【本編完結】レッドキャップ:ヴィランにTS転生した話   作:WhatSoon

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#99 デス・オブ・レッドキャップ part1

ニューヨークの地下迷路を走る。

ティンカラーが遺してくれた情報を頼りに……ミシェルを追う。

 

 

「はぁっ……ぜぇ、はぁ……」

 

 

息を切らした声が聞こえる。

でも、僕の声じゃない。

 

息を切らして疲労困憊なのは──

 

 

「ハーマン!遅いよ!」

 

「う、はぁっ、ぜぇっぜっ……お、オレは『ショッカー』だっつ、う、ゲホッ!」

 

 

思わず咳き込んで、ハーマンが足を止めた。

膝に手を突いて、呼吸を荒くしてる。

 

 

「オレがひ弱なんじゃねぇ……ゲホッ、てめぇ、てめぇがおかしいんだよ……はっ、はぁっ……やべぇ吐きそう」

 

 

僕は首を傾げる。

 

 

「そんなに長い距離を走ってないと思うけど……」

 

「十分、走ってるだろうが……アーマー着込んでて重いし、通気性悪ぃから暑ぃんだよ、クソが……」

 

 

……失念していた。

僕はスーパーパワーがあるから疲れないけど、ハーマンは……その、普通の人間だ。

 

この速度で走るのは無理だ。

 

……でも、だけど、ゆっくり歩くなんてのは無理だ。

急がないと……。

 

 

「…………」

 

 

少し悩んで、僕はハーマンの前に立った。

 

 

「あぁ?……クソ、先に行ってろ。間に合わせてや──

 

 

最後まで言う前に僕は膝を突いて、ハーマンに背を向けた。

 

 

「……あ?」

 

「ほら、ハーマン、早く」

 

 

僕が手招きすると気付いたようで……唸るような声が聞こえた。

嫌そうな素振りを見せながら……僕の手に足をかけて、背中から手を回した。

 

そう、ハーマンを背負った。

おんぶって奴だ。

 

 

「……なんでオレが」

 

「僕だって……好き好んでオッサンを背負いたくないよ」

 

 

そう言いながら立ち上がり、僕は走りだす。

 

 

「オッサン、だと!?まだ24だっつーの!」

 

「え!?全然そんなふうに見えないんだけど……」

 

 

薄暗いトンネルを、GPSの情報だけを頼りに突き進む。

 

 

「マ、マジでブッ殺してやる……!」

 

「う、わ!?悪かったって!」

 

 

ハーマンが後ろで喚くけど、僕は足を止めない。

僕も彼もミシェルを救いたい気持ちは同じだ。

 

互いに分かってるから、時間を無駄にするつもりはない。

 

だけど──

 

 

「てめぇとは絶対に仲良くなれねぇ……!」

 

 

僕も別に、仲良くしたいとは思わないけど。

 

 

「僕だって……別に仲良くするつもりはないよ」

 

 

グウェンを人質にとった事も……まだ謝って貰ってないし。

 

まぁ、でも……今だけは仲間だ。

 

走って、走って……地図に映る位置情報、ミシェルを示す赤いポイントが急激に離れていく事に気付いた。

 

速い……車か、何かに乗ったみたいだ。

追いつけない事はないけど、時間が掛かる。

 

赤いポイントは……ブルックリンと外へと繋がる大きな橋へと向かっている。

……ニューヨークから出るつもりだ。

 

僕は急ブレーキをかけて、足を止める。

 

 

「オ、オイ、どうした?」

 

「地下を走ってるだけじゃ間に合わない」

 

「じゃあ、どうすんだよ?」

 

 

僕に出来る……一番速い移動方法は──

 

 

「……一旦、地上に出よう」

 

「あ?あぁ……?」

 

 

よく分かってなさそうなハーマンを無視して、近くにあった出口と繋がってる梯子の下に付く。

 

ハーマンが一旦、僕の背中から降りようとしたのを止めて……ウェブシューターのカートリッジを切り替える。

 

カートリッジ2、ゴム(ウェブ)だ。

 

僕は全力で地面を蹴って飛び上がり、左右に(ウェブ)を発射する。

そのまま(ウェブ)を引っ張りながら、地面に着地して──

 

 

「絶対に手を離さないでよ」

 

「あ?なんっ──

 

 

反動で飛び上がる。

それはスリングショットの要領で僕達を弾き飛ばし……一気に上昇する。

 

 

「づっ!?」

 

 

ハーマンが舌を噛んだようで変な声を出した。

 

無視してそのまま上昇し……地上の入り口を隠している蓋を破壊した。

 

それは……タイルだ。

薄緑色のタイルが砕ける音がした。

 

……ここは?

