【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#98 レスト・イン・ピース part5

ビルからビルへ、谷間の暗闇を切り分け、赤い残像が夜のニューヨークを翔ける。

 

スパイダー・ドローンと僕自身、騒ぎが起きていないか探している……だけど。

 

 

「……今日に限って……静かだ……」

 

 

いつもは騒がしいニューヨークなのに……今日は静かだった。

それは雨が降っていたからか?

……その所為で人影が少ないのが理由だろう。

 

雨が降っているのに外に出ようなんて人は少ない。

 

薄らと濡れたビルの縁に張り付いて、ドローンの映像に目を向ける。

 

 

「カレン、何か怪しい人影は?」

 

 

スーツに搭載されている人工知能へと問い掛ける。

……異常があれば連絡するだろうけど、手掛かりを見つけられない僕は焦っていた。

 

 

『ありません』

 

 

顔を顰めて、深く息を吐く。

 

落ち着け……落ち着くんだ。

焦っても事態は良くならない。

探し人も見つからない……。

ミスも増えて、判断も鈍る。

 

だから、落ち着くんだ。

 

 

僕はビルを駆け上がり、夜風に晒される。

スーツ越しに冷たい風が頭を冷やしてくれる。

 

……街灯の半分が暗くなっている。

夜遅くまで空いている飲食店達も、閉まり始めている。

 

……成果はない。

ディフェンダーズの皆だって、グウェンだって……後から合流したハリーも、誰も手掛かりを掴めていない。

 

……ミシェル。

彼女は一体何処に居るのだろうか?

無事、だろうか……今は何を……。

 

思いを馳せて、僕は自分の顔を叩いた。

こんな事、今は考えている場合じゃない。

足を動かさなきゃ。

 

 

そう思って、ビルの縁へ足を掛けて、飛び降りようと──

 

 

着信音が鳴った。

 

 

スターク社製のスマホと共有している、スーツ内部からだ。

電話じゃなくて、メール……僕は宙に仮想パネルを表示させて、手で操作する。

 

通知欄を開いて……目を見開いた。

 

 

「ミシェル……?」

 

 

そこにはミシェルの名前があった。

連絡先に登録していたミシェルからの、メール。

 

慌てて僕はメールを開いて……膨大な文字列を見た。

それも一見、出鱈目に文字化けした文字列だ。

 

 

「……なんだ、これ?」

 

 

数種類の文字コードで変換しても、分からない。

……これは手紙じゃなくて、何かのデータファイルだ。

 

 

「カレン、解析を」

 

 

指示しつつ、ドローンをスーツへと収納する。

解析にキャパシティを割いて、僕は壁へもたれ掛かる。

 

 

『解析、完了』

 

「……ありがとう、内容は?」

 

 

僕はカレンへ訪ねた。

 

 

『搭載されている地図作成(マッピング)ソフトウェアとデータフォーマットが一致しました。表示しますか?』

 

 

僕は眉を顰めた。

 

 

「……OK、頼んだ」

 

 

……このスーツに搭載されているシステムは、スタークさんが作った独自システムだ。

それにデータの形状が一致した物を送ってくるなんて……メールの送り主は誰なんだ?

 

 

視界に地図が表示される。

 

まるで蜘蛛の巣のような構図だ。

張り巡らされた糸のように道は、ニューヨーク全土を覆っていた。

 

 

僕のすぐ側にも、指定されたラインが繋がっている。

 

その表示場所の高度から見るに……地下だ。

 

 

「……カレン。以前、僕が地下で戦った時の座標データと照らし合わせて」

 

『かしこまりました』

 

 

レッドキャップ……いや、ミシェルを追って地下に入った時の座標データ……それを割り当てると……一部が一致した。

 

僕が地下で追いかけてた時の通路と同じ。

つまりこれは、あの地下迷路の地図データなのだ。

 

 

「…………」

 

 

僕は地図データを見ながら、ビルから飛び降りる。

ビル壁の縁や窪みに手や足を引っ掛けて、速度を落とし……地面で受け身を取る。

 

裏通りに目を向けて、足を進める。

 

 

「……あった」

 

 

あったのは……一見すると何の変哲もないマンホール。

 

だけど、地図データでは……これが地下通路の入り口だという事を教えてくれている。

 

 

メールを送って来たのはミシェルではなさそう……だから。

 

罠なのだろうか?

