【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
「ミシェル、大丈夫?」
グウェンが頭上から声を掛けてきた。
彼女は今、私に密着して……後ろにいる。
私の方が小さいので、必然的に顔の位置が上になってしまうのだ。
「ん……平気」
後ろ手をビニールのロープで結ばれて、地べたに座っている。
手に食い込んで少し赤くなってる。
しかし……折角、ハリーが誘ってくれたハロウィンパーティなのに。
変な奴らが乱入してきて台無しだ。
私達を囲む黒いマスクの男達……そのリーダーであるマントを付けた男。
彼は自身を『フラグスマッシャー』と名乗っていた。
彼の事は知っている……コミックでの知識だが。
本名はカール・モーゲンソー、だったか?
……しかし、思い出しても……あまり強い
いつも負けて……時には殺されて代替わりしてるイメージが強い。
この世界の彼が何代目かは知らないが……手に銃火器を持っている事から、スーパーパワーは無さそうだ。
「…………」
グウェンが、無言でフラグスマッシャーを睨んでいる。
奴と私の間に挟まり、守ろうとしている。
シンビオートと結合したグウェン、つまりグウェノムならば全く問題なく対処出来るだろう。
だが、その場合……人質が殺されてしまう可能性もある。
結局、今の所はパワーを隠して大人しくするしかない。
頼みの綱は──
「ピーター……」
そう、ピーター・パーカー
先程、給仕を命令されたハリーが、彼を屋敷に連れて行った。
ハリーはピーターがスパイダーマンだと言う事を知っている……筈だ。
何かしら作戦があるのだろう。
なので、私が何かする必要はない。
寧ろ、フラグスマッシャー達の不興を買わないよう、静かに大人しくしているのが最善だ。
今の私は『ミシェル・ジェーン』だ。
『レッドキャップ』ではない。
暴力的な手段での解決は出来ない。
私は左右を見渡し……ネッドを見る。
顔を強張らせているが、落ち着いている。
ピーター関係で、何度か荒事に巻き込まれているから……慣れてしまったのだろうか?
それは幸か不幸か……まぁ、度胸がある事はいい事だ。
問題があるとすれば他の人達だ。
誰も彼もが怯えていて……子供は涙を流して、それを大人が声を出さないよう必死に落ち着かせようとしている。
……あぁ。
「そうか」
大した事のない話だと思っていたが、彼等にとっては命の危機であり……大事なのだ。
私の価値観は世間からズレてしまっているようだ。
それも、良くない方に。
そうして、怯える人達の中に……一人、落ち着いた様子の男がいる事に気付いた。
ピーターと喋っていた緑色のスーツを着た男……彼は腕を縛られていると言うのに、まるで休日の昼下がりかと思える程にリラックスしていた。
……彼も、私と同じく『価値観が世間からズレている』のだろうか?
話をしたい気持ちはある。
彼の事を知りたいと、心の奥底から衝動を感じる。
何故かは分からない、だけど……私の知らない、何かが……彼の事を知りたいと言っている。
それでも、今の状況では難しいだろう。
フラグスマッシャー達は「大人しくしていれば危害は加えない」と言っていた。
逆に言えば……目立つ行為をすれば、危害を加えるという事だ。
先程の、ピーターのように……。
「…………」
私は眉を顰める。
幾らピーターが人より頑丈だからと言って、殴るなんて──
あぁ、いや、私に責める権利はない。
私だって彼を何度も殴っている……それどころか、ナイフで刺した事もあるだろう?
自分を棚に上げて、人にはするなと言いたいのか?