 

 

「て、めぇ……やるならやるって──

 

 

ハーマンも気付いたようで、押し黙った。

 

ここ……トイレだ。

大きなショッピングモールのトイレ。

 

時間が時間だから……非常灯だけが点いていて暗いけど……分かってしまった。

 

 

「……なぁんで、こんな所に繋がってんだ?」

 

「さぁ……?」

 

 

……何となく、気まずい。

 

僕はハーマンを降ろして、トイレの外……窓ガラスを開けた。

 

……外には大きなビルが立ち並んでいる。

それは、僕……スパイダーマンにとっては庭みたいなものだ。

 

窓ガラスの淵に足をかけて、外へと出る。

続いてハーマンも外に出る。

 

僕と一緒に、商業施設の駐車場を歩く。

 

 

「……オイ、何のつもりだ?」

 

「何って……走ってたら追いつくか分かんないから」

 

 

その言葉に、ハーマンの動きが一瞬止まった。

何かに気付いたようだ。

 

 

「……オレはそんな事できねぇぞ?」

 

「また僕の背中に乗ってれば良いよ」

 

「そういう問題じゃねぇよ……」

 

 

ハーマンは僕がやろうとしている事に気付いているようだ。

 

高層ビルが並ぶなら、僕の最も得意な移動方法が使える。

 

 

パシュン。

 

 

(ウェブ)を飛ばした。

隣のビル壁に付いて……僕はハーマンへ振り返った。

 

腕を組んで、唸っていた。

 

 

「……いつも命綱もなしで飛んでんのか」

 

「いや、ほら……(ウェブ)

 

 

僕が手元とビルを繋いでいる(ウェブ)を指差すと……ハーマンが呆れた様子で僕を見ている。

 

そして、恐る恐るといった様子で近付いてくる。

 

 

「……アイツを助けるためだ、クソ、クソクソクソ」

 

 

小声で悪態を吐きながら、僕の背中に乗った。

 

 

「絶対に手を離さないでよ」

 

「……離したら、どうなるんだ?」

 

「そりゃあ──

 

 

僕は高さ数十メートルから落下するハーマンを想像した。

ハーマンも同じく想像したようで……背中越しに身震いしたのを感じた。

 

 

「い、いや、いい……言わなくていい……」

 

「OK……じゃあ、行くよ」

 

「い、いつでも来いや!」

 

 

恐怖を振り払おうとしてるハーマンを少し面白く感じながら、足で地面を蹴り……(ウェブ)を強く引っ張った。

 

一気に加速して、数メートル飛び上がる。

 

 

「いくよっ!」

 

 

僕はもう片方の腕で前方のビルに(ウェブ)を付けて、引っ張る。

宙へ飛び上がりながら、振り子のように勢いをつけて加速する。

 

 

「う、うわっ高ぇ……!」

 

 

ハーマンが離れて行く地面を見て、何か言っている。

 

 

「もう、大袈裟だなぁ……」

 

 

(ウェブ)を再度放って、さらに飛び上がった。

後ろで固まっているハーマンに声を掛ける。

 

 

「いざという時は地面に衝撃波(ショックウェーブ)を出せば良いじゃないか……前にやってるところを見たし」

 

 

シニスター・シックス、だったかを結成している時……ビルから着地するのに使ってた事を思い出した。

 

 

「自分で飛ぶのと、他人に飛ばされんのは別なんだよ!地面に腕を向けてねぇと、そもそも出来ねぇ!背中から落ちたらマジで死ぐぶっ!?」

 

 

……また舌を噛んだみたいだ。

苦笑いしつつ、僕は(ウェブ)を放ち、さらに加速する。

 

