【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

83 / 138
#83 マイラヴ・ユアラヴ part1

ハロウィン前日。

そしてここは、ミッドタウン高校。

 

時間は始業時間よりも、少し早め。

 

ミシェルは今日、用事があるからと早めに登校していた。

だから、まだ会えていない。

……僕も早めに行こうか?と聞いたけど、「悪いから」と断られてしまった。

 

少し寂しい。

 

ロッカーに荷物を閉まっていると、後ろから肩を叩かれた。

 

 

「うん?何か──

 

「よぉ、ピーター。お菓子か悪戯か(トリック・オア・トリート)だ」

 

 

そこには……黒いフードを被って、白い肌のマスクを被った……うん、声から察したけど、ネッドが居た。

 

 

「……ネッド、何してんの?」

 

「は?何って……今日はハロウィンだろ?」

 

 

スマホを開いて、日時を確認する。

うん、10月30日の金曜日だ。

 

 

「明日じゃないか」

 

「明日は休みだろ?だから、今日なんだよ。ほら」

 

 

ネッドの言葉に僕は苦笑した。

少し早めに来てしまった所為か、あまり人は居ないけど……確かに、変な衣装を着てる人が居た。

 

 

「な?今日はコスプレを合法的に出来る日なんだよ」

 

「別に普段から違法ではないと思うけど……」

 

「考えてみろよ。朝学校に来たら、同級生が銀河帝国の皇帝になって居た……どう思う?俺は縁を切るね」

 

「じゃあ僕も切ろうかな」

 

「いやいや、今日は特別なんだよ。だから暗黒面(ダーク・サイド)に堕ちても大丈夫」

 

 

思わず鼻で笑ってしまった。

ロッカーから教科書を取り出した僕は、脇に抱えて銀河皇帝(ネッド)の横を歩く。

 

 

「で?お菓子か悪戯か(トリック・オア・トリート)、まさか菓子持って無いのか?」

 

「ないよ……そもそも、僕、今日がハロウィン前夜祭だなんて知らなかったし」

 

「え?何で知らないんだよ……?クラスメイトは誰も言ってなかったのか?」

 

 

苦笑いしすぎて頬が攣りそうだ。

 

ネッドが察したようで……顔を逸らした。

表情はマスクで読み取れないけど。

 

 

「ま、まぁ、元気出せよ。お菓子やるから」

 

「同情は時として罵倒よりキツい……」

 

 

ネッドが、キャラメルとナッツの入ったチョコ菓子を僕の手に握らせた。

腹持ちの良い菓子だ。

 

 

「でも、お菓子は持っていた方が良いぞ?悪戯(トリック)されても知らないからな」

 

「分かったよ……でも僕に対して、そんな絡み方してくるような人って居るのかな?」

 

「…………」

 

 

ネッドが黙ってしまった。

言っておいて何だけど、反論して欲しかった。

 

 

「ところで、ピーターはコスプレしないのか?こんな事もあろうかと、ジェダイ・ナイトの衣装が──

 

「コスプレはちょっと……ハードルが高いと言うか……僕にはね」

 

「でも、ピーターはさ。普段からコスプレしてるような物じゃないか」

 

「アレはコスプレじゃないよ」

 

 

視線の端で、スパイダーマンのお面を被った男を見てしまった。

僕のグッズ……と言うか、スパイダーマンのフィギュアとか、お面とか、アイスクリームとか、変なグッズが時々売られている。

 

許可出した覚えは無いんだけどね。

僕はフリー素材なのか?

 

同じくスタークさん、アイアンマンのフィギュアとかも売られてるけど。

肖像権とかどうなってるんだろう?

