【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

80 / 138
#80 クライ・フォー・ザ・ムーン part6

車を走らせる。

 

 

『……もう少し、速くは走れないのか』

 

 

護衛車両は装甲が分厚い。

更には複数の材質を組み合わせた、角ばった形状の金属板が貼り付けてられている。

単純に車体が重いのだ。

 

焦りと罪悪感……心を占める得も言われぬ感情……それらが交わり、苛立ちとして残っていた。

 

……キャプテンは私を助けようとしている。

ファルコンも……攻撃に手加減を感じていた。

 

何故、彼等は私を助けようとしているのか。

助ける価値など無いだろうに。

 

どんな事をしようとも、車はこれ以上速く走る事はない。

手をマスクの顎に当てて、思案する。

 

……彼等は私が女、それも未成年だと言う事すら見抜いていた。

一体、どこから情報が漏れたのか。

 

……ミシェル・ジェーンの姿に紐付けられては居ない、と信じたい。

彼等がそこまで辿り着けば……少なくとも、もうピーター達とは居られない。

それは……回避しなければならない。

 

ミッドタウン高校を卒業するまで、あと1年もない……卒業すればミシェル・ジェーンとしての活動も終わるとしても今は──

 

 

いや、待て。

 

 

そもそも、何故『ミシェル・ジェーン』として活動している?

何故、『ミッドタウン高校』に潜伏する必要があった?

ヘルズキッチンの拠点を爆破した犯人の正体も分かったのに。

 

……あの、直属の幹部。

私に指令を下している幹部が、高校への編入を指示した。

 

それは組織(アンシリーコート)のボスの指示か?

それとも、幹部が出した指示なのか?

 

 

『…………』

 

 

道路交通法を無視した速度で車を走らせながら、私は眉を顰めた。

 

 

そもそもの理由は『拠点を爆破された為、ほとぼりが冷めるまで隠れる』と言う話だった。

だから偽りの身分証(ID)を与えられ、高校に編入させられ……だが、それがおかしい。

高校に編入させる理由がない。

 

隠れるだけならば、地下室にでも篭って隠れていれば良い筈だ。

態々、表の学校へ通わせて正体がバレるリスクを背負わせる理由がない。

 

……誰かが、何らかの目的を持って編入させた。

 

そう考えるのが妥当だ。

 

何故だ?

ピーターがスパイダーマンだと知っているからか?

情報を集める為に……いや、知っているのならば既に彼への攻撃を行なっている筈だ。

 

彼を恨む人間は多い。

キングピンにでも正体を教えれば多額の金銭が動く筈だ。

 

だが、していない。

それはつまり……別の理由があると言う事だ。

 

あの学校に何かがある?

 

……いや、違うのか?

私が『学校に通う』事に意味があるのか?

 

何の、為に?

 

……悩んでも答えは出てこない。

誰も答えは教えてくれはしない。

 

 

……あの学校に通い、ピーターやグウェン……ネッド達のような『友達』を作ってしまった。

その所為で今、私は『おかしくなって』しまった。

 

……いや、違う。

私が『おかしくなっている』事に気付いてしまった、か。

 

それ以前ならば殺しに躊躇う事など無かったのに。

顔も、心にもマスクをして隠せていたのに。

今はもう……。

 

それが目的なのだとしたら、高校へ通わせる指示をした何者かは……相当性格が悪い。

 

……試されているのか?

普通の価値観を育んだとしても、組織を裏切らないと言う保証が……欲しいのだろうか?

 

 

目前に大きな倉庫が見えた。

目的地である下層(ロータウン)の物流センター……その中心部だ。

 

ドアを開け……自動ロックか。

開かない。

 

鍵は……護衛の奴らが持っていたか。

私はドアを蹴り飛ばし、破壊する。

 

窓ガラスが割れて、大きな音がする。

車を降りて肩を回す。

 

既にパワーブローカーは中に入っているだろう。

直ぐに向かうべきだ。

 

……気は、進まないが。

 

ファルコンとの戦いで見た、人間を化物(モンスター)に変貌させる技術……そして、それに込められた悪意を思い出す。

吐き気を催す程の、醜悪さだ。

 

