【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#81 クライ・フォー・ザ・ムーン part7

視界に青い稲妻が走る。

パワーブローカーの手から放たれた……彼自身の言っていた『エネルギーボルト』と言う奴か。

 

直撃した『S.H.I.E.L.D.』のエージェントが吹き飛ばされ、地面を転がる。

 

電気エネルギーではない……見た目は稲妻のようだが、物理エネルギーのようだ。

 

 

パワーブローカーが私を嘲笑う。

 

 

「どうだ?フューリー……勝敗とは戦いの前に決しているものだ。この結果は、私の情報を得られなかった貴様のミス……そう思わないか?」

 

 

彼が宙に浮きながら腕を振るう。

エネルギーボルトが放たれ、エージェントが吹っ飛ぶ。

 

……少しずつ手数が減って行く。

時間を掛けるのは不利だ。

 

だが『切り札』は確実に、有効に、最も効果的に使えるタイミングで使わなければ意味がない。

 

 

「随分と頭が良いようだ。一つ、講義でもして頂けるのかな?」

 

「貴様らのような猿には意味はない……私は無駄な労力が嫌いだ」

 

 

猿……我々を人だと認めていないようだ。

彼は何だ?宇宙人か?ミュータントか?

それとも──

 

今は考えている場合ではない。

身体を動かす時だ。

 

コンテナの裏から、別の場所へ。

移動しながら発砲する。

 

……紫色の皮膚には貫通しない。

先程、エージェントからの集中砲火でもダメージすら無かったのだから当然だ。

 

私を目で追いながら、パワーブローカーが嘲笑った。

 

 

「無駄な事だ。この程度の攻撃では──

 

 

瞬間、パワーブローカーの腕を、足が挟み込んだ。

ブラックウィドウ、ナターシャだ。

 

そのまま関節を固定しながら、捻り──

 

 

「人の話を遮るものではない」

 

 

全く気にせず、笑った。

 

 

「くっ」

 

「この身体は特別製だ。貴様らの攻撃など効かない」

 

 

パワーブローカーは羽が生えている訳でもなく、ジェット噴射している訳でもないのに……自由自在に飛んでいる。

そのまま壁にナターシャを叩きつけた。

 

コンクリート製の壁が砕けた。

ならば、それと同等の衝撃をナターシャは受けた事になる。

 

 

「ロマノフ!」

 

 

思わず、声が出る。

 

 

「私を倒すには力不足のようだな」

 

「……うっ」

 

 

そのまま落下して行き、コンテナの上に落下した。

ミシリと音を立てて、天板が歪んだ。

 

……死んでは居ないだろうが、それでもダメージは大きそうだ。

 

 

対するパワーブローカーは地面にゆったりと着地して、身体についた埃を払った。

一々と動作が癪に触る奴だ。

 

 

「さて、残りは有象無象だ。どうする?フューリー」

 

「…………」

 

「恐怖で声も出ないか?」

 

 

私を嘲笑い、一歩、近づく。

 

それを……私は笑って迎えた。

 

 

「……何だ?何がおかしい?」

 

「いや……お前の言っていた事を思い出しただけだ」

 

「何を──

 

「『勝敗とは戦いの前に決しているもの』か。なるほど、道理だ」

 

「……私は人を見下すのは好きだが、笑われるのは嫌いだ」

 

 

パワーブローカーの手がスパークする。

青い光が、薄暗い大型倉庫で光る。

 

そして彼は──

 

 

「その命、死んで償っ──

 

 

話している途中に、まるで何かに殴られたかのようによろけた。

 

 

「もう一度言ってくれないか?パワーブローカー。よく聞き取れなかったぞ?」

 

「貴様、一体何をっ──

 

 

そのまま首を曲げて、地面に転がった。

何が起こっているか分からないのだろう。

 

カラクリが分かっている私ですら、注視しても見えないのだから分かるまい。

 

 

