【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#88 レイニー・デイズ part2

僕の手から、グラビアの雑誌が落ちる。

床にバサリと音を立てて……ビキニを着た女性の写真が露わになる。

 

ミシェルの視線が、僕から……その雑誌に流れる。

 

冷や汗が流れる。

 

顔は見えない。

ただ、彼女は何も……言葉を発さなかった。

 

 

「ミ、ミシェル……?」

 

 

沈黙に耐えられなくなって、僕は声を振り絞る。

 

言い訳を……いや、真実を話そうとして……ネッドが……ダメだ。

ネッドは……僕に貸しただけなのに……良かれと思って。

 

だから。

 

 

……どうしよう?

 

 

「……ピーター?」

 

 

ミシェルが僕の顔を見ず、しゃがみ込んで……雑誌を手に取った。

 

そして、持ち上げて──

 

 

「その、こういうのが好き……なの?」

 

 

僕に表紙を見せた。

指された先には金髪の胸が大きい女性。

 

彼女は、ちょっと呆れたような。

恥ずかしそうにしている。

 

 

「そ、その……これは──

 

 

慌てて弁明しようとして……やっぱり、何も思い付かなくて。

 

 

「うん……そう、だよ」

 

 

項垂れるように頷いた。

 

 

「そ、そっか……そう、なんだ」

 

 

ミシェルの視線は派手なビキニを着たグラマラスな女性へと注がれる。

満面の笑みで、自信たっぷりって感じだ。

 

だけど、僕の好きなタイプは……いや、選り好み出来るような立場の人間じゃないのは分かってるんだけど、こう、派手な感じの女性は苦手だ。

グウェンとか……友人としては良いけれど、恋愛関係にはならないと思う。

 

そうやって勘違いされるのは嫌だ……特に好きな女の子に。

 

 

「ピーターも男の子……だから、うん。こういうの持ってても、普通……」

 

 

何か自分に言い聞かせるようにしながら、ミシェルが僕に雑誌を渡した。

 

 

「「…………」」

 

 

僕はそれを受け取り……裏返して本棚に入れた。

でも、互いに無言のままだった。

 

……僕は、ミシェルへ向き直る。

 

 

「その、ごめん。ミシェル」

 

「……どうして?」

 

 

もう癖のようになってしまった謝罪に、ミシェルが疑問を投げかけた。

 

 

「僕の部屋に泊まるってなったのに……トラブルばかりで……」

 

 

僕の言葉に、ミシェルが小さく笑った。

 

 

「ピーターは良くしてくれてる。頑張ってる……私なんかの為に」

 

「『なんか』って……僕は、ミシェルだから──

 

「私だから?」

 

 

失言した事に気付いて、僕は首を横に振った。

 

 

「……いや、ごめん。何でもないよ」

 

 

また、情けない謝罪を重ねて。

誤魔化さずに『君の為なら』と言い切る事出来たなら……いや、それは少し、恥ずかしい。

ミシェルも困りそうだし……なんて、意味のない言い訳を考える。

 

そして、気まずそうな僕を見て、ミシェルは苦笑し……話題を変えた。

 

 

「……ご飯、冷めちゃうから食べよ?」

 

「あ、うん」

 

 

椅子を引いて、二人で顔を突き合わせる。

僕は彼女の顔を見れなくて、目を逸らし──

 

 

「ピーター」

 

 

声を掛けられた。

 

 

「な、何かな」

 

「私、気にしてない」

 

 

逸らした目を、少し戻す。

 

ミシェルは少し、悲しそうな顔をしていた。

そしてまた、口を開いた。

 

 

「……えっと、やっぱり嘘、かも。少し気にしてると思う」

 

「……その、ごめ──

 

「でも、謝って欲しい訳じゃない」

 

 

ミシェルと目が合う。

その目は僕をしっかりと見ていて、少しもブレなかった。

 

 

「……色々、気まずい事はあるかも知れないけど……私は普段通りのピーターと一緒が良い」

 

「ミシェル……」

 

「だから、その……えっと、どうしよ?」

 

 

しどろもどろになって、ミシェルが困ったような顔をした。

僕は息を小さく吐いて、口を開く。

 

 

「ミシェル、ごめん」

 

「あ、また謝っ──

 

「謝るのは最後にするから……ちゃんと、向き合うよ。大丈夫……それと、ありがとう」

 

 

