【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#84 マイラヴ・ユアラヴ part2

目の前にあるのはオバケを模したケーキだ。

白い布を被ったポピュラーで可愛らしいデザイン。

フォークを入れると……断面図が見える。

 

スポンジとクリームの層が美しい。

そして、そのスポンジ部分を覆っている白い布……これは卵を使っていない白いクレープ。

それにシュガーパウダーで色付けをして……目と口はチョコソースだ。

 

見た目は間違いなく100点。

ハロウィンというイベントに相応しく、更に奇を衒っていない王道なデザイン。

可愛さと、美しさがある。

 

では味は?

 

フォークで口に入れる。

……クリームは甘さ控えめで、逆にスポンジが甘く作られている。

そのままだと甘過ぎだと感じてしまうだろう……だが、このケーキの主役はもう一人いる。

そう、白いクレープ生地だ。

これは卵が入っていない事からも察せられる通り、薄味……甘さも控えめだ。

シュガーパウダーの仄かな甘みが優しい味わい……二つと併せて食べる事で程よい甘さとして完成する。

 

更に目と鼻を描いているチョコソース。

これは味のアクセントにもなる。

ミルククリームの味にビターなチョコ風味、これは下品にならない甘さだ。

 

凄い。

このケーキは本当に美味しい。

普段食べている市販のケーキよりも、遥かに。

これが……お金持ちが食べている最高級のスイーツなのか。

羨ましい。

 

私はフォークをもう一度入れて──

 

 

「ミシェル」

 

 

私は口に入れたまま、振り返った。

 

そこには主催のハリーがいた。

 

 

ハリー(ふぁひぃ)?」

 

「フフ、飲み込んでからで良いよ」

 

 

私はケーキを急いで飲み込……味わって、飲み込んだ。

 

そして、ピーターが居なくなっている事に気付いた。

 

 

「あれ?ピーターは?」

 

「……彼は、そうだね。今少し用事で離れてるよ」

 

「用事……?」

 

 

何の用事だろう?

 

……ハリーはピーターがスパイダーマンである事を知っている。

私から態々離れているのだから、それ関係だろうか?

 

 

「ところで、パーティは楽しんで……うん、楽しんでくれているみたいだね」

 

 

ハリーが私のケーキに目を移した。

 

 

「うん、ありがと。誘ってくれて、嬉しい」

 

 

そう微笑むと、ハリーが自分の口元に手を当てて目を逸らした。

 

 

「……どうしたの?」

 

 

訝しんでいるとハリーが微笑んで私を見た。

うん、いつもの爽やかな笑顔だ。

 

 

「ミシェルと会うのは久々だから、少し浮かれちゃったかな」

 

「……うん?」

 

 

そんな気障な事を言うハリーに苦笑いする。

きっと彼は誰にでも、こんな事を言っているのだろう。

 

ハリーが机から飲み物を取り、口にした。

 

そして私の事を一瞥する。

 

 

「……父さんが逮捕された時、またここまで立ち直れるとは思ってなかったよ」

 

 

その視線の先にはパーティを楽しんでる人達の姿があった。

 

……ノーマンが逮捕されてから、オズコープ社の経営は悪化した筈だ。

だけど、ハリーは……まだ若いのに頑張って信頼を取り戻したんだ。

 

一度はゴブリンになってしまったけど、立ち直って……今は、きちんと真っ当な人間になっている。

 

悪人(ヴィラン)の呪縛を振り解いて、正しい道へ進んでいるんだ……彼は。

 

少し、尊敬している。

 

 

「ハリーの、努力の成果……だから、凄いと思う」

 

 

心の底からそう思って、口にした。

それに対してハリーは眉を下げた。

 

 

「いいや……僕だけじゃ無理だった。ミシェル、君に諭してもらったからだ」

 

「私が……?」

 

 

空になった皿を机に置き、腕を組む。

ど、どの発言だろう?

分からない……もう、忘れてしまった事にしよう。

 

 

「ごめん、ハリー……覚えてない」

 

「フ、フフ……そうだろうね。君にとっては特別な事じゃなかったんだろうな」

 

 

怒った様子ではない。

呆れた様子でもない。

ただ嬉しそうにハリーは笑っていた。

 

 

「あぁ、そうだ……午後から仮装コンクールをやるんだ。良かったら出ないかい?」

 

「コンクール?」

 

「そう、屋敷の中に幾つかドレスや仮装を用意してるんだ……きっと、参加する人も沢山いる。ミシェルもどうかなって」

 

「私は……」

 

 

先日、グウェンにダメ出しされてしまった幽霊マスク(ゴースト・フェイス)を思い出した。

散々な評価だった……ピーターの引いた顔が脳裏に蘇り、思わず眉を顰めてしまう。

ちょっと苦手意識が付いてしまったのだ。

 

 

「私は……いいかな」

 

「そうか……でも、出たくなったら、いつでも言ってくれ。用意するから」

 

 

……何故、ハリーは私に仮装させたがるのだろう?

