【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

89 / 138
#89 AKA ミシェル・ジェーン part1

パチリ、パチリ。

ブロックをはめる。

 

 

「なぁ、ピーター」

 

「ん?」

 

 

ネッドに声を掛けられて、そちらを見る。

彼の手元にはグレー色のブロックの集合体。

組み立て途中のミレニアム・ファルコンだ。

 

 

「最近、どうなんだよ」

 

「どうって……何が?」

 

 

主語のない質問に首を傾げながらも、手は休めない。

コピー機で複製された白黒の組み立て図を見ながら、作業を進める。

 

ここはネッドの家……ついでに言うと、ネッドの部屋だ。

彼は祖母と二人暮らし……父と母はニューヨークに住んでいない。

 

 

「そりゃあ、ミシェルに決まってるだろ?……いや、ミシェル『と』か?」

 

「……まぁ、うん。まぁまぁだよ」

 

 

パチリ、とブロックをはめる。

噛み合わせが悪くて、少し力を込める。

 

 

「まぁまぁってな……お前、卒業式まで、あと三ヶ月しかないんだぞ?」

 

 

ネッドの言葉に顔を顰めつつ……僕はため息を吐いた。

 

 

「……分かってるよ」

 

「いいや、分かってないね」

 

 

僕の言葉をネッドが否定した。

ブロックを組み立てる手が止まる。

 

僕は口を開いた。

 

 

「じゃあさ、どうしろって言うんだよ」

 

「そりゃあ……はやく告白しろよ」

 

「う、ぐ……」

 

 

ネッドの言葉に、僕は手元を見た。

大きなため息が聞こえた。

 

 

「ミシェルも、お前に気があるって。絶対」

 

「……いや、そんな事はないと思うけど」

 

「あー?客観的に自分を見てみろよ」

 

 

そう言われて……ここ最近の事を思い出す。

先週は二人で買い物をした。

四日前は一緒に食事をした。

昨日は図書館で勉強した。

今日は昼を一緒に食べた……四人でだけど。

 

……まぁ、確かに……彼女とプライベートを共にしている時間なら、僕が一番多いかも知れない。

 

でも。

 

 

「……もし断られたら、生きていけないよ、僕」

 

 

そう、そうなのだ。

 

あのハリーも玉砕後、一ヶ月は落ち込んでいた。

グウェンですら励ましに行けない程に。

最近はマシになったらしいけど、空元気のようで痛々しいとか。

 

僕は?

何も進展なし。

踏み込む勇気を未だに出せずにいた。

 

 

「ハリーを嗾けておいて、お前は告白しねーの?」

 

「……それは、確かに卑怯だとは思うけど」

 

 

アレは元々、彼が告白するつもりでいたのに……何かと理由をつけていたから後押ししたに過ぎない。

僕はそもそも、告白しようってつもりじゃあ……なくて、そもそも、その立場にすら立っていない。

 

 

「お前さぁ……デカいトカゲとか、サイとか宇宙人とは戦えるのに……告白する勇気は出ないのか?」

 

「……うん、まぁね」

 

 

僕の情けない返事に、ネッドが顔を顰めた。

 

 

「プロム、来週あるよな?」

 

「うん?」

 

 

プロム……プロムナード。

高校の卒業年次に行われるダンスパーティだ。

 

 

「ミシェルを誘ったんだよな?」

 

「……うん」

 

 

プロムは……男が女の子を誘って……エスコートする。

恋人同士や、それ未満の人が好意を寄せて参加する。

そういう一面もある。

 

きっと、ミシェルは知らないだろうけど……だから、頷いてくれたのだと思う。

 

 

「その時に告白しろよ……うん、そうしろよ」

 

「あ、いや……でもさ、折角、楽しいパーティなのに……僕から告白されて彼女が嫌な気分になったら──

 

「それで、卒業まで結局、告白できず……ミシェルは知らない所で、知らない男と結婚してるって訳だな」

 

「…………」

 

 

ネッドが放った言葉に、思わず黙る。

 

 

「結婚式には呼んでくれるかもよ、友人代表として」

 

「……それは、嫌……かも」

 

「だったら、行動しろよ。ヒーロー活動をコッソリやってる癖に、女の子に対しては奥手過ぎるだろ。意味わかんねぇ」

 

 

ネッドがミレニアム・ファルコンをクッションの上に置いた。

 

僕は悩んで……ネッドの発言に納得して、頷いて……首を捻って……口を開いて、閉じて。

 

ため息を吐いた。

 

 

「分かったよ……告白、するよ。僕」

 

「よし、その意気だ」

 

「……絶対……多分……出来たら、きっと」

 