「戦う前に既に準備しておいた。いや……呼んでおいた」

 

「呼ぶ……?この大型倉庫の入口……その監視カメラには……やはり、誰も入って来ていない!誰もここにはぁっ──

 

 

パワーブローカーがよろめいてコンクリート製の柱にもたれ掛かる。

そのまま、周りを見渡す。

何者から攻撃を受けているか分からない以上、背中を晒す事はリスクだと考えたのだろう。

 

 

「くそっ、センサーでっ──

 

 

パワーブローカーが手を額に当てようとし──

 

 

直後、私は彼の目に向けて発砲した。

ホークアイ程ではないが、射撃には多少の自信がある。

 

 

「うぐぁっ!?」

 

 

目に弾丸が直撃し、悶える。

手で防げる程の余裕も無かったか。

 

なるほど、皮膚と違って、流石に眼球には通るらしい。

 

 

「やはり……お前は戦士でも兵士でもない。身体は何かしらで強化(ブースト)されているようだが、判断が鈍い。素人だ」

 

「貴様ぁ……」

 

本体(ハード)は良くても、中身(ソフト)がお粗末では意味がない。一つ勉強になったな?」

 

 

パワーブローカーが怒りに顔を歪めた。

先程までの余裕のある表情はない。

 

 

「貴様には後悔する時間も与えん!」

 

「それは結構だが、気付かないか?」

 

「……何をっ──

 

 

パワーブローカーが再び、周りを見渡す。

 

何もない。

誰もいない。

 

そう、誰も居ないのだ。

先程、壁に叩きつけられたナターシャも。

最初に攻撃されたいシャロンも。

エージェントも……一人もいない。

 

 

「驕りと怒りは目を曇らせる。フフ、お前は常に曇っていたようだが、彼等が避難した事に気付かなかったか?」

 

「避難……だと?」

 

 

そう、避難だ。

 

『彼』に全力を出して貰うには、周りに人がいると困るからだ。

 

私は『彼』に話しかける。

 

 

「もう良いぞ、スコット」

 

「誰をっ──

 

 

名前を呼ばれた瞬間、パワーブローカーが吹っ飛んだ。

 

突然、そこに腕が現れた。

身体も、足も……真っ赤なスーツに銀色のヘルメットを被った男が立っていた。

 

それは極小のサイズから、等身大に大きくなり……それでも、止まらない。

 

まだ、まだ、まだ大きくなる。

 

(アント)程の大きさから、巨人(ジャイアント)へ。

 

 

尻餅をついたパワーブローカーが驚いた顔で、『彼』を見上げた。

 

 

「なぁっ、何が……!?」

 

 

驚いて言葉も出ないようだ。

 

『彼』が巨大化して行く。

やがて屋根を突き破り、20メートル程の大きさになる。

 

 

「彼の事は知っているかね?パワーブローカー」

 

 

パワーブローカーが私を一瞬一瞥し……我に返り、即座に宙へ飛ぼうとした。

逃げるつもりだろう。

 

だが──

 

 

『おぉっと』

 

 

大きな低音の声が響く。

目の前の巨大な『彼』が発した声だ。

 

即座に、手が振り下ろされ……巨大な質量の塊と化した手がパワーブローカーに迫る。

 

 

「ぐ、おぉっ!?」

 

 

巨大な手がパワーブローカーに命中し、吹き飛ばされた。

衝撃は私の鼓膜を震わせた。

 

 

「フフ、まるでハエ叩きだな」

 

 

私は一歩下がり、落ちてきた天井……そのコンクリート片を避けた。

 

宙で叩かれたパワーブローカーは、壁にぶつかり……まるでピンボールのように弾かれた。

コンテナにぶつかり、力なく地面へ落ちる。

 

慌てて立ちあがろうと四つん這いになるも……ダメージは軽くないらしい。

自分に何が起こったか分からないようで、身動きすら取れないで居た。

 

そのまま、『彼』が一歩、地響きを立てながら進み──

 

