【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#95 レスト・イン・ピース part2

僕は腕時計型のスーツを握りしめながら、思案する。

 

『S.H.I.E.L.D.』はレッドキャップを探していた。

それはカーネイジと戦った時にウィンターソルジャー、バッキーの様子から分かっていた。

 

……スタークさんに連絡しよう。

僕はスマホを開き、スタークさんの連絡先を押した。

 

数回のコールの後、電話に出てくれた。

 

 

「スタークさ──

 

『こんばんは、ピーター。ジャービスです』

 

「えっ?」

 

 

しかし、電話に出たのは執事型AI、ジャービスだった。

 

 

「スタークさんは!?」

 

『現在、重要な会議に出席中です』

 

「割り込んで貰うことって──

 

『申し訳ありませんが、不可能です』

 

 

スタークさんは、僕なんかよりも凄いスーパーヒーローだ。

きっと、もっと大規模な世界の危機なんかと戦っているのだろう。

 

 

……だけど。

 

 

……。

 

 

だから、我儘は言えない。

 

 

「……分かったよ、ジャービス。伝言頼めるかな?」

 

『はい、構いません』

 

 

僕は話した。

大切な彼女の事を。

レッドキャップの事を。

 

彼女を、助けたいという想いを。

 

 

「だから、スタークさんの助けが欲しいんだ」

 

『了承しました。トニー様に連携します』

 

 

ジャービスの返答に、僕は頷いた。

 

 

「ありがとう、ジャービス……それじゃ、僕はやる事があるから」

 

『えぇ、ご武運を』

 

「うん、ありがとう……ジャービス」

 

 

通話を切って、息を深く吐く。

 

ミシェルを探さないと……だけど、一人では手が足りない。

……誰か、頼れる相手は?

 

僕は窓の外を見る。

雨はもう止んでいた。

茜色の空がニューヨークを照らしている。

 

……人探しなら、探偵だ。

ジェシカに頼ろう。

 

連絡先は持ってないけど、彼女の探偵事務所なら分かる。

 

スーツを着て事務所に行ける訳がない。

徒歩で行く必要がある。

 

……僕はドアに手を掛けて部屋を出て──

 

 

「ピーター?」

 

 

グウェンと、出会った。

喪服ではなく、動きやすそうな服装になっていた。

 

一度帰って来てから、こちらに来たのだろう。

だけど、何故、ここに居るかは分からない。

 

 

「……グウェン?何で、ここに?」

 

 

僕はドアを後ろ手で締めつつ、廊下で彼女と見合う。

 

 

「何でって……アンタが心配だからに決まってるでしょ」

 

「僕が?」

 

 

グウェンが僕の顔を見て、訝しんだ。

 

 

「……何かあったの?随分と元気そう……いや、ちょっと違うかも。落ち込んでられないって感じ?」

 

 

相変わらず、僕の表情を読むのが上手い。

 

 

「い、いや……何もないよ」

 

 

僕は彼女の横を通ろうとして……彼女はそちらの方に寄って進路を妨害してくる。

足を伸ばして、僕の足の間に踏み込んだ。

 

 

「嘘、絶対に何かあったでしょ」

 

「ごめん、グウェン、僕にはやらなきゃならない事が──

 

「それは、ピーターとして?それとも──

 

 

グウェンの目は、僕の目をまっすぐに見ていた。

 

 

「スパイダーマンとして?」

 

 

一瞬、呼吸を忘れてしまった。

 

どうしてバレているのかとか、どうやって誤魔化そうか……なんて、一瞬考えた。

 

だけど、僕は……首を縦に振った。

 

 

「どっちも……(ピーター)としても、(スパイダーマン)としても」

 

 

もう、嘘は沢山だ。

それにグウェンにはバレたとしても……彼女なら危機を跳ね除けられるだろう。

 

 

「……そう」

 

 

グウェンがため息を吐いて、足を引っ込めた。

僕は彼女を横切ろうとして──

 

 

頬をぶたれた。

 

 

