【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#85 マイラヴ・ユアラヴ part3

「ミシェル、大丈夫?」

 

 

グウェンが頭上から声を掛けてきた。

彼女は今、私に密着して……後ろにいる。

私の方が小さいので、必然的に顔の位置が上になってしまうのだ。

 

 

「ん……平気」

 

 

後ろ手をビニールのロープで結ばれて、地べたに座っている。

手に食い込んで少し赤くなってる。

 

 

しかし……折角、ハリーが誘ってくれたハロウィンパーティなのに。

変な奴らが乱入してきて台無しだ。

 

私達を囲む黒いマスクの男達……そのリーダーであるマントを付けた男。

彼は自身を『フラグスマッシャー』と名乗っていた。

 

彼の事は知っている……コミックでの知識だが。

国旗(フラグ)破壊(スマッシュ)する人と言うだけあって、反ナショナリズムのテロリストだ。

本名はカール・モーゲンソー、だったか?

 

……しかし、思い出しても……あまり強い悪役(ヴィラン)ではなかった気がする。

 

いつも負けて……時には殺されて代替わりしてるイメージが強い。

この世界の彼が何代目かは知らないが……手に銃火器を持っている事から、スーパーパワーは無さそうだ。

 

 

「…………」

 

 

グウェンが、無言でフラグスマッシャーを睨んでいる。

奴と私の間に挟まり、守ろうとしている。

 

シンビオートと結合したグウェン、つまりグウェノムならば全く問題なく対処出来るだろう。

だが、その場合……人質が殺されてしまう可能性もある。

 

結局、今の所はパワーを隠して大人しくするしかない。

 

 

頼みの綱は──

 

 

「ピーター……」

 

 

そう、ピーター・パーカーA.K.A(つまり)スパイダーマンだ。

 

先程、給仕を命令されたハリーが、彼を屋敷に連れて行った。

ハリーはピーターがスパイダーマンだと言う事を知っている……筈だ。

何かしら作戦があるのだろう。

 

なので、私が何かする必要はない。

寧ろ、フラグスマッシャー達の不興を買わないよう、静かに大人しくしているのが最善だ。

 

今の私は『ミシェル・ジェーン』だ。

『レッドキャップ』ではない。

暴力的な手段での解決は出来ない。

 

私は左右を見渡し……ネッドを見る。

 

顔を強張らせているが、落ち着いている。

ピーター関係で、何度か荒事に巻き込まれているから……慣れてしまったのだろうか?

それは幸か不幸か……まぁ、度胸がある事はいい事だ。

 

問題があるとすれば他の人達だ。

誰も彼もが怯えていて……子供は涙を流して、それを大人が声を出さないよう必死に落ち着かせようとしている。

 

……あぁ。

 

 

「そうか」

 

 

大した事のない話だと思っていたが、彼等にとっては命の危機であり……大事なのだ。

 

私の価値観は世間からズレてしまっているようだ。

それも、良くない方に。

 

そうして、怯える人達の中に……一人、落ち着いた様子の男がいる事に気付いた。

ピーターと喋っていた緑色のスーツを着た男……彼は腕を縛られていると言うのに、まるで休日の昼下がりかと思える程にリラックスしていた。

 

……彼も、私と同じく『価値観が世間からズレている』のだろうか?

 

話をしたい気持ちはある。

彼の事を知りたいと、心の奥底から衝動を感じる。

何故かは分からない、だけど……私の知らない、何かが……彼の事を知りたいと言っている。

 

それでも、今の状況では難しいだろう。

 

フラグスマッシャー達は「大人しくしていれば危害は加えない」と言っていた。

逆に言えば……目立つ行為をすれば、危害を加えるという事だ。

 

先程の、ピーターのように……。

 

 

「…………」

 

 

私は眉を顰める。

 

幾らピーターが人より頑丈だからと言って、殴るなんて──

 

あぁ、いや、私に責める権利はない。

私だって彼を何度も殴っている……それどころか、ナイフで刺した事もあるだろう?

 

自分を棚に上げて、人にはするなと言いたいのか?

