何も嬉しくないが。

マスクの下で見えないとは言え、不快そうな顔をしないように気を付ける。

 

 

下層(ロータウン)の港に招待されていない鼠が来たそうだ」

 

 

端末を閉じて、パワーブローカーが私を見た。

 

 

「君は、調査と……追跡。発見次第、鼠の始末を頼む」

 

『生死は?』

 

「問わない。夜には重要な取引がある……後顧の憂いは断たねばならない」

 

『……了解した』

 

 

私が椅子を立つと同時に、先程まで酒を飲んでいたタスクマスターが立ち上がった。

 

 

「私も行こう」

 

 

椅子の下に落ちて居たシールドの縁を踏んだ。

地面から弾かれて、宙に浮き上がり……そのまま腕に装着した。

……『キャプテン・アメリカ』の模倣だ。

 

だが、シールドには星条旗を模したデザインは施されていない。

ただ『T』の一文字が刻まれて居た。

 

タスクマスターが、そのドクロのマスクをこちらに向けてきた。

 

 

「オークション会場の場所は分かるか?」

 

 

そして、私に問いかけてきた。

……事前に地図は記憶して来た。

大体の位置は分かっている。

 

 

『地図の上では知っている』

 

「なるほど。実際に行った事は無いと」

 

 

黙っていると、私の横を通り、タスクマスターはドアの前に立った。

そして、振り返り……私を見た。

 

 

「何をしている?行くぞ」

 

『……分かった』

 

 

一瞬、パワーブローカーを一瞥してから、頷いた。

 

何でコイツが私の上司みたいな立場になっているんだ。

 

ドアを抜けて、タスクマスターの後ろを歩く。

窓から、汚れたマドリプールの景色が見えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「あんの、クソ野郎……絶対いつかブッ殺してやる」

 

 

私は薄暗い密室の中で愚痴る。

蒸し蒸しとした空気に息が苦しくなる。

クーラーなんて気の利いた物もない……とにかく、暑い。

そして、鼻を擽るのは磯と腐食した臭い。

 

 

私はコンテナを二本の爪で引き裂き、外に出た。

 

思い出されるのは先週の週末、ニック・フューリーとの会話だ。

 

 

『ローラ・キニー。君を呼んだのはレッドキャップの情報を得る為だ。戦わせる為ではない』

 

 

思い出しても血管がブチ切れそうになる。

態々、『ジーン・グレイ学園』から遥々来たって言うのに、やる事が事情聴取だけってマジで舐めてるのか?とキレそうになる。

いや、キレた。

 

何度、あのクソ眼帯野郎をブン殴りそうになったか……我慢できたのを褒めて欲しいぐらいだ。

 

だがまぁ、流石に私がアイツをブン殴れば……校長に迷惑が掛かる。

それは気が引ける。

良くして貰ってるし。

 

でも結局、最後まで蚊帳の外だった。

糞眼帯め。

 

だから、情報を盗んだ。

このマドリプールに来る可能性が高いと突き止めたのだ。

……ちなみに、情報源は友人の女の子だ。

 

情報を盗む目的で接触したが……まぁ、良い娘だったし。

何だかんだ、普通に友人として認知している。

若干の罪悪感が湧いてしまったぐらいだ。

 

 

で、情報を得た訳だが。

 

 

後は簡単な話だ。

糞マフィアに拉致られて、マドリプールで売られそうになってる女共に紛れた。

 

出国前にコッソリ、彼女達を逃して……コンテナ内には私しか居ない訳だが。

 

だから、まぁ、コンテナから出れば──

 

 

「な、何だ!?」

 

 

外には糞マフィアのお仲間が居た。

人数は一人……だが、他にも居るだろう。

 

手の甲を引き裂く感触と共に、アダマンチウムで覆われた爪が現れる。

両手の甲に、二本ずつ。

足からも、一本ずつ爪が生える。

だがまぁ、足の方は骨が剥き出しになっている……アダマンチウムではなく、ただの骨の爪だ。

 

強面の男が集まってくる前に……男が助けを呼ぶ前に、飛びかかる。

 

 

私は『ミュータント』だ。

生まれた時から超能力(スーパーパワー)を持つ超人、それが『ミュータント』。

 

そして、私の持つ能力は──

 

 

「わあぁっ!?」

 

 

飛び上がった私に驚き、男の持つサブマシンガンを発砲した。

壁に爪を突き刺し、自身の軌道を変える。

 

常人離れした、獣のような『反射神経』。

そして、『俊敏性』。

 

私は壁を蹴り、錐揉みながらサブマシンガンを切り裂いた。

アダマンチウム製の爪によって、ただの金属製のサブマシンガンは三つに分かれた。

 

腕に二本の『爪』を生やす能力。

 

足を振り上げ、男の腕を蹴り上げる。

だが、ただの蹴りではない。

 

 

「ぎゃあっ」

 

 

足の先には一本の『爪』が生えている。

 

