【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
視界に青い稲妻が走る。
パワーブローカーの手から放たれた……彼自身の言っていた『エネルギーボルト』と言う奴か。
直撃した『S.H.I.E.L.D.』のエージェントが吹き飛ばされ、地面を転がる。
電気エネルギーではない……見た目は稲妻のようだが、物理エネルギーのようだ。
パワーブローカーが私を嘲笑う。
「どうだ?フューリー……勝敗とは戦いの前に決しているものだ。この結果は、私の情報を得られなかった貴様のミス……そう思わないか?」
彼が宙に浮きながら腕を振るう。
エネルギーボルトが放たれ、エージェントが吹っ飛ぶ。
……少しずつ手数が減って行く。
時間を掛けるのは不利だ。
だが『切り札』は確実に、有効に、最も効果的に使えるタイミングで使わなければ意味がない。
「随分と頭が良いようだ。一つ、講義でもして頂けるのかな?」
「貴様らのような猿には意味はない……私は無駄な労力が嫌いだ」
猿……我々を人だと認めていないようだ。
彼は何だ?宇宙人か?ミュータントか?
それとも──
今は考えている場合ではない。
身体を動かす時だ。
コンテナの裏から、別の場所へ。
移動しながら発砲する。
……紫色の皮膚には貫通しない。
先程、エージェントからの集中砲火でもダメージすら無かったのだから当然だ。
私を目で追いながら、パワーブローカーが嘲笑った。
「無駄な事だ。この程度の攻撃では──
瞬間、パワーブローカーの腕を、足が挟み込んだ。
ブラックウィドウ、ナターシャだ。
そのまま関節を固定しながら、捻り──
「人の話を遮るものではない」
全く気にせず、笑った。
「くっ」
「この身体は特別製だ。貴様らの攻撃など効かない」
パワーブローカーは羽が生えている訳でもなく、ジェット噴射している訳でもないのに……自由自在に飛んでいる。
そのまま壁にナターシャを叩きつけた。
コンクリート製の壁が砕けた。
ならば、それと同等の衝撃をナターシャは受けた事になる。
「ロマノフ!」
思わず、声が出る。
「私を倒すには力不足のようだな」
「……うっ」
そのまま落下して行き、コンテナの上に落下した。
ミシリと音を立てて、天板が歪んだ。
……死んでは居ないだろうが、それでもダメージは大きそうだ。
対するパワーブローカーは地面にゆったりと着地して、身体についた埃を払った。
一々と動作が癪に触る奴だ。
「さて、残りは有象無象だ。どうする?フューリー」
「…………」
「恐怖で声も出ないか?」
私を嘲笑い、一歩、近づく。
それを……私は笑って迎えた。
「……何だ?何がおかしい?」
「いや……お前の言っていた事を思い出しただけだ」
「何を──
「『勝敗とは戦いの前に決しているもの』か。なるほど、道理だ」
「……私は人を見下すのは好きだが、笑われるのは嫌いだ」
パワーブローカーの手がスパークする。
青い光が、薄暗い大型倉庫で光る。
そして彼は──
「その命、死んで償っ──
話している途中に、まるで何かに殴られたかのようによろけた。
「もう一度言ってくれないか?パワーブローカー。よく聞き取れなかったぞ?」
「貴様、一体何をっ──
そのまま首を曲げて、地面に転がった。
何が起こっているか分からないのだろう。
カラクリが分かっている私ですら、注視しても見えないのだから分かるまい。
「戦う前に既に準備しておいた。いや……呼んでおいた」
「呼ぶ……?この大型倉庫の入口……その監視カメラには……やはり、誰も入って来ていない!誰もここにはぁっ──
パワーブローカーがよろめいてコンクリート製の柱にもたれ掛かる。
そのまま、周りを見渡す。
何者から攻撃を受けているか分からない以上、背中を晒す事はリスクだと考えたのだろう。
「くそっ、センサーでっ──
パワーブローカーが手を額に当てようとし──
直後、私は彼の目に向けて発砲した。
ホークアイ程ではないが、射撃には多少の自信がある。
「うぐぁっ!?」
目に弾丸が直撃し、悶える。
手で防げる程の余裕も無かったか。
