【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話 作:WhatSoon
映像の中で君は……同僚である筈のエージェントを無慈悲に殺し、顔中に返り血を浴びていた。
……僕の妹と同じ顔した女が、だよ?
気が気じゃなかったさ、直ぐ様に手を回して僕の部下として配属させた。
手元に置いておきたかったんだ。
……この時から、僕は彼の事をあまり信用していなかった。
重要な事を幾つも黙っていたからね……信用する事なんて出来る筈がない。
僕は『レッドキャップ』を教育する係としての立場を得た。
そして、君にスーツを与えた。
レッドキャップという名前に相応しい赤いマスクと、最高品質のプロテクターを。
別の幹部から不審に思われないように仕事も振った。
……君が一般市民を殺す事が少なかったのは何故だと思う?
妹の体で、そんな事をして欲しくなかったんだ。
人殺しなんて……僕のように罪人になって欲しくなかった。
だけど、だからと言って『レッドキャップ』を組織のメンバーは無視する事はない……だから、悪人の処分を優先的に回してたのさ。
可能な限り、だけどね。
目撃者は殺さなくてはならない……敵対者も。
それは仕方のない事だと、僕は割り切っていた。
実際に手を下すのは君なのにね。
◇◆◇
「つまり、君は……僕の命令で人を殺していたんだ」
「……お前の」
今まで殺して来た人間の顔、名前、声が浮かぶ。
喉まで来た吐き気を飲み込む。
代わりに言葉を吐く。
「……ティンカラー、お前は私が憎いのか?」
「君こそ、僕が憎くないのかい?」
銃口を向け合いながらも、共に引き金は引かない。
私は引けない……ここで死んでも良いとすら思っているからだ。
ティンカラーが引かないのは……妹の身体を傷つけたくないからか?
……いや、それなら何故、『S.H.I.E.L.D.』に私の身柄を渡すんだ?
「……答えは、最後まで聞いてからでも良いんじゃないかな?」
◇◆◇
君に仕事をさせ続けて……数年。
僕は独自の情報網から、あるヒーローの名前を知ったんだ。
スパイダーマン……僕の妹が憧れていたヒーローだ。
エンシェント・ワンの言った通り、妹の妄想は現実で……未来まで見通していた。
僕は気になって調査したけれど……大したヒーローじゃなかった。
街の人が困っていたら助ける程度の、規模の小さいお節介焼き。
少し僕が調べれば正体すら暴けてしまう程の存在。
組織の敵にもならないような、小さな蜘蛛だ。
だけど、妹が憧れていたってだけで……僕の脳裏にずっと引っかかって居たんだ。
そして、一年前。
パニッシャーによって君の仮拠点が破壊された時……好機だと思ったんだ。
エンシェント・ワンは君の記憶を『消した』と言っていた。
実際に君は覚えていなかった……だけど、何かをキッカケに思い出すかも知れないと……思ったんだ。
君の脳波は僕の作った赤いマスクを通して回収していた。
君は……そう、特殊な能力を持った人間……特にヒーローと会う時に脳波が乱れていた。
理屈は分からないけれど、脳を刺激すれば失った記憶も戻るかも……なんて考えてたんだ。
だから、君の拠点をスパイダーマンの居るクイーンズへと移させた。
それに、スパイダーマンの正体であるピーター・パーカーと同じ学校に……クラスまで合わせて送り込んだ。
彼の隣室に拠点を指定したのも僕さ。
そして、想定通り……いや、想定より少し早く接触して、干渉し始めた君達を見た僕は……実物を見たくなったんだ。
僕の妹と同じ顔をしている女の……。
スーツを新調するついでに、僕は君を呼び出した。
マスクまで付けて、正体をバレないように注意してね。
記憶を失っていたとしても、不安だったんだ。
……あぁ、違うな、合わせる顔がないって思ってたのかもね。
とにかく、呼び出した君に何かと屁理屈を言って、マスクを脱がせて──
「……満足か、ティンカラー」
思わず、思考が停止してしまったんだ。
妹と同じ顔……肉体だと知っている。
声だって。
だけど、映像や写真では見ていても……実物を見るのは……違う。
僕は罪を突きつけられた気がしたよ。
今までして来た事は……非道な事だった。
妹は許してくれないだろう、とも。
酷く気分が落ち込んでね、君に不審がられてしまった。
……だけど、僕はやるべき事をやるって決めていた。
◇◆◇
「あの時、君に渡した電子メジャーだ」
ティンカラーが机に無造作に置かれていた、丸い輪の形をした機械を手に取った。
「これは体のサイズを測るだけじゃない……人体を透過して血管や骨、筋肉繊維、内臓……ありとあらゆる物の情報を得られる」
リングを机に戻した。
「それこそ、君の完全な
私の脳裏には、物言わぬ私の人形があった。
「……あの
「そう、あの時のデータで作ったんだ……この時はまだ、作る予定じゃなかったけどね」
◇◆◇
僕は君の脳裏に存在している妹の人格を引き出し、上書こうとしていた。
それによって妹は蘇ると、そう思っていた。
家族で暮らしていた時代の記憶だけ残して、他は全て消す。
そうすれば以前の妹と同様の存在になるって……思っていた。
だけど、脳の情報を集めても手掛かりは掴めない。
……ジャージマフィアの時を覚えているかい?
