【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

79 / 138
#79 クライ・フォー・ザ・ムーン part5

マドリプールの高架道路を疾走する。

風を切り、排気ガスで光を遮られた街を走る。

アクセルを回せば、私の乗るバイクが加速した。

 

目前にパワーブローカーの乗る車両が見えた。

他の車両に比べて仰々しい、装甲が貼り付けられた車だ。

 

その車両の上をファルコンが飛んでいた。

 

 

まるで、川に浮かぶ魚に狙いを定める(トビ)……いや、奴は(ファルコン)か。

 

……私の手に武器はない。

サブマシンガンも、ショットガンも置いて来てしまった。

 

パワーブローカーを護衛する車両、その後部座席の窓が開き……アサルトライフルの銃口が見えた。

 

瞬間、上空に浮かぶファルコンへ一斉射撃が放たれた。

彼は羽根で身を覆い、回転した。

 

弾丸をヴィブラニウム製の羽根で防ぎ、弾く。

弾頭が潰れた弾丸が落下し、金属音が響いた。

そして、彼は再度羽を広げて高度を上げる。

 

だが、それだけでは終わらない。

 

腕の端末を操作すると、バックパックの中心部が分離した。

それは鳥のような形状をしたドローン……『レッドウィング』だ。

 

分離したレッドウィングは急降下し、護衛車両と並走し出した。

直後、下部が展開し……レーザーのような物が放たれた。

それは高熱を帯びた光となり、タイヤを焼き切る。

破裂するような音がして、黒い煙が見えた。

 

 

『……チッ』

 

 

足を失った護衛車両はコントロールを失い、道路を滑った。

そのまま速度を急激に落として行く。

すれ違いざま、助手席から伸びている銃口へ私は手を伸ばした。

 

 

『そいつを寄越せ』

 

 

声を掛ければ理解したようで、アサルトライフルが窓から投げ出された。

宙に飛んだアサルトライフルを掴み、握りなおす。

 

急停止した車両をそのまま追い越し、ファルコンへと接近する。

そして、銃口を上に向ける。

 

単発で数発発射した。

 

回避行動を取られて避けられるが、それは問題ない。

ファルコンと車両の間隔が開いたからだ。

 

 

業腹だが、私の仕事はパワーブローカーを守る事だ。

 

奴に有効打は与えられなくとも……目的を遂行させなければ、それで良い。

 

 

目前にトンネルが迫る。

トンネルを抜ければ目的地である取引場所……下層(ロータウン)に着く。

 

それまでに、奴は決着を付けたい筈だ。

 

ファルコンが身体を傾けて、高度を下げる。

このまま進めば、トンネルに衝突してしまうからだろう。

 

だが、高度が下がるのであれば……有効打を与えられる可能性が出てくる。

 

アサルトライフルの残弾は、僅か。

予備の弾倉なんて持っていない。

 

 

そして、トンネルの入り口を潜った。

ファルコンも同様に続いて来る。

 

 

薄暗い中、橙色の光だけが照らしてくれる。

普通の人間ならば、視界は悪いだろう。

 

だが、私には問題ない。

マスクの暗視機能が起動される。

それに、超人血清によって視力も強化されている。

何も問題はない。

 

しかし……ファルコンの付けているゴーグルも、恐らく暗視機能がある筈だ。

 

困るのはパワーブローカーの護衛達ぐらいか。

先程までは攻撃の機会を窺っていたようだが、暗闇での同士討ちを恐れてか……銃口は車両の中に収まった。

 

彼等はパワーブローカーの雇った私兵だ。

軍人でもない、エージェントでもない。

ならば、練度の低さは仕方のない事かも知れない。

 

暗闇でファルコンのバックパックから吹き出した炎が輝いた。

トンネルの中で噴射音と燃焼する音が響く。

 

真っ直ぐ、加速する。

 

 

ここで決めるつもりだ。

 

……タスクマスターが乗って来たバイクでは、間に合わない。

速度の関係上、追い付くのには時間が掛かる。

 

そう考えると……ティンカラー製のマシンは、非常に優秀だったと再認識した。

だが、今ここに無い物を求めても仕方ない。

 

護衛車両の隙間を抜けて、限界まで速度を出す。

 

……間に合わない。

攻撃して止めるしかない。

 

