【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
私は目前の……眼帯の男を見る。
コイツが、ニック・フューリーか。
『S.H.I.E.L.D.』の長官で……グウェンにシンビオートを植え付け、危険な世界に巻き込んだ男。
思わず、眉間に皺が寄った。
「レッドキャップ、君と会って話がしたかった」
フューリーがそう言った。
『別に貴様と話す事などない』
何故、こんな奴に目を付けられているのか……分からない。
不快だ。
「……ローラ・キニーはどうした?その血は、ローラの物だろう?」
『フン、気になるのであれば、自分で確かめに行ったらどうだ?すぐ外で転がっている筈だ』
フューリーが気にするように視線を外へと向けた。
そして、フューリーが視線をタスクマスターへと向けた。
……何を考えているのか?
私には分からない。
ただ数手先を見透かされているような、居心地の悪さがあった。
ニック・フューリーの戦闘力は大した事はない……だが、奴の知能、策略……勘の鋭さは危険だ。
奴に興味を持たれた事は、私にとっての不運だ。
間違いなく。
フューリーの視線が私へ戻る。
「さて、君達はそこの……パワーブローカーが欲しいのか?」
『そうだ、邪魔をすれば……』
「くれてやる」
思わずマスクの下で眉を顰めた。
『何だと?』
「え?」
アントマンも驚いて、フューリーを見ている。
……と言う事は、フューリーの独断か?
横のタスクマスターに視線をズラす……腕を組んでフューリーを見ている。
マスク越しだから、何を考えているか分からない。
だが、驚いては居ないようだ。
……それとも、驚いていないフリをしているだけか?
「聞こえなかったのかね?レッドキャップ」
『違う、お前の正気を疑っている』
「ハハ、至って正気だとも」
フューリーが苦笑した。
「私は君達と戦って勝算は無い。ならば、ここで手打ちにするのが良いと思っただけだ」
『…………』
嘘だ。
間違いなく、嘘。
フューリーは執念深く、正義の為ならば自身の命を投げ打つ事すら厭わない男だ。
身の安全のために犯罪者を受け渡す?
それも、ここまで大掛かりな作戦までした相手を?
あり得ない。
何か、考えがあるのか?
『どうする?タスクマスター?』
思わず、タスクマスターへ声を掛ける。
少し悩むような素振りを見せて……口を開いた。
「一旦、ここは連れ帰るのが得策だ。このまま、ここに居れば……聞こえるか?」
訊かれて、私は耳を澄ます。
……チッ、複数の足音が聞こえる。
『S.H.I.E.L.D.』のエージェントか?
少なくとも私達の援軍ではないだろう。
フューリーの取引とやらも、私を疑心暗鬼にさせて時間を稼ごうとしている策なのかも知れない。
……奴の言葉は何一つとして信用出来ない。
私はタスクマスターへ声を掛ける。
『パワーブローカーは……私が抱える』
タスクマスターがフューリーとアントマンを警戒している間に、パワーブローカーを抱き上げ──
随分と重いな。
まるで金属で出来ているかのような重さだ。
100キロはオーバーしているだろう。
だが、私は超人だ。
無理矢理、肩に背負い持ち上げる。
「おぉ、凄い力持ち」
アントマンがふざけた事を言う。
私より身長の高い人間を担いでいるのが、物珍しく見えるのだろう。
呑気な発言に苛立ちつつ、外へ向けて後退る。
フューリーから目を離したくないからだ。
しかし、タスクマスターは警戒する様子もなく、私の横を素通りし……出口へと歩き出した。
慌てて追い掛けようとして──
「レッドキャップ」
フューリーに声を掛けられた。
顔だけ……フューリーへと向ける。
「『S.H.I.E.L.D.』は君を歓迎する。司法取引も考えている。そんな仕事は辞めて、私に付かないか?」
『…………』
不可能な提案に、苛立つ。
『断る』
「……だろうな」
この返答は想定していたようで、フューリーは気にせず頷いた。
何なんだ、コイツは。
何を考えているんだ?
私をバカにしているのか?
そして──
「いつか、君を解放してくれる誰かが現れた時……その時は助けになろう」
なんて、事を言う。
私を解放する?