「何だか、少しずつ意気地がなくなってないか?」

 

 

ネッドが苦笑する。

 

でも、だって……僕だって怖いんだよ。

 

告白するのはコレが初めてじゃない、一度僕だって経験がある。

失敗と、後悔の経験だけど。

 

中学生の頃、家の隣に住んでる女の子……赤髪の、女の子に告白して……『キモい』って言われたんだから。

仲良く遊んでたのに、それから疎遠になって……今ではもう、名前すら思い出したくない。

 

そんな事があったから……ミシェルにもし、嫌われたら……いや、ミシェルはきっと嫌わないと思うけど、でも……。

 

ミシェルの僕への好意が『友情』なのだとしたら……それは、決して元の形には戻らない。

 

床に立てていたペットボトルを開けて、ミネラルウォーターを飲む。

 

 

「……ふぅ」

 

 

冷やしてない常温の水だけど、それでも頭が冷えた。

 

卒業後、ミシェルと一緒に居られないのも分かってる。

だからこそ、彼女の心を繋ぎ止めるために……僕は告白したい。

 

今から、プランを考えなきゃ。

 

そんな僕の様子を見て、ネッドが苦笑した。

 

 

「まぁ、ちゃんと告白するなら良いけどさぁ」

 

「……何でネッドがそんなに気にするんだよ」

 

 

ネッドが手元に……プラスチック製の玩具の弓矢を引き寄せた。

 

 

「恋のキューピットだからな」

 

「グウェンに何か言われた?」

 

「……分かるか?」

 

 

少しも誤魔化す素振りを見せず、ネッドが項垂れた。

 

 

「アイツが同性から急かした方が有意義だって、俺に言うんだよ」

 

「あー、そう」

 

「怖ぇし、断れねぇよ」

 

 

ネッドが頭を抱えて、ため息を吐いた。

……そう言えば。

 

 

「そのグウェンは?プロム、誰かと行くとか聞いてる?」

 

「あぁ……?一応、俺と行くけど」

 

「ネッドと!?」

 

 

いつの間にそんな関係になったんだ!?

ただの幼馴染だと思ってたのに!!

 

 

「あー、違ぇよ。勘違いすんな……アイツがプロム参加したいけど相手居ないから……俺にエスコートさせるとか何とか言ってきたんだよ」

 

「でも、それはグウェンの照れ隠しで実は──

 

 

脳内にグウェンの顔を思い浮かべる。

二人で苦笑した。

 

 

「ないな」

 

「うん、ないね」

 

 

本当に言葉通りの意味だと思う。

彼女は何に掛けても直球だから、回りくどい事なんてしないし。

 

これは悪口ではなくて、彼女に対する理解の話だ。

メチャクチャ、サバサバしてるから……彼女。

 

 

「……ミシェル」

 

 

名前を小さく呟き、完成したブロックの塊を床に置いた。

 

壁際にはデス・スター……僕とネッド、ミシェルの三人で数日かけて作った大作だ。

今日は偶々、彼女がアルバイトで居ないから……二人で作ってるけど。

 

僕達は新作の映画が出れば三人で観に行くし、コミックの貸し借りもするし……出会って一年も経ってないとは思えないほど仲良くなった。

 

……彼女は今、何をしているのだろう。

アルバイト……彼女は、掃除とか言ってたけど……。

 

 

「ピーター、パーツ出来たら渡してくれ。組み立てるから」

 

 

そう、ネッドの声が聞こえた。

 

 

「あ、ごめん。はいコレ……側面の」

 

 

慌てて床に置いていたパーツを渡し、設計図を見る。

 

彼女との関係……友達としての関係が終わろうとしている。

それがどんな形になるのか、僕には見当も付かない。

 

だけど……それでも、彼女が笑っていられるのなら、それで良いと……僕は思った。

 

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ヘルズキッチン。

雑居ビルの中に『エイリアス探偵事務所』と書かれたドアプレートを掲げる部屋がある。

 

その部屋の中……私、ジェシカ・ジョーンズは居た。

 

机の上には並べられた資料。

ここ数ヶ月の自殺者のリスト。

 

 

「……増えてる」

 

 

これは私の癖だ。

 

あの時……私の尊厳を踏み躙られた、あの時から……欠かさずやっている確認。

 

ニューヨーク市内……そして、この付近での自殺者の数が、先月から倍近くになっている。

 

しかし、自殺事件は解決済み。

事件性のないものとして処理されている。

 

誰にも犯行する事は不可能。

指紋は自殺者の物だけ。

密室だったり、監視カメラにも一人でいる映像だけ。

 