本当に。

 

 

「あー、わりぃ。確かに、そうだな」

 

「いいよ、気にしてないから」

 

 

ネッドと別れて、僕は教室へ向かう。

 

ドアを開けると……うん、ネッドと話し込んでいたからか、クラスにも人が集まって来ていた。

それで……8割ぐらいの人が何かしらのコスプレをしている。

 

僕のような普段通りは……少数派(マイノリティ)だ。

 

椅子を引いて、いつもの席に座ると──

 

 

お菓子か悪戯か(トリック・オア・トリート)

 

 

と声を掛けられた。

 

顔を向けると……グウェンだ。

いつも頭に付けている黒いカチューシャに、今日はツノが生えていた。

口紅も黒いし、マニキュアも黒い。

 

一目でグウェンと分かる、過剰ではない、ちょっとしたコスプレ。

 

 

「……生憎なんだけど、今日はお菓子を持ってないよ」

 

「はぁ?何で?」

 

 

グウェンが心底、ガッカリと言う顔で僕を見た。

しょうがないだろ、知らなかったんだから。

 

 

「じゃあ悪戯(トリック)するわ。二度と表を歩けなくなるような辱めを──

 

「あ、コレあげる」

 

 

僕は先程、ネッドに渡されたチョコ菓子を渡した。

 

するとグウェンが渋い顔をした。

 

 

「これ歯にくっつくから好きじゃないんだよね」

 

「奪っておいて、我儘だなぁ……」

 

「悪魔だからね」

 

 

そう言うと、グウェンが自分のカチューシャを手で触った。

ツノを強調しながら、悪そうに笑った。

 

 

「まぁでも、貰っておくけど」

 

 

何だかんだ言いつつ、グウェンは菓子をカボチャ型のバッグに仕舞った。

 

……へぇ、バッグまで用意したんだ。

 

その様子に僕は少し驚いた。

そんな僕を見て、グウェンは訝しんだ。

 

 

「何?」

 

「グウェンって、こういうイベントに参加するイメージ無かったんだけど」

 

「うん?今年は特別なのよ」

 

 

机に頬杖をついて、グウェンが笑った。

 

 

「特別って?」

 

「だって、今年が最後の学生生活でしょ?出来る事は、一応経験しておこうかなって」

 

「あぁ……そっか」

 

 

グウェンは大学には行かない、らしい。

僕達には就職するって言ってたけど……多分、きっと『S.H.I.E.L.D.』関係だ。

 

彼女がシンビオートと共生している事を僕は知ってるけど……彼女はその事について知らない。

だから本当の事は話してくれない。

 

むず痒いけど……僕も彼女にスパイダーマンの事を話してないから、お互い様だ。

 

そして──

 

 

「ピーター、お菓子か悪戯か(トリック・オア・トリート)

 

 

背後から、聞き覚えのある声が聞こえた。

ミシェルだ。

 

僕は慌てて振り返って──

 

 

「うわぁっ……!?」

 

 

思わず声が出た。

 

それに対して、声の主も逆に困惑していた。

 

 

「ど、どうしたの……?」

 

 

そう、可愛らしい声を出していたのは……絶叫(スクリーム)する幽霊マスク(ゴースト・フェイス)を被ったミシェルだった。

 

マスクは返り血……血糊で塗装されていた。

正直、凄く不気味だ。

 

そんな様子を見て、グウェンは呆れたような顔をしていた。

 

 

「ミシェル……」

 

「え……?私、何かした……?」

 

 

鈴を転がしたような声で、連続殺人鬼が首を傾げた。

 

 

「全然、可愛くない……」

 

「可愛くない……?」

 

 

グウェンの声にミシェルは心底、分からないと言った声を出した。

そして、反論するために口を開いた。

 

 

「でも、グウェン。ハロウィンは怖い仮装をして、悪霊を追い払うのが目的の筈……」

 

「いや、真面目なの?」

 

「え……?」

 

 

ミシェルが首を傾げて、僕を見た。

顔が怖い。

いや、顔と言うかマスクが怖い。

 

正直、映画に出てくる殺人鬼のマスクは似合ってなかった。

 

僕もグウェンに同調する。

 

 

「ミシェル……正直、ハロウィンはもう形骸化していて……ただの仮装(コスプレ)祭りになってるんだよ」

 

「そ、そんな」

 

 

思わず項垂れたミシェルに苦笑する。

ハロウィンのコスプレとしては……きっと、ミシェルの方が正しい。

だから、ダメ出しするつもりは無いのだけれど……でも、やっぱりちょっと似合ってない。

 