()っ!?」

 

「ほんっと、バカ。ちょっと、こっち来なさい」

 

 

グウェンに耳を引っ張られて、そのまま非常階段の前まで連れて来られた。

 

 

「いっ、いいっ、痛いって!」

 

 

手を離される。

僕は耳を摩り……少し熱を持っているように感じた。

 

……ここは裏口だから、背後に大きなビルの壁があり盗み聞きされる心配もない。

何か聞かれたくない話があるのだろう。

 

 

「自業自得よ。それよりも、何でそんなに慌ててるのよ……もしかして、ミシェルを殺した犯人でも見つけたの?」

 

 

僕は……答えに窮した。

 

だって、グウェンはミシェルと親友だった。

彼女がしてきた事について……勝手に話すのは良くないと思って──

 

 

「良いから、話して。迷ってる時間もないんでしょ」

 

「でも」

 

「言わないなら、何処にも行かせない」

 

 

……時間が勿体ない。

僕は観念して、ミシェルの事を話した。

 

反応が怖くて、目を逸らしていた。

もし、グウェンがミシェルを嫌いになってしまったら……。

 

話し終えた後……グウェンが深く息を吐いた。

 

そして……自分自身の頬を強く叩いた。

ほんのり赤くなっていた。

 

 

「グ、グウェン?」

 

「あの娘が苦しんでいたのに……気付かなかった自分への罰」

 

「……そっか」

 

 

グウェンなら……ミシェルを許せるだろうとは思っていた。

ただ、ほんの少し……許せなかったら、どうしようかと……疑ってしまう僕がいたのは確かだ。

 

ほんの少し、申し訳なく思って……それと同時に嬉しくなった。

 

僕の内心に気付いた様子もなく、グウェンが口を開いた。

 

 

「それで、これからどうするつもりなの?」

 

「僕は知り合いの探偵に協力をお願いするつもりだけど……」

 

「私もついていくわ」

 

 

そう言うと思っていた。

諦めて、僕は頷く。

あまり彼女を危険な事に巻き込みたくなかったけど。

 

彼女が非常階段の縁に手を掛けて、僕へ振り返った。

 

二人で非常階段から駆け足で降りて、ヘルズキッチンへと向かう。

 

夕方で雨上がりだからか……人混みは少ない。

水溜りを踏むと、水が跳ねた。

 

 

「……そう言えばさ、グウェン。何で僕の……えっと、知ってたの?」

 

 

外にいるから、誰の目があるか分からない。

ボカして質問した。

 

どうして、僕がスパイダーマンだと知っていたのだろう。

ネッドが話したのだろうか。

 

そう思って訊いたのだけど……グウェンが口を開いた。

 

 

「女の勘よ」

 

「へ、へぇ……」

 

 

思わず、声が漏れた。

 

勘……って事は確証がなかったのだろう。

つまり、あの時、僕は引っ掛けられていたという事だ。

 

 

「と言うか隠し事が下手過ぎるのよ。アンタも、ネッドも」

 

「は、はは……」

 

 

だけど、まぁ……僕の秘密を知られても、別に構わないと思った。

寧ろ、少し心が軽くなった。

 

苦笑いする僕に、グウェンが深く息を吐いた。

 

 

「ピーター、絶対に助けるわよ」

 

「……それは、勿論」

 

 

彼女の残した手紙のことを思い出した。

 

彼女を助けたいと思っているのは、僕だけじゃない。

沢山いるんだ。

 

だから、ミシェル……そんなに自分を卑下しないで欲しい。

帰る場所は、ここにあるから。

 

僕達が作るから。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

ヘルズキッチン、エイリアス探偵事務所。

雑居ビルの中にある事務所の前まで来ていた。

 

だけど──

 

 

「……閉まってる」

 

 

『CLOSED』の看板が掛けられていた。

 

視線をズラして……事務所の看板に電話番号が書いてあった。

以前、来た時にも書いてあったのだろう。

その時は切羽詰まっていて見過ごしていたようだ。

 