なるほど、皮膚と違って、流石に眼球には通るらしい。
「やはり……お前は戦士でも兵士でもない。身体は何かしらで
「貴様ぁ……」
「
パワーブローカーが怒りに顔を歪めた。
先程までの余裕のある表情はない。
「貴様には後悔する時間も与えん!」
「それは結構だが、気付かないか?」
「……何をっ──
パワーブローカーが再び、周りを見渡す。
何もない。
誰もいない。
そう、誰も居ないのだ。
先程、壁に叩きつけられたナターシャも。
最初に攻撃されたいシャロンも。
エージェントも……一人もいない。
「驕りと怒りは目を曇らせる。フフ、お前は常に曇っていたようだが、彼等が避難した事に気付かなかったか?」
「避難……だと?」
そう、避難だ。
『彼』に全力を出して貰うには、周りに人がいると困るからだ。
私は『彼』に話しかける。
「もう良いぞ、スコット」
「誰をっ──
名前を呼ばれた瞬間、パワーブローカーが吹っ飛んだ。
突然、そこに腕が現れた。
身体も、足も……真っ赤なスーツに銀色のヘルメットを被った男が立っていた。
それは極小のサイズから、等身大に大きくなり……それでも、止まらない。
まだ、まだ、まだ大きくなる。
尻餅をついたパワーブローカーが驚いた顔で、『彼』を見上げた。
「なぁっ、何が……!?」
驚いて言葉も出ないようだ。
『彼』が巨大化して行く。
やがて屋根を突き破り、20メートル程の大きさになる。
「彼の事は知っているかね?パワーブローカー」
パワーブローカーが私を一瞬一瞥し……我に返り、即座に宙へ飛ぼうとした。
逃げるつもりだろう。
だが──
『おぉっと』
大きな低音の声が響く。
目の前の巨大な『彼』が発した声だ。
即座に、手が振り下ろされ……巨大な質量の塊と化した手がパワーブローカーに迫る。
「ぐ、おぉっ!?」
巨大な手がパワーブローカーに命中し、吹き飛ばされた。
衝撃は私の鼓膜を震わせた。
「フフ、まるでハエ叩きだな」
私は一歩下がり、落ちてきた天井……そのコンクリート片を避けた。
宙で叩かれたパワーブローカーは、壁にぶつかり……まるでピンボールのように弾かれた。
コンテナにぶつかり、力なく地面へ落ちる。
慌てて立ちあがろうと四つん這いになるも……ダメージは軽くないらしい。
自分に何が起こったか分からないようで、身動きすら取れないで居た。
そのまま、『彼』が一歩、地響きを立てながら進み──
「教えておこう、パワーブローカー。彼の名前はスコット・ラング」
足が振り下ろされる。
「あっ──
人の踏み潰す力は、我々の想像する以上に強力だ。
体重を全て乗せた一撃となるからだ。
そして、20メートル大の人間の踏みつける力は──
「そして、またの名を『アントマン』と──
砕ける音がした。
まるで、クレーターのように地面へヒビが入る。
「いや、今は『ジャイアントマン』と呼ぶべきかな?」
彼……巨大化したアントマンが足を退けた。
驚くべき事にパワーブローカーは原型を止めていた。
随分と頑丈だ。
だが──
「……まぁ、もう聞いていないようだが」
意識を失っているようだった。
◇◆◇
『何だ……?』
巨大な音がした方へ、視線が移る。
音は……パワーブローカーが取引場所に指定していた大型の倉庫から聞こえていた。
そして……天井を突き破り、銀色のヘルメットが見えていた。
アレは……『アントマン』だ。
ハンク・ピムか、スコット・ラングか、別人か……誰かは分からないが、あの姿、そして巨体は『アントマン』で間違いない。
物質の大きさを自由自在に変えるピム粒子を使い……体の大きさを変幻自在に変えられるスーパーヒーローだ。
そして、アリと意思疎通が取れる特殊なヘルメットも被っており──
違う、そんな事はどうでも良い。
重要なのはパワーブローカーがいる筈の倉庫から現れたと言う事だ。
……助けに行かなければならない。
アントマンが巨大化後、もう攻撃をしていないと言う事は……つまり、勝敗が決したのだろう。
まだ戦っているのなら追撃を行なっている筈だ。
今は倉庫がどんな状態になっているか分からない。
パワーブローカーは無事なのか?