それが突き刺さり、腱を切り裂いた。

きっと重篤な後遺症が残るだろう。

 

 

「でもまぁ、殺してないだけマシだと思ってよね」

 

 

頭を掴み、地面に叩きつける。

失神して男は動かなくなった。

 

……と、後ろから手榴弾が投げ込まれた。

 

応援が来たみたいだ。

 

咄嗟に回避しようとして……足元に気絶した男がいる事を思い出した。

 

 

……あぁ、クソ。

 

 

男の前から動かず、体で爆風を受け止める。

辺りに煙が立ち込める。

 

 

「やったか!?」

 

「……プッ」

 

 

……あまりにも三下っぽいセリフを吐くもんだから、笑ってしまった。

 

煙の中を疾走し、手榴弾を投げた男の首を足で絡めとる。

そのまま捻って絞める。

 

 

「この服、お気に入りだったんだけど……弁償しろ」

 

「何で、あ、がっ……」

 

 

 

私が生きているのが信じられないようだ。

まぁ、普通はそうだろう。

 

確かにさっき、手榴弾の爆発によって身体の半分が吹き飛んだ。

だが、その程度なら私は死なない。

 

超人的な再生能力……『治癒因子(ヒーリングファクター)』だ。

 

気を失った男を蹴り飛ばす。

 

 

「集まられると面倒だな」

 

 

獣のような身体能力。

鋭い爪を生やす能力。

肉体を再生する治癒因子(ヒーリングファクター)

 

これが私の能力だ。

 

 

私は足の爪をコンテナに突き刺して、上に登る。

上からマフィアを数える。

何者かに襲撃されている自覚はあるようだけど……誰に襲われているかは分かってないみたいだ。

 

……残り12人。

 

 

私はコンテナから飛び降りた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

マドリプール、バッカニアベイ。

 

外海から運ばれたコンテナが置かれるコンテナ・ターミナルだ。

数メートルごとに灯が並ぶが、間隔は遠く暗がりもある。

隠れるにはもってこいの場所だな。

 

……海が近く潮の香りが鼻を擽る。

ドブのような臭いもする。

 

そして……似非超人血清で強化された嗅覚は血の臭いを感じ取っていた。

 

 

『……近くで血が流れていたようだ』

 

「そうか」

 

 

タスクマスターが一言、頷いて歩き出した。

視界を広く、背後に壁が来るよう意識し、周囲を警戒しながら歩いているようだ。

 

そして、何を思ったか急にコンテナの縁を掴み、上に乗った。

……高さは3メートル近くあるが、小さな窪みを蹴り上げるように素早く登ったようだ。

 

私は大人しく、強化された身体能力で無理矢理登った。

 

 

タスクマスターがフードを深く被り、高台から周囲を見渡している。

そして、何かを見つけたようで手招きをした。

 

 

「こっちだ」

 

『…………あぁ』

 

 

誘導されるまま、私はタスクマスターを追う。

 

……血塗れで倒れる男達がそこに居た。

息はあるみたいだ。

 

タスクマスターは小さなナイフ……いや、針のような物を取り出して、倒れている男へ近付く。

 

 

「う、あっ……あんた……」

 

 

意識の朦朧としている男に、タスクマスターが針を刺した。

首の血管に一撃だ。

 

 

「あっ……あっ……」

 

 

針には薬剤が塗られていたようで、男の表情が崩れる。

恐らく、自白剤。

それもかなり強力な……被投薬者の事を考えていない『使い切り』の薬だ。

……あまり、見ていて気持ちの良い物ではないな。

 

 

「ここで何があった?話せ」

 

「爪、爪を生やした……奴が……」

 

『爪……?』

 

 

私は周囲を観察する。

 

コンテナに刻まれた、均等に並んだ二本の傷。

なるほど、爪痕か。

 

そして……男の物ではない血溜まり。

常人なら意識を失うほどの失血……だが、そこから血で出来た足跡が先へ、そして壁にまで付いている。

 

 

「殺した筈なのに……生きて……」

 

「……治癒因子(ヒーリングファクター)か」

 

 

タスクマスターが私を一瞥した。

 

私は腰からナイフを抜き出し、辺りを警戒する。

血の付いた足跡は奥へと続いている。

 

 

「あ、あがっ……」

 

 

男が痙攣した。

血の泡を吹いて……瞳孔が開く。

 

 

「……チッ、もう使えないか」

 

 

タスクマスターが手を離せば、男はドサリと地面に倒れた。

受け身も取らない……意識がないみたいだ。

いや、意識だけではなく、命もか。

 

私は敵の正体を考える。

 

爪、治癒因子(ヒーリングファクター)、一人で集団を襲うほどの凶暴性。

 

 

『……ウルヴァリンか?』

 

 

奴は死からも蘇る強力な治癒因子(ヒーリングファクター)と、アダマンチウム製の爪を持ち……凶暴な性格をしている。

 

だが、ウルヴァリンの爪は『三本』。

ここにある傷は『二本』。

 

違和感がある。

 

 

「答えを急くな。追跡するぞ」

 

『……あぁ、分かった』

 

 

タスクマスターがシールドを左腕に、右手でシールドから剣の柄のような物を抜いた。

柄だが……剣の身はない。

不思議な形状をしている。

刀身のない剣など……剣と呼んで良いかも怪しい。

 

そのままコンテナ沿いにタスクマスターが足音を立てずに歩く。

……『ブラックパンサー』の模倣か?