グウェンが興味深そうにガラス張りのドアから中を覗いている。

僕はスマホから看板に書かれている電話番号に電話しようとして──

 

 

「オイ、どうした坊主」

 

 

振り返ると……スキンヘッドの大男が立っていた。

彼はジェシカの夫の──

 

 

「ルークさん!」

 

 

ルーク・ケイジだ。

身長が2メートル近くあるから、顔を見上げると少し首が痛い。

 

 

「ジェシカに何か用か?」

 

「えっと、はい」

 

 

僕が首を縦に振ると……グウェンが後ろから顔を出した。

それを見てルークが自分の顎を撫でた。

 

 

「ん?坊主の恋人(これ)か?」

 

「違うわよ」

 

 

グウェンが凄い顰めっ面をしていた。

その様子にルークが苦笑した。

 

 

「いや、悪い悪い……で、坊主。その娘は?」

 

「えっと……友人のグウェンです」

 

「ほぅ、友人……どっちのだ?」

 

 

ルークが声を潜めて、僕に聞いてくる。

スパイダーマンとしての友人か、プライベートとしての友人か分からないからだろう。

 

 

「どっちもです」

 

 

そう僕が答えたのを見て、グウェンが横から口を挟んだ。

 

 

「ピーター、この人誰?」

 

 

ピーター、という名前を聞いてルークが僕の顔を一瞥した。

……そうだ、ルークもジェシカも……他のディフェンダーズの人達だって僕の名前を知らないんだった。

 

僕はグウェンに顔を向ける。

 

 

「この人はルーク・ケイジさん……えっと、何て言うのかな……スーパーヒーロー?」

 

「雇われヒーローだ。今はフリーだがな」

 

「へぇ、ふぅん……よろしく」

 

 

グウェンが手を伸ばし、ルークと握手する。

……そう言えば、ルークは僕と握手した時、思いっきり握りしめてたけど……流石に女の子に対してはやらないみたいだ。

 

手を離したルークが僕を見た。

 

 

「それで、ジェシカだが……今、入院中だ」

 

「入院……?」

 

「デカい怪我をしただろ?数日前に……坊主も居たが」

 

「あ」

 

 

思い出した。

僕がレッドキャップの正体を知ってしまった日……ジェシカは彼女に傷を負わされていて──

 

……ジェシカはミシェルを助けてくれるんだろうか?

ルークだって、奥さんが傷を負わされて……恨んでないだろうか?

 

 

「ジェシカに『もし出会ったら礼を言ってくれ』って言われてたんだよ……俺からも礼を言っとくよ。ありがとよ」

 

「えっと……どういたしまして?」

 

 

あんまり礼を言われるような事をしてるつもりはないけど……でも、素直に受け取っておく。

そんな様子の僕にルークが少し笑った。

 

 

「取り敢えず、事務所に入るか?俺も用事がある」

 

 

ルークがズボンから鍵を取り出し、事務所のドアを開けた。

促されてグウェンが後ろから入り……立ち止まっていた僕へ振り返った。

 

 

「ピーター、悩むのは後にしたら?」

 

「……うん」

 

 

二人で事務所に入り、応接用のソファに座る。

ルークは机の引き出しから書類を取り出していた。

 

 

「入院中だってのに仕事熱心でな……何だかよく分からんが、依頼の書類を持ってきてくれって頼まれてんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

 

僕は頷く。

そんな僕の腹をグウェンが肘で突いた。

 

……早く言えって事だろうか。

 

 

「あの、ルークさん?」

 

「ん?何だ?ジェシカへの用なら病院に行くから、そん時に伝えても──

 

「話したい事があるんです」

 

 

僕の様子に、只事ではないと悟ったのか……ルークは手に持っていた書類を机に置き、僕の対面に座った。

 

 

「何かピンチか?」

 

「……どうしても、助けたい人がいるんです」

 

 

僕はそう言って……どう、言葉を選ぶか迷っていた。

レッドキャップ……彼女に対して恨みを持っているかも知れない相手に、どうやって──

 

 

「良いぞ」

 

「……まだ、話してないんですけど」

 

「手を貸してくれって話だろ?構わん」

 

 

ルークが膝を手で叩き、立ち上がった。

その様子は……初めてジェシカと会った時に似ていた。

……夫婦だから似ている……いや、似てるから夫婦なんだろうか?