だから、他人を罵る権利はない。
私は彼等と同じだ。
だから、落ち着こう。
ここで憤っても、グウェンに迷惑を掛けるだけだ。
……私はグウェンへと視線を戻す。
随分と凛々しい眼差しをしている。
私のように楽観視している訳でもなく、どうやってこの状況を打破するか……そして、私達に危害が及ばない方法を考えているようだ。
そんな私の視線を不安がっていると思ったのか、私を安心させようとグウェンが微笑んだ。
「大丈夫……私が何とかするから」
……カッコいい。
今生が女でなければ惚れていたかも知れない。
直後、オズボーン邸の入り口が音をたてて開いた。
「む……?」
そして、フラグスマッシャーはそちらを見た。
出てきたのはハリー……一人だ。
監視役の男も居ない。
「おい、貴様……何故一人なんだ?そもそも給仕はどうしたんだ?」
「はぁ……はぁ……」
息切れしながら、ハリーが門に手を突いた。
……アレは、演技だな。
以前、彼がエージェントとして活動していた時……オリンピック選手も顔負けな運動をし続けていたにも拘らず、息切れもしていなければ汗もかいていなかった。
それは強化薬によって身体能力が向上しているからだ。
その様子を知っている私からすれば、アレが何か意図を持った時間稼ぎである事は容易に見抜けた。
だが、フラグスマッシャーはハリーと初対面だ。
彼の能力など、知る訳がない。
想定通り、不思議がって彼はハリーに近付いて行く。
「オイ、どうした?」
「……大変な事が起きたんだ」
「何ぃ……何だ?言ってみろ」
要領を得ない様子のハリーを訝しみながら、フラグスマッシャーが近付き……ハリーが上を見た。
「お前、どこを見ている……?」
フラグスマッシャーが上を見る。
頭上にはアーチ状の屋根。
中庭に日影が出来るように作られた屋根だろう。
それは今日、ハロウィンの装飾で飾られていた。
だが、それだけだ。
誰かがいる訳ではない。
「何も居ないではないか……私を馬鹿にして──
直後、アーチの影から人影が飛び出した。
そいつが、フラグスマッシャーの頭を蹴り飛ばした。
「うぐあっ!?」
悲鳴を上げながら地面に顔を叩きつけられる。
ボキリと、鼻が折れる音がした。
あぁ、その人影は私達を助けに来たヒーローだ。
いつも通り、赤いコスチュームを……お?
あれ?
青と黒?
……ファンタスティック・フォーのコスチューム?
そして、頭には紙バッグだ。
正直に言うと不審者にしか見えない。
でも、あれ……?
え?
誰?
◇◆◇
ハリーが気を逸らしてくれている間に、不意打ちする事が出来た。
リーダーが攻撃された事に驚いたマスク達が、呆気に取られている……その隙に。
僕はフラグスマッシャーの後頭部を蹴った反動で、宙に飛ぶ。
そのまま宙で錐揉みしつつ……目を閉じる。
右に二人、左に一人、後ろに三人、前に一人。
……そして、目を開ければ。
トリガー部分に硬化した
マスク男達は慌てて銃火器から
橋から落ちそうな車を持ち上げた事だってある。
だから、彼らには外せないだろうという自信があった。
……今、僕がかぶっている紙袋も
外すのが少し困るかも。
……いや、本当にどうしよう。
髪の毛とかに
「うぐ、ぎざま……何者だ!」
おっと、鼻血を流してるフラグスマッシャーが起き上がったようだ。
顔から地面にぶつけたのにタフだなぁ。
そのまま、銃口が僕へ向いた。
「さぁね、誰だと思う?僕はファンタスティック・フォーだと思うけど」
……僕は少し横にズレて、背後に人が居なくなるように調整する。
「ふざけるな!我々は遊びでやっている訳ではない!貴様のような何も知らぬ子供が──
「知らない人をテロに巻き込んじゃダメだって、パパとママに習わなかったの?大人なのに?」
首の裏が、ピリピリと痛む。
「調子に乗るな!」
瞬間、フラグスマッシャーが引き金を引いた。
僕は身体を逸らして弾丸を避ける。
そのまま、前に突き出した腕から
「危ない玩具は没収だよ」
そのまま強く引っ張れば、彼の手から引き剥がされ……僕の手元に収まった。
……結構、大きいな。
僕は銃身を握り、力付くで捻じ曲げた。
「L」の形に曲がった銃を地面に投げ捨てる。
……よし、これで拾われても発砲出来ないな。
「このっ、私を本気で怒らせたな!」
「さっきまで本気じゃなかったの?」
挑発すると、冷静さを失ったようで……人質も気にせず僕への怒りを募らせている。
そして、フラグスマッシャーが腰から棒を取り出した。
先端には……棘の付いた鉄球?
