【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
「ふう」
僕は疲れから、息を吐き出して椅子に座った。
目の前にあるのは空のカップ。
お礼として貰ったものだ。
記憶を遡る。
僕は今日、スパイダーマンとして、いつも通り夜のパトロールをしていた。
で、女の子が暴漢に襲われそうになっているのを見つけて……そう、いつも通り人助けをした。
ただ、いつも通りじゃない所が一つ。
助けた女の子が僕のクラスメイトで、隣室の女の子……ミシェル・ジェーンだったって事だ。
ミシェルは……何というか、凄い美人で可愛くて……ちょっと表情の変化に乏しくてクールっぽく見えて……でもちょっと茶目っ気のある女の子だ。
頭も良いみたいで……そう、僕は気が気がじゃなかった。
正体に勘付かれるかもって、ドキドキしながら会話していた。
そして、別れ際に礼として、多分彼女の今日のデザートであるカップに入った杏仁豆腐を貰った。
『ありがとう』
『……お礼、助けてくれたから』
うっ。
僕は手で口を覆った。
美人は絵になるって言うけど、美人が可愛い仕草をすれば……絵なんかよりも、よっぽど様になるんだなって思った。
とにかく、ちょっと驚いたって話。
僕は空になった杏仁豆腐が入っていたカップを机に置いて……。
チャイムが鳴った。
誰だろう?
こんな時間に……。
ちらり、と壁にかけられた時計を見れば、時針は夜の9時を指していた。
訝しみながら、ドアを開けると、そこには。
「ミシェル?」
「……遅くにごめん、ピーター」
え、何で?
今日のこと?
もしかして、僕がスパイダーマンだってバレた?
いや、そもそも……。
「と、とにかく中に入りなよ、立ち話もなんだし」
「ありがと」
そうやって、ミシェルが部屋の中へ……あっ。
僕の視線の先、机の上には空のカップ……そう、ミシェルがスパイダーマンに渡した筈のカップがあった。
……幸い、まだ気付いていないようだけど。
僕は素早く、だけど違和感がない様に彼女の前へ回り込む。
「そ、それで?どんな要件?」
「今日の話なんだけど……」
「きょ、今日?」
必死に背後へ、空のカップへと手を伸ばすが届かない。
ミシェルごしに壁の窓ガラスから、反射した景色を見る。
全然、届いてない!
「そう、今日。今日、怖い出来事があって……」
そう言ってミシェルが今日の、というか先程のジャージ男達に襲われそうになった話、スパイダーマンに助けて貰った話をしている。
話に相槌をうちながら、僕は必死に何とかカップを退けようとしている。
「それで……」
ミシェルの目が伏せて、視界が下に向いた瞬間。
僕は腕に装着していたウェブシューターを、最低パワーで出力しカップを巻き取る。
そのまま、机の横にあるゴミ箱へと投げ入れた。
かこん、と音がした。
「……え?今何か、音が」
ミシェルに聞こえてしまったようで、不審がる。
「た、多分、風で何かが落ちた音じゃない?」
「でも、ここ屋内……」
「はははは、このアパート、ボロボロだからなぁ。隙間風だと思うよ?」
不安を悟られぬように笑う。
そんな挙動不審な僕を見て、ミシェルは首を傾げた。
「はは、で、何の話だっけ」
さっきまで慌てていて、話は聞いていたけど詳しく理解しようとはしていなかった。
だから、話の流れが分からなくて、こんな質問をしてしまった。
ミシェルの眉が少し、顰めた様な気がした。
「……ピーター、話、聞いてなかった?」
「いや、いやいや、聞いていたよ。スパイダーマンに助けて貰ったんだって?運が良かったね」
「……まぁ、良いけど」
ちょっと不機嫌そうな顔をしているけど、やっぱり彼女は表情の変化に乏しい。
気をつけて見なければ、怒ってるって事も気づかないだろう。
「……ピーターにお願いがあって」
「う、うん?僕に出来る事なら何でも言ってよ」
ミシェルは少し悩む様な仕草を見せて、口を開いた。
「ピーター、付き合ってほしい」
え?
付き合う?
ミシェルが誰と?
僕と?
