【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#91 AKA ミシェル・ジェーン part3

エイリアス探偵事務所。

そこで私はソファに寝転がっていた。

 

酒瓶を片手に、天井を見上げる。

蛍光灯が、音を立てて点滅する。

 

先日の……キルグレイヴにしてやられてから、私は奴を探していた。

 

だが、手掛かりは見つからない。

 

蓋の開いてない酒瓶を、机に置く。

飲まなきゃやってられないような気持ちと、飲んでる場合じゃないっていう焦燥感。

 

ため息を吐いて、ソファに座り直し……冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出す。

蓋を開けて口にしながら……スマホのライトが光った。

 

 

「……何かしら」

 

 

夫なのか、それとも新しい依頼か、首を傾げつつ手に取る。

 

それは、メールだ。

中を開くと……キルグレイヴについての情報。

 

 

『ゼベディア・キルグレイヴはヘルズキッチンの警察署にいる』

 

 

そう、書かれていた。

 

 

「……誰から?」

 

 

宛先のメールアドレスに覚えはない。

……恐らく、踏み台として使用されている一時的なアドレス。

得られる情報はない。

 

 

「……罠、か」

 

 

添付された映像ファイルを開くと……警察署内の監視カメラの映像だった。

……どうやって手に入れた?

何故、流出した?

 

……メールを送って来た相手は、まともな相手ではないだろう。

 

 

「……全く、信用できないけど──

 

 

私は思わず力が入り、ペットボトルを潰してしまった。

水が事務所の床に溢れる。

 

 

「奴の罠だとしても──

 

 

革のジャケットを羽織り、部屋を出る。

 

 

「決着は私が付ける」

 

 

赤いスカーフを巻いて、部屋を出た。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

ニューヨーク市内、ヘルズキッチン。

その警察署。

 

 

「もう少し、下だ」

 

 

所長室で、私は足を置いた。

紫色の靴が『何か』に乗る。

 

 

「そう、そこだ。丁度いい」

 

 

柔らかい肉の感触を、足で確かめる。

 

 

「まぁまぁだが……君、足置きの才能があるよ」

 

 

目を虚にさせた女だ。

横たわり仰向けになった女に、私は足を置いていた。

 

 

「……ストレスの掛かる仕事だった。全く、何故私が面倒な事をしなければならない」

 

 

ほんの少しの怒りで、眉を顰める。

足元の女が呻き声をあげた。

少し、力を入れ過ぎたらしい。

 

指定された男の餓鬼を洗脳し、犯罪者に仕立て上げた。

それは、とある組織からの依頼だった。

 

……その組織の人間と面識はない。

だが、異常な程の科学力を持っていた。

私の能力を防ぐ装備、なんてのもあるかもしれない。

 

私は人に命令されるのを嫌うが、それでも断れない事は分かっている。

 

足を強く踏めば、靴の下から肋の骨の感触が感じられた。

もう少し深く踏めば折れる。

 

この女は十分に楽しんだ。

もう、替え時だろう。

 

そのまま強く体重を乗せて──

 

 

「署長!」

 

 

警官が所長室に入ってきた。

彼等は私を警察署の署長だと認識している。

前任者は……ハドソン川の下に居る。

 

 

「オイ、何だよ……クソ、ノックはしろと言っただろう?」

 

「で、ですが、緊急でして……」

 

 

私は女から足を退けて、立ち上がる。

紫色のスーツの襟を正して、男の前に立つ。

 

 

「何だ?早く話せ」

 

「その、信じがたい事でして──

 

「良いから全て話せ」

 

 

煮え切らない態度に苛立ち、能力を行使する。

特殊なフェロモンによって、コイツらは私に従うしかなくなる。

 

途端に顔を弛緩させて、口を開いた。

 

 

「謎の、スーパーパワーを持った女が、署内に、入ってきまし、た」

 

「スーパーパワー?」

 

 

私は男を押し退けて、隣の部屋に入る。

空席になっている席にあるコンピュータのモニターを見た。

 

黒い髪の女が、私の手下である警官を投げ飛ばしていた。

数メートル飛んで地面に転がされ、意識を失ったようでグッタリと倒れた。

 

……その女、いや、ジェシカ・ジョーンズが監視カメラに目を向けた。

鋭い、怒りの篭った目だ。

 

 

「フ……良いよ、最高だ」

 

 

私はマイクの電源を入れて、館内放送を起動する。

 

 

「ここに入ってきた黒髪の女を撃て!ただし、トドメは刺すな!殺さずに連れて来い!」

 

 

命令を聞いた人形達が、拳銃を抜き、署内を歩き出す。

ジェシカ……奴は拳銃程度では死なない。

だが、確実にダメージは入る。

 

そして、彼女は洗脳している警察官……彼等を殺さないように手加減しなければならない。

本来のパワーを発揮できない彼女は、数の暴力に勝てるのか?