だが……この距離で発砲しても先程の護衛の時と同様に、ファルコンは羽根で防ぐだけだ。

 

私は、アサルトライフルを前方の……蛍光灯へ向けた。

 

引き金を引いて、発砲する。

破裂音がして、割れたガラス片がファルコンへ迫る。

範囲攻撃……回避は困難だ。

弾丸一発よりも、こちらの方が有効だろう。

 

このまま命中すれば少しは傷が付く、そう思った。

防御行動を取れば、それだけ離れる。

どちらでも良い。

 

だが、ファルコンは高度を下げながら前面へ羽を展開した。

羽で砕けたガラスを防ぎながら、そのまま落下する。

そして、パワーブローカーの乗る車両の上に着地した。

 

 

『小賢しい真似を……!』

 

 

咄嗟にバイクを踏み台にして、別の護衛車両に飛び乗った。

乗った瞬間、護衛車両が左右にブレた。

 

屋根に衝撃が走り、驚いたか。

 

 

ファルコンへ視線を向ける。

あちらも私を見ている。

警戒されているようだ。

 

私は銃口をファルコンへ向けて──

 

 

その瞬間、視界の隅にレッドウィングが見えた。

 

咄嗟に、そちらへ銃口を向ける。

だが、それは囮だった。

 

ファルコン自身が飛翔し、私へと迫って来ていた。

そのまま私の腕を掴み、宙へ投げ飛ばそうとした。

 

 

『くっ……!』

 

 

もう片方の腕で、ファルコンの腕を掴み返す。

空中に足が投げ出されるが、そのままファルコンへしがみ付く……だが、勢いは殺せず、壁にぶつかって弾かれる。

投げ出される事は防いだが……かなりの速度で壁に叩きつけられた。

 

ヴィブラニウムによって衝撃は減少する。

ダメージも殆どない。

 

だがしかし、アサルトライフルは道路へと落下した。

砕けた音と共に、壊れた銃器は後方へと置き去りになる。

 

私は壁を蹴り、宙を飛ぶファルコンに蹴りを繰り出した。

 

 

「おっと、足癖が悪いぞ」

 

 

咄嗟に軸回転……バレルロールされて、私はバランスを崩した。

遠心力に従って、私の体はファルコンから引き剥がされそうになる。

 

 

『ぐ、うっ』

 

 

咄嗟にアームに搭載されているクローフックを射出し、護衛車両の屋根に突き刺す。

 

このまま腕を回してワイヤーを巻き取る。

このまま、引きずり下ろしてやる。

 

 

「なんて馬鹿力だ……!」

 

 

地上戦では勝ち目がないと悟っているのだろう、私に向けて蹴りを放った。

だが、無視する。

ヴィブラニウム製のアーマーを貫通する攻撃力はない。

 

ファルコンは特殊な飛行スーツを着用する、凄まじい技能を持ったヒーローだ。

だが、身体能力は一般的な軍人の域を超えない。

私の着るアーマースーツを貫通させる攻撃手段は殆どない。

 

ヴィブラニウム製の鋭い羽ぐらいだ。

だが、羽は飛行に使われている。

 

つまり、飛行中のファルコンでは私に有効打を与えられないのだ。

 

しかし、その瞬間、風を切る音が聞こえた。

レッドウィングだ。

そのまま、通り過ぎる瞬間……その羽根でワイヤーを断ち切った。

 

 

『チッ!』

 

 

ワイヤーは特殊繊維だ。

安易に切断する事は出来ない、筈だった。

 

だが、レッドウィング……アレはヴィブラニウム製のようだ。

刃物のように鋭く研がれたヴィブラニウム製の羽根ならば、切断されても仕方がない。

 

また高度が上がり、私は天井スレスレまで持ち上げられた。

 

 

「このままランデブーと洒落込むか?」

 

『誰が貴様と──

 

 

そのままバックパックのジェットを稼働させて、身を捩り、宙返りをした。

 

トンネルの天井に叩きつけられ、金属の天板が砕けた。

蛍光灯が割れ、視界が明滅する。

 

 

『うぐっ』

 

 

ヴィブラニウムに衝撃は吸収されるが、三半規管にダメージが入る。

今、地面がどこにあるかも分からない。

 

ファルコンはよくもこんな……上下左右に動いて回って、目が回らないのか。

 

