【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#96 レスト・イン・ピース part3

僕はヨーロッパにあるラトベリア王国という場所で産まれた。

父と母、妹の四人家族で……そして、僕の妹は──

 

 

「兄ちゃん、これ見てくれよ!キャプテン・アメリカ!」

 

 

何というか……。

 

 

「オレ、将来ヒーローの手伝いする仕事に就くんだ!それでスパ……ぅん、ヒーローと握手して貰うんだ!」

 

 

その……酷く、男っぽい憧れを持っていた。

 

妹は幼い頃からヒーローに憧れていて、スケッチブックにクレヨンで絵を描いていた。

 

 

「それは?」

 

 

僕が真っ赤に塗られた人形に、黒と白で蜘蛛の巣のように描かれたヒーローを指差した。

 

 

「これは、スパイダーマン」

 

蜘蛛(スパイダー)?何だか人気が出なさそう」

 

「そんな事ないよ!壁を登ったり、どんな大きさの蜘蛛の巣だって作れるんだぞ!」

 

 

一番好きなのは自分で考えたヒーローらしい。

スパイダーマン……聞いた事はないし、調べても名前は出なかった。

あんまり突っ込んでやるのも可哀想だと思って、僕は妹の妄想に付き合ってあげる事にした。

 

母はもう少し、お淑やかにして欲しいと思っていたらしいけど。

 

 

「今日は祝日だから、晩御飯は豪華だぞ」

 

 

父の言葉に妹が複雑そうな顔をした。

 

妹は国王陛下の事があまり好きじゃないらしい。

だけど、嫌いって訳でもないらしい。

 

僕達はラトベリア王国の首都、ドゥームシュタットに住んでいたから、祝日には街全体が盛り上がっていた。

国旗を並べて、みんな口々に国王を讃えるんだ。

 

実際、僕から見ても国王陛下は凄い人だ。

強くて、凄く賢い。

 

窓の外を見てみれば、銀色のロボットが飛んでいた。

深い緑色のローブを着た国王陛下を模したデザインになっている。

 

国王陛下は凄い科学者だ。

その科学力でこの国のテクノロジーを発展させた。

 

軍隊の殆どが、あのロボットで構成されている。

だから周辺の国より軍事力が優れていて……ラトベリア王国は領地が小さくても裕福なんだ。

 

妹がヒーローに憧れるように、僕は憧れていたんだ。

 

 

 

だけど、ある日……それは、訪れた。

 

 

 

幸せを積み上げるのはゆっくりと。

だけど、壊れるのは一瞬だった。

 

 

内乱が起きた。

原因は知らない、子供の僕には政治は難しかった。

 

だけど、前からテレビでは確かに混乱を映していた。

他人事のように思えていて、だけど、それは僕の大切な思い出を焼き尽くした。

 

国王陛下が作ったロボット、それがハッキングされて暴れた。

首都、ドゥームシュタットは火の海になって。

 

 

両親は僕達と一緒に外国へ逃げようとしたけど。

 

 

気付けば──

 

 

僕は妹と、二人になっていた。

手を握って、燃え尽きてしまった街で二人……炎よりも赤い空を見上げていた。

 

内乱は国王陛下によって収められた。

よく分からないまま、よく知らないまま、誰を恨めば良いかも分からないまま。

 

 

「兄ちゃん」

 

 

妹の手を握って、僕は崩れた街を歩く。

 

父が本を買ってくれた書店も、母と一緒に買い物に行った食料品店も、妹のごっこ遊びに付き合った公園も。

 

全部、全部、全部。

 

燃えて、崩れて、ゴミになってしまった。

 

 

「兄ちゃん……」

 

 

悲しくて、虚しくて、ぽっかりと胸に穴が空いた。

 

僕に残ったのは、妹だけだった。

握ったこの手から伝わる温かさだけが、僕に残された……遺された最後の想い。

 

 

手を繋いだまま、僕達は二人、崩れ去った思い出の上に座った。

 

 

燃えるような空の下で、虚な目のまま、僕は──

 

あの子を、守ろうと──

 

して──

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

急速に作り直される街。

父や母と過ごした景色は塗り替えられた。

 

そして、僕達は孤児になった。

国王陛下が孤児院へ多額の寄付をしたから、食事には困らなかった。

だけど、僕は凄く虚しかった。

 

孤児院にある技術書を読んでいると、足元にボールが転がって来た。

 

 

「兄ちゃん、少しは息抜きしないと……」

 

「そんな事してる暇はないんだ」

 

 

より良い生活をするために、取り戻すために。

妹のために……止まっている事は出来なかった。

 

本を捲り、ペンを走らせる。

 

 

 

そんな日々が続く、続いて、続いて……気付けば一年は経っていた。

大きな出来事もなければ、山もなく……谷もなく。

緩やかな日々が過ぎ去るのは早い。

 

だってそうだろう?

