【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#77 クライ・フォー・ザ・ムーン part3

上層(ハイタウン)、高層ビル。

 

部屋に入れば、パワーブローカーが私達に悪態を吐いた。

 

 

「遅いぞ」

 

「仕方あるまい。相手はミュータントだった」

 

「……なに?」

 

 

タスクマスターの返答に、パワーブローカーが興味深そうに身を乗り出した。

……私はこそこそと部屋の隅に移動して、アタッシュケースを取り出す。

ケースを開けると、中には細かなパーツが収納されている。

 

……ティンカラーが念には念をと、マスク等の重要なパーツは予備を用意してくれていたが……まさかこんなに早く使う羽目になるとは。

 

予備のスーツはアダマンチウムもヴィブラニウムも使われていない。

特殊合金製で、本来のスーツより劣る。

 

……マスクの破損部分を分解し、予備のマスクのパーツと差し替えるか。

破損していたのは合成金属の部分だし。

と言うか、アダマンチウムやヴィブラニウム部分は、余程の事がない限りは損傷しない。

 

全てを取り替えるより、破損部のみを交換した方が良いだろう。

少し、手間だが。

 

視界の隅でパワーブローカーがタスクマスターに詰めて居た。

 

 

「ミュータント……どんな奴だ?」

 

「ふむ、ローラ・キニーと名乗っていたな」

 

 

ヘッドパーツの固定具を外し、マスクを脱ぐ。

……顔にへばりついていた自分の血が剥がれて、ヒリヒリする。

皮膚が少し剥がれたな。

まぁ、どうせ治癒因子(ヒーリングファクター)ですぐ治るが。

 

汚れは取れない。

……先に顔を洗うか。

 

 

「ローラだと?」

 

 

直ぐ後ろに居た着物姿の……ケンイチロウが反応し、立ち上がった。

 

急に立たないで欲しい。

驚いて壊れたパーツを落としそうになった。

 

……と言うか、かなり身長が高いな。

2メートル近くある。

 

一般的に人間は大きければ大きいほど強い。

重量差、そしてリーチの差は強さに直結するからだ。

 

タスクマスターがケンイチロウを見た。

 

 

「知っているのか?」

 

「うむ、彼奴(きゃつ)の義娘だ」

 

「……誰だ?」

 

 

チャキリ、と金属が擦れる音がした。

手に持った刀を強く握った音か。

鞘も、柄も、全てが銀色の不思議な刀だ。

 

ケンイチロウは不敵に笑っていた。

 

 

「ウルヴァリンだ。ローラは、そのクローン……そして、義理の娘でもある」

 

「ウルヴァリン……?誰だ?」

 

 

タスクマスターは分かっていなさそうだ。

……まぁ、彼は記憶をよく失っている。

仕方のない話だろう。

 

パワーブローカーがタスクマスターに話しかける。

 

 

「それで?そのローラとやらは、どうした?」

 

「拘束して、私の知人に任せている」

 

「……殺せと言った筈だが?」

 

「単独の行動ではあるまい……情報を抜くべく尋問すべきだ」

 

「……ふむ」

 

 

パワーブローカーは訝しみながらも、興味を失ったように目を逸らした。

……私が提案したのだと知られると、少し困る。

タスクマスターが黙っていてくれたのは、かなり助かる話だ。

 

私はアタッシュケースから取り出したマスクを手に持ち──

 

 

「レッドキャップ、君も来い。今から仕事の話をする」

 

 

そう、パワーブローカーに言われた。

 

マスクの換装には時間がかかる。

今から装着しようにも、壊れたマスクは分解中だ。

 

……アタッシュケースの上にマスクを置き、そちらに寄る。

あまり、素顔は見せたくないのだが。

 

 

……ケンイチロウに一瞥される。

一瞬、興味深そうな目をしていたのは私が女だからか。

 

タスクマスターは……腕を組んでパワーブローカーを見ている。

全く興味は無いようだ。

それはそれでムカつくな。

 

パワーブローカーが上機嫌そうに口を開いた。

 

 