見ものだ、素晴らしいエンターテイメントだ。

 

私がモニター越しに笑っていると、ジェシカが監視カメラを睨みつけた。

 

そして、中指を立てた。

 

 

「フフ、下品な態度だ。私の元へ戻ったら……また調教してやろう」

 

 

革製の椅子に座り込み、私は両手の指を合わせた。

今日は最高の夜になる。

 

そんな気配がしていた。

 

 

「……ん?何だ?」

 

 

署内の監視カメラ……その、幾つかが機能を停止していた。

砂嵐の映像が、流れていた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

警察署内を走る。

 

 

「居たぞ!」

 

 

警官の声が聞こえた。

即座にその方向に振り向き、近くにあった鉢植えを投げ飛ばした。

仕切りのガラスが割れて、警官に命中する。

 

血を流して、倒れた。

意識を失ったようだが、死んでは居ないだろう。

 

 

「面倒臭くて、陰湿な事をする!」

 

 

私は椅子を飛び越えて、別室に転がり込む。

 

先程の館内放送、アレはキルグレイヴの声だった。

送られてきた情報は正しかった。

 

だが、奴はこの署内の人間全てを洗脳していた。

全ての民間人が敵になっている……そして、私は彼等を殺す事は出来ない。

 

 

先程の呼び声を聞いたのか、応援するべく警官達の足音が聞こえる。

 

私は部屋にあった長椅子を引っ張り、ドアの外で待機する。

 

そして、角を曲がって現れた瞬間。

長椅子を蹴り飛ばして、滑らせた。

 

床と擦れて異音を出しながら、長椅子は複数の警官に衝突して転ばせた。

 

そのまま私は、転がった警官達に向かって走り……背中を蹴り、殴り、意識を奪っていく。

肺を強く強打し、息を出来なくすれば人は意識を失う。

 

……アイアンフィスト(ダニー・ランド)に意識を奪うコツを教えてもらっていて正解だった。

 

角の先にいた警官が、私に拳銃を向ける。

地面を蹴り、3メートル弱の高さしかない天井に手を突き……蛍光灯を引き剥がす。

 

 

「ひっ!?」

 

 

私の身体能力に驚きながらも、彼は銃口を上に上げようとして……蛍光灯を頭に叩きつけた。

ガラスの割れる音と共に、幾つかの傷口が警官の顔に出来た。

 

負傷させたのは悪いけど、これも仕方のない事だと思って欲しい。

アンタらの代わりに、悪党と戦ってるんだから。

 

飛行能力は狭い場所では使い辛い……屋内では発揮し辛いが跳躍の補強にはなる。

地面を蹴り、前に進む。

 

ヘルズキッチンの警察署に来たのは初めてではない。

何度か事件に巻き込まれた時、付き添いで来たことがある。

だが、内部は詳しくない。

 

署内に看板などもなく、手当たり次第、部屋の中を探っていく必要がある。

 

私は階段の踊り場に立ち、上を見上げた。

 

警官が複数人、私のいる踊り場に向けて拳銃を構えていた。

 

 

「……おっと──

 

 

直後、発砲音。

地面を蹴り階段の手摺りを掴み、へし折る。

 

射線の通らない位置に移動して、折れた手摺りを全力で上に投げた。

 

ガシャン!

と天窓が割れて音が鳴った。

 

 

警官達は、異音に驚き上を見上げた。

 

 

「隙だらけね」

 

 

その隙に私は足を曲げ、跳躍した。

飛行能力を使い、彼等に接近する。

 

通り側に警官を一人掴んで、横に投げ飛ばした。

壁にぶつかり、失神する。

 

残りは3人。

私に気付き銃を構えた警官……恐らく、ある程度の練度があるのだろう。

そいつに向かって突進する。

 

引き金が、引かれた。

 

発砲音と共に弾丸が私へ飛来し……肩に命中する。

 

 

「ぐっ!」

 

 

痛みがある。

だが、弾丸は皮膚の表面を傷付けて、少しの打撲をさせただけだ。

 