何か、私に着て欲しい仮装でもあるのだろうか?

 

……申し訳ないけど、あまり仮装はしたくない。

 

 

「ミー、シェー、ル?」

 

談笑していると、後ろから声を掛けられた。

でも、ピーターじゃない。

 

 

「グウェン?」

 

「良かったぁ。ちゃんと来てたんだ……わ、そのドレスめちゃくちゃ可愛い」

 

 

グウェンが手を口に当てつつ、私の周りを回る。

前後左右からドレスにチェックが入る。

 

このドレスはティンカラー製の防刃防弾ドレスだが、見た目は普通のドレスだ。

勘付かれる事はないだろう……だが、少しドキドキしていた。

 

そんな私を他所に、グウェンは興奮した様子で笑っている。

 

そして、スマホを取り出した。

 

 

「撮っても良い?」

 

「……良いけど」

 

 

笑顔で写真を……パシャリ。

 

だが、笑っているのはグウェンだ。

私は頬が引きつっている。

 

被写体よりも撮ってる人間の方が笑顔だなんて、チグハグだ。

 

そして、グウェンが目を逸らし、ハリーを見た。

 

 

「ハリーも入って?」

 

「ぼ、僕もかい?」

 

 

慌てた様子のハリーに、私は近付いた。

手の届く距離……寄り添って、グウェンの方を見た。

 

パシャリ、ともう一枚。

 

 

「ありがとー、ミシェル。後で送るからね」

 

「ん」

 

 

そして、グウェンはハリーを見た。

 

 

「ハリーにも送るから」

 

 

そして、ウィンク。

勢いに押されたのか、ハリーが困ったような顔で笑っていた。

 

そして、一つ違和感を感じた。

 

私はグウェンに問い掛ける。

 

 

「ネッドは?居ないの?」

 

 

そう、グウェンも一人連れてこれるなら……きっと、ネッドを誘って来ると思った。

 

なのに、彼女は一人で来た……どこかに来ているのだろうか?

 

 

「……あれ?そう言えば……どこだろう?」

 

 

グウェンが見渡し、「あ」と声を出した。

私も視線で追う……その先には、いつもよりお洒落をしたネッドと……紫色のスーツを着た爽やかそうな男と会話していた。

 

グウェンが手を振ると、気付いたのかネッドは会釈してコチラに駆け足でやって来た。

 

 

「ごめん、ごめん……少し話をしていて」

 

「話ぃ?」

 

 

ネッドの言葉に、グウェンが不思議そうに首を傾げた。

 

 

「話って……何を話してたの?」

 

「それは……あれ?何だっけ?」

 

 

惚けた返答に、グウェンが思わずため息を吐いた。

 

 

「何それ?じゃ、誰と話してたの?」

 

「えーっと……ごめん、分からないかも」

 

「それも?……ネッド、あんた寝不足なの?」

 

 

グウェンがまた、ため息を吐いた。

 

そんな何も分からないなんて……私は先程、ネッドが居た場所を見る。

……紫色のスーツを着た男は居なくなっていた。

 

アレは一体、誰だったのだろう?

 

訝しんでいると、ハリーがネッドに近付いた。

そして手を伸ばした。

 

 

「初めまして、ハリー・オズボーンです」

 

「えっと、初めまして。俺……じゃなくて、私はネッド・リィズです」

 

 

何だか、ぎこちない様子で挨拶してる二人を他所に、グウェンが私へ話しかけた。

 

 

「ミシェル、ピーターは?」

 

「今、用事だって」

 

「……ふーん?ミシェルを放って置いて、用事……ねぇ?」

 

 

グウェンが眉を顰めた。

 

何だか知らないが、ピーターに対して怒っているようだ。

口添えしておくか、可哀想だし。

 

 

「……その、あまり怒らないであげて欲しい」

 

「ん?ミシェル、別にピーターに怒るつもりはないわよ?」

 

「そうなの?」

 

 

何だ、勘違いか。

 

 

「『教育』するだけよ」

 

 

いや、やっぱり勘違いじゃないようだ。

 

苦笑いしつつ、私は辺りを見渡す。

ピーターは何処に……あぁ、居た。

 

オズボーン邸の側、石の柱の側に彼は居た。

 

思わず呼びかけそうになるけれど……すぐ側に、誰かいる事に気付いた。

 

それは私と似た金髪と、青い眼を持つ男だった。

年は私より上みたいで……緑色のスーツを着ている。

 

……誰だろう?