「素顔を見るのは初めてだが……いやはや、私の作った『超人血清』には美容効果でもあったのかね?」

 

「…………」

 

 

うざい。

容姿を褒められても嬉しい人間と、嬉しくない人間がいる。

コイツは後者だ。

 

 

「その顔なら『殺し』以外にも使い道が──

 

「パワーブローカー、話を進めてくれ」

 

 

タスクマスターが話を遮った。

 

……それは彼なりの優しさ──

 

ではないな。

普通に話が脱線してイライラしてるだけだ、コレは。

 

 

「……取引予定の施設が襲撃された」

 

「詳細は?」

 

 

タスクマスターが間髪を容れずに質問する。

その態度にイラついたようでパワーブローカーが睨んだ。

 

 

「……今から話す。焦るな」

 

 

パワーブローカーが腕に装着されている端末を弄ると、壁に埋め込まれたモニターに資料が表示される。

 

……監視カメラの映像だ。

 

 

「私がよく利用しているバーだ。今日の夜に、ここで取引予定だったのだが──

 

 

写っているのはオーナーらしき女。

それを囲むスーツ姿の護衛。

 

スーツ姿でサングラスを掛けた黒人の男。

そして……左腕にサイバネティック・アームを持つ男。

 

 

「……ウィンター・ソルジャー?」

 

 

思わず声が漏れた。

それに対して、パワーブローカーが私を一瞥した。

 

 

「そう、ウィンター・ソルジャーだ」

 

 

映像が進む。

 

オーナーの女が何やら叫び、黒人の男を指差した。

直後、女の護衛が武器を構え──

 

その瞬間、ウィンターソルジャーが飛び出し、護衛達を打ちのめした。

黒人の男も護衛から武器を奪い、戦っていた。

 

……コイツも只者ではない。

誰だ?

 

 

「彼はサム・ウィルソン……通称は『ファルコン』だ」

 

 

私は顎に手を置く。

 

……ファルコン、か。

奴もウィンターソルジャーと同じく、『アベンジャーズ』だ。

ジェットパック、そして機械の羽を装備し、空中戦を得意とするヒーローだ。

本人自体は熟練の軍人……つまり、超人ではないが……かなり小回りの利く奴だ。

 

飛行能力を活かしたサポート。

ヒットアンドアウェイを得意とする戦闘テクニック。

ハイテクドローン『レッドウィング』を活かした波状攻撃。

 

……厄介な敵だ。

 

勝てるかは分からない。

少なくとも飛ばれれば追いかける事も出来ない。

 

それに、ウィンターソルジャーに関しては……惨敗している。

スーツを新調したと言えども、埋まる差ではない。

 

 

……厳しい。

 

 

だが、それを口にする事は出来ない。

パワーブローカーが好戦的な態度を取っているからだ。

 

それに、タスクマスターならば……と言う考えもある。

あの、ケンイチロウと言う男も、一方的に負けるような事はないだろう。

……いや、戦っている所を見た事はないから、完全に見た目で判断したが。

 

数では有利だ。

 

私、タスクマスター、ケンイチロウ。

ウィンターソルジャー、ファルコン。

 

三体二ならば、片方を二人がかりで倒し……最後に三人で囲えば良いだけの話だ。

 

……この考えに問題があるとすれば、彼等の他にマドリプールへ来ているヒーローが居ない前提だと言う事か。

 

 

「奴等は私を嗅ぎ回っているが……それで手を引くのは沽券に関わる」

 

 

パワーブローカーが話す。

 

 

「取引場所は変更したが、予定通り取引は行う」

 

 

……思わず顔を顰めそうになる。

だが、マスクを付けてない今、そんな顔は出来ない。

持ち前のポーカーフェイスを維持する。

 

 

「準備をしておけ、三時間後には出立する」

 

「うむ」

 

「了解した」

 

 

……タスクマスターは返事していない。

何ともマイペースな奴だ。

 

 

私はアタッシュケースの前に戻り、壊れたパーツを分解する。

 

……本当に良い装備とは、整備性も優れるものだ。

と、ティンカラーが言っていたな。

 