それとも、『ブラックウィドウ』の潜伏技術か。

 

血の足跡を追い、タスクマスターが進む。

遅れて、私も背後を歩く。

 

そして……角を曲がった瞬間、足跡が消えた。

 

 

「ム……」

 

『……何だ?』

 

 

私は頭に疑問符が浮かび……タスクマスターが注視し……足跡に反応した。

 

 

「コレは……『バックトラック』か!」

 

 

タスクマスターが声を上げて、背後を振り返った。

 

バックトラック……動物が足跡を消すために行う行動だ。

自身の足跡に重ねて、後ろ歩きで離脱する事で突如、消えたかのような痕跡を残す。

 

遅れて、私も振り返れば……頭上、コンテナの上から人影が迫っていた。

 

 

『チッ……!』

 

 

舌打ちをしながら、ナイフを構え……その人影の鋭い爪がぶつかる。

 

いや、ぶつかったが……まるで、バターのように容易く切り裂かれる。

爪はナイフに半分以上食い込んでいた。

 

まずい。

 

咄嗟にナイフを捨てて、腕の赤い装甲……アダマンチウム部分で防御する。

 

ガキン、と弾かれる音がする。

……互角か。

なら、奴の爪もアダマンチウム製か?

 

襲撃者の腕は一本ではない。

もう一本の腕が振り上げられていた。

 

私は腕と接触している爪を滑らせて、襲撃者の体勢を崩す。

肩パーツを顔面にぶつけ、押しのける。

 

 

「う、ぐっ!?」

 

 

血を流しながら、人影が転がる。

 

……若い、女?

やはり、『ウルヴァリン』ではない。

何者だ?

 

 

距離を取った瞬間、タスクマスターが声を掛けて来た。

 

 

「知り合いか?」

 

『いや』

 

 

ウルヴァリンのような女……?

そんな知り合いは居ない。

 

まるでコピー品のような……複製……?

クローン……?

……まさか。

 

 

『『X-23』か……!』

 

 

記憶の奥底から情報が溢れ出してくる。

 

女……X-23が血反吐を吐きながら、立ち上がった。

 

 

「私は、ローラ・キニーだ……その名前で呼ぶな!」

 

 

唸り声と共に、姿勢を低く……獣のような構えを取る。

 

その両手には二本の爪、足に一本の爪。

 

 

間違いない。

 

……思い出した。

ウルヴァリンのクローン体、X-23だ。

 

ウェポンI(キャプテン・アメリカ)』や、『ウェポンX(ウルヴァリン)』を生み出した『ウェポン・プラス計画』の23番目の個体だ。

 

ウルヴァリンの遺伝子情報を利用して、代理出産によって産み出され……暗殺技術を仕込まれた父親の居ない子供。

ウルヴァリンと同様の能力を持つ、ミュータントだ。

 

 

この世界でも戦った事がある。

それも、彼女が幼かった頃に。

頭部に弾丸を食らわせたが……お得意の治癒因子(ヒーリングファクター)で死んでいなかったようだ。

 

……しかし、何故、私に殺意を向けている?

タスクマスターの方が彼女の立ち位置からは近かった。

 

態々、私を狙ったとしか思えない。

 

恨まれるような事は──

 

 

あ──

 

 

「アンタだけは……!」

 

 

心臓が早鐘のように鳴り響く。

汗が流れ出る。

口が、乾いた。

 

頭の中で、凄惨な記憶がフラッシュバックする。

幼いX-23を庇う、彼女を産んだ代理母の研究者……セアラ・キニーの死に際を。

 

ナイフで引き裂いた、手の感触を。

血を吐いて撒き散らす、彼女の姿を。

慈愛を持って娘を見る瞳を。

 

ダメだ。

忘れろ、気にしなくて良い。

奴らは非人道的な研究をしていた科学者だ。

殺されて当然の奴だ。

 

そうだ。

善人なんかではない。

 

例え、その死に際に、自身の娘を庇おうとしても。

愛を持って娘に接していたとしても。

 

私の敵だった。

違う、私の所為ではない。

 

 

マスクの下で、思考が錯乱する。

呼吸が乱れる。

身体が硬直する。

 

 

「何をしている!」

 

 

タスクマスターの叱責が聞こえ、顔を上げれば──

 

 

目前に、アダマンチウム製の爪が迫っていた。

 

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