 

「教えておこう、パワーブローカー。彼の名前はスコット・ラング」

 

 

足が振り下ろされる。

 

 

「あっ──

 

 

人の踏み潰す力は、我々の想像する以上に強力だ。

体重を全て乗せた一撃となるからだ。

 

そして、20メートル大の人間の踏みつける力は──

 

 

「そして、またの名を『アントマン』と──

 

 

砕ける音がした。

 

まるで、クレーターのように地面へヒビが入る。

 

 

「いや、今は『ジャイアントマン』と呼ぶべきかな?」

 

 

彼……巨大化したアントマンが足を退けた。

 

驚くべき事にパワーブローカーは原型を止めていた。

随分と頑丈だ。

 

だが──

 

 

「……まぁ、もう聞いていないようだが」

 

 

意識を失っているようだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

『何だ……?』

 

 

巨大な音がした方へ、視線が移る。

 

音は……パワーブローカーが取引場所に指定していた大型の倉庫から聞こえていた。

 

そして……天井を突き破り、銀色のヘルメットが見えていた。

 

 

 

アレは……『アントマン』だ。

ハンク・ピムか、スコット・ラングか、別人か……誰かは分からないが、あの姿、そして巨体は『アントマン』で間違いない。

 

物質の大きさを自由自在に変えるピム粒子を使い……体の大きさを変幻自在に変えられるスーパーヒーローだ。

そして、アリと意思疎通が取れる特殊なヘルメットも被っており──

 

 

 

違う、そんな事はどうでも良い。

 

重要なのはパワーブローカーがいる筈の倉庫から現れたと言う事だ。

……助けに行かなければならない。

 

アントマンが巨大化後、もう攻撃をしていないと言う事は……つまり、勝敗が決したのだろう。

まだ戦っているのなら追撃を行なっている筈だ。

 

今は倉庫がどんな状態になっているか分からない。

パワーブローカーは無事なのか?

護衛は居るのか?

そもそも取引相手は?

 

積み重なった疑問は、私の行動を億劫にさせる。

 

そして、目前にはローラ・キニーの姿がある。

……私の最優先事項は任務の遂行だ。

それはパワーブローカーの護衛だ。

 

彼女と戦っている場合ではない。

 

 

しかし──

 

 

「アッチが気になるだろうけど……行かせてあげないから」

 

 

と、ほざいている。

 

 

『チッ……』

 

 

思わず舌打ちをし、ナイフを構える。

 

さっさと、殺し……最低でも戦闘不能にして、助けに向かわなければ。

 

 

ローラが腕に生えた二本爪を構える。

アダマンチウムでコーティングされた爪だ。

彼女本来の能力は骨で出来た爪を生やすだけ……アレは彼女の所属していた研究所が施した強化処理だ。

 

 

彼女は足で地面を蹴り、私の元へ走り出す。

獣のような俊敏さ、そして凶暴さ。

 

クズリと呼ばれる動物がいる。

イタチのような生き物で大きくはないが……手を付けられない程に凶暴。

自分より何倍も大きいヘラジカを殺す。

オオカミだって殺す。

その生き物が生息する場所では「熊よりも恐ろしい」と評されている。

 

彼女の凶暴さや、荒さ、俊敏性は……それに近しい。

 

そして、クズリの英名は──

 

 

『まるで『ウルヴァリン』だな』

 

「あんまり嬉しくない褒め言葉っ!」

 

 

アダマンチウムの爪、それに私はプロテクターの赤い部分をぶつける。

アダマンチウムにはアダマンチウムだ。

 

弾かれた彼女は地面に転がりながら、爪で地面を抉った。

……いや、斬ったと言うべきか。

 

決して破壊できない最硬の金属、アダマンチウム。

彼女の爪も、決して刃こぼれせず……常に最高の切れ味を維持している。

 

コンクリート製の床に二本の傷跡が生まれていた。

 