モーニング・スターって奴かな。
……あまりにも前時代的だ。
思わず、僕はため息を吐いた。
「それに、君よりも僕の方が怒ってると思うけどね」
ちら、とパーティの参加者を見る。
そうとも、パーティを邪魔されて……友人を危険な目に遭わされて、僕は怒ってる。
それに釣られてか、フラグスマッシャーが怒声を上げた。
おっと拙い。
「貴様ら何をしている!加勢しないか!」
慌ててマスク男が僕を囲む。
と言っても手元の銃は
ナイフみたいな刃物も持っていない。
多分、銃が使えなくなる想定をして無かったんじゃないかな?
やっぱり素人だ。
……脅威にはならないかな。
直後、僕にマスク男が飛びかかった。
武術も何も修めてなさそうな、素人丸出しの攻撃だ。
……慌てず、僕はカウンター気味に顔を殴った。
「ぎゃっ」
男は2メートル程吹っ飛んで、地面に転がった。
ピクピクと痙攣してる。
……ちょっと強く殴り過ぎたかも。
でも、一般市民を怖がらせたんだから仕方ない。
当然の報いって奴だ。
その瞬間、背後から声が聞こえた。
「隙だらけだぞ!」
フラグスマッシャーだ。
モーニングスターを振り上げて、背後から僕へと襲い掛かろうとしている。
隙だらけ……と言われても、
と言うか声を出しながら不意打ちしたら、意味が無いと思うんだけど……?
だから、隙でも何でもない。
気付いてる上で、別に構えなくても大丈夫だと思っているのだ。
僕は背後を振り返りながら、手の甲と鉄球をかち合わせる。
すると──
「なにぃ!?」
鉄球は粉々に砕け散った。
「あらら……」
金属製だったけど、あまり重くならないように中心部は空洞だったようだ。
フラグスマッシャーは超人ではない。
あまり重くすると取り回しが悪くなるから、空洞にしたのだろう。
まぁ、その所為で強度が落ちて壊れちゃったら意味ないけど。
そして、フラグスマッシャーは鉄球部を失ったモーニングスター……いや、鉄の棒を地面に落とした。
……腕を抑えて蹲っている。
鉄球を破壊した際の衝撃を逃しきれず、腕にダメージが入ったのだろう。
「それじゃあ、パーティの二次会は刑務所でやってね」
その隙に僕は
腕、脚、胴、動かせる場所はもう無いだろう。
「くそっ、今すぐ解け!お前の──
「おっと、口がまだだったね」
再度、中指でウェブシューターを起動する。
「へぶっ!?」
顔に
鼻を塞がず、口だけ塞ぐのって結構難しいんだよね。
「んんん!!んん!」
「あー、ごめん。何言ってるか分かんないや」
「んん!」
くぐもった声鳴き怒声を無視して、僕は周りのマスク男達に顔を向けた。
……さっきぶっ飛ばされた奴の姿を見て、彼らはビビってしまっている。
及び腰で、誰も僕に向かってこない。
僕はため息を吐いて、彼らに警告する。
「大人しく投降すれば、骨を折らずに済むよ……僕も、君達もね」
僕は苦労しなくて済むし、彼等は物理的に骨折しなくて済むんだから……諦めて欲しいな。
にしても、凄く拍子抜けだ。
特殊部隊や軍人でもないし、秘密組織のエージェントでもない……ただのテロリスト。
訓練なんかもしてなさそうだし……。
兵士ってよりは思想家なんだろうな、凄く迷惑なタイプの。
「ひぃっ」
そう油断していると、その内の一人が僕に背を向けて逃げ出した。
逃げた先には……グウェンと、ミシェル、ネッドがいる。
瞬間、意識するよりも早く手が動き、
背中に張り付いた糸を引っ張り、引き寄せて投げ飛ばした。
そのまま、男は壁に激突した。
「……あっ」
これらの動作は無意識でやってしまった。
当然、宇宙人やら軍人やら、スーパーな悪人と戦ってるなら問題ない。
だが、マスク男は素人だ。
受け身なんかも取れなかったようで……動かなくなった。
慌てて駆け寄り、脈を測る。
生きてる……けど、結局、骨は折れてしまったようだ。
命には別状はないと思う。
ホッと息を吐き……そのまま、他のマスク男達を見る。
「まだやる?」
彼らは慌てて、戦う意思はないと首を振っていた。
……どうにか一件落着らしい。
ハリーの方を見ると、僕に向けて小さくサムズアップしていた。
◇◆◇
パトカーが沢山来ている。
特にスーパーパワーを持っていない犯罪者だからか、『S.H.I.E.L.D.』は来ていない。
ただのニューヨーク市警だ。