 

だから、他人を罵る権利はない。

私は彼等と同じだ。

 

 

だから、落ち着こう。

ここで憤っても、グウェンに迷惑を掛けるだけだ。

 

 

……私はグウェンへと視線を戻す。

随分と凛々しい眼差しをしている。

私のように楽観視している訳でもなく、どうやってこの状況を打破するか……そして、私達に危害が及ばない方法を考えているようだ。

 

そんな私の視線を不安がっていると思ったのか、私を安心させようとグウェンが微笑んだ。

 

 

「大丈夫……私が何とかするから」

 

 

……カッコいい。

今生が女でなければ惚れていたかも知れない。

 

 

直後、オズボーン邸の入り口が音をたてて開いた。

 

 

「む……?」

 

 

そして、フラグスマッシャーはそちらを見た。

出てきたのはハリー……一人だ。

監視役の男も居ない。

 

 

「おい、貴様……何故一人なんだ?そもそも給仕はどうしたんだ?」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

息切れしながら、ハリーが門に手を突いた。

……アレは、演技だな。

 

以前、彼がエージェントとして活動していた時……オリンピック選手も顔負けな運動をし続けていたにも拘らず、息切れもしていなければ汗もかいていなかった。

それは強化薬によって身体能力が向上しているからだ。

 

その様子を知っている私からすれば、アレが何か意図を持った時間稼ぎである事は容易に見抜けた。

 

だが、フラグスマッシャーはハリーと初対面だ。

彼の能力など、知る訳がない。

想定通り、不思議がって彼はハリーに近付いて行く。

 

 

「オイ、どうした?」

 

「……大変な事が起きたんだ」

 

「何ぃ……何だ?言ってみろ」

 

 

要領を得ない様子のハリーを訝しみながら、フラグスマッシャーが近付き……ハリーが上を見た。

 

 

「お前、どこを見ている……?」

 

 

フラグスマッシャーが上を見る。

 

頭上にはアーチ状の屋根。

中庭に日影が出来るように作られた屋根だろう。

それは今日、ハロウィンの装飾で飾られていた。

 

だが、それだけだ。

誰かがいる訳ではない。

 

 

「何も居ないではないか……私を馬鹿にして──

 

 

直後、アーチの影から人影が飛び出した。

 

そいつが、フラグスマッシャーの頭を蹴り飛ばした。

 

 

「うぐあっ!?」

 

 

悲鳴を上げながら地面に顔を叩きつけられる。

ボキリと、鼻が折れる音がした。

 

 

あぁ、その人影は私達を助けに来たヒーローだ。

 

いつも通り、赤いコスチュームを……お?

 

あれ?

 

青と黒?

……ファンタスティック・フォーのコスチューム?

 

そして、頭には紙バッグだ。

 

 

正直に言うと不審者にしか見えない。

 

 

でも、あれ……?

 

 

 

え?

 

 

 

誰?

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ハリーが気を逸らしてくれている間に、不意打ちする事が出来た。

 

リーダーが攻撃された事に驚いたマスク達が、呆気に取られている……その隙に。

 

僕はフラグスマッシャーの後頭部を蹴った反動で、宙に飛ぶ。

そのまま宙で錐揉みしつつ……目を閉じる。

 

右に二人、左に一人、後ろに三人、前に一人。

 

超感覚(スパイダーセンス)に身を任せ、脅威に向けて(ウェブ)を乱射する。

 

……そして、目を開ければ。

(ウェブ)によって銃火器が使えなくなったマスク男達がいた。

トリガー部分に硬化した(ウェブ)が張り付いて、引くも押すも出来ない。

 

マスク男達は慌てて銃火器から(ウェブ)を外そうとするが……外れない。

 

(ウェブ)の粘着力と強度はかなり強い。

橋から落ちそうな車を持ち上げた事だってある。

だから、彼らには外せないだろうという自信があった。

 

……今、僕がかぶっている紙袋も(ウェブ)で固定している。

外すのが少し困るかも。

 

……いや、本当にどうしよう。

髪の毛とかに(ウェブ)が付いてないと良いけど。

 

 

「うぐ、ぎざま……何者だ!」

 

 

おっと、鼻血を流してるフラグスマッシャーが起き上がったようだ。

顔から地面にぶつけたのにタフだなぁ。

 

そのまま、銃口が僕へ向いた。

 

 

