【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
「よ、ピーター……ミシェルが何処にいるか知らない?」
惚けたような声に僕は振り返った。
ネッドだ。
「……今日はずっと居なかったよ」
「知らねぇよ……俺、クラス違うし」
「あ、うん……確かに」
ロッカーに教科書を戻して、次の授業の支度をする。
「病欠か?」
「いや、家の用事らしいよ……ほら」
僕はスマホのショートメッセージを見せる。
『月曜から三日程、実家に帰ります』
いつも通り、お固い文章のメールだ。
前の土曜日のデートで少しは距離が縮まったとは思ってたけど……どうやら、変わらないらしい。
……いやでも、文章にハートマークとか顔文字を付けるミシェルの姿は想像出来ないかも。
「あー、そっか」
「え?何、ネッド。何か用事でもあったの?」
「いや?『デススター』が届いたから、一緒に組もうと思って」
デススター……あぁ、レゴのか。
「でも発売日ってまだじゃなかった?」
「会員だから早く届いたんだよ。ラッキーだった……ほら」
ネッドが鞄からミニフィグ……小さなレゴのフィギュアを出した。
ダース・ベイダーだ。
……何で学校に持って来てるんだ。
「本体がメチャクチャデカいし……パーツも多いからさ。お前と、ミシェルも誘おうかなって」
「そっか……帰って来たら、また誘おうよ」
「当たり前だろ」
そう言われて、僕は苦笑いした。
折角早く来たけど……ミシェルが帰ってくるまで組む気はないらしい。
まぁ、それがネッドの人の良さだと思う。
「しかし……ミシェルの実家、ねぇ」
「ん?どうしたの、ネッド」
ネッドが悩ましそうに腕を組んだ。
「ピーターは気にならないのか?」
「あー、いや?僕も気になるけど──
気にならない、と言ったら嘘になる。
実際、ミシェルは自分の家とか……家族の話とか、今まで居た高校についてとか、話したがらない。
僕だって気になる。
でも。
「本人が隠そうとしてるし。無理に聞くのは良くないかなって」
「……うーん」
「触れて欲しくないみたいだし」
ネッドが腕を組んだ。
まだ17歳の女の子が、親元を離れて一人暮らしをしてる時点で……ちょっと、気になる所はある。
家族は心配にならないのだろうか?
……そもそも、彼女の自己肯定感の低さとか……あの時の涙とか。
それって多分、彼女が言いたがらない事に関係してるのだと思う。
もしかしたら、家族関係で困ってる事があるのかも知れない。
だから、無理に踏み込めない。
ネッドも何となく、そう思ってるようで口を噤んでいる。
「僕達が出来るのは、出来るだけ居心地の良い場所になる事ぐらいだよ。プライベートな事は……教えてくれなきゃ分からないし」
「……それは、ヒーローでもか?」
ネッドの言葉にドキリと心臓が跳ねた。
周りに人はいるけれど……誰も気にしていないようだ。
少し、落ち着いて言葉を返す。
「隠れてコソコソ人の秘密を暴こうとするのは……ヒーローじゃないよ。ストーカーだよ、それ」
「あー、まぁ、確かになぁ」
無理矢理誤魔化した言葉に、ネッドが納得していないような顔で頷いた。
「じゃあ彼女が『助け』を求めたら?」
「……その時は助けるよ、絶対に」
その返答にネッドが口笛を吹いた……ような仕草をした。
掠れて音は出てなかった。
「あー……いや、僕は知らないけどね。ヒーローなんかじゃないし」
慌てて言葉を取り繕う。
どこで誰が聞いてるか分からないし……。
「ふーん、そう言うモンなのかね」
「そう言う物なんだよ。勝手に人の触れられたくない場所に踏み込むのは良くないから」
僕の言葉に、ネッドが苦笑した。
「……俺もそうだけど、踏み込む勇気がないってのもあるよな」
「まぁ、そう、だけど……」
気まずくなって頬を掻く。
……結局は、ミシェルが悩んでいる事を……彼女から話して欲しいって言うワガママなのかも知れない。
勝手に追い回して、秘密を暴こうなんてしないのも……嫌われたくないからだ。
「あ、いや、ピーター悪い。別に責める気はないんだよ」
「いいよ、事実だし」
次の授業に向けて教科書を脇に挟んだ。
窓の外、青い空は灰色の雲に覆われていた。
この空の下で……僕の知らない場所で、ミシェルは元気にしてるのだろうか?