その姿を、僕は普段着……より、ちょっとお洒落な服で見ていた。
あのファンタスティック・フォーの衣装ではない。
紙袋マスクも外した。
だけど、元々着ていた服はボロボロになっちゃったから、ハリーに仮装用の衣装を貰ったのだ。
いや、仮装と言っても僕では買えないような本格的なタキシードなんだけど。
……うぅ、貧富の差を感じてしまう。
あ、そうそう。
フラグスマッシャーを拘束した後、僕は急いでオズボーン邸の中に戻り服装を替えた。
そして、邸内で謎の紙袋マスクに助けられたんだと主張しておいた。
グウェンが滅茶苦茶、胡散臭そうな顔をしていたのは気になるけど。
……彼女は勘が鋭いからなぁ。
彼女にバレると言う事は『S.H.I.E.L.D.』にバレるという事だ、非常に面倒臭い。
ため息を吐くと、僕の横に誰かが座った。
プラチナブロンドの髪が、視界の隅で揺れた。
ミシェルだ。
僕の顔を見て、何かに気付いたようで小さな鞄を手元に置く。
ゴソゴソと中を漁り、ハンカチを取り出した。
「ピーター、これ」
そして、僕に突き出した。
「うん?どうしたの?」
「ここ、血が出てる」
ミシェルが僕の顔を指差した。
思わず、顔に手を当てる。
……確かに唇から血が出てる。
フラグスマッシャーに顔を殴られた時の、か。
そして、ミシェルがハンカチを僕の手に握らせた。
白いシルクの、肌触りの良いハンカチだ。
思わず苦笑した。
「ミシェル、これに血がついたら……汚れが取れなくなるよ?僕は大丈夫だから──
「良いから」
ミシェルにハンカチを返そうとするけど、受け取って貰えない。
……あんまり、善意を無碍にするのも良くないかな。
そう思い直して、ハンカチを口元に近づけて──
「あっ」
ハンカチに仄かなピンク色を見つけた。
そして、仄かに甘い匂いがした。
ギョッとして、ミシェルを見る。
「あの、ミシェル……?」
「どうしたの?」
ミシェルが首を傾げた。
少し悩んで……僕は彼女に質問する。
「このハンカチってさ……今日、既に使ってたりする?」
「…………あ」
そう、仄かなピンク色は……ミシェルが付けているリップの色だ。
恐らく、飲み物を飲んだ後、口を拭いたに違いない。
つまり、その、このまま僕が……このハンカチで口元を拭いたら間接的に──
「……その、ピーター?」
ミシェルが手を伸ばして来た。
僕の目から、顔を逸らして。
「分かってるよ」
……僕はその手に、ハンカチを乗せた。
残念だとか、惜しいとか、そんな思いはない。
彼女に嫌がられる事はしたくないからだ。
ミシェルが鞄にハンカチを戻し、申し訳なさそうな顔をした。
「……ごめん」
ミシェルは手で、唇を隠すように覆っていた。
その仕草に思わず、心臓がドキリと跳ねた。
「き、気にしてないよ?元々、善意で貸してくれようとしてんだし」
ミシェルが気に病まないように、努めて笑う。
……ちなみに、「気にしてない」は嘘だ。
滅茶苦茶、気にしてる。
心臓が凄い音を立ててバクバク言っている。
さっきフラグスマッシャーに銃を向けられた時よりも、落ち着かなくなっていた。
顔、赤くなってないかな。
大丈夫かな。
そんな事ばかりが、頭の中を占めていた。
気まずくなったのか、ミシェルの視線がまた顔を逸らした。
僕も彼女の唇から意識を逸らす為に、警察官達の会話を盗み聞く。
紙袋を被った男が話題になっていた。
何と呼ぶかで議論になっている。
……
変なニックネームが付いてるけど……多分、彼はもう二度と出てこないから、名付け損だよ。
……と言うか、
それなら、何故あんな格好をしているのかって話になって……そこから僕に紐づけられたら凄く困るけど。
うん、後悔はしない。
……あぁ、家に帰ったら腕時計型スーツのメンテナンスをしないと。
故障してたら、スタークさんに相談しに行かないといけないし。
でも、何で動かなかったんだろう。
……今はちゃんと電子時計も動いてるけど、あの時は完全に動いてなかった。
思案していると、ミシェルが服の裾を引っ張った。
「……ピーター、少し話したい人がいるから探してくる」
「……うん?分かったよ。気を付けてね」
「ん」
短く返事して、ミシェルが警察が事情聴取をしている人混みの中に入って行った。
話したい人?