何故か、凄く、凄く気になっていた。

 

今すぐ確かめたい。

誰なのか知りたい。

 

彼は──

 

 

「ミシェル?」

 

 

声が聞こえて、私は振り返った。

 

それは、ハリーの声だった。

 

 

「どうかしたのかい?」

 

「……何でもない」

 

 

気になるのは確かだが、今すぐハリー達を無視してまで行くのは……失礼だと思った。

それに緑色のスーツを着た男が参加者だと言うのなら、話す機会ぐらいあるだろう。

 

私はピーターと話している、その男から目を逸らした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「では、フィニアスさんは何故、僕に話を?」

 

 

僕は目の前にいる緑色のスーツを着た歳上の男……フィニアスにそう訊いた。

 

 

「呼び捨てでも良いよ?敬語も不要だし」

 

 

僕の質問には答えず、そんな事を言う。

 

 

「……歳下なので、僕は」

 

「礼儀正しいんだね……謙虚さは美徳だ」

 

「……どうも?」

 

「さて、君に話しかけた理由だけどね……うーん」

 

 

フィニアスが目を逸らし……ミシェルへと目を向けた。

今はハリーや、グウェン、ネッドも居て談笑している。

……早く、あっちに混ざりたいな。

 

そう思ってる僕に、フィニアスが質問して来た。

 

 

「あの白金髪の彼女とは、どんな関係だい?」

 

「ど、どうって?」

 

「恋人なのかい?」

 

 

こ、恋人!?

 

 

「ち、違いますよ……友達です」

 

「そうか、友達かぁ……ふーん、そっか」

 

 

そう言って、フィニアスがニヤリと笑った。

 

 

「な、何ですか?」

 

「君は彼女の事が好きなのかい?」

 

 

す、好き!?

 

 

「それは、その……何で、初対面の人に言わなきゃならないんですか?」

 

 

冷静さを取り戻し、そう訊いた。

するとまた、フィニアスは意地悪そうに笑った。

 

 

「その反応は『好きだ』って言ってるような物だよ?もっとポーカーフェイスにならなきゃ」

 

「う……」

 

 

な、何なんだ、この人は。

僕の事を馬鹿にしてるのか?

 

 

「君、隠し事が下手そうだね……彼女も気付いてるかも知れないよ?」

 

「そんな事は……」

 

 

ない、と思いたい。

 

気付いているのだとしたら、ミシェルは……僕のアプローチを全て無視している事になる。

僕とこれ以上、仲を発展させるつもりはない……少なくとも、彼女の側から寄って来るつもりは無いという事だ。

 

だから、知らないと思いたい。

 

 

「フフフ、良い反応だ。実に面白いね」

 

「……揶揄ってるんですか?」

 

「そうだよ?」

 

 

悪びれる様子もなく、フィニアスが笑った。

……この人、顔は凄くカッコイイのに、性格が子供っぽいな。

 

そう思った直後に──

 

 

「じゃあ少し、込み入った話をしたいけど……良いかな」

 

 

凄く、真面目そうな顔をした。

 

 

「何を……?」

 

「そんなに身構えなくて良いよ。ちょっとした問題提起をしたいだけさ」

 

「も、問題?」

 

 

何を言ってるか分からなくて、聞き返す。

先程までみたいな悪戯好きそうな顔でフィニアスが口を開いた。

 

 

「トロッコ問題って知ってるかな?」

 

「……知ってますよ」

 

 

暴走したトロッコの進む先に『沢山の人』がいる。

そのまま進めると『沢山の人』は死んでしまう。

 

だけど、僕の手元にはレバーがあって、それを切り替えればトロッコは分岐する。

『沢山の人』は助かる。

 

だけど、その分岐先には『一人』いる。

その人は死んでしまうだろう。

 

『沢山の人』を見殺しにするか?

『一人』を自分の選択の結果、殺してしまうのか?