……今日は雨が降るかも知れないな、なんて思った。
◇◆◇
目前に爪が迫る。
アダマンチウムの爪だ……腕の防御は間に合わない。
私は咄嗟に地面を蹴り、後ろに倒れるが……回避しきれない。
マスクに爪が刺さる。
『……ッ!』
咄嗟に顔を捻り、喉への攻撃をずらす。
爪の刺さっている部分が抉れて、顎から下の肉が抉り取られた。
……回避していなければ、間違いなく死んでいた。
殺意の篭った攻撃だ。
マスクの機械部分が損傷し、機能が停止する。
辛うじて視界はそのまま視えるが……ティンカラーの危惧していたとおりになってしまった。
下顎を繋ぐ筋肉がなくなり、顎がダラリと垂れる。
血が止めどなく零れ落ちる。
早く止血しなければ……。
倒れながら地面を手で叩き、逆立ちのような姿勢でX-23の顔面を蹴った。
「うぐっ」
金属で覆われた足先の蹴りだ。
鼻をへし折り、骨を陥没させ、失明させる。
……と言っても、
反動で転がり、そのまま距離を取る。
そして、タスクマスターの横に着地した。
「……精神攻撃でも受けたか?」
タスクマスターが私に話しかけた。
……まさか、罪悪感で頭が混乱していたとは言えないので、それは渡りに船だった。
乗っかる事にする。
カヒュッ……。
声が出ない。
掠れた空気の音が鳴った。
……いや、下顎が無くなっているのだから当然か。
舌もないのだから声を出せる訳がない。
それを見たタスクマスターが私から視線を外した。
声が出せないと言う事は分かったようだ。
「……下がっていろ、ここは私がやる」
そう言いながら、タスクマスターがX-23を見る。
彼女の顔面に血は付いているが、傷はもう無くなっていた。
鼻を抑えて、血を口から吐いた。
……折れた歯が地面に転がった。
血塗れのX-23がタスクマスターを睨む。
「アンタに、用は無いんだけど」
「貴様に無くても、私にはある」
タスクマスターの持っている剣身のない柄から、橙色の光が伸びる。
そのままショートソードのような形状になった。
小さな盾の中心部からも、同様の光が広がり……キャプテン・アメリカの持つシールドと同じ大きさになった。
随分ハイテクな武器だ。
私は数歩、後ろに下がった。
恐らく、今の私では足手纏いになる……そう思ったからだ。
それに……
このままダラダラと血を流していれば、失血で気を失ってしまう。
私の足が地面を擦る音がして……X-23がタスクマスターに飛びかかった。
その鋭い爪が振るわれて……シールドから生成されている光の壁で防いだ。
「なんっ──
X-23は驚いているようだが、私もだ。
アダマンチウム製の爪を防ぐなんて……いや、違う、爪と盾は接触していない。
強力な斥力のような物が光として放たれていて、触れる事すら出来ていないのだ。
「講義の時間だ。『吾輩』の技術をよく見ておけ」
その発言は、恐らく私に向けての言葉だ。
タスクマスターがシールドを振り上げ、X-23の腕を吊り上げた。
そのままフリーとなったボディに、肘を捻じ込む。
「ゔっ……!?」
鳩尾に一撃……恐らく、内臓に強烈なダメージが入った。
「レッスン1、
そうだ。
私も他人事ではない。
急所にダメージが入れば、私も怯む。
タスクマスターは脳が痛覚を遮断しない、ギリギリの場所を狙っている。
そのまま剣を振り上げ──
「このっ!」
爪と剣が交差した。
光で作られた剣に、X-23の爪が食い込む。