感謝の言葉を告げると、ミシェルが胸を撫で下ろした。

 

僕は情けない男だけど……ミシェルはそれでも、そんな僕と一緒にいたいと言ってくれた。

だから、出来るだけ普段通りで……うん、頑張ろう。

 

 

「よし。じゃあ、食べよっか」

 

「ん」

 

 

僕はビニール袋から夕食を取り出し──

 

 

「……ちょっと多くない?」

 

「……そうかも」

 

 

二人で宅配アプリを見てる時、楽しくなってきて沢山頼んでしまったのだ。

明らかに二人で食べる量を上回っている。

 

ミシェルが、焼いた豚肉の入ったプラスチックケースを手に取った。

 

 

「これは日持ちするから……明日にでも、ピーターが食べたら良いかも」

 

「でも悪いよ……ミシェルも半分払ったし」

 

 

そう、所謂……割り勘なのだ。

決済後にミシェルから現金を渡された。

 

だから、僕の夕食にするのは少し申し訳なく感じて──

 

 

「それなら、明日……また、ピーターの部屋で夕食会する?」

 

「……それ、良いアイデアだね」

 

 

思わず、内心でファンファーレを鳴らしてしまった。

今日だけじゃなく、明日もミシェルが来るのだという。

 

……彼女と一緒に居られる時間が増えるのは、嬉しい。

 

 

「じゃあ、同じ場所に追加で注文して──

 

「いや、別の場所が良い」

 

 

まだ食べてもないのに、ミシェルがそう言い切った。

僕は首を傾げながらも三分の一を冷蔵庫に入れて……それでも、少し多い。

 

僕は食器棚から取り皿を並べて、ミシェルがプラスチックのフォークで取り分ける。

僕はグラスを並べて、冷蔵庫から飲み水を取り出す。

 

すると、ミシェルがふと、笑った。

 

 

「こういうの、すごく楽しい」

 

「……うん、そうだね」

 

 

食事をとり分けるのが楽しい……らしい。

僕はそれを楽しいとは思わないだろうけど……でも、ミシェルと一緒に居て、こうやっているのは確かに楽しかった。

 

彼女もそう思ってくれているのなら……それは凄く嬉しい。

 

二人で顔を合わせて、椅子に座り……食事をする。

 

ざぁざぁと鳴り響く雨が雑音を掻き消す。

まるで、この世界には僕と彼女しか居ないように感じられて──

 

 

「ピーター、テレビつけても良い?」

 

「あ、うん。いいよ」

 

 

ミシェルがリモコンでテレビの電源を入れた。

ニュース番組が映る。

コメンテーターは……ジェイムソンだ。

 

まるでこの世界には僕と彼女とJJJだけ……って、それは凄く嫌だな。

頭から嫌な景色を振り払う。

 

ジェイムソンは……うわ、またスパイダーマンのバッシングしてるよ。

議題の内容は……あー、一昨日……僕が暴走する電車を止めた時の話だ。

思わず苦笑する。

 

 

『マスクをかぶっているのは、やましい事があるからだ!マスクを取れ!正体を表せ!』

 

 

ジェイムソンが吠える。

あーあ、アナウンサーさんもちょっと引いてるじゃないか。

 

そう思ってると、ミシェルは熱心に……テレビを食い入るように見つめていた。

理由は……あぁ、そっか。

 

 

「ミシェルは……スパイダーマンが好きなんだよね?」

 

「うん、好き。大好き」

 

「そ、そっか……」

 

 

思わず嬉しくなって……いや、違う。

彼女が好きなのはスパイダーマンだ。

ピーター・パーカー、つまり僕じゃない。

今の『大好き』だって僕に言った訳じゃない。

 

僕は苦笑しつつ、一つ疑問が湧いて……それをミシェルに訊く事にした。

 

 

「……ミシェルは、さ」

 

「ん?」

 

 

ミシェルが口に頬張ったミートボールを飲み込んだ。

そして、ウェットティッシュで口元を拭いた。

 

 

「スパイダーマンの……その、どういう所が好きなの?」

 

「人助けしてる所、かな」

 

 

僕の問いにミシェルは間髪を容れずに答えた。

そして、僕は首を捻った。

 

 

「でも、人助けなら……ほら、アイアンマンとか……キャプテンだって助けてるよ」

 

「……そういうのじゃなくて。もっと、身近な……小さい所で……見返りもなく……言葉にし難いけど、そういう所が好き」

 