行動不能になる訳ではない。

 

私は拳を握り、顔面を殴る。

 

 

「へぶっ!?」

 

 

顔を殴られた警官はよろめいて、地面に倒れた。

 

そのまま腕を横に振り回し、肘を別の警官にぶつける。

たたらを踏んだ警官の背中を突き飛ばした瞬間、再度の発砲音。

 

 

「いっ!?」

 

 

背中に激痛。

着弾したのだろう。

 

そのまま振り返りつつ、足を上げ──

 

 

「痛いっての!」

 

 

ハイキックを繰り出した。

 

命中した警官は宙で半回転し、地面に墜落した。

……思わず、結構強めに蹴ってしまったが……死んではいない。

 

ホッと息を吐けば、撃たれた箇所が痛んだ。

 

 

『辛そうな、ジェシカ……かわいそうに』

 

 

館内放送から、キルグレイヴの声が聞こえる。

舌打ちをして、監視カメラを探す。

 

……あった。

あそこから私を見ているのだろう。

 

 

「今すぐ、アンタのいる場所にいってブチのめしてあげるから。楽しみに待ってなさい」

 

『強気だな……ヒーローのつもりか?』

 

 

ムカつく挑発を聞きつつ、カメラから目を背ける。

そのまま廊下に入り、歩み進める。

 

洗脳されている警官を失神させつつ、先へ先へと進んで行く。

時には撃たれてダメージを負うも、それでも進んで行く。

 

 

 

ドアを蹴破り、次のフロアへ進む。

……大量の警官が待ち受けていた。

 

警官を殴り、撃たれ、蹴り飛ばし、撃たれて、投げて、殴られる。

一発一発は致命傷にはならない。

 

だが、ダメージは蓄積する。

 

 

「ふぅっ、くっ……いっつ……」

 

 

キルグレイヴのムカつく顔を思い出して、怒りで痛覚を鈍らせる。

 

穴だらけになっている革のコートを投げ捨てて、ドアノブに手を掛けた。

鍵はかかっていない……ドアノブを捻り、中に入る。

 

 

……そして、その先に。

 

 

「やっと来たね、ジェシカ」

 

「……キルグレイヴ」

 

 

私は髪をかき上げて、奴を睨みつけた。

前に見た時と変わらない紫色のスーツを身に付けた男。

 

ずっと、ずっと、探し続けていた男。

私が、最も憎んでいる男だ。

 

 

「おっと、怖い顔だ……だけど、よく私の前に顔を出せたね」

 

「……あの時とは、違う」

 

「そうかな?私も以前とは違う……」

 

 

得体の知れない自信に顔を顰めつつ、私は後ろ手にドアを閉めた。

鍵もかける。

 

 

「……良いのかい?逃げられなくなるが?」

 

「逃げる?これは逃さなくする為に閉めたのよ」

 

 

私は一歩、トラウマを振り払うように足を進めた。

そして、その様子を見たキルグレイヴが笑った。

 

随分と余裕そうだ。

……何か、策でもあるのだろうか?

 

 

そう思った瞬間、キルグレイヴが息を吸い込み──

 

 

「動くな!」

 

 

強く、怒鳴るように命令した。

 

体が、硬直する。

 

 

「っ……!」

 

「君は賢い子だと思っていたけど、存外……愚かだったな」

 

 

ガッカリした、という態度に苛立ち、睨み付ける。

 

懐から空のガラス瓶を取り出して、私に見せつける。

小さな……錠剤が入っていた。

 

 

「これは私の能力を強化する薬だ……君は何か対策をして来たようだが……意味はなかったようだね」

 

 

嘲笑いながら瓶を懐に入れた。

 

 

「これは結構高かった……いや、金の話じゃあない。これの為に私は幾つかの仕事を熟さなければならなかった……だけど、それも君を私の物にする為だ。仕方ない」

 

 

ゆっくりと歩き……私へと近付く。

気色の悪い笑みを浮かべなら、私の腰を撫でた。

 

 

「…………」

 

「声も出ないかい?また家族に戻ろう……ほら、笑って?」

 

 

私は下手くそな笑みを浮かべた。

それを見て、キルグレイヴが心地良さそうに頷いた。

 

 

「良いね……最高だ」

 

 

そうして私の横を通り、正面に来た。

舌舐めずりをして……私に手を伸ばし──

 

 

 

 

 

 

「触るな、クソ野郎」

 

 