違う、そんな者は現れない。
このドス黒い泥のような世界で、ずっと泳ぎ続ける。
それが私の人生なのだ。
現れたとしても……私は手を取らない。
取れない、だろう。
私は顔を背けて、口を開く。
『私は……期待なんてしない。期待しなければ……失望もしない』
「それは君の哲学か?それとも、誰かの言葉か?」
黙る。
これ以上は話す事など無い。
寧ろ、話し過ぎてしまったぐらいだ。
外に出たタスクマスターを追いかけて、その場を後にした。
後ろから追ってくる気配はなかった。
◇◆◇
「フューリー、本当に良かったのか?あの紫色の彼を捕まえるのに結構頑張ってた筈なのに」
スコットが私へ問い掛ける。
「あぁ、問題ない。既に手は打ってある」
「……へぇ、それって教えてもらえる?」
「無理だな」
スコットの疑問を無視して、彼らの出ていった出口を見つめる。
「期待しなければ失望もしない……か」
レッドキャップの言葉を思い返す。
……酷く、消極的な言葉だ。
まるで夢も希望もないような、言葉……だが、私はそれに、少しの希望を感じた。
何故なら、彼女の本心では……期待したいと思っているからだ。
期待は出来ないが……期待はしたい、のだろう。
そうでなければ、こんな事は言わない。
彼女自身は気付いて居ないのかも知れない……だとしたら、無意識に漏れた言葉だ。
考えて話す言葉よりも、何も考えず話す言葉の方が……本当の心が宿る。
私はそう思っている。
彼女は諦めている。
だから、それ以上に期待できる誰かが居れば……彼女を救えるかも知れない。
その為には彼女を取り巻く害意を、私達は取り除かねばならない。
今はただ、助ける為の手段も……助けられたいと思わせる状況も、見つからない。
これは私の落ち度だ。
もっと彼女について……組織について、調べなければならない。
そして、振り返り……別の出口からやって来た相手を見る。
「遅かったな、サム・ウィルソン……バッキー・バーンズ」
酷く疲弊した様子の
バッキーの腕は……左肩から先がない。
鋭利な断面で切断された様子で、切断された左腕を右脇に抱えていた。
サムが少し苛立った様子で、私に話し掛ける。
「本当に人使いが荒い……こっちは大変だったんだぞ?」
「そうか?」
「あぁ、そうだ。殺人エージェントの赤いお嬢さんとダンスして、よく分からないエイリアンみたいなのに変身した一般人と戦った。本当に疲れた……一週間の休暇をくれ」
サムが悪態を吐いた。
「良いぞ……しかし、その……変身したエイリアンとは何だ?スクラル人か?」
「いや違う、物の例えだ。パワーブローカーの発明で無理矢理、バケモノに変身させられた奴らだ……今はトンネル内に縛って放置してる」
「……ふむ、遺伝子的な物ならブルースに任せよう。魔術的な物なら……ストレンジが最適だな」
「どっちでもいい。でも、あんまり実験体みたいに扱ってやるなよ?可哀想だから」
その言葉に思わず苦笑した。
「私を何だと思っているんだ」
「秘密主義者で、必要とあれば何でもするヤバい長官」
「……否定はしないが、何でもはしないぞ?そして──
会話を終えて、バッキーへ視線を向ける。
「バッキーは──
「バーンズだ。そこまで親しくなったつもりはない」
「そうか。バーンズ、その腕はどうした?」
「……サムライに斬られた」
バッキーが顔を顰めて、そう言った。
私は頭の中の情報を探る。
……ヴィブラニウムを切断できるようなサムライ?
そんな奴は一人しか知らない。
「なるほど、シルバーサムライか?」
「知るか。ただ
バッキーが壁にもたれ掛かった。
腕が無くなって体のバランスも取りづらいのだろう。
険しい顔をしているが、無視して声を掛ける。
「その腕はワカンダに直して貰えばいい……そして、シルバーサムライはどうした?」
「逃げられた……いや、痛み分けと言った所か。それこそ深い傷を負わせたが……俺もこの通りだ」
自身のヴィブラニウム製のサイバネティック・アームを指差した。
「そうか……君も休暇が必要か?」
「当然だ……当分、腕が直るまではな」
その言葉に頭を悩ませる。
彼等のような超人レベルのエージェントは少ない。
穴埋めは……この間、エジプトでスカウトした男に頼むか?