特別でもない日の昼食を、いつまで覚えていられるって言うんだ。

 

 

 

 

また、ボールが足元へ転がる。

 

 

「兄ちゃん」

 

「いや、僕は──

 

「いいから、行こう」

 

「でも──

 

「いいから」

 

 

妹に手を引っ張られて、外に出た。

 

妹がボールを投げた。

それは僕の胸に優しく当たって、地面へ転がった。

 

僕は顔を上げて、妹の顔を見て──

 

 

「あ……」

 

 

心配そうな表情をしていた。

 

僕は妹を守っているつもりだった。

そう、『つもり』だ。

 

真実は違う。

僕は周りの見えていない子供で、妹から心配されていたんだ。

 

情けない話だけど。

 

 

……僕は、周りの見えていない子供だった。

内心で恥じながら、頬を緩める。

何もかもが無くなった訳じゃない。

僕にはまだ優しくしてくれる誰かがいる。

それは素晴らしい事で、それだけで生きていける。

 

 

 

そうして、僕はボールを持ち上げて、妹の方を向いて──

 

 

空が灰色になった。

 

 

 

「……え」

 

 

木々から落ちる葉は緩やかに……それこそ、動いているのだと信じていなければ、落ちている事すら気付かぬ程に遅く。

 

……いいや、これは僕が動いているのだと錯覚しているだけかも知れない。

それすらも判別出来ない。

 

周りの人間も、止まっているように見える。

 

 

「何が……」

 

 

ボールを手放すと、地面に落ちて……それも動かなくなった。

 

目の前の妹も、動かない。

 

 

まるで世界に一人だけで取り残されているかのような感覚。

 

僕は──

 

 

「貴方一人だけではありませんよ」

 

 

声を、聞いた。

 

 

振り返ると……男性のような……女性のような、若いような、老いたような……掴みどころのない人がいた。

 

 

「……誰、ですか?何ですか?何がっ──

 

「私は『エンシェント・ワン』、魔術師です」

 

 

魔術師だって?

……僕は首を横に振った。

 

 

「魔術師だなんて、そんなの、あり得ない……」

 

「あり得ない、そう思うのも無理はありません」

 

 

エンシェント・ワン、そう名乗る魔術師が『座った』。

 

……ここは孤児院の運動場だ。

椅子なんてなかったはずだ。

 

僕が眉を顰めると、エンシェント・ワンが口を開いた。

 

 

「ですが、貴方の見える世界だけが全てではありません。既知の物理法則を超えた先に、貴方に見えない未知が存在するのです」

 

「でも、そんなの……魔術、なんて」

 

「数世紀前の人間が見れば、私達が扱える科学も魔術に見えます。でしょう?」

 

 

エンシェント・ワンが指差した。

その先にはテレビがあった……庭、なのに。

 

指を鳴らされて、視線を戻す。

 

 

「それならば未知の先にある魔術も、世界に存在してもおかしくはない」

 

「……それは」

 

「あまり時間はありませんので、そう『在る』のだと感じて下さい」

 

 

エンシェント・ワンが椅子から立つと同時に、椅子は消滅した。

ゲームや映画のように派手に消える訳じゃない。

 

ただ、そこには元から存在しなかったかのように消えた。

 

……僕はもう、驚かなかった。

それが当然であるかのように振る舞う、目の前の人間に呑まれてしまったのだ。

 

 

「じゃあ、この時間が止まっているのも──

 

「止めてはいません。私と貴方が……異なる次元へとズレているだけです」

 

 

何を言っているかは分からない。

だけど、質問しても無駄な気がした。

 

 

「何で、こんな事を……」

 

「このまま黙って実行しても良かったのですが……不誠実だと思いました。なので──

 

 

僕は訝しんで……エンシェント・ワンは神妙な顔をした。

 

 

「結論から言いましょう」

 

 

指を立てて……僕の妹を指差した。

 

 

「彼を消さなくてはなりません」

 

 

僕は咄嗟に、妹とエンシェント・ワンの間に割り込んだ。

 

 

「いえ、『彼女』でしたか」

 

 

彼?彼女……?