「…………そっか」

 

 

確かに、僕は『親愛なる隣人』だ。

世界を救うよりも……もっと小さな、身近に困ってる人を助ける事が多い。

それはヒーローが必要ないような事でも……警察に話せば、時間が掛かっても解決するような事でさえ……お節介をする。

 

悪人を倒したい訳じゃない。

僕はただ……この身に余る程、大きな力で……人助けをしたいだけなんだ。

 

だから、それを評価して……好きだと言ってくれるのは……嬉しい。

 

そんな彼女の事が、僕は──

 

 

「好き、なんだろうな……」

 

 

思わず、小さな言葉が漏れて。

 

 

「ピーターも?」

 

 

慌てて弁明する前に、ミシェルがそう言った。

 

……彼女は自分の事を好きだと言われているなんて、少しも思っていなさそうだ。

スパイダーマンの事だと思ってる。

 

丁度いいから、それに乗っかる事にする。

 

 

「そうだよ、僕も好きだよ。スパイダーマン。スーツがカッコいいよね」

 

「……ふふっ」

 

 

ミシェルが僕の言葉に笑った。

 

……そんなに変な事を言ったかな?

それとも、スーツがダサいのだろうか?

 

い、いやいや。

そんな事はない筈だ……多分。

 

さっきまでの気まずい空気も忘れて、会話に花を咲かせる。

 

時折、テレビで流れている話を話題にして……この料理が美味しいねなんて笑って……凄く、穏やかに。

 

気付けばプラスチックの容器は空になって居て、僕は空の容器をビニール袋に入れてゴミ箱に捨てた。

 

ミシェルは食器を手に持って、小さな蛇口しかないようなキッチンに立っていた。

 

 

「ピーター、洗剤はどこ?」

 

「あ、良いよ良いよ。僕が洗うから」

 

「でも──

 

「ミシェルは座ってさ、テレビでも見ててよ」

 

「……ありがとう」

 

 

彼女は礼を言って、僕のベッドに腰掛けた。

 

彼女は礼を欠かさない。

ほんの小さな事でも『ありがとう』と言う。

それは凄く良い事だと思う。

 

当たり前だと思わず、相手に感謝する……まぁ、スパイダーマンとして活動してる時、助けられて当たり前!って感じの人とか、逆に文句を言ってくる人もいるし……いや、見返りが欲しくてやってる訳じゃないけどね。

相手が喜んでくれる方が僕も嬉しいし。

それを言葉で表してくれると、もっと嬉しいから。

 

人は言葉にしないと、分かり合えないから。

 

 

食器を洗い、水切りの上に置く。

と言っても取り皿が数枚と、コップが二つ。

数は多くない。

 

ミシェルがベッドに腰掛けていて、横に……いや、ちょっと離れたところに座った。

すると、ミシェルが少し、僕の方に擦り寄った。

 

気付かないフリをして、一緒にテレビを見る。

内容はどうでも良くて。

彼女と一緒の時間を過ごしている事が……ただ、少し、嬉しかったんだ。

 

ざぁざぁと雨が降る音が響く。

雨は、止まない。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ここは『アベンジャーズタワー』。

『S.H.I.E.L.D.』の会議室……その、扉を開けた。

 

部屋の中には数人の見知った顔があった。

 

眼帯をした褐色の男が、私を見た。

 

 

「雨の日に悪いな、キャプテン」

 

「いや、構わないとも」

 

 

私は椅子を引き、座る。

すると、向かいの席にいた男が鼻で笑った。

 

口元に髭を生やした男。

彼の事は良く知っている。

 

 

「重役出勤か?3分と32秒の遅刻だ、キャプテン」

 

「……トニー、悪かったよ」

 

 

私が謝ると、トニーは軽く手を振った。

それほど気にしてはいないが、言わなければ気が済まなかったのだろう。

 

トニー・スタークはそういう男だ。

 

そして、視線をフューリーへと向ける。

横にはナターシャ・ロマノフ……ブラックウィドウが座っている。

 

 

「しかし、トニーが来るなんて珍しいな」

 

「オイオイ、なんだ?僕に対する当て付けか?そもそも、『アベンジャーズタワー』の所有者は誰だ?」

 

「……いや、すまない。トニー、別に文句を言ってる訳では──

 

「誰だ?言ってみろ」

 

「……君だ」

 

