【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
エイリアス探偵事務所。
そこで私はソファに寝転がっていた。
酒瓶を片手に、天井を見上げる。
蛍光灯が、音を立てて点滅する。
先日の……キルグレイヴにしてやられてから、私は奴を探していた。
だが、手掛かりは見つからない。
蓋の開いてない酒瓶を、机に置く。
飲まなきゃやってられないような気持ちと、飲んでる場合じゃないっていう焦燥感。
ため息を吐いて、ソファに座り直し……冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出す。
蓋を開けて口にしながら……スマホのライトが光った。
「……何かしら」
夫なのか、それとも新しい依頼か、首を傾げつつ手に取る。
それは、メールだ。
中を開くと……キルグレイヴについての情報。
『ゼベディア・キルグレイヴはヘルズキッチンの警察署にいる』
そう、書かれていた。
「……誰から?」
宛先のメールアドレスに覚えはない。
……恐らく、踏み台として使用されている一時的なアドレス。
得られる情報はない。
「……罠、か」
添付された映像ファイルを開くと……警察署内の監視カメラの映像だった。
……どうやって手に入れた?
何故、流出した?
……メールを送って来た相手は、まともな相手ではないだろう。
「……全く、信用できないけど──
私は思わず力が入り、ペットボトルを潰してしまった。
水が事務所の床に溢れる。
「奴の罠だとしても──
革のジャケットを羽織り、部屋を出る。
「決着は私が付ける」
赤いスカーフを巻いて、部屋を出た。
◇◆◇
ニューヨーク市内、ヘルズキッチン。
その警察署。
「もう少し、下だ」
所長室で、私は足を置いた。
紫色の靴が『何か』に乗る。
「そう、そこだ。丁度いい」
柔らかい肉の感触を、足で確かめる。
「まぁまぁだが……君、足置きの才能があるよ」
目を虚にさせた女だ。
横たわり仰向けになった女に、私は足を置いていた。
「……ストレスの掛かる仕事だった。全く、何故私が面倒な事をしなければならない」
ほんの少しの怒りで、眉を顰める。
足元の女が呻き声をあげた。
少し、力を入れ過ぎたらしい。
指定された男の餓鬼を洗脳し、犯罪者に仕立て上げた。
それは、とある組織からの依頼だった。
……その組織の人間と面識はない。
だが、異常な程の科学力を持っていた。
私の能力を防ぐ装備、なんてのもあるかもしれない。
私は人に命令されるのを嫌うが、それでも断れない事は分かっている。
足を強く踏めば、靴の下から肋の骨の感触が感じられた。
もう少し深く踏めば折れる。
この女は十分に楽しんだ。
もう、替え時だろう。
そのまま強く体重を乗せて──
「署長!」
警官が所長室に入ってきた。
彼等は私を警察署の署長だと認識している。
前任者は……ハドソン川の下に居る。
「オイ、何だよ……クソ、ノックはしろと言っただろう?」
「で、ですが、緊急でして……」
私は女から足を退けて、立ち上がる。
紫色のスーツの襟を正して、男の前に立つ。
「何だ?早く話せ」
「その、信じがたい事でして──
「良いから全て話せ」
煮え切らない態度に苛立ち、能力を行使する。
特殊なフェロモンによって、コイツらは私に従うしかなくなる。
途端に顔を弛緩させて、口を開いた。
「謎の、スーパーパワーを持った女が、署内に、入ってきまし、た」
「スーパーパワー?」
私は男を押し退けて、隣の部屋に入る。
空席になっている席にあるコンピュータのモニターを見た。
黒い髪の女が、私の手下である警官を投げ飛ばしていた。
数メートル飛んで地面に転がされ、意識を失ったようでグッタリと倒れた。
……その女、いや、ジェシカ・ジョーンズが監視カメラに目を向けた。
鋭い、怒りの篭った目だ。
「フ……良いよ、最高だ」
私はマイクの電源を入れて、館内放送を起動する。
「ここに入ってきた黒髪の女を撃て!ただし、トドメは刺すな!殺さずに連れて来い!」
命令を聞いた人形達が、拳銃を抜き、署内を歩き出す。
ジェシカ……奴は拳銃程度では死なない。
だが、確実にダメージは入る。
そして、彼女は洗脳している警察官……彼等を殺さないように手加減しなければならない。
本来のパワーを発揮できない彼女は、数の暴力に勝てるのか?
