愛ある世界の片隅で   作:膝に矢うけたった

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 変わらない日常の中、いつもの授業、いつもの教室で窓の外を眺める。外の景色は昨日と変わらず、夏の到来を蝉が告げるだけだった。そうして一日が過ぎて、また変わらない明日が訪れる。そのはずだった。

 

「ねぇねぇ、華凛ちゃんってば、俺の話聞いてる?」

 

 放課後、いつもの図書室でいつもと違う声が聞こえる。彼女の座る場所の向かいにだらしない姿勢で座る少年がいた。ハートのイヤリングを付けた少年は、頻りに声をかけて彼女の注意を引こうとする。

 彼女が図書室で本を読み始めた頃、少年は突然現れて、突然話しかけてきた。昨日の夜出会っただけの相手にもかかわらず、何故か名乗った覚えもないのに名前まで知っていたことに僅かに不快感を覚える。

 それに加えて、彼は現れてからずっと無視されているのも気にせず話しかけ続けてくる。話してくる内容もどこそこの何々が美味しかったとか、この映画が面白かったとか、そんな彼女の興味のない話題ばかりだ。

 

「図書室では静かにしてください」

 

 無視し続けるのもいいのだが、ここは図書室で、彼女は現在読書中である。近くで騒がれるのはTPO的にも、彼女にとっても迷惑でしかない。故に注意を促したのだが、彼は逆に嬉しそうな表情を浮かべていた。

 

「おっ、やっと喋ってくれた! 何も言ってくれないから気付いてないのかと思っちゃったよ。あ、俺、立川(たちかわ) (れん)。よろしく、華凛ちゃん」

 

 言われたことを理解していないのか、あえてそうしているのか、自己紹介まではじめてしまう。静かにしてほしかった彼女の眉間にしわが寄ってしまうのも仕方のないことだろう。

 

「俺、四組なんだけど、華凛ちゃん一組なんだって? 学年同じだって聞いて、愛の探究者としては運命感じちゃったね!」

 

「図書室では迷惑になります。出ましょう」

 

 蓮と名乗る少年がしゃべり続けることに、眉間のしわが深くなる。本を閉じ、前髪の下から鋭い視線を向けると、立ち上がってそう告げた後、答えを聞かずに出口へと歩きだす。会話に乗ってくれたのかと思った彼もそれに続いていく。

 出口から足を踏み出せば、廊下は窓から射す夕陽の色でほんのりと赤くなり、夜が近づいていることが見て取れた。

 

「結構いい感じの喫茶店知ってるけど、そことかどう? 楽しく話すにはうってつけだと思うよ」

 

 廊下を歩いている間も少年は楽し気に会話を続けていた。それに対して、彼女が反応を示すことはなかった。そうして少し図書室から離れた辺りで、華凛が足を止めて振り返った。

 振り返った拍子に前髪が揺れ、夕陽で僅かに赤く染まった表情が蓮の目に飛び込んできた。目に映るものに興味を示していない、諦めにも見える表情、その瞳が楽しそうにしていた少年を射抜く。

 

「どうして私の名前、組を知ってるんですか? 昨日少し会っただけ、私とあなた、何の関係もないはずですよね?」

 

 彼女の口から出てきたのは、会話というより詰問と言うべきものだった。眉間のしわこそ取れているが、その声には不機嫌さが表れていた。

 聞かれた当人といえば、相手の機嫌が悪いことに気付いているのかどうかもわからない。ただ顎に手を当てて考え込んでしまう。そして、何かを思いついたのか、手を顎から離して満面の笑みを浮かべる。

 

「つまり、俺に興味持ってもらえたってわけだ。折角だしさっき言った俺イチオシの喫茶店に行こうか」

 

 その言葉を聞いて、華凛は眉間にしわが戻ってくるのを感じていた。問いに対する答えはなく、都合のいい解釈と理解できない提案。彼女としては、ここで理由を聞いてそれで終わり。あとは自分が対処するなり、対処法を考えるだけのつもりだった。目の前の少年に興味があるわけでも、少年と遊びたいわけでもない。

 そうである以上、彼女の出す答えは一つだった。

 

「そうですか。それならもういいです。帰ります、さようなら」

 