「ほらみろ。もう少し僕を敬え」

 

 

スタークが踏ん反り返り……気分が良さそうに笑った。

 

それを見たフューリーがため息を吐いた。

……まぁ、気持ちは分かる。

 

 

「キャプテン、彼を呼んだのは、今日召集した理由だからだ」

 

 

一瞬、また彼が何か『やってしまった』のかと思ったが……いや、今日の態度的にそれはないか。

彼は、自分が悪い時……少し申し訳なさそうな態度になる。

 

今の彼はいつもの傲慢な男だ。

 

 

「スターク、映像を頼めるか」

 

「もちろん」

 

 

トニーが指を弾くと、壁際にホログラムの映像が現れた。

だがそれは、立体映像ではなく……宙に平らな映像が描写されているだけだ。

 

 

「これは、少し前に君達が、僕に……無茶振りしてきた映像解析のデータだ」

 

 

表示されている映像にはノイズが走っており……人の顔も分からない。

音も聴き取りづらい。

 

 

「あの……何だっけ?『パプワ──

 

「パワーブローカーか?」

 

「そう、『パワーブローカー』だ。奴を作った人間は用心深かったらしい」

 

 

その言葉にナターシャが反応した。

 

 

「プロテクトでも掛かっていたの?」

 

「いや、それなら僕が解析できる。起動停止した瞬間に走るデータの削除だ。これでも頑張って復元したんだが──

 

 

モニターの、ノイズ塗れの映像を見てトニーがため息を吐いた。

 

 

「これが限界」

 

「いや、だが十分だ」

 

 

フューリーが頷き……私の方を見た。

 

 

「私は君に見せる前に、一度見させてもらっている……奴はレッドキャップの正体を知っているらしい」

 

「彼女の?」

 

 

私が驚いた声を出すと、トニーが首を傾げた。

 

 

「レッドキャップ?知らないな」

 

「あぁ、君には言ってなかったな」

 

 

その返事にナターシャが渋い顔をした。

何で言ってないんだって顔だな、あれは。

 

 

「……キャプテン、君は知ってるのか?」

 

「僕は何度か戦った事がある」

 

「何度か……?そんなに強いのか?」

 

 

トニーが少し、驚いたような顔をする。

本来、僕達は同じ敵と何度も戦う事は少ない。

大抵、一度の戦いで捕まえたり……再起不能にするからだ。

 

だからこそ、トニーは少し驚いたのだろう。

 

 

「あぁ、それに──

 

 

僕は知っている情報を共有する。

 

歳若い女の子である事を。

身体に爆弾を入れられている事を。

 

 

「……それは、何と言うか、そうだな」

 

 

トニーは口元を手で覆い、椅子に深く座った。

普段の軽薄な彼からは考えられない……だが、トニーが善良な人間で、人の痛みに真摯に向き合える男だと私は知っている。

だから、おかしな話ではない。

珍しいだけだ。

 

会議室の空気が少し、重くなる。

 

フューリーが口を開いた。

 

 

「話は終わったか?解析したデータから得られた情報を教えよう」

 

「あ、あぁ。頼む」

 

 

フューリーが手元のタブレットを弄り、宙に浮かぶ映像に、新たな情報を表示する。

 

 

「私が危惧しているのは『パワーブローカー』ではなく、彼と共同していた組織……そして、レッドキャップが所属している組織についてだ」

 

 

私は少し、眉間に皺が寄るのを自覚した。

 

 

「『アンシリー・コート』……第二次世界大戦中、君が戦った組織だ」

 

「私が?」

 

 

フューリーの言葉に首を捻る。

 

『アンシリー・コート』……タスクマスターからも聞いた名前だ。

だが、それ以外に聞き覚えはない。

 

 

「……何?知らないのか?」

 

 

フューリーが眉を顰めた。

 

 

「確かに解析されたデータでは『キャプテン・アメリカによって組織のリーダーは倒された』と言っていたが」

 

「……知らないな、組織のボスの名前は?」

 

「『オーベロン』と名乗っていたらしい……イギリスの特殊部隊出身らしい」

 

「それも知らない」

 

 

僕が首を振ると、トニーが訝しんだ。

 

 

「歳を取って物忘れが激しくなったとか?」

 

「トニー、私は記憶力には自信がある方なんだ。それに、戦った相手を忘れるような事もない」

 

 

私がそう言い切ると、フューリーが顎に手を置いた。

 