見ものだ、素晴らしいエンターテイメントだ。
私がモニター越しに笑っていると、ジェシカが監視カメラを睨みつけた。
そして、中指を立てた。
「フフ、下品な態度だ。私の元へ戻ったら……また調教してやろう」
革製の椅子に座り込み、私は両手の指を合わせた。
今日は最高の夜になる。
そんな気配がしていた。
「……ん?何だ?」
署内の監視カメラ……その、幾つかが機能を停止していた。
砂嵐の映像が、流れていた。
◇◆◇
警察署内を走る。
「居たぞ!」
警官の声が聞こえた。
即座にその方向に振り向き、近くにあった鉢植えを投げ飛ばした。
仕切りのガラスが割れて、警官に命中する。
血を流して、倒れた。
意識を失ったようだが、死んでは居ないだろう。
「面倒臭くて、陰湿な事をする!」
私は椅子を飛び越えて、別室に転がり込む。
先程の館内放送、アレはキルグレイヴの声だった。
送られてきた情報は正しかった。
だが、奴はこの署内の人間全てを洗脳していた。
全ての民間人が敵になっている……そして、私は彼等を殺す事は出来ない。
先程の呼び声を聞いたのか、応援するべく警官達の足音が聞こえる。
私は部屋にあった長椅子を引っ張り、ドアの外で待機する。
そして、角を曲がって現れた瞬間。
長椅子を蹴り飛ばして、滑らせた。
床と擦れて異音を出しながら、長椅子は複数の警官に衝突して転ばせた。
そのまま私は、転がった警官達に向かって走り……背中を蹴り、殴り、意識を奪っていく。
肺を強く強打し、息を出来なくすれば人は意識を失う。
……
角の先にいた警官が、私に拳銃を向ける。
地面を蹴り、3メートル弱の高さしかない天井に手を突き……蛍光灯を引き剥がす。
「ひっ!?」
私の身体能力に驚きながらも、彼は銃口を上に上げようとして……蛍光灯を頭に叩きつけた。
ガラスの割れる音と共に、幾つかの傷口が警官の顔に出来た。
負傷させたのは悪いけど、これも仕方のない事だと思って欲しい。
アンタらの代わりに、悪党と戦ってるんだから。
飛行能力は狭い場所では使い辛い……屋内では発揮し辛いが跳躍の補強にはなる。
地面を蹴り、前に進む。
ヘルズキッチンの警察署に来たのは初めてではない。
何度か事件に巻き込まれた時、付き添いで来たことがある。
だが、内部は詳しくない。
署内に看板などもなく、手当たり次第、部屋の中を探っていく必要がある。
私は階段の踊り場に立ち、上を見上げた。
警官が複数人、私のいる踊り場に向けて拳銃を構えていた。
「……おっと──
直後、発砲音。
地面を蹴り階段の手摺りを掴み、へし折る。
射線の通らない位置に移動して、折れた手摺りを全力で上に投げた。
ガシャン!
と天窓が割れて音が鳴った。
警官達は、異音に驚き上を見上げた。
「隙だらけね」
その隙に私は足を曲げ、跳躍した。
飛行能力を使い、彼等に接近する。
通り側に警官を一人掴んで、横に投げ飛ばした。
壁にぶつかり、失神する。
残りは3人。
私に気付き銃を構えた警官……恐らく、ある程度の練度があるのだろう。
そいつに向かって突進する。
引き金が、引かれた。
発砲音と共に弾丸が私へ飛来し……肩に命中する。
「ぐっ!」
痛みがある。
だが、弾丸は皮膚の表面を傷付けて、少しの打撲をさせただけだ。
行動不能になる訳ではない。
私は拳を握り、顔面を殴る。
「へぶっ!?」
顔を殴られた警官はよろめいて、地面に倒れた。
そのまま腕を横に振り回し、肘を別の警官にぶつける。
たたらを踏んだ警官の背中を突き飛ばした瞬間、再度の発砲音。
「いっ!?」
背中に激痛。
着弾したのだろう。
そのまま振り返りつつ、足を上げ──
「痛いっての!」
ハイキックを繰り出した。
命中した警官は宙で半回転し、地面に墜落した。