昔から、僕の妹は女の子だ。

何を言ってるんだ?

 

 

「僕の妹を……消す?」

 

「はい」

 

 

何とも無さそうに、肯定の言葉が返ってきて……僕は足元を見た。

 

小さな石。

 

……僕が、守らないと、僕が。

 

 

「彼女は少し……いえ、かなり特殊です。異なる次元を含めても、そう多くは居ない程に」

 

 

足元の石を拾う。

 

 

「非常に危険な存在なのです」

 

 

投げた。

 

しかし、それはエンシェント・ワンの目の前で止まり……動かなくなった。

 

その石に目を向ける事もなく、何をする訳でもなく……ただ、空中で静止し……ゆっくりと地面へ落下した。

 

 

「貴方の想いは理解出来ます。ですが、天秤は傾けられません」

 

「な、なんで──

 

「彼女の言動を不思議に思った事はありませんか?」

 

 

エンシェント・ワンの言葉に僕は振り返り、妹を見た。

ヒーロー好きだって言っているのに、実在しないヒーローに憧れている。

 

だけど、それは幼ければ当然の事だ。

 

 

おかしい事なんて──

 

 

「おかしい事なんて、ない……」

 

「いいえ、異常なのです。薄々は気付いているでしょう?」

 

 

エンシェント・ワンが見透かすように口にした。

 

 

「彼女の肉体という器には不可思議な『何か』が混ざっています。それは大きくて黒々とした穴のように──

 

 

目前に地球を模した立体映像のような物が現れた。

 

 

「異なる宇宙と繋がっています」

 

 

そして、それは幾つにも分裂した。

中心にある地球から、一本の光の線が別の地球へと繋がっている。

 

 

「彼女の中には異なる宇宙……それも我々とは位相が異なる次元領域から、情報を引き出すための『何か』があります」

 

「異なる宇宙……次元?」

 

 

僕は自分の知っていた現実を全て、書き換えられるかのような錯覚に陥った。

 

 

「そう、別の宇宙……別の地球……その、星の記憶(アカシックレコード)。そこから、情報、記憶を引き出しています。彼女は幼少の頃、男性のように振る舞っては居ませんでしたか?」

 

「それは……」

 

 

事実だ。

母が言葉遣いを直すように叱っていた。

 

 

「それは引き出している記憶がそうさせています。その星で死に、魂となり、記録となった者……それと強く結び付き……無際限に記憶を引き寄せてしまった」

 

「は……?」

 

「それは幼心を変容させて、父や母の教育よりも早く……そして、根深く。心を作る柱になってしまった……最早、思考は同一と言っていい程に」

 

 

僕は絶句した。

 

別宇宙の男?

死人の記憶?

何を言ってるんだ?

 

分からない。

分かりたくない、知りたくない。

 

だけど、それでも──

 

 

「そんなの関係ない……僕にとって……何も──

 

「…………」

 

「変わらない……何を言われても……」

 

 

託されたんだ。

父から、母から。

守らなきゃならないんだ。

 

 

「……そう、貴方は素晴らしい信念を持っている」

 

 

エンシェント・ワンが指を鳴らすと……宙に浮いていた地球儀が一つ……砕けた。

 

 

「ですが……これから起こる『可能性』です」

 

 

砕けた地球は光となり、チリとなって消滅した。

 

 

「この宇宙の終わり……全ての生命、物質の崩壊」

 

「……そんな、何で」

 

「彼女の記憶が原因です」

 

 

エンシェント・ワンが目を向けた。

 

 

「そんなのって……」

 

「彼女の中にある『何か』が異なる宇宙の記憶を引き出している……その記憶に価値があるのは理解できますね?」

 

 

僕は首を振った。

意味がわからない。

 

そんな様子を見て、エンシェント・ワンは言葉を繋ぐ。

 

 

「別宇宙の知識、それは平行宇宙を征服しようとする『侵略者』にとって喉から手が出るほど欲しい物……彼女の記憶は、強大で邪悪な存在を呼び寄せます」

 