 

「……組織のボスはキャプテンに倒され……今は別のリーダーがいる。そいつが組織を隠して、暗躍し続けている」

 

 

その言葉に、一つ思い付いた。

 

 

「まさか、私の名前を使って──

 

「何者かが当時のリーダーを殺害し、入れ替わった……って事かしら」

 

 

ナターシャが言葉を繋げた。

私はため息を吐いて、口を手で覆う。

 

 

「どうやら、一筋縄ではいかないらしいな」

 

「いつもそうだろ、僕達が戦う相手は」

 

 

トニーが軽口を叩きつつ……それでも、彼も思案するような顔をしていた。

 

私はフューリーへ視線を向ける。

 

 

「フューリー、他に情報は?」

 

「組織については無い……だが、レッドキャップについてなら幾つか」

 

「構わない。そちらが本命だ」

 

 

私がそう言い切ると、新たな資料が表示された。

小さな、マイクロチップのようなもの。

 

 

「彼女に仕掛けられている爆弾だ……外部からの通信で爆発する」

 

「……つまり、そのトリガーを握っている人間が押せば……何処にいても、死ぬと言う事か?」

 

「そうなるな」

 

 

無意識のうちに唇を噛んでいた。

 

 

「摘出は出来ないのか?」

 

「かなり小さく……そして、巧妙に隠されている。バイオ素材で作られているせいで金属探知にも引っ掛からず、無音だ。胸を裂いて中から探し出す……手術が必要なレベルだ」

 

「……そうか。彼女の他に同様の施術を受けている者は?」

 

「それは不明だが……彼女だけではないだろうな」

 

 

私は凝り固まった眉間を揉んだ。

そんな私の様子を見て、トニーが口を開いた。

 

 

「随分と技術力があるんだな、その『アンシリー・コート』って奴は」

 

「あぁ。ボスが入れ替わる前までは、ただの戦闘部隊に過ぎなかったようだが……替わってからは随分とハイテクになっている」

 

「つまり、ボスは科学者なのか?」

 

「可能性は高い。『パワー・ブローカー』も元々あった組織……『パワー・ブローカー社』を乗っ取った形だ。手口が似ている……奴を作ったのも、組織(アンシリー・コート)である可能性がある」

 

「なるほど、あのレベルのアンドロイドが作られるのなら……そんな爆弾を作るのも容易い。厄介だな……フューリー、爆弾の実物はあるか?分解して解析(リバース・エンジニアリング)したい」

 

 

トニーがそう聞くと、フューリーが首を振った。

 

 

「ないな。だが、パワー・ブローカーの本拠地から押収した資料の中に、設計図があった」

 

「なら、それで良い。後で見せてくれ」

 

「見てどうするつもりだ、スターク?」

 

「通信プロトコルさえ分かれば、妨害(ジャミング)する事も出来る。妨害(ジャミング)装置を作れば……周囲にいるだけで爆弾の起動を阻害できる」

 

 

その言葉に、僕は驚いた。

 

 

「そんな事が出来るのか、トニー?」

 

「僕を誰だと思ってるんだ?」

 

 

やはり、頼りになる男だ。

この傲慢な態度は、実力に裏打ちされた自信の表れだ。

 

僕が頷くと……フューリーが手元のタブレットをトニーに渡した。

 

 

「それが設計図だ。データは後で転送しよう」

 

「あぁ、助かる。どれどれ、どんな……」

 

 

トニーがタブレットをスワイプさせていると……手が止まった。

 

 

「トニー?」

 

 

訝しんで声をかけると、厳しい顔をして僕を見た。

 

 

「あ、あぁ。どうした、キャプテン?」

 

「いや……何故、そんな顔をする?まさか、その、ジャミングとやらが出来ないと──

 

「違う違う……君は僕を見くびり過ぎだ」

 

 

トニーがタブレットを机に置いて、顎に手を置いた。

 

 

「なら、何故?どうして、そんな顔をする?」

 

「……少し前に見た通信プロトコルだった」

 

「……前に?珍しくないのか?」

 

「いいや、違う。逆だ。珍し過ぎる……この世界では広まっていない……いや、確立していない技術だ」

 

 

トニーが言い切ると、フューリーが首を傾げた。

 

 

「どういうことだ?」

 

「つまり、現代の技術力では不可能って事さ」

 

「そんな──

 

「僕じゃなければ、ね」

 

