【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
僕はヨーロッパにあるラトベリア王国という場所で産まれた。
父と母、妹の四人家族で……そして、僕の妹は──
「兄ちゃん、これ見てくれよ!キャプテン・アメリカ!」
何というか……。
「オレ、将来ヒーローの手伝いする仕事に就くんだ!それでスパ……ぅん、ヒーローと握手して貰うんだ!」
その……酷く、男っぽい憧れを持っていた。
妹は幼い頃からヒーローに憧れていて、スケッチブックにクレヨンで絵を描いていた。
「それは?」
僕が真っ赤に塗られた人形に、黒と白で蜘蛛の巣のように描かれたヒーローを指差した。
「これは、スパイダーマン」
「
「そんな事ないよ!壁を登ったり、どんな大きさの蜘蛛の巣だって作れるんだぞ!」
一番好きなのは自分で考えたヒーローらしい。
スパイダーマン……聞いた事はないし、調べても名前は出なかった。
あんまり突っ込んでやるのも可哀想だと思って、僕は妹の妄想に付き合ってあげる事にした。
母はもう少し、お淑やかにして欲しいと思っていたらしいけど。
「今日は祝日だから、晩御飯は豪華だぞ」
父の言葉に妹が複雑そうな顔をした。
妹は国王陛下の事があまり好きじゃないらしい。
だけど、嫌いって訳でもないらしい。
僕達はラトベリア王国の首都、ドゥームシュタットに住んでいたから、祝日には街全体が盛り上がっていた。
国旗を並べて、みんな口々に国王を讃えるんだ。
実際、僕から見ても国王陛下は凄い人だ。
強くて、凄く賢い。
窓の外を見てみれば、銀色のロボットが飛んでいた。
深い緑色のローブを着た国王陛下を模したデザインになっている。
国王陛下は凄い科学者だ。
その科学力でこの国のテクノロジーを発展させた。
軍隊の殆どが、あのロボットで構成されている。
だから周辺の国より軍事力が優れていて……ラトベリア王国は領地が小さくても裕福なんだ。
妹がヒーローに憧れるように、僕は憧れていたんだ。
だけど、ある日……それは、訪れた。
幸せを積み上げるのはゆっくりと。
だけど、壊れるのは一瞬だった。
内乱が起きた。
原因は知らない、子供の僕には政治は難しかった。
だけど、前からテレビでは確かに混乱を映していた。
他人事のように思えていて、だけど、それは僕の大切な思い出を焼き尽くした。
国王陛下が作ったロボット、それがハッキングされて暴れた。
首都、ドゥームシュタットは火の海になって。
両親は僕達と一緒に外国へ逃げようとしたけど。
気付けば──
僕は妹と、二人になっていた。
手を握って、燃え尽きてしまった街で二人……炎よりも赤い空を見上げていた。
内乱は国王陛下によって収められた。
よく分からないまま、よく知らないまま、誰を恨めば良いかも分からないまま。
「兄ちゃん」
妹の手を握って、僕は崩れた街を歩く。
父が本を買ってくれた書店も、母と一緒に買い物に行った食料品店も、妹のごっこ遊びに付き合った公園も。
全部、全部、全部。
燃えて、崩れて、ゴミになってしまった。
「兄ちゃん……」
悲しくて、虚しくて、ぽっかりと胸に穴が空いた。
僕に残ったのは、妹だけだった。
握ったこの手から伝わる温かさだけが、僕に残された……遺された最後の想い。
手を繋いだまま、僕達は二人、崩れ去った思い出の上に座った。
燃えるような空の下で、虚な目のまま、僕は──
あの子を、守ろうと──
して──
◇◆◇
急速に作り直される街。
父や母と過ごした景色は塗り替えられた。
そして、僕達は孤児になった。
国王陛下が孤児院へ多額の寄付をしたから、食事には困らなかった。
だけど、僕は凄く虚しかった。
孤児院にある技術書を読んでいると、足元にボールが転がって来た。
「兄ちゃん、少しは息抜きしないと……」
「そんな事してる暇はないんだ」
より良い生活をするために、取り戻すために。
妹のために……止まっている事は出来なかった。
本を捲り、ペンを走らせる。
そんな日々が続く、続いて、続いて……気付けば一年は経っていた。
大きな出来事もなければ、山もなく……谷もなく。
緩やかな日々が過ぎ去るのは早い。
だってそうだろう?