マニュアルを一通り読めば換装出来るのだから、このスーツは『本当に良い装備』なのだろう。

 

 

後ろでタスクマスターが、パワーブローカーに話しかけていた。

……意識をそちらに割く。

 

 

「まだ何を取引するのか聞いていない。武器か?」

 

「答える必要はないが……武器、と言えば武器になるな」

 

 

聞き耳を立てながらも作業は止めない。

 

 

「ハッキリしないな」

 

「……単体では武器にはならないんだ。ただ、使えば最強の兵器が作れる」

 

 

……ふと、手が止まる。

振り返りたくなる気持ちを抑える。

 

 

「どんな人間でも超人になれる……素晴らしい夢だと思わないか?」

 

「……痛みを伴わず、人は強くなれない」

 

「随分と古い考えなのだな、君は」

 

 

息を呑んだ。

 

 

「『超人血清』だよ、タスクマスター」

 

 

 

下唇を噛む。

 

 

「血清、か」

 

「どんな人間でも超人になれる……当たり外れはあるが、孤児や必要のない人間に使えば良い。君の好きな『痛み』だろう?」

 

 

分解したパーツが地面に転がる。

 

 

「……それは『痛み』ではない、『犠牲』だ」

 

「似たような物だ。優れた人間は愚者へ負担を押し付ける。それが社会と言う物だ」

 

 

……また、あの子供達のような存在が生まれるのか?

外の世界から隔離され、身も心も歪められ……最後は苦しんで死んだ。

何も幸せな事などない、地獄のような人生を送る無垢な子供を。

 

非道な行いだ。

 

最悪で、最低だ。

 

私は……それの、手伝いをしている?

 

また、あんな子供達を作るために、人を殺して……悪事を働いている?

 

 

考えたくない。

考えてしまう。

 

 

聞こえる。

生を渇望する怨嗟の声が聞こえる。

 

 

見える。

自身の血と吐瀉物に塗れた子供の手が見える。

 

 

死んだ子供達の手が縋る。

 

 

それは幻聴と幻覚だ。

だが、私は……確かな重みを感じていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ガチャガチャと音がして鍵が開いた。

 

中に入って来たのは……メルセデスだ。

 

手にはスープの入ったカップ。

中にはエビが入っている。

 

 

「ローラ、食事の用意をしたわ」

 

 

そう声を出しながら、ソファへ近付く。

 

 

「ちょっと、返事ぐらい──

 

 

回り込み……異常に気付いた。

誰も居ない。

 

即座に窓を見た。

 

鍵は付いていないが、開く事も出来ない固定窓。

 

唯一の出口は金属製の鍵付きのドア。

 

 

「……あーもう!本当にお転婆なんだから!」

 

 

彼女はスープを机に置いて、クローゼットを開いた。

 

勿論、誰も居ない。

 

見渡して、隠れられるような場所を探している。

 

 

私は、それを「上」から見ていた。

 

 

天井に突き刺していた爪を収納し、着地する。

 

僅かに木製の床が軋む音がして……即座にメルセデスが振り返った。

 

……流石、『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだ。

注意深い。

 

だが、一手遅れた。

 

 

「ロッ──

 

「ごめん!行く所があるから!」

 

 

名前を呼ばれる前に、私は外へと飛び出した。

 

 

「ちょっと、待ちなさい!」

 

 

後ろから声が聞こえる。

だけど、立ち止まる事はない。

 

私にはやるべき事がある。

止まっている時間はない。

 

 

「スープ、冷めるじゃないの!」

 

 

……空いた小腹を撫でる。

最後に食事をしたのはコンテナに進入する前だし、大量に血を流して腹は減っているけど……。

 

それでも私は立ち止まらない。

 

 

行き交う人々の隙間を潜り抜ける。

 

 

マドリプールの下層(ロータウン)は乱雑な街だ。

様々な人種が入り混じった混沌そのもの。

 

安っぽい中華の店、非合法な薬の店、武器商人、怪しいネオンを煌めかせるバー。

様々な店が町を彩る。

 

廃墟の壁にカラフルな色をぶち撒けたような光景だ。

 