化物(モンスター)の見た目が、ではない。

醜悪なのは、その技術と……それを躊躇いなく人に使うパワーブローカーの存在だ。

 

奴は被験者を人間だと思っていない。

弱者を踏み躙り、自身の欲を満たしているだけだ。

 

……クソ。

考えない方が良い。

 

私は組織に首輪を付けられた犬……いや、彼等と同じ化物(モンスター)だ。

 

キャプテンにも言った筈だ。

裏切れないと。

 

そして、裏切らないとも。

裏切らないと選択したのであれば……こんな事を考えずに、ただ心を殺して悪事を働き続けるしかないのだ。

 

だから、余計な事を──

 

 

 

耳に、エンジン音が聞こえる。

 

 

私は即座に振り返る。

バイクか……何者かが近付いて来ている。

 

太腿のプロテクターを展開させて、ナイフの柄を握る。

抜き取り、音の先に目を凝らす。

 

 

ローラ・キニーだ。

 

 

やがて、そのバイクが到着し……搭乗者が地に足をつけた。

 

 

『…………』

 

 

タスクマスターの協力者、メルセデスはどうなったのか。

……いや、ローラの事だ。

殺しては居ない筈だ。

 

それとも、メルセデスが裏切ったか。

彼女は、私やタスクマスターに何か隠し事をしているように見えた。

それが何かは分からないが、信用は出来なかった。

 

あれほどの拘束状態からローラは脱出した。

何者かの協力があったと考えた方が、辻褄が合う。

 

 

バイクから降りたローラが、私に一歩近付いた。

 

 

「さっきぶりね」

 

『…………』

 

「縛られてソファに寝っ転がされて……結構辛かったんだけど?」

 

 

彼女は手の甲から爪を……いや、生やしていない。

臨戦態勢では無い、と言う事だ。

 

 

「返事もなし?ほんっと、つれない奴」

 

『……何を考えている?』

 

 

彼女は私の事を恨んでいる筈だ。

彼女の母を殺したのは私だ。

恨まない理由はない。

 

 

「さぁね……どう思う?」

 

『何を考えて居ようと、お前を殺すだけだ』

 

 

ナイフを強く握る。

今度は大丈夫だ。

 

罪悪感で戦えない、なんて事もない。

怯む事もない。

 

必ず、殺せる。

躊躇わずに、戦える。

 

 

「先に少し、お話しない?」

 

 

なのに。

 

 

『……話す事など──

 

「私の母さんの事、覚えてる?」

 

 

何故、そんな事を問うのか。

 

 

『セアラ・キニーの事か?』

 

「……やっぱり、覚えてるんだ」

 

『それがどうした』

 

 

彼女が戦う意志を見せなければ……私は、戦えない訳ではない。

無抵抗な人間だろうと殺せる。

私は『そういう人間』だ。

 

 

「アンタ、もしかして、さ……」

 

 

ローラが目を細めた。

疑念を持って……それでも答えが分かっているかのような目で。

 

 

 

 

 

「今まで殺した相手のこと、全員覚えてるの?」

 

 

 

 

体が萎縮した。

ナイフを握る手が緩む。

 

 

『何を根拠に──

 

「私の母さんが死んだのは8年前。そんなにも昔……私ですら、母さんの顔が朧げになってる。記憶と言うよりは、思い出と呼べるぐらいにね」

 

『……それが、どうした』

 

「母さんを殺された私ですら、擦れているのよ?貴方はずっと何人も殺して来た筈……たかが、殺してきた標的(ターゲット)の一人……その名前を覚えてる」

 

 

まるで心の内が暴かれるような気がして、無意識のうちに一歩下がっていた。

 

 

「つまり、他の殺した相手だって覚えてるんじゃないか……って、そう思っただけよ」

 

『……私は、記憶力が良いだけだ』

 

 

実際、超人血清によって私の記憶力は強化されている。

だから、殺した相手を忘れた事などない。

 

銀行員のデイヴィス、証券会社のマルコ、マフィアのクラーク、警官のスコット、ただの母親であるベイカー、詐欺師のベネット、要人の護衛だったオットー……。

 

覚えてる。

顔と名前を全て……どうやって殺したか、も。

 