 

不可解そうにしている僕にニヤリと笑った。

 

 

「ヒーローは助け合いだ……それに、誰かを倒したいってのなら別だが、誰かを助けたいってなら断る理由がねぇな」

 

「ルークさん……」

 

「お前だってそうだろう?なぁ、スパイダーマン」

 

 

僕は少し、涙腺が緩むのを感じながら立ち上がった。

 

……そうだ。

僕だって、誰かを助けたいという思いを否定する事はない。

人助けなら……断らない。

 

僕もそうだ。

ルークだってそうなんだ。

 

きっと、ジェシカだって、ディフェンダーズの他の人達だって。

 

僕は首を縦に振って、ルークを見た。

 

 

「ありがとうございます、ルークさん」

 

「他の面子も呼ぶか?」

 

 

僕は少し、考える。

ミシェルを探すのに人の手は幾つあっても良い。

 

 

「是非、お願いします」

 

「おう……集まってから、内容は話せ。どうせ詳細を伝えなくても全員集まるからな」

 

 

ルークが事務所の据え置き電話を使って、誰かに電話を掛けている。

僕は少し安堵して、息を吐いた。

 

そんな僕をグウェンは見上げていた。

 

 

「……良い人達ね」

 

 

その言葉に同意する。

 

 

「うん、僕には勿体無いぐらい──

 

「バカね、アンタも良い人よ」

 

 

僕は驚いてグウェンを見た。

彼女に素直に褒められる事は少ない。

 

だけど、僕と顔は合わせてくれない。

恥ずかしかったのだろうか。

 

ルークが据え置きの電話を切って、僕達へ視線を向けた。

 

 

「取り敢えず、ここに集合になった。何か食うか?坊主」

 

「えっと──

 

 

食欲はあまり湧かない。

それどころじゃないって気持ちがあるから。

 

だけど、気分が少し落ち着いて来たからか、胃がキュッと縮小した感じがした。

 

 

「……ピーター、最後に食事をしたのはいつ?」

 

 

グウェンが僕の顔を覗き込んだ。

 

 

「え?あ……いつだっけ?」

 

 

少なくとも今日は何も食べていない。

水は飲んだけど……食欲が湧かなくて。

 

そんな僕の様子にルークが呆れたような様子で笑った。

 

 

「坊主、腹が減ったら力は出ないぞ。食っておけ……大事な時に力が出なかったら後悔する」

 

 

ルークが勝手知ったる様子で冷蔵庫からハムとか、パンとか取り出し始めた。

……厚意に甘える事にしよう。

 

僕はパンに手を伸ばした。

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

若干、空が少し暗くなって来て……デアデビル(マット・マードック)アイアンフィスト(ダニー・ランド)が現れた。

 

二人とも小さなスーツケースを持っていた。

 

全員が集まった段階で僕はレッドキャップについて……ミシェルについて話した。

グウェンは聞くのは二度目なのに……辛そうに自分の二の腕を握っていた。

 

 

「……そう、だったのか」

 

 

話し終えると、マットが重く頷いた。

サングラスの上、額に手を当てた。

 

 

「……なるほど、今まで集まっていた情報も……分かる。そう言う事か……何故、気付かなかったんだ」

 

 

マットが深く息を吐いて、壁に背を任せた。

……随分とショックを受けている様子だ。

 

ダニーも悩むような仕草をしている。

ルークは少し怒ったような顔をしていた。

 

 

「……みんなには、彼女を助けるための手伝いをして欲しいんだ。どんな手段でも良いから……」

 

 

そう言いつつ、マットを見た。

頷いて、壁から背を離した。

 