私はナイフを腹の下に構えて、突進する。

全身の体重を乗せたタックル……その先端にナイフを構えている。

 

彼女は爪を交差させて、ナイフを防いだ。

それは想定済みだ。

 

ガードの上から、私のタックルが命中する。

 

そのまま、ローラは後ろに倒れるよう姿勢を崩し……足を振り上げた。

 

私に向かって、蹴り上げたのだ。

 

 

ヴィブラニウムのアーマーが音を響かせた。

衝突したのは足先から生やした一本の爪だ。

 

だがしかし、こちらはアダマンチウムでコーティングされていない……ただの骨の爪だ。

 

 

「くっ!」

 

 

そんな物では、ヴィブラニウムの装甲を纏った私に、小さな切り傷すら負わせられないだろう。

私は身を捩り、彼女の腹に肘を押し込み……そのまま地面へと叩きつける。

 

 

「う、ぐあっ!?」

 

 

内臓に衝撃が走ったのだろう。

そして、私の肘の先端はアーマーによって鋭利になっている。

皮膚を突き破り……打撃だけではなく、直接内臓にダメージを与えてやる。

 

体重を乗せようとし──

 

 

「どい、てっ!」

 

 

彼女に振り落とされる。

私は地面に転がりながら、コンクリート製の地面を手で叩き……立ち上がった。

 

 

『随分と辛そうだな……私を『助ける』つもりでは無かったのか?』

 

「アンタ、本当に良い性格してるね……」

 

『よく言われる』

 

 

ローラが口から血反吐を吐いた。

……内臓は既に治っている。

 

治癒因子(ヒーリングファクター)の性能ならば、私より彼女の方が遥かに上だ。

だが、身体能力ならば私の方が僅かに上のようだ。

 

そして、戦いの技術においても、だ。

 

 

「ホント、ムカつく……友達とか居なさそう」

 

 

……いや?

居るが。

 

あぁ、だが……レッドキャップとして友達と呼べるような気安い存在は居ないか。

言ってハーマンか……いや、友達ではないだろう。

腐れ縁の仲間……だろうか?

 

……どうでも良い話だ。

 

 

そんな私を見て、ローラがため息を吐いた。

随分と余裕のある顔だ。

 

 

『ここで私の足止めをしていれば、事態は解決すると思っているのか?』

 

「もちろん」

 

 

自信満々に答える彼女を見て、私は手を顎に当てた。

 

キャプテンはタスクマスターと戦っている。

ファルコンは怪物化した護衛達と。

ウィンターソルジャーはシルバーサムライだ。

 

彼女を助けに来れるヒーローは居ない。

 

 

『彼等は皆戦っている最中だろう……根拠はあるのか?』

 

「正義は勝つのよ……あなた、コミックとか読まないタイプ?」

 

『…………』

 

 

読む。

なんなら、勧善懲悪のコミックが大好きだ。

この身体になる前から……だが。

 

 

『コミックと現実は違う……必ずヒーローが助けてくれると思うな』

 

 

これ以上、喋らせるのも不愉快だ。

私はナイフを持つ手を、背中に隠す。

 

 

一歩、踏み込み……投擲した。

ナイフは宙を割いて彼女の背後……壁に突き刺さった。

 

 

「どこ狙って──

 

 

ナイフの柄にはワイヤーが付いている。

クローから接続したワイヤーだ。

 

彼女がそれに気付いたが……私は素早くワイヤーを弾いた。

 

宙で弛んだワイヤーが輪を作る。

 

そのまま、もう片方の腕で掴み、引き絞る。

 

 

「あぐっ!?」

 

 

彼女の首に、ワイヤーが巻かれた。

首を絞めるように、絡まる。

 

 

治癒因子(ヒーリングファクター)を持っていようが……息が出来なければ気絶するだろう?』

 

「ご、のっ!」

 

 

咄嗟に爪でワイヤーを斬ろうとし──

 

 

『させない』

 

 