……思わず、結構強めに蹴ってしまったが……死んではいない。
ホッと息を吐けば、撃たれた箇所が痛んだ。
『辛そうな、ジェシカ……かわいそうに』
館内放送から、キルグレイヴの声が聞こえる。
舌打ちをして、監視カメラを探す。
……あった。
あそこから私を見ているのだろう。
「今すぐ、アンタのいる場所にいってブチのめしてあげるから。楽しみに待ってなさい」
『強気だな……ヒーローのつもりか?』
ムカつく挑発を聞きつつ、カメラから目を背ける。
そのまま廊下に入り、歩み進める。
洗脳されている警官を失神させつつ、先へ先へと進んで行く。
時には撃たれてダメージを負うも、それでも進んで行く。
ドアを蹴破り、次のフロアへ進む。
……大量の警官が待ち受けていた。
警官を殴り、撃たれ、蹴り飛ばし、撃たれて、投げて、殴られる。
一発一発は致命傷にはならない。
だが、ダメージは蓄積する。
「ふぅっ、くっ……いっつ……」
キルグレイヴのムカつく顔を思い出して、怒りで痛覚を鈍らせる。
穴だらけになっている革のコートを投げ捨てて、ドアノブに手を掛けた。
鍵はかかっていない……ドアノブを捻り、中に入る。
……そして、その先に。
「やっと来たね、ジェシカ」
「……キルグレイヴ」
私は髪をかき上げて、奴を睨みつけた。
前に見た時と変わらない紫色のスーツを身に付けた男。
ずっと、ずっと、探し続けていた男。
私が、最も憎んでいる男だ。
「おっと、怖い顔だ……だけど、よく私の前に顔を出せたね」
「……あの時とは、違う」
「そうかな?私も以前とは違う……」
得体の知れない自信に顔を顰めつつ、私は後ろ手にドアを閉めた。
鍵もかける。
「……良いのかい?逃げられなくなるが?」
「逃げる?これは逃さなくする為に閉めたのよ」
私は一歩、トラウマを振り払うように足を進めた。
そして、その様子を見たキルグレイヴが笑った。
随分と余裕そうだ。
……何か、策でもあるのだろうか?
そう思った瞬間、キルグレイヴが息を吸い込み──
「動くな!」
強く、怒鳴るように命令した。
体が、硬直する。
「っ……!」
「君は賢い子だと思っていたけど、存外……愚かだったな」
ガッカリした、という態度に苛立ち、睨み付ける。
懐から空のガラス瓶を取り出して、私に見せつける。
小さな……錠剤が入っていた。
「これは私の能力を強化する薬だ……君は何か対策をして来たようだが……意味はなかったようだね」
嘲笑いながら瓶を懐に入れた。
「これは結構高かった……いや、金の話じゃあない。これの為に私は幾つかの仕事を熟さなければならなかった……だけど、それも君を私の物にする為だ。仕方ない」
ゆっくりと歩き……私へと近付く。
気色の悪い笑みを浮かべなら、私の腰を撫でた。
「…………」
「声も出ないかい?また家族に戻ろう……ほら、笑って?」
私は下手くそな笑みを浮かべた。
それを見て、キルグレイヴが心地良さそうに頷いた。
「良いね……最高だ」
そうして私の横を通り、正面に来た。
舌舐めずりをして……私に手を伸ばし──
「触るな、クソ野郎」
私はキルグレイヴの腕を掴んだ。
「は?」
そのまま振り回し、壁に叩きつけた。
コンクリートの壁が砕けて、キルグレイヴが地面に転がる。
骨の数本は折れただろう、息苦しそうに咳き込んでいる。
「げ、ごほっ……な、何……!?」
「残念だったわね。演技よ……今年の主演女優賞は私のもの──
足を振りかぶる。
「ねっ!」
キルグレイヴの鳩尾を蹴る。
「が、はっ!?」
「アンタが私の目の前に……絶対に逃げられない距離に来るまで待ってたの」
腹を抑えて転がるキルグレイヴに、近付く。
こいつは喋る事さえすれば、署内にいる警官を自殺させる事だって出来る。