 

「分かった……元々、彼女と面識が一番古いのは僕だ。ヘルズキッチン内で思い当たる節を探してみるよ」

 

「……ありがとう」

 

 

そう、感謝するとマットが首を振った。

 

 

「いや、これは僕にも助ける義務がある」

 

 

手元のケースを地面に下ろすと、中には赤い悪魔のようなデザインのスーツがあった。

そこからマスクを手に取った。

 

 

「任せてくれ、スパイダーマン。『レッド……いや、違うな。『ミシェル・ジェーン』は必ず助けよう」

 

 

スーツとマスクを手に取り、マットが部屋を後にした。

……スーツに着替えるつもりだろう。

 

ダニーも僕を一瞥した。

 

 

「僕はミスティ、あ、えっと……警察に知り合いがいるから、そこから探ってみるよ。何か分かったら連絡をするから」

 

 

手を振って笑いながら、マットの後ろへついて行った。

 

 

残ったのは僕とグウェン、そしてルーク。

ルークは眉を顰めていた。

 

 

「……ルークさん」

 

「許せないな」

 

 

そう、深く低い声を出した。

……やっぱり、ルークさんは──

 

 

「坊主、俺は知人の情報屋から探る」

 

「……手伝ってくれるんですか?」

 

 

僕はルークさんに顔を向けた。

彼は少し驚いたような様子で、納得して頷いた。

 

 

「ハハハハ、何だ坊主?俺が怒ってるのは、その娘が巻き込まれてる状況に怒ってるんだ」

 

 

ルークが僕の背中を叩いた。

結構、痛かった。

 

 

「ジェシカさんが傷付けられたのに……」

 

「それでもだ。この場にアイツが居たら、喜んで手伝ってるさ……まぁ、アイツは怪我人だから欠席だがな」

 

 

ルークが笑いながら、僕の側を離れた。

そして、部屋を出ていったマットとダニーの方を見た。

 

 

「俺はアイツらと違って特別なスーツなんて物はない。先に出てるぞ」

 

 

連絡先を交換しつつ、ルークが部屋を出ていった。

 

入れ替わってマットとダニーが入ってくる。

 

赤黒いスーツを身に纏ったデアデビル。

深い緑色のコスチュームに黄色のマスクをかぶったアイアンフィスト。

 

グウェンが目を細めて、僕を見た。

 

 

「ヒーローってコスチューム着ないと活動しちゃダメな理由があるの?」

 

「いや……僕とか彼らみたいな政府公認じゃない自警団(ヴィジランテ)は顔を晒せないんだよ」

 

「にしても派手じゃない?」

 

 

グウェンがそう言うと、マットが自分のマスクを指で叩いた。

 

 

「ヒーローのネームバリューは相手を恐れさせる。犯罪者が恐れるように多少は知名度を上げた方が良いのさ」

 

「……ふーん、そういう物なの?」

 

 

グウェンが腕を組んで首を傾げた。

 

 

「ヒーローを恐れて犯罪率が減るのなら御の字さ……さて、僕は行かせて貰うよ。君達は?」

 

 

デアデビルが僕を見た。

 

 

「僕は……スーツのドローンを使って街を探すよ」

 

 

そう言いつつ、グウェンを見る。

 

 

「あー、私は……戦える時間も限られてるし、ここで留守番しつつ『S.H.I.E.L.D.』と連携を取ってみるわ」

 

「……ん?『S.H.I.E.L.D.』?」

 

 

アイアンフィスト、ダニーが首を傾げた。

……あぁ、そう言えば彼等はグウェンの事を知らなかったんだった。

 

 

「えっと、ダニー。彼女は一応、その──

 

「『S.H.I.E.L.D.』のエージェント候補生よ」

 

 

そう言うとデアデビルとアイアンフィストがお互いに顔を合わせていた。

そして、デアデビルの口元が少し歪んだ。

 

 

「……そうか、分かった。それなら頼む」

 

 