しかし、彼は独自の宗教観念でしか──
いや、今はそんな事を考えている場合ではないか。
「外にローラ・キニーは居たか?」
「ローラ……あぁ、あの喧しい奴か……いや、見なかったが──
シャッターが蹴破られた音がした。
即座に全員がそちらを警戒し……入って来た人物の姿に溜息を吐いた。
「すまない、フューリー!出遅れたが……今はどんな状──
「キャプテン、もう終わっている」
そこに居たのは……満身創痍の
服もボロボロで血塗れ……本当に、病院のベッドで寝ていないのが不思議なぐらい重傷だ。
この中にいる誰よりも傷を負っている。
恐らく内臓や骨、見えていない部分も傷だらけだろう。
偏に精神力だけで動いている状態だ。
恐れ入る。
「そう、か……間に合わなかったか」
ずるり、と、そのまま壁にもたれ掛かった。
……ここは野戦病院か?
重症人が多過ぎる。
「フューリー、彼女は……?」
「レッドキャップなら、もう居ない」
「……そうか」
酷く落ち込んだ様子で項垂れる。
……仲間でもない、いや寧ろ敵である少女の為にこれ程に想える……それは彼の美徳なのだろう。
だが、想いだけでは人を救えない。
現実的な
「……フューリー、タスクマスターから、幾つか……彼女について、情報を引き出せた」
「そうか」
私は頷く。
どこまでタスクマスターを信用して良いかは分からない。
彼は余りにも不安定な存在だからだ。
記憶も、立場も。
「フューリー……拠点に戻ったら……作戦を……」
そこまで言って、キャプテンが黙った。
目を閉じて、顔を地面へ向けた。
……気を失った、か。
その様子にスコットが慌てて騒ぎ出した。
「ちょ、ちょっとフューリー!?キャプテンが──
「大丈夫だ。いつもの事だからな」
彼は限界まで体を酷使し……そして限界すら超えて……唐突に糸が切れたように気を失う。
今回が初めてではない。
「なんだ、じゃあ大丈夫なのか?」
「いや、放って置いたら死ぬ」
「……『S.H.I.E.L.D.』ってブラックなの?」
スコットの戯言は無視して、私は外へ視線を向ける。
『S.H.I.E.L.D.』のエージェントがローラを担架に乗せて運んでいる。
医療部隊も、もう直ぐ到着するだろう。
戦いは終わった。
何も解決はしていないが、それでも……。
より良い方向へ進んでいると確信している。
空を見ても、薄暗い雲が太陽を覆っていたが……いつか晴れると、私は信じていた。
そして、その雲を払うのは──
◇◆◇
『……タスクマスター、よく車を見つけられたな』
私は助手席に座り、タスクマスターは運転席に座っていた。
後部座席にはパワーブローカーが横倒しになっている。
なんて事はない。
取引先の工場から出た私達は、偶々、鍵のかかったままのワンボックスカーを見つけたのだ。
……そう偶々。
本当にそうか?
この治安が悪いマドリプールで、そんな偶然、鍵のかかった車なんて見つかるのか?
私はタスクマスターを訝しんだ。
彼は迷わず、この車を選んだ。
鍵が掛かっているのを知っているかのような動きだった。
それは何故だ?
彼が逃走用に車を用意していた……そう考えるのが妥当だ。
だが、彼はそれを語らない。
だから、私は訝しんでいた。
しかし、彼が裏切る事はないとは思っている。
タスクマスターは金に忠実だ。
雇い主であるパワーブローカーを裏切る事は──
「う、ぐ、ぐぞっ、こごは……?」
声が背後から聞こえた。
後部座席を覗き込むと、パワーブローカーが意識を取り戻したようだ。
……死んでいてくれれば良かった、という気持ちもあるが……死なれていれば任務の不達成となり、私の立場が危うくなる可能性がある。
なら、素直に喜ぶべきだろう。
……そう、喜ぶべきだ。
タスクマスターが車を止めた。
私は……不本意だが、パワーブローカーへ声を掛けた。
『大丈夫か?パワーブローカー?』
「だ、大丈夫な訳があるかっ……この、役立たず、どもめ……!」
大丈夫そうだ。
溜息を吐きそうになるが……我慢する。
タスクマスターがドアを開け、車から出た。
……何だ?