このままでは剣を抜けて、攻撃が通る。
私も……恐らく、X-23もそう思った。
その瞬間シールドの下から、黒い金属が見えた。
乾いた発砲音が聞こえた。
「う、ぐっ」
「レッスン2、情報はアドバンテージだ。隠し武器は有効なタイミングで使え」
シールドの下で隠し持っていたのは拳銃だ。
市販されている普通の拳銃……オーダーメイドでもない普通の武器だ。
勿論、X-23に致命傷を与える事は出来ない。
腹部に命中し、血を流しているが……1分も掛からず再生するだろう。
だが、怯んだ。
滑るように爪を払い……まるで芸術作品のような剣捌きを披露する。
……私には真似できない。
まるで、剣術の道に生きる達人……それも尋常じゃない才能の持ち主のような剣だ。
そのまま、剣を振るい……左肩から切り下ろした。
「レッスン3、隙には最大限の一撃を与える」
「……っ!」
声にもならないようだ。
剣は首と肩の間から、胸の上まで抉り込んでいた。
内臓に致命的なダメージは入っている筈だ。
普通の人間ならば即死レベルの重傷だ。
骨と神経が切断されて、左腕がダラリと力を失っていた。
だが、彼女は
どれだけ大きなダメージを与えようとも、時間があれば再生できる。
X-23が足を振り上げて、足先から生えている骨の爪で突き刺そうとする。
タスクマスターは上半身を仰け反らせて回避したが、その隙にX-23も後退した。
距離が空いた。
X-23が警戒した様子のまま、傷口を再生させようとしている。
時間が経てば不利……そう思った瞬間、音が聞こえた。
「そして、レッスン4は──
金属がコンクリートと接触した音……つまり、拳銃が地面に転がった音だ。
……何故、このタイミングで遠距離攻撃が出来る武器を捨てるのか。
その疑問はシールドを手に持ち、振りかぶっているタスクマスターを見た瞬間、解決した。
あれは……『キャプテン・アメリカ』の
「使える物は『全て』使え」
身体を捻り、タスクマスターがシールドを投擲した。
シールドはタスクマスターの手を離れ、巨大な円盤状の投擲武器となりX-23へと襲い掛かった。
片腕が動かない状況……そして、体のバランスが崩壊している状況で防ぐ手段は一つしかない。
無事の方の右腕、その爪の峰で防ぐ。
だが、片腕で抑え切れる質量ではなく、腕に負荷が掛かっている。
防いでいた腕は弾かれて、姿勢を崩した。
それでも、攻撃は防ぐ事が出来たようだ。
しかし、それはタスクマスターの想定通りだったようで、慌てる様子もなく背中から何かを取り出していた。
「レッスン5。休む隙を与えるな──
折りたたみ式の
カシャリ、と音がして展開された。
矢をつがえ、引き絞る。
タスクマスターは
身体能力だけなら、普通の人間と変わらない。
だからこそ、武装を近代化して補っているのだろう。
ギリギリと弦が音を鳴らして……。
「苛烈に、そして絶え間なく攻撃せよ」
矢が発射された。
正確に……そして、素早く。
まるで『ホークアイ』だ。
そして、盾を弾き姿勢を崩しているX-23には……回避する術はない。
そのまま矢は──
「がっ」
X-23の首に突き刺さった。
死ん──
「……いや、まだだ」
……死なないか。
そもそも、眉間に弾丸を命中させたのに生きていたんだ。
この程度では死なない──
いや、何故……死んでいない事に安堵したんだ、私は。
彼女は敵だろう?