多分、初めて知った時の僕と、同じ事を考えている。

未成年の女の子をエージェントにしようだなんて、『S.H.I.E.L.D.』は悪い組織なんだなって。

 

……まぁ、僕だって今でもニック・フューリーには思う所があるけどね。

 

 

「グウェン、ありがとう。頼んだよ……あ、あとハリーにも連絡しておいて!」

 

「当たり前よ」

 

 

ルークが置いていった事務所の鍵をグウェンに預けて、僕は事務所の窓の前に進む。

 

 

スーツを着用しつつ、窓から飛び出し……屋上まで壁を蹴り登る。

ニューヨークは既に夜になっていた。

 

そのままビルの縁を蹴り、宙へ飛び出す。

(ウェブ)を発射して飛び上がり、止まっているクレーンに着地する。

 

三角形に組まれた金属の柱、その左右に(ウェブ)引っ付けて、背後に飛ぶ。

反動で僕は弾き飛ばされ、高く舞い上がった。

 

そのまま高層ビルに(ウェブ)を発射して、振り子の要領で更に飛び上がる。

 

上へ、上へ飛び上がる。

やがて僕は、この街で最も高いビルの上に着地した。

 

月と電飾が街を照らしている。

大通りなら車も人通りも多い。

 

僕は胸のマークを叩いて、スーツの機能を起動する。

 

宙にUIが表示されて……僕はそれを手で操作する。

すると胸のマークの一部が分離して、ドローンとなって宙に浮き上がった。

 

 

「『カレン』、写真に写ってる女の子を探して」

 

 

スキャンしておいた写真を使って、AIに人探しを頼む。

 

 

「あ、あとそれと……先日出会った赤いマスク姿の相手も」

 

 

マスクで録画しておいたレッドキャップの写真も捜索対象に入れる。

 

 

『了解しました』

 

 

女性のように調声された電子音が聞こえて、ドローンが飛び去る。

 

僕は街を見渡す。

 

……騒がしい街だ。

様々な人種、文化、色んな価値観が混ざり合う。

だけど、誰も拒絶しない懐の広さがある。

 

僕はビルの隅にある石像、ガーゴイルの上に座る。

雨に濡れて、少し黒くなっていた。

 

これは魔除けの為に恐ろしい見た目をしている雨樋だ。

獅子のような顔からは、さっきまで降っていた雨水が吐き出された後があった。

 

マスクの盗聴機能を使い、警察の無線を傍受する。

何かあれば直ぐに駆けつけられるように。

 

 

……マスクの下に先程、スーツでスキャンした写真を表示する。

 

みんなで撮った誕生日会の写真。

その中で仄かに笑っているミシェルの顔。

 

……絶対に助ける。

ここに連れ戻す……また、みんなで笑えるように。

 

僕は拳を強く握りしめた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

 

写真を撫でる。

 

ピーター、グウェン、ネッド……そして、私。

誕生日の時に撮った写真だ。

みんな、幸せそうに……穏やかな顔で笑っている。

 

ピーターは今、どうしてるだろう?

黙って去ってしまって……グウェンには悪い事したな。

ネッドには……最後まで謝る事も出来なかった。

写真には写っていないけど……ハリーも、急に訃報を知らされてどんな気分だったのだろう?

 

後悔はある。

罪悪感もある。

 

……未練がましく持って来て良い物ではないだろう。

だけど、この写真は捨てられなかった。

偽りだったとしても、この友情は捨てたくはなかった。

 

 

 

首から下げているチェーンを引っ張り、胸元のアクセサリーを手に取る。

ひび割れて白くなってしまった、青い薔薇を象った装飾品。

 

ピーターが夏期旅行の時にプレゼントしてくれたアクセサリーだ。

それを壊れないように、優しく握る。

彼の想いが込められた、今にも壊れそうな……薔薇のネックレス。

 

このアクセサリーも置いていく事など出来なかった。

偽りだったとしても、この愛情も捨てたくはなかった。

 

 

 

友情と、愛情。

私が手に入れて、捨てなくてはならなかった物。

 