私はワイヤーを手で握り、地面へ振り下ろす。

ローラはバランスを崩して、地面へ転がった。

 

 

「う、くっ……」

 

 

足でワイヤーを踏みつけ、手で巻き取る。

壁に突き刺さって居たナイフが外れて、ローラの背中に突き刺さった。

 

 

「ぎっ……」

 

 

息も出来ないからか、血の泡を吹きながら声にならない音を出している。

ギリギリと軋む音が聞こえる。

 

ワイヤーは特殊な金属繊維を結って作ってある。

確かにファルコンの装備によって切断されたが……それはヴィブラニウムだからだ。

恐らく、ローラの爪であるアダマンチウムでも切断出来るだろう。

 

だが逆に言えば、それらでなければ切断出来ないと言う事だ。

 

どんなに乱暴に扱おうが、素手では引き千切られない。

これ一本でトラックすら持ち上げられるとティンカラーが豪語する程だ。

 

全力で引き絞り、彼女をそのまま手元へと引き寄せる。

 

 

『自分より弱い人間に助けられる事はない』

 

「……ぅ」

 

 

何か喋ろうとしているが、声も出ないようだ。

目も霞んでいるだろう。

 

それでもローラは諦めて居ない。

それが……すごく不快に感じた。

 

私は彼女を踏み付ける。

 

 

「か、はっ」

 

 

溜めて居た空気すら吐き出された彼女は、爪を必死にワイヤーへと向ける。

 

 

『加虐趣味は無い……大人しく眠っていろ』

 

 

腕を蹴り飛ばし、ワイヤーへ絡めとる。

身動きを出来なくして行く。

 

 

「…………」

 

『私に助けなど要らない』

 

 

殺さずに無力化出来るのであれば……トドメを刺す必要もない。

 

そのまま引き絞り、身体を──

 

 

「……っ!」

 

 

彼女が片方の腕を振り上げた。

 

私はワイヤーを切断させないよう、体の位置を入れ替え──

 

いや、違う。

狙いはそこではない。

 

まさか。

 

 

「ぐ、あが、あっ!」

 

 

爪は自身の首へと突き刺さって居た。

抉るように、喉を縦に引き裂いたのだ。

 

正気の沙汰ではない。

 

思わず怯んだ……直後、首に巻いて居たワイヤーが切断されて居る事に気付いた。

 

 

『チッ!』

 

 

治癒因子(ヒーリングファクター)持ちは狂っている。

自分の痛みに鈍感で、必要とあれば自身の身体も切り刻む。

 

私にも分かる。

同じだからだ。

 

呼吸が整ったローラが、動きの精細さを取り戻した。

 

グン、と何かに引っ張られた。

私が繋いだワイヤーを握り返し、引っ張ったのだ。

 

 

『舐めた真似を……!』

 

 

逃げる訳ではなく、私が退がれないように行動した。

 

だが、私が退く訳ないだろう?

何故、自分より弱い相手に逃げなければならない?

 

 

目前にアダマンチウムのクローが迫る。

腕のプロテクター……赤い、アダマンチウム部分で防ぐ。

そのまま滑らせて、拳を彼女の顔に叩き込む。

 

彼女は野生的だが、近接戦闘は私の方が技術で勝る。

ならば、負けはしない。

 

拳が減り込み、顔面を陥没させる。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

それでも彼女は怯まない。

鼻もへし折れている筈だ。

治癒因子(ヒーリングファクター)で傷は治るが、痛みはある筈……それでも一瞬も怯まなかった。

 

 

「う、がぁっ!」

 

『やはり、獣のようだな……!』

 

 

血を撒き散らしながら、爪を突き出す。

 

それを私は身体を横にし、そのままローキックを繰り出す。

 

足払いを食らった彼女は、そのまま地面へと倒れ込む。

 

 

『あのまま気絶していれば、痛い目を見ずに済んだだろうに』

 

 