特別でもない日の昼食を、いつまで覚えていられるって言うんだ。
また、ボールが足元へ転がる。
「兄ちゃん」
「いや、僕は──
「いいから、行こう」
「でも──
「いいから」
妹に手を引っ張られて、外に出た。
妹がボールを投げた。
それは僕の胸に優しく当たって、地面へ転がった。
僕は顔を上げて、妹の顔を見て──
「あ……」
心配そうな表情をしていた。
僕は妹を守っているつもりだった。
そう、『つもり』だ。
真実は違う。
僕は周りの見えていない子供で、妹から心配されていたんだ。
情けない話だけど。
……僕は、周りの見えていない子供だった。
内心で恥じながら、頬を緩める。
何もかもが無くなった訳じゃない。
僕にはまだ優しくしてくれる誰かがいる。
それは素晴らしい事で、それだけで生きていける。
そうして、僕はボールを持ち上げて、妹の方を向いて──
空が灰色になった。
「……え」
木々から落ちる葉は緩やかに……それこそ、動いているのだと信じていなければ、落ちている事すら気付かぬ程に遅く。
……いいや、これは僕が動いているのだと錯覚しているだけかも知れない。
それすらも判別出来ない。
周りの人間も、止まっているように見える。
「何が……」
ボールを手放すと、地面に落ちて……それも動かなくなった。
目の前の妹も、動かない。
まるで世界に一人だけで取り残されているかのような感覚。
僕は──
「貴方一人だけではありませんよ」
声を、聞いた。
振り返ると……男性のような……女性のような、若いような、老いたような……掴みどころのない人がいた。
「……誰、ですか?何ですか?何がっ──
「私は『エンシェント・ワン』、魔術師です」
魔術師だって?
……僕は首を横に振った。
「魔術師だなんて、そんなの、あり得ない……」
「あり得ない、そう思うのも無理はありません」
エンシェント・ワン、そう名乗る魔術師が『座った』。
……ここは孤児院の運動場だ。
椅子なんてなかったはずだ。
僕が眉を顰めると、エンシェント・ワンが口を開いた。
「ですが、貴方の見える世界だけが全てではありません。既知の物理法則を超えた先に、貴方に見えない未知が存在するのです」
「でも、そんなの……魔術、なんて」
「数世紀前の人間が見れば、私達が扱える科学も魔術に見えます。でしょう?」
エンシェント・ワンが指差した。
その先にはテレビがあった……庭、なのに。
指を鳴らされて、視線を戻す。
「それならば未知の先にある魔術も、世界に存在してもおかしくはない」
「……それは」
「あまり時間はありませんので、そう『在る』のだと感じて下さい」
エンシェント・ワンが椅子から立つと同時に、椅子は消滅した。
ゲームや映画のように派手に消える訳じゃない。
ただ、そこには元から存在しなかったかのように消えた。
……僕はもう、驚かなかった。
それが当然であるかのように振る舞う、目の前の人間に呑まれてしまったのだ。
「じゃあ、この時間が止まっているのも──
「止めてはいません。私と貴方が……異なる次元へとズレているだけです」
何を言っているかは分からない。
だけど、質問しても無駄な気がした。
「何で、こんな事を……」
「このまま黙って実行しても良かったのですが……不誠実だと思いました。なので──
僕は訝しんで……エンシェント・ワンは神妙な顔をした。
「結論から言いましょう」
指を立てて……僕の妹を指差した。
「彼を消さなくてはなりません」
僕は咄嗟に、妹とエンシェント・ワンの間に割り込んだ。
「いえ、『彼女』でしたか」
彼?彼女……?
昔から、僕の妹は女の子だ。
何を言ってるんだ?