忘れられない。

 

 

「……なんで、覚えてるの?」

 

『先程、言っただろう?記憶力が──

 

「違う。忘れたら良いのに……何で、覚え続けているの?」

 

 

……これ以上、この女を喋らせてはならない。

動揺を殺意で塗り潰し、私は彼女に向かって歩き出す。

 

 

「それは凄く、辛い事だと思うけど」

 

『……黙れ』

 

 

ナイフを強く握る。

 

 

「本当はやりたくないんじゃ無いの?何で、そんな組織の為に──

 

『黙れ……!』

 

 

ナイフを振りかぶり、突き出す。

 

ローラは私のナイフに手のひらを突き出し……刃は手のひらに突き刺さった。

 

 

「……話して」

 

 

そのまま握られる。

押す事も、引く事も出来ない。

 

 

『何も話す事など、ない……』

 

「アンタは母さんの仇だけど……それでも、それが……貴方の責任じゃないとしたら」

 

『私が殺した……それ以上は何も……』

 

「貴方も被害者だとしたら」

 

『違う……!』

 

 

握る力が強くなる。

 

 

「私は……殺すべきじゃない相手を、殺そうとした事になる」

 

『貴様の勝手な妄想を……押し付けるな……!』

 

「嫌よ、私は……我儘だから」

 

『こ、の……!』

 

 

彼女の腹を蹴る。

 

 

「うぐっ」

 

 

ナイフを手放せば、彼女は吹き飛んで転がった。

 

 

『私はお前の母を殺したんだぞ……?そんな相手を、何故……そんな、そんな事を──

 

 

思考が滅茶苦茶だ。

この女は馬鹿だ。

何を考えているか分からない。

イカれている。

 

咽せながら、ローラが私を睨んだ。

 

 

「私は、もう……『X-23』じゃないわ。ローラ・キニー……ウルヴァリン(ヒーロー)の娘よ」

 

『それが、どうしたと──

 

「だから、困ってる人が居たら、助けるのは……『当たり前』なの」

 

 

一呼吸。

 

直後、その両手に爪が生えた。

二本の爪だ。

 

 

『助けなど必要ない』

 

「それなら、無理矢理『助け』させて貰うから。ちょっと痛いと思うけど……我慢して」

 

 

何なんだ、コイツらは?

キャプテンも、ファルコンも、ウィンターソルジャーも、母を殺されたローラ・キニーでさえ……どうして私を助けようと考えているんだ?

 

……いや、どうしてか、分かる。

分かってしまった。

 

ああ、そうだ。

 

ヒーローだからだ。

彼等のコミックを読んでいたから分かる。

 

例え、どんな時だろうと……身を犠牲にしても人を助けようとする、彼等の姿を知っている。

そして、私はその姿に憧れていた。

 

私はスーパーパワーを持った、特別なヒーローになりたかった訳じゃない。

だけど、誰かを助けられるような人になりたかったんだ。

 

 

私が、もう、決して、なれない、姿に………。

ローラはヒーローになっていたのだ。

 

 

……この胸を占める感情はなんだ?

嫉妬、なのか?

それとも、怒りか?

僻みか、憧れか、憎しみか、悲しみか……。

 

私の心を蝕み、私を弱くする『何か』だ。

 

 

そんな物は要らない。

 

捨ててしまえ。

 

足を、引っ張るな。

 

私はナイフを強く、強く、強く……握った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

私は、落下する。

視線の先には高架道路の淵から覗き込む、タスクマスターの姿があった。

 

天井のガラスを砕き、ピンクのネオンで飾られたバーに墜落した。

 

営業中だったようで、驚いた客が逃げ出した。

 

……骨にダメージが入っている。

無理矢理立てば……カウンター内にいたバーテンダーが私を見ていた。

 

 

「すま、ない……後で弁償をする……」

 

 

驚いたような、怖がった顔で何度も頷かれる。

 

……上から、何かが落下してくる音がした。

 

即座にシールドを上に構える。

 

 

「君は直ぐに避難を──

 

 

タスクマスターの持つ剣と衝突し、足元のタイルが割れた。

 

 

「くっ……!」

 

 