私のような人間には身に余るほどの、大きくて深い感情。

二つを懐に仕舞う。

 

もう、一生分は泣いただろう。

乾いた涙腺を手で擦り……壁に手をついて立ち上がる。

 

 

命令無視。

正体を知られる失態。

 

組織は私を処分するつもりだ。

死なないにしても……それ相応の罰はあるだろう。

 

私はこれから何処にあるかも分からない本部へと向かう、らしい。

 

自分の事なのに、どうしても現実として見れない。

目を閉じて、開けば……日常に帰ることが出来る気がして……だけど、その日常を壊したのは私だ。

 

 

もう、帰る場所はない。

私に、帰る家は……ない。

 

 

机の上の携帯端末が光る。

前の端末は処分されてしまった。

 

だから、これは新しい端末。

ピーターやグウェンへの連絡先も無くなってしまった。

 

つまり、メールを送って来られるのは──

 

 

「……組織(アンシリーコート)

 

 

処遇が決まったのだろうか。

詳しく教えてくれるとは思わないが……手に取る。

 

送られてきたメールはかなり長い暗号文書だ。

 

読み解いていく。

超人血清によって強化された記憶力があれば、暗号を解析しながらも記憶する事だって容易い。

 

 

「…………?」

 

 

読み解いていく。

 

 

「…………」

 

 

読み解いていく。

 

 

「……どう、して」

 

 

読み解いて……私は端末を手放した。

目を閉じて、深く息を吐く。

 

理解はした。

だが、納得はしない。

 

……私は。

背後にある赤いマスクを見た。

私のもう一つの姿……いや、私の本性……本当の姿。

 

マスクの曲面には、歪んだ私の像が映っていた。

近付いて、プロテクターを指で叩く。

 

スライドして……ハンドガンを手に取る。

超人血清によって強化された人間が使う事を想定した、大口径のハンドガン。

 

そのグリップを、私は握る。

祈るように頭に銃口を当てれば……ひんやりと冷たかった。

 

 

目を閉じる。

外界の情報は遮断する。

 

 

今はただ冷静になりたかった。

……だけど、耐え難い現実は私に決断を迫らせる。

 

 

目を開き、拳銃を下げる。

息を深く吐いた。

 

 

足音が、聞こえる。

 

 

 

私は振り返り、銃口をドアへと向ける。

ガチャリ、とドアが開けられて──

 

 

『待たせたね、食べるかは分からないけどドーナツを──

 

 

ティンカラーへと、銃口を向けた。

 

 

『……どうかしたかい?』

 

「ティンカラー」

 

 

私はメールに記載されたいた情報を反芻する。

メールを送ってきたのは普段メールを送ってくる幹部とは異なる……組織の主領から、直接来たメール。

 

そのメールの内容は告発と、指令。

 

ティンカラーは……組織(アンシリーコート)のメンバーだった。

それも、私に指令を下していた幹部。

だから組織に詳しかったのだろう、納得した。

 

 

「どうして、裏切ったんだ……」

 

 

そして、彼は……『S.H.I.E.L.D.』に連絡をしていた。

私を受け渡すつもりだ。

 

それはきっと……私の事を考えてくれているのだろう。

彼は私の事を大切にしてくれていた。

 

だから、これまでの嘘も……私は気にしていない。

沢山の嘘を吐いてきた私だからこそ、彼の嘘も理解する事が出来た。

 

 

『……随分と耳が早い。盗聴でもされてたのかな、気を付けていたつもりだけど』

 

 

帰ってきた言葉は、暗に認めていた。

組織を裏切ったのは事実だ。

 

そして、組織は裏切り者を必ず殺す。

今まで組織を裏切った者を殺してきたのは誰か?