先程から、奴は何をしている?
今すぐ可能な限り、取引場所から離れるべきだ。
車から降りている暇なんてない筈……。
パワーブローカーの拠点まで、急いで戻って──
ガチャリ、と後部座席のドアが開いた。
そして、タスクマスターは……パワーブローカーへ手を伸ばした。
『何を──
そのまま足を掴み、大雑把に車から引き摺り降ろした。
「う、がっ……!?」
頭部を地面に強く打ったパワーブローカーが、驚いたような声を出した。
私は慌ててドアを開けて、タスクマスターへ近付く。
『お前、何をしている……!』
私の問いかけを無視して、タスクマスターが剣を引き抜いた。
そして、身体が本調子ではなく、床に転がったままのパワーブローカーへ向けた。
咄嗟に、私はタスクマスターへナイフを向ける。
即座に投げられるよう、身を捻りながら。
「何、か?私の仕事をしている」
『仕事だと……?任務は、パワーブローカーの護衛だろう?』
私はにじり寄ろうとして……少し動く度にタスクマスターが剣をパワーブローカーへと近付けた。
これは脅しだ。
これ以上、動けば殺すと言う脅しなのだ。
「そ、そうだ、タスク、マスター……貴様、私を、裏切──
「私は高い金を払う者に付く。恨むのならば、私に払う報酬を決めた、過去の自分を恨め」
その言葉に私は気付いた。
コイツ……タスクマスターは、金に忠実だ。
だから、雇い主であるパワーブローカーを裏切らないと思っていた。
だが、彼が払う以上の金額を報酬として提示されれば……タスクマスターは裏切る。
そして、今から報酬を釣り上げても遅い。
タスクマスターは一度裏切った相手に再び付く程、不用心ではない。
それはパワーブローカーも分かっているようだった。
「ぐ、ぐぞっ、レッドギャップ!今すぐ私を、助けろ!コイツを殺ぜ!」
「……だ、そうだ。どうする?」
二人の視線が私を貫く。
ここはタスクマスターを殺害し……パワーブローカーを助けるべきだ。
だが、タスクマスターは……いや、パワーブローカーは……くそ、何だ?
どうしたら良い?
私の中に「このまま、パワーブローカーには死んで欲しい」というドス黒い願いがあった。
私はマスクの下でタスクマスターを睨み付ける。
『到底、許される事ではない。この裏切りは、お前の立場を──
「私は物事を決める時、己の信念に従って決めている。一つ、筋の通った己の信念だ。外野はどうでも良い話だ」
タスクマスターの言葉に怯む。
私は、恐れていた。
目の前の男の覚悟に……脅しではなく、本気で裏切ろうとしている男の姿に。
ここで裏切れば、パワーブローカーだけではなく、彼に関わる全ての組織から追われる事になる。
それはきっと、安寧とはかけ離れた道だ。
それでも彼は裏切るのだと言う。
……どうして、そんな選択を選べるのだろうか?
私には無理だ。
「いかれ、てる……は、早く、助けっ──
「……私の講義を、遮るな」
剣をパワーブローカーへ押し当てた。
「ぐ、あが、あががあ」
溶けるような音がする。
橙色に発光している剣は熱エネルギーも発しているようだ。
『お前はっ──
私はタスクマスターへナイフを投げようとして──
「迷うな」
投げ、投げようと──
「どちらを選んでも良い。だが、迷うな」
ナイフを──
「選択を誤ってもいい。だが、分かれ道に立った時……そこで無為に立ち尽くすな」
……私、は。
「己の意志で選べ」
私は。
『こ、のっ!』
ナイフを、タスクマスターへ投げた。
私の選んだ道は、組織に忠誠を誓う道だ。
敵対するのであれば、例え……私を助けてくれた相手だろうと……!
ナイフは……呆気なく、タスクマスターの盾に弾かれた。
私のナイフが、宙を舞う。
無意味に。
「それで良い」
そして、タスクマスターの剣が──
『待っ──
パワーブローカーの、首を刎ねた。
「だが、時として選択の結果は思い通りにならないものだ」
ごとり、と紫色の頭が転がる。
血は……出ていない。
衝撃で脳が停止したが……切断された首、その断面図へ目を向ける。
それは……人体を模しているが、血管などない。
金属製の脊椎……そして、幾重にも絡まったコード。
『機、械……?』
機械仕掛け、だった。
私がパワーブローカーだと思っていたのは……生物ですら無かった。
「……そう言う事か」
タスクマスターが髪を掴み、頭部を持ち上げる。
私を……私達を苦しめていたのは……。
あの、子供達を殺したのは……。
機械、だと?