強烈なGに身を軋ませながら、再度壁にぶつかった。

押し込まれながら、ジェットは最大噴出されている。

 

ガリガリと大きな音を立てて、壁を削りながら引き摺り回される。

 

 

「抵抗しないなら、こんな事もしなくて済むんだが……」

 

 

コンクリートの破砕音がする中、ファルコンの声が聞こえる。

 

 

『任務は、遂行、しなければ……』

 

 

任務の失敗。

それは忠誠を疑われる事になる。

だから、死なないために……私が出来るのは敵と戦う事だ。

 

 

「もうちょっと気楽に生きた方が楽だぞ」

 

 

気楽、に……?

 

 

『黙れ……!』

 

 

私は壁に押し付けられながら、腕をファルコンに伸ばす。

そのまま、振り上げて……叩き付けた。

 

 

「いっ!?」

 

 

金属同士が接触する音がして、ファルコンが弾かれる。

……チッ、羽だけではなく、スーツのプロテクター部分もヴィブラニウム製か。

 

関節部を狙うべきだった……と、後悔してももう遅いが。

 

コンクリートに穴が空くほどの力で殴ったが、スーツに傷はない。

 

だが、確実にプロテクターの下……肉体に衝撃は入ったようだ。

ファルコンは宙をフラついて、パワーブローカーの乗る車両の屋根へ墜落した。

私も同様に、だ。

 

狭い屋根の上で、私はファルコンと向き合う。

 

 

「つぅっ……一歩間違えたら落ちているぞ、お嬢さん」

 

『舐めた口を利くな……羽を毟り取って、屠殺してやる』

 

「おっと、そりゃ怖いな……!」

 

 

私は不安定な足場の中、ファルコンへ一歩踏み出し──

 

 

「そらっ!」

 

 

ファルコンの羽根が屋根へ突き刺さった。

 

拙い。

 

奴の勝利条件は私を倒す事では無い。

目標(ターゲット)であるパワーブローカーを連れ去る事だ。

 

人質にでも取られれば手出しもできない。

私の負けだ。

 

 

『面倒な……』

 

 

……前面は羽根で防がれている。

私は車両の縁に手を掛けて、側面に移る。

そのままリアドアの取手へ手を掛ける。

 

鍵が閉まっている。

当然だ。

 

無理矢理、全力で引っ張ってドアを引きちぎる。

そのまま後部座席へ滑り込んだ。

 

パワーブローカーを至近距離で護衛する為だ。

 

 

だが。

 

 

 

『……居ない?』

 

 

パワーブローカーは居なかった。

一瞬、既にファルコンによって連れ去られてしまったのかと疑ったが……羽によってこじ開けられた屋根から、ファルコンは困惑気味に視線を下ろしていた。

 

いつから居なかった……?

 

どのタイミングで連れ去られ──

 

 

いや、違う。

 

 

最初から、居なかった……?

 

 

まさか──

 

 

あの、クソ野郎──

 

 

「囮か……!?」

 

 

ファルコンが、声を荒らげた。

 

 

直後、車の速度が急激に落ちる。

ファルコンが車から投げ出される。

 

 

「くっ……!」

 

 

だが、ヴィブラニウム製の羽をクッションのように使い、衝撃を殺していた。

ダメージは無い。

 

直後、護衛車両が前方を塞ぐように停まった。

後方の車両も、後ろを塞ぐ。

 

……パワーブローカーが居ないのならば、護衛隊が取引場所に行く必要はない。

彼等はここで足止めをするつもりだ。

 

だが、彼は飛行能力を持っている。

そして、銃火器程度では止まらない。

悪手だ。

 

護衛達が車から降りる。

……その手に武器はない。

 

 

「何だ……?」

 

 

ファルコンが困惑しつつ、護衛達と私を見比べる。

 

……驚いたような様子をしないよう努める。

まるで計画通りかのような態度をする。

 

車を降りた護衛達は……何故か、思い詰めたような顔をしている。

あれは戦おうと言う顔ではない。

 

……知っている。

仕事柄、よく見る表情だ。

アレは、死が直前に迫り、諦めたような顔だ。

 

何故、そんな顔をするのか分からない。

 

……護衛達が腕時計を触った。

全員、同じ腕時計だ。

 

だから、気付いた。

見た目は腕時計だが、何か……そう、パワーブローカーの用意した装備だと理解した。

 

 

瞬間、護衛達は身を捩った。

苦しそうな声をあげて……身体が膨張する。

 

 

「は……!?」

 

 

思わず、私も声をあげそうになったが……何とか持ち堪えた。

 

そのまま護衛達は姿形が変わっていく。

身体が緑色に変色し……人型のトカゲに形を変えた。

だが、肌は爬虫類ではなく、まるで植物のような見た目をしていた。

 

 

……なん、だ?