だが、その家族は誰もが「まさか、彼が?」「そんな、彼女が?」なんて、思いもよらぬと発言する。

 

突発的な……まるで、悪魔に囁かれたかのような自殺。

 

 

「間違いない……奴が、この街に戻ってきた」

 

 

本当に吐き気を催すような悪党。

唾棄すべき屑。

 

男の名はゼベディア・キルグレイブ。

AKA(あるいは)パープルマン。

紫色の服を好むから……なんて、ふざけた理由で呼ばれている。

そんなに好きなら、肌も紫色に染めれば良い。

 

ミシリ、と音がして慌てて机から手を離す。

無意識のうちに力を込めていたらしい。

 

引き出しを開け、封筒に入った写真を取り出す。

 

そこにはキルグレイヴと……私が写っている。

私は笑っていて……いや、笑わされている。

 

本当にムカつく……破り捨てたいような感覚に陥る。

だけど、これは貴重な奴の写真。

10年近く前の写真だけど……奴を探すのに必要だ。

 

この頃、私は『ジュエル』という名前でヒーロー活動をしていた。

ある日、とあるレストランで異常な状況になっているという連絡を受けて……私は急行し、そこで奴と出会った。

キルグレイヴの能力を知らなかった私は洗脳され……そして──

 

軽い吐き気がする。

 

兎に角、恋人紛いの真似事をさせられ……彼の犯罪を邪魔するデアデビルと戦う羽目になった。

そうして……アベンジャーズとも戦い──

 

 

私はミュータントのジーン・グレイによって洗脳を解かれた。

キルグレイヴはそのまま逃走し……今も行方知れず。

 

やり場のない怒りを抱え……取り返しの付かない過ちを重ねていた私は……ヒーローを廃業した。

 

それでも、困っている誰かを助けられたらと、今は探偵をしている。

 

 

そして、ついに……やっと、奴を見つけた。

 

 

「この街に戻って来たのなら──

 

 

私は写真に写るキルグレイヴを睨む。

 

 

「絶対に逃がさない。ブン殴って捕まえてやる」

 

 

写真をファイルに戻して、封筒に入れた。

黒いジャケットを羽織り、赤色のスカーフを巻いた。

 

自殺者のリスト、その場所はマンハッタンが多かった。

奴はきっと、そこに居る。

 

情報はそこまで……どこに隠れているか、今は何をしているか、何故戻って来たか……それは分からない。

 

だが、私は『探偵』だ。

必要な情報は足で稼ぐ……それが仕事だ。

 

必ず、奴の居場所を暴く。

そして、これ以上、私と同じ目に遭う人間が現れないように……捕まえてみせる。

 

机の上で充電していた携帯を手に取り……一瞬、夫の顔と、仲間の弁護士、格闘家の顔が思い浮かんだ。

しかし、人が増えれば、それだけ気付かれる可能性が増える。

 

奴の狙いが何なのか、探ってからでも遅くはない。

 

私は事務所を出る。

ドアプレートをひっくり返し……『CLOSED』に替えた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

散弾銃が火花を放った。

 

直後、壁に小さな穴が空き……顔面が砕けた老婆が地面に倒れた。

 

私はその死体の上に散弾銃を置いた。

死体に手向ける花のように。

 

今日はピーターとネッドの三人で遊ぶ約束をしていたのに……仕事が入ってしまった。

マドリプールの作戦以降……私は組織への忠誠を疑われているらしい。

確実にこなせる任務を遂行し、少しずつ信頼を取り戻すしかない。

 

と、ティンカラーが言っていた。

……何故、彼は私も知らない組織(アンシリー・コート)の事情を知っているのか、分からない。

彼は組織(アンシリー・コート)の一員ではない筈なのに。

 

……それでも、彼は私を心配して助言してくれているのだから、素直に受け取っている。

私も野暮な質問はしない。

 

全く……秘密の多い関係だ。

私は彼の事は全く知らない……素顔も、名前も。

それなのに、何故……こうも、私を信頼しているのか。

 

……これ以上、考えるのはよそう。

私と彼は仕事仲間だ。

それで良い……筈だ。

 

ショットガンを抱いた老婆を転がす。

この老婆は麻薬シンジケートのボスだ。

キングピン……ウィルソン・フィスクに黙って合成麻薬を売り捌き……ついには逆鱗に触れた。

 

元々は共同経営だったらしいが、フィスクの愛人が麻薬を嫌い……フィスクは手を引いたそうだ。

そして、これ以上、合成麻薬を作らないように言ったが……聞き入れて貰えず、そして──

 

 

『こうなった、と』

 

 

散弾銃に顔面を砕かれて、人相は分からない。

一般的な人間よりも強かった……拳法家だったらしく、よく分からない武術を駆使していた。

 

『気』とか何とか、よく分からない物も使っていた……この世界の権力者は何故か、それなりに戦える事が多い。

コミックだから……なのか?

