【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#8 フレンドリー・ネイバーフッド part2

「ふう」

 

 

僕は疲れから、息を吐き出して椅子に座った。

目の前にあるのは空のカップ。

 

お礼として貰ったものだ。

 

記憶を遡る。

 

僕は今日、スパイダーマンとして、いつも通り夜のパトロールをしていた。

 

で、女の子が暴漢に襲われそうになっているのを見つけて……そう、いつも通り人助けをした。

 

ただ、いつも通りじゃない所が一つ。

 

助けた女の子が僕のクラスメイトで、隣室の女の子……ミシェル・ジェーンだったって事だ。

 

ミシェルは……何というか、凄い美人で可愛くて……ちょっと表情の変化に乏しくてクールっぽく見えて……でもちょっと茶目っ気のある女の子だ。

 

頭も良いみたいで……そう、僕は気が気がじゃなかった。

正体に勘付かれるかもって、ドキドキしながら会話していた。

 

そして、別れ際に礼として、多分彼女の今日のデザートであるカップに入った杏仁豆腐を貰った。

 

 

『ありがとう』

『……お礼、助けてくれたから』

 

 

うっ。

 

僕は手で口を覆った。

 

 

美人は絵になるって言うけど、美人が可愛い仕草をすれば……絵なんかよりも、よっぽど様になるんだなって思った。

 

とにかく、ちょっと驚いたって話。

 

 

僕は空になった杏仁豆腐が入っていたカップを机に置いて……。

 

 

チャイムが鳴った。

 

 

誰だろう?

こんな時間に……。

 

ちらり、と壁にかけられた時計を見れば、時針は夜の9時を指していた。

 

訝しみながら、ドアを開けると、そこには。

 

 

「ミシェル?」

 

「……遅くにごめん、ピーター」

 

 

え、何で?

 

今日のこと?

 

もしかして、僕がスパイダーマンだってバレた?

 

いや、そもそも……。

 

 

「と、とにかく中に入りなよ、立ち話もなんだし」

 

「ありがと」

 

 

そうやって、ミシェルが部屋の中へ……あっ。

 

僕の視線の先、机の上には空のカップ……そう、ミシェルがスパイダーマンに渡した筈のカップがあった。

 

……幸い、まだ気付いていないようだけど。

 

僕は素早く、だけど違和感がない様に彼女の前へ回り込む。

 

 

「そ、それで?どんな要件?」

 

「今日の話なんだけど……」

 

「きょ、今日?」

 

 

必死に背後へ、空のカップへと手を伸ばすが届かない。

 

ミシェルごしに壁の窓ガラスから、反射した景色を見る。

全然、届いてない!

 

 

「そう、今日。今日、怖い出来事があって……」

 

 

そう言ってミシェルが今日の、というか先程のジャージ男達に襲われそうになった話、スパイダーマンに助けて貰った話をしている。

 

話に相槌をうちながら、僕は必死に何とかカップを退けようとしている。

 

 

「それで……」

 

 

ミシェルの目が伏せて、視界が下に向いた瞬間。

 

僕は腕に装着していたウェブシューターを、最低パワーで出力しカップを巻き取る。

そのまま、机の横にあるゴミ箱へと投げ入れた。

 

かこん、と音がした。

 

 

「……え?今何か、音が」

 

 

ミシェルに聞こえてしまったようで、不審がる。

 

 

「た、多分、風で何かが落ちた音じゃない?」

 

「でも、ここ屋内……」

 

「はははは、このアパート、ボロボロだからなぁ。隙間風だと思うよ?」

 

 

不安を悟られぬように笑う。

 

そんな挙動不審な僕を見て、ミシェルは首を傾げた。

 

 

「はは、で、何の話だっけ」

 

 

さっきまで慌てていて、話は聞いていたけど詳しく理解しようとはしていなかった。

 

だから、話の流れが分からなくて、こんな質問をしてしまった。

 

ミシェルの眉が少し、顰めた様な気がした。

 

 

「……ピーター、話、聞いてなかった?」

 

「いや、いやいや、聞いていたよ。スパイダーマンに助けて貰ったんだって?運が良かったね」

 

「……まぁ、良いけど」

 

 

ちょっと不機嫌そうな顔をしているけど、やっぱり彼女は表情の変化に乏しい。

気をつけて見なければ、怒ってるって事も気づかないだろう。

 

 

「……ピーターにお願いがあって」

 

「う、うん?僕に出来る事なら何でも言ってよ」

 

ミシェルは少し悩む様な仕草を見せて、口を開いた。

 

 

「ピーター、付き合ってほしい」

 

 

え?

付き合う?

 

ミシェルが誰と?

僕と?