「さぁね、誰だと思う?僕はファンタスティック・フォーだと思うけど」

 

 

……僕は少し横にズレて、背後に人が居なくなるように調整する。

 

 

「ふざけるな!我々は遊びでやっている訳ではない!貴様のような何も知らぬ子供が──

 

「知らない人をテロに巻き込んじゃダメだって、パパとママに習わなかったの?大人なのに?」

 

 

首の裏が、ピリピリと痛む。

 

 

「調子に乗るな!」

 

 

瞬間、フラグスマッシャーが引き金を引いた。

僕は身体を逸らして弾丸を避ける。

 

そのまま、前に突き出した腕から(ウェブ)を射出した。

 

 

「危ない玩具は没収だよ」

 

 

(ウェブ)は銃に取り付く。

そのまま強く引っ張れば、彼の手から引き剥がされ……僕の手元に収まった。

 

……結構、大きいな。

僕は銃身を握り、力付くで捻じ曲げた。

「L」の形に曲がった銃を地面に投げ捨てる。

 

……よし、これで拾われても発砲出来ないな。

 

 

「このっ、私を本気で怒らせたな!」

 

「さっきまで本気じゃなかったの?」

 

 

挑発すると、冷静さを失ったようで……人質も気にせず僕への怒りを募らせている。

そして、フラグスマッシャーが腰から棒を取り出した。

 

先端には……棘の付いた鉄球?

モーニング・スターって奴かな。

 

……あまりにも前時代的だ。

思わず、僕はため息を吐いた。

 

 

「それに、君よりも僕の方が怒ってると思うけどね」

 

 

ちら、とパーティの参加者を見る。

そうとも、パーティを邪魔されて……友人を危険な目に遭わされて、僕は怒ってる。

 

それに釣られてか、フラグスマッシャーが怒声を上げた。

 

おっと拙い。

 

 

「貴様ら何をしている!加勢しないか!」

 

 

慌ててマスク男が僕を囲む。

と言っても手元の銃は(ウェブ)で固められて使えない。

 

ナイフみたいな刃物も持っていない。

多分、銃が使えなくなる想定をして無かったんじゃないかな?

やっぱり素人だ。

 

 

……脅威にはならないかな。

 

直後、僕にマスク男が飛びかかった。

武術も何も修めてなさそうな、素人丸出しの攻撃だ。

 

……慌てず、僕はカウンター気味に顔を殴った。

 

 

「ぎゃっ」

 

 

男は2メートル程吹っ飛んで、地面に転がった。

ピクピクと痙攣してる。

 

……ちょっと強く殴り過ぎたかも。

でも、一般市民を怖がらせたんだから仕方ない。

当然の報いって奴だ。

 

その瞬間、背後から声が聞こえた。

 

 

「隙だらけだぞ!」

 

 

フラグスマッシャーだ。

 

モーニングスターを振り上げて、背後から僕へと襲い掛かろうとしている。

 

隙だらけ……と言われても、超感覚(スパイダーセンス)のお陰で気づいている。

と言うか声を出しながら不意打ちしたら、意味が無いと思うんだけど……?

 

だから、隙でも何でもない。

気付いてる上で、別に構えなくても大丈夫だと思っているのだ。

 

僕は背後を振り返りながら、手の甲と鉄球をかち合わせる。

 

すると──

 

 

「なにぃ!?」

 

 

鉄球は粉々に砕け散った。

 

 

「あらら……」

 

 

金属製だったけど、あまり重くならないように中心部は空洞だったようだ。

 

フラグスマッシャーは超人ではない。

あまり重くすると取り回しが悪くなるから、空洞にしたのだろう。

 

まぁ、その所為で強度が落ちて壊れちゃったら意味ないけど。

 

そして、フラグスマッシャーは鉄球部を失ったモーニングスター……いや、鉄の棒を地面に落とした。

 

……腕を抑えて蹲っている。

 

鉄球を破壊した際の衝撃を逃しきれず、腕にダメージが入ったのだろう。

 

 

「それじゃあ、パーティの二次会は刑務所でやってね」

 

 

その隙に僕は(ウェブ)を連射し、フラグスマッシャーを絡め取る。

腕、脚、胴、動かせる場所はもう無いだろう。

 