しかし、いつまでも項垂れる訳ではなく、ミシェルが気を取り直して顔を上げた。

 

 

「と、とにかく……お菓子か悪戯か(トリック・オア・トリート)……!」

 

 

と、言われても。

 

 

「ごめん、ミシェル。今僕、お菓子を持ってないんだ……」

 

 

そう、先程グウェンに横流ししたから、本当に何も持っていない。

今日のお昼のサンドイッチぐらいだ。

 

 

「そっか……」

 

 

そんな僕にミシェルはショックを受けていた。

……そんなに、お菓子が欲しかったのだろうか?

 

ミシェルにグウェンが近付き、耳打ちをした。

 

 

「それなら、悪戯(トリック)すれば良いわ」

 

悪戯(トリック)?……何をすれば良い?」

 

 

隠すつもりが無いのか、僕まで丸聞こえだ。

耳打ちをする意味はあるのだろうか?

 

 

「それは、そうねぇ……」

 

 

ミシェルが僕へ視線を向けて、ミシェルもこっちを向いた。

 

そして、グウェンが意地悪そうな顔で笑った。

 

 

「ピーターはどんな悪戯をされたい?」

 

「い、いや……悪戯なんてされたくないけど」

 

 

思わず、そう言い返す。

 

誰が好き好んで悪戯なんて……悪戯?

ミシェルから?

 

……う、うん。

雑念は振り払おう。

 

 

「んー、じゃあ顔に落書きでもする?」

 

 

きゅぽん、と音がした。

グウェンが油性マーカーの蓋を抜いた音だ。

 

それに対してミシェルが抗議した。

 

 

「グ、グウェン……それはちょっと、かわいそう」

 

「良いの、良いのよ。ピーターだし?」

 

 

僕に対する人権が非常に甘く見られている中……学校のベルが鳴った。

授業が始まるから、と各々が椅子に着く。

 

……何とか助かった。

このまま有耶無耶になってくれたら良いけど……多分、グウェンは引き摺るだろうなぁ。

 

そして、幽霊マスク(ゴースト・フェイス)のままで授業を受けるのは拙いと思ったのか、ミシェルがマスクを脱いだ。

 

綺麗なプラチナブロンドの髪は、髪留めで留められていた。

マスクを被るのに邪魔だったのだろう。

 

……マスクが少し息苦しかったのか、秋だというのに少し汗をかいていた。

そんな彼女の、普段は見えない(うなじ)が、後ろの席にいる、僕の目に──

 

 

「……ピーター?どうかした?」

 

 

コバルトブルーの瞳が僕を見た。

 

 

「な、何でもないよ」

 

 

思わず目を逸らした。

そんな僕を不思議そうな顔で見つつ、教壇に立った教師へ視線を戻した。

 

……え?

 

今日はそのままなの?

 

僕は白板を見ようとする度に見えてしまうミシェルの(うなじ)に視線を吸われながら、何とか授業を受けるのだった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

放課後。

結局、ミシェルの(うなじ)の所為で授業は妨害され、何も頭に入って来なかった。

あまりにも情けない。

 

……あと、悪戯の件は明日に持ち越しらしい。

思い付かなかったとか、何とか。

 

……今から売店でマシュマロ買ってくるから、許してくれないかなぁ。

 

 

そして、ミシェルは。

 

 

「……ふふ」

 

 

少し、上機嫌だった。

 

理由は明白だ。

手元の鞄に沢山入った、お菓子の所為だろう。

 

ミシェルは甘いものが好きだ。

だから、嬉しいのだろう。

 

幽霊マスク(ゴースト・フェイス)も黒いフードのような布も、鞄に仕舞われていた。

流石に学外ではコスプレしたくないみたいだ。

 

世間ではハロウィンは明日だし、仕方ない。

 

髪も残念なことに髪留めを外して……いや、残念じゃないけどね?