壁を蹴り、(ウェブ)の弾性を使って更に加速する。

 

風を切って、すっかり暗くなってしまい灯りも少なくなったニューヨークを……僕は翔ける。

 

……時間が惜しい。

ショートカットをしつつ、滑るように飛ぶ。

 

 

 

……ハーマンが僕を掴む力が強まった。

あ、そんなに怖いんだ。

 

 

 

数分間、ニューヨークの空を舞って……僕は赤いポイントが進む先に先回りした。

橋に向かうなら……ここを絶対通る筈だ。

 

僕は少し小さめの雑居ビルの屋上に着地した。

そのままハーマンを降ろして──

 

 

「う、うぷ」

 

 

気持ち悪そうにしていた。

ウェブスイングはお気に召さなかったらしい。

 

 

「え?そんなに?」

 

「てめぇ、何でオレが悪いみたいな雰囲気にしてんだ……マジで乗り心地、最悪だったんだぞ」

 

 

苛立ったように僕へ文句を言う。

自覚がないので首を傾げる。

 

 

「うーん、夜風を切るのって気持ちいいと思うんだけど」

 

「……イカれてやがる」

 

 

ハーマンが引いたような様子を見せて、僕から一歩離れた。

……僕は屋上の縁から遠くを見る。

 

 

「チッ、クソが……それで、アイツはどこなんだ?」

 

「あの車だよ」

 

 

真っ黒な……大きな車だ。

何も広告すら書いていない無地のトラックが左右を固めている。

 

……アレも、きっと組織の車だ。

 

 

「……アレってどれだ?」

 

「アレだよ、ほら」

 

 

僕は指差す。

 

ハーマンは手を額に当てて、目を凝らすように乗り出した。

 

 

「……あの豆粒みたいな奴か?」

 

「何色の?」

 

「緑色だろ?」

 

「いや、それじゃなくて……その後ろだって。黒い車と……トラックの──

 

「見えねぇよ、バカが!」

 

 

ハーマンが声を荒らげて、僕を罵倒した。

肩を小突かれそうになったので、身を捩って避ける。

超感覚(スパイダーセンス)の無駄遣いだ。

 

 

「え?でも……」

 

「これでも視力は20/20あるんだよ……見える訳ねぇよ、普通の人間には!」

 

 

まぁ、確かに……言われてみれば、1000メートル先の車なんて分からないか。

暗いし、車は黒いし。

 

まぁ、良いや。

 

 

「車が来たら……僕は飛び降りるから」

 

「……お、おう?それでどうすんだ」

 

「どうって?」

 

 

僕が首を傾げると、ハーマンが苛立った様子で自分の二の腕を叩いた。

金属が擦れる音がした。

 

 

「だぁから、作戦だよ」

 

「ないよ……兎に角、会って、話をして……連れて帰る」

 

「……あー、クソ。オレはいつも、こんな出たとこ勝負みたいな奴に負けてんのか?」

 

 

ハーマンが悪態を吐いて……僕は近付いてくる車に視線を戻した。

 

 

「アレか」

 

 

ハーマンも気付いたようだ。

……僕はビルの縁に足を乗せて……待つ。

 

車が近づく。

 

 

そして、僕は……飛び降りた。

ハーマンはタイミングを掴み損ねたみたいで、僕について来ていない。

 

(ウェブ)を壁に付けて、スイングする。

車の前面、道路へと着地する。

 

車の窓ガラスは……マジックミラーになっているみたいで中は見えない。

だけど、座標はこの車にある。

 

……目の前に僕が飛び降りたってのに、全く減速する気がない。

撥ね飛ばすつもりだ。

 

僕は(ウェブ)を左右に貼って、繋げる。

大きな蜘蛛の巣みたいなものを作る。

 

車は僕へ向かってくる。

(ウェブ)にぶつかって勢いが落ちた車を……僕は正面から押しとどめる。

 

 

「ぐっ!?」

 

 

この車、絶対に普通の市販車両じゃない。

ぶつかったのに、全く減速しないし……凄い、馬力だ。

車体のボディも硬い……多分、特殊な合金。

見た目は普通の車に偽装してるけど……実際は小さな装甲車だ!