護衛は居るのか?
そもそも取引相手は?
積み重なった疑問は、私の行動を億劫にさせる。
そして、目前にはローラ・キニーの姿がある。
……私の最優先事項は任務の遂行だ。
それはパワーブローカーの護衛だ。
彼女と戦っている場合ではない。
しかし──
「アッチが気になるだろうけど……行かせてあげないから」
と、ほざいている。
『チッ……』
思わず舌打ちをし、ナイフを構える。
さっさと、殺し……最低でも戦闘不能にして、助けに向かわなければ。
ローラが腕に生えた二本爪を構える。
アダマンチウムでコーティングされた爪だ。
彼女本来の能力は骨で出来た爪を生やすだけ……アレは彼女の所属していた研究所が施した強化処理だ。
彼女は足で地面を蹴り、私の元へ走り出す。
獣のような俊敏さ、そして凶暴さ。
クズリと呼ばれる動物がいる。
イタチのような生き物で大きくはないが……手を付けられない程に凶暴。
自分より何倍も大きいヘラジカを殺す。
オオカミだって殺す。
その生き物が生息する場所では「熊よりも恐ろしい」と評されている。
彼女の凶暴さや、荒さ、俊敏性は……それに近しい。
そして、クズリの英名は──
『まるで『ウルヴァリン』だな』
「あんまり嬉しくない褒め言葉っ!」
アダマンチウムの爪、それに私はプロテクターの赤い部分をぶつける。
アダマンチウムにはアダマンチウムだ。
弾かれた彼女は地面に転がりながら、爪で地面を抉った。
……いや、斬ったと言うべきか。
決して破壊できない最硬の金属、アダマンチウム。
彼女の爪も、決して刃こぼれせず……常に最高の切れ味を維持している。
コンクリート製の床に二本の傷跡が生まれていた。
私はナイフを腹の下に構えて、突進する。
全身の体重を乗せたタックル……その先端にナイフを構えている。
彼女は爪を交差させて、ナイフを防いだ。
それは想定済みだ。
ガードの上から、私のタックルが命中する。
そのまま、ローラは後ろに倒れるよう姿勢を崩し……足を振り上げた。
私に向かって、蹴り上げたのだ。
ヴィブラニウムのアーマーが音を響かせた。
衝突したのは足先から生やした一本の爪だ。
だがしかし、こちらはアダマンチウムでコーティングされていない……ただの骨の爪だ。
「くっ!」
そんな物では、ヴィブラニウムの装甲を纏った私に、小さな切り傷すら負わせられないだろう。
私は身を捩り、彼女の腹に肘を押し込み……そのまま地面へと叩きつける。
「う、ぐあっ!?」
内臓に衝撃が走ったのだろう。
そして、私の肘の先端はアーマーによって鋭利になっている。
皮膚を突き破り……打撃だけではなく、直接内臓にダメージを与えてやる。
体重を乗せようとし──
「どい、てっ!」
彼女に振り落とされる。
私は地面に転がりながら、コンクリート製の地面を手で叩き……立ち上がった。
『随分と辛そうだな……私を『助ける』つもりでは無かったのか?』
「アンタ、本当に良い性格してるね……」
『よく言われる』
ローラが口から血反吐を吐いた。
……内臓は既に治っている。
だが、身体能力ならば私の方が僅かに上のようだ。
そして、戦いの技術においても、だ。
「ホント、ムカつく……友達とか居なさそう」
……いや?