 

そう言う問題だ。

 

 

フィニアスは満足そうに頷いて、口を開いた。

 

 

「僕は『沢山の人』を救う為に、『一人』は犠牲になるべきだと思ってる……それが最も合理的だからだ。君は、どう思うかな?」

 

「……何で、こんな質問を──

 

「教えてくれないか?君なら、どうする?」

 

 

有無を言わせぬ眼光に思わず、怯んでしまう。

……この問題に正解なんてない。

あるのは、どちらかを死なせてしまう後悔だけだ。

 

……だから、僕は。

 

 

「僕はレバーを切り替えます」

 

「……じゃあ、その『一人』を犠牲に──

 

「そして、どうにか頑張って『一人』を助けます」

 

「うん……?」

 

「どちらかを諦めろなんて……僕には、出来ないので」

 

 

僕の返答は屁理屈だ。

正しいか正しくないかじゃない、問題の趣旨から外れた最低な解答だ。

 

 

「く、フフフ、フフ」

 

 

僕の返答に、フィニアスが笑った。

 

正直、馬鹿にされるとは思ってた。

だけど、その笑い方は嘲笑じゃなくて……愉快そうに笑っていた。

 

 

「フフ、フ……君、面白いね。うんうん、それでこそだ」

 

「……褒めてるんですか?」

 

「勿論さ。君なら、そうするだろうからね」

 

「はぁ……?」

 

 

フィニアスが壁にもたれ掛かり、頷いた。

 

そして。

 

 

「ではもし、その『一人』が──

 

 

この問題は終わっていないようだった。

 

 

「とんでもない『悪人』だったとしても、君は助けるかい?」

 

「助けますよ」

 

 

少しも、僕は悩まなかった。

答えは決まっていたからだ。

 

 

「もし、トロッコを止められず……君が巻き込まれてしまう可能性があってもかい?」

 

「はい」

 

 

フィニアスが手を顔に当てて、不思議そうな顔をした。

 

 

「それはどうしてだい?何を君が突き動かすんだ?」

 

「……死んで良い人なんて居ませんよ」

 

 

僕の答えに、フィニアスは訝しむような顔をした。

納得してない様子だ。

 

だから、僕は言葉を繋げた。

 

 

「死んだら……『そこまで』じゃないですか。罪を犯した人間は償うべきです」

 

「……へぇ」

 

「死んで終わりだなんて……ただ、悲しいだけだから。助けられるなら、僕は助けたい……そう、思うんです」

 

 

……僕の答えに、フィニアスが面白そうに笑った。

 

 

「君は独特な価値観を持っているようだね」

 

「そう、ですかね」

 

「誇って良いよ……君を育てた人は、凄い人だ」

 

 

脳裏にベン叔父さんの事が思い浮かんだ。

……僕が褒められるよりも、叔父さんを誉められる方が僕は嬉しい。

 

そして、フィニアスが石の柱から離れて……ズボンを払った。

 

 

「さて、楽しいお喋りを有難う。僕はこの辺でお暇させて貰うよ」

 

「あ、はい」

 

 

不思議な人だったけど……何だか、嫌いにはなれない人だった。

 

 

「では……楽しかったよ、ピーター。また会えたら、よろしくね」

 

 

そして、背を向けて歩くフィニアスに──

 

 

僕は、少し違和感を感じた。

 

 

「あれ?」

 

 

何で僕の名前を知っているんだ?

僕は彼に話した覚えはないのに……何故?

 

気になったけれど……きっと、僕とミシェルの会話を聞いていたのだと勝手に納得した。

 

そして、ミシェル達に合流しようと僕は踵を返して──

 

 

『私の名前はフラグスマッシャー!このパーティ会場は私が占拠させて貰う!』

 

 

スピーカーで増幅されたであろう、大きな声が耳に聞こえてきた。

 

 

あぁ、もう、全く。

 

スパイダーマンに休暇は無いのだろうか?

 

僕はオズボーン邸の裏に隠れて、腕時計型のスーツを起動して……あれ?

 

何故か、起動しない。

冷汗が……頬を伝う。

 

そ、そんな、嘘だろ!?

 

ボタンを押すけど、変わらない。

 

故障……?

いや、そんな筈はない。

毎日メンテナンスをしてるし……この腕時計型スーツは特殊金属製だ。

日常生活で壊れる事なんて無い筈なのに、何で!?