誘き出そうとしているのかも知れない……。

 

何の理由で、誰が、何故、僕に?

 

 

……地図データには目的地の座標データまで入っていた。

僕の目にはAR表示で、赤い点が表示されている。

そこが何処なのか、何があるのかも分からない。

……正直に言えば、凄く怪しい。

 

マンホールに手を掛けて、ずらす。

先の見えない暗闇が、下へ下へと続いている。

 

喉を鳴らす。

奥底で大きな化け物が口を開いているような気がした。

 

 

「……いや」

 

 

額を揉む。

……多分、これは疲労による幻覚だ。

 

寝不足で気が弱くなっているに違いない。

 

 

「……怯えるな、ピーター・パーカー」

 

 

罠だとしても、手掛かりがない今は。

藁にでも縋る気持ちだとしても。

行くしかない。

 

……他のメンバーに地図の画像データを送りつつ、マンホールの中に飛び込んだ。

 

 

 

 

深く、深く、降りていく。

途中で梯子に手を掛けて、減速しつつ……コンクリート製の床へと着地した。

 

……周りを見渡す。

先日来た時と同じ……蛍光灯が均等に並んでいるトンネルのような景色が続いている。

 

 

僕は地図を頼りに……歩き出した。

周りを警戒しつつ、少し早めに足を進める。

 

 

5分か、10分……いや、15分は歩いた。

この地下迷宮は広い……本当に、よくも誰にも気付かれずに作ったものだ。

 

……いや、違う。

ニューヨークには地下鉄だって広がっている。

巨大な権力を持っている人間が作ったんだ。

 

 

敵は大きい……それでも、足を止めず進む。

 

 

そうして、金属の梯子に到着した。

 

 

……地図データでは、一度登るみたいだ。

僕は足を掛けて、上へと登る。

 

入った時と同じようにマンホールを開けて、到着したのは……。

 

 

「ここは……?」

 

 

ニューヨークの路地裏だ。

ただ、周りはビルに囲まれていて窓もなく……不自然に人の目が付かないようになっているビル達の隙間だ。

窓もドアも……一つの建物を除いて、ここを見る事は出来ない。

 

 

そう、その一つ……看板のない金属製のドア。

僕はそのドアノブに指を掛けた。

 

 

捻る。

 

 

……鍵は開いている。

ラッチ部分には鍵を掛けるための構造があった。

 

敢えて、開けられていた……そう考えるのが妥当だろう。

 

 

「…………」

 

 

部屋の中に頭を入れて、覗き込む。

かなり狭い部屋だ。

 

物置のようで、雑多に色々なものが並べてあった。

金属の杭みたいな道具、木材、歯車。

工作用の道具、素材置き場って感じだ。

 

足を入れて、ドアを閉じる。

ガチャリ、と閉まる音がした。

 

……スーツの胸の部分を二度叩いて、ドローンを分離する。

 

 

「カレン、地下への道を探して」

 

 

この小部屋が目的地として設定されてはいない。

ここの真下を真っ赤なピンが指し示している。

 

ドローンが部屋の中を探し回っている間に、僕も床を調べる。

軽く叩いても、空洞があるような音はしない。

 

僕は顔を上げて……壁に掛けられた妖精の絵を見た。

 

 

「……これって」

 

 

注目したのは額縁……擦れたように、左下部分の縁が削れている。

まるで、右上を支点として回したような──

 

指を引っ掛けて、絵を額縁ごとズラす。

 

右上は固定されているけど、それ以外は固定されていなかった。

絵が回転して、背面が露出する。

 

 

「……やっぱり」

 

 

露出した部分は壁紙が剥がれて、金属の壁が露出していた。

そして、その金属部には……エレベーターのように上と下のボタンがあった。

 

ドローンを再度収納し……恐る恐る下へのボタンを押す。

 

 

ガコン!