うん、大丈夫、僕の頭は正常だ。

狂ってなんかいない。

 

とにかく、いつもの髪型に戻っていた。

マスクの中で蒸れたのか、少し跳ねていたけれど……彼女は気にしていないようだった。

 

即座にグウェンに連れ去られ、トイレで髪型を整えられたけど。

 

そして、今に至る。

ミシェルが手元の菓子から目を離し、爛々とした目で僕を見た。

 

 

「ピーター、明日は何時に出る?」

 

 

……明日?

何かあったっけ?

一緒に出かけよう、なんて話も無かった筈だけど。

 

僕が首を傾げると、ミシェルも併せて首を傾げた。

 

 

「あれ?ピーター?」

 

「ごめん、ミシェル……な、なんの事かな?」

 

 

思わず訊いてしまった。

僕はミシェルとの約束は、絶対に忘れない自信がある。

 

だからこそ、分からない。

 

 

「……ハリーのハロウィンパーティ」

 

 

ミシェルが胸ポケットからスマホを取り出して、少し弄った。

そして、画面を見せて来た。

 

メールの画面だ。

 

 

「これ、来てないの?」

 

 

メールの主は……ハリー・オズボーン。

内容はハロウィンパーティのお誘い?

 

 

「え?」

 

 

来ていない、けど。

 

 

「グウェンも来たって言ってたのに?」

 

「う、うぐっ」

 

 

思わず、よろける。

そんな……僕と彼の友情はこの程度だったって事なのか?

 

それともハリー、女の子しか誘うつもりが無いのか?

……いや、彼はそんな人間じゃない。

 

じゃあ、何故?

忘れてる……とは思えないし。

 

念の為、スマホを開いてメールボックスを見ても……最後のメールはメイ叔母さんとのメールだ。

僕にメール送って来る人なんて居ないから。

 

……ミシェルとか、グウェンとか、ネッドとか……若者らしくショートメッセージでやり取りするし。

決して友達が少ないとかそう言う話では──

 

 

「……本当にメール、来てないの?」

 

「そ、そうみたいだね」

 

「…………」

 

 

ミシェルが僕の顔を見て訝しむ。

 

メールには同伴者が1名までOKと書いてあった。

つまり、誘おうと思えばミシェルは、僕を誘って一緒に行ける。

 

でも、ハリーが送って来ない理由が分からないし……敢えて送らないのだとしたら……。

 

ミシェルもそう考えているのだろう。

 

少し悩んで、また僕を見た。

 

 

「うん。ピーター、一緒に行こう?」

 

「え、でも──

 

 

良いのだろうか?

迷惑じゃないだろうか?

 

そんな僕の迷いを無視して、ミシェルが少し笑った。

 

 

「いい。ピーターが居ないと、少し……楽しくなくなるかも」

 

 

胸が少し、高鳴った。

確信的に言ってるのだとしたら、彼女は悪女だ。

 

……多分、天然なんだろうけど。

 

 

「分かったよ。ありがとう、ミシェル」

 

「うん」

 

 

ミシェルとの思い出が、また増える。

それは凄く嬉しい事だ。

 

だけど、僕はグウェンの言っていた言葉を思い出していた。

 

『今年が最後』……か。

 

この学校を卒業すれば……ミシェルと会う機会は減ってしまう。

僕は進学するけど、ミシェルは就職らしいし。

 

NYの中で就職するとは限らないし、距離が離れれば……それだけ会い難くなる。

 

そしたら、彼女は僕の事なんか忘れてしまう……かも知れない。

だって、ミシェルは可愛いし……きっと、何処に行っても友達が作れる筈だ。

 

会わない僕の事なんか忘れて、新しい友人と仲良くなって……。

 

誰かが、ミシェルの横に立って。

ミシェルは笑って。

僕と君は。

 

ミシェルが幸せなら祝福すべきだろう。

だけど、この妄想は……少し、胸の奥を痛めた。

 

卒業と言うタイムリミットは近付いている。

 

卒業しても彼女の『特別』で居たいなら……告白、するべきだ。

だけど、断られたら……きっと、今と同じ関係ではいられない。

 

それが怖くて。

 