スパイダーマンが何故間に合ったと思う?
警官達に情報を回し、それを彼に傍受させたからさ。
当の警官達は現場に到着する前に死んでいるけどね。
そうやって幾つかの刺激を与えて……君は……スパイダーマンを助けるために組織に隠れて、リザードと戦った。
あの時、僕は初めて知った。
君『も』スパイダーマンに憧れていた。
君が僕に詰め寄られて、困ったような顔をしていて……。
あの時、僕は君に処分を下すために呼んだのに……。
もう、君の事は殺せなくなってしまった。
妹だとは思えなかったけど、それでも……別人だとしても、大事に思えたんだよ。
君の姿を見て同情したんじゃない。
僕は妹の面影ある君の『人格』に、同情してしまった。
僕は……もう、手を出せなくなっていた。
◇◆◇
「だから、君の
ティンカラーが疲れたように笑う。
「……復旧した記憶を
ティンカラーが視線を下げた。
「スーツをフィッティングさせている間に、君の脳をスキャンした。未来の技術は凄いんだよ?一時間あれば記憶のバックアップだって取れるほどに」
私は妙に時間の掛かる……スーツのフィッティング作業を思い出した。
「だけど、どれだけ解析しても、妹はどこにも居なかった……」
ティンカラーが表情を歪めた。
「君に幾つもの任務を与えて、何度、記憶を刺激しても……蘇らない」
「…………」
「それはそうさ。僕が『思い出していた』と思っていた記憶は……眠っていた記憶を呼び覚ましていた訳じゃなかった。君が新たに『別の宇宙』から引き出した記憶だった」
……私は下唇を噛んだ。
彼は私を苦しめていたが……私も彼を苦しめていたのだ。
「僕の妹は……エンシェント・ワンの言った通り、削除されていたんだ」
ティンカラーの目は濁っている。
そこが見えない程に……どれだけ苦悩してきたのか、計り知れない程に。
「……失った物は、もう戻らない。簡単な話で、当然の事だった」
ティンカラーが深くため息を吐いた。
「……ティンカラー」
「どうだい?碌な人間じゃないだろう?」
「……あぁ」
悩んだ末に肯定した。
そんな私の返答に満足して、ティンカラーは笑った。
「僕は『死んだ方がいい人間』だと思わないかい?」
「あぁ」
その肯定に、ティンカラーが力なく笑った。
……私は目を少し瞑り、口を開いた。
「だが──
目を開いて、真っ直ぐにティンカラーを見た。
「私はお前に感謝している。ティンカラー」
「……そうかい?」
「お前が何を思っていたとしても、何を考えていたとしても……私を地獄から救ってくれたのはお前だ」
あの白い部屋で殺し合うだけの生活から、私にプライベートな時間を与えて……そして、友人を作る機会までくれた。
恨む理由はない。
私の言葉にティンカラーが眉を顰めた。
「……そういう返答が欲しくて、こんな話をした訳じゃないんだけど」
「それなら──
私は少し間を置いて、口を開いた。
「どうして、私にドレスをくれたんだ?」
私は黒いカジュアルなドレスを思い出した。
ピーターと別れた時にも着ていた、ドレス。
「……どうだって良いだろう?」
「私に休みを与えようとしたのは何故だ?」
夏期休暇中、仕事を割り振らないようにしていた。
お陰で、私はピーター達と夏期旅行に行く事が出来た。
「……それも、どうだって良いだろう?」
「ハーマンを何故、助けた?私を守ろうとしたのは何故だ?」
「…………」
「何故優しくする?何故気にかける?どうしてだ?」
幾つもの疑問を並べる。
だけど、何となく……私は答えを分かっていた。
「……何が言いたいんだい?」