 

 

と金属の留め具が外れる音がして、部屋ごと落下していく。

……この小部屋、全体がエレベーターなんだ。

 

 

超感覚(スパイダーセンス)に集中しつつ、部屋の隅で身構える。

……反応は無く、やがて下降していく感覚は無くなった。

 

 

見渡す。

 

 

元々、この部屋には窓は無かった。

唯一、出られる出口は入って来た時と同じ金属製のドアだ。

 

ちらり、とそちらを見ると入って来た時と同じ形状のドアがあった。

 

……息を少し吐く。

全身に軽く力を込めて、緊張している体を解す。

 

そして、再度ドアノブを捻った。

押し退けると……軋む音がした。

 

 

……そして、異臭。

マスクの下ですら感じられる血の臭い。

 

 

顔から血の失せる感覚がした。

冬はもう終わったと言うのに、肌寒く感じる。

 

 

分かってる。

……この寒気は、僕の感じている恐怖だ。

 

 

息を吐いて、腹に力を込めて……足を進める。

 

部屋は薄暗い。

電飾は壁に埋め込まれているが、時折、点滅をしている。

 

壁の材質は……少なくとも石やコンクリートではない。

金属、それかプラスチック。

 

何も映していないモニターや、プロジェクター。

何かの工作に使えそうな機械。

 

小部屋とはまるで違う、まるでSFに出てくる秘密基地だ。

 

 

……僕は超感覚(スパイダーセンス)を研ぎ澄ませながら、奥へと歩く。

 

首を振り……壁に立て掛けられた装置を見た。

それは人が背負えるバックパック……ジェットエンジンのようなものと、金属製の羽根が生えている。

 

 

「……これは──

 

 

見覚えがあった。

ニューヨークの空を飛ぶ、緑色のスーツを着た老人。

背中には羽根の生えたバックパック……そう、目の前にある装備を着ていた。

 

 

「『バルチャー』のバックパック……?何故、ここに?」

 

 

僕は薄暗い部屋で目を凝らし、他の装備を見る。

 

緑色のアーマースーツだ。

下半身からは長い尾が生えていて、先端には槍先のような物が生えている。

 

 

「『スコーピオン』まで……」

 

 

狙った所に放電できる腕に装備できる装置……電気を通さない絶縁スーツ、巨大なバッテリー。

これも、僕の知ってる悪人の装備だ。

 

 

……間違いない。

ここは悪い科学者の秘密基地だ。

 

僕は壁に張り付き、警戒する。

物音は……しない。

超感覚(スパイダーセンス)にも反応はない。

 

息を殺しながら、先へ、先へと進む。

 

 

……僕を呼び出した奴は、ここにいるのだろうか?

物音はしない、誰もいないように感じるけど。

 

 

仕切られた部屋の奥へ……そこは暗闇だった。

壁に手を当てて滑らせると、何かの小さなレバー型のスイッチに触れた。

 

拙い、と思った時には遅かった。

触れた弾みでカチリ、と音がしてレバーが跳ね上がる。

 

その瞬間、明かりが灯された。

 

照明のスイッチだったみたいだ。

……変な機械のスイッチじゃなくて良かった。

 

 

安心しつつ、僕は視線を下げて──

 

 

「っ!?」

 

 

血の臭いの正体が分かった。

 

黒いアーマーのようなスーツ……そのスーツの首から上は存在していない。

首から上を切断されている死体があった。

 

 

「……ぅぐ」

 

 

思わず大きな声が出そうになって……無理矢理押し込む。

 

……指に何か、感触があった。

 

さっきまで手が触れていたスイッチには血が付着していた。

乾燥して少し固まっているけれど、まだ時間はあまり経っていないようで……ほんの少し、手に付いてしまっていた。

 

視線を逸らし、部屋の隅にある机を見る。

……机の上には黒いマスク。

フルフェイスのヘルメットだ。

 

足元の死体から連なる血は……机の前の椅子から続いている。

 

そして、途切れて……電灯のスイッチがある壁にも付着していて──

 

 

ドアが軋む音が聞こえた。

僕が先程入って来たドアだ。

 

 

「…………」

 

 

僕は息を殺しながら、部屋の隅に隠れる。

壁に手をくっ付けて、仕切りの裏へと移る。

入って来た時に気付かれないようにするためだ。

 

 

カチャリ、カチャリ、と金属が擦れる音がする。

何者か……武装した誰かが、ここに入って来たんだ。

 

僕は壁に張り付きながら、超感覚(スパイダーセンス)を研ぎ澄ませる。

 

ディフェンダーズの誰か……とは思えない。

マップのスクリーンショットは送ったけど、来るには時間が早過ぎる。

 

 

足音が近付く。

 

 

僕は(ウェブ)シューターを仕切りの間に向けて──

 

 

カチャリ、と誰かが入って来た。

 

 

僕はその正体を確認せず、(ウェブ)を放った。

 