「僕の妹を……消す?」
「はい」
何とも無さそうに、肯定の言葉が返ってきて……僕は足元を見た。
小さな石。
……僕が、守らないと、僕が。
「彼女は少し……いえ、かなり特殊です。異なる次元を含めても、そう多くは居ない程に」
足元の石を拾う。
「非常に危険な存在なのです」
投げた。
しかし、それはエンシェント・ワンの目の前で止まり……動かなくなった。
その石に目を向ける事もなく、何をする訳でもなく……ただ、空中で静止し……ゆっくりと地面へ落下した。
「貴方の想いは理解出来ます。ですが、天秤は傾けられません」
「な、なんで──
「彼女の言動を不思議に思った事はありませんか?」
エンシェント・ワンの言葉に僕は振り返り、妹を見た。
ヒーロー好きだって言っているのに、実在しないヒーローに憧れている。
だけど、それは幼ければ当然の事だ。
おかしい事なんて──
「おかしい事なんて、ない……」
「いいえ、異常なのです。薄々は気付いているでしょう?」
エンシェント・ワンが見透かすように口にした。
「彼女の肉体という器には不可思議な『何か』が混ざっています。それは大きくて黒々とした穴のように──
目前に地球を模した立体映像のような物が現れた。
「異なる宇宙と繋がっています」
そして、それは幾つにも分裂した。
中心にある地球から、一本の光の線が別の地球へと繋がっている。
「彼女の中には異なる宇宙……それも我々とは位相が異なる次元領域から、情報を引き出すための『何か』があります」
「異なる宇宙……次元?」
僕は自分の知っていた現実を全て、書き換えられるかのような錯覚に陥った。
「そう、別の宇宙……別の地球……その、
「それは……」
事実だ。
母が言葉遣いを直すように叱っていた。
「それは引き出している記憶がそうさせています。その星で死に、魂となり、記録となった者……それと強く結び付き……無際限に記憶を引き寄せてしまった」
「は……?」
「それは幼心を変容させて、父や母の教育よりも早く……そして、根深く。心を作る柱になってしまった……最早、思考は同一と言っていい程に」
僕は絶句した。
別宇宙の男?
死人の記憶?
何を言ってるんだ?
分からない。
分かりたくない、知りたくない。
だけど、それでも──
「そんなの関係ない……僕にとって……何も──
「…………」
「変わらない……何を言われても……」
託されたんだ。
父から、母から。
守らなきゃならないんだ。
「……そう、貴方は素晴らしい信念を持っている」
エンシェント・ワンが指を鳴らすと……宙に浮いていた地球儀が一つ……砕けた。
「ですが……これから起こる『可能性』です」
砕けた地球は光となり、チリとなって消滅した。
「この宇宙の終わり……全ての生命、物質の崩壊」
「……そんな、何で」
「彼女の記憶が原因です」
エンシェント・ワンが目を向けた。
「そんなのって……」
「彼女の中にある『何か』が異なる宇宙の記憶を引き出している……その記憶に価値があるのは理解できますね?」
僕は首を振った。
意味がわからない。
そんな様子を見て、エンシェント・ワンは言葉を繋ぐ。
「別宇宙の知識、それは平行宇宙を征服しようとする『侵略者』にとって喉から手が出るほど欲しい物……彼女の記憶は、強大で邪悪な存在を呼び寄せます」
エンシェント・ワンが指を鳴らした。
砕けた地球が黒い塊に変容する。
「脅威は『この宇宙』の存在だけではありません。位相の異なる知識は、別宇宙の脅威も欲します。つまり、『異なる宇宙』からも来る可能性があります」
黒い塊は人の形になり、赤い目を光らせた。
僕は冷や汗をかく。
「無限とも呼べる
「どうにか──
「その『どうにか』するために、彼女を消しに来たのです」
「……そんな」
エンシェント・ワンが深く息を吐いた。
「殺しはしません。まず、彼女の持つ『何か』を封印します」
手に金色に光る魔法陣が現れた。
「そして、彼女の中に存在する今までの記憶を全て消し去ります」
「今までの、記憶?」
「はい、現時点でも重要な記憶を複数所持している可能性があります……強大な兵器の記憶、
光が像を作り、砕け、また作られる。
「私ですら把握出来ない……いえ、理解してはならない『それら』の存在。それらは隠蔽しなければなりません」
理解はした。
だけど、父と母の記憶を?
僕と過ごした記憶も?
全て、消す?