 

 

「そこのお前!何をしている!」

 

 

黒いマスクを被った男に、僕は銃を突きつけられてしまった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「君達には、人質になって貰う!政府との取引材料として、だ!」

 

 

複数人の黒いマスクを被った男を従えているのは……白と黒のタイツを着た黒いマスクに……外は黒、中は赤色のマントを着た男だ。

 

 

「私の名前はフラグスマッシャー!国境と言う下らぬ壁を破壊したいだけだ……協力するのであれば、君達に危害は加えない。約束しよう」

 

 

そう、笑顔で言った。

 

全く信用できないけどね……現に僕達は腕を縛られてるし。

ミシェルやネッド、グウェン、ハリーは離れた場所にいる。

 

……ミシェルとネッドの側にはグウェンが居る。

何かあっても、きっと大丈夫だ。

 

問題があるとしたら僕だ。

……スパイダーマンになれない今、どうすれば良いか分からない。

 

ここで不特定多数に正体がバレると……スパイダーマンを憎む悪党達が、素の僕(ピーター・パーカー)の大切な人達をつけ狙うようになる。

 

それはダメだ……もし、ネッドやミシェルが傷付けられたら。

取り返しが付かない。

謝ったって、どうにもならない……僕は必ず、後悔をする。

 

……あの時、ノーマンにビルからグウェンを投げ捨てられた時のように。

また助けられるとは限らないから……。

 

だから、正体を隠せない今、僕に出来る事は……。

 

 

「そこのお前、国境についてどう思う?」

 

「え?」

 

 

フラグスマッシャーが指差したのは、僕だった。

 

 

「どうって……」

 

国家主義(ナショナリズム)など下らないと思わないか?生まれた国によって貧富が決まる……居場所が決まる……それは唾棄すべき事だと思うだろう?」

 

「そんな……」

 

「反応が悪いな、国家主義者(ナショナリスト)か?」

 

 

そう言って──

 

 

「うがっ!?」

 

 

僕は殴られた。

口を切って、血が地面に散る。

 

周りから悲鳴が聞こえた。

 

ミシェルが視界に入った……口をグウェンに抑えられている。

……良かった……もし、目立ったら、殴られるかも知れないから。

 

 

「そこは『はい、そうですね』と答えるべき所だろうが!」

 

「うぐっ!?」

 

 

腹を蹴られた。

 

咽せて、咳き込む。

 

だけど、不幸だとは思わなかった。

寧ろ、殴られたのが僕で良かった。

大したダメージじゃないからだ。

 

僕達は人質だと言った。

だから、無闇に殺せないんだ、コイツらは。

 

 

「チッ!」

 

 

這いつくばっている僕に、フラグスマッシャーが舌打ちをした。

 

そのままフラグスマッシャーはハリーの前に立った。

 

 

「お前がこのパーティの主催者だな?」

 

「は、はい」

 

 

そして、ハリーを無理矢理に立たせた。

 

 

「俺達は喉が渇いている。何か飲み物を持ってきてくれないかな?」

 

「分かりました。でも、一人だと手が足りないので……もう一人、連れて行っても良いですか?」

 

「む……確かにそうだな……なら──

 

「その足元の彼でも良いですか?」

 

 

ハリーが指差したのは……僕だ。

 

 

「彼なら貴方達を傷つける程の力もありませんから、安全ですよ」

 

「ふむ、そうだな……立て!」

 

 

フラグスマッシャーに立たされて、僕はハリーの横についた。

 

 

「……大丈夫か?」

 

 

小声で耳打ちされる。

僕は無言で頷いた。

 

 

「変な事はしないように、一人付いていけ」

 

 

フラグスマッシャーが視線で合図をし、黒いマスクを被った男が僕達の後ろに付いた。

 

そして、ハリーと僕は人質を囲っている庭から離れて、オズボーン邸へと足を踏み入れた。

 

……今日は、とんだ災難な日だ。

 

高級な絨毯を敷き詰められた廊下を歩き……ハリーが突然、足を止めた。

 

 

「……この辺かな」

 

 

小さく、僕に聞こえる程度に呟いた。

 

 

「オイ、何を止まって──

 

 

ハリーが地面から片足を浮かし、即座に振り返った。

 

そのまま回し蹴りが、男の頭に命中した。

 

 

「あがっ」

 

 

大声を上げる暇もなく、男が倒れて花瓶の置いたチェストに──

 

慌てて僕は、男を受け止めた。

そのまま物音を立てないように引き摺り、部屋の中に置く。

 

腕のウェブシューターから(ウェブ)を放ち、簡易に拘束しておく事も忘れない。

 

……やっぱり、ウェブシューターは動く。

腕時計型のスーツだけ起動しない……何故だ?