彼等を人質に取られれば……犠牲は免れない。
だから、慢心して近付くのを待っていたのだ。
「何故、私の、能力が……効かない……!?」
「ここよ」
私は自分の頭を指差した。
「アンタに洗脳されて『アベンジャーズ』に殴り込みに行った時……友人が出来た。癪だけど、アンタのお陰で出来た親友よ」
「親友……?」
「あら?アンタには縁のない言葉だったから分からない?」
私は記憶を遡る。
入院中、私の所に通い詰めてくれた彼女。
赤髪の……今は亡き、私の親友。
「ジーン・グレイ……テレパスよ。彼女はアンタからの洗脳を解き……二度と洗脳されないよう
「そん、なっ、馬鹿な……!私の能力は、無敵の筈……!」
「随分と敵の多い『無敵』ね」
私は、もう一歩、キルグレイヴに近付く。
最初の攻撃によるダメージは大きかったらしく、尻餅をついた。
「覚悟は良い?」
拳を強く握る。
「今から、アンタが気を失うまで殴る」
「ひっ……」
「いや、失っても殴る」
「やめっ──
拳を下から振り抜き、キルグレイヴを殴り飛ばした。
一瞬、宙に浮き机の上の小物が地面に落ちた。
マグカップが割れて、破片が飛散する。
だが、奴は生まれながら身体能力が高い。
私程ではないが、多少は頑丈だ。
気絶もせず、顔を抑えて蹲っていた。
「ぐ、ぞんなっ、ごれば、何かの、間違いだ……」
「お得意の軽快な洗脳トークでもしたら?誰かに聞かせる前に、顔面をブン殴ってやるけど」
「私を、殺ず、づもりか!?」
その言葉に少し、考える。
……確かに、殺したいほど憎い。
この手で引き千切られれば、どれほど嬉しいだろうか。
だが──
「自惚れないで。アンタにそこまでの価値はない」
言い切る。
私には愛する夫が居て。
仲間がいて。
親友もいた。
こんな奴の為に罪を背負うつもりはない。
「う、ぐぉっ……クソが……クソ、クソっ!」
キルグレイヴが怒りと羞恥、そして妬み、僻みで顔を歪める。
奴のプライドはズタズタだ。
気持ちがスッとして、思わず深く息を吐いた。
そして……視界に、モニターが映った。
そのモニターは監視カメラの映像のようで……幾つかの監視カメラが砂嵐になっていた。
「……何?」
目を細めて、注視する。
このフロア……先程入ってきた廊下の映像が写っている枠がある。
それが……今、映らなくなった。
「……何か──
私はキルグレイヴを睨み付ける。
……奴は今、自分の事で手一杯の筈だ。
なら、誰がコレをしている?
……何者かが、ここに来ている。
すぐ、側まで。
カション。
「……まずい!?」
私は背後のドアから距離を取った。
金属が擦れる音がしたからだ。
それは、聞き覚えのある音だ。
レバーアクションの散弾銃がリロードされる音だ。
そして、私の判断は正しかった。
何故なら直後、炸裂音が響いたからだ。
木製のドアが砕けて、吹き飛ぶ。
木片を蹴り飛ばして……外から黒いアーマーを装着した足が見えた。
監視カメラを破壊して、ここに来ていたのは……彼女、だったのか。
真っ赤なマスクが、私を見ていた。
「レッドキャップ……」
先日も会ったばかりの彼女が、散弾銃を手に持ち部屋に入って来た。
木片を踏み砕き、軋むような音がした。
「何の用?私は今、忙しいんだけど」
レッドキャップは室内を見渡し……蹲っているキルグレイヴに視線を向けた。
『……用があるのは、その男だ』
……キルグレイヴ。
奴の持っていた能力を強化する錠剤。
幾ら特殊な能力を持ってるとは言え、個人である奴がそんな物を作れる訳がない。
何か大きな組織と関わりがあるとは思っていたけど……彼女の組織、なのか?
レッドキャップも近未来的なハイテクスーツに身を包んでいる……組織の科学力は相当だと考えて良いだろう。
なら、何故ここに来たのか?