 

足を道路に突き刺すように踏み締めて、押さえつけた。

コンクリート製の道路が砕けて、小さな破片が散る。

 

少しずつ、少しずつ減速して──

 

 

超感覚(スパイダーセンス)に反応があった。

 

咄嗟に僕は地面を蹴り上げ、車のボンネットに乗る。

僕の背後に、火球が通った。

 

 

「今のっ……!?」

 

 

火球はそのままビルの壁に衝突し、窓ガラスを溶かした。

かなりの熱量だ。

 

 

車の左右に付いてきていたトラック。

それは僕が足止めしていた車を追い越して……前方で荷台の天井を開いていた。

 

そこから……積まれていた人型のロボットが上半身を出していた。

体長は2メートル以上……かなり大きい。

寝転がるように荷台に積んであって、上半身を起こしたんだ。

 

サイズ的に人が着れるほど小さくないし、人が乗れるほど大きくない……多分、無人だ。

 

体色は紫色。

鎧を纏った人型……だけど、頭は人間の頭部にそっくりだ。

 

一言で言えば、不気味なデザインのロボット。

 

そして、その左右の手のひらは赤く輝いていた。

炎を纏っている……物理現象を無視してるって一目で分かるレベルだ。

 

 

再度、超感覚(スパイダーセンス)に反応がある。

 

……ダメだ!

車の上を維持できない。

 

僕は道路に飛び降りて、再度発射された火球を避ける。

1発、2発と連射される。

 

くっ……エネルギーは無尽蔵なのか!?

明らかに科学っぽくない攻撃だ……原理が想像できないし。

そもそも炎が質量を持って飛んでくるなんて──

 

 

顔を上げた。

……ミシェルを乗せた車が離れて行く。

 

まずい、こんな奴と戦ってる場合じゃない!

追いかけないと……!

 

 

ロボットがトラックの荷台から飛び降りて、こちらへ向かってくる。

足はジェットエンジンを搭載しているみたいで空を飛んでいる。

 

その手のひらが、僕へ向けられている。

 

 

再度、火球が飛んでくる。

 

さっき、着弾したビルの窓ガラスが溶けていた。

ガラスの溶ける温度って事は……1000℃ぐらいはある筈だ。

 

ナノマシンスーツで防ぐには限度がある。

当たったら……死ぬ。

スーツを貫通した熱で、僕の身体は沸騰するだろう。

 

防御は出来ない……避けるしかない!

 

 

側転して、回避した瞬間……ロボットが腕を振り回した。

 

 

「ぐぁっ!?」

 

 

そのままビルにぶつかって、壁にヒビが入る。

スーツを衝撃が貫通した……骨は折れてないけど……くっ、結構ダメージがある。

 

……ロボットが、僕を見ている。

そいつは言葉を話す事なく目を光らせて──

 

 

ロボットが吹っ飛んだ。

 

自分からじゃない、まるで突き飛ばされたかのようにロボットはビルへとぶつかった。

ガラスが砕けて舞う。

 

……幸い、ここはビジネス街だ。

被害者は居ないと思う……夜だから人影はないし。

 

 

ビルに衝突したロボットから視線を逸らすと……ハーマンが居た。

 

 

「遅いよ!」

 

「てめぇが早過ぎるんだよ!」

 

 

直後、ロボットが火球を放った。

僕じゃない、ハーマンにだ。

 

慌てて助けようとして……彼の手甲(ガントレット)が輝いた。

 

衝撃波(ショックウェーブ)が放たれる。

火球自体に硬さは存在しないようで、衝撃波で散らされて消滅した。

 

 

「アイツは、あの黒い車に乗ってんだな!?」

 

 

ハーマンが僕へ、声を張り上げた。

マスク内部で表示されている地図の、赤いポイントが離れて行く。

 

慌てて、返答する。

 

 

「そうだよ!ミシェルは、アレに乗ってた!」

 

「なら、早く行け!」

 

 

ハーマンが衝撃波(ショックウェーブ)を放った。

立ち上がろうとしていたロボットにぶつかり、再度大きな音を立てて倒れた。

 