 

私はビルの間を抜けて、薄暗い道を歩く。

 

振り返る。

人の気配はない。

……メルセデスの追跡は逃れたようだ。

 

安心し、ため息を吐いて……周りを見渡す。

 

 

「……で、ここどこ?」

 

 

しかし、道が分からなくなっていた。

 

そもそも、マドリプールに来るのは今回が初めてだ。

 

父さんが経営?してるバーがあるらしいけど……詳しくは知らないし。

というか、あの野生の塊みたいな父でも経営者になれるってのが、この街のヤバさを物語ってると思う。

 

……耳が声を拾った。

 

 

成人男性、二人が言い争っている声だ。

 

 

……来た道に戻ってメルセデスに見つかるのも嫌だし、とにかく奥へ進む。

声の聞こえる方だ。

 

 

 

「携帯の通知音ぐらい切っておけ」

 

「そりゃ悪かったけど、そもそも作戦自体がダメだったんだって!」

 

「お前も賛成しただろうが」

 

「一時の気の迷いだった!そもそも誰だよ、スマイリング・タイガーって!」

 

 

言い争いは白熱してる。

 

 

「お前に似てる奴だ、写真を見るか?」

 

「あぁ、見せてもらう!これの何処が似て、似て……似てるな、俺に」

 

「だろう?」

 

「うん、まぁ……」

 

 

何だか喧嘩は終わったようだ。

角を曲がれば、喧嘩していた二人の男性が見えた。

 

白人の男性と、黒人の男性だ。

 

白人の男性はこのクソ暑いマドリプールの気温に反して、腕の先まで覆うジャケットを着ている。

レザー製のグローブまで装着している。

見てるだけで暑くなりそうだ。

 

黒人の男性はスーツ姿だが……ボロボロだ。

まるでギャングの抗争に巻き込まれたかのような擦り切れ具合だ。

 

……只者では無さそうだ。

私は気配を消して様子を伺う。

 

 

「これじゃニック・フューリーに文句を言われるぞ」

 

「まぁな」

 

 

……ニック・フューリー?

 

思わず、少し前に出てしまった。

 

 

直後、白人の男性がジャケットの……肩についているジッパーを切り離した。

袖が取れて……金属製の義手が姿を現した。

 

 

「……何者だ」

 

 

先程までの明るい態度を隠して、剣呑な眼差しを私の隠れている方向へ向けた。

 

……バレてる。

観念して私は表に出て行く。

 

 

「えーっと、はじめまして?ウィンター・ソルジャー」

 

 

この男の名前は知っている。

結構な有名人だからだ。

 

名前を呼ばれたからか、警戒を解かず私を睨む。

……黒人の男性の方は私の姿に驚いていた。

こっちは索敵能力が低いみたいだ。

 

 

「……俺はバッキーだ」

 

「あ、そう?じゃあ、はじめまして。バッキー……そっちは?」

 

「俺か?サム・ウィルソンだ」

 

 

サム……サム?

聞き覚えのある名前だ。

 

 

「ファルコン?」

 

「あー、まぁ……そう呼ばれているな」

 

 

頬を掻きながら、サムが頷いた。

 

なんだ、『アベンジャーズ』か。

それなら、ニック・フューリーの仲間だ。

警戒するだけ損した。

 

 

「私の名前はローラよ。貴方達の敵ではな──

 

「フューリー、逃走したローラ・キニーを発見した」

 

 

バッキーが耳元を抑えて、そう言った。

……よく見ると、小さなインカムが耳に掛かっていた。

 

 

「げっ」

 

 

そりゃそうだ。

『アベンジャーズ』と『S.H.I.E.L.D.』は協力関係にあるヒーローチームと組織だ。

バッキーに至っては『S.H.I.E.L.D.』のエージェントだって話だし。

 

私の顔を見て、サムが申し訳なさそうな顔をしている。

 

 

「あー、悪いな。お嬢ちゃん」

 

「一緒に来てもらうぞ」

 

 

バッキーが金属製の義手を伸ばして……私は一歩引いて避ける。

宙に手を空振ったバッキーが、ため息を吐いた。

 