人間ですら無いと、そう言うのか?
私達は無機物に苦しめられて来たと?
そう、言うのか?
怒りと、虚しさ。
二つが胸に渦巻く。
『どう言う事だ……タスク、マスター?』
思わず、問いかける。
「お前は『そちら側』なのだろう?……ならば、もう教える事はない。道は分かれた」
何も分からない。
何も、信じられない。
大海を泳ぐ小さな魚が、海の広さも分からず……ただ迷い続けるように。
『……私は』
どうすればいい?
「その車は貴様にやる……何処にでも行くが良い。卒業証書の代わりだ」
ふざけた物言いをして、自分だけが分かったような顔をするタスクマスターに苛立つ。
だが、もう戦意は喪失していた。
護衛対象は殺され……いや、破壊された。
今更、こいつと戦った所で得られる物はない。
そう、判断した。
決して、勝てる見通しが無いから、ではない。
頭を握ったタスクマスターが、腕からワイヤーを射出した。
それは廃ビルの壁に突き刺さり、彼を宙へと持ち上げた。
私は彼を、ただ睨む事しか出来なかった。
「最後に一つだけ、言っておこう」
そんな私を見下ろしながら、口を開いた。
「選んだ道の先が、地獄だとしても……私達は選び続けなければ、ならない」
『何が、言いたい……』
「選んで後悔するのは良い。だが──
廃ビルの隙間……鉄骨の上に立ち、私を見る。
「選ばずに後悔する事は無いように……これは最後の助言だ」
『分かったような事をっ──
私の言葉も聞かず、タスクマスターがその場を離れた。
私はただ……一人で立ち尽くしていた。
何も。
何も分からない。
私は何を……しているのだろうか?
何が、したかったのだろうか?
息苦しい。
今すぐこの、血塗れのマスクを脱ぎたかった。
◇◆◇
私は机に座り、書類を纏める。
……あまり小綺麗ではない、マドリプールの拠点。
『S.H.I.E.L.D.』の本部とは大違い。
……もう、何年も戻ってないけれど。
LEDでもない蛍光灯の灯りに照らされて、身支度をしていた。
机の上には私のパスポート。
名前は……『メルセデス・マ──
「メルセデス」
ドアが開き、男が入って来た。
その手には……パワーブローカーの生首。
ギョッとして注視すると……切断面から機械である事が窺えた。
そして、入って来たのはタスクマスターだった。
そのまま、ずかずかと私へ近寄る。
生首は地面に投げ捨てられた。
「もうここから出る準備は出来てるわ。後は貴方の──
両手で、抱き締められた。
……驚いたけれど。
嫌、ではない。
私は懐かしさを感じていた。
だけど、この行動が何を思ってかは分からない。
私はタスクマスターへ声を掛ける。
「どうかした?」
「……いや、すまない。私にも、分からない」
手がスルリと離れ、私から離れた。
一抹の寂しさを感じつつ、私はパワーブローカーへ目を向ける。
「任務は達成ね」
「……あぁ」
私はフューリーから依頼されていた任務を、タスクマスターへと受け渡したのだ。
彼はフューリーからの依頼だと知らないが。
しかし……あの、パワーブローカーの頭部は……機械?