 

トニーが笑い、私はため息を吐いた。

 

 

「驚かさないでくれ……それなら、どうしてそう、思い悩む必要がある?」

 

「言っただろ、少し前に見たと……」

 

 

その言葉にナターシャが気付いた。

 

 

「……貴方、組織の構成員と会ったの?」

 

「いいや、僕じゃない。だけど、僕に近しい人間がハッキングされかけた……このオカルト染みた電波でね」

 

 

トニーが机に置かれたタブレットを指で叩いた。

フューリーが目を細めた。

 

 

「それは、スパイダーマンか?」

 

「まぁ、そうだな」

 

 

スタークが頷いた。

フューリーがまた顔を顰め、口を開いた。

 

 

「スターク、一つ言い忘れていた事がある……レッドキャップは彼を狙っているらしい」

 

「なんだって……?」

 

 

トニーが椅子から立ち上がった。

 

 

「確かな筋からの情報だ。命を狙っているかは分からないが……奴は彼の情報を探っていたらしい」

 

 

スタークが何か言おうとして……ため息を吐いて、椅子に座り直した。

驚いたような困ったような、心配するような表情だ。

 

珍しい様子に僕は驚いた。

……そうだな、そう言えばトニーは若い彼と親しかった筈だ。

 

親心のような物を持っているのだろう。

 

そんなトニーの様子を見て、僕は宙に浮いている映像を見る。

ノイズ塗れで、顔も分からない……赤いマスクを外した少女の姿。

 

そのまま目をずらし、ガラス張りの壁から外を見る。

 

雨が降っている。

 

 

……今、彼女はどうしているのだろうか?

顔も名前も声すら分からない、戦った事があるだけの相手を想う。

 

これから、どうなるかは分からない。

 

だが……ただ、彼女『達』が人並みの幸せが得られる結末を……私は望んでいた。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

「へくちっ」

 

 

ミシェルがクシャミをした。

鼻を啜っているので、僕は枕元のティッシュを引き寄せて渡した。

 

 

「ん、ありがとう」

 

 

空のゴミ箱に、ミシェルが丸めたティッシュを入れる。

 

 

「そろそろ寝る?良い時間だし」

 

 

時計を見ると……短い針が10を指そうとしていた。

 

 

「うん、そうしよ」

 

 

ミシェルが立ち上がり、洗面台に向かおうとして……あっ、と声を出した。

 

 

「……歯ブラシ、取ってくる」

 

「あ、そっか。分かったよ」

 

 

スリッパを脱いで、靴を履く。

そのまま、部屋の外に出ようとするミシェル。

その後ろに僕は付いて歩く。

 

そんな僕の様子を訝しんで、ミシェルが振り返った。

 

 

「どうしたの?ピーター」

 

「いや、見送ろうかなって」

 

「……大袈裟」

 

 

時間はもう遅い。

幾ら隣の部屋だからといっても、心配なのは確かだ。

 

ミシェルも僕が心配しているのが分かっているのか、それ以上は何も言わずに部屋を出た。

 

まだ、雨は降っている。

勢いは昼よりも強まっていた。

 

隣の、つまりミシェルが自分の部屋に入った。

そのまま、その場で僕は待つ。

 

屋根を伝い雨の滴が水溜りを作っていた。

 

少しすると、ミシェルがコップに歯ブラシを入れて部屋を出てきた。

 

 

「待たせた」

 

「良いよ」

 

 

僕の部屋に二人で戻って、ミシェルはそのまま洗面台に向かった。

 

僕はクローゼットから夏用のタオルケットと、使ってない大きなクッションを取り出して床に置いた。

 

蛇口を捻る音と、水が流れる音がして、ミシェルが戻ってきた。

 

そして、僕の出したクッションとタオルケットを見て……その後に僕を見た。

 

 

「ピーター、これ」

 

「えーっと、ベッドが一つしかないから。僕はこれで寝ようと……」

 

 

そう言うと、ミシェルが表情を歪めた。

 

 

「ピーターは家主、私が床で寝る」

 

「それは良くないよ。僕は床で寝るよ」

 

「でも──

 

「だって──

 

 

話は平行線を辿る。

 

そして、僕とミシェル……二人で同時に苦笑いして、ため息を吐いた。

ミシェルが悩むような仕草をして、口を開いた。

 

 

「ピーター、それなら二人でベッ──

 