肋骨が数本折れている。

足の骨にもヒビが入っている。

 

苦痛に思わず顔が歪む。

 

 

「こんな時でも他人の心配か?」

 

「こんな時だから、こそ……だ!」

 

 

シールドで押し返し、片足を軸にして回転する。

そのままタスクマスターをシールドで殴り飛ばせば……酒瓶が飾られている棚に突っ込んだ。

 

ガラスが割れる音が何度もして、酒が地面に飛び散る。

……高そうな酒も混ざっていた。

 

バーテンダーは……もう避難しているようだ。

こんな場所を見たら卒倒してしまうかも知れないな。

 

タスクマスターが砕けた棚の木片を蹴り飛ばし、立ち上がった。

 

 

「あぁ、何と勿体ない事をするんだ」

 

「酒が好きなのか?それなら浴びるほど呑んで……そこで寝て居て欲しいな」

 

「生憎だが……今はそんな気持ちではない。直ぐにでも貴様を殺し、あの女を追わねばならん」

 

 

あの女……ローラか。

……メルセデスと言う女性の事を聞いてから、彼は怒っているようだ。

 

 

「……君にも大切な女性が居るんだな」

 

 

タスクマスターが木片を手に握った。

 

 

「さぁ、どうだろうな」

 

 

そして、投擲して来た。

私はシールドで弾き返した。

一寸違わず、首の急所を狙って来た。

恐るべき正確さ……故に、読みやすかった。

 

 

「これは照れ隠しか?」

 

「……私はメルセデスの事を知らない」

 

「知らない?」

 

 

タスクマスターが酒に濡れたマントを脱ぎ捨てれば、ドクロのマスクが顕になった。

 

 

「あぁ、正確には覚えていない、だ。何も」

 

「覚えていないのに……大切だと思っているのか?」

 

「お前には分かるまい……いや、他の誰にも」

 

 

マントを私に向かって投げ……タスクマスターがマントの陰に隠れた。

 

その瞬間、マントの裏から剣先が現れた。

 

 

「くっ」

 

 

咄嗟に盾を構えて防ぐ。

 

視界はマントで覆い隠されている。

どのタイミングで、どこに攻撃が来るか分からない。

 

マントを手で掴み、投げ捨てれば……既にタスクマスターはそこに居なかった。

 

 

「居なっ──

 

 

私はシールドを後方に投げた。

壁に張り付いていたタスクマスターが剣で防いだ。

 

そのままタスクマスターは地上に降りて、私は反射したシールドを回収した。

 

 

「……見えていたのか?」

 

「いや、勘だ」

 

 

その返事に不愉快そうな顔をしながら、タスクマスターが再度構えた。

 

私は少しでも傷を癒せる時間が欲しくて……声を掛けた。

 

 

「メルセデス……と、言ったか?彼女は死んでいない。ローラは、もう誰も殺す事はない」

 

「……あの女、X-23については調べ上げた。奴は昔、殺しをしていた。保証など何処にもない」

 

「そう、だが」

 

「一度、血に濡れた者は……そう簡単に抜け出せはしない」

 

 

直後、タスクマスターが剣を振りかぶり……投げた。

 

あまりにも奇抜な剣技……だが、研鑽の上に成り立つ確かな技術。

一瞬、反応が遅れてしまったがシールドで叩き落とす。

 

だが、剣は牽制だ。

タスクマスター本人も、既に肉薄していた。

 

 

私はシールドを振るい──

 

彼がシールドを振るい──

 

 

衝突した。

 

 

「くっ!」

 

「フン……」

 

 

私は身を回転させ──

 

彼が身を回転させ──

 

互いに放ったキックが衝突する。

 

 

「うぐっ!?」

 

「……フフ」

 

 

互いにダメージが入る。

だが、私の方が傷は深い。

 

確かに、身体能力ならば超人血清によって私がアドバンテージを稼いでいる。

だが、怪我と疲労によって……その差は限りなく縮まって居た。

 

ならば……怪我をしている私の方がダメージが入る。

ヒビの入っていた骨に、衝撃が染みる。

 

だが、私は崩れない。

即座に身を持ち直す。

 

 

私はシールドを構え──

 

彼がシールドを構え──

 