「どうでも良くない……ティンカラー、お前は私を──
「違う」
ティンカラーは首を振った。
「君を妹と重ねていただけに過ぎない……君の思うような優しい人間じゃない」
私はティンカラーに構えていた銃口を下ろした。
元から撃つつもりは無かった……だから、この行為に意味はない。
ただ、もう銃口すら向けたくない。
「それなら今すぐに私を撃て、ティンカラー」
「…………」
「撃って逃げれば良い」
ティンカラーは険しい顔をするだけで、引き金は引かない。
私は、その様子を見て鼻で笑った。
「それが答えだろう?」
返答はない。
無言こそが、肯定だった。
「……まぁ、そうだね。認めるよ」
……私は逆に質問をする事にした。
「ティンカラー、私はどうなんだ?お前なんかよりも、余程『死んだ方がいい人間』だ」
私は自嘲しつつ、一歩引いた。
「私は脅威を呼ぶ存在なんだろう?」
「…………」
「記憶を持って生きているだけで、人に不幸を撒き散らす存在なのだろう?」
「……いいや、違う」
ティンカラーは首を振った。
濁った目は私を見ていた。
「僕は二度と自分の力不足で……大切な人を失わないために生きてきた……今なら、そう言える」
帰ってきた言葉に、私は小さく頷いた。
「ティンカラー」
「僕はね、君に……生きて欲しいんだ」
「……私に?」
「死んだ妹と同じ存在じゃなくても良い……世界に災厄を振り撒くとしても……僕は悪人だ、そんなの関係ないね」
ティンカラーが銃口を上に向けた。
そして、笑った。
「……君は死んだ僕の妹ではない」
「そうだな」
「だけど……君も妹だ」
「……そうか?」
私は首を傾げた。
「妹は二人いる。それでいいんだ……」
ティンカラーが苦笑した。
力なく、だけど救われたように。
「君は死んだ妹とは別人だ……だけど、君も妹だ」
「……だが」
「僕にとっての話だ。君は僕を兄だと思わなくても良いさ」
ティンカラーの言葉に眉を顰めて……それでも、私は否定しない。
否定してはならないと思った。
彼は満足そうに頷いて……口を開いた。
「僕の本名は『フランクリン・ワトソン』だ。父の名前は『フィリップ』、母は『デイジー』」
脈絡のない発言に、私は反応出来なかった。
何を言いたいのか分からなかった。
「妹の名前は……いや、いいや。君には君の人生がある……囚われる必要はない……だけど、そういう人間がいたって事は覚えていてほしいんだ」
そう言って、ティンカラーは笑った。
意味が分からなくて……私は口を開こうとして──
「僕の死体は好きにしていい……君が生きるためなら、どうしたっていい」
「……何を、言ってるんだ?」
その言葉に思考を止めた。
ティンカラーが手に持ったハンドガンを、自身の頭に向け──
「やめっ──
「君は幸せに生きるんだ……ミシェル・ジェーン」
発砲音。
ゆっくりと、目の前で、倒れていく。
血が、撒き散らされた。
脳漿を……。
壁に赤い花が咲いて、身体は地面に倒れた。
私が伸ばした手は間に合わず……宙を彷徨った。
急に、静かになった。
先程まで、戯けるように話していた男が、話さなくなった。
ジリジリと何か、機械が動いている音だけが耳に響く。
「え、あっ……」
動かない。
喋らない。
笑わない。
私にもう、皮肉を言う事もない。
優しくしてくれる事はない。
「は、はっ……そんなっ……え……」
視界に綺麗過ぎる赤色が散っていて……私は呼吸を乱した。
「なんで……ティンカラー、お前……何故……なんで」
意味が分からない。
何故、死ぬ必要があった?