思案している私を無視して、タスクマスターがX-23に飛びかかった。
「これにて講義は終了だ」
そのまま剣を胸の中心に突き刺した。
両手で押さえ込み、傷口を広げる。
「いっ──
血を吐き出しながら、X-23が悶える。
そのまま地面に突き立てて、彼女を拘束する。
幾ら私より再生能力が高くても、刺さったままでは治癒速度も落ちる筈だ。
タスクマスターはX-23に馬乗りになり、腰から大きいナイフを抜いた。
そのまま刃を、首に当て──
「ま、て……」
私は慌てて静止した。
……下顎は砕けていて再生中だ。
なのに無理に声を出そうとしたので、掠れた老人のような声が出た。
それに、傷口に血が染みて痛い。
ズタズタになった顎の筋肉からくる激痛が脳を焼く。
あまり大きな声では無かったが、幸いにもタスクマスターは聞き取ったようで……手を止めて私を見た。
「何だ?」
頭を回転させる。
何故止めてしまったのか……かなり後悔している。
黙って殺されるのを見過ごせば、何もこんな苦労を背負う必要は無かった。
だが──
「…………」
X-23は困惑したような顔をしている。
大量に血を失って、喉に矢も刺さって……意識が朦朧としているようだ。
それでも、何故私が庇ったのか……気になっているようだ。
……彼女は、私に似ている。
私と同じように人殺しをしていて……沢山の人間を殺している。
だが、彼女は……私と違って、愛してくれる人が居た。
そして、私がそれを奪った。
憎まれて当然だろう。
殺したいだろう。
もし、私が……同じ立場であれば。
例えば……そう、大切な友人が、勝手な都合で殺されてしまえば……許せないだろう。
その痛みは、真の意味では理解出来ない。
私は大切な人など居なかったから……失った事もない。
だが、しかし……その焼けつくような怒りは分かる。
だから今、私が感じているのは……罪悪感だ。
「……かの、じょ以外にも、潜入している、奴が、いるかも、知れない……尋問、するべきだ」
掠れた声でそう言うと、タスクマスターはナイフを持っていない方の手で顎を撫でた。
「私情を建前で誤魔化すだけの知恵はある、か……」
図星だ。
私は竦んだ。
……もし、彼が私を見限れば……組織にもし、この情報が入ってしまえば……どう、なるかも分からない。
……処分、されるかも知れない。
無言でタスクマスターを見ていると……ため息が聞こえた。
「……良いだろう、金にもならない殺生は避けるべきだ。拘束し、連れ帰るぞ」
ナイフを腰に戻し、ワイヤーでX-23の腕と足を縛った。
そのまま喉に刺さった矢を、勢いよく引っこ抜いた。
勢いよく血が出た。
「う、どご、触っでんのよ!変態!」
……随分と元気だ。
野生すら感じる鋭い目付きで、タスクマスターを睨んでいる。
だが、そのまま無視して作業を進めている。
大きなホッチキスのような金属片をワイヤーで包んだ腕に打ち付ける。
「い、いだっ!?」
アレは、痛いな。
本来は地面にカーペットを固定するための物だ。
直接、腕に突き刺すのは……それは、もう痛いだろう。
「……拘束はした。だが、運ぶのはお前だ」
「わかった」
私の顎の再生も進み、漸く声がいつもの声に戻ってきた。
だが、マスクに内蔵された変声機が壊れている所為で、本当にいつも通りの女声だ。
「……女、子供?」
ボソボソとX-23が何かを言っている。
……チッ、早い所、予備のマスクに替えなければ……『ミシェル・ジェーン』に紐付けられる情報は排除しなければならない。
私は口に溜まった血を吐いて、X-23を肩に背負う。
……私の方が彼女より小さいからか、少し不恰好だ。
「抵抗すれば直ぐに殺す。大人しくしていろ」
「…………」
私の脅しに返事もなかった。
……クソ、顔が見えないから何を考えているのかも分からない。
私はタスクマスターに視線を戻すと……投げた盾を回収したり、弓を背中の収納部に差し込んでいる様子が見えた。
……彼は組織に所属しない傭兵だ。
自営業だから、そういう装備品の扱いには煩いのだろう。
そうして、再度、私を見た。
X-23を抱えている私を見て、鼻で笑った。
……そんなに不恰好だろうか。
「ついて来い。一時的な拠点へ向かう」
「拠点?……パワーブローカーのか?」
あの
そう思って訊いたが、タスクマスターは首を振った。
「違う、私のだ」
それ以上喋らず、早足で歩くので慌てて私もついて行く。
目的地の場所も分からないまま、ただタスクマスターの後ろを歩く。
「ねぇ……」
耳元で声が聞こえた。
X-23の声だ。
「……何だ」
「どうして、庇ったの」
……訊いたら教えて貰えると思っているのか?