 

正面から衝突した。

 

お互い、一歩も後退しない。

タスクマスターが笑い声を上げた。

 

 

「フハハ、どうだ……自分の技量で打ち負かされる気分は……!」

 

「まだ、負けてなど居ない……!」

 

 

互いに同じ技を使うのならば。

 

 

私はシールドで弾き返し──

 

彼は爪を振りかぶって──

 

 

胸元が引き裂かれた。

 

 

「ぐ、あっ……!?」

 

 

決して浅くはない傷が……数本の線が身体に刻まれた。

 

タスクマスターが私を見下ろし、口を開いた。

 

 

「私は『ジュークボックス』だ。レコードを切り替えれば何者にもなれる」

 

「はぁ……はぁ……!」

 

 

胸元を抑えながら、立ち上がる。

圧迫し、血を抑える。

超人血清による治癒促進で、致命傷にはなり得ない。

……彼女達のような治癒因子(ヒーリングファクター)持ち程ではないが、傷の治りは早い方だ。

 

 

「だが、そうだな……何者にもなれると言う事は、何者でもない事でもある」

 

「……何を」

 

「自分だけの自己同一性(アイデンティティー)は『タスクマスター』と言う名前だけだ。記憶もなく……浸る思い出もない。だが、それでも一つだけ……覚えている物がある」

 

 

タスクマスターが独白を続ける。

 

 

「あの、チキン・スブラキの味だ」

 

「……スブラキ?」

 

 

ギリシャ料理……串焼きだ。

様々なスパイスで味付けした、チキンのスブラキ。

 

タスクマスターが自嘲するかのように笑った。

 

 

「おかしいだろう?顔も名前も忘れてしまった誰かが……私の為に作ってくれた、その料理を……まだ覚えている。彼女の料理は、それに似た味がしていた」

 

「……君は」

 

「恐らく、彼女は私の過去を知っている。だが、私は彼女の事を知らない」

 

「…………」

 

「私は知りたい。知った側から、失われていく記憶だとしても……」

 

 

地面に落ちている剣を拾い直した。

 

 

「だから、私の望みを……彼女を傷付ける者は……私が全て、殺す」

 

「……そうか、君も……誰かの為に」

 

 

彼に感じていた同情(シンパシー)の正体が分かり、私は立ち上がった。

 

 

「お喋りは終わりだ……あの世への駄賃にはなったか?」

 

「いや……まだ、これでは全然足りないな」

 

「強欲だな……国の象徴でもある男が」

 

「悪いか?」

 

「いいや……私も欲深い人間だからな」

 

 

タスクマスターが剣を構え──

 

 

 

ピリリリ。

 

 

 

と、電子音が響いた。

 

 

「………」

 

 

タスクマスターがマントの方へ視界を寄せた。

鳴っていたのはタスクマスターのマント辺りだった。

 

彼の端末、なのか?

 

 

私が構えを解けば、タスクマスターは即座にそちらへ移動した。

 

……今は少しでも身体を休める時間が欲しい。

この隙に呼吸を整える。

 

彼はマントの下から携帯端末を手に取り……ボタンを押した。

 

 

「私だ……あぁ……そうか。良かった」

 

 

通話をしながらも私への警戒は欠かさない。

携帯端末を握っていない方の手には、剣が握られている。

 

そして、私は今のタスクマスターに攻撃などしない。

本来なら隙を狙い、攻撃した方が良いのだろうが……それは公平(フェア)ではないと思ったからだ。

 

 

「分かった……あぁ、お前も」

 

 

再び携帯端末のボタンを押して、通話を終了した。

 

……幾分か身体の状態が良くなった。

タスクマスターへ声を掛ける。

 

 

「……誰からだ?」

 

「電話の相手を話せるほど、私と貴様は仲が良い訳では無い筈だが?」

 

 

先程までの張り詰めた空気は霧散していた。

心なしか、タスクマスターも怒りから解放されたように見える。

 

私は思い付いた名前を一つ、挙げる。

 

 

「メルセデス、か?」

 

「……フン」

 

 

無言の肯定だ。

否定もせず、彼は携帯端末をマントに収納し……穴の空いたマントを羽織った。

 