居るが。
あぁ、だが……レッドキャップとして友達と呼べるような気安い存在は居ないか。
言ってハーマンか……いや、友達ではないだろう。
腐れ縁の仲間……だろうか?
……どうでも良い話だ。
そんな私を見て、ローラがため息を吐いた。
随分と余裕のある顔だ。
『ここで私の足止めをしていれば、事態は解決すると思っているのか?』
「もちろん」
自信満々に答える彼女を見て、私は手を顎に当てた。
キャプテンはタスクマスターと戦っている。
ファルコンは怪物化した護衛達と。
ウィンターソルジャーはシルバーサムライだ。
彼女を助けに来れるヒーローは居ない。
『彼等は皆戦っている最中だろう……根拠はあるのか?』
「正義は勝つのよ……あなた、コミックとか読まないタイプ?」
『…………』
読む。
なんなら、勧善懲悪のコミックが大好きだ。
この身体になる前から……だが。
『コミックと現実は違う……必ずヒーローが助けてくれると思うな』
これ以上、喋らせるのも不愉快だ。
私はナイフを持つ手を、背中に隠す。
一歩、踏み込み……投擲した。
ナイフは宙を割いて彼女の背後……壁に突き刺さった。
「どこ狙って──
ナイフの柄にはワイヤーが付いている。
クローから接続したワイヤーだ。
彼女がそれに気付いたが……私は素早くワイヤーを弾いた。
宙で弛んだワイヤーが輪を作る。
そのまま、もう片方の腕で掴み、引き絞る。
「あぐっ!?」
彼女の首に、ワイヤーが巻かれた。
首を絞めるように、絡まる。
『
「ご、のっ!」
咄嗟に爪でワイヤーを斬ろうとし──
『させない』
私はワイヤーを手で握り、地面へ振り下ろす。
ローラはバランスを崩して、地面へ転がった。
「う、くっ……」
足でワイヤーを踏みつけ、手で巻き取る。
壁に突き刺さって居たナイフが外れて、ローラの背中に突き刺さった。
「ぎっ……」
息も出来ないからか、血の泡を吹きながら声にならない音を出している。
ギリギリと軋む音が聞こえる。
ワイヤーは特殊な金属繊維を結って作ってある。
確かにファルコンの装備によって切断されたが……それはヴィブラニウムだからだ。
恐らく、ローラの爪であるアダマンチウムでも切断出来るだろう。
だが逆に言えば、それらでなければ切断出来ないと言う事だ。
どんなに乱暴に扱おうが、素手では引き千切られない。
これ一本でトラックすら持ち上げられるとティンカラーが豪語する程だ。
全力で引き絞り、彼女をそのまま手元へと引き寄せる。
『自分より弱い人間に助けられる事はない』
「……ぅ」
何か喋ろうとしているが、声も出ないようだ。
目も霞んでいるだろう。
それでもローラは諦めて居ない。
それが……すごく不快に感じた。
私は彼女を踏み付ける。
「か、はっ」
溜めて居た空気すら吐き出された彼女は、爪を必死にワイヤーへと向ける。
『加虐趣味は無い……大人しく眠っていろ』
腕を蹴り飛ばし、ワイヤーへ絡めとる。
身動きを出来なくして行く。
「…………」
『私に助けなど要らない』
殺さずに無力化出来るのであれば……トドメを刺す必要もない。
そのまま引き絞り、身体を──
「……っ!」
彼女が片方の腕を振り上げた。
私はワイヤーを切断させないよう、体の位置を入れ替え──
いや、違う。
狙いはそこではない。
まさか。
「ぐ、あが、あっ!」
爪は自身の首へと突き刺さって居た。
抉るように、喉を縦に引き裂いたのだ。
正気の沙汰ではない。
思わず怯んだ……直後、首に巻いて居たワイヤーが切断されて居る事に気付いた。
『チッ!』
自分の痛みに鈍感で、必要とあれば自身の身体も切り刻む。
私にも分かる。
同じだからだ。
呼吸が整ったローラが、動きの精細さを取り戻した。
グン、と何かに引っ張られた。
私が繋いだワイヤーを握り返し、引っ張ったのだ。
『舐めた真似を……!』
逃げる訳ではなく、私が退がれないように行動した。
だが、私が退く訳ないだろう?