……早く行けって、でもっ──

 

 

「でも、ロボットが──

 

「コイツは俺がブッ壊すから先に行けって言ってんだよ!」

 

 

ロボットは倒れたまま、火球を放った。

ハーマンは衝撃波(ショックウェーブ)で相殺して……手甲(ガントレット)から小さな何かが弾き出された。

 

アレは……空の小型バッテリーだ。

衝撃波(ショックウェーブ)は無限に撃てる訳じゃない。

だけど、相手のロボットのエネルギーは未知数だ。

 

そして、見ていた限り……衝撃波(ショックウェーブ)でロボットは倒せない。

 

……ここで置いては行けない。

 

 

「でも──

 

「うるせぇ!お前は何しにここに来たんだ!目的を間違えるな!バカが!」

 

 

ハーマンが僕を怒鳴りつけた。

 

目的……それは、ミシェルを助ける事だ。

そのために僕は、ここに来ている。

 

それはハーマンも同じ筈だ。

だから、僕は──

 

 

「死んだら、ミシェルが悲しむから……死なないでよ!」

 

「あぁ、さっさと行きやがれ!スパイダーマン!」

 

「そっちこそ、本当に死なないでよ!ショッカー!」

 

 

僕は(ウェブ)を飛ばして、宙に飛んだ。

 

 

「既に死ぬなって約束はしてんだよ!お前に言われなくても、な!」

 

 

ハーマンがロボットへ衝撃波(ショックウェーブ)を撃ったのを見て、背を向ける。

……ほんの少し、後ろに引かれるような気持ちを振り払う。

 

 

 

 

正直に言うと僕はハーマンは嫌いだ。

 

乱暴だし……自惚れ屋だし、自分勝手だし。

だけど、彼にも良い一面がある。

 

それはミシェルも見ていて……彼を仲間としていた。

ハーマンだって、ミシェルを守るために戦っている。

 

だから、僕はハーマンが嫌いだけど……死んだら悲しい。

ミシェルだって悲しむ筈だ。

 

だから、死んで欲しくない。

今すぐに戻って一緒に戦うべきだ。

 

だけど、戻る事はハーマンの覚悟を踏み躙る行いだ。

それは、出来ない。

 

だから、今は信頼して……彼の目的を僕が果たすしかない!

 

 

 

 

(ウェブ)を前のビルに放ち、スイングする。

前へ、前へ。

壁を蹴り、走り、加速して飛ぶ。

 

……本当に、妙に人影がない。

いくら深夜のビジネス街だからって……こんなに人が居ないものだろうか?

 

巻き込む心配がなくなるから、僕にとっては好都合だ。

安心して戦える。

 

 

 

……見えた!

黒い車と一台のトラック!

 

僕は(ウェブ)を前方に放ち、勢いよく引っ張る。

反動で飛び出して、トラックの上に着地する。

 

 

……超感覚(スパイダーセンス)が反応する。

物音が足下からする。

 

……そりゃあ、同じ形のトラックなら……ロボットは一体で済む筈がない。

僕だって想定済みだ。

 

即座にトラックの側面へ飛び降りて、(ウェブ)をタイヤへ放つ。

タイヤが回転し、(ウェブ)を巻き取り……車軸に巻きつき絡まる。

 

トラックが左右に揺れて……僕は荷台の上を全力で蹴り飛ばした。

安定を失ったトラックはそのまま横転して、閉店中のコンビニにぶつかった。

 

……物を壊し過ぎてるかも。

弁償……出来る気がしないけど……あ、後で考えよう。

 

僕は地面を走り、(ウェブ)を逃げるように走っている車へとくっ付けた。

そのまま引っ張られながら、僕は車の上に飛び乗る。

 

……この中に、ミシェルがいる。

僕は屋根に足を貼り付けて、身を乗り出し……後部座席のドアに触れる。

 

鍵の掛かっているドアを無理矢理こじあげようと、引っ張り──

 

 

足下に穴が空いた。

咄嗟に飛び退いて、僕は車のボンネットに乗った。

 

空いたのは後部座席の屋根……そこから見覚えのある黒い腕が見えた。

 