 

何が起こった?

 

 

まるで、出来の悪いB級のホラー映画みたいだ。

 

 

ガラスのような目玉が一斉にファルコンへと集まる。

そして、護衛……いや、バケモノ達がファルコンへと襲いかかった。

 

 

「なっ、マジかよ……!?」

 

 

私は驚いて、一歩下がった。

彼等の口から堪える涎に、忌避感を覚えたからだ。

 

そして、彼等は鋭い爪で、一心不乱に、奇声を上げて……ファルコンへと迫る。

 

 

「うお、おっ!?」

 

 

ファルコンが身を回転させて羽で叩いた。

元護衛達は衝撃を吸収しきれず、地面に転がる。

それでも多勢に無勢だ。

 

一人を吹き飛ばしても、次の一人が攻めてくる。

休まる事はなく、殺到していた。

 

 

その様子を……私は呆然と見ていた。

 

 

明らかに正気を失ってる。

肉体も……人間だった頃の面影はない。

 

……彼等は、人に戻れるのだろうか?

 

いや、戻れるなら、変身前……あんな顔はしていなかった筈だ。

何らかの弱みを握られて、脅されて、無理矢理使わされているのだろう。

 

パワーブローカーならやりかねない。

奴は非道な男だ。

 

 

だが、責任の一端は私にもある。

……何も抵抗せず、従って来た私の──

 

 

目を逸らす。

罪を、直視出来ない。

私はこの醜悪な行為に加担している……嫌悪出来るような立場ですらない。

 

 

ファルコンはこんな姿になった護衛達も殺そうとせず、羽で切断したり突き刺したりもせず叩いて無力化している。

 

だが、数が多い……負けないにせよ、時間が掛かるだろう。

 

私は隠れて、その場を離れる。

 

……ファルコンが気付き、声を荒らげた。

 

 

「お、い!待て!これが、本当に正しいと思うのか!?」

 

 

返事もせずに距離を取る。

止められた車を一つ、拝借する。

 

 

「こんな事をする奴を守る意味なんてあるのかよ……!?」

 

 

耳に聞こえる声を無視して、アクセルを踏み込む。

ファルコンを置き去りにして、加速する。

 

 

パワーブローカーが居る筈の、取引場所に向かうためだ。

私は彼を守らなければならない。

 

……いや、違う。

本来ならば、その場に残り……ファルコンを始末するべきだった。

 

だが、それすら出来なかった。

頭の片隅に選択肢としてはあった。

……しかし、選択出来なかった。

 

私は……その場を離れたかった。

幾つか理由を探して、この場所から離れたかっただけだ。

 

私が加担している非道から、目を逸らしたかっただけだ。

 

 

私は……卑怯者だ。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

マドリプール、下層(ロータウン)

大量のコンテナが並ぶ場所に場違いな人間がいた。

仕立ての良い黒いビジネススーツを着た男だ。

……しかし、それ以上に特筆すべき所がある。

 

肌が紫色である事、目が発光している事。

 

人間離れした姿……間違いない、パワーブローカーだ。

私は息を殺し、上層階のコンテナ、その裏に隠れる。

 

……パワーブローカーは一人で来ていた。

護衛も居ない。

 

アタッシュケースを一つだけ持っている。

武器すら無い。

 

 

別の人間が一人、その場に近付く。

 

 

「初めまして、パワーブローカー。お会い出来て光栄だわ」

 

 

スーツを着た女性。

今回の取引相手……として、偽装したエージェントだ。

名前は、シャロン。

シャロン・カーターだ。

 

彼女自身は腕の良いエージェントだ。

表舞台に立つ機会は少なく、今回のような作戦では適任と言える。

 

 

「……ふむ?」

 

 

 

しかし、取引相手が来たと言うのにパワーブローカーの顔は浮かばない。

手を顎に置き、思案する。

 

そして。

 

 

「あぁ、なるほど……」

 

 

勝手に何かを納得したようで、頷いた。

 

 

そして……辺りを見渡し……私の居る方角で止まった。

その視線は、私が隠れている場所へ向けられている。

 

偶々か、気の所為か?