「あの頭は……」
「依頼主にでも渡しておけ」
「分かったわ」
パワーブローカーが機械だったのは誤算だ。
だが、その頭部……恐らく、メモリーか何かがある筈だ。
情報をフューリーが喉から手が出るほど欲しがっている。
だから、嬉しい誤算だ。
そして、私は鞄へ荷物を押し込む。
マドリプールにはパワーブローカーの部下がまだ居る筈だ。
死んだとは言え、影響力は大きい。
直ぐにでも、ここから離れる必要がある。
私も、タスクマスターも。
必要な書類、最低限の荷物、護身用の武器……料理のメモを詰め込み──
タスクマスターが、私のパスポートを手に取った。
「……何?急いでるのよ、私は」
「いや、すまない」
「謝るだけじゃ分からないわ。何か、気になる事でも?」
タスクマスターの目が、私の名前へ向いていた。
「……『メルセデス・マスターズ』」
「えぇ、そうよ?それが?」
私の名前を噛み締めるように言った。
……思い、出したのだろうか。
私の胸にほんの少しの期待と──
「いや、何処かで聞いた気がしただけだ」
大きな失望が生まれた。
分かっていた。
彼が……もう、思い出せない事も。
知っている。
だけど、私だけは……彼を忘れない。
『トニー・マスターズ』を覚えているのが、私だけだとしても。
私は内心を悟られないように気を付けつつ……口を開く。
「……また、新しい場所で仕事を見つけましょう?」
「そうだな」
「例え、何処に行ったとしても……仕事は見つかるわ」
「そうだな」
単調な返答をするタスクマスターから目を逸らし……私は鞄から顔を覗かせる料理のメモを見た。
チキン・スブラキ。
落ち着いたら、また作ろうと……そう、考えた。
◇◆◇
レンチを磨く。
道具の汚れは心の乱れに繋がる。
僕は地下室で、整理をしていた。
……レッドキャップ、彼女に貸し出したバイクの応答がなくなって不安が……いや、あぁ、うん。
不安を紛らわせたくて、手を動かしていた。
……机の上の端末が、鳴った。
液晶には非通知の文字だ。
僕は手に取り……マスクを外して通話ボタンを押す。
「ハイ、こちら『フィックス・イット』です。ご予約の──
『ティンカラー……』
……男の声が聞こえた。
僕は手に持っていたレンチを置いて、会話に集中する。
会話相手は……蔑ろにしてはならない相手だ。
「何の用事ですか?」
『パワーブローカーが破壊された』
その言葉に目を細める。
「修理しますか?」
『違う。お前にそこまで任せるつもりはない……それに、『ここ』で試したい事は全て試した。もう不要だ』
「それは、それは……」
僕は男の言いたい事を予測する。
……しかし、分からない。
そして、パワーブローカーが破壊された……と言う事は……護衛していた彼女の無事は……僕は不安になっていた。
『君と話したいのはレッドキャップの話だ』
「それは……」
『アレの教育はどうなっている?あまり、従順だとは思えないが』
「いえいえ、彼女が裏切る事はありませんよ」
内心で舌打ちをしそうになる。
だが、こんな話をすると言う事は……彼女が無事だと言う裏付けだ。
内心の不安が、少し紛れた。
「それに彼女は──
『ティンカラー』
言葉を遮られる。
『私は……
顔を、顰めた。
彼女にも言っていない……僕の、本当の仕事。
吐き気を催すような、仕事だ。
『アレを社会に溶け込ませようと、首輪を手放したのは君だ』
「そう、ですね」
『君の責任と言えないか?』
「えぇ、そうですね」
もし、彼女に何か責が及ぶぐらいなら……僕が受けるつもりだ。
覚悟はしていた。
『……ティンカラー、私は君を評価している。私の教えた『技術』を行使できる者は少ない』
僕は目を逸らし……部屋中にある、時代を先取りし過ぎている機械達を見た。
『だから、これは『警告』だ。アレを従順な道具になるよう『調整』しろ』
「……えぇ、分かりました」
『必要な『任務』の精査は、全ては君に任せる』
喉が、乾いた。
『くれぐれも、私の期待を裏切らないでくれ』
「えぇ、勿論……必ず」
『……私を煩わせないように』
少しして、通話が切れる。
単調な電子音が端末から聞こえ──
「く、そがっ!」
端末を地面に投げ捨てた。
「はぁ……はぁっ……!」
息を荒らげて、地面に転がった端末を見る。
少しも、傷は付いていない。
僕の作った、特別製だ。
この程度では傷も付かない。