 

息を呑む。

 

 

左右に屋根を引き裂いて、黒いアーマースーツが姿を現した。

古傷がジクリと痛んだ。

 

 

「……ミシェル」

 

『…………』

 

 

僕の呼びかけには答えなかった。

 

マスクは、いつもの赤いマスクじゃない。

僕が殴って……壊してしまったからだ。

 

だから、カーネイジと戦った時に装着していた黒いマスクを付けている。

 

だけど……マスクは赤く汚れていた。

血の色だ。

 

ティンカラーの血だ。

僕は映像で見ていた……だから、知っている。

 

血を浴びてマスクを赤く染めた、レッドキャップが……目前に姿を現した。

 

 

その手にはティンカラーの頭部はない。

視線を少し下げれば……後部座席に、あった。

 

思わずマスクの中で眉を顰めると──

 

 

『何しにここに来た、スパイダーマン』

 

「君を助けに」

 

 

僕がそう答えても……大きくリアクションはしなかった。

それどころか、顔を逸らして──

 

 

『……ハァ』

 

 

ため息を吐いた。

 

そして、僕へ視線を戻した。

 

 

『スパイダーマン……お前は何か勘違いをしている』

 

「そんな事ない」

 

『お前はミシェル・ジェーンを助けに来たんだろう?』

 

「……そうだよ。僕は、僕達は君を──

 

『そんな人間は存在しない』

 

 

僕は……彼女の顔を見た。

赤く血塗られたマスクの下で、どんな表情をしているかは分からない。

 

 

『ミシェル・ジェーンは組織が作り出した設定だ。私がお前を騙すために演技していたに過ぎない……そんな名前の人間は存在しない』

 

「……でもっ──

 

『話し方だって違う……性格も、何もかも……私の演技に過ぎない』

 

「……それなら、君は何者なんだ」

 

 

血は乾燥して、流れ落ちる事はない。

きっと、拭っても落ちないだろう。

 

 

『レッドキャップだ』

 

 

そんな、赤くなったマスクが僕を見た。

 

 

『昔から、ずっと……そう呼ばれている』

 

 

ミシェルが……レッドキャップが腰からナイフを抜いた。

……ティンカラーの首を切断するのに使った、ボロボロのナイフだ。

 

 

「僕は……僕は、君と戦うつもりはない」

 

 

もう二度と、君を傷付けたくない。

顔を殴ってしまった事だって、まだ謝れていない。

 

 

『なら、一方的に殴られてるんだな』

 

 

ナイフを振りかぶり、僕へと叩きつける。

 

 

「くっ──

 

 

それを握って受け止める。

受け止めた衝撃で、ボンネットが歪む。

 

こんなナイフでは、ナノマシン製のスーツを貫通しない。

それは前の戦いで分かってる筈だ。

 

だから……彼女の攻撃に殺意が篭っていないのが分かってしまう。

超感覚(スパイダーセンス)だって……微弱にしか、反応しない。

 

 

「僕は君を助けに来たんだ……!」

 

『誰を?ミシェル・ジェーンなど、存在しないと……言った筈だ』

 

 

ナイフの側面に手刀を振り下ろす。

鈍い音がして、折れた破片は地面へ落ちる。

 

互いに少し、距離を取る。

 

 

赤いマスクを見た。

 

言いたい事が沢山あった。

出会ったら、謝ろうって……あの遺書は酷いよ、なんて……会いたかったって……言いたい言葉が沢山ある。

 

 

だけど──

 

 

「僕が助けたいのは、君だ」

 

 

僕は、今、僕が……言いたい言葉を、心に浮かんで来た言葉を吐き出す。

 

 

「君が『ミシェル・ジェーン』じゃなかったとしても……口調が違うとしても……!」

 

 

言葉を吐き出す。

 

 

「どんな秘密を抱えていようと……僕が好きになったのは『ミシェル』って名前だけじゃない!」

 

 

マスク越しに視線が、交わる。

 

 

「君なんだ……!僕が好きになったのは……だから、助ける!」

 

『助けてくれと言った覚えは──

 

「君が何て言おうとも、もう悩むつもりはない!」

 