 

 

まぁ、それもどうでも良い。

私の敵ではなかった。

 

 

『馬鹿な奴だ……』

 

 

彼女の死因はフィスク、そして彼が差し向けてくる刺客(わたし)を甘く見ていた事だ。

 

普通の暗殺者程度ならば、彼女は負けなかっただろう。

 

私は通って来た道を振り返る。

何人もの黒服を着た男達が、死体となって並んでいる。

その手には散弾銃……私が先程使用した物と同じだ。

……私の持っていた散弾銃は、殺した奴から奪い取った物だ。

 

そう、彼女はチャイニーズ・マフィアのボスだった。

彼女本人も強く、組織も大きい……それが慢心に繋がったのだろう。

 

私は元来た道を引き返す。

 

死体。

 

死体、死体、死体、死体、死体。

 

灰色のコンクリートの壁は赤い血で彩られている。

同様に、私のスーツにも返り血が付いていた。

……地下の拠点に戻ったら、また洗わなければならない。

 

面倒だ。

 

一歩、一歩と足を進め……耳を澄ます。

何処かで誰かが……息を殺そうと小さな吐息を出している。

 

私は腰からナイフを取り出し、その場へ進む。

 

 

『まだ残っていたか』

 

 

この組織に与する者は皆殺し……それがフィスクからの依頼だ。

誰も生かして逃しはしない。

 

ゆっくりと、しかし迷いなく進んでいけば……鉄製のドアがあった。

大きな両開きのドアだ。

 

私はそれに手を掛け……ガタン、と音がした。

どうやら内側から錠をかけているらしい。

 

怯えたような悲鳴が、幾つか中から聞こえた。

女、子供の声だ。

 

……嫌になる。

だが、やめるつもりはない。

 

私はドアに手を引っ掛けて、無理矢理押し込む。

金属が軋む音がする。

 

それに合わせて、悲鳴や泣き声が大きくなる。

 

……そのまま、金属を引きちぎり、無理矢理こじ開ける。

ドアに立てかけられていたであろう家具が散乱し……女性と子供たちが部屋の隅に固まっていた。

 

甲高い声で……叫び声を上げている。

 

 

『……静かにしろ』

 

 

私がドアを殴り、大きな音を立てると……黙った。

彼らは猛獣に怯えるように、私の気を損ねないよう口を閉じたのだ。

 

 

『この中で麻薬の製造に関与していた者は前に出ろ』

 

 

私は全員を殺すつもりは無かった。

フィスクの依頼は『組織に与する者の皆殺し』つまり、麻薬の製造に関与していないものであれば殺さずに済む。

 

……そう思っていたが。

 

子供達は互いに顔を向け合う。

それは、自覚ある者の行動だった。

 

……そうか。

この組織は子供に合成麻薬を作らせていたのか。

孤児なのか……それとも売られたのか、知らないが。

明らかに……ここにいる大人の数よりも、子供が多い。

 

子供達を手で制し、大人達が前に出た。

その中の一人、中年の女性が一歩前に出てきた。

 

 

「私が、作ってました。子供達は関係ありません」

 

 

嘘だ。

間違いなく、嘘。

 

目の揺らぎから見えるのは、私に嘘がバレてしまう事への恐怖だ。

大人達は子供を庇っている。

 

何故だ?

この組織の単純な労働力ではないのか?

それとも……この、大人達もそうなのか?

 

分からない。

だが、分からない方が良い。

 

私はナイフを向ける。

 

 

『今からお前達の首を刎ねる』

 

「……はい。ですが、子供、達は……」

 

『死んだ後の事を気にするのか?』

 

「お願いします……子供達は……関係ないんです……」

 

 

思わず、ナイフを握る手が揺れる。

……私は組織に忠誠を示さなければならない。

情なんて物は捨てるべきだ。

 

……私が捨てたくない物の為に、コイツらには死んで貰う必要がある。

強制されていたとは言え、合成麻薬の製造に手を染めていたのだから……無罪とは言えない。

 

大丈夫だ、殺せる。

内心を誤魔化し、無理矢理、自分を納得させる。

 

 

『……分かった。子供は殺さないと誓う』

 

「本当、ですか?」

 

『だが、確実に貴様らは殺す。抵抗すれば子供も殺す』

 

 

……これは効率的に殺す為に必要な契約だ。

抵抗されれば面倒だから、子供を人質に取っているのだ。

そう、子供を見逃すのは効率を求めてだ。

情ではない。

だから、組織に対する裏切りではない。

そう、言い訳をしながら……先程まで話していた女の首にナイフを押し付ける。

 

皮膚の皮が薄く切れて、血が出る。

 

 

「ありがとう、ございます」

 

 

感謝、など。

今から死ぬ人間が、何故……殺そうとする相手に感謝を──

 

突然、何かが飛んできた。

私はそれを掴み……確認する。

 

それは木片だった。

人型が描かれた、玩具と呼ぶには見窄らしい木片。

 

それを投げて来たのは、庇われていた子供だ。

 

 

「母さんを離せっ……!」

 

 

母さん?