 

エンシェント・ワンが指を鳴らした。

砕けた地球が黒い塊に変容する。

 

 

「脅威は『この宇宙』の存在だけではありません。位相の異なる知識は、別宇宙の脅威も欲します。つまり、『異なる宇宙』からも来る可能性があります」

 

 

黒い塊は人の形になり、赤い目を光らせた。

僕は冷や汗をかく。

 

 

「無限とも呼べる平行宇宙(マルチバース)から、脅威が集結する。その『可能性』を……私は消し去らなければなりません」

 

「どうにか──

 

「その『どうにか』するために、彼女を消しに来たのです」

 

「……そんな」

 

 

エンシェント・ワンが深く息を吐いた。

 

 

「殺しはしません。まず、彼女の持つ『何か』を封印します」

 

 

手に金色に光る魔法陣が現れた。

 

 

「そして、彼女の中に存在する今までの記憶を全て消し去ります」

 

「今までの、記憶?」

 

「はい、現時点でも重要な記憶を複数所持している可能性があります……強大な兵器の記憶、超越者(コズミック・ビーイング)、万物を司る石の存在、破滅の未来(アポカリプス)、宇宙の外に存在する『全て』」

 

 

光が像を作り、砕け、また作られる。

 

 

「私ですら把握出来ない……いえ、理解してはならない『それら』の存在。それらは隠蔽しなければなりません」

 

 

理解はした。

 

だけど、父と母の記憶を?

僕と過ごした記憶も?

全て、消す?

 

 

「嫌だ、ダメだ……」

 

「この宇宙の……いえ、全ての宇宙のために、彼女の記憶は消さなければなりません」

 

 

エンシェント・ワンが消えた。

 

 

僕は妹の方へ振り返って、すぐ側にエンシェント・ワンがいる事に気付いた。

 

 

「やめっ──

 

 

身体が動かない。

まるで自分の身体じゃないみたいに動かなくて。

 

 

それはエンシェント・ワンによって動けなくされたのか。

それとも、納得してしまった僕が動かなかったのか。

 

……今でも、分からない。

 

 

 

 

 

 

 

妹は死んだ。

 

いや、生物学的には死んでいないのかも知れない。

 

だけど、確かに死んだ。

 

父や母、僕と生きてきた妹は居なくなった。

 

受け答えもしない、遊びもしない、憧れを語る事も……笑う事さえ。

妹は居なくなった。

 

毎日ずっと椅子に座って、黙って外を眺めている。

人に言われた通りに動いて、自我を持たない。

まるで魂の抜けた人形だ。

 

エンシェント・ワンに記憶を消されてから、数日間は妹『だった』人間に付き添った。

世話を焼いた。

 

だけど、どれだけ話しても思い出さない。

何も分からない。

 

 

……やがて、僕は養父に引き取られた。

妹は僕が孤児院を出て行く時すら、何の表情も浮かべなかった。

 

 

そうして、僕は妹は死んでしまったのだと、諦めた。

諦めてしまった。

 

 

 

引き取られて数ヶ月後、僕の居た……妹のいる孤児院が焼かれたらしい。

誰がやったのかも知れないし、分からなかった。

 

子供の半数が焼死体として発見されて……残りの半数は行方不明になった。

妹は後者、行方不明だ。

 

行方不明だけど、生きてるとは思えなくて……確かに僕は落ち込んだ。

でも、数日で立ち直った。

 

 

だって僕の妹は、既に死んでいたから。

 

……僕は、僕の心を守る為に、そう思う事にした。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「酷い話だろう?勝手に見限って、諦めたんだ」

 

 

ティンカラーが自嘲した。

 

 

「…………」

 

 

銃口を向け合いながら、それでも私は……それどころでは無かった。

 

ティンカラーの妹……別宇宙からの知識?

まるで私のよう……いや、私、なのか?