 

 

「え?」

 

「……夜中、食事に出かけられないのは困る。私、晩御飯食べたいし……ここ、キッチンないし、買いに行かないとダメだから……でも、一人で出かけたら危ないって怒られたから」

 

 

あ。

 

 

「だから、夜中、出かける時に付き合ってほしい」

 

「あ、うん」

 

 

うん、何だか、そんな気はしていたよ。

そりゃ、そうだよ。

僕達出会ってまだ一週間ぐらいだよ。

お互いのこと、全然知らないし。

 

いや、でも、嬉しい……かも知れないけど。

 

しかし、こんな不埒なことを考えてるなんて知られたら、幻滅されてしまうかも知れないな。

 

 

「いいの?ありがとう」

 

 

というか今、肯定しちゃったじゃないか。

 

いや、でも、嫌じゃないけど。

 

でも。

 

 

「僕で良いの?あんまり頼りないと思うけど」

 

 

そうやって自虐すると、ミシェルはキョトンとした顔になった。

……まるで、何を言ってるのか分からない、みたいな顔だ。

 

 

「ピーター、今日、学校でフラッシュに絡まれてる時、助けてくれた」

 

「……あ、いやぁ……実際は助けられなかったけど」

 

 

眉を下げて、口角がほんの少し上がって。

ミシェルが微かに笑った。

 

 

「でも、私にとってピーターはヒーロー。助けてくれたから。頼りにならないなんて、絶対ない」

 

 

彼女は……僕を、スパイダーマンじゃないピーター・パーカーとしての僕を、頼ってくれている。

 

……そんな事、今までなかった。

 

 

「それとも、ピーターは私とあんまり一緒に居たくない?」

 

「そ、そんな事ないけど」

 

「けど?」

 

「……そんな事ないよ」

 

「良かった」

 

 

ミシェルが立ち上がって、ドアに手をかけた。

 

 

「じゃあ、また明日。学校で」

 

「あ、うん。また、明日……」

 

 

バタン、とドアが閉じると共に。

 

僕はベッドに倒れ込んだ。

 

もう、何が何やら……頭が回らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし」

 

 

私は自室でガッツポーズしていた。

これでいつでもピーターと用事を作り放題だ。

 

私は前世の頃からスパイダーマンが好きだ。

 

何度も失敗して、壁にぶつかり打ちのめされて。

それでも立ち上がって戦って、勝つ。

 

そんな彼が大好きなのだ。

 

だから、私にとってスパイダーマンは憧れで……そう、コミックのキャラクターじゃなくて現実にいるのだとしたら、アイドルのようなもので。

 

知りたい、喋りたい、関わりたい、という欲が際限なく溢れていく。

 

ピーターとの関わりが深まれば……いつか、私が自分のために人を殺す様な『悪役(クズ)』だとバレてしまうかも知れない。

 

それでも。

 

例え、私がこの世界で『悪役(ヴィラン)』だとしても。

 

この気持ちを抑える事は出来なかった。

 

 

「自分勝手で、考えなし」

 

 

私はそう自己評価して、布団に身体を埋めた。

 

先程のピーターの慌てようを思い出す。

 

私があげたカップ、机に置きっぱなしだったな。

慌てて(ウェブ)まで使って隠してて……。

 

 

「ふふ」

 

 

彼は自己評価が低いけど、絶対そんな事ない。

だって、スーパーパワーが無くたって、その優しさと責任感は変わらないから。

 

 

……私は。

 

 

「違う、けど」

 

 

壁に置かれた本棚がチラリと目に映った。

 

部屋に生活感を出すために置いてある本棚だ。

別に、私の趣味ではない本も沢山ある。

 

そして、一つ、目に映った。

 

 

『イカロス』

 

 

ギリシャ神話の本だ。

 

この本自体は読んだ事なんて無い。

だけど、イカロスの逸話は知っている。

 

太陽に近づき過ぎた愚かな男が、蜜蝋の翼を溶かされて地に堕ちる話だ。

 

 

「……縁起でもない」

 

 

私がヒーローに近付き過ぎて、いつか落ちて死んでしまうのだとしたら。

 

 

まぁ、それはもう、本望かも知れないな。

どうせ死ぬなら……『悪役(ヴィラン)』らしく、ヒーローに倒されて死にたいから。

 

 

 

突如、組織から預けられた端末が鳴った。

 

私は手に取り……確認する。

 

やはり、そこに移るのは暗号化された文章だ。

 

 

襲撃、犯。

発覚。

 

 

私は目を細めて、文章を読んでいく。

 

 

ヘルズキッチン、襲撃、者は。

フランク・キャッスル。

 

 

そして私は、目を見開いた。

 

 

「フランク……」

 

 

コイツは……。

 

私は携帯端末をネットワークに繋ぎ、名前を調べる。

 

 

「やっぱり」

 

 

そこに出てくるのは昔の事件。

 

傷害、殺害。

 

複数の犯罪歴。

しかし、相手は一般人ではない。

 

マフィアやギャング、犯罪者達を殺してまわる殺人犯。

殺害方法は銃殺、撲殺、爆殺。

死体の損傷が激し過ぎて、身元の判明が遅れるほど。

 

数年前に逮捕されて、死刑を言い渡されていたが……。

脱獄している。

 

つまり、今は私たちと同じ檻の外にいると言う事。

 

 

そして、一つ、写真があった。

 

夜の様に黒いジャケットに、目が痛いほど白い髑髏のマーク。

 

私は、知っている。

 

 

「……パニッシャー」

 

 

その、ダークヒーローの名前を。


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