この女が、か?

 

 

「あ、あぁ!申し訳、ありません!」

 

 

慌てて女が額を地面に擦り合わせる。

勢いが強く、額から血が出ている。

 

 

「この子は何も分からないのです!お願いします、ご慈悲を……容赦を!」

 

 

……なるほど、ここにいる子供は、大人達の養子なのか。

身寄りのない子供を引き取り、子供として育て、合成麻薬の密造の労働力として扱う。

この組織は子供を食い物にする、最低な組織だ。

 

まるで……私の……。

 

 

『…………』

 

 

気分が悪い。

だが、怒りをぶつけるべき相手は既に死亡している。

 

ここにいるのは哀れな母親達と、血の繋がってない子供だけ。

 

手に持った木片を見る。

それには、剣を持った戦士が描かれていた。

 

名前はないのかも知れない、だが……あの子供達にとってはヒーローのような物なのだろう。

 

本当に、気分が悪い。

 

私は木片を強く握り……砕いた。

木屑が地面に散乱した。

 

さっさと、終わらせよう。

 

 

ナイフを握り、一歩前に出る。

 

 

『安心しろ、子供を殺しはしない』

 

「あ、ありがとうございます!ありがとうございます!」

 

 

母親が感謝しながら、血と涙でぐしゃぐしゃになりながら、声を振り絞る。

その声は枯れかけていた。

 

 

「母さん!」

 

 

子供の声は無視する。

他の大人が慌てて、子供の腕を掴んだ。

 

ナイフをまた首に当てて、力を、強く、込めて──

 

 

ガシャン!と窓ガラスが割れる音がした。

 

首に当てていたナイフを手元に戻し、音がした方を睨む。

この砕けた金属製のドアの外で……女が立っていた。

 

黒い髪、黒いジャケット、黒いズボン、赤いスカーフを巻いた女。

 

その女が口を開いた。

 

 

「アンタ……最低ね」

 

『ジェシカ・ジョーンズか』

 

 

女……ジェシカは心底、軽蔑したような目を私に向けていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

目の前にいる赤いマスク……レッドキャップを睨み付ける。

 

コイツは今、無防備な女を子供の前で殺そうとしていた。

どんな経緯があったかは知らない……だけど、抵抗もしない人間を……それも、子供の前で殺そうだなんて許せる訳がない。

 

……この工場に来たのは偶然だった。

マンハッタンのチャイナタウンを散策中……超人的な聴力で発砲音を聞きつけて、文字通り飛んで来た。

 

中で何が起こっているのか、覗き込んで……死体が並んで居て驚いた。

侵入して確認してみると……白い粉。

マンハッタンで密かに流通している合成麻薬だと直ぐに分かった。

 

そして、ここがその製造工場だという事も。

 

私は隠れながら、移動し……そして、処刑人紛いの事をしている現場を見つけたのだ。

 

最初は外から見ているだけだった。

どんな状況か分からないまま、飛び出すのは危険だと思った……だが、その考えは一瞬にして忘れてしまった。

 

 

「あら、覚えていてくれたの?」

 

『……私は記憶力が良い方だ』

 

 

レッドキャップがナイフを構えたまま、一歩、私へと近付いてくる。

 

……以前、シニスター・シックス事件の時、私は彼女に負けている。

今の彼女は、その時と装備が異なっている……恐らく、より良い装備になっている筈だ。

勝算は……殆どない。

 

息を深く吸って……地面を強く蹴った。

飛行能力を重ねて、真っ直ぐと弾丸のように飛び出し……彼女の腕で挟み込んだ。

 

しかし、数メートル動かした所で止まってしまった。

ほんの少しも動かない。

 

私はレッドキャップを押さえつけたまま、後ろを見た。

 

 

「逃げなさい!」

 

 

強く、そう言うと……怯えていた大人と子供が走り去っていく。

その様子を脇見しつつ……レッドキャップを見る。

 

ナイフは、構えたまま……私に振り下ろさなかった。

 

何を──

 

突然、腹部に痛みがきた。

 

 

「うぐっ」

 

 

蹴られた。

彼女の膝だ。

 

金属で出来たアーマーに纏われた膝で、蹴り上げられたのだ。

 

思わず怯んだ所、腕を掴まれる。

そのまま引き剥がされ、コンクリート製の壁に叩きつけられた。

 

 

「が、はっ」

 

 

コンクリートが砕け、鉄筋が露出した。

呼吸が乱れて、息ができなくなる。

 

掠れた息を整えながら、数歩下がる。

明らかな隙……レッドキャップが見逃す訳が──

 

 

……来ない?