 

……いや、違う。

 

私を見ている。

だが、その顔は穏やかだ。

 

まるで昼下がりに散歩をしているかのような、恐るべき事は無いとでも言いたいような憎らしい顔だ。

 

無視されたシャロンが口を開いた。

 

 

「あの、パワーブ──

 

「あぁ、良いんだ。君は……どうでも良い」

 

 

手で言葉を遮り、身体を私に向けた。

 

 

「出てきたまえ……ニック・フューリー」

 

 

……名前までバレているのなら、仕方がない。

私はコートの内側から拳銃を抜き出し、それを隠しながら姿を見せた。

 

 

「改めて挨拶をしようか?パワーブローカー」

 

「いや、構わない……お前の事はよく知っている」

 

「ほう、それは光栄だ」

 

 

小馬鹿にするような態度に眉を顰める。

不快だが……怒りはしない。

 

怒りは行動を鈍らせる。

冷静に思考を巡らせた。

 

私は腕を隠しながら端末を弄り、隠れている他のエージェントへ指示を出す。

包囲して居たエージェントが攻撃準備をする。

だが、姿は見せない。

 

いつでも、不審な行動をしたら攻撃出来る様に……十に近い銃口がパワーブローカーへ向けられた。

 

 

「フン、随分と数を用意したな?……おっと、ブラックウィドウまで居るな。数だけではない、質も良い」

 

 

内心、驚く。

 

どうやって我々の居場所と、姿を暴いているのかは分からない。

だが、これほど危機的な状況である筈なのに、この余裕はなんだ?

 

そう訝しんでいると、パワーブローカーが嘲笑った。

 

 

「さて、ニック・フューリー……何故、ここに私の護衛が居ないか分かるか?」

 

 

それは我々が足止めをしたからだ。

 

シルバーサムライ、タスクマスター、レッドキャップ。

彼等を止めるために主力を割いた。

 

そして狙い通り、彼は分断された。

その筈だ。

 

 

「分からないようだから、教えてやろう」

 

 

パワーブローカーが手を、シャロンへと向けた。

頭の中が冷えて行く。

何かは分からないが、『拙い』。

 

シャロンが警戒しながら、一歩引いた。

いや、だがそれではダメだ。

 

恐らく、奴は──

 

 

「シャロン!直ぐに離れ──

 

「そもそも護衛など、必要無いからだ」

 

 

手から青いスパークが放たれ、シャロンを吹き飛ばした。

コンテナがひしゃげ、その身体がめり込んでいた。

 

……少なくとも打撲、骨折。

悪くて内臓破裂だ。

 

即座にエージェントが飛び出して、銃口をパワーブローカーへと向けた。

 

しかし、恐れる様子はない。

薄く笑いながら、銃口を無視して私へ話し掛けて来る。

 

 

「エネルギーボルトだ。面白いだろう?」

 

 

その手に武器は握られて居ない。

素手だ。

 

何かしらの、特殊能力。

 

 

「……ミュータントか?」

 

「さて、どうだろうな」

 

 

そもそも容姿が人間離れしている時点で、特殊な能力を持っていてもおかしくはない。

可能性は考慮していた。

だから、複数人のエージェントを用意したのだ。

 

だが、普段から護衛に囲まれているから誤解していた。

奴は戦えない商人では無い……超人だ。

 

 

「私は身を守る為に護衛を雇っているのではない。ただ……面倒だからだ、戦うのが。それだけでしかない」

 

 

足が宙に浮く。

 

そのまま地面から離れて、宙に立ち……私と視界の高さが一致した。

理屈は不明だ。

 

その手にはまだ、アタッシュケースが握られている。

私達程度ならば、片手を使わなくても勝てるのだと、そう言っているようだ。

 

私へ腕を向けて──

 

 

その瞬間、ワイヤーが飛び出し、パワーブローカーの腕に巻き付いた。

 

 

「むっ……」

 

「フューリー!射殺許可!」

 