 

「……はぁ、俺達は子供の癇癪に付き合っている暇はない」

 

「知ってるわよ」

 

「大人しくついて来て……保護させて貰えると嬉しいのだが」

 

「保護?お断りよ」

 

 

もう一歩引いて、手を交差させる。

アダマンチウム製の爪が伸びた。

 

 

「どうしても、会いたい奴がいるからね」

 

「会いたい奴だって?誰の事だ?」

 

 

サムが訝しんだ。

 

 

「レッドキャップよ」

 

 

その返答にバッキーが眉を顰めた。

 

 

「……諦めろ」

 

「嫌、だ」

 

 

私が舌を出すと、サムが苦笑した。

スーツが真っ二つに割れて、背中に二つの翼が現れた。

スーツの下には赤いコスチュームが隠れていたみたいだ。

 

ゴーグルを顔に付けて……あぁ、ニュース誌でよく見る『ファルコン』の姿だ。

 

戦闘態勢って訳ね。

 

サムが口を開いた。

 

 

「俺達みたいな独身には、ティーンエイジャーの相手は厳しいな」

 

「口を慎め、サム」

 

 

あまり仲が良くなさそうな二人に、私も苦笑する。

しかし……まずい。

 

私一人じゃ絶対に勝てな──

 

 

 

プルルル。

 

 

 

……気の抜ける着信音だ。

サムの方から聞こえて来た。

 

 

バッキーがサムを見る。

サムが私の様子を窺う。

 

 

……電話っぽいな。

さっきの喧嘩的に、これのせいでゴタゴタに巻き込まれたっぽいのに……まだ通知音を切っていないのか。

 

 

「えーっと……どうぞ?」

 

 

私が顎をしゃくると、サムが胸元の端末を取り出し、耳に当てた。

 

 

「おい、サラ……さっき俺は仕事中だって言ったよな?……だから、融資の話は──

 

 

気の抜けた私とバッキーは構えを解いた。

だが、バッキーの顔は厳しい表情のままだ。

 

 

「ローラ、お前はレッドキャップに会ってどうするつもりだ?」

 

「分からない」

 

「……分からない、だと?」

 

 

心底、不思議そうな顔で私を見た。

 

 

「えぇ、分からない。ここに来るまでは殺したかったけど……分からなくなった。だから、会って確かめたい」

 

「……何を言ってるんだ?」

 

「私も分からない……あれ?今、結構変なこと言ってる?私」

 

「……はぁ」

 

 

バッキーがため息を吐いた。

 

 

「サラ、だから待てって。いや、家族のことを蔑ろにする訳じゃ──

 

 

サムの声が路地裏に響いた。

 

 

「……まだ通話してる」

 

「緊張感がないんだ」

 

 

バッキーがサムを横目で見ながら答えた。

表情は幾分が柔らかくなった。

 

……が、元々人相が怖いのか、少し厳しい。

 

 

「……今から君を、安全な場所に連れて行くのは骨が折れる。時間もない。だから、付いてくるなら勝手にしろ」

 

「へー、話が分かるようで助かるわ」

 

「納得はしていない。合理的に判断しただけだ……それと、彼女を殺す事は許さない」

 

「分かったわ」

 

 

私は頷いた。

 

 

「サラぁ、分かった分かったって。じゃあな、また連絡するから……よし!待たせたな」

 

 

丁度、電話が終わったようで、サムがファイティングポーズを取った。

 

私とバッキーはお互いに顔を合わせた。

 

 

「……もう終わったぞ?」

 

「え?本気か?」

 

「本気だ。行くぞ」

 

 

私はバッキーの後ろを付いて歩く。

事態が飲み込めていないのか、サムが首を傾げながら慌てて歩き出した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

薄暗い中で、目を瞑る。

 

マスクの中で呼吸を整える。

 

瞼の裏に、もう幻覚はない。

耳には、タイヤが地面を蹴る音しか聞こえない。

 

私はトラックの後部、荷室の中にいた。

椅子に座り……集中する。

 

もう、大丈夫だ。

 

 