 

「新たな仕事が入った。貴様と戦う理由はもう無い……ここは退かせて貰う」

 

「待て」

 

 

私から距離を取り始めた彼を、思わず呼び止めた。

 

 

「何だ?私は暇では無いのだが」

 

「彼女の……レッドキャップについての話を聞きたい」

 

「……何故、私がそれに応じる必要がある?」

 

 

至極当然の質問に私は頷いた。

 

 

「もし話さないのであれば……全力で足止めをさせて貰う。その様子、急いでいるのだろう?」

 

「…………」

 

「図星か?」

 

「……敵対する理由は無いと言った筈だが?」

 

 

タスクマスターと視線がぶつかり合う。

 

無言で数秒、睨み合う。

 

……先に目を逸らしたのは、タスクマスターだった。

 

 

「……小賢しい男だ」

 

 

呆れたように笑い、タスクマスターが私へ向き直った。

 

 

「奴が組織を裏切れない理由を教えてやる。だが、代わりに……もう私の邪魔をしないと誓え」

 

「……あぁ、邪魔はしない。だが、今日だけだ」

 

「それで十分だ」

 

 

口約束だ。

……だが、私は約束を破るつもりはない。

そして、タスクマスターも私は約束を破らないと確信しているように見えた。

 

……信頼されているのか、それとも私の性格を理解されているだけか。

 

タスクマスターが腕を組んだ。

 

 

「彼女の所属している組織……『アンシリーコート』は、エージェントに安全装置(セーフティ)を付けている」

 

「アンシリーコート……?」

 

 

名前も聞いた事がない組織に、思わず聞き返してしまった。

 

 

「何だ?知らなかったのか……?まぁ良い……それぐらいサービスはしてやろう」

 

 

タスクマスターが馬鹿にするように私を嘲笑った。

 

 

「奴らの前身はイギリスの元特殊部隊だ。殺しの技能を商品とする、金にがめつい殺し屋どもだ……そう、私のように」

 

「そんな組織が……」

 

「大層な名前だが……陰湿な屑どもだ」

 

 

タスクマスターが吐き捨てるように言った。

……法を無視する傭兵ですら嫌う、邪悪な組織……そんな組織が私達の知らない所で活動していた。

恐ろしい話だ。

 

私は気を取り直して、タスクマスターに質問する。

 

 

「……その、アンシリーコートの安全装置(セーフティ)とは一体何だ?彼女に何が──

 

「爆弾だ」

 

 

……目を細めた。

 

 

「爆弾……?」

 

「そう。裏切り者を即座に処分出来るように……エージェントの心臓付近に爆弾が仕掛けられている……らしい。又聞きだが、恐らく事実だ」

 

 

衝撃のあまり、一瞬何も聞こえなくなった。

……命を握って、組織に忠誠を誓わせ……悪事に加担させているのか?

 

それは──

 

 

「…………」

 

 

なんて、非道な。

 

 

「言葉も出ないか?世の中には貴様が考えている以上の『悪』が存在する、と言う事だ」

 

「……爆弾の起動方法は?裏切れば……なんて言ってるが、誰かがスイッチを握っているのだろう?」

 

 

私はタスクマスターに質問する。

彼は呆れたような声でため息を吐いた。

 

 

「……そこまでして救いたいのか?」

 

「答えてくれ、頼む」

 

「知らん」

 

 

縋るような私に、彼は吐き捨てた。

 

 

「ただ、そう言う話がある……と知っているだけだ。奴の事は忘れたが、組織については偶々覚えていただけだ。それ以上は私に求めるな」

 

 

タスクマスターは記憶に難のある男だ。

覚えていた情報が少しでも有っただけで、運が良かったと思うべきか。

 

私は口を開く。

 

 

「命を握られ……望まぬ殺しを強要されている、と言う事か?……何、て──

 

非道(ひど)いか?だが、奴にも責任はある」

 

 

突き放すような言葉に、思わず私は聞き返す。

 

 

「責任?責任だって?」

 

「『殺す』事が嫌ならば、組織を裏切りさっさと死ねば良かったのだ」

 

「それは、極論だ……!」

 

 