何故、自分より弱い相手に逃げなければならない?
目前にアダマンチウムのクローが迫る。
腕のプロテクター……赤い、アダマンチウム部分で防ぐ。
そのまま滑らせて、拳を彼女の顔に叩き込む。
彼女は野生的だが、近接戦闘は私の方が技術で勝る。
ならば、負けはしない。
拳が減り込み、顔面を陥没させる。
「ぐっ!?」
それでも彼女は怯まない。
鼻もへし折れている筈だ。
「う、がぁっ!」
『やはり、獣のようだな……!』
血を撒き散らしながら、爪を突き出す。
それを私は身体を横にし、そのままローキックを繰り出す。
足払いを食らった彼女は、そのまま地面へと倒れ込む。
『あのまま気絶していれば、痛い目を見ずに済んだだろうに』
私は足を振り上げ、彼女に向かって叩き落とそうとし──
直後、彼女が仰向けになった。
『何を──
振り翳した足は、彼女の腹に突き刺さる。
「うっ、ぐっ──
そして、彼女は口を膨らませ──
「べっ!」
血を吐き出した。
いや、吹いた。
それは、勢いがあった。
口に血を溜めて居たのだ。
攻撃を喰らいながら……それでも溜めていた。
自身の喉に爪を突き刺した時から、ずっと血を頬に溜め込んでいたのだ。
十分に圧力の掛かった血は、口から吹き出されて……私のマスクへ掛かった。
『なっ──
視界が黒く染まる。
このマスクはカメラで撮った映像を、内部へ投射している訳ではない。
マジックミラーのように外側からは真っ赤に見えるが……内部からは透けて見える特殊な金属で出来ている。
よって、血液によって視界が遮られれば──
「は、はぁ……どう、前が見えるかしら」
『姑息な……事を……!』
「アンタ達に言われたく、無いかな……」
手で血を拭おうとするが……取れない。
ベッタリとくっ付いている。
直後、身体に何かがぶつかり、押し倒される。
血のついて無い部分から見えたが……ローラに押し倒されたか。
「その気取ったマスク、引き剥がさせて貰うからっ!」
まずい。
マスクが無くなれば弱くなる……訳ではない。
だが、顔を見られるのはダメだ。
両腕を交差し、顔の前に出す。
『ぐっ!?』
瞬間、何かが腕に突き刺さった。
激痛。
骨までヒビが入った。
アダマンチウムの、爪だ。
私のアーマーを突き破り、突き刺さったのだ。
だが、これは好機だ。
そのまま突き刺された腕に力を込める。
「なっ、このっ……!」
抜こうとしても抜けないのだろう。
私は自身の腕の骨で、爪を挟み込んだ。
思わず叫びそうになるほど痛い。
だがしかし、放すつもりはない。
彼女の位置は分かる。
私が掴んだ腕の先にいる。
足を一歩、下げて……蹴り上げた。
「う、ぐっ……」
感触から……腹だ。
肋の数本を打ち砕いた。
内臓に骨が突き刺さり……痛むだろう。
だが、
爪は私に刺さったまま。
ワイヤーも腕同士で絡まっている。
ならば見る必要もない。
もう片方の腕を振り下ろす。
「くっ」
彼女は即座に、私の腕に突き刺していた爪を収納し……ワイヤーも手放し、後退した。
……今、彼女が何処にいるのか分からない。
マスクの血を触るが……固まって、くっ付いている。
剥がれない。
視界が見えないまま、彼女に勝つのは至難だ。
今すぐ、このマスクを開ければ……この戦いには勝てる。
だが、私の素顔を知る人間が居れば……もし、万が一にでもミシェル・ジェーンと紐付けられてしまえば。
二度と、私は顔を出して表を歩けなくなる。
組織も私に自由を許さないだろう。
決断を遅らせれば……それだけ、不利に──
風を切る、音が聞こえた。
「がっ……!」