 

僕は……軋む体に鞭を打って、彼女の前に立ちはだかる。

 

 

『……随分と自分勝手だな』

 

「知らなかった?」

 

『あぁ……そう、だな』

 

「観念して助けられてくれないかな」

 

 

不意に、彼女が横を向いた。

僕から目を逸らすように……まるで見ていられないかのように。

 

 

『無理だ』

 

「ミシェル……僕は──

 

『違う。私は……私の──

 

 

自身の胸の辺りを指差した。

 

 

『私のここに……爆弾がある』

 

「……え?」

 

 

その言葉に、頭が一瞬、真っ白になった。

 

 

「爆弾……?」

 

『裏切れば炸裂し、死に至らしめる」

 

 

頭の中が絡まる。

 

 

「……そんなの──

 

『私は死ぬ。だから助ける事は出来ない』

 

 

爆弾……?

ミシェルが、死ぬ?

 

裏切ったら死ぬから……今まで、こんな事を?

そんなのって、そんなのって……酷い。

狡い、そんなの。

だって、それじゃあ……助けられないなんて。

僕はでも、それでも、助けたいのに。

なんで、そんな。

 

 

『だが、命を失うのは怖くない……私に、生きている価値はない。もっと、早く気付くべきだった』

 

「そんな事は……」

 

『私は人を不幸にする……存在しない方が良い』

 

 

首を、掴まれた。

 

 

「ぐっ……!?」

 

 

掴んだのは……彼女の手だ。

 

細くて、柔らかい……優しい手。

あの日、握って……思わず動悸してしまった手。

それは今、黒い装甲を身に纏って、僕の首を掴んでいる。

 

反応が遅れた。

首を絞められている現状ですら、僕は……その事を認識出来ずにいた。

 

 

『だが安心しろ……私はもうすぐ死ぬ』

 

 

言葉の意味を、理解出来ない。

なんで、死ぬんだ?

どうして……?

分からない、教えてほしい。

 

 

『この車は、私達の首領(ボス)の元へ向かっている……そこに、スパイダーマン……お前は必要ない』

 

 

投げ飛ばされて……車から投げ落とされた。

 

僕は地面に転がる。

 

車はかなりの速度で走っていた……ダメージは大きい。

 

 

「ぐっ、あっ……」

 

 

スーツの許容量を越えた衝撃が、身を貫く。

ナノマシンの一部が壊れて、スーツが剥げる。

 

 

「げほっ、ごほっ……」

 

 

穴の空いたマスクから口元が露出する。

 

 

「ミ、ミシェル……?」

 

 

視界の中で彼女が小さくなっていく。

離れていく。

 

倒れたまま手を伸ばす。

……でも、届かない。

 

 

倒れたまま、地面に拳を突き立てる。

頭の中を……さっき聞いた言葉を整理する。

 

 

……ミシェルは、車が組織の首領(ボス)へと向かっていると言っていた。

それを何故、言ったんだ……?

もうすぐ死ぬって、何でそんな事を……。

 

 

あ。

 

 

ミシェル、は……首領(ボス)と差し違えるつもり、なんだ。

自分の命を投げ捨てて、それで──

 

 

「……う、ぐ」

 

 

体はまだ動く。

 

スーツは多少、壊れてしまったけど。

骨が痛むけど……呼吸だって乱れているけど。

 

それでも、動く。

動けるんだ。

 

 

立ち上がる。

 

 

ミシェルは……何も分かっていない。

スパイダーマンのファンだって言ってるのに……僕のことを、分かっていない。

 

こんな程度で諦める事はない。

今までだって、何度も困難にぶつかって来た。

 

 

僕には普通の人の何倍ものパワーがある。

 

それは何のためだ?

大切な人を……誰かを助けるためだろ?

 

自分には力を持つ資格があるんだと、証明するんだ!

誰に……?

誰だって良い、僕自身に証明するんだ!

 

 

震える膝を叩いて、自分を奮い立たせる。

 

 

失敗は許されない。

今回だけは……いいや、今回も負けられない!

 

思い出せ、ピーター・パーカー。

 

 

楽な状況で勝利するのは容易い。

本当に重要なのは、どんなに苦しい状況でも……立ち上がり、打ち勝つ事なんだ!