お前と私は敵なんだぞ。
そうは思っていたが、口には出さない。
「庇った訳ではない。先程言った通り、尋問するからだ。凡そ、死んだ方が良いとすら思わせてやる」
怯えさせようとそう言ったが、X-23に怯える様子は無かった。
それどころか私の言葉を疑っているようだ。
「……別に、アンタの事を許す気はないけど。何されても」
「許して欲しいとは思っていない」
これは本音だ。
私は許されるような人間ではないと、自覚している。
「……調子が狂うわ、その声」
馬鹿にするような言葉に私は眉を顰めた。
ハーマンに先日言われた「小さい」と言う言葉を思い出した。
確かに私は同年代の中では幼く見えるかも知れない。
だが、それは組織による過酷な訓練でホルモンバランスが崩れて成長期に十分な成長がなかった所為で……クソ、不快だ。
次に会ったら絶対殴ってやる。
私は怒りを言葉に乗せて、X-23に話し掛ける。
「ふざけた態度は止めてもらおうか、X-23」
「……私にはローラ・キニーって名前があるんだけど」
「あぁ、そうか。分かった、X-23」
「……はー、うっざ」
ローラ・キニー……セアラ・キニーから貰った名前か。
それを呼ぶ権利は私にはない。
言葉を交わしていると、タスクマスターが振り返った。
「あまり無駄口を叩くな」
短い叱責に、眉間がピクピクと震えた。
どう考えても私が悪い訳ではないだろう。
「あーあ、怒られた……」
「黙れ」
肩に担いだX-23が煽る。
……助けなかった方が良かったかも知れない。
◇◆◇
「ここだ」
タスクマスターに連れられて来たのは……
活気のない場所。
なるほど、隠れ家としては最適か。
私はX-23を抱えながら、前を歩くタスクマスターについて行く。
ふと、人の気配を感じた。
そちらの方へ顔を向ける。
……気のせい、ではない。
警戒しているとタスクマスターが振り返った。
「私の協力者だ。腕の良い情報屋だ」
「……そうか」
タスクマスターがドアを開けると……確かに黒い服を着た三十歳を少し過ぎたぐらいの美人が居た。
その手には黒い……拳銃が握られていた。
「……誰よ?」
「彼女は私の生徒だ、メルセデス」
……はぁ?
今はもう生徒じゃないのだが。
と、思ったが答えない。
……いや、そうか。
タスクマスターが私に配慮しているのは、自身の生徒だと誤認しているからか。
昔は確かに生徒だったが……今はもう契約も切れている。
私が生徒だったと言う知識だけを持っていて、契約が切れているという事を忘れていて……未だに生徒だと思っているのだろう。
……しかし、好都合だ。
利用できるものは利用させて貰おう。
「はぁ……で、その担いでる方かしら?」
「当たり前だろう。担がれているのは情報源だ」
私はX-23をソファの上に投げ捨てた。
ドサッと音がして転がる。
「うぐっ……もうちょっと丁寧に扱いなさいよ」
私に文句を言うが……コイツ、今から自分が尋問されると言う事を理解しているのか?
それとも楽観主義者なのか?