何かが彼女に突き刺さったのか。
私はマスクについた血を、指で擦った。
辛うじて、ほんの少し見えた。
……ローラの首に、矢が刺さっていた。
「迷いは人を弱くする」
声が聞こえる。
男の、声だ。
『タスク、マスターか』
「まだ迷っているのか?」
ローラは身動きもせず、地面に転がっている。
辛うじて胸が上下している事から……息はあるようだ。
矢に刺された傷程度ならば、すぐに治る筈だが……。
『……彼女はどうなっている?』
「神経毒だ。喰らえば半日は意識を失う……だが、
その言葉を聞いて……安堵した。
安堵……安堵、か。
私の思っている以上に、彼女へ入れ込んでいるのかも知れない。
死なせたくないと考える程度には。
『何故、ここにいる?キャプテンは?』
「当分は立てない程度には痛め付けて来た」
『殺しては──
「いないな」
……なら、彼はもう復活しているだろう。
重症のまま動き出している筈だ。
あのタフネスさは肉体に依存している訳ではない。
彼は心が折れない限り、強靭な精神力を持って行動し続ける。
タスクマスターが倉庫へ視線を向けた。
巨大なアントマンの姿はない。
ただ屋根が壊れて無くなっている。
「……パワーブローカーは?」
『恐らく、あの倉庫の中だ』
「そうか」
タスクマスターが倒れたローラを無視して、倉庫へ足を向けた。
私も続いて向かおうとし──
「来なくて良い」
と返された。
……私だって、そうしたい。
だが、無理だ。
『奴を守る事が私の任務だ。途中放棄を組織は許さない』
「……好きにしろ」
タスクマスターの後ろを歩く。
……後ろで倒れているローラを一瞥する。
ローラは、私を助けようとしていた。
そんな彼女を……痛め付けて、コンクリートの床に転がせている。
私は酷い奴だ。
だが、それでも……救いの手は要らない。
これで諦めてくれれば良いが……恐らく、無理だろう。
突き刺されて、首を絞められても戦う……そんな彼女は諦めが悪いだろうから。
この場で殺した方が、私にとっては良い筈なのに。
それでも……やはり、死んで欲しくはなかった。
私は中途半端な……酷い奴だ。
本当に。
『もし何者かに拘束されているのであれば、助けなければならない』
「……あぁ、そうだな」
タスクマスターが少し、悩むような素振りで返事をした。
私はそれを訝しみつつも、肯定と受け取り納得する。
後ろ髪を引かれるような気持ちのまま……その場を後にした。
◇◆◇
「こんなものか」
私は目の前で倒れているパワーブローカーを縛った。
と、言っても縄とか紐ではない。
『S.H.I.E.L.D.』製の電磁ロックだ。
体にコインのような金属を複数貼り付け……それが各々引き寄せあって、固定する。
ハルクの動きを阻害できる程の拘束力を持つ。
私は小さくなり、等身大に戻ったアントマンへ声を掛ける。
「助かった、スコット・ラング」
「いや、どうもフューリー……それより、忘れてないよね?」
私は彼……スコットの発言に頷く。
「これで『S.H.I.E.L.D.』の保管庫に侵入した件は不問にしておく。今度からは必要な時、必要な物を申請するように」
「どうも、どうも……でもピム博士が嫌がるからさ」
ハンク・ピム……アントマンのスーツを作った、先代の『アントマン』だ。
そして、物質のサイズを自由に変えるピム粒子を発見した科学者でもある。
昔は『S.H.I.E.L.D.』に所属していたし、アベンジャーズの初期メンバーでもあったが……少し、いや、かなり性格に難がある男だ。
今は組織から脱退し、娘と暮らしている。