私はキルグレイヴの腕を掴んだ。

 

 

「は?」

 

 

そのまま振り回し、壁に叩きつけた。

コンクリートの壁が砕けて、キルグレイヴが地面に転がる。

 

骨の数本は折れただろう、息苦しそうに咳き込んでいる。

 

 

「げ、ごほっ……な、何……!?」

 

「残念だったわね。演技よ……今年の主演女優賞は私のもの──

 

 

足を振りかぶる。

 

 

「ねっ!」

 

 

キルグレイヴの鳩尾を蹴る。

 

 

「が、はっ!?」

 

「アンタが私の目の前に……絶対に逃げられない距離に来るまで待ってたの」

 

 

腹を抑えて転がるキルグレイヴに、近付く。

 

こいつは喋る事さえすれば、署内にいる警官を自殺させる事だって出来る。

彼等を人質に取られれば……犠牲は免れない。

 

だから、慢心して近付くのを待っていたのだ。

 

 

「何故、私の、能力が……効かない……!?」

 

「ここよ」

 

 

私は自分の頭を指差した。

 

 

「アンタに洗脳されて『アベンジャーズ』に殴り込みに行った時……友人が出来た。癪だけど、アンタのお陰で出来た親友よ」

 

「親友……?」

 

「あら?アンタには縁のない言葉だったから分からない?」

 

 

私は記憶を遡る。

 

入院中、私の所に通い詰めてくれた彼女。

赤髪の……今は亡き、私の親友。

 

 

「ジーン・グレイ……テレパスよ。彼女はアンタからの洗脳を解き……二度と洗脳されないよう防御壁(プロテクト)を掛けてくれた」

 

「そん、なっ、馬鹿な……!私の能力は、無敵の筈……!」

 

「随分と敵の多い『無敵』ね」

 

 

私は、もう一歩、キルグレイヴに近付く。

最初の攻撃によるダメージは大きかったらしく、尻餅をついた。

 

 

「覚悟は良い?」

 

 

拳を強く握る。

 

 

「今から、アンタが気を失うまで殴る」

 

「ひっ……」

 

「いや、失っても殴る」

 

「やめっ──

 

 

拳を下から振り抜き、キルグレイヴを殴り飛ばした。

 

一瞬、宙に浮き机の上の小物が地面に落ちた。

マグカップが割れて、破片が飛散する。

 

だが、奴は生まれながら身体能力が高い。

私程ではないが、多少は頑丈だ。

 

気絶もせず、顔を抑えて蹲っていた。

 

 

「ぐ、ぞんなっ、ごれば、何かの、間違いだ……」

 

「お得意の軽快な洗脳トークでもしたら?誰かに聞かせる前に、顔面をブン殴ってやるけど」

 

「私を、殺ず、づもりか!?」

 

 

その言葉に少し、考える。

 

……確かに、殺したいほど憎い。

この手で引き千切られれば、どれほど嬉しいだろうか。

 

だが──

 

 

「自惚れないで。アンタにそこまでの価値はない」

 

 

言い切る。

 

私には愛する夫が居て。

仲間がいて。

親友もいた。

 

こんな奴の為に罪を背負うつもりはない。

 

 

「う、ぐぉっ……クソが……クソ、クソっ!」

 

 

キルグレイヴが怒りと羞恥、そして妬み、僻みで顔を歪める。

奴のプライドはズタズタだ。

 

気持ちがスッとして、思わず深く息を吐いた。

 

 

そして……視界に、モニターが映った。

そのモニターは監視カメラの映像のようで……幾つかの監視カメラが砂嵐になっていた。

 

 

「……何?」

 

 

目を細めて、注視する。

 

このフロア……先程入ってきた廊下の映像が写っている枠がある。

 

それが……今、映らなくなった。

 

 

「……何か──

 

 

私はキルグレイヴを睨み付ける。

……奴は今、自分の事で手一杯の筈だ。

 

なら、誰がコレをしている?