 

 

ナイフを突き立てる訳でもなく、殴り掛かる訳でもない。

逃げた人間を追う訳でもなく、私から逃げる訳でもない。

 

ただ、そこに立っているだけだった。

 

 

「……何のつもり?」

 

『元々、私はお前を殺すつもりはない。それは任務に含まれていないからだ』

 

「……なるほど、仕事熱心ね」

 

 

薄く笑い、痛みを誤魔化しつつ……息を整える。

逃げるにしても、戦うにしても……態勢を整えたい。

 

 

『どうだ、ジェシカ・ジョーンズ。あの女達……大人さえ殺させてくれれば、子供は好きにして良い。悪い話ではないだろう?』

 

「悪いわよ……それも、極悪。最悪よ」

 

『……あの女達は子供を食い物にする組織に加担していた。合成麻薬によって何人もの人生を破壊した……それでもか?』

 

「愚問ね……殺して良いとか、良くないとか……それは法律が決めるのよ。アンタ、思ってたよりバカね」

 

 

傷の痛みはなくなった。

息も整った。

 

そして、私とコイツは相容れない事も分かった。

 

 

『そうか……そうだな』

 

 

レッドキャップは否定する訳でもなく、静かに頷いた。

不気味だ……昔なら、もっと何か言ってきた筈だ。

 

……何か、おかしい。

以前会った時と、全然違う。

 

攻撃に殺意を感じられない……殺しに来ている筈なのに。

 

……こうして話している間にも、逃げ出した人達は距離を取れているだろう。

時間を稼ぐ……それが私に出来る最善だ。

 

そして、少し間が空いて、レッドキャップが機械音声で話しかけてくる。

 

 

『思想はどうでもいい……納得する必要もない……だが、あの女達は殺す』

 

「それは……何故?」

 

『私の為だ』

 

 

急に一歩、踏み込んで来た。

ナイフを持つ手を水平にし凪いだ。

 

何とか反応して回避するが……私が立っていた場所、その後ろのコンクリートの壁に大きな切り傷が付いた。

 

ぞっとする。

当たっていたら、間違いなく大怪我をしていた。

 

 

『頑張って避けてくれ』

 

 

そう、励ますような声がする。

馬鹿にしているのか?と思った瞬間──

 

 

ナイフの切っ先が、目の前に迫って来ていた。

 

 

「くっ」

 

 

顔をずらして、その刺突を避ける。

そのままハイキックをレッドキャップの頭に繰り出し──

 

 

命中。

 

 

『……無意味だ』

 

 

しかし、少しも怯んでいない。

以前よりもスーツの性能が良くなっているのか?

ほんの少し、私が思案してしまった時間……それは隙だ。

 

その隙は致命的だった。

ナイフを持った手が、私の肩に迫り──

 

 

「うぐっ!?」

 

 

突き刺さった。

 

激痛……だけど、動けない訳じゃない。

私は地面を蹴り、そのまま飛行して大きく距離を取る。

 

ナイフを抜き取ると……血が流れる。

即座に赤いスカーフで圧迫し、手当てする。

 

その様子を、レッドキャップは黙って見ていた。

 

 

『これ以上、傷を負いたくなければ……立ち去った方が良い』

 

「それは素敵な提案……思わず呑んでしまいそう」

 

 

肩が上がらない。

……ここにはアイアンフィスト(ダニー・ランド)は居ない。

治癒を行なってくれる人間は居ない……私に自己再生能力はない。

戦闘続行は不可能だ。

 

逃げた方が身の為……レッドキャップも追ってこないだろう。

 

でも。

 

 

「私はとっくに……ヒーローを辞めた身だけどね」

 

『……それが何だ』

 

「それでも、誰かを守る為なら、身を投げ出せるぐらいの覚悟はある……つもりよ」

 

『……そうか』

 

 

赤いマスクで表情は分からない。

だが、それでも……レッドキャップが羨ましそうにしていると、思った。

 

……本当に、どうしたんだろうか?

何か考えが変わるような出来事があったのだろうか?