探す?
グウェンやネッド、ハリーなら名前を出す筈だ。
そして、探すと言っているからには……見つかっていないようだ。
名前も知らない相手を探している……のだろうか?
……付いて行った方が良かったかな、心配だし。
ほんの少し後悔したけど、ミシェルの姿は人混みに隠れて見えなくなっていた。
野次馬じゃないけど、テレビ局のリポーターだったり、新聞社も来ているようだ。
あ、現場の写真を撮っておけばデイリービューグルからお金が貰えるかな……って、カメラは持って来ていないんだった。
スマホのカメラじゃ、どうせ安く買い叩かれるし……。
……人混みを見ていると、一人、見知った顔が抜け出して来た。
「……ピーター」
げっそりとした声を出しているのは、ハリーだ。
パーティの主催だからか、聞かれる事も多かったのだろう。
……多分、警察からの事情聴取は終わったけれど、マスコミ相手が嫌になって抜け出して来たに違いない。
「ハリー、お疲れ様」
「あぁ、本当に……疲れたよ」
深く息を吐いて、僕の横で座り込んだ。
僕はそんな姿に苦笑しつつ、声を掛けた。
「この後、どうする予定なの?」
「パーティはお開き……現場の調査が終わったら解散さ。それ程、時間は掛からないと思うけど」
「そっか」
楽しいパーティの筈だったのに。
主催者であるハリーの心労は僕よりも遥かに大きいだろうから、口には出さないけれど。
「後は、そうだな……パーティに出す予定だったケーキやオードブルは、袋にでも包ませて持ち帰って貰おうか」
「あぁ、それは良いアイデアだね……ケーキとかは──
「ミシェルが喜びそう、か?」
「そうそう」
ハリーが笑った。
僕も笑った。
こうして、一緒に笑い合える仲になれて……本当に良かった。
心の底から、そう思っている。
「そうか、ケーキのお土産、か……」
ハリーが染み染み、と言った様子で自身の言葉を噛み締めた。
「どうかした?」
「あぁ、いや……彼女と初めて会った時も、ケーキを受け渡していたなって」
彼女……名前は出さなかったが、僕には分かる。
そして、彼自身の未練も感じ取った。
告白する予定だったけど、身を引く……とハリーは言った。
だけど……本当にこれで良いのか?
「いや……」
良くない。
「ピーター?」
ハリーが僕の様子を訝しんだ。
「やっぱり……告白したいんだよね、ハリーは」
「……何を言ってるんだ?僕はもう、諦めて──
「諦められてないよ」
僕の言葉に、ハリーが眉を顰めた。
「いいや、諦めたさ。僕は──
「だって、ハリー。彼女の話をする時……凄く、辛そうな顔をしてるから」
「何を……バカな……」
ハリーが自身の顔に手を置いて……悩み始めた。
そんな彼に声を掛ける。
「このまま言わなかったら、ずっと後悔すると思うよ」
「……ピーター、君も彼女の事が好きなのだろう?」
「そうだけど」
「恋敵を応援して……もし、僕がOKを貰ってしまったら君はどうなる?可能性は少しでも摘み取っておくべきじゃないのか?」
ハリーの目は、僕へ真っ直ぐに向けられていた。
そして、真剣な表情で口を開いた。
「ピーター。君にとって、彼女はそこまでの存在なのか?」
「大切だよ。だけど、ハリーも僕の友人だから」
「……何を」
僕の返答を理解できなかったのか、困ったような顔をした。
「本音を言うと告白しないのなら僕は嬉しいんだ……でも、友人の気持ちを大切にしたいのも、僕の本音なんだ。ずっと悩んだまま、生きていくのは辛いと思うし」
「……はぁ、そうか」
ハリーが呆れたようにため息を吐いた。
偉そうな事を言っても、僕だって告白してないからね。
「ピーター、君は本当に損な性格をしているな」
「……バカにされてる?」
「いいや?それでこそ『親愛なる隣人』だ。褒めてるのさ」
ハリーが僕の事を笑って、そして勢い良く立ち上がった。
「ありがとう、ピーター……僕はもう、諦めない」
「……そ、そっか」
返事をしながら、僕は少し危機感を持っていた。
もし、ミシェルが、ハリーの告白をOKしたら……もう、僕とは一緒に居てくれなくなるんだろうか?