「嫌だ、ダメだ……」
「この宇宙の……いえ、全ての宇宙のために、彼女の記憶は消さなければなりません」
エンシェント・ワンが消えた。
僕は妹の方へ振り返って、すぐ側にエンシェント・ワンがいる事に気付いた。
「やめっ──
身体が動かない。
まるで自分の身体じゃないみたいに動かなくて。
それはエンシェント・ワンによって動けなくされたのか。
それとも、納得してしまった僕が動かなかったのか。
……今でも、分からない。
妹は死んだ。
いや、生物学的には死んでいないのかも知れない。
だけど、確かに死んだ。
父や母、僕と生きてきた妹は居なくなった。
受け答えもしない、遊びもしない、憧れを語る事も……笑う事さえ。
妹は居なくなった。
毎日ずっと椅子に座って、黙って外を眺めている。
人に言われた通りに動いて、自我を持たない。
まるで魂の抜けた人形だ。
エンシェント・ワンに記憶を消されてから、数日間は妹『だった』人間に付き添った。
世話を焼いた。
だけど、どれだけ話しても思い出さない。
何も分からない。
……やがて、僕は養父に引き取られた。
妹は僕が孤児院を出て行く時すら、何の表情も浮かべなかった。
そうして、僕は妹は死んでしまったのだと、諦めた。
諦めてしまった。
引き取られて数ヶ月後、僕の居た……妹のいる孤児院が焼かれたらしい。
誰がやったのかも知れないし、分からなかった。
子供の半数が焼死体として発見されて……残りの半数は行方不明になった。
妹は後者、行方不明だ。
行方不明だけど、生きてるとは思えなくて……確かに僕は落ち込んだ。
でも、数日で立ち直った。
だって僕の妹は、既に死んでいたから。
……僕は、僕の心を守る為に、そう思う事にした。
◇◆◇
「酷い話だろう?勝手に見限って、諦めたんだ」
ティンカラーが自嘲した。
「…………」
銃口を向け合いながら、それでも私は……それどころでは無かった。
ティンカラーの妹……別宇宙からの知識?
まるで私のよう……いや、私、なのか?
……それならば、彼と私の顔が似ている事にも納得が行く。
だが、何が、何故……。
眉を顰める。
理解が出来ない。
「……話を続けよう」
そんな私の様子を無視して、ティンカラーは口を開いた。
◇◆◇
僕は養父、フィニアス・メイソンの下で技術を学んだ。
養父は発明家だった。
それも、悪い発明家。
金さえ貰えれば、どんな悪人にも手を貸す……そんな発明家だ。
だけど、まぁ……それなりに僕の事を気にかけていた。
将来は自分の仕事を就かせるのだとフィニアス……いや、先代の『ティンカラー』は言っていた。
数年後、養父はガンマ線の影響で死亡した。
養父のファクトリーには大した設備は無かった……ガンマ線を防ぐ防壁が足りなかったんだ。
……あぁ、そうだ。
この部屋のように、今程じゃないんだ。
だから、実験や発明によって蓄積されて被曝したんだ。
……自業自得だ。
だけど、罵るつもりはない。
それなりに尊敬はしていたからだ。
僕は本名をフィニアス・メイソン・ジュニアへと改名し……『ティンカラー』と名乗り始めた。
父と同じように悪人に武器を売り、金を稼ぐ。
……目的?
生きる意味?
勿論、ある。
妹の仇を討ちたかった。
……いや、違うな。
僕は妹を殺したエンシェント・ワンを恨んでいた。
殺したかった……それは妹のためじゃなくて、無力だった過去の自身を克服したかったからだ。
だけど、足りない。
奴は
そんな魔術師を殺すには……足りない。
焦燥感。
それが僕の胸にいつもあった。
がむしゃらに研究して、悪人の手助けをして……気付けば数年経っていた。
だけど、殺す目処は立たない。
現代の技術、科学で魔法使いを殺せるのだろうか?
底が見えなかった。
悩んで、悩んで、悩んで……。
その日が来た。
ヴァルチャーと呼ばれる男のジェットパックを作っていた頃、電話が鳴ったんだ。
「はい、こちらフィックス・イット。どんな物でも直しますし、どんな物でも作ります」
僕がそう言うと、電話の相手は愉快そうに笑った。
『初めまして、ティンカラー』
電話の相手は僕をティンカラーと呼んだ。
感情の乗っていない男の声だ。
「どんな御用で──
『君に素晴らしい提案をしよう』
◇◆◇
「彼は、とある秘密組織の
「……アンシリー・コート」
「そう、その通りさ」
ティンカラーが力なく笑った。
……マスクの下ではこんな表情をしていたのか、と私は思った。
酷く疲れた……諦めたような顔。
世界に疲れて、今にも死んでしまいそうな儚さを秘めていた。
「彼は自身を
「……
出てきた言葉に私は訝しんだ。
未来人……?
いや、だが……この世界では、あり得る話、なのか?