……何者かが、ここに来ている。

 

 

 

すぐ、側まで。

 

 

カション。

 

 

「……まずい!?」

 

 

私は背後のドアから距離を取った。

金属が擦れる音がしたからだ。

 

それは、聞き覚えのある音だ。

レバーアクションの散弾銃がリロードされる音だ。

 

そして、私の判断は正しかった。

 

 

何故なら直後、炸裂音が響いたからだ。

 

木製のドアが砕けて、吹き飛ぶ。

木片を蹴り飛ばして……外から黒いアーマーを装着した足が見えた。

 

 

監視カメラを破壊して、ここに来ていたのは……彼女、だったのか。

 

 

真っ赤なマスクが、私を見ていた。

 

 

「レッドキャップ……」

 

 

先日も会ったばかりの彼女が、散弾銃を手に持ち部屋に入って来た。

木片を踏み砕き、軋むような音がした。

 

 

「何の用?私は今、忙しいんだけど」

 

 

レッドキャップは室内を見渡し……蹲っているキルグレイヴに視線を向けた。

 

 

『……用があるのは、その男だ』

 

 

 

……キルグレイヴ。

奴の持っていた能力を強化する錠剤。

幾ら特殊な能力を持ってるとは言え、個人である奴がそんな物を作れる訳がない。

 

何か大きな組織と関わりがあるとは思っていたけど……彼女の組織、なのか?

レッドキャップも近未来的なハイテクスーツに身を包んでいる……組織の科学力は相当だと考えて良いだろう。

 

なら、何故ここに来たのか?

……用があるのはキルグレイヴだと言っていた。

 

助けに来た……そう考えて良いだろう。

 

 

「悪いけど、コイツは渡さな──

 

「私を守れ!この女を、殺せ!」

 

 

キルグレイヴが声を振り絞った。

……彼女の目的が何であろうと、これで命令は上書きされた。

 

拙い。

 

 

『……フン』

 

 

レッドキャップが散弾銃を私に向けた。

 

引き金を引けば命中する。

私は咄嗟に横にそれて……レッドキャップの蹴りが命中した。

 

 

「うぐっ!?」

 

 

散弾銃を構えたのはブラフだ。

私を散弾銃の銃口に注視させて、蹴りを放ったのだ。

 

普段ならば回避は出来た。

だが、今既に……私の身体はボロボロだ。

 

腹に重い一撃が入り、内臓にダメージは入った。

 

そんな私を一瞥し、彼女はキルグレイヴの横に立った。

 

 

「い、良いぞ……く、くく……形勢は逆転したな……ジェシ──

 

『何を勘違いしている?』

 

 

散弾銃の銃口が、キルグレイヴの頭に向けられていた。

 

 

「あぇ……?」

 

『死ぬのは貴様だ。パープルマン』

 

 

引き金に指が掛けられ──

 

 

「待っ──

 

 

炸裂した。

 

赤い花が壁に咲いた。

 

液体が飛び散る音がした。

一瞬遅れて、ごとりと倒れた。

顔のない、死体となったキルグレイヴが壁にもたれ掛かる。

 

ずるり、と血を擦り付けながら、力なく横たわった。

 

……アイツも、血が赤かったのか、と一瞬……現実逃避する。

この赤色は目に毒だ。

 

 

「何で……」

 

 

思わず、そう聞くと赤いマスクが私を見た。

 

 

『私が何の対策もなく、奴の前に立つと思うか?』

 

 

彼女は洗脳されなかった理由を答えた。

だが、私が疑問に思ったのは違う事だ。

 

 

「何で、殺した……!?」

 

『……不思議な事を訊く。殺したいほどの相手が自らの手を汚さずに死んだ……喜ぶべきではないのか?ジェシカ・ジョーンズ』

 

「……罪は、償うべきよ」

 

 

私の言葉に、機械化された中性的な声で笑った。

 

 

『償える程の大きさではないだろう?』

 

「だからと言って……個人で、誰かを、勝手に殺すのは……許されない」

 

『素晴らしい倫理観だが……私は別に許して貰うつもりはない』

 

 

私は泣きそうな膝に鞭を打ち、無理矢理立ち上がる。

拳を握って、ファイティングポーズを取る。

 

その様子を見て、彼女は驚いたような仕草をした。

 

 

『……正気か?』

 

「私も自分の馬鹿さ加減には辟易してるわ……でも──

 

 

息を深く吐く。

力を込める。

 

 

「これが私なのよ」

 

『……別に戦うつもりはない。寧ろ、感謝している程だ』

 

「感謝……?」

 

 

私が眉を顰めると、レッドキャップが語った。

 

 

『私は奴の居場所を知らなかった……ここに来れたのは、お前のお陰だ』

 

「……尾行、されてた?」

 

 

探偵である私が尾行されるなんて……とんだお笑いだ。

 

 

『奴を殺す為に場所を探っていた……その時に、偶々、お前が走っているのを見掛けた。……私は運が良い』

 