……先程まで殺しあってた相手だぞ。
何故、そんな態度が取れるんだ。
……あぁ、何となく分かった。
どうせ直ぐに治るからと、それほど気にしない。
……私もそうだから、分かってしまう。
だが、それでもコイツは異常だが。
そんな騒いでいる様子のX-23を見て、メルセデスが驚いたような顔をしていた。
「ローラ・キニー……」
「何だ?知っているのか?」
「まぁ……えぇ」
メルセデスと呼ばれた情報屋の女性が頷いた。
「ミュータントよ」
「見れば分かる」
「……そこそこ有名なミュータントなのよ」
タスクマスターの返答に苦虫を噛み潰したような顔でメルセデスが返した。
……どんな内容で有名なのか聞きたいが、話し掛けられるような空気ではない。
「……彼女、何をしたの?」
「不法入国だ。この、マドリプールに」
「とんだ厄介ごとね」
「それに、パワーブローカーに殺すよう言われている」
「……はぁ」
そう言われると、メルセデスは自身の眉間を指で揉んだ。
心底、面倒臭そうな顔だ。
「何で貴方は、いつもそうやって面倒な事ばかり持ってくるの?」
「自力で解決出来る時は、ここには来ない」
「えぇ、そうでしょうね……あーもう、本当に、頭が痛い」
「頭痛薬でも飲むか?」
「要らないわよ、全く……」
ため息を吐きながら、ウォーターサーバーの前に行きコップに水を入れた。
「私にもくれ」
タスクマスターがそう言うと、メルセデスはキツく睨んだ。
「私、ウェイトレスじゃないんだけど」
「知っている」
「……あー、もう。他に要る人は?」
メルセデスが私を見た。
首を横に振る。
こんな誰かも知らない人間の提供する水など、怖くて飲めた物ではない。
「あ、私欲しい……」
ソファで芋虫状になっているX-23がそう言った。
……私は呆れてしまった。
メルセデスがコップを取りに行った。
「……お前は緊張感とか無いのか?」
「なるようにしかならないわ。それに……ずっとコンテナに入ってたから、凄く乾いてて……」
そういう話では無いだろう。
「はい」
メルセデスがコップを私に渡した。
腕も足も拘束されているX-23が私を見上げる。
……は?
「の、飲ませて……」
「…………」
私はコップを傾けて、X-23に飲ませる。
……まるで雛鳥に水をあげている気分だ。
しかし……彼女は先程まで私を殺そうとしていた筈だ。
それなのに、何故……今、ここまで警戒を解いているのか。
……私が油断した隙に不意打ちをするつもりか?
もしそうなら、かなりの策士だ。
空になったコップをメルセデスに返して、私は少し距離を取った。
不審な素振りをしたら、いつでも攻撃できるように意識する。
そして、視線を逸らせば……タスクマスターが棚を漁り、酒瓶を取り出していた。
勝手知ったる様子だ。
まぁ、自分の拠点と言ってるから問題は──
「あぁ!勝手に飲むな!」
「む?別に良いだろう」
「良くない!」
メルセデスに酒瓶を取り上げられて、タスクマスターが不服そうに座った。
……彼女と、タスクマスターの関係が気になる。
ただの情報屋とは思えないが。
「で?情報源って……拷問でもするつもり?」
「そうだな……爪でも皮でも剥ぐつもりだ。それと……ここに硫酸もあるだろう?」
「…………まぁ、あるけど」
本当にどう言う拠点なんだ?