 

 

歩き出す。

 

 

ウェブシューターを見る。

カートリッジの……液量はもう、少ない。

ウェブスイングも、控えなくちゃならない。

 

 

だから、自らの足で進まなきゃいけない。

 

 

四肢が痛む。

息も切れてる。

横っ腹が辛い。

 

それでも……歩いてちゃ、彼女に追いつけない。

 

 

走り出す。

 

 

腕を振って、激痛に耐えて。

 

痛い……痛いよ。

でも、骨折していないだけマシだ。

走れるんだから。

目的に向かって行動できるのだから。

 

 

走る。

 

 

休んでなんていられない!

 

 

僕は止まらない。

止まっちゃダメだ。

 

 

誰に言われたからじゃない。

僕が、僕自身の意思で……足を動かし続ける。

 

 

体は限界だ。

休めって脳が言ってる。

 

だけど、走るんだ。

コンクリートの地面を蹴って、僕の住む街を走るんだ。

 

 

彼女は泣いていた。

マスクの下で泣いていた筈だ。

見えなくっても、僕には分かる。

ずっと、ずっと泣いていたんだ。

今まで出会った時から、ずっと。

 

もう、二度と泣かせたくない。

 

だから、今は彼女に追いつく。

まずは僕にできる、最初の行動だ。

 

 

僕は、僕が……出来ることを怠って、誰かが悲しむのは……許せないから。

 

 

走る。

 

 

彼女の胸に爆弾が仕掛けられいる。

なら、どうする?

分からない……分からないけど……今はただ、足を止めない。

 

時に頭を使うよりも、行動しなきゃならない時がある。

 

 

マスクの下の地図を見る。

さっきより赤いシンボルの移動速度は落ちている。

 

さっきの車上での戦いで、車にダメージが入ったんだ。

屋根が壊れてバランスも取れなくなっている……と思って良いだろう。

 

 

まだ、間に合う。

 

 

どこに敵の首領(ボス)が居るのか分からないけど。

 

 

走る、走る。

 

 

直後、超感覚(スパイダーセンス)に反応があった。

 

 

すぐに、横へ避ける。

 

 

氷の塊が、僕の横を通り過ぎた。

 

振り返る。

……さっき、トラックごと転がしたロボットだ。

 

 

「炎の次は……氷……か」

 

 

ロボットの両手は小さな吹雪のように渦巻いていた。

まったく、どんな理屈かは知らないけど……本当に、嫌になってしまう。

 

戦ってる暇なんて、ないのに。

 

 

 

超感覚(スパイダーセンス)が強く、鳴り響く。

今まで感じた事がないほど、大きく。

 

ロボットが飛ばしてきた氷の塊を避けて、振り返る。

 

 

……目の前にいたロボットと同じ形状の……ロボットが、沢山、空を飛んでいた。

一つ、二つなんて数じゃない。

 

 

「は、はは……」

 

 

思わず笑ってしまった。

滑稽だったからだ……僕が。

 

そりゃあ、そうだよね。

二つ同じロボットがいるんだから……もっと、沢山いても……おかしくないよ。

 

 

……だけど、諦める理由にはならない。

 

 

瞬間、また飛んできた氷の塊を避けて……ロボットを蹴り飛ばす。

転がったロボットの首を掴んで……強く引っ張る。

 

 

「ふっ、くっ……!」

 

 

筋肉繊維が悲鳴を上げてる。

明日は、絶対、筋肉痛だ……!

 

千切れたロボットの頭部を投げ捨てて、飛んでいるロボット群を見る。

 

……本当に沢山いるな。

幻覚だったら良かったのに。

 

飛んでいるロボット達の中から一体、こちらへ急降下してくる。

 

 

……息を吸って、吐き出す。

覚悟は……ずっと前から出来ている。

 

叔父さんが死んで……強盗を捕まえた、あの時から。

 

 

誰にも、邪魔はさせない。

 

 

拳を強く握って……ウェブシューターを──

 

 

 

直後、光が目の前を横切り……ロボットが、吹き飛んだ。


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