 相手が答えを返さないなら帰るだけである。今日のことは野良犬にでも噛まれたと思って忘れて、明日以降はできるだけ関わらないように注意する。答えを得られない以上、そうするしかできないと彼女は諦めることにする。

 

「待った、待った。ちょっとお茶に付き合ってくれればちゃんと話すって。マジだから、嘘じゃないから、お願い!」

 

 帰ると言う発言を聞いて慌てたのか、彼は必死の形相で言葉を並べる。普通の人なら何らかの反応は期待できる姿だが、相手が悪かった。彼女に対してはその行為にほとんど意味がないものだ。

 

「お断りします。さようなら」

 

 他人の感情を読み取ることができない彼女は、彼の行動の意図を理解することはできない。誘う言葉がお願いに変わったという言葉通りの意味しかないのだ。なので、当然彼女がそれに付き合うことはない。足を彼とは反対側に向けて歩き始めようとした。

 

「その喫茶店珍しい本とか置いてあるし、お願いしますっ!」

 

 ついには頭まで下げ始めた。その行動には意味はないが、彼の発した言葉は彼女の足を止めることには成功した。歩き去ろうとした彼女が足を止めて、顔だけを彼の方向に僅かに向ける。髪の間から覗く瞳は今まで以上に鋭く彼を射抜いていた。

 

「珍しい本があるって、本当ですか? 嘘ではないんですね?」

 

 父親から受け継いだ本好きの血が騒いだ。そう表現するしかないほどの食いつき方だった。今まで以上に鋭い視線と言葉、ずっとテンションの高かった蓮も思わず一歩引いてしまうほどだった。そして、ただ一言肯定の返事だけを返すことしかできなかった。

 

「先生に下校の挨拶に行くので、その後でよければ付き合います。急いでください、さっさと行きますよ」

 

 先ほどまでなら考えられないほどの積極性で彼女は行動を始める。最終下校時間まで本を読んでいる彼女は、早く帰る時は教師の手を煩わせないように挨拶だけはしていくようにしている。

 だが、今回はそれ以外にも理由があった。

 

――立川も真面目な生徒ではあるんだがなぁ。チャラついた態度はどうにかならんのかお前は……

 

 下校の挨拶に教師の下に行ったとき、傍にいる蓮をみて教師が放った言葉だ。彼女はあえて彼を連れていくことで、教師がどんな反応を示すか見ていたのだ。感情はわからないが、あえて嘘を口にする必要もない。

 その言葉が蓮の評価であると素直に受け止めることにした。喫茶店に連れてくと言って、襲われたりしたらたまったものでない。そのため、挨拶ついでに多少の安心を得ようと考えたのだ。

 教師の前にいる時の蓮が堂々としていたこともあって、完全には信用できないが、騙して襲われることもないだろうと思っておくことにした。

 

 

 

 

 

「喫茶店はここから遠いんですか?」

 

「んー、そんなでもないな。歩いて十分くらいで着くかなー」

 

 校門を出て、二人は歩道を進んでいく。華凛が会話を拒否しているためか、二人の間にあった会話は最初の問答だけだった。散々拒否されたためか、はたまた外であるためか、蓮も図書室のようにしつこく話しかけるようなことはしていない。

蓮は時折後ろを歩く華凛を気にして様子を窺っているが、彼女はただ黙々と歩いているだけだった。時折すれ違う女性が顔も良く、身長もそれなりにある蓮を見て動きを止めるが、後ろを歩く彼女を見て小さくため息を吐いていた。

 そんな何もない放課後、夕陽が赤々と空を染める時間。言葉なく歩く二人には距離があった。二人の間の僅かな距離が、今互いに距離があることを表しているようだった。

 十分ほど歩いたころ、一軒のお洒落な洋風の建物が見えてきた。看板が掛けられており、そこが目的の喫茶店であることは、華凛にもすぐ理解できた。

 

喫茶『AiFrie』

 

 看板に書かれた文字、それが喫茶店の名前なのだろう。蓮も入口と思われるドアの前に立ち止まって華凛を見つめている。この場所が目的地であることを彼女も確信することができた。

 

「ご到着しましたよ、お姫様ってね。さっ、入ろうぜ」

 

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