目を開ければ、目前に真っ暗なモニターがある。

天井に付いている蛍光灯が薄らと光っていた。

 

 

 

現在、パワーブローカー……そして、護衛の私達は移動中だ。

取引先に向かって、上層(ハイタウン)下層(ロータウン)を繋ぐハイウェイを車で走っている。

 

そして、各々が別の車両に乗っている。

私はこのトラックの荷台だ。

 

何故、私は荷室の中で座っているのか。

それは──

 

 

モニターが光る。

『サウンドオンリー』の文字が見えた。

 

映像がないならモニターじゃなくて良いだろ、って突っ込みたくなるな。

 

スピーカーからパワーブローカーの声が聞こえた。

 

 

『何者かに追跡されている。最後尾の車両と連絡が取れない。行け』

 

『了解した』

 

 

荷室の後ろ、リヤドアが開く。

街の喧騒、車の走る音が耳に聞こえる。

 

座っている椅子ごとスライドし、外に滑り落ちる。

 

椅子……いや、モーターサイクルのタイヤが回転する。

 

そのまま加速して、乗っていたトラックと同速になる。

 

 

これはティンカラーの作った大型のバイクだ。

真っ黒なボディに赤いパーツで装飾されて、スーツ姿の私によく馴染む車両。

 

装甲は、戦車よりも強度が高い特殊合金。

重さは500キログラム以上。

そして、最高時速は350キロ。

 

正に、モンスターマシンだ。

 

 

……態々、私の為に用意したと言うのだから恐れ入る。

本人曰く、『趣味だ、ロマンだ』らしいが。

 

とにかく、こんな物騒なマシンを持っているから私はタスクマスターや、ケンイチロウとは別行動となったのだ。

 

 

私は速度を敢えて落として、後続へと迫る。

後ろを見れば……飛翔する物体。

 

赤いスーツに、銀色の翼。

 

 

『ファルコンか……』

 

 

私はマシンの側面を叩き、パーツを展開する。

そして中から、特注のサブマシンガンを手に取る。

 

更に速度を落とし、ファルコンへ接近する。

 

 

……私に気付いたようだ。

 

ファルコンの特殊な飛行装置。

アレはワカンダ製の超技術で作られたハイテク装備だ。

時速、400キロは出る。

 

前に行かれたら、追いつかない。

ならば、どうするか?

前に行かせなければ良い。

 

 

私は身を捻り、サブマシンガンを構える。

 

トリガーを引き、銃口から弾丸が放たれた。

空の薬莢が弾き出され、道路に落ちる音が聞こえる。

 

ファルコンは咄嗟にウィングを盾のように身を覆う。

弾丸はウィングを貫通する事なく、弾かれた。

 

……あの羽、ヴィブラニウム製か?

弾丸が少しも跳弾して居ない。

衝撃が殺されているようだ。

 

そのまま飛行能力を失って地面に落下する。

 

ウィングを下敷きにし火花を散らして道路を滑る。

私と距離が引き離されて行く。

 

 

『チッ!』

 

 

私は強く舌打ちした。

一見、有効打に見えるだろう。

だが実際は、完全な失敗だ。

 

 

初撃でダメージを与えられなかったのは不味い。

あのタイミングが最も有効なタイミングだった。

 

一度、警戒させて仕舞えば──

 

 

風を切る音が聞こえる。

ジェットの音も、だ。

 

 

私の頭上に、翼が見えた。

 

 

『ファルコン……!』

 

「上、失礼するぞ」

 

 

軽口を叩きながら、更に加速しようとしている。

 

人間、下を見るのは簡単だ。

だが、頭上に対する攻撃は難しい。

 

人は地面を見て歩くが、空を見て歩く事はしない。

 

 

私は再度、頭上にいるファルコンへ向けて、サブマシンガンを放つ。

 

 

「おっと、惜しいな」

 

 

急速旋回、バレルロール、様々な軌道で弾丸を避ける。

避けきれない物はウィングで叩き落としている。

 

凄まじい飛行技術……まるで曲芸だ。

 

 

……銃火器では有効打を与えられない。

 