この事務所のようなフロアに何故、硫酸が置いてあるのか……私には分からない。
訝しんでいると、メルセデスがX-23を一瞥し、タスクマスターへ話しかけた。
「彼女の尋問なんだけど、私に任せて貰って良いかしら?」
「……何故だ?」
メルセデスの提案に、タスクマスターが疑問を投げた。
……あまり、彼女の事を信用できない私からすれば有り得ない話なのだが。
「勿論、慣れてるからだけど?」
「……だが──
その瞬間、タスクマスターの胸元から音が鳴った。
……携帯端末だ。
ボタンを押して、耳元に寄せた。
「何だ?……そうか、分かった……今すぐか?……すぐ向かう」
通話を終了し、端末をポケットに戻した。
恐らく電話の相手は分かるが……タスクマスターに声を掛ける。
「どうした、タスクマスター?」
「パワーブローカーからだ。今すぐ戻って来て欲しいと言っている」
「今すぐだと?」
私はX-23を一瞥する。
「彼女はメルセデスに任せる。行くぞ」
「あ、あぁ……」
タスクマスターがメルセデスを見た。
「頼めるか」
「勿論よ」
「ソイツは猛獣より危険だ、十分注意しろ」
「えぇ、それも勿論」
その言葉に、X-23が反応した。
「……うわー、酷い言いよう」
言い切ったタスクマスターは急ぐように部屋を出た。
それにつられて私もドアをくぐる。
後ろ髪を引っ張られような気持ちになりながら、その拠点を後にした。
◇◆◇
レッドキャップ……か。
母さんを殺した、仇だ。
そのマスクの下は……恐らく、私よりも若い女。
思い出したくない記憶だけど、確かに母さんを殺した時……小さい、子供だった気がする。
私は無意識の内に……考えないように、していたのかも知れない。
マスクの下は醜悪な怪物だと思いたかった。
母さんを殺したのは殺されて当然のクズだったんだって、恨みたかったんだ。
だが、その下は……昔の私と同じ……人間だ。
人を殺す事しか出来ない。
殺さなければ生きていけない……そんな人間。
一発の弾丸として、意思もなく、ただ誰かを殺す……そうやって生きてる。
きっと、そうだ。
私は……父さんに助けてもらったから……今は、こうして人になれている。
人を殺さなくても生きていける道を見つけた。
だけど……彼女は……?
彼女は私を殺したくないと思っていた。
母さんは殺したのに……何故?
誰かに強要されているのだろうか?
本当は──
……私は、取り返しのつかない事をしようとしている?
分からない。
何も分からない。
ずっと、知らないフリをして考えずに……ただ仇だと信じていた。
楽だったからだ。
何かを恨んで生きていれば、それだけで、このどうしようもない人生に目標が出来るからだ。
だけど、確かめたい。
確かめないといけない。
その為には、ここから逃げないと。
身を捩る。
ワイヤーと金属片が食い込んで、激痛が走る。
あのドクロマスクの奴……念入りに拘束しやがって。
『では、マドリプールにレッドキャップはいるのだな?』
耳に、男の声が聞こえる。
……メルセデスと呼ばれていた女が、電話をしているようだ。
耳を澄ます。
息を殺して、会話に集中する。
「えぇ、そうね。タスクマスターと一緒に……パワーブローカーの部下としてよ」
『ふむ……』
相手はタスクマスターではない。
誰かに近況報告をしている。
誰だ?
「それと……ローラ・キニーが目の前にいるわ」
『……あぁ……そうか、全く。とんだ、お転婆だな。すまないが──
「えぇ、こちらで預かっておく。でも一時的に、ね」
電話先の相手は私の事も知っているらしい。
……それに、預かる、か。
私に恨みを抱いている人間は多い。
X-23として生きていた頃、数多くの要人を暗殺した。
消せない罪……それは過去から私を追い続けている。
どうにかして脱出する必要があるが……情報は少しでも欲しい。
このまま静かに待つしかない。
『部隊は既に向かっている。混乱に乗じて連れ出してくれ』
「ええ、そのつもりよ」
プツンと音がして、通話が切れた。
私はソファに横たわりながら、メルセデスに声を掛けた。
「さっきの……相手は誰なの?」
大量に失血したせいで、息切れを起こしている。
教えてはくれる筈は無いだろうが、取り敢えず訊いて反応を確かめ──
「さっきの?あぁ、ニック・フューリー」
思考が、停止した。
「……フューリー?」
「『S.H.I.E.L.D.』の長官よ。知ってるでしょ?」
それは、知っている。
電話越しで分かり辛かったが……確かに、言われてみればフューリーの声だった。
だが、私が疑問に感じているのは──
「何で、あんたが、フューリーと会話してんのよ」
メルセデスが引き出しを開けた。
……下からでは中は見えない。
大きなハサミのような、ペンチのような物を取り出して、私に近付く。
……そう言えば、彼女、私を尋問するって言ってたな。
流石にこれ以上、痛いのは勘弁したいんだけど。
「私はね……」
そのハサミで……ワイヤーを切断した。
バチン、と大きな音がして解ける。
「『S.H.I.E.L.D.』の