……用があるのはキルグレイヴだと言っていた。
助けに来た……そう考えて良いだろう。
「悪いけど、コイツは渡さな──
「私を守れ!この女を、殺せ!」
キルグレイヴが声を振り絞った。
……彼女の目的が何であろうと、これで命令は上書きされた。
拙い。
『……フン』
レッドキャップが散弾銃を私に向けた。
引き金を引けば命中する。
私は咄嗟に横にそれて……レッドキャップの蹴りが命中した。
「うぐっ!?」
散弾銃を構えたのはブラフだ。
私を散弾銃の銃口に注視させて、蹴りを放ったのだ。
普段ならば回避は出来た。
だが、今既に……私の身体はボロボロだ。
腹に重い一撃が入り、内臓にダメージは入った。
そんな私を一瞥し、彼女はキルグレイヴの横に立った。
「い、良いぞ……く、くく……形勢は逆転したな……ジェシ──
『何を勘違いしている?』
散弾銃の銃口が、キルグレイヴの頭に向けられていた。
「あぇ……?」
『死ぬのは貴様だ。パープルマン』
引き金に指が掛けられ──
「待っ──
炸裂した。
赤い花が壁に咲いた。
液体が飛び散る音がした。
一瞬遅れて、ごとりと倒れた。
顔のない、死体となったキルグレイヴが壁にもたれ掛かる。
ずるり、と血を擦り付けながら、力なく横たわった。
……アイツも、血が赤かったのか、と一瞬……現実逃避する。
この赤色は目に毒だ。
「何で……」
思わず、そう聞くと赤いマスクが私を見た。
『私が何の対策もなく、奴の前に立つと思うか?』
彼女は洗脳されなかった理由を答えた。
だが、私が疑問に思ったのは違う事だ。
「何で、殺した……!?」
『……不思議な事を訊く。殺したいほどの相手が自らの手を汚さずに死んだ……喜ぶべきではないのか?ジェシカ・ジョーンズ』
「……罪は、償うべきよ」
私の言葉に、機械化された中性的な声で笑った。
『償える程の大きさではないだろう?』
「だからと言って……個人で、誰かを、勝手に殺すのは……許されない」
『素晴らしい倫理観だが……私は別に許して貰うつもりはない』
私は泣きそうな膝に鞭を打ち、無理矢理立ち上がる。
拳を握って、ファイティングポーズを取る。
その様子を見て、彼女は驚いたような仕草をした。
『……正気か?』
「私も自分の馬鹿さ加減には辟易してるわ……でも──
息を深く吐く。
力を込める。
「これが私なのよ」
『……別に戦うつもりはない。寧ろ、感謝している程だ』
「感謝……?」
私が眉を顰めると、レッドキャップが語った。
『私は奴の居場所を知らなかった……ここに来れたのは、お前のお陰だ』
「……尾行、されてた?」
探偵である私が尾行されるなんて……とんだお笑いだ。
『奴を殺す為に場所を探っていた……その時に、偶々、お前が走っているのを見掛けた。……私は運が良い』
「……くっ」
何者かから送られてきたメール、それに誘き出されてしまった……その所為でキルグレイヴが殺された。
死んで当然のような男だが……それは法の裁きによってが望ましかった。
これは、私のミスだ。
『お前に、私と戦う理由はないだろう?』
「……いいえ、この街にアンタみたいな人殺しがいるっての……耐えれないわ」
『……フン』
「罪は償わせる……私が、アンタを捕まえる」
私は一歩、踏み込んだ。
『悪いが、今日は少し気分が悪い』
「手加減して欲しいって事かしら?」
『……いいや、違う』
散弾銃を私の頭上に向けた。
『手加減が出来ないと、そう言っている』
炸裂した。
頭上の蛍光灯が砕けて、部屋が暗闇に包まれる。
窓の外から漏れてくる街灯だけが、この部屋を照らしている。
私に暗視能力はない。
暗闇の戦闘は得意ではない。
だが──
「ぐっ!?」
重い一撃が腕に走った。
回し蹴り、彼女の攻撃だ。
私は攻撃が来た方向へ蹴りを繰り出し……宙を蹴った。
『どこを蹴っているんだ?』
「……っ!?」
すぐ横から声が聞こえて、そちらを見た瞬間──
「あがっ!?」
顔面に拳が直撃した。
金属で覆われた拳だ。
生身よりも遥かに強烈で、鈍器で殴られたかのような一撃だ。
視界が一瞬白く染まり、気を失いそうになるが……歯を食いしばり、堪える。
物音が横から、後ろから……前からも聞こえる。
間違いない、相手は暗闇の中が見えている。
ここで戦うのは……不利。
私は地面を蹴って、窓ガラスのある方へ飛び──
『そう逃げると思っていた』
腕を掴まれた。
ガラスをそのまま突き破り……腕に絡まっているレッドキャップを見る。
私の関節に、肘を押し付けている。
私はこれから来る激痛を予測して──
『悪いが、戦闘不能になって貰う』
ボキリ、と関節に肘がめり込んだ。
「痛っ、ぐぁ」
骨が折れた。
折れた関節部が神経に干渉し、絶え間ない激痛に脳が焼かれる。
集中力を乱して、地面に墜落し……顔を地面に擦る。