(ウェブ)は直撃して、何者かの腕に付着した。

それは人よりも太い……アーマーで覆われた腕だ。

 

黄色と茶色のアーマー。

 

初めて見る姿だけど……そのカラーリング、雰囲気には覚えがあった。

 

 

「ハーマン……!?」

 

 

『ショッカー』と呼ばれる男だった。

 

ハーマンは腕に付着した(ウェブ)に驚いていたが、すぐ様に僕のいる位置に気付いたようだ。

 

 

「てめぇ!なんで、ここに……!」

 

 

マスクの下で苛立った声を上げながら、僕にその腕を向けた。

 

超感覚(スパイダーセンス)が危険を知らせている。

だけど、驚いてしまって一手遅れた。

 

幸い、(ウェブ)が腕に巻きついて……ダメだ、効果がない。

手を拘束しても、手甲(ガントレット)の起動を止められない。

 

咄嗟に避けようとして壁を蹴り、跳ね上がる……けど、ハーマンの腕先は僕を追っていた。

まずい、避けられない!

 

黄色い衝撃波(ショックウェーブ)が放たれた。

 

揺れる。

衝撃が身体を、骨を、内臓を貫いた。

 

今まで食らっていた時よりも、衝撃が強い。

明らかにパワーアップしていた。

 

脳が揺さぶられて、一瞬意識が飛びそうになりながら……壁に衝突した。

 

 

「う、げほっ……!」

 

 

大きな音がして、辺りの物も揺れる。

そして、近くにあった装置が倒れてくるのが見えた。

 

……ゆっくりと、こちらに落下してくる。

 

僕の方へと……あぁ、避けなきゃ!

 

意識が朦朧としていた。

僕は落ちて来た装置を、横に側転して避ける。

 

 

再度、衝撃波(ショックウェーブ)が僕へ迫る。

スタークさんの作ったナノマシンスーツを貫通するなんて、凄いパワーだ。

 

壁への損傷から衝撃が大きくなっている訳じゃない。

振幅が大きくなっている訳でもなさそうだ。

 

より人体にダメージが入るように振動を刻む周期が短くなってるんだ。

より細かく、回数を増やし……ダメージを増やしている。

 

 

あぁ、本当に厄介だ。

 

何度も当たってしまったら、本当に気絶してしまう。

 

僕は(ウェブ)を上に放ち、強く引っ張る。

反動で飛び上がり、天井を這うように作られている太い金属パイプを掴んだ。

 

衝撃波(ショックウェーブ)は僕の居た場所にぶつかり、倒れていた機材を弾き飛ばした。

 

 

「チッ!」

 

 

ハーマンの舌打ちが聞こえた。

 

僕は新体操のように逆上がりをして、別のパイプに足をつける。

そのまま付着させて、逆立ちをしながらハーマンを見た。

 

手甲(ガントレット)は僕に向けられている。

 

 

僕は声を振り絞る。

 

 

「ハーマン!何でここに──

 

「てめぇこそ、何でここにいやがる!」

 

 

ハーマンが怒鳴りながら、僕から目を逸らし……首のない黒いスーツを着た死体を見つけた。

 

 

「あ……!?」

 

 

驚いた様子だ。

 

あの死体はハーマンの所為ではないようだ。

ショックを受けている……もしかして、ハーマンの知り合いなのか?

 

 

「それは君の知り合いか……!?」

 

「あぁ!?お前がやっ──

 

 

言葉の途中で、ハーマンが僕へ視線を戻した。

 

 

「……いや、違ぇな。お前は、こういう事をする奴じゃねぇ」

 

 

そう言いつつも、手甲(ガントレット)は下げない。

……あっちも分かってないみたいだ。

 

 

「ハーマン……少し、話し合わないか……!」

 

「てめぇを気絶する寸前までブン殴ってから、考えてやるよ!」

 

 

超感覚(スパイダーセンス)に強い反応……攻撃の予兆だ。

 

僕は(ウェブ)を足元のパイプに付着させて、落下する。

そのまま腕を振り、振り子のように大きく動く。

 

 

「チッ!」

 

 

ハーマンはそのまま、僕へ手甲(ガントレット)を向け直し……発射した。

僕は(ウェブ)を切り離し、もう片方の腕で再度(ウェブ)を発射する。

 

それはハーマンの頭上にある金属パイプとくっ付いて、そのまま僕はぶら下がりながらハーマンへと迫る。

 