そして、何か事あるごとに『S.H.I.E.L.D.』から自身の発明品を盗んでいる。
……当人は「私が作ったものだから、私の物の筈だろう?」と言っているが。
だが、今は『S.H.I.E.L.D.』……いや、国連の所有物だ。
盗むのは辞めて貰いたいが。
「……また侵入する度に、一つ私の言う事を聞いてくれるなら別に良いぞ?」
「いや、僕だって別にやりたくてやってる訳では……それに頼み事って危険な事だよな?今回みたいに」
「世界を救う手伝いだ」
私は無線を起動して、避難しているエージェントを呼び戻す。
「うわぁ、光栄だなー。でも、やっぱり危険なのは『ノー』でお願いしたいんだけど……棚の下に落ちた指輪の探索とかは、手伝っても良いよ」
スコットが喋っているのを聞き流しながら、私は拘束したパワーブローカーに近付き──
目の前に矢が横切った。
「うわっ!?」
そして、私より離れた位置にいたスコットが驚いた。
……そのまま、視線を横に移す。
「遅かったな、トニー・マスターズ」
髑髏のマスクを被った、フードの男が立っていた。
「……何だ、その名前は?私はタスクマスターだ」
「そうか、それなら君に倣って『タスクマスター』と呼ぼう」
本名を忘れているのか。
横からスコットが耳打ちをしてくる。
「もしもし、フューリー。彼とも戦えって言われる感じ?」
「……大きくなって踏み潰せば良いだろう?」
「大きくなれるのは数分だけ……それ以上すると頭がおかしくなるんだ」
「聞いてないぞ」
「聞かれてないし」
「…………」
土壇場で大事な事を言い出すスコットに、頭を抱えそうになる。
「無駄話はやめて貰おう……そこの男は私が預かる」
タスクマスターがパワーブローカーへ一歩近付く。
「フューリー、僕はどうすれば良い?」
「無理はしなくても良い……だが、戦えるか?」
「うーん、まぁ、勿論」
瞬間、スコットが走り出し……視界から消えた。
小さくなったのだろう。
彼は小さくなってもパワーは変わらない。
寧ろ、圧力のかかる面積が減る為……まるで弾丸のような攻撃となる。
そのままタスクマスターへ──
『ぎゃっ』
ペシン、と音がして何者かに叩き落とされた。
注視すればスコットが地面で転がっている様子が見えた。
……まぁ、大したダメージは負って居ないだろう。
そう思っていると、等身大の大きさに戻り私の横に戻って来た。
「フューリー、アレは誰だ?何か凄く怖い顔してるんだけど」
私はスコットを叩き落とした者へ、視線を戻す。
それは、血で汚れた赤いマスクを被っている。
……伝承通り、そのままの見た目だな。
罪のない者を殺し、その血で帽子を染める邪悪な妖精──
「初めまして、レッドキャップ」
『……ニック・フューリーか』
老いも若さも、性別すら感じさせない機械の声だ。
……成る程、正体を隠す事に長けているようだ。
顔だけではなく、全身の至る所が血塗れだ。
……恐らく、ローラの返り血か。
死んでいないとは思うが……万が一の事があれば困るな。
彼女は『S.H.I.E.L.D.』や『アベンジャーズ』のメンバーではない。
だが、目の前に居るのは探していた相手だ。
今は彼女に集中したい。
この作戦の第一目標はパワーブローカー。
だが、二つ目は……彼女だ。
血塗れの赤いマスクと、私の視線が交わる。
無言で顔を向かい合わせる。
マスクの下では、どんな表情をしているのか……私は思案していた。
そして──
「うわっ、こっちのスーツにも血が着いてる!誰の血だよ、これ!」
スコットが気の抜けるような声を出していた。