だけど、傷一つ付かなかった端末が……僕の無力さを表しているみたいで、酷く、不快に感じた。
感情をコントロールしなければならない。
怒りを、抑えて。
笑うんだ。
頬を無理矢理、吊り上げて……僕は鏡を見た。
大丈夫、笑えている。
僕は、大丈夫だ。
そして、マスクを閉じた。
……僕は、落ちている端末を手に取る。
仕事用の回線に切り替えて……連絡先から『レッドキャップ』を選び、電話を掛ける。
数回のコールの後、彼女の荒い吐息が聞こえた。
「やぁ、もしかして困ってるかと思って……良ければ、迎えに行こうか?」
僕は『
影からお姫様を支える、従順な妖精だ。
例え、何をしても……だけど。
醜悪な内面を隠した、祝福されざる妖精だ。
◇◆◇
ズゾゾゾ。
私、ローラ・キニーは飲み物を啜っていた。
喫茶店で、だ。
マドリプールでの乱闘から数日が経過した。
怪我は完治した……
そして、目の前にいるのは──
「別に、怒ってないわ」
グウェン・ステイシーだ。
彼女から情報を抜き取って、マドリプールへ潜入した事……それはバレてしまった。
多分、フューリーの所為だ。
だから、謝りに来た訳だ。
最悪、絶縁されるかも知れないと思っていたが──
「本当に?」
「えぇ、私が同じ立場なら……そうしてたと思うし」
思ってた以上に、彼女は寛大だった。
「ごめん」
「ありがとう、で良いわ」
「じゃあ、ありがとう」
私が頭を下げると、彼女は微笑んだ。
……そして、私はまた飲み物を飲んだ。
他愛の無い話を幾つかする。
「え?じゃあ、ローラ……帰るの?」
「そう、『ジーン・グレイ学園』って言う……えーっと、ミュータントの学校にね」
……あ。
そう言えば校長が怒ってるって聞いたな。
あー、嫌な事を思い出した。
帰りたくない……けど、あそこは私の『家』だし。
帰る場所がある事は……幸せな事だから。
帰らなきゃならない。
「そこって、遠いの?」
「マサチューセッツ州よ」
グウェンが少し、寂しそうな顔をした。
「ふふ、今生の別れって訳じゃないし……メールでやり取りだって出来るでしょ?」
「それはそう、だけどね」
「じゃあ、そんなに落ち込まなくても良いでしょ」
私が言うと、グウェンが頷いた。
……ドライに見えてたけど、案外、情が深いのだろう。
そう言うところも、友達になって良かったと思える所だ。
……少し揶揄いたくなった。
「グウェン、それとも私以外に同性の友達居ないの?」
「い、いや……一人いるわ」
一人、一人かぁ……。
「どんな娘なの?」
「うーん……」
グウェンが腕を組んで悩む。
……そして、スマホを取り出して写真を私に見せた。
プラチナブロンドの、青い目をした女の子だった。
……凄く、美人だ。
「へぇ、この娘?」
「えぇ、ミシェルって言うのよ」
頷きながら、写真を見る。
……あれ?
口元に見覚えがあるような──
「彼女、こう見えて結構、可愛い所があって……」
私は、思考を中断する。
「可愛い?見た目の話じゃなくて?」
「ううん、少し天然なのよ」
グウェンは彼女の事を話した。
世間知らずで、甘いものが好きで、他人に優しく、勉強が出来る。
すごい、ベタ褒めだ。
グウェンは人を褒めるようなタイプだと思わなかったから、少し意外だ。
それだけ、彼女の事を気にいってるのだろう。
飲み物が空になった。
「よし、じゃあ、そろそろ行こうかな」
私が席を立つと、グウェンが口を開いた。
「……またね」
「えぇ、また。必ず、ここに帰って来るから」
私は机にお金を置く。
……彼女の分の金額も合わせて。
これは謝罪の気持ちで……彼女もそれを指摘するのは無粋だと感じたのか黙って受け取った。
アベンジャーズタワー近くの喫茶店から出て、私はバス停へと向かう。
別に駅まで歩いて行って良いのだけれど、少し疲れていたのだ。
そして、歩いていると──
「あっ」
見知った顔が、遠くで見えた。
ピーター・パーカー。
グウェンの友人だ。
声を掛けようと思って近付いて……すぐ側に誰かいる事に気付いた。
それは……先程、写真で見せて貰った娘だ。
ミシェル、だったかな。
写真に写っていた彼女は表情が乏しかったけど……彼の隣にいる彼女は微笑んでいた。
二人はとても、楽しそうに笑っていた。
とても仲が良いのだろうと、見ただけで分かった。
……邪魔しちゃ、悪いか。
私は踵を返して、その場を離れた。