スイングをしながら、足を突き出し──

 

 

「うがっ!?」

 

 

飛び蹴りを繰り出した。

だけど、蹴った感触は鈍かった。

 

……あのスーツ。

レッドキャップのスーツ程じゃないけど、衝撃を吸収する力があるみたいだ。

 

僕はそのまま宙で回転し、着地する。

ハーマンは……よろめいて数歩、後退した。

 

その顔は僕へと向けられている。

 

 

「て、めぇ……!」

 

「ハーマン!僕は今、戦うつもりはないんだ!」

 

 

僕の言葉を聞きながらも、手甲(ガントレット)を向ける事はやめない。

 

僕は視線をずらして、首のない死体を見る。

ハーマンもつられて、その死体を見た。

 

 

「戦ってる場合じゃないと思うんだ……だから、ハーマン」

 

「……クソが」

 

 

ハーマンが落ち込んだような、苛立つような声を漏らしながら……手甲(ガントレット)を降ろした。

 

 

「……てめぇの知ってる事、全部話せ」

 

 

戦う意志はもう、無いみたいだ。

僕も安心して、ハーマンに向けていた腕を下ろす。

 

そのまま近付いて、ハーマンの前に立つ。

ハーマンは……睨み付けるように僕を見ている。

 

 

「僕が知ってる事は少ない。ここに来た時にはもう……僕だってさっき来たんだ」

 

「あぁ?じゃあ……何で、ここの位置を知ってるんだ?てめぇ、何を知ってんだよ」

 

 

ハーマンが僕へ近付く。

腕が肩にぶつかって、僕は一歩後退りをした。

 

 

「ここには、えっと……」

 

 

言うか、言わまいか、悩んで……僕は息を深く吐いた。

 

 

「ここへの地図がレッドキャップ……の持っていた端末から、メールで送られて来たんだ」

 

「……嘘を吐くなら、もっとマシな嘘を吐け」

 

 

ハーマンが僕の肩を小突こうとして、咄嗟に避けた。

 

 

「……チッ」

 

 

舌打ちをしながら、ハーマンは僕を睨んだ。

マスク越しでも分かる……ピリピリと、首の裏が痛む。

 

超感覚(スパイダーセンス)は、目の前の人間の敵意を感じ取っていた。

 

 

「嘘じゃない」

 

「じゃあ何でだよ。何で、お前がレッドキャップの連絡先を知ってるんだ?」

 

「それは……」

 

「言えよ、お前はアイツの何なんだ」

 

 

ハーマンの腕がピクリと動いた。

返答次第では攻撃するつもりに違いない。

 

……僕は、逆に質問を投げた。

 

 

「逆に君は……レッドキャップを、彼女の事を何処まで知ってるんだ?」

 

「あぁ?何で、それをお前に話す必要があるんだよ……ブッ殺されたいのか?蜘蛛野郎」

 

 

手甲(ガントレット)が黄色く光る。

……ハーマンはレッドキャップと仲が良かった様子だった。

僕が探りを入れる事で、警戒しているのだろう。

 

……あぁ、もう。

 

……こうやって、互いに疑って……戦っている暇はない。

 

 

僕は胸のマークを叩いて……マスク部分を解除する。

素顔を晒し、ハーマンと相対する。

 

 

「あぁ?」

 

 

ハーマンが不可解そうな声を出した。

 

 

「僕は彼女のクラスメイト……いや、友人なんだ」

 

「……てめぇ、あの時のクソガキか」

 

 

その言葉に……僕は気付いた。

彼女とデート、していた時……スーツを着ていない状態でハーマンと僕は出会っている。

 

その時、ハーマンはミシェルを見ていた。

……やっぱり、知っていたみたいだ。

ミシェルの顔を……レッドキャップのスーツの下を。

 

 

「……ミシェルのこと、知ってるんだ?」

 

「誰だ?あぁ、いや……そうか、そんな名前だったのか……?いや、偽名……」

 

 

ブツブツと呟きながらハーマンが腕を上げて……僕に向ける事はなく、自身の顎を触った。

 

そしてまた、僕を見た。

 

 

「お前、アイツをどうするつもりだ?」

 

「……助けたいんだ」

 

「助ける?どうやって、何から?」

 

「それは──

 

「そもそも、アイツに助けはいるのか?助けてくれって言われたのか?あぁ?」

 