「……くっ」

 

 

何者かから送られてきたメール、それに誘き出されてしまった……その所為でキルグレイヴが殺された。

死んで当然のような男だが……それは法の裁きによってが望ましかった。

 

これは、私のミスだ。

 

 

『お前に、私と戦う理由はないだろう?』

 

「……いいえ、この街にアンタみたいな人殺しがいるっての……耐えれないわ」

 

『……フン』

 

「罪は償わせる……私が、アンタを捕まえる」

 

 

私は一歩、踏み込んだ。

 

 

『悪いが、今日は少し気分が悪い』

 

「手加減して欲しいって事かしら?」

 

『……いいや、違う』

 

 

散弾銃を私の頭上に向けた。

 

 

『手加減が出来ないと、そう言っている』

 

 

炸裂した。

頭上の蛍光灯が砕けて、部屋が暗闇に包まれる。

 

窓の外から漏れてくる街灯だけが、この部屋を照らしている。

 

私に暗視能力はない。

暗闇の戦闘は得意ではない。

 

だが──

 

 

「ぐっ!?」

 

 

重い一撃が腕に走った。

 

回し蹴り、彼女の攻撃だ。

 

私は攻撃が来た方向へ蹴りを繰り出し……宙を蹴った。

 

 

『どこを蹴っているんだ?』

 

「……っ!?」

 

 

すぐ横から声が聞こえて、そちらを見た瞬間──

 

 

「あがっ!?」

 

 

顔面に拳が直撃した。

 

金属で覆われた拳だ。

生身よりも遥かに強烈で、鈍器で殴られたかのような一撃だ。

 

視界が一瞬白く染まり、気を失いそうになるが……歯を食いしばり、堪える。

 

物音が横から、後ろから……前からも聞こえる。

 

 

間違いない、相手は暗闇の中が見えている。

ここで戦うのは……不利。

 

 

私は地面を蹴って、窓ガラスのある方へ飛び──

 

 

『そう逃げると思っていた』

 

 

腕を掴まれた。

ガラスをそのまま突き破り……腕に絡まっているレッドキャップを見る。

 

私の関節に、肘を押し付けている。

 

私はこれから来る激痛を予測して──

 

 

『悪いが、戦闘不能になって貰う』

 

 

ボキリ、と関節に肘がめり込んだ。

 

 

「痛っ、ぐぁ」

 

 

骨が折れた。

折れた関節部が神経に干渉し、絶え間ない激痛に脳が焼かれる。

 

集中力を乱して、地面に墜落し……顔を地面に擦る。

 

 

「はっ、はぁっ……ぐ、づ……」

 

 

腕を圧迫し、呼吸を安定させつつ、膝を立てる。

墜落した瞬間、レッドキャップは私から離れて地面から転がっていた。

 

署長室の窓、そこからの高さは10メートルを越えている。

だが、奴は無傷だった。

 

ダメージを受けた気配もなく、私に向かって……ゆっくりと歩いて来ている。

 

街灯が私と、彼女を照らしている。

 

 

『そろそろ諦めたか?』

 

「んな、訳……ないに決まってるでしょ!」

 

 

唇を強く噛んで、別の痛みで腕の痛みを紛らわせる。

そのまま地面を蹴り、飛行能力を行使し……奴へと接近する。

 

レッドキャップが散弾銃を手に持ち……宙へ回転させながら投げた。

 

 

「……っ!?」

 

 

それは私の進行方向に向かって投げられており、回避行動を取らざるを得ない。

空中で錐揉みし、そのまま奴の頭上を通り過ぎ……足に何かが突き刺さった。

 

 

「いっ」

 

 

爪の付いたワイヤーだ。

それは彼女の腕に装着されたアーマーと繋がっていた。

 

 

そのまま強く引っ張られ、看板にぶつけられた。

釣られていた金具が外れて、私に覆い被さる。

 

 

「げほっ、ゴホッ……」

 

 

口から血を吐きつつ、のし掛かっている大きな看板を退けようとし……手を踏まれた。

 

 

「……痛っ」

 

『なぁ、ジェシカ・ジョーンズ。どうすれば諦めてくれる?』

 

 

足先を強く捻り、私の手を踏み躙る。

骨が砕けて痛みを感じる。

 

 

「……アン、タが自首したら、諦めてあげる……!」

 

『……ヒーローと言うのは強情だな』

 

「別に私は……ヒーローなんかじゃない……ただの探偵よ……!」

 