私は足を振り上げ、彼女に向かって叩き落とそうとし──

 

直後、彼女が仰向けになった。

 

 

『何を──

 

 

振り翳した足は、彼女の腹に突き刺さる。

 

 

「うっ、ぐっ──

 

 

そして、彼女は口を膨らませ──

 

 

「べっ!」

 

 

血を吐き出した。

いや、吹いた。

 

それは、勢いがあった。

 

口に血を溜めて居たのだ。

攻撃を喰らいながら……それでも溜めていた。

自身の喉に爪を突き刺した時から、ずっと血を頬に溜め込んでいたのだ。

 

十分に圧力の掛かった血は、口から吹き出されて……私のマスクへ掛かった。

 

 

『なっ──

 

 

視界が黒く染まる。

このマスクはカメラで撮った映像を、内部へ投射している訳ではない。

マジックミラーのように外側からは真っ赤に見えるが……内部からは透けて見える特殊な金属で出来ている。

 

よって、血液によって視界が遮られれば──

 

 

「は、はぁ……どう、前が見えるかしら」

 

『姑息な……事を……!』

 

「アンタ達に言われたく、無いかな……」

 

 

手で血を拭おうとするが……取れない。

ベッタリとくっ付いている。

 

直後、身体に何かがぶつかり、押し倒される。

血のついて無い部分から見えたが……ローラに押し倒されたか。

 

 

「その気取ったマスク、引き剥がさせて貰うからっ!」

 

 

まずい。

マスクが無くなれば弱くなる……訳ではない。

 

だが、顔を見られるのはダメだ。

両腕を交差し、顔の前に出す。

 

 

『ぐっ!?』

 

 

瞬間、何かが腕に突き刺さった。

激痛。

 

骨までヒビが入った。

 

アダマンチウムの、爪だ。

 

私のアーマーを突き破り、突き刺さったのだ。

 

だが、これは好機だ。

そのまま突き刺された腕に力を込める。

 

 

「なっ、このっ……!」

 

 

抜こうとしても抜けないのだろう。

私は自身の腕の骨で、爪を挟み込んだ。

 

思わず叫びそうになるほど痛い。

 

だがしかし、放すつもりはない。

 

彼女の位置は分かる。

私が掴んだ腕の先にいる。

 

足を一歩、下げて……蹴り上げた。

 

 

「う、ぐっ……」

 

 

感触から……腹だ。

肋の数本を打ち砕いた。

 

内臓に骨が突き刺さり……痛むだろう。

だが、治癒因子(ヒーリングファクター)持ちはこの程度では致命傷にならない。

 

爪は私に刺さったまま。

ワイヤーも腕同士で絡まっている。

 

ならば見る必要もない。

もう片方の腕を振り下ろす。

 

 

「くっ」

 

 

彼女は即座に、私の腕に突き刺していた爪を収納し……ワイヤーも手放し、後退した。

 

……今、彼女が何処にいるのか分からない。

 

マスクの血を触るが……固まって、くっ付いている。

剥がれない。

 

視界が見えないまま、彼女に勝つのは至難だ。

今すぐ、このマスクを開ければ……この戦いには勝てる。

 

だが、私の素顔を知る人間が居れば……もし、万が一にでもミシェル・ジェーンと紐付けられてしまえば。

 

二度と、私は顔を出して表を歩けなくなる。

組織も私に自由を許さないだろう。

 

決断を遅らせれば……それだけ、不利に──

 

風を切る、音が聞こえた。

 

 

「がっ……!」

 

 

何かが彼女に突き刺さったのか。

 

 

私はマスクについた血を、指で擦った。

辛うじて、ほんの少し見えた。

 

……ローラの首に、矢が刺さっていた。

 

 

「迷いは人を弱くする」

 

 

声が聞こえる。

男の、声だ。

 

 

『タスク、マスターか』

 

「まだ迷っているのか?」

 

 

化合弓(コンパウンド・ボウ)を仕舞いながら、彼が私に近付いた。

 