 

「くそっ、今すぐ解け!お前の──

 

「おっと、口がまだだったね」

 

 

再度、中指でウェブシューターを起動する。

 

 

「へぶっ!?」

 

 

顔に(ウェブ)が命中した。

鼻を塞がず、口だけ塞ぐのって結構難しいんだよね。

 

 

「んんん!!んん!」

 

「あー、ごめん。何言ってるか分かんないや」

 

「んん!」

 

 

くぐもった声鳴き怒声を無視して、僕は周りのマスク男達に顔を向けた。

 

……さっきぶっ飛ばされた奴の姿を見て、彼らはビビってしまっている。

及び腰で、誰も僕に向かってこない。

 

僕はため息を吐いて、彼らに警告する。

 

 

「大人しく投降すれば、骨を折らずに済むよ……僕も、君達もね」

 

 

僕は苦労しなくて済むし、彼等は物理的に骨折しなくて済むんだから……諦めて欲しいな。

 

にしても、凄く拍子抜けだ。

特殊部隊や軍人でもないし、秘密組織のエージェントでもない……ただのテロリスト。

訓練なんかもしてなさそうだし……。

兵士ってよりは思想家なんだろうな、凄く迷惑なタイプの。

 

 

「ひぃっ」

 

 

そう油断していると、その内の一人が僕に背を向けて逃げ出した。

 

逃げた先には……グウェンと、ミシェル、ネッドがいる。

 

瞬間、意識するよりも早く手が動き、(ウェブ)を射出した。

背中に張り付いた糸を引っ張り、引き寄せて投げ飛ばした。

 

そのまま、男は壁に激突した。

 

 

「……あっ」

 

 

これらの動作は無意識でやってしまった。

当然、宇宙人やら軍人やら、スーパーな悪人と戦ってるなら問題ない。

 

だが、マスク男は素人だ。

受け身なんかも取れなかったようで……動かなくなった。

 

慌てて駆け寄り、脈を測る。

生きてる……けど、結局、骨は折れてしまったようだ。

命には別状はないと思う。

 

ホッと息を吐き……そのまま、他のマスク男達を見る。

 

 

「まだやる?」

 

 

彼らは慌てて、戦う意思はないと首を振っていた。

……どうにか一件落着らしい。

 

ハリーの方を見ると、僕に向けて小さくサムズアップしていた。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

パトカーが沢山来ている。

(ウェブ)で拘束されたマスク男達が、手錠をかけられて警察車両に詰め込まれている。

 

特にスーパーパワーを持っていない犯罪者だからか、『S.H.I.E.L.D.』は来ていない。

ただのニューヨーク市警だ。

 

その姿を、僕は普段着……より、ちょっとお洒落な服で見ていた。

あのファンタスティック・フォーの衣装ではない。

紙袋マスクも外した。

 

だけど、元々着ていた服はボロボロになっちゃったから、ハリーに仮装用の衣装を貰ったのだ。

いや、仮装と言っても僕では買えないような本格的なタキシードなんだけど。

……うぅ、貧富の差を感じてしまう。

 

あ、そうそう。

フラグスマッシャーを拘束した後、僕は急いでオズボーン邸の中に戻り服装を替えた。

そして、邸内で謎の紙袋マスクに助けられたんだと主張しておいた。

 

グウェンが滅茶苦茶、胡散臭そうな顔をしていたのは気になるけど。

……彼女は勘が鋭いからなぁ。

彼女にバレると言う事は『S.H.I.E.L.D.』にバレるという事だ、非常に面倒臭い。

 

ため息を吐くと、僕の横に誰かが座った。

プラチナブロンドの髪が、視界の隅で揺れた。

ミシェルだ。

 

 

僕の顔を見て、何かに気付いたようで小さな鞄を手元に置く。

ゴソゴソと中を漁り、ハンカチを取り出した。

 

 

「ピーター、これ」

 

 

そして、僕に突き出した。

 

 

「うん?どうしたの?」

 

「ここ、血が出てる」

 

 

ミシェルが僕の顔を指差した。

 

思わず、顔に手を当てる。

……確かに唇から血が出てる。

フラグスマッシャーに顔を殴られた時の、か。

 