……それならば、彼と私の顔が似ている事にも納得が行く。

 

 

だが、何が、何故……。

 

 

眉を顰める。

理解が出来ない。

 

 

「……話を続けよう」

 

 

そんな私の様子を無視して、ティンカラーは口を開いた。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

僕は養父、フィニアス・メイソンの下で技術を学んだ。

 

養父は発明家だった。

それも、悪い発明家。

 

金さえ貰えれば、どんな悪人にも手を貸す……そんな発明家だ。

だけど、まぁ……それなりに僕の事を気にかけていた。

 

将来は自分の仕事を就かせるのだとフィニアス……いや、先代の『ティンカラー』は言っていた。

 

数年後、養父はガンマ線の影響で死亡した。

養父のファクトリーには大した設備は無かった……ガンマ線を防ぐ防壁が足りなかったんだ。

 

……あぁ、そうだ。

この部屋のように、今程じゃないんだ。

だから、実験や発明によって蓄積されて被曝したんだ。

 

……自業自得だ。

だけど、罵るつもりはない。

それなりに尊敬はしていたからだ。

 

僕は本名をフィニアス・メイソン・ジュニアへと改名し……『ティンカラー』と名乗り始めた。

 

父と同じように悪人に武器を売り、金を稼ぐ。

 

……目的?

生きる意味?

勿論、ある。

 

妹の仇を討ちたかった。

……いや、違うな。

 

僕は妹を殺したエンシェント・ワンを恨んでいた。

殺したかった……それは妹のためじゃなくて、無力だった過去の自身を克服したかったからだ。

 

だけど、足りない。

奴は至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)と呼ばれているらしい。

そんな魔術師を殺すには……足りない。

 

焦燥感。

それが僕の胸にいつもあった。

 

がむしゃらに研究して、悪人の手助けをして……気付けば数年経っていた。

 

だけど、殺す目処は立たない。

現代の技術、科学で魔法使いを殺せるのだろうか?

底が見えなかった。

 

 

悩んで、悩んで、悩んで……。

 

 

その日が来た。

 

ヴァルチャーと呼ばれる男のジェットパックを作っていた頃、電話が鳴ったんだ。

 

 

「はい、こちらフィックス・イット。どんな物でも直しますし、どんな物でも作ります」

 

 

僕がそう言うと、電話の相手は愉快そうに笑った。

 

 

『初めまして、ティンカラー』

 

 

電話の相手は僕をティンカラーと呼んだ。

感情の乗っていない男の声だ。

 

 

「どんな御用で──

 

『君に素晴らしい提案をしよう』

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「彼は、とある秘密組織の首領(ボス)だった」

 

「……アンシリー・コート」

 

「そう、その通りさ」

 

 

ティンカラーが力なく笑った。

……マスクの下ではこんな表情をしていたのか、と私は思った。

 

酷く疲れた……諦めたような顔。

世界に疲れて、今にも死んでしまいそうな儚さを秘めていた。

 

 

「彼は自身を未来人(タイムトラベラー)と自称していた」

 

「……未来人(タイムトラベラー)?」

 

 

出てきた言葉に私は訝しんだ。

未来人……?

 

いや、だが……この世界では、あり得る話、なのか?

……思い出そうとして……クソッ、こんな時に限って何も出て来ない。

 

そんな様子の私を見て、ティンカラーは息を深く吐き……苦笑した。

 

 

「未来技術を僕に教える代わりに、組織に入るように促したんだ」

 

「…………」

 

「元々、僕は善人じゃなかったからね。悪い組織に入ることに忌避感は無かったよ。それよりも、未来から来た技術の方に関心があった」

 

 

ティンカラーの科学力……その理由が、それなのか。

 

 

「その力があれば仇を殺せそうだと思ったからね」

 

「……だが──

 

「さて、話を戻そう」

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

組織(アンシリー・コート)に幹部として迎え入れられた僕は、自由に過ごさせて貰ったさ。

武器や発明品を提供しつつ、未来の技術を研究する。

 

発明家として、こんな素晴らしい環境があるだろうか?

 

やがて武器を揃えた僕は、エンシェント・ワンの殺害を実行に移すべく情報を集め出した。

 

だけど、魔術師の情報なんて、そうそう簡単に集められなかった。

金に糸目を付けなくても、無理だ。

 

……だから僕は、組織の首領(ボス)に当てはないか聞いたんだ。

彼なら何でも知っていると思ったからだ。

 

そしたら、ピンポイントで欲しい情報を……まるで元から質問内容すら知っていたかのように答えた。

 

 

「……既に死んでいる、ですか?」

 

『そうだ。奴は自身の弟子によって殺害されている』

 

 

僕の手元のタブレットに資料が送られて来た。

……身体に複数の傷がある死体が映っている。

 

その顔は忘れる事が出来ない……そして、あの頃から少しも変わっていない。

エンシェント・ワンの姿だった。

 

 

「そんな、バカな……」

 

『数ヶ月前の話だ。少し、遅かったな』

 

 

首領(ボス)の言葉に眉を顰めた。

……彼は底が見えない。

 

僕の目的を知っているようだったし、エンシェント・ワンが死ぬ事も知っていたのだろうか?