ローラは身動きもせず、地面に転がっている。

辛うじて胸が上下している事から……息はあるようだ。

矢に刺された傷程度ならば、すぐに治る筈だが……。

 

 

『……彼女はどうなっている?』

 

「神経毒だ。喰らえば半日は意識を失う……だが、治癒因子(ヒーリングファクター)持ちならば死にはしない」

 

 

その言葉を聞いて……安堵した。

安堵……安堵、か。

 

私の思っている以上に、彼女へ入れ込んでいるのかも知れない。

死なせたくないと考える程度には。

 

 

『何故、ここにいる?キャプテンは?』

 

「当分は立てない程度には痛め付けて来た」

 

『殺しては──

 

「いないな」

 

 

……なら、彼はもう復活しているだろう。

重症のまま動き出している筈だ。

 

あのタフネスさは肉体に依存している訳ではない。

彼は心が折れない限り、強靭な精神力を持って行動し続ける。

 

 

タスクマスターが倉庫へ視線を向けた。

巨大なアントマンの姿はない。

ただ屋根が壊れて無くなっている。

 

 

「……パワーブローカーは?」

 

『恐らく、あの倉庫の中だ』

 

「そうか」

 

 

タスクマスターが倒れたローラを無視して、倉庫へ足を向けた。

私も続いて向かおうとし──

 

 

「来なくて良い」

 

 

と返された。

 

……私だって、そうしたい。

だが、無理だ。

 

『奴を守る事が私の任務だ。途中放棄を組織は許さない』

 

「……好きにしろ」

 

 

タスクマスターの後ろを歩く。

……後ろで倒れているローラを一瞥する。

 

ローラは、私を助けようとしていた。

そんな彼女を……痛め付けて、コンクリートの床に転がせている。

 

私は酷い奴だ。

 

だが、それでも……救いの手は要らない。

これで諦めてくれれば良いが……恐らく、無理だろう。

突き刺されて、首を絞められても戦う……そんな彼女は諦めが悪いだろうから。

 

この場で殺した方が、私にとっては良い筈なのに。

それでも……やはり、死んで欲しくはなかった。

 

私は中途半端な……酷い奴だ。

本当に。

 

 

『もし何者かに拘束されているのであれば、助けなければならない』

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

タスクマスターが少し、悩むような素振りで返事をした。

私はそれを訝しみつつも、肯定と受け取り納得する。

 

後ろ髪を引かれるような気持ちのまま……その場を後にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「こんなものか」

 

 

私は目の前で倒れているパワーブローカーを縛った。

と、言っても縄とか紐ではない。

 

『S.H.I.E.L.D.』製の電磁ロックだ。

体にコインのような金属を複数貼り付け……それが各々引き寄せあって、固定する。

ハルクの動きを阻害できる程の拘束力を持つ。

 

私は小さくなり、等身大に戻ったアントマンへ声を掛ける。

 

 

「助かった、スコット・ラング」

 

「いや、どうもフューリー……それより、忘れてないよね?」

 

 

私は彼……スコットの発言に頷く。

 

 

「これで『S.H.I.E.L.D.』の保管庫に侵入した件は不問にしておく。今度からは必要な時、必要な物を申請するように」

 

「どうも、どうも……でもピム博士が嫌がるからさ」

 

 

ハンク・ピム……アントマンのスーツを作った、先代の『アントマン』だ。

そして、物質のサイズを自由に変えるピム粒子を発見した科学者でもある。

 

昔は『S.H.I.E.L.D.』に所属していたし、アベンジャーズの初期メンバーでもあったが……少し、いや、かなり性格に難がある男だ。

今は組織から脱退し、娘と暮らしている。

 

そして、何か事あるごとに『S.H.I.E.L.D.』から自身の発明品を盗んでいる。

……当人は「私が作ったものだから、私の物の筈だろう?」と言っているが。

 