僕は勇気を振り絞れずに居た。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

そして、翌日。

 

ミシェルは黒いドレスを着ていて、僕はコートを着ていた。

ハロウィンパーティだけど、仮装パーティでは無いらしい。

メールにも書いてあった。

 

それで、ミシェルのドレスだけど……夏に着ていたドレスと同じだ。

肌の露出は多いとは言わないけど、少し薄手だと思った。

 

だから、思わず──

 

 

「寒くないの?」

 

 

と不躾な事を言ってしまった。

そして、少し自己嫌悪した。

 

女の子のファッションに口出しするような男は、馬に蹴り殺されるべきだ!とグウェンが言っていた事を思い出した。

あの時のグウェンは本当に怖かった。

 

思わず笑顔を崩してしまった僕に、ミシェルが笑った。

 

 

「私、寒さには強いから」

 

 

虚勢ではなく、何気なく、そう言った。

 

……でも、今の返答ってつまり、寒いって事は認めるんだな、なんて思った。

 

お洒落は身を犠牲にするもの!

これもグウェンが言っていた。

 

 

一緒にタクシーに乗って、マンハッタンにあるハリーの家まで向かう。

 

そして──

 

 

「う、うわ……」

 

 

想像の数十倍デカかった。

 

そうだよ……ハリーは大企業オズコープ社の創業者の息子だ。

当然、家はデカくて当然だ。

 

ちなみにハリーは、ノーマンの跡を継いでオズコープの社長をやっている。

オズコープ社の社長、そして『S.H.I.E.L.D.』のエージェント候補生という訳で。

 

まるでスタークさんみたいだ。

社長とアイアンマン、みたいな感じで。

 

何人ものスーツやドレスを着た人が、門の中に入ってくる。

結構な人数だ。

 

……僕ら以外も呼んでいたのか。

思っていた以上に大規模なハロウィンパーティだ。

 

思わず一歩、後ずさって……ミシェルに背中を押された。

 

 

「ん、行こ……」

 

「う、うん」

 

 

エスコートしなきゃ、なんて思っていた僕のプライドは滅茶苦茶に壊れてしまった。

ミシェルの後を追うのだけは避けたくて、横に並んで歩く。

 

少し、腰は引けていたけど。

 

ミシェルがメールを係の人に見せて、そのまま入る。

 

 

大きな庭には沢山机が並んでいて、食べ物も置いてあった。

カボチャを模したランタンも飾られている。

 

若い人も何人かいるけれど、誰も彼もがキラキラしている。

 

もしかしたら、僕は場違いかもしれない。

ミシェルは気にせず、堂々と歩いている。

 

参加者の目を、盗みながら。

……そりゃあ、そうだ。

 

彼女は凄く美人だ。

可愛いし……ここに居る他の誰よりも煌びやかだ。

 

だから、その隣にいる僕に……不躾な目線が向けられている事も納得していた。

何で、あんな奴が……とか考えている人は多いのだろう。

 

僕に対して侮蔑したい訳ではなくて、単純に何故だろうって目だ。

何も食べていないのに胃が痛む。

 

……これが、ハリーが誘わなかった理由なのだろうか?

 

ミシェルと離れたら、この視線にポッキリ折れてしまいそうで……ミシェルの横に貼り付く。

そんな小判鮫みたいになってる僕を引き連れて、ミシェルは机に近付き……グラスを手に取った。

 

飲み物……ではなくて。

プリンだ……色は黄色くて……多分、カボチャのプリン。

 

スプーンですくって、一口。

 

 

「……美味しい」

 

 

そう微笑むミシェルを見て、僕は少し落ち着いた。

彼女はいつも通りだ。

だから、僕も大丈夫……いつも通り。

外の視線なんか気にしないで、彼女だけを見ていれば──

 

 

「美味しいから、ピーターも食べた方が良い」

 

「え?」

 

 

そう言って、ミシェルがスプーンですくったプリンを僕に近付けて──

 

 

「……ん」

 

 

食べさせようとした。

 

……間接キス、じゃないか、それは。

顔が熱くなる。

 