「ちょっ、ダメだよ!それは!」

 

 

何を言いたいか分かってしまった僕は、慌てて止めた。

 

それは拙い。

一線を越えている。

 

 

「でも……」

 

「ミシェル、僕だって男だから……そういうのはダメだって……!気をつけないと……もっと危機感を持たないと」

 

 

グウェンがよく言っている。

ミシェルは男の人に対して甘く見ていると。

危機感が足りないって。

 

確かに、それは同意だ。

僕もそれについては心配している。

 

 

「……ピーターなら、別に」

 

 

ミシェルが俯いた。

 

 

「僕?」

 

「私の嫌がる事はしない、そう思ってるから」

 

 

申し訳なさそうな顔で、顔を上げた。

 

その表情に、僕は……クラッとして、それでも意地で耐えた。

 

 

「それでもダメだよ」

 

「……それなら」

 

「僕が床で寝るから、それで良いよ」

 

「……うん」

 

 

ミシェルは納得してなさそうな顔をしているけど、僕が折れない事を察したのか渋々頷いた。

 

ミシェルがベッドに入り……少し、落ち着かない様子で横になった。

 

僕はテレビを消して、電灯を消す。

トイレ側の小さな電気だけ付けっぱなしにして……夜中に歩いても少しは見えるようにする。

 

カーテンを閉めれば、聞こえる雨音が少し小さくなった。

 

 

「おやすみ、ミシェル」

 

「……おやすみなさい、ピーター」

 

 

そうして彼女はベッドに、僕はその横で床にクッションを敷いて横になる。

 

冬だけど、言うほど寒くはない。

これを見越して寝巻きを少し着込んでいたから、タオルケットだけでも大丈夫だ。

 

だけど──

 

 

「「…………」」

 

 

眠れない。

 

ミシェルは環境が変わってて眠れないのかも知れない。

僕は……直ぐそばにミシェルが寝ているから、眠れなかった。

 

……勢いが強まる雨音を聴きながら、僕は目を瞑る。

 

少しして。

 

 

「……ピーター?起きてる?」

 

 

ミシェルの声が聞こえた。

 

 

「……起きてるよ」

 

「そう……」

 

 

また、沈黙。

 

薄暗い部屋の中で二人、お互いに眠れずにいた。

 

意識がほんの少し微睡んで……僕は口を開いた。

 

 

「プロム、って知ってる?」

 

「プロム?」

 

 

顔を合わせず、言葉を交わす。

視界に映っているのは電灯の消えた、暗い天井だ。

 

 

「ミッドタウン高校の卒業年次は……最後にダンスパーティがあるんだよ」

 

「……そう」

 

「あんまり興味がない?」

 

「……どうだろう?分からない、かも」

 

 

静かに、穏やかに。

僕と彼女の声が、部屋の中で響く。

静かに雨音が聞こえる。

 

 

「良かったらさ、僕と一緒に来て欲しい……良ければ、だけど」

 

 

心臓の音が聞こえた。

僕が緊張している音だ。

 

今日、言うつもりはなかったけど……こうして、微睡みの中なら……言える気がしたから。

 

 

「……いいよ、ピーター」

 

 

返ってきた答えは、肯定。

僕はホッと安堵の息を吐いた。

 

 

「ありがとう、ミシェル」

 

「……私も、ピーターには感謝してる」

 

 

彼女の言葉を、僕は不思議に思った。

 

 

「ミシェルも?」

 

「ん……だって、私を色んな所に連れて行って……知らなかった事を教えてくれるから……」

 

 

小さく、呟くように言葉を重ねていく。

 

 

「私、凄く……嬉しくて……一緒にいると……楽しくて……こんな、私でも……」

 

「僕も、一緒にいると凄く楽しいよ」

 

「……私……ピーターと……ずっと……ずっと……」

 

 

ミシェルの声が小さくなっていく。

そして……小さな吐息が、連続して聞こえた。

 

……寝た、のだろうか?

 

僕はもう話しかける事もなく、目を瞑った。

 

何か……忘れているような気がしているけど、それはきっと些細な事だと思った。

この穏やかな、幸せな微睡みに……僕は身を任せた。

 

 

 

 

 

 

 

真夜中、ミシェルがベッドから転げ落ちて、僕の鳩尾に肘が突き刺さった。

……そう言えば、ミシェルは寝相が悪いと……グウェンが言っていた事を思い出した。

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