 

ハンドル中心部のタッチパネルを弄り、自動操縦モードに切り替える。

 

そのまま、私は立ち上がり、車体に足を乗せて──

 

 

 

バイクを蹴り、飛び上がった。

 

 

 

「うわっ本気かよ!」

 

 

驚く声を無視し、ファルコンへ接近する。

そのまま避けようするが……手を伸ばし、足を掴んだ。

 

 

『この先には、行かせない』

 

「ホラー映画じゃないんだぞ……!」

 

 

ゆっくりと高度が落ちて行き、トラックの荷室の上に着地した。

 

私は落下の衝撃から転がり……後部の縁を掴んで止まる。

顔を上げれば、ファルコンは前部で同じように膝をついて居た。

 

 

飛ばれれば確実に逃げられる。

だが、飛ぼうとした瞬間、確実に隙が出来る。

狙いはその一瞬だ。

 

私の思考を読んだのか、ファルコンも警戒して行動しない。

 

 

「サム!」

 

 

声が横から聞こえた。

 

それと同時に、衝撃が来る。

だが、耐えられない訳ではない。

 

声の方向を見ると、大型のバイクに乗った男が居た。

 

……銀色の腕。

ヴィブラニウム製のサイバネティック・アーム。

 

 

『ウィンター・ソルジャーか』

 

 

手にはアサルトライフル……先程の衝撃はソレか。

 

一瞬、意識をそちらに向けてしまった。

 

一瞬だ。

だが、その一瞬の隙を突かれた。

 

ファルコンがトラックの縁から手を離し、ジェットを噴射した。

 

逃げられる。

そう、思った。

 

だが、実際は違う。

彼は前方に向けてジェットを噴射し、私へドロップキックを繰り出したのだ。

 

 

『チィッ!』

 

「女の子がちょっと口悪いぞ!」

 

 

女の子だと?

……いや、待て。

 

何故こいつらが私の性別を知っている?

どこまでだ?どこまで知っている!?

 

途端に不安になった私は混乱し……気付けば、そのまま宙に投げ出されていた。

 

慌てて、自身の足をファルコンの足に絡める。

 

 

「ちょっ、何を!」

 

 

抗議の声を上げるが、離すつもりはない。

そのまま走行するトラックの側面に貼り付く。

 

そして、手を貫手の形にして、荷室へ突き刺す。

腕を固定して足で掴んでいたファルコンを投げ飛ばした。

 

 

「うおっ!?」

 

 

先程と同じようにウィングで落下の衝撃を逃しているようだが、時間は稼げる。

その隙に荷台へ登ろうとして──

 

 

バイクの駆動音が耳に響いた。

 

ウィンター・ソルジャーだ。

アサルトライフルは私に向けられている。

 

まずい。

 

 

その瞬間、荷室の屋根が弾け飛んだ。

中から壊れたようだ。

 

……そうか、気付いていなかった。

この車両は……私と同じ、パワーブローカーの護衛……ケンイチロウの車両だ。

 

彼がどんな能力を持っているかは知らないが、少しは役に立つだろう。

 

 

そして、人型の『何か』が荷室の屋根に着地した。

 

 

それは、甲冑だった。

和風の甲冑を模したアーマースーツだ。

胸の中心には太陽の光を模した、赤い旭日のラインが刻まれている。

 

そして、その装甲は……銀色だ。

 

銀色の、侍だ。

 

 

『ふ、はは』

 

 

思わず、笑ってしまった。

 

 

彼があまりにも場違いだからか?

いや、違う。

 

期待外れだから?

いや、違う。

 

 

彼の実力を疑って居た私に、笑ったのだ。

 

 

その、銀色の侍には見覚えがあった。

 

 

そう、そうだ、ケンイチロウ。

ハラダ・ケンイチロウだ。

あぁ、私はよく知っている。

 

コミックにもよく登場する、著名な悪役(ヴィラン)だ。

銀色の甲冑を身に纏う、ミュータント・サムライ。

 

そう。

 

『シルバー・サムライ』が、そこに立って居たのだ。

  1. 目次
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