「はっ、はぁっ……ぐ、づ……」
腕を圧迫し、呼吸を安定させつつ、膝を立てる。
墜落した瞬間、レッドキャップは私から離れて地面から転がっていた。
署長室の窓、そこからの高さは10メートルを越えている。
だが、奴は無傷だった。
ダメージを受けた気配もなく、私に向かって……ゆっくりと歩いて来ている。
街灯が私と、彼女を照らしている。
『そろそろ諦めたか?』
「んな、訳……ないに決まってるでしょ!」
唇を強く噛んで、別の痛みで腕の痛みを紛らわせる。
そのまま地面を蹴り、飛行能力を行使し……奴へと接近する。
レッドキャップが散弾銃を手に持ち……宙へ回転させながら投げた。
「……っ!?」
それは私の進行方向に向かって投げられており、回避行動を取らざるを得ない。
空中で錐揉みし、そのまま奴の頭上を通り過ぎ……足に何かが突き刺さった。
「いっ」
爪の付いたワイヤーだ。
それは彼女の腕に装着されたアーマーと繋がっていた。
そのまま強く引っ張られ、看板にぶつけられた。
釣られていた金具が外れて、私に覆い被さる。
「げほっ、ゴホッ……」
口から血を吐きつつ、のし掛かっている大きな看板を退けようとし……手を踏まれた。
「……痛っ」
『なぁ、ジェシカ・ジョーンズ。どうすれば諦めてくれる?』
足先を強く捻り、私の手を踏み躙る。
骨が砕けて痛みを感じる。
「……アン、タが自首したら、諦めてあげる……!」
『……ヒーローと言うのは強情だな』
「別に私は……ヒーローなんかじゃない……ただの探偵よ……!」
直後、顔面を蹴られた。
「へぶっ……!」
鼻血が地面に飛び散った。
『いいや、ヒーローだよ。お前は……眩しいほどに』
褒められているのか、貶されているのか……声の質感が分からない所為で判別出来ない。
今、ここで確実なのは……最高にピンチだって事だ。
『困ったな……どうにも諦める気はない……どこまでも追って来られると困る』
レッドキャップが脹脛のプロテクターを展開し、ナイフを抜いた。
「……へ、随分とお洒落ね……どこのホームセンターで売ってるの?」
『……指の数本ぐらい、切っても問題ないか』
随分と物騒な発言が聞こえて、ナイフを持ったレッドキャップが目の前でしゃがんだ。
そして、私の手にナイフを近づけて──
瞬間、レッドキャップは弾き飛ばされた。
宙を飛んで、数メートル吹き飛び……壁に激突した。
驚いて顔を上げる。
……小さな赤い、蜘蛛型のドローンが浮かんでいる。
だが、これが彼女を弾き飛ばした訳ではないだろう。
なら、誰が?
さらに上を見上げて……壁から突き出た看板に、着地した人影を見た。
「……スパイダーマン」
「借りを返しに来たよ……と言っても、僕もアイツに用事があるんだけどね」
私の目の前に着地して、そう言った。
◇◆◇
僕はジェシカに乗っている看板を退けて、彼女を引き摺り出す。
……何度も撃たれた傷痕。
内出血して青くなっている箇所。
血の出ている鼻、赤黒くなってる手。
傷だらけの姿は、思わず目を逸らしたくなる程だ。
ジェシカは立ちあがろうとして……力が入らないのか、尻餅をついた。
「ゴメン、ちょっと手助け出来ない、かも」
頷いて、彼女前を通り……蹴り飛ばしたレッドキャップを見た。
崩れた瓦礫を押し退けて、赤いマスクが姿を現した。
『……驚いたな。何の用だ?』
そして、何も知らないと、驚いたという様子に……僕は眉を顰めた。
「何で……ネッドを撃ったんだ?」
僕は疑問を口にする。
……目の前のレッドキャップは……ハリーを助けてくれた事だってある。
僕は心の奥底で……コイツが本当は良い奴だって思いたかったんだ。
だけど──
『あぁ、なるほど……あのガキから聞いたのか?』
「答えろ……」
僕は手を強く握った。
ナノマシン製のスーツが音を鳴らした。
『仕事だからに決まっているだろう?』
「……っ!」
僕は
それはナイフで切断され、バラバラになった。
「仕事だったら……誰でも殺すのか?お前は!」
『当然だ』
僕は
奴は真横に回避する……僕はその逃げた先へ、
避け切れなかったのか、腕に命中した。
「彼女を、何処にやったんだ……!?」
『……彼女?誰の事か分からないな』
「ミシェルだ!」
強く引っ張り、無理矢理に距離を詰める。
僕は蹴りを繰り出し、奴の顔面に攻撃する。
レッドキャップは上半身を反らし、逆に僕の足を掴んだ。
『……あぁ、なるほど』
何か納得したような仕草に苛立ち、僕はそのまま捕まってない方の足で地面を蹴る。
そのままレッドキャップの腕を蹴り飛ばし……距離を取った。
「どこに連れて行ったんだ……!彼女は僕の──
『安心しろ、無傷で返してやる』
その言葉に……僕は歯を食いしばった。
やっぱり、コイツが……ミシェルを連れ去ったんだ。
無傷で返す?