 

声を出しながら、ブラックウィドウ……ナターシャがパワーブローカーを地面へと引き摺り下ろした。

 

私はそれに応える。

 

 

「あぁ、許可する!」

 

 

私の指示に、ナターシャが地面を蹴って後ろに転がった。

直後、エージェント達がパワーブローカーへ一斉に発砲した。

 

弾丸が命中し、砂埃が舞う。

 

……ビジネススーツが穴だらけになるが、血は流れていない。

血の色が赤いか、それすら分からない。

 

 

「……野蛮だな。品性のない、まるで獣のようだ」

 

 

自身のビジネススーツを手で掴み、そのまま引き裂いた。

その下は……素肌ではなかった。

黒に紫のラインが入った、タイツのようなコスチュームだ。

紫色のラインは発光している。

 

 

「獣は利益を与えても従わない……だから、力で──

 

 

その手がバチバチと音を立てて、青く発光する。

 

 

「屈服させてやろう」

 

 

獰猛に、薄く笑った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

シールドと剣がぶつかる。

 

……タスクマスターの持つ剣は、橙色の光を放っている。

見た目からして普通の武器ではない。

 

ヴィブラニウム製のシールドでも、衝撃を殺し切れなかった。

 

 

私は剣を弾き、シールドを構えて身体ごと衝突させる。

咄嗟の所でタスクマスターが身を翻し、その攻撃を避けた。

 

身体能力では私が上だ。

装備も……盾だけならば、こちらが上。

 

だが、戦闘技術は奴の方が上だ。

 

総合的に見れば、私が有利。

しかし、今は少し異なる。

 

……先程、レッドキャップに殴られたり蹴られた部分が痛む。

万全では無い。

これで身体能力の差が埋まってしまう。

 

 

「随分と奴に入れ込んでいるようだな、キャプテン・アメリカ」

 

 

嘲笑う訳でもなく、驚く訳でもなく、ただ淡々とタスクマスターが話した。

身を少しでも休めたい私は、会話を続ける。

 

 

「当然だ。彼女は……守らなければならない」

 

「金にもならない事を、よくするものだ」

 

 

タスクマスターが右手を左のシールド裏に入れた。

 

 

「……世界は、金だけでは生きていけない」

 

「しかし、金がなければ死ぬ事もある」

 

 

その瞬間、タスクマスターが何かを投擲して来た。

 

 

「くっ!?」

 

 

シールドで弾けば、『何か』は宙に跳ね上がった。

回転しながら落下したそれは……三叉の小剣だ。

誰の、何の技術かは分からない。

だが、間違いなく達人級の技量だ。

 

 

「ふむ、気を逸らしても無駄か」

 

「……不意打ちとは、卑怯だな」

 

「戦いに卑怯などない。結果が全て……それが戦いだろう?」

 

 

剣を構え、一歩、タスクマスターが踏み込んだ。

 

 

「貴様を殺せば報酬(ボーナス)も弾んで貰えるだろう。楽しみだ」

 

 

更に一歩踏み込んでくる。

 

 

「一つ、教えてくれ……君は彼女の何を知っている?」

 

「さぁ、何も?」

 

 

手に持った剣の射程、その一歩手前で止まった。

 

そして、タスクマスターが口を開いた。

 

 

「だが、奴の所属している組織ならば知っている。いや、覚えている」

 

「組織、だと?」

 

「あぁ、反吐が出るような屑共だ。お前の想像以上に邪悪で……強大だ」

 

 

表情は分からない。

ドクロのマスクの下で、どんな表情をしているのか。

ただ、笑ってはいないだろう。

 

 

「……そう、か」

 

「だから、キャプテン・アメリカ……お前のしている事は奴を傷付けているだけに過ぎない……ただの偽善だ」

 

「偽善だろうと、助けられるのならば──

 

「そもそも、その考えが間違っている。助ける事など不可能だ。あの組織は底無しの泥沼……一度踏み込んだモノを、逃す事はしない」

 

「それ、は……」

 

「泥沼から抜け出せないのに、助けようと力付くで引っ張ればどうなる?」

 

「…………」

 

「二つに裂けて死ぬ事になる」

 

 

思わず、私は返事が出来なかった。

 

 

「この血に塗れた場所が奴の居場所なのだ。無理に連れ出そうとするのは止せ……奴の為にならん」

 

「……知っている事を教えてくれ。私は彼女を助けたいだけなんだ」

 

 

彼は何かを知っている。

そう確信し、私は聞き出そうとする。

 

 

「フン、私は貴様の教官ではない。答える義理など……何処にもない」

 

 

一歩、踏み込まれた。

 

瞬間、彼の持つ剣が振るわれた。

シールドで弾き、私は足を突き出す。

 

その足を、全く同じ動作で彼のシールドが防いだ。

 

盾の技量は……全くの互角。

やり難い……!