頭の中でグルグルと星が回る。

そんな幻視をした。

 

だけど、ミシェルは平然とした顔で、僕に、それを──

 

 

ぱくり。

 

 

と、食べたのはミシェル自身だ。

 

 

「えっ」

 

「ふふ、悪戯……するって言ってたから」

 

 

思わずため息を吐いた。

良かったような、少し悲しいような。

 

複雑な心境の僕を無視して、ミシェルはまた別の机……正確には机に乗せられた『甘いもの』に向かって移動していた。

 

慌てて、追いかけようとして──

 

 

「ピーター」

 

 

背後から、声を掛けられた。

 

聞き覚えのある声、それに振り向く。

 

 

「ハリー?」

 

「やっぱり、ピーターか。ちょっと良いか?」

 

 

ミシェルは僕達に気付いていない。

視線はケーキに向かっている。

 

……ハリーも彼女に声を掛けないと言う事は、僕にだけ話したい事があるのだろう。

 

決心して、ハリーに付いていく。

 

 

庭の中央から離れて、石造りの柱の裏に来た。

光を遮られて、少し薄暗い。

 

コソコソと話をするなら、持ってこいの場所だ。

 

ハリーは少し、悩んだような顔をしていた。

 

 

……このまま無言で居ても仕方がない。

僕は口を開いた。

 

 

「な、何で僕をパーティに誘わなかったの?」

 

 

第一声は……あまりにも情けなかった。

 

そんな僕にハリーが笑った。

 

 

「だって、ピーターのメールアドレス……知らないからなぁ」

 

「それは……電話で聞けば良いじゃないか」

 

「そうだけどね……少し、思う所があって」

 

「え」

 

 

思う所?

あれ?

やっぱり僕、意図的に呼ばれてなかったみたいだ。

喧嘩した覚えはないけど……何か嫌われるような事でもしたのだろうか。

 

 

「ミシェルに同行してくるかも……何て思ってたから」

 

「あーなるほど、そっか……いや、そうかな?」

 

「来るか来ないかで賭けをしてたんだ」

 

 

か、賭け?

僕は競走馬じゃないぞ!

 

 

「ハ、ハリー?」

 

「と言っても、誰かと金銭を賭けてた訳じゃなくて……僕の内心での話だよ」

 

「……僕が来てなかったら、何かするつもりだった?」

 

「そう言う事さ」

 

 

そんな事の為に呼ばなかったのか、なんて憤りそうになったけど……ハリーが凄く真面目な顔をしていたから、飲み込んだ。

 

湧いて来たのは怒りじゃなくて、疑問になった。

 

 

「何を、するつもりだったの?」

 

 

僕の言葉にハリーが……少し悩んだ様子を見せた。

長くはないけど、短くもない時間……黙って、僕を見ていた。

 

すると、突然、視線をズラして……ミシェルの方を見た。

お化けの形をしたケーキ食べている、微笑ましい姿だ。

 

そして、ようやく口を開いた。

 

 

 

「彼女に、告白しようと思ってたんだ」

 

 

 

…………え?

 

脳が混乱する。

 

こ、告白?

 

ハリーが……?

 

いや、でも、ハリーは確かにミシェルが好きだし……でも、そんな、告白なんて。

 

僕が絶句していると、ハリーが自嘲気味に笑った。

 

 

「でも、君が来たからやらない」

 

「えっと、そのゴメン?」

 

 

ミシェルに告白する為にパーティを開いたのだとしたら、そう、確かに僕は呼ばなくて正解だ。

そして、来た事を少し後悔していた。

彼の一世一代の覚悟を不意にしてしまったからだ。

 

だけど、ハリーは気にする素振りもなく、表情は変わらなかった。

 

 

「良いさ。何となく、そんな気はしていた」

 

「……どう言う事?」

 

 

僕が来なかったら告白するのに……そもそも、僕が来ると思っていたって?

 

本当は告白するつもりなんて、無いのだろうか?