だが、今は『S.H.I.E.L.D.』……いや、国連の所有物だ。

盗むのは辞めて貰いたいが。

 

 

「……また侵入する度に、一つ私の言う事を聞いてくれるなら別に良いぞ?」

 

「いや、僕だって別にやりたくてやってる訳では……それに頼み事って危険な事だよな?今回みたいに」

 

「世界を救う手伝いだ」

 

 

私は無線を起動して、避難しているエージェントを呼び戻す。

 

 

「うわぁ、光栄だなー。でも、やっぱり危険なのは『ノー』でお願いしたいんだけど……棚の下に落ちた指輪の探索とかは、手伝っても良いよ」

 

 

スコットが喋っているのを聞き流しながら、私は拘束したパワーブローカーに近付き──

 

目の前に矢が横切った。

 

 

「うわっ!?」

 

 

そして、私より離れた位置にいたスコットが驚いた。

……そのまま、視線を横に移す。

 

 

「遅かったな、トニー・マスターズ」

 

 

髑髏のマスクを被った、フードの男が立っていた。

 

 

「……何だ、その名前は?私はタスクマスターだ」

 

「そうか、それなら君に倣って『タスクマスター』と呼ぼう」

 

 

本名を忘れているのか。

 

横からスコットが耳打ちをしてくる。

 

 

「もしもし、フューリー。彼とも戦えって言われる感じ?」

 

「……大きくなって踏み潰せば良いだろう?」

 

「大きくなれるのは数分だけ……それ以上すると頭がおかしくなるんだ」

 

「聞いてないぞ」

 

「聞かれてないし」

 

「…………」

 

 

土壇場で大事な事を言い出すスコットに、頭を抱えそうになる。

 

 

「無駄話はやめて貰おう……そこの男は私が預かる」

 

 

タスクマスターがパワーブローカーへ一歩近付く。

 

 

「フューリー、僕はどうすれば良い?」

 

「無理はしなくても良い……だが、戦えるか?」

 

「うーん、まぁ、勿論」

 

 

瞬間、スコットが走り出し……視界から消えた。

小さくなったのだろう。

 

彼は小さくなってもパワーは変わらない。

寧ろ、圧力のかかる面積が減る為……まるで弾丸のような攻撃となる。

 

そのままタスクマスターへ──

 

 

『ぎゃっ』

 

 

ペシン、と音がして何者かに叩き落とされた。

注視すればスコットが地面で転がっている様子が見えた。

 

……まぁ、大したダメージは負って居ないだろう。

 

そう思っていると、等身大の大きさに戻り私の横に戻って来た。

 

 

「フューリー、アレは誰だ?何か凄く怖い顔してるんだけど」

 

 

私はスコットを叩き落とした者へ、視線を戻す。

 

 

それは、血で汚れた赤いマスクを被っている。

……伝承通り、そのままの見た目だな。

 

罪のない者を殺し、その血で帽子を染める邪悪な妖精──

 

 

「初めまして、レッドキャップ」

 

『……ニック・フューリーか』

 

 

老いも若さも、性別すら感じさせない機械の声だ。

……成る程、正体を隠す事に長けているようだ。

 

顔だけではなく、全身の至る所が血塗れだ。

……恐らく、ローラの返り血か。

 

死んでいないとは思うが……万が一の事があれば困るな。

彼女は『S.H.I.E.L.D.』や『アベンジャーズ』のメンバーではない。

 

だが、目の前に居るのは探していた相手だ。

今は彼女に集中したい。

 

この作戦の第一目標はパワーブローカー。

だが、二つ目は……彼女だ。

 

血塗れの赤いマスクと、私の視線が交わる。

 

無言で顔を向かい合わせる。

マスクの下では、どんな表情をしているのか……私は思案していた。

 

 

そして──

 

 

「うわっ、こっちのスーツにも血が着いてる!誰の血だよ、これ!」

 

 

スコットが気の抜けるような声を出していた。

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