……思い出そうとして……クソッ、こんな時に限って何も出て来ない。
そんな様子の私を見て、ティンカラーは息を深く吐き……苦笑した。
「未来技術を僕に教える代わりに、組織に入るように促したんだ」
「…………」
「元々、僕は善人じゃなかったからね。悪い組織に入ることに忌避感は無かったよ。それよりも、未来から来た技術の方に関心があった」
ティンカラーの科学力……その理由が、それなのか。
「その力があれば仇を殺せそうだと思ったからね」
「……だが──
「さて、話を戻そう」
◇◆◇
武器や発明品を提供しつつ、未来の技術を研究する。
発明家として、こんな素晴らしい環境があるだろうか?
やがて武器を揃えた僕は、エンシェント・ワンの殺害を実行に移すべく情報を集め出した。
だけど、魔術師の情報なんて、そうそう簡単に集められなかった。
金に糸目を付けなくても、無理だ。
……だから僕は、組織の
彼なら何でも知っていると思ったからだ。
そしたら、ピンポイントで欲しい情報を……まるで元から質問内容すら知っていたかのように答えた。
「……既に死んでいる、ですか?」
『そうだ。奴は自身の弟子によって殺害されている』
僕の手元のタブレットに資料が送られて来た。
……身体に複数の傷がある死体が映っている。
その顔は忘れる事が出来ない……そして、あの頃から少しも変わっていない。
エンシェント・ワンの姿だった。
「そんな、バカな……」
『数ヶ月前の話だ。少し、遅かったな』
……彼は底が見えない。
僕の目的を知っているようだったし、エンシェント・ワンが死ぬ事も知っていたのだろうか?
未来人ならば、知っていてもおかしくはないだろう。
『
「……いえ」
『そうか』
僕が殺したかったのはエンシェント・ワンだ。
そして、死んで欲しかった訳じゃない。
殺したかったのだ、僕の手で。
なのに。
「…………」
僕は呆然としていた。
生きる理由を失った。
それも、果たせぬまま、突然に。
だけど。
目的は失っても、僕は生き続けた。
自死を選ぶ理由もないから、ただ生きていた。
無意味に無気力に、流されるように。
……惰性で人の人生を踏み躙る手伝いをしながら、僕は生きてきた。
組織に従順な幹部として、罪を重ねていった。
……ある時、僕は
「レッドキャップ……ねぇ」
タブレットに映された情報に、僕はため息を吐いた。
初耳ではない、知っていた。
偽物の『超人血清』によって人工的な超人を作る計画だ。
その血清は外部からの提供……と、組織の科学者には教えられているが、提供元の『パワーブローカー』は
まぁ、つまり……これは
首領が未来人であり、科学に聡いという事は他の誰も知らない。
少なくとも、僕の周りでは。
彼は秘密主義者だ。
僕だって顔すら見た事ない。
……まぁ、『レッドキャップ・プログラム』は既に凍結している。
表向きは費用対効果が薄いから。
だけど、本質は
成功した被検体が一人完成して、満足したのか。
……それとも、元々一人で良かったのか。
僕以外の幹部は国家転覆やら、世界征服なんかを必死に求めているけど……
それが何かは分からないし、分かろうともしないが。
そんな成功した被検体……
……そのレッドキャップのスーツを作成するように依頼されたのだ。
その為にレッドキャップの資料が送られて来たんだ。
身長や腕周り、身体の細部のデータはあった。
……女、か。
別段、珍しい事でもない。
組織の
僕は読み飛ばした。
そして、動画ファイルに指を這わせた。
……戦闘用のスーツだからね。
スーツを着る人間の戦闘パターンを見る必要があった。
◇◆◇
「白磁のような壁に覆われた部屋で、自身と同年代のエージェントと向かい合う少女の姿があった」
「…………」
「君の姿だ」
ティンカラーが首を捻った。
「僕は自分の目を疑ったよ……だって、妹と同じ顔をしていたからね」
「……私は、お前の──
「悪いけど質問は最後にして欲しいんだ……時間は無限にある訳じゃない」
私はティンカラーに向けている拳銃、その銃口を下ろしそうになっていた。
「あの時、僕は……緩やかに死んでいく僕は……生き返ったんだ。止めていた想いが生き返った……君の姿を見て」
ティンカラーの目が私を見た。
「妹を生き返らせようと、僕は思ったんだ」
私と同じように透き通っていた筈の瞳は……深く、濁っている。