「え?」
「……夜中、食事に出かけられないのは困る。私、晩御飯食べたいし……ここ、キッチンないし、買いに行かないとダメだから……でも、一人で出かけたら危ないって怒られたから」
あ。
「だから、夜中、出かける時に付き合ってほしい」
「あ、うん」
うん、何だか、そんな気はしていたよ。
そりゃ、そうだよ。
僕達出会ってまだ一週間ぐらいだよ。
お互いのこと、全然知らないし。
いや、でも、嬉しい……かも知れないけど。
しかし、こんな不埒なことを考えてるなんて知られたら、幻滅されてしまうかも知れないな。
「いいの?ありがとう」
というか今、肯定しちゃったじゃないか。
いや、でも、嫌じゃないけど。
でも。
「僕で良いの?あんまり頼りないと思うけど」
そうやって自虐すると、ミシェルはキョトンとした顔になった。
……まるで、何を言ってるのか分からない、みたいな顔だ。
「ピーター、今日、学校でフラッシュに絡まれてる時、助けてくれた」
「……あ、いやぁ……実際は助けられなかったけど」
眉を下げて、口角がほんの少し上がって。
ミシェルが微かに笑った。
「でも、私にとってピーターはヒーロー。助けてくれたから。頼りにならないなんて、絶対ない」
彼女は……僕を、スパイダーマンじゃないピーター・パーカーとしての僕を、頼ってくれている。
……そんな事、今までなかった。
「それとも、ピーターは私とあんまり一緒に居たくない?」
「そ、そんな事ないけど」
「けど?」
「……そんな事ないよ」
「良かった」
ミシェルが立ち上がって、ドアに手をかけた。
「じゃあ、また明日。学校で」
「あ、うん。また、明日……」
バタン、とドアが閉じると共に。
僕はベッドに倒れ込んだ。
もう、何が何やら……頭が回らなかった。
◇
「よし」
私は自室でガッツポーズしていた。
これでいつでもピーターと用事を作り放題だ。
私は前世の頃からスパイダーマンが好きだ。
何度も失敗して、壁にぶつかり打ちのめされて。
それでも立ち上がって戦って、勝つ。
そんな彼が大好きなのだ。
だから、私にとってスパイダーマンは憧れで……そう、コミックのキャラクターじゃなくて現実にいるのだとしたら、アイドルのようなもので。
知りたい、喋りたい、関わりたい、という欲が際限なく溢れていく。
ピーターとの関わりが深まれば……いつか、私が自分のために人を殺す様な『
それでも。
例え、私がこの世界で『
この気持ちを抑える事は出来なかった。
「自分勝手で、考えなし」
私はそう自己評価して、布団に身体を埋めた。
先程のピーターの慌てようを思い出す。
私があげたカップ、机に置きっぱなしだったな。
慌てて
「ふふ」
彼は自己評価が低いけど、絶対そんな事ない。
だって、スーパーパワーが無くたって、その優しさと責任感は変わらないから。
……私は。
「違う、けど」
壁に置かれた本棚がチラリと目に映った。
部屋に生活感を出すために置いてある本棚だ。
別に、私の趣味ではない本も沢山ある。
そして、一つ、目に映った。
『イカロス』
ギリシャ神話の本だ。
この本自体は読んだ事なんて無い。
だけど、イカロスの逸話は知っている。
太陽に近づき過ぎた愚かな男が、蜜蝋の翼を溶かされて地に堕ちる話だ。
「……縁起でもない」
私がヒーローに近付き過ぎて、いつか落ちて死んでしまうのだとしたら。
まぁ、それはもう、本望かも知れないな。
どうせ死ぬなら……『
突如、組織から預けられた端末が鳴った。
私は手に取り……確認する。
やはり、そこに移るのは暗号化された文章だ。
襲撃、犯。
発覚。
私は目を細めて、文章を読んでいく。
ヘルズキッチン、襲撃、者は。
フランク・キャッスル。
そして私は、目を見開いた。
「フランク……」
コイツは……。
私は携帯端末をネットワークに繋ぎ、名前を調べる。
「やっぱり」
そこに出てくるのは昔の事件。
傷害、殺害。
複数の犯罪歴。
しかし、相手は一般人ではない。
マフィアやギャング、犯罪者達を殺してまわる殺人犯。
殺害方法は銃殺、撲殺、爆殺。
死体の損傷が激し過ぎて、身元の判明が遅れるほど。
数年前に逮捕されて、死刑を言い渡されていたが……。
脱獄している。
つまり、今は私たちと同じ檻の外にいると言う事。
そして、一つ、写真があった。
夜の様に黒いジャケットに、目が痛いほど白い髑髏のマーク。
私は、知っている。
「……パニッシャー」
その、ダークヒーローの名前を。