未来人ならば、知っていてもおかしくはないだろう。

 

 

至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)は代替わりした……殺したいか?』

 

「……いえ」

 

『そうか』

 

 

僕が殺したかったのはエンシェント・ワンだ。

至高の魔術師(ソーサラー・スプリーム)という役職ではない。

 

そして、死んで欲しかった訳じゃない。

殺したかったのだ、僕の手で。

 

なのに。

 

 

「…………」

 

 

僕は呆然としていた。

 

生きる理由を失った。

それも、果たせぬまま、突然に。

 

 

だけど。

 

 

目的は失っても、僕は生き続けた。

自死を選ぶ理由もないから、ただ生きていた。

 

無意味に無気力に、流されるように。

……惰性で人の人生を踏み躙る手伝いをしながら、僕は生きてきた。

 

組織に従順な幹部として、罪を重ねていった。

 

 

 

 

 

……ある時、僕は組織(アンシリー・コート)の本部から送られて来た資料データを見ていた。

 

 

「レッドキャップ……ねぇ」

 

 

タブレットに映された情報に、僕はため息を吐いた。

 

組織(アンシリー・コート)の別部署が計画している『レッドキャップ・プログラム』。

初耳ではない、知っていた。

偽物の『超人血清』によって人工的な超人を作る計画だ。

 

その血清は外部からの提供……と、組織の科学者には教えられているが、提供元の『パワーブローカー』は首領(ボス)の作ったLMD(ライフ・モデル・デコイ)だ。

まぁ、つまり……これは首領(ボス)の個人的な実験という事か。

 

首領が未来人であり、科学に聡いという事は他の誰も知らない。

少なくとも、僕の周りでは。

 

彼は秘密主義者だ。

僕だって顔すら見た事ない。

 

……まぁ、『レッドキャップ・プログラム』は既に凍結している。

表向きは費用対効果が薄いから。

だけど、本質は首領(ボス)の目的が満たされたからだろう。

 

成功した被検体が一人完成して、満足したのか。

……それとも、元々一人で良かったのか。

 

首領(ボス)は組織を私物化している。

僕以外の幹部は国家転覆やら、世界征服なんかを必死に求めているけど……首領(ボス)の目的はどうやら違うらしい。

 

それが何かは分からないし、分かろうともしないが。

 

 

そんな成功した被検体……通り名(コードネーム)はレッドキャップ。

……そのレッドキャップのスーツを作成するように依頼されたのだ。

 

その為にレッドキャップの資料が送られて来たんだ。

 

 

身長や腕周り、身体の細部のデータはあった。

 

……女、か。

 

別段、珍しい事でもない。

組織の隠密(スパイ)の殆どが女だ。

 

僕は読み飛ばした。

 

 

そして、動画ファイルに指を這わせた。

……戦闘用のスーツだからね。

スーツを着る人間の戦闘パターンを見る必要があった。

 

 

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 

 

「白磁のような壁に覆われた部屋で、自身と同年代のエージェントと向かい合う少女の姿があった」

 

「…………」

 

「君の姿だ」

 

 

ティンカラーが首を捻った。

 

 

「僕は自分の目を疑ったよ……だって、妹と同じ顔をしていたからね」

 

「……私は、お前の──

 

「悪いけど質問は最後にして欲しいんだ……時間は無限にある訳じゃない」

 

 

私はティンカラーに向けている拳銃、その銃口を下ろしそうになっていた。

 

 

「あの時、僕は……緩やかに死んでいく僕は……生き返ったんだ。止めていた想いが生き返った……君の姿を見て」

 

 

ティンカラーの目が私を見た。

 

 

「妹を生き返らせようと、僕は思ったんだ」

 

 

私と同じように透き通っていた筈の瞳は……深く、濁っている。


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