 

矢継ぎ早に捲し立てられて、一瞬怯んでしまった。

だけど、僕は折れない。

 

彼女を助けると誓ったんだ。

僕自身に。

 

 

「分からない」

 

「分かんねぇ?そんな半端な気持ちで──

 

「まだ……僕は、彼女と話し合えていないんだ」

 

 

僕の言葉にハーマンが黙った。

 

 

「話し合えても居ないのに……勝手に別れて……サヨナラなんて……二度と会えないなんて……嫌なんだ」

 

「……自分勝手だな」

 

「分かってるよ……そんなの、僕だって──

 

 

視線を少し下げる。

 

 

「それでも……彼女と話し合って……僕は彼女の事を知って……何からかは分からない」

 

「…………」

 

「だけど、僕は……彼女を傷付けるモノから……助けたい」

 

 

纏まってない思考が、言葉になって……ハーマンが、ため息を吐いた。

 

……あまり、論理的な話ではなかった。

ハーマンは納得していない様子だった。

 

だけど──

 

 

「……チッ、今回だけだ」

 

 

ハーマンの声が聞こえた。

僕は顔を上げる。

 

 

「ハーマン……」

 

「『ショッカー』だ……あぁ、クソ。マジで焼きが回ったのか?ガキどもに当てられて……クソだ。クソ、クソ……」

 

 

苛立った様子で、僕の肩を軽く叩いた。

……避けれたけど、僕は避けなかった。

 

 

ハーマンに腕を引っ張られて……首のない死体の前に立った。

 

 

「……ハーマン、これって」

 

「『ティンカラー』だ」

 

 

知らない名前に僕は首を傾げた。

僕の様子に気付き、ハーマンが言葉を繋げる。

 

 

「レッドキャップのスーツを作ってる科学者だ……ティンカラーもアイツの事を気にしていた。一歩間違えればストーカーかよ、ってぐらいな」

 

 

……僕は視線を戻す。

ミシェルの事を気に掛けていた……なのに、死んでいる。

 

誰が殺したのかは分からないけど、彼女も危ないのだろうか。

 

 

「……なぁにが『彼女より先に死ぬな』だ。クソが……自分が守れてねぇじゃねぇか」

 

 

ハーマンがそう吐き捨てると、仕切りに掛かっていた遮光カーテンを引きちぎり、死体に乗せた。

 

 

「ハーマン……その『ティンカラー』は──

 

「アイツの事を気に掛けていた。損得じゃなく……多分、アイツ自身のことが大切だった」

 

「……そっか」

 

 

僕は頷いて、遮光カーテンに隠れた死体から目を逸らした。

 

机に備え付けられた椅子には血がべっとりと付いている。

近付いて、その位置から左右を見る。

 

そして、血の飛び散り方から、一つ気付いた。

 

 

「……ここで撃ち殺されたんだ」

 

 

小さく、そう呟いた。

 

 

「……あぁ?」

 

「机の上にマスクが置かれている……傷は無さそうだし、殺された後に脱いだとは思えない」

 

 

僕は視線をずらす。

 

 

「壁に血がついているのは、至近距離で撃たれたからに違いない」

 

「じゃあ、何だ?マスクを脱いだ後に頭を撃たれたって言うのか?」

 

「……多分」

 

 

ハーマンが僕を睨んだ。

 

 

「ティンカラーは常にフルフェイスのマスクを付けていた。脱ぐような親しい人間は知らねぇ……強いて言うなら、アイツぐらいだ」

 

 

ハーマンの言いたい事に気付く。

 

 

「アイツがマスクを脱いだティンカラーを撃つ?それはありえねぇ……いや、絶対にねぇよ。ある訳がない」

 

 

自分を信じるためか……強く否定する言葉を重ねる。

可能性があったとしても、納得したくない……そんな感情が見えた。

 

……実際に死体は頭を切断されている。

理由は分からないけど、殺した後に誰かが持ち去ったのなら……可能性が一番高いのはミシェルだろう。

 

だけど。

 

 

「……僕も、ミシェルが殺したとは思えない」

 

「じゃあ、何だよ」

 

 

僕は壁に飛び散った血、その方向を見る。

 

椅子があって……誰かと会話しているなら……この椅子が机とは逆の方を見ているとしたなら。

 

血は、正面から左に向けて飛び散っている。

……それは何故だ?