 

 

「彼女にはピーター、君がいるんだってよく分かったよ。いや、思い知った……かな」

 

 

僕を無視して、まるで独り言のように語り出した。

 

 

「僕が敢えて送らなかった相手を連れて来る……それって、相当、君の事を大切に思ってるんだ。彼女は」

 

「そ、それは……」

 

「だから告白はしない。好きでもない男に向けられる恋愛感情なんて、迷惑なだけだろう?」

 

 

そう言ったハリーの目には諦めがあった。

 

 

「この気持ちは墓まで持っていく事にするよ」

 

「ハリー……でも──

 

「慰めないでくれよ?惨めになるだけだから」

 

 

柱の裏から離れて、光の中に立った。

その顔はいつもの自信に溢れる彼じゃなくて、僕のような……自信のない情けない顔だった。

 

 

「彼女と話して来るよ。僕にだって、二人っきりで話す時間ぐらいくれても……良いだろ?」

 

「良い、けど……」

 

「じゃあ、失礼するよ」

 

 

ハリーが僕から離れて、ミシェルに話し掛けに行った。

会話の内容は聞こえないけど、いつもの彼に戻っていた。

 

……ハリー、僕は。

 

 

どうしてだろうか?

 

彼が告白を諦めるのは嬉しい事だ。

だって、ハリーは僕よりもイケメンで、お金持ちで優しくて……。

どんな女の子だって僕よりハリーを選ぶ筈だ。

だから、ミシェルだって──

 

だけど、少しも喜べなかった。

胸にあるのはモヤモヤとした気持ちだ。

 

僕が彼を諦めさせた?

違う、僕はそんなに大層な人間じゃない。

ミシェルとだって……まだ友達だ。

 

彼が諦める理由にはならないんだ。

 

恋敵を応援するなんて、普通はあり得ない話だけど……僕は彼に諦めて欲しくなかったんだ。

 

……僕自身も告白を躊躇っているから、何様なんだって話かも知れないけど。

 

僕は意を決して、ハリーに近付こうとして──

 

 

「やぁ、君も一人かい?」

 

 

そう、話しかけられた。

 

 

「えっと、貴方は?」

 

 

僕は話しかけて来た男の姿を見た。

 

僕より少し年上っぽい。

多分、成人してる。

 

緑色のスーツを着ていて、顔は凄く整ってる。

薄い金髪をしていて、コバルトブルーの瞳をしている。

 

……何だか、ミシェルに似ている気がしたけれど……飄々とした態度から、やっぱり似てないと判断した。

 

 

「僕も一人ぼっちの男さ」

 

 

……聞いたのは名前のつもり、だったけど。

 

 

「は、はぁ……?」

 

 

僕が訝しんでいると、緑色のスーツを着た男が笑った。

 

 

「いやぁ、ハロウィンパーティだって聞いたのに誰も仮装をしてないからさ……少し浮いてて」

 

「仮装……ですか?」

 

 

確かに、緑色のスーツは普通の格好じゃないけれど、それなら何の仮装なんだろう。

 

 

「『レプラコーン』、アイルランドの『妖精』だよ。靴職人の妖精さ。まぁ、僕は靴なんて作らないけどね」

 

「へ、へぇ……そうなんですね」

 

 

思わず引いてしまう。

凄く、お喋りな人だと思った。

 

でも、悪い人ではなさそうだ。

……今はハリーとミシェルの話に参加したいけど、彼を蔑ろにするのも悪い。

 

諦めて、腰を据えて話す事にした。

 

 

「僕は街の時計屋をやっていてね……ハリーさんの父親、つまりノーマンさんはお得意様だった訳だ。僕の父親の代から仲良しだったんだ」

 

 

そう自己紹介をする男に思わず目を細めた。

名前も言ってないのに身の上を語るなんて、チグハグだと思った。

 

 

「あの……失礼ですけど、お名前は?」

 

 

だから、思わず訊いてしまった。

 

 

「僕かい?僕はね──

 

 

男は襟を正した。

 

 

「フィニアス・メイソン・ジュニアだ。気安く『フィニアス』と呼んでくれて構わないよ」

 

 

深海のように深い青色の瞳が、僕を覗き込んでいた。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。