 

反動で転がりながら、シールドを投擲する。

その瞬間、奴もシールドを投擲した。

 

空中で衝突し、弾き飛ばされる。

 

 

回収を──

 

 

その瞬間、タスクマスターが剣を振りかぶった。

咄嗟に手首を掴み、捻る。

 

 

「チッ……!」

 

 

咄嗟に彼は手首を軸に、剣を回転させた。

私は身体を逸らして避けつつ、足の甲で剣の柄を蹴った。

 

剣は宙を舞い、タスクマスターの手から離れた。

 

これで素手……武器の技能は活かせない。

 

私は口を開く。

 

 

「投降しろ、話して貰う事がある!」

 

「武器が無ければ戦えないとでも?」

 

 

タスクマスターの手……そこにつけたグローブの爪部分が露出した。

金属製の爪のような物だ。

 

それを振り回し、まるで獣のように襲いかかってくる。

 

咄嗟に避けるが、爪はコンクリートを抉っていた。

 

 

「『ブラックパンサー』……!」

 

「ご名答だ」

 

 

彼の戦闘パターンが見切れない。

単純な戦闘力だけならば、スーパーパワーが無い分、元より劣る。

 

だが、様々な種類の攻撃がベストなタイミングで切り替わる。

想定の範囲外の攻撃を、最高クラスの技量で放たれる。

厄介だ。

 

視界の隅に、私のシールドが見えた。

何とか、拾う必要がある。

素手での戦闘は彼の方が強い。

同じ土俵では戦えない。

 

ならば──

 

地面を蹴り、タックルを繰り出す。

しかり、それと同時にタスクマスターが蹴りを繰り出した。

 

それは、ピンポイントで私の急所を狙った攻撃だった。

熟練の武術家のようだ。

 

拳を突き出せば──

 

彼は手を回し、攻撃を受け流した。

まるで水でも殴ったかのような感触だった。

 

 

「くっ!」

 

「今のは『シャン・チー』だ」

 

 

そのまま拳が腹に突き刺さった。

 

 

「ぐあっ……!」

 

 

内臓に響く一撃だった。

焼け付くような痛みが身体を襲った。

 

 

「そして、これは『アイアン・フィスト』」

 

 

衝撃に身を任せて、地面を転がる。

距離は取れた……だが、シールドは一歩先にある。

 

彼はマントの下に手を伸ばし、折り畳み式の弓を取り出した。

 

 

「さて、次は何か分かるだろう?」

 

 

弓……間違いなく、『ホークアイ』だ。

私は回避行動を取りつつ、盾に手を伸ばす。

 

弓を引き絞る音が聞こえる。

 

咄嗟に腕に装備している電磁石を起動し、シールドを引き寄せる。

 

一手、間に合わない。

 

 

そのまま矢が放たれ──

 

 

瞬間、風切るような音が聞こえた。

何者かが、タスクマスターへと接近していた。

 

それに反応して、咄嗟にそちらへ矢を放った。

 

首に矢が突き刺さる。

それは黒髪の……ティーンの女性だった。

 

刺さった傷口から勢いよく血が出る。

 

 

だが、その女性は無視してタスクマスターへ襲い掛かる。

 

 

「チッ!」

 

 

弓を捨てて、タスクマスターが後転した。

距離が開く。

 

……私は首に矢が刺さっている女性……いや、少女へ声を掛ける。

 

 

「すまない、助かった……しかし、矢は大丈夫なのか?」

 

 

そう聞くと彼女が答えた。

 

 

「ぐ、ほほへ、はひ──

 

 

矢を手に握り、無理矢理抜いた。

喉に穴が空いて喋れられなかったのだろう。

 

 

「お、げぇ……くぅ、痛すぎ……」

 