そして、ミシェルがハンカチを僕の手に握らせた。

白いシルクの、肌触りの良いハンカチだ。

 

思わず苦笑した。

 

 

「ミシェル、これに血がついたら……汚れが取れなくなるよ?僕は大丈夫だから──

 

「良いから」

 

 

ミシェルにハンカチを返そうとするけど、受け取って貰えない。

 

……あんまり、善意を無碍にするのも良くないかな。

 

そう思い直して、ハンカチを口元に近づけて──

 

 

「あっ」

 

 

ハンカチに仄かなピンク色を見つけた。

そして、仄かに甘い匂いがした。

 

ギョッとして、ミシェルを見る。

 

 

「あの、ミシェル……?」

 

「どうしたの?」

 

 

ミシェルが首を傾げた。

 

少し悩んで……僕は彼女に質問する。

 

 

「このハンカチってさ……今日、既に使ってたりする?」

 

「…………あ」

 

 

そう、仄かなピンク色は……ミシェルが付けているリップの色だ。

恐らく、飲み物を飲んだ後、口を拭いたに違いない。

 

つまり、その、このまま僕が……このハンカチで口元を拭いたら間接的に──

 

 

「……その、ピーター?」

 

 

ミシェルが手を伸ばして来た。

僕の目から、顔を逸らして。

 

 

「分かってるよ」

 

 

……僕はその手に、ハンカチを乗せた。

 

残念だとか、惜しいとか、そんな思いはない。

彼女に嫌がられる事はしたくないからだ。

 

ミシェルが鞄にハンカチを戻し、申し訳なさそうな顔をした。

 

 

「……ごめん」

 

 

ミシェルは手で、唇を隠すように覆っていた。

その仕草に思わず、心臓がドキリと跳ねた。

 

 

「き、気にしてないよ?元々、善意で貸してくれようとしてんだし」

 

 

ミシェルが気に病まないように、努めて笑う。

……ちなみに、「気にしてない」は嘘だ。

滅茶苦茶、気にしてる。

心臓が凄い音を立ててバクバク言っている。

 

さっきフラグスマッシャーに銃を向けられた時よりも、落ち着かなくなっていた。

 

顔、赤くなってないかな。

大丈夫かな。

 

そんな事ばかりが、頭の中を占めていた。

 

気まずくなったのか、ミシェルの視線がまた顔を逸らした。

 

僕も彼女の唇から意識を逸らす為に、警察官達の会話を盗み聞く。

 

 

紙袋を被った男が話題になっていた。

何と呼ぶかで議論になっている。

……大袈裟な鞄男(ボンバスティック・バッグマン)

変なニックネームが付いてるけど……多分、彼はもう二度と出てこないから、名付け損だよ。

 

……と言うか、(ウェブ)を使ってたんだから、スパイダーマンだって気付かれるのも時間の問題かも知れないな。

それなら、何故あんな格好をしているのかって話になって……そこから僕に紐づけられたら凄く困るけど。

 

(ウェブ)は使わない方が良かったかも……いや、力を出し惜しんで、誰かが傷付く可能性が増える方が問題だ。

うん、後悔はしない。

 

……あぁ、家に帰ったら腕時計型スーツのメンテナンスをしないと。

故障してたら、スタークさんに相談しに行かないといけないし。

 

でも、何で動かなかったんだろう。

……今はちゃんと電子時計も動いてるけど、あの時は完全に動いてなかった。

 

思案していると、ミシェルが服の裾を引っ張った。

 

 

「……ピーター、少し話したい人がいるから探してくる」

 

「……うん?分かったよ。気を付けてね」

 

「ん」

 

 

短く返事して、ミシェルが警察が事情聴取をしている人混みの中に入って行った。

 

話したい人?

探す?

 

グウェンやネッド、ハリーなら名前を出す筈だ。

そして、探すと言っているからには……見つかっていないようだ。

 

名前も知らない相手を探している……のだろうか?