真正面から、話している相手に撃たれたのなら、血は後ろにある机へと飛び散る筈だ。

 

横に血が付くのなら……銃口を頭の横に当てて……もしかして──

 

 

「……自殺?」

 

「ティンカラーはそんな事しねぇ……筈だ」

 

 

状況を整理する。

 

ティンカラーはミシェルの仲間だった。

ここで椅子に座っており……頭に弾丸を撃った。

その後に、何者かに首を切られている。

マスクを脱ぐ事は殆どなく……あっても、ミシェルの前でぐらいか。

 

 

ミシェルの前でマスクを脱いで、自殺した?

そして、その首をミシェルが切断した?

 

……何の、為に?

 

 

「ハーマン、何で今、ここに来たんだ?」

 

「……それ、関係あるのか?」

 

「分からない」

 

 

僕の返事にハーマンが息を吐いた。

 

 

「……コイツ、ティンカラーに呼び出されてたんだよ。重要な話があるってな」

 

「重要な……?それは──

 

「知らねぇよ。それを聞きに来たんだからな」

 

 

二人して、腕を組み……悩む。

 

 

「……ハーマン、ティンカラーが自殺したとして……それをミシェルが切断して持ち去ったとして……何か、理由はありそうかな?」

 

「……理由か」

 

 

ハウダニット(どうしたか)が重要じゃない。

ホワイダニット(何故したか)が重要だ。

 

 

「……アイツはヤバい組織に身を置いていた」

 

「ヤバい?」

 

 

僕が聞き返すと、ハーマンが僕を見た。

 

 

「知らねぇのか……?」

 

 

驚いたような声色で僕に声を掛けた。

首を縦に振ると、ハーマンは語り始めた。

 

彼女の所属している組織……『アンシリー・コート』。

キングピンに雇われていて……裏切り者を殺す仕事をしていた事を。

殺し屋として、何人もの人を殺していたという事を。

 

 

「……仕事、か」

 

 

『仕事だから、好き好んで殺している訳ではない』

……初めて会った時に、そう言っていた。

 

……そう思えば、いつだって……そうか。

僕は額を揉んだ。

 

 

「……もし、ティンカラーが彼女の事を案じて、組織に敵対する行為をしたら」

 

 

僕の言葉にハーマンが気付いた素振りをした。

 

 

「間違いなく殺される……殺すのは……そうか、アイツか」

 

 

ミシェルはティンカラーを殺すように指示された。

そう考えるのが妥当だ。

 

ハーマンが苛立ったように椅子を蹴った。

 

 

「……だから自殺したってか?」

 

「彼女が殺せなかったのだとしたら……そうする事で、彼女を組織を裏切らせないようにしたとしたら」

 

 

僕は遮光カーテンの下にある死体を……目を逸らした。

確かに悪い奴だったかも知れないけど……信念のある人間だったのだろうか。

 

 

「ありえるな……つうか、それしか考えられねぇ……マジで最悪だ……気分が悪ぃ」

 

 

ハーマンが肩を鳴らして、忌々しげに呟いた。

僕は飛び散った血を見る。

 

まだ赤い……黒く、酸化していない。

それなら、まだ時間は経ち過ぎていない。

 

 

「……ミシェルを追う」

 

「あぁ、そうしてぇ……だが、何処にいるのか分かんのか?」

 

「今から調べる」

 

 

僕はティンカラー……そう呼ばれた男のマスクを持ち上げる。

……あった、端子が。

 

 

「……何してんだ?」

 

「このマスクに何か情報が残ってないか、探すんだ」

 

 

ナノマシンのスーツの機能を選択し、端子状のパーツを作り出す。

スーツの中央部からケーブルのように繋がっている端子を……マスクに接続する。

 

中には基本的な動作を行う為のモジュールや、基礎データ……ドメインを詐称するためのハッキングソフト、さっき送られてきたマッピングデータもあった。

……そうか、自殺する寸前に……ミシェルのアドレスを使って僕へメールを出したんだ。

 

スタークさんの作ったOSで内部のデータを解析して……動画ファイルを発見した。

 

 

「あ……」

 

 

視界を録画していたであろうデータファイル。

日付は……マッピングのメールが送られてきた数分後。

 

僕はその動画データを抜き取って、胸のパネルを操作する。

 

ドローンを宙に飛ばしながら、解析ソフトを起動する。

 