 

だけど、問い掛けるほど親しい訳ではない。

 

私はレッドキャップを睨み付ける。

彼女達を追う姿勢を見せたら、飛び付くつもりだった。

 

しかし、レッドキャップは動かない。

黙って私を見上げるだけだ。

 

少しして。

 

 

『……やめだ』

 

「え?」

 

 

レッドキャップが踵を返して、私から離れる。

数歩下がって、逃げる人達とは逆の方に向かい、歩き始めた。

 

 

「何のつもり……?」

 

『リスクを考えただけだ』

 

 

そんな筈はない。

本気を出して私を殺し……直ぐに追えば、彼女達を殺せる筈だ。

 

だから、これは……。

 

 

「アンタ、本当は殺したくないの?」

 

『……そう、見えるか?』

 

「そう見えるわ」

 

 

レッドキャップが振り返った。

真っ赤な表情のない、マネキンのような顔が私を見た。

 

 

『なら、その目は腐っているな』

 

「目は良いのよ、探偵だから」

 

 

私の言葉を聞き……少しして、顔を逸らし離れていった。

 

私は息を深く吐いて、座り込む。

大きな疲労感を感じながら、私は携帯電話で警察へと通報した。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

逃げ出した人達は、工場の外にいた。

このまま逃げても危険だと思い……彼女達は護送車に乗ってもらう事になった。

 

麻薬の密造は罪に問われるが……死ぬよりはマシだ。

それに脅されてやっていたのなら、罪も軽くなるだろう。

 

 

「……本当に、ありがとうございました」

 

 

大人の女に声を掛けられて、私は頷いた。

 

 

「良いのよ、困った時はお互い様」

 

「ですが、私には返せるものなんて……」

 

 

困ったような顔をする女に、私は苦笑した。

 

 

「……出所したら、美味しい料理でも持って探偵事務所まで来て」

 

「探偵……?」

 

「そう、私……探偵なのよ」

 

 

涙を流しながら、私の手を握り……その後、連行されて行った。

子供達も同じ護送車に乗せられ、鍵を閉められた。

 

 

「ジェシカさん、いやぁお手柄ですね」

 

「えぇ、まぁ……どうも」

 

 

知人の警官から感謝されつつ、私は頷く。

感謝されるために活動している訳ではない……それに、私は探偵だ。

こんなヒーロー紛いの仕事は引退したい。

 

そう思っていても、トラブルが起きれば首を突っ込んでしまうのは……直した方がいい癖かも知れない。

 

ため息を吐きながら、後頭部をかく。

 

 

「あ、あと申し訳ないのですが……署長から連絡がありまして。少し、お話しして頂けると──

 

「あー……拒否権、ないのよね?」

 

「申し訳ないのですが……よろしいですか?」

 

「……はぁ」

 

 

ため息を吐きながら、警察車両の助手席に腰掛ける。

警官が手に持っていた携帯端末を私に手渡した。

 

 

「もう繋がってますので」

 

「え?ちょっと──

 

 

そのまま、警官は離れて護送車の方へ向かう。

会話を聞くつもりはない、という事だろうか?

 

 

「……何なのよ」

 

 

私は携帯端末を耳に当てる。

ノイズのような音が続いている。

何も喋る気配はない。

 

怪訝に思いながら、私は声を出す。

 

 

「もしもし……?聞こえてる?」

 

『……あぁ、ジェシカ』

 

 

ノイズが混じり過ぎて聴き取りづらいが、男の声が聞こえた。

 

 

「どうも、話があるって聞いたのだけれど」

 

『君と話がしたかったんだ、ジェシカ』

 

 

眉を顰める。

馴れ馴れしい態度に苛つく。

面識なんて無い筈だけれど。

 

 

「それはどうも。で、何の用なの?手短にお願いしたいのだけれど」

 

『用?用事はないな、ただ君と話がしたかっただけだ』

 

「……通話、切っても良いかしら?」

 

 

いつから、ニューヨークの警察署長はセクハラ野郎になったのだろうか。

そう、思っていると──

 

 

『つれないな……久しぶりの会話だと言うのに』

 

「……貴方とは面識がない筈だけど」

 

 

胸騒ぎがする。

心臓が跳ね回る。

 

 

『あぁ……なるほど、まだ気付いてないのか?いけない子だ』

 

「……アンタ、誰?」

 

 

私が問うと同時に──

 

 

 

発砲音が聞こえた。

 

即座に振り返る。

音がしたのは護送車の中だ。

 

携帯端末を握りながら、慌ててそちらに走る。

 

悲鳴と、発砲音が続く。

 

 

「何が……」

 

 

呼吸を乱しながら……護送車のドアを開けた。

 

……そこには、射殺された……先程の、女と子供達。

そして、警察車両に常備している自衛用の散弾銃を握っている、知人の警官。

その銃口から、煙が漏れている。

 

今、さっき、その場で……撃ち殺したという事……だろう、か?