そう考えると胸が苦しくなるけど……それでも、彼女が幸せになれるなら、僕は納得できると思う。
……いや、かなり引きずると思うけど。
それこそ、5年ぐらい後悔しそうだ。
そんな僕の内心を見透かしたように、ハリーが少し笑った。
◇◆◇
僕は懐中時計型のハッキング装置の電源を落とした。
柱の裏から、ピーター・パーカーの後姿を見る。
「見込みはあるかな……敵役は少し、物足りなかったけど」
緑色のスーツ、その懐に装置を仕舞い込む。
ピーター・パーカー。
スパイダーマン。
情報としては知っていたけど、人となりは改めて知る事が出来た。
お人好しだと聞いていたけど……うん、よく分かった。
人助けしたいと欲を出してる訳じゃないな。
ただ、人を助けるのは当然だと思っているタイプだ。
そして、
僕や彼女とは正反対。
そんな彼だからこそ、彼女は友人として選んだのか?
だが彼は……僕の考えている──
「王子様って柄じゃなさそうだ……白馬にも乗らないし」
正直、顔を合わせて会話さえ出来れば良いと思っていた。
だが、まさか……乱入者が来るとはね。
お陰で彼の戦闘パターンを少しは解析する事が出来たけど、無駄な時間を使わされてしまった。
そして、ピーターが腕に付けているナノテクノロジーを使ったスーツ。
その情報を得ようとハッキングしたら、まさか機能ごとシャットダウンするとは思わなかったけどね。
流石はトニー・スターク、抜け目がない。
だが、スーツが使えなくてピーターは困っていたようだけど……他人にスーツを操られて窒息死とかさせられたら身も蓋もないし、電源を切るのが正解だとは思うけど。
一通りの観察は終わった。
僕は柱から離れて、塀に飛び乗った。
高さ、3メートル弱だけど……服の下に精神感応アーマーを着ている。
大した問題にはならない。
僕は、人混みの中で誰かを探すように彷徨っている彼女を見つけた。
……彼女と顔を合わせるつもりはない。
塀の上から飛び降りて、隣接している道路へと着地する。
塀の裏に停めておいた橙色の車に乗り込み、キーを突き刺す。
捻ると、車の内部が青色に発光する。
ハンドルに両手を乗せて、思案する。
ピーター・パーカー、そして……ミシェル・ジェーンね。
彼等が共に居られる時間は、残りわずか。
自由は長く与えられる訳ではない。
別れを円滑に出来るのか、それとも……。
いいや、あまり期待しない方がいい。
期待しなければ、失望もしない。
……僕の好きな言葉だ。
現実は夢では覆せない。
ただ、そこに待っている結末を覆せるのは……より、強い力だ。
僕にはない。
彼女にもない。
彼にもない。
合わせた所で、僕達では
エンジンを稼働させて、車を走らせる。
「でも、困ったな」
……どうすればいい?
僕には分からない。
僕はただの『妖精』だ。
灰を被った少女を着飾り、舞踏会に連れて行く事は出来る。
だけど、それは幻だ。
12時を過ぎれば夢は消えてしまう。
車を自動操縦させて、頭を整理する。
……あぁ、そう言えば。
「……パーティに何故、あの男が居たんだ?」
紫色のスーツを着た端正な男。
僕が見つけた時は若い女と話していたが……随分と下卑た笑みを浮かべていたな。
僕は眉を顰めた。
「不愉快だな。雇われたのか……私欲なのか、分からないけど」
奴は残忍で狡猾、非道で、最悪なクズ野郎だ。
関わった人間は誰もが不幸になるだろう。
「まぁ、僕には関係ないけどね」
彼女さえ巻き込まれなければ良い。
……念のため、スーツにも耐性を付与しておこうかな?
心配性な僕は、彼女の着る赤いスーツへ思いを馳せた。