 

直後、顔面を蹴られた。

 

 

「へぶっ……!」

 

 

鼻血が地面に飛び散った。

 

 

『いいや、ヒーローだよ。お前は……眩しいほどに』

 

 

褒められているのか、貶されているのか……声の質感が分からない所為で判別出来ない。

 

今、ここで確実なのは……最高にピンチだって事だ。

 

 

『困ったな……どうにも諦める気はない……どこまでも追って来られると困る』

 

 

レッドキャップが脹脛のプロテクターを展開し、ナイフを抜いた。

 

 

「……へ、随分とお洒落ね……どこのホームセンターで売ってるの?」

 

『……指の数本ぐらい、切っても問題ないか』

 

 

随分と物騒な発言が聞こえて、ナイフを持ったレッドキャップが目の前でしゃがんだ。

そして、私の手にナイフを近づけて──

 

 

瞬間、レッドキャップは弾き飛ばされた。

 

 

宙を飛んで、数メートル吹き飛び……壁に激突した。

 

 

驚いて顔を上げる。

 

……小さな赤い、蜘蛛型のドローンが浮かんでいる。

だが、これが彼女を弾き飛ばした訳ではないだろう。

 

なら、誰が?

 

さらに上を見上げて……壁から突き出た看板に、着地した人影を見た。

 

 

「……スパイダーマン」

 

「借りを返しに来たよ……と言っても、僕もアイツに用事があるんだけどね」

 

 

私の目の前に着地して、そう言った。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

僕はジェシカに乗っている看板を退けて、彼女を引き摺り出す。

 

……何度も撃たれた傷痕。

内出血して青くなっている箇所。

血の出ている鼻、赤黒くなってる手。

 

傷だらけの姿は、思わず目を逸らしたくなる程だ。

 

ジェシカは立ちあがろうとして……力が入らないのか、尻餅をついた。

 

 

「ゴメン、ちょっと手助け出来ない、かも」

 

 

頷いて、彼女前を通り……蹴り飛ばしたレッドキャップを見た。

崩れた瓦礫を押し退けて、赤いマスクが姿を現した。

 

 

『……驚いたな。何の用だ?』

 

 

そして、何も知らないと、驚いたという様子に……僕は眉を顰めた。

 

 

「何で……ネッドを撃ったんだ?」

 

 

僕は疑問を口にする。

……目の前のレッドキャップは……ハリーを助けてくれた事だってある。

 

僕は心の奥底で……コイツが本当は良い奴だって思いたかったんだ。

 

だけど──

 

 

『あぁ、なるほど……あのガキから聞いたのか?』

 

「答えろ……」

 

 

僕は手を強く握った。

ナノマシン製のスーツが音を鳴らした。

 

 

『仕事だからに決まっているだろう?』

 

「……っ!」

 

 

僕は(ウェブ)を目の前の赤いマスクへ発射した。

それはナイフで切断され、バラバラになった。

 

 

「仕事だったら……誰でも殺すのか?お前は!」

 

『当然だ』

 

 

僕は(ウェブ)シューターの機能を切り替えて、氷結糸(アイスウェブ)を発射した。

奴は真横に回避する……僕はその逃げた先へ、(ウェブ)を放った。

 

避け切れなかったのか、腕に命中した。

 

 

「彼女を、何処にやったんだ……!?」

 

『……彼女?誰の事か分からないな』

 

「ミシェルだ!」

 

 

強く引っ張り、無理矢理に距離を詰める。

僕は蹴りを繰り出し、奴の顔面に攻撃する。

 

レッドキャップは上半身を反らし、逆に僕の足を掴んだ。

 

 

『……あぁ、なるほど』

 

 

何か納得したような仕草に苛立ち、僕はそのまま捕まってない方の足で地面を蹴る。

そのままレッドキャップの腕を蹴り飛ばし……距離を取った。

 

 

「どこに連れて行ったんだ……!彼女は僕の──

 

『安心しろ、無傷で返してやる』

 

 

その言葉に……僕は歯を食いしばった。

やっぱり、コイツが……ミシェルを連れ去ったんだ。

 

無傷で返す?

信じられる筈がない!