激昂する私を嘲笑うように、タスクマスターが鼻を鳴らした。

 

 

「自身の命を守る為に誰かを『殺し』続けているだけ……いや、覚悟もなく、ただ流されるように『殺し』を行なっているなど……唾棄すべき事だ」

 

「違う……彼女には選択肢が無いだけで……!」

 

「選択肢と言うのは、自らの手で切り開く物だ。いつか他人が作り出してくれると待っている者には、訪れない」

 

 

私はタスクマスターに詰め寄ろうとして……激痛が走った。

骨折と複数の切り傷に、思わず顔が歪む。

 

 

「無駄話は終わりだ。約束通り、私の邪魔はしてくれるな」

 

「…………くっ」

 

 

認めたくない。

認めたくないが……確かに、少しは理解できる考えだった。

 

だが、彼女は──

 

 

「彼女はまだ、子供だろう……?」

 

「……そうだな」

 

 

タスクマスターが腕のプロテクターからワイヤーを射出した。

 

 

「まだ話はっ──

 

 

穴の空いた天井に向かって射出し、そのまま飛び上がった。

 

目で追えば……左右の腕からワイヤーを交互に射出し、かなりの速度で離れて行った。

 

……ウェブスウィング。

いや、ワイヤースウィングか?

『スパイダーマン』の技能か。

 

 

足が竦み、地面に尻餅をついた。

……身体中、怪我だらけだ。

手当てしなければ。

 

腰のポーチから『S.H.I.E.L.D.』の治療キットを取り出し……注射器を体に突き刺した。

薄く透き通った緑色の液体が、身体に染み渡る。

 

呼吸を整えながら、身体の具合を確かめる。

 

……結構な重傷だな。

こんなに怪我をしたのは、久しぶりだ。

 

レッドキャップ、彼女から受けたダメージが無ければ、これ程苦戦する事は無かっただろう。

……その事について、後悔するつもりは無いが。

 

 

タスクマスターから聞いた話を、脳内で反芻する。

 

組織、アンシリーコート、爆弾、望まぬ殺人……。

 

眉を顰める。

 

私の許せない悪とは、他人を食い物にする者だ。

他者の幸せを踏み躙り、自分だけが利益を総取りする……それも、自らの手は汚さずに。

 

それも子供の命を爆弾で縛り、他人を殺させる、だって?

 

 

許せる訳がない。

 

 

思わず地面を叩いていた。

砕けたタイルが音を立てた。

 

……その音に反応してか、少し離れた場所で物音がした。

 

 

「誰だ……?」

 

 

即座にそちらを見る。

 

……この店のバーテンダーだった。

まだ避難していなかったのか……?

 

そう思った直後、この店の惨状を思い出した。

……拙いな。

 

 

「すまない、随分と壊してしまった」

 

「あ、あぁ、それは良いんだが……」

 

「後で弁償する。良ければ店の名前を教えてくれないか?」

 

 

そう訊くと、バーテンダーは壁を指差した。

書いてあったのは『プリンセス・バー』の文字だ。

 

 

「分かった、ありがとう。それと、一つ……頼みがあるのだが」

 

 

私は立ち上がり、バーテンダーの肩を叩いた。

そして、店の外……店内の奥、駐車場らしき場所に止めてある大型バイクを指差した。

 

 

「あれは君のバイクか?」

 

 

マドリプールは広いが、道は狭い。

小回りの利くバイクを持つ者は多い。

 

 

「いや、この店のオーナーのバイクだけど……」

 

「言い値で構わない。買い取らせて貰えないか?」

 

「ま、待ってくれ……勝手に売ったら殺されちまうよ、俺……ちょっと電話するから待ってくれないか?」

 

「あぁ……手間取らせて、すまないな」

 

 

バーテンダーが電話している間に、身体の具合を確かめる。

治療薬を服用したからと言って、即座に傷が治る訳ではない。

 

鎮痛作用と、治癒能力を高めるだけで……治癒因子(ヒーリングファクター)のように即座に再生する訳でもない。

だが、それで十分だ。

 

即座にフューリー達と合流をする。

彼女を……レッドキャップを助ける為の作戦を考える。

 

休んでなんて、居られる訳が無い。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。