信じられない事だが。

 

 

「何をやってんの!自分が何してるか分かって──

 

 

その顔を見る。

 

悪びれる様子もなく、薄く笑っている。

まるで、この現実が分かっていないかのような……ぐるりと顔を傾けて、私を見た。

 

 

「笑ってくれ、ジェシカ」

 

 

そして、散弾銃の銃口を、自身の顎に当て──

 

 

「やめっ──

 

 

引き金を引いた。

 

炸裂する音と共に、真っ赤な何か、灰色の何か、白い何かがぶち撒けられた。

護送車の中は、赤く染まった。

 

 

「あ……う、ぷっ」

 

 

思わず吐き気を催して、数歩下がり……目線を逸らす。

他の警官達は何が起こったのか理解も出来ず、慌てている。

 

 

『ジェシカ、あぁ、ジェシカ……』

 

 

携帯端末から声が聞こえて、耳に当てる。

……ノイズ混じりの声だが、相手は誰だか分かった。

 

 

「キルグレイヴ……!」

 

『やっと思い出してくれたのかい?少し遅かったね。君を見つけたら私に連絡するよう彼には『お願い』していてね。勿論、彼だけではないよ。他にも沢山いる。お陰で君を見つけることが出来たよ。何故、こんなに熱心なのかって?君を愛してるからだよ。君も私を愛しているだろう。お互いに探し合っていたなんてロマンチックじゃないか。私の下に戻ってこないか?これ以上、私のプレゼントを見たくないなら、一度、話をしたいな。どうかな?ジェシカ?ジェシカ・ジョーンズ?どうかな?』

 

 

思わず、端末を投げ捨てそうになった。

 

生理的悪寒がする。

こいつは罪のない人間を人質に、また私を手に入れようとしている。

 

普通の人間はそんな事しない。

目的のために人を殺す……許せない事だが、理解はできる。

だが、コイツは……他人を何とも思っていない。

全て、自身の為に生きている玩具だとしか思っていない。

 

10年前から何も変わっていない!

 

罵倒したくなる気持ちを抑えて……努めて冷静に会話する。

 

 

「えぇ、そうね。是非、会いたいわ……何処で会えるのかしら?」

 

『あぁ!そうか、ジェシカ!会ってくれるのかい?でも悪いね、今は仕事をしているんだ……そちらが片付いてからだね。君には悪いけどね』

 

 

仕事……?

傲慢の塊で、社会性も皆無であるコイツが……仕事?

 

……碌な事ではないのは確かだ。

コイツの能力は『他人を洗脳する』こと。

何処かで、誰かが……操られている。

知らず知らずのうちに、悪事に加担させられている。

 

 

「……必ず、アンタを見つけ出すわ」

 

『そんな熱烈なラブコールを君からだなんて、嬉しいよ。じゃあ、また会おう。必ず会おう。それまでにエスコートするための準備をしておこう。あぁ、そうだ。君の為に美味しいワインを──

 

 

携帯端末を地面に叩きつけた。

 

 

「はぁ、はぁ……クソ野郎が!」

 

 

掛けてきた電話番号も洗脳された人間から奪った物だろう……この電話から奴に繋がる情報はない。

その狡猾さ、そして臆病さ……それが奴を捕まえられていない理由だ。

 

だが、奴の目的は分かった。

 

奴の目的は『私』……そして、話していた『仕事』だ。

 

 

「何をしでかすつもりか知らないけど──

 

 

先程まで笑っていたのに……今は血を流して息絶えている女性を見た。

正義感に満ち溢れた、まだ若い知人の警官を見る。

庇われたのに……当たりどころが悪くて即死してしまった子供を見る。

 

 

「絶対に、私が止めてやる!」

 

 

私は、地面に落ちている携帯端末を踏みつけた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

「ふぁあ……」

 

 

ネッドが大きな欠伸をした。

時計を見れば、もう夜の8時。

良い時間だ。

 

 

「寝不足?ちゃんと寝てる?」

 

「んー?ピーター、俺は毎日10時間は寝てるぜ……でも何だかなあ、ここ最近、寝不足なんだよな」

 

「ふぅん……まぁ、暖かくなって来たからね。毛布を止めてタオルケットにしたら?」

 

「そうしようかなぁ」

 

 

僕の発言に、ネッドが苦笑しながら頷いた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。