 

しかし、今は原因を究明している場合じゃ無い。

 

 

「ハリー」

 

「ピーター、何でスパイダーマンにならない?」

 

 

僕より先に、ハリーが質問した。

僕は観念して事情を話す。

 

僕の話した内容に、ハリーは訝しんだ。

 

 

「……故障か?」

 

「分からない。もしかしたら、何かに妨害されてるのかも……」

 

「そんな……くそ、ピーターをフリーにして、スパイダーマンに助けて貰う作戦だったんだが」

 

「ご、ごめん」

 

 

情けなく感じて、思わず謝る。

 

そして、ハリーが手を頬に当てて……口を開いた。

 

 

「そうだ……ここから、5つ先の部屋に、仮装コンクール用の衣装がある」

 

「仮装……なるほど、分かった。それを使えば良いんだね」

 

 

仮装用の衣装なら、顔と姿を隠す事も簡単だろう。

 

 

「そう言う事だ……僕がなるべく時間を稼いでおく。だけど、なるべく早く来てくれよ?」

 

「任せて」

 

 

僕は部屋を出て、廊下を物音を立てぬように走る。

 

1、2、3、4……ここだ!

 

僕は部屋のドアを開けて、転がり込む。

 

 

そこは、僕の住んでいるアパートの一室よりも広かった。

……少し、複雑な気持ちになる。

 

 

並んでいる大きなハンガーラックには、沢山の衣装が吊り下げている。

狼男、半魚人、スーパーマン。

色も形も様々だ。

 

だけど、どれも量販店で売っているような安物ではなかった。

……ハリー、わざわざちゃんとした物を買ってきたのか。

 

いや、どれも新品じゃなさそうだし……元々、ハリーの家にあった物かな?

なら、この衣装はノーマン・オズボーンの趣味かも知れない。

彼はハロウィンが好きだったから。

 

ハンガーラックに手を乗せて、中の服を確認する。

これは……女性用の服を纏めたラックみたいだ。

黒いウェディングドレスみたいなのもある。

これを着ては戦えない……別のハンガーラックへと手を伸ばす。

 

カシャカシャと音を立てて、使えそうな服を探す。

だけど、どれもこれも装飾過多だ。

困ってしまう。

 

男性用……なるべく肌を隠せる奴で、動きの邪魔にならないような……あった!

 

僕は人型のタイツを引っ張り出した。

それは、黒と青の生地で出来たタイツだ。

 

そして……胸元に『4』と書かれていた。

 

 

「うわ、ファンタスティック・フォー……」

 

 

『ファンタスティック・フォー』は四人のヒーローチームだ。

 

手足が伸びる天才科学者、ミスター・ファンタスティック。

バリアも貼れる透明人間、インヴィジブル・ウーマン。

燃える男、ヒューマン・トーチ。

怪力岩人間、ザ・シング。

この四人だ。

 

そんな彼らは仲がいい……ミスター・ファンタスティックとインヴィジブル・ウーマンは夫と妻だし。

ヒューマン・トーチとインヴィジブル・ウーマンは姉弟だし。

 

だからか、知らないけどお揃いのスーツを着てるんだ。

この青と黒のタイツをね。

 

 

……そして、これは多分、そのレプリカだ。

 

思わず、顔を顰めた。

だって知り合いだし……ヒューマン・トーチはいけすかない奴だし。

でも選り好みしてる場合じゃない!

 

僕は着ている服を脱ぎ捨てて、全身タイツを着る。

……う、ちょっと大きいけど、まぁ大丈夫だ。

両手に黒いゴム製のグローブを嵌めて、よし、完成だ。

 

 

後は顔を隠す物は……ラックの下や、側を探す。

 

 

「な、ない……」

 

 

被り物は別の部屋なのか……?

 

でも探している暇なんて、今は一刻も争うんだ。

 

視界の隅に、ベージュ色の紙袋が見えた。

この仮装を持ち込むのに使用したであろう、無地の紙袋だ。

 

……これしかない。

 

僕は紙袋を手に取り……よし、見た目より結構丈夫だ。

 

壁に掛けられているバインダーのボールペンを手に取り、目の位置に穴を二つ開けた。

 

そして……穴の空いた紙袋を被り、僕は部屋を飛び出した。


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