 

傷口は即座に再生した。

その少女に、私は見覚えがあった。

……そうだ、フューリーがマドリプールに来ていると言っていた。

 

 

「……ローラ・キニーか?」

 

 

一度……彼女が『S.H.I.E.L.D.』に拘束されている所を見た事がある。

彼女がまだ殺人マシーンだった頃の話だ。

 

 

「ごふっ!ごほっ、おえっ!そう、そうよ」

 

 

血反吐を吐きながら、そう答えた。

コンクリートが血で濡れる。

 

 

「君は──

 

「ローラ・キニー……!」

 

 

タスクマスターが会話を中断し、割り込んできた。

手には剣とシールドが握られている。

 

 

「メルセデスは、どうした……」

 

「え?あ、あぁ……ええっと?」

 

 

ローラが頬を掻いた。

メルセデス……?

誰のことだ?

 

ローラが言い淀んでいると……タスクマスターが震えた。

 

 

「貴様……!やはり、あの時殺しておくべきだったか……!」

 

 

タスクマスターが怒気を込めて、そう言った。

光る剣が地面を抉る。

盾を持つ方の手に、いつの間にか(チェーン)が握られていた。

先端には金属の杭のようなものが付いている。

 

タスクマスターは手首にスナップを利かせて、(チェーン)を回転させる。

ただの金属製ではないようで、コンクリートに抉れたような傷が付いていた。

当たれば……肉を削がれるだろう。

 

 

「タダでは済まさん!確実に殺す!」

 

 

その様子を見て、ローラが口を開いた。

 

 

「あ、アレ?ちょっとヤバい感じ……?」

 

「どうやら、彼の地雷を踏み抜いたようだ」

 

「あー、私の所為?」

 

「そうなるな」

 

 

ローラが両腕を前に突き出す、手の甲が裂けてアダマンチウムの爪が現れた。

 

ふと、疑問が湧いて問う。

 

 

「そう言えば……君はどうやって、ここまで追いついた?」

 

「え?……あそこ、バイク」

 

 

ローラの視線の先には横に倒れたバイクがあった。

足があるならば、一人だけでも先に行かせる事が出来るだろう。

 

私はローラを一瞥した。

 

 

「勝てるか?奴に」

 

 

私は視線をタスクマスターへ戻した。

 

 

「……勿論」

 

「そうか……いや、君はバイクに乗って先へ行け」

 

「……え?」

 

「助けて貰って感謝する。だが、ここは私が何とかする」

 

 

私はシールドを手に持ち、タスクマスターと対峙する。

(チェーン)が高速で回転し、空を切る音がする。

 

 

「退け……!」

 

「断る」

 

 

その瞬間、(チェーン)が鞭のようにしなり、私に襲い掛かる。

シールドを構え、最小限の動作で弾いた。

 

 

「ローラ、行ってくれ」

 

「わ、分かった……けど、大丈夫なの?」

 

 

確かに……身体にはダメージが蓄積している。

疲労もある。

足は重い、内臓も痛む、腕は疲れて上げる事も辛い程だ。

 

だが、何も問題ない。

 

 

「あぁ、まだやれる」

 

 

タスクマスターが放った(チェーン)を再度、弾いた。

 

ローラがバイクに駆け寄り、エンジン音を鳴らす。

 

タスクマスターが私を睨んだ。

 

 

「……何故、先程より動きが良くなっている?」

 

 

心底、分からないと言った声を出した。

 

 

「簡単な話だ。私は……敵を打ち負かすより、誰かを守る戦いの方が得意なんだ」

 

「……ふざけた事を言う」

 

「至って真剣さ」

 

 

バイクに乗ったローラが離れていく。

 

私は、視線をタスクマスターへと戻した。

 

 

「それに私だけじゃない。君が弱くなっている」

 

「チッ……まぁいい。直ぐに貴様を殺し、あの女を追うだけだ」

 

 

ローラはタスクマスターを怒らせて……私の邪魔をしただけだと思っているが、そうではない。

 

彼は繊細な技能を売りにする男だ。

今の冷静さを欠いた彼ならば……勝ち目はある。

 

好機は逃さない。

どんな状況だろうと、糸を手繰り寄せて……勝利を掴む。

 

それが、私達(ヒーロー)の戦い方だ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。