 

……付いて行った方が良かったかな、心配だし。

ほんの少し後悔したけど、ミシェルの姿は人混みに隠れて見えなくなっていた。

 

野次馬じゃないけど、テレビ局のリポーターだったり、新聞社も来ているようだ。

 

あ、現場の写真を撮っておけばデイリービューグルからお金が貰えるかな……って、カメラは持って来ていないんだった。

スマホのカメラじゃ、どうせ安く買い叩かれるし……。

 

……人混みを見ていると、一人、見知った顔が抜け出して来た。

 

 

「……ピーター」

 

 

げっそりとした声を出しているのは、ハリーだ。

パーティの主催だからか、聞かれる事も多かったのだろう。

 

……多分、警察からの事情聴取は終わったけれど、マスコミ相手が嫌になって抜け出して来たに違いない。

 

 

「ハリー、お疲れ様」

 

「あぁ、本当に……疲れたよ」

 

 

深く息を吐いて、僕の横で座り込んだ。

僕はそんな姿に苦笑しつつ、声を掛けた。

 

 

「この後、どうする予定なの?」

 

「パーティはお開き……現場の調査が終わったら解散さ。それ程、時間は掛からないと思うけど」

 

「そっか」

 

 

楽しいパーティの筈だったのに。

主催者であるハリーの心労は僕よりも遥かに大きいだろうから、口には出さないけれど。

 

 

「後は、そうだな……パーティに出す予定だったケーキやオードブルは、袋にでも包ませて持ち帰って貰おうか」

 

「あぁ、それは良いアイデアだね……ケーキとかは──

 

「ミシェルが喜びそう、か?」

 

「そうそう」

 

 

ハリーが笑った。

僕も笑った。

 

こうして、一緒に笑い合える仲になれて……本当に良かった。

心の底から、そう思っている。

 

 

「そうか、ケーキのお土産、か……」

 

 

ハリーが染み染み、と言った様子で自身の言葉を噛み締めた。

 

 

「どうかした?」

 

「あぁ、いや……彼女と初めて会った時も、ケーキを受け渡していたなって」

 

 

彼女……名前は出さなかったが、僕には分かる。

そして、彼自身の未練も感じ取った。

 

告白する予定だったけど、身を引く……とハリーは言った。

 

だけど……本当にこれで良いのか?

 

 

「いや……」

 

 

良くない。

 

 

「ピーター?」

 

 

ハリーが僕の様子を訝しんだ。

 

 

「やっぱり……告白したいんだよね、ハリーは」

 

「……何を言ってるんだ?僕はもう、諦めて──

 

「諦められてないよ」

 

 

僕の言葉に、ハリーが眉を顰めた。

 

 

「いいや、諦めたさ。僕は──

 

「だって、ハリー。彼女の話をする時……凄く、辛そうな顔をしてるから」

 

「何を……バカな……」

 

 

ハリーが自身の顔に手を置いて……悩み始めた。

そんな彼に声を掛ける。

 

 

「このまま言わなかったら、ずっと後悔すると思うよ」

 

「……ピーター、君も彼女の事が好きなのだろう?」

 

「そうだけど」

 

「恋敵を応援して……もし、僕がOKを貰ってしまったら君はどうなる?可能性は少しでも摘み取っておくべきじゃないのか?」

 

 

ハリーの目は、僕へ真っ直ぐに向けられていた。

そして、真剣な表情で口を開いた。

 

 

「ピーター。君にとって、彼女はそこまでの存在なのか?」

 

「大切だよ。だけど、ハリーも僕の友人だから」

 

「……何を」

 

 

僕の返答を理解できなかったのか、困ったような顔をした。

 

 

「本音を言うと告白しないのなら僕は嬉しいんだ……でも、友人の気持ちを大切にしたいのも、僕の本音なんだ。ずっと悩んだまま、生きていくのは辛いと思うし」

 

「……はぁ、そうか」

 

 

ハリーが呆れたようにため息を吐いた。

偉そうな事を言っても、僕だって告白してないからね。

 

 

「ピーター、君は本当に損な性格をしているな」

 

「……バカにされてる?」

 

「いいや?それでこそ『親愛なる隣人』だ。褒めてるのさ」

 

 

ハリーが僕の事を笑って、そして勢い良く立ち上がった。

 

 

「ありがとう、ピーター……僕はもう、諦めない」

 

「……そ、そっか」

 

 

返事をしながら、僕は少し危機感を持っていた。

もし、ミシェルが、ハリーの告白をOKしたら……もう、僕とは一緒に居てくれなくなるんだろうか?