信じられる筈がない!
「このっ!」
僕は地面を蹴り、ビルの壁に
そのまま遠心力を活かして、レッドキャップへ蹴りを放つ。
予備動作が大きいからか、奴はそのまま回避行動を取り……僕はもう片方の腕で更に
狙いは奴の腕……そのままビルにつけていた
奴は……地面で受け身を取りつつ、僕へと向き直った。
大したダメージは無いらしい。
『……私は戦うつもりは無いのだが』
「君にはなくても、僕にはあるんだ!彼女を返して貰う!」
苛立ちながら、僕は奴を追いかけようとして──
足元に何か、金属製の円柱が転がっている事に気付いた。
「これはっ──
直後、強烈な音に鼓膜を揺さぶられ、視界は白く染まった。
スタン、グレネードだ!
音が一瞬聞こえなくなって、目も見えない。
鼻には刺激臭が来ている。
五感にダメージが入った。
間違いない、奴は逃げようとしている。
「く、そっ!逃がさない!」
僕は超感覚を駆使して、逃げるレッドキャップへ
目は見えないが、耳は少し治ってきた。
何かが切断された音も聞こえた。
恐らく、
……だが、
本命は……同時に発射した赤い小さな発信器……ナノマシンで形成した『スパイダー・トレーサー』だ。
少しして、視界が戻ってくる。
目を強く閉じて、開く……よし、大丈夫だ。
立ち上がって、辺りを見渡す。
……レッドキャップは居ない。
だけど、
今すぐに追いかけるべきだ……だけど、先に。
僕は後ろを振り返り、ジェシカを見た。
血まみれになってるジェシカに駆け寄り声を掛ける。
「ジェシ──
「私の事は良いから……貴方は、貴方に出来ることをしなさい……アイツを追いかけるんでしょ」
強い、強い眼差しで僕を見ていた。
……どう見たって重傷なのに。
息を吐いて、頷いた。
「救急車だけ呼んでおくから!」
「……どうも」
彼女が後ろ手に手を振った。
僕はスーツの通信機能で救急車を呼びつつ、その場を離れた。
目前には石の壁があった。
「……行き止まり?」
違う。
そんな筈はない。
ここから、地下に移動しているんだ。
……マンホールの下……下水道か?
僕はマンホールを手で押し退けて、中に降りる。
勿論、
そして、下に降りて驚愕した。
「ここは、下水道なんかじゃない……?」
薄暗い通路がずっと続いている。
壁に埋められた蛍光灯が発光しており……先は見えない。
かなり長い……大きな地下通路だ。
「……ニューヨークに、こんな場所が」
改めて
……レッドキャップは既に数百メートル離れている。
追いかけないと。
僕はコンクリート製の床を蹴り、走る。
……途中で何度も枝分かれしてる場所を見た。
空気が少し薄いのか、息苦しい。
だけど、足は止めない。
ミシェル……ミシェル・ジェーン。
奴は『無傷で返す』と言っていたけど……それでも、許せなかった。
彼女は今、きっと……怯えている筈だ。
絶対に助けなくちゃならない。
彼女を苦しめるものは僕が、全て──
僕は
見つけた。
僕は前方に……壁に手をついて歩いているレッドキャップの姿を見つけた。
肉体的なダメージはそれほど大きくなかった筈なのに……何故か、不調そうに見えた。
僕の足音に気付いたのか、奴が振り返った。
『……スパイダーマン?』
驚いたような声をあげる。
狭い地下通路で……僕達は顔を合わせていた。