 

 

「このっ!」

 

 

僕は地面を蹴り、ビルの壁に(ウェブ)を繋ぐ。

そのまま遠心力を活かして、レッドキャップへ蹴りを放つ。

 

予備動作が大きいからか、奴はそのまま回避行動を取り……僕はもう片方の腕で更に(ウェブ)を放った。

狙いは奴の腕……そのままビルにつけていた(ウェブ)を切り離し、宙へ飛ぶ。

 

(ウェブ)に繋がれていたレッドキャップを投げ飛ばし、僕は地面に着地する。

 

奴は……地面で受け身を取りつつ、僕へと向き直った。

大したダメージは無いらしい。

 

 

『……私は戦うつもりは無いのだが』

 

「君にはなくても、僕にはあるんだ!彼女を返して貰う!」

 

 

苛立ちながら、僕は奴を追いかけようとして──

 

 

足元に何か、金属製の円柱が転がっている事に気付いた。

 

 

「これはっ──

 

 

直後、強烈な音に鼓膜を揺さぶられ、視界は白く染まった。

 

スタン、グレネードだ!

 

音が一瞬聞こえなくなって、目も見えない。

鼻には刺激臭が来ている。

 

五感にダメージが入った。

 

間違いない、奴は逃げようとしている。

 

 

「く、そっ!逃がさない!」

 

 

僕は超感覚を駆使して、逃げるレッドキャップへ(ウェブ)を飛ばした。

目は見えないが、耳は少し治ってきた。

 

何かが切断された音も聞こえた。

 

恐らく、(ウェブ)が切られた音だ。

 

……だが、(ウェブ)はブラフだ。

本命は……同時に発射した赤い小さな発信器……ナノマシンで形成した『スパイダー・トレーサー』だ。

 

少しして、視界が戻ってくる。

 

目を強く閉じて、開く……よし、大丈夫だ。

立ち上がって、辺りを見渡す。

 

……レッドキャップは居ない。

 

だけど、発信器(トレーサー)が奴の居場所を教えてくれている。

今すぐに追いかけるべきだ……だけど、先に。

 

 

僕は後ろを振り返り、ジェシカを見た。

血まみれになってるジェシカに駆け寄り声を掛ける。

 

 

「ジェシ──

 

「私の事は良いから……貴方は、貴方に出来ることをしなさい……アイツを追いかけるんでしょ」

 

 

強い、強い眼差しで僕を見ていた。

……どう見たって重傷なのに。

 

息を吐いて、頷いた。

 

 

「救急車だけ呼んでおくから!」

 

「……どうも」

 

 

彼女が後ろ手に手を振った。

僕はスーツの通信機能で救急車を呼びつつ、その場を離れた。

 

発信器(トレーサー)の移動履歴を追い……僕は路地裏に到着した。

目前には石の壁があった。

 

 

「……行き止まり?」

 

 

違う。

そんな筈はない。

 

発信器(トレーサー)の情報を確認すれば……座標は下に向かっている。

ここから、地下に移動しているんだ。

……マンホールの下……下水道か?

 

 

僕はマンホールを手で押し退けて、中に降りる。

勿論、(ウェブ)で締め直すのは忘れない。

 

そして、下に降りて驚愕した。

 

 

「ここは、下水道なんかじゃない……?」

 

 

薄暗い通路がずっと続いている。

壁に埋められた蛍光灯が発光しており……先は見えない。

 

かなり長い……大きな地下通路だ。

 

 

「……ニューヨークに、こんな場所が」

 

 

改めて発信器(トレーサー)の情報を見直す。

……レッドキャップは既に数百メートル離れている。

 

追いかけないと。

 

僕はコンクリート製の床を蹴り、走る。

 

 

……途中で何度も枝分かれしてる場所を見た。

発信器(トレーサー)のお陰で迷う事はなかったけど、まるで巨大な迷路だと思った。

 

空気が少し薄いのか、息苦しい。

だけど、足は止めない。

 

 

ミシェル……ミシェル・ジェーン。

奴は『無傷で返す』と言っていたけど……それでも、許せなかった。

 

彼女は今、きっと……怯えている筈だ。

絶対に助けなくちゃならない。

彼女を苦しめるものは僕が、全て──

 

僕は発信器(トレーサー)の後を追い……そして。

 

 

見つけた。

 

 

僕は前方に……壁に手をついて歩いているレッドキャップの姿を見つけた。

肉体的なダメージはそれほど大きくなかった筈なのに……何故か、不調そうに見えた。

 

僕の足音に気付いたのか、奴が振り返った。

 

 

『……スパイダーマン?』

 

 

驚いたような声をあげる。

 

狭い地下通路で……僕達は顔を合わせていた。


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