 

そう考えると胸が苦しくなるけど……それでも、彼女が幸せになれるなら、僕は納得できると思う。

……いや、かなり引きずると思うけど。

それこそ、5年ぐらい後悔しそうだ。

 

そんな僕の内心を見透かしたように、ハリーが少し笑った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

僕は懐中時計型のハッキング装置の電源を落とした。

柱の裏から、ピーター・パーカーの後姿を見る。

 

 

「見込みはあるかな……敵役は少し、物足りなかったけど」

 

 

緑色のスーツ、その懐に装置を仕舞い込む。

 

ピーター・パーカー。

スパイダーマン。

 

情報としては知っていたけど、人となりは改めて知る事が出来た。

お人好しだと聞いていたけど……うん、よく分かった。

 

人助けしたいと欲を出してる訳じゃないな。

ただ、人を助けるのは当然だと思っているタイプだ。

 

そして、夢見がち(ロマンチスト)

僕や彼女とは正反対。

 

そんな彼だからこそ、彼女は友人として選んだのか?

 

だが彼は……僕の考えている──

 

 

「王子様って柄じゃなさそうだ……白馬にも乗らないし」

 

 

正直、顔を合わせて会話さえ出来れば良いと思っていた。

だが、まさか……乱入者が来るとはね。

お陰で彼の戦闘パターンを少しは解析する事が出来たけど、無駄な時間を使わされてしまった。

 

そして、ピーターが腕に付けているナノテクノロジーを使ったスーツ。

その情報を得ようとハッキングしたら、まさか機能ごとシャットダウンするとは思わなかったけどね。

流石はトニー・スターク、抜け目がない。

 

だが、スーツが使えなくてピーターは困っていたようだけど……他人にスーツを操られて窒息死とかさせられたら身も蓋もないし、電源を切るのが正解だとは思うけど。

 

一通りの観察は終わった。

僕は柱から離れて、塀に飛び乗った。

高さ、3メートル弱だけど……服の下に精神感応アーマーを着ている。

大した問題にはならない。

 

僕は、人混みの中で誰かを探すように彷徨っている彼女を見つけた。

……彼女と顔を合わせるつもりはない。

 

塀の上から飛び降りて、隣接している道路へと着地する。

 

塀の裏に停めておいた橙色の車に乗り込み、キーを突き刺す。

捻ると、車の内部が青色に発光する。

 

ハンドルに両手を乗せて、思案する。

 

ピーター・パーカー、そして……ミシェル・ジェーンね。

彼等が共に居られる時間は、残りわずか。

自由は長く与えられる訳ではない。

 

別れを円滑に出来るのか、それとも……。

 

いいや、あまり期待しない方がいい。

期待しなければ、失望もしない。

……僕の好きな言葉だ。

 

 

現実は夢では覆せない。

ただ、そこに待っている結末を覆せるのは……より、強い力だ。

 

僕にはない。

彼女にもない。

彼にもない。

 

合わせた所で、僕達では組織(アンシリー・コート)を統べる者には勝てない。

 

 

エンジンを稼働させて、車を走らせる。

 

 

「でも、困ったな」

 

 

……どうすればいい?

僕には分からない。

 

僕はただの『妖精』だ。

灰を被った少女を着飾り、舞踏会に連れて行く事は出来る。

 

だけど、それは幻だ。

12時を過ぎれば夢は消えてしまう。

 

車を自動操縦させて、頭を整理する。

 

 

……あぁ、そう言えば。

 

 

「……パーティに何故、あの男が居たんだ?」

 

 

紫色のスーツを着た端正な男。

僕が見つけた時は若い女と話していたが……随分と下卑た笑みを浮かべていたな。

 

僕は眉を顰めた。

 

 

「不愉快だな。雇われたのか……私欲なのか、分からないけど」

 

 

奴は残忍で狡猾、非道で、最悪なクズ野郎だ。

関わった人間は誰もが不幸になるだろう。

 

 

「まぁ、僕には関係ないけどね」

 

 

彼女さえ巻き込まれなければ良い。

……念のため、スーツにも耐性を付与しておこうかな?

 

心配性な僕は、彼女の着る赤いスーツへ思いを馳せた。


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