いや、分かる。
分かりたくないだけだ。
彼の死体が、私に必要だからだ。
「私の為に……お前の、妹……私の、何故……」
ティンカラーは私を『新しい妹』と言った。
共に過ごした思い出がある訳じゃないのに。
私は世界に迷惑をかける存在なのに。
どうして、ティンカラーが死ぬ必要があるんだ?
私が、ただ生き延びる為だけに……私がお前を殺さなくて済むように……自らの手で?
「……そ、そんなのっ、そんな……」
幸せに生きろ?
そんな価値は私にはない。
だけど、それを否定する事は、ティンカラーの最後の想いを踏み躙る事じゃないのか?
……あぁ、いや、違う。
ティンカラーが何の考えもなく、こんな事をする訳がない。
そうだ、違う。
違う、違う、違う!
「こ、これは……
周りを見渡す……物音はない。
残酷な程の静寂が、部屋を包んでいた。
「……ティンカラー?」
分かっている。
これは本物だ。
これが偽物なら……こんな私を悲しませる為だけに、こんな事をする必要はない。
ティンカラーは無駄な事を嫌う。
もし行うとしても……私に相談して、行う筈だ。
だから、分かってしまう。
これは……目の前にある、死体は──
「……ぁ、あぁ……」
本物だ。
「…………」
私は膝から崩れ落ちそうになる感覚を、抑えながら……ティンカラーに近付く。
……薄く、笑っていた。
手を使って、瞼を閉じさせる。
眠るように、死んでいる。
彼は、死んで当然の人間だったのだろう。
……でも、こんな理由で死んで良いのだろうか?
私なんかの為に、死ぬなんて。
そんなの。
「そんなの、って……」
ない。
あり得ない。
おかしい。
普通じゃない。
体液が涙腺から出る。
喉が痛む。
咳き込む。
「……生きろ、生きろ……なんて」
幸せに生きる?
「そんなの、耐えられない……」
罪の意識が私を苛む。
死にたい。
終わりにしたい。
何もかも。
だけど、死ねない。
死んだら、ティンカラーの命を無駄にした事になる。
ティンカラーだけじゃない。
今まで私が殺してきた、踏み台にしてきた命を、無駄にする。
だけど、私は死ぬべきだ。
だけど、死ねない。
だけど、だけど……。
「生き、なきゃ……」
……私はナイフを抜き取る。
組織は、ティンカラーの首を持ってくるように指示していた。
ナイフを……ティンカラーの、ティンカラーだった死体に押し当てる。
メンテナンスを怠って刃こぼれしたナイフは、皮膚と筋肉繊維を傷付けるだけで、綺麗に切断する事は出来なかった。
力を込めて、引く。
押す。
引く。
引いて、押して、引いて、押す。
ぶちぶちと千切れるような感触が手に残る。
……やがて、ティンカラーの頭と身体は分かれて、私は……それを抱き抱えた。
今まで死体を見ても、何も思わなかった。
それは真に大切な人ではなかっただけだ。
こんなにも苦しい。
こんなにも悲しい。
ティンカラーは……私が気付いていなかっただけで……私にとって、大切な存在だったんだ。
そんな相手を、私が殺したようなものだ。
死体を辱めた。
……手に残った感触に、私は──
「うっ──
吐いた。
「お、えっ……ぐ、はっ……」
ティンカラーの頭が、床を転がる。
床に付着した血で汚れる。
血と、涙と、吐瀉物が混ざる。
「はっ、はぁっ……う、ごほっ」
息を荒らげて、咳き込む。
死にたい……だけど、自死は出来ない。
ティンカラーに生きろと望まれてしまった。
それは呪いだ。
安易に死を選ばせてくれない、呪い。
「誰か……」
だから、私は他人に望む事しかできない。
「誰か……私を……」
終わらせてくれる事を。
「私を、殺してくれ……」
私の全てを終わらせて、解放してくれる相手を。
私は探していた。