 

私だ。

レッドキャップだ。

 

組織は裏切り者(ティンカラー)の首を求めている。

抽象的にではない、物理的に『首』を求めている。

誤魔化す事は出来ない。

 

死体を偽装しても、組織の情報網を欺ける気がしない。

だから、殺さなければならない。

 

 

震える手を必死に抑えながら、ティンカラーへ向けた銃口を逸らす事はない。

 

 

『……はぁ』

 

 

ため息を吐きながら、ティンカラーが歩く。

ハンドガンの銃口で追う。

 

引き金は、引けずにいた。

 

彼は椅子へ座りこみ、私を見た。

手に持っていたドーナツの入っている箱を机に置いた。

 

視線が下がり……彼は私を見上げていた。

 

 

『いつかは殺されると思っていた』

 

「……何を──

 

『僕は人でなしだ。君の考えている以上に、遥かに屑だ。だから、いつか誰かに殺されて死ぬんだって思っていた』

 

 

その言葉を黙って聞く。

……私も、同じ事を思っていた。

 

自身は善性とかけ離れた悪人だから、穏やかな死は望めないのだと。

だから共感していたのだ。

 

 

『だけど、どうしてもね──

 

 

ティンカラーが机へと手を伸ばした。

……そこには試作品のハンドガンがあった。

 

止める事は出来なかった。

撃てなかった。

 

彼でなければ、引き金を引いていただろう。

 

ティンカラーはハンドガンを持ち上げた。

 

 

『君にだけは殺されたくない、かな』

 

 

そして、私へ銃口を向けた。

 

 

「……ティンカラー」

 

 

それでも、撃てずにいた。

 

撃てない。

 

撃てない……。

 

撃てる訳が、なかった。

 

 

『少し、話をしようか。ほら、そこに座りなよ』

 

 

このハンドガンでティンカラーのマスクを貫く事が出来るかは分からない。

対して、私は素顔だ。

ティンカラーが引き金を引けば、私は死ぬ。

 

だが、そんな事はどうでも良い。

どうせ私は引き金を引く事すら出来ないのだから。

 

私は促されるまま、仮眠用のベッドに座る。

クッションは薄く、硬かった。

 

 

『……良い子だ』

 

 

互いに銃口を向けたまま、顔を合わせる。

……敵対する意志を見せていれば、いつかティンカラーが引き金を引いてくれるかと思っていた。

 

だが、彼は撃たない。

互いに銃口を向けながらも、撃とうという意志がない。

奇妙な光景だ。

 

 

……私は口を開いた。

 

 

「……ティンカラー、一緒に逃げよう」

 

『不可能だ。君も分かって言ってるだろう?』

 

 

分かっている。

私の胸にある爆弾……それを起動されたら、私は死ぬ。

 

明確に組織の命令を無視して、標的(ターゲット)と共に逃げれば……もう、言い訳は出来ないだろう。

 

組織はティンカラーの裏切りを知っていた。

独自の情報網を持っている……どうやって知っているのか見当も付かないが。

 

だから、共に逃げれば必ず気付かれる。

そして……私は爆死する。

分かっている。

 

 

そうだとしても。

 

 

「それでも、お前が生きていられるなら」

 

 

それで良いと思った。

 

 

『……困ったね。君に少し、優しくし過ぎたみたいだ』

 

 

……ティンカラーが私の顔を見て、顔を逸らした。

私じゃない……何処か、遠い誰かを見ていた。

 

 

『昔話をしてもいいかい?』

 

「……そんなもの今は──

 

『黙っていても君はいつか、調べて探そうとするだろうからね』

 

 

私は眉を顰めた。

 

 

「何の話だ」

 

『僕は合理主義者だ。無駄な時間、無駄な徒労をするのも、している所を見るのも嫌いなんだ』

 

 

銃口は、私へ向けられている。

 

 

『だから、今……話すよ。妖精になれなかった屑の話と──

 

 

ティンカラーが、マスクを外した。

 

その下には……薄い、金髪と。

青い瞳があった。

 

似ている……鏡で見る、私に。

 

 

「君の起源(オリジン)を」

 

 

だけど、その目は……深く、深く……まるで深海のように。

 

 

暗く底が見えず。

 

 

濁っていた。


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