 

「……何か目ぼしいモンがあったか?」

 

「動画ファイルがあった……今から再生する」

 

 

ドローンがプロジェクター機能を使う。

 

宙に映像が投射される。

それは死体……ティンカラーの背中と、銃口を向けているミシェルの姿だ。

ミシェルは首から下に、いつものスーツを着ていた。

マスクは……あぁ、そうか、僕が壊してしまったんだ。

 

 

「……これ」

 

「ティンカラーと……アイツか?」

 

 

机の上に置かれていたマスク視点で、二人を映している。

 

ミシェルは……見た事ないほど、悲しそうな、辛そうな顔をしていて……思わず、僕も辛くなってしまった。

呼吸が乱れている事を自覚しながら、映像を見る。

 

音声は入っていない……本当に映像だけだ。

ミシェルが口を開いて……何かを喋って、焦った様子で近付いて……ティンカラーが倒れた。

 

手には拳銃が握られていて……自身の頭を撃ち抜いたんだ。

 

 

想定通りだけど……こんなに正解しても嬉しくないのは初めてだ。

そして、頭を撃ち抜いて血塗れになったティンカラーを抱きしめて……ミシェルが泣いている。

 

その手には……レッドキャップが使っていたナイフが握られている。

 

そのナイフを、首へ、押し当てて──

 

 

「うっ……」

 

「……最悪だ」

 

 

ティンカラーの首を切断して抱き抱えて……泣きながら、ミシェルが吐いた。

頭が転がって……酷く、取り乱した様子で……血溜まりに手をついて蹲っている。

 

……ふと、口が動いている事に気付いた。

僕はその口元を注視して……。

 

 

『だれか、わたしを、ころして』

 

 

そう、言っている事に気付いた。

 

ミシリ、と何かが軋んだ音がした。

僕の心もそうだ……だけど、物理的に、僕が手を置いていた机の音だ。

思わず力を込めてしまったんだ。

 

彼女はティンカラーの頭を抱き抱えて、立ち上がる。

ゆらゆらと覚束ない足取りのまま……黒いマスクを手に取った。

それはいつか……カーネイジと戦った時に着けていたマスクだ。

 

その黒いマスクは……血塗れのミシェルの手で持ち上げられ……血が付着して、赤くなっていた。

 

血で染まったマスクを頭にかぶり、ミシェルは揺れる。

生気を感じさせないまま、ティンカラーの頭を持ち去った。

 

 

……映像は、そこから何も映っていない景色を映し続けている。

 

……解析ソフトが動作を完了していた。

僕は……そこにあった、GPSの識別コードを自身の地図データに入れる。

識別コードの名前は……ミシェル・ジェーンと書いてあった。

 

ドローンの映像が切り替わり、ニューヨークの地図が映し出される。

ここから少しずつ離れていく、赤い点。

 

 

「オイ、コレは?」

 

「多分、ミシェルの位置だ……」

 

 

僕とハーマン、二人で宙に映された地図を見る。

手を強く握る。

 

 

「追わなきゃ……」

 

「……あぁ、そうだな」

 

 

僕は手に入れたGPSデータを仲間に送信しつつ、この研究所を後にしようと……ドアへと進む。

 

 

振り返る。

 

カーテンの下で眠る、彼女を想っていた人。

本名も分からない……だけど、命を捨ててまで助けようとした人。

 

……目を伏せて、口を紡ぐ。

 

 

「オイ、何してんだ……早く行くぞ」

 

 

ハーマンに声を掛けられる。

 

 

「あぁ、分かったよ……ごめん、行くよ」

 

 

ドアを開けたハーマンの後ろを、僕は追いかける。

 

名前も知らない、僕と同じ人を大切にしていた人。

ここに遺体を置き去りにするのは、心苦しいけど。

 

貴方の遺した願いは……必ず、僕が成し遂げるから。

それが死んでしまった貴方に対する、僕が出来る弔いだ。

 

僕は強く握った拳を開いて、スーツのマークを操作する。

マスクが再度、展開される。

 

ピーター・パーカーとして。

彼女の親愛なる隣人として。

彼女の憧れ(ヒーロー)として。

スパイダーマンとして。

 

必ず、僕が……いや、僕達が。

 

 

助けるから。

 

 

だから……どうか、安心して。

 

 

 

R.I.P(安らかに、眠ってくれ)

 

 

 

 


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