Hololive SEED DESTINY─止まらない運命─ 作:疲れた斬月
「ほら、シン君!見えて来たよ!」
「あ、本当ですね」
電車に揺られる事約2時間、シンとメルの視線の先に立派な和風の建造物が見えた。
時を遡る事1週間前、突然メルに「一緒に温泉旅行に行こう!」と誘われたシン。
何でも福引きで3泊4日の温泉旅行を当てたのだが、チケットに「2名様」と書かれており、一緒に行く相手を探していたとの事。
シンも丁度その日は予定が空いていたので快諾し、今に至るという訳だ。
「(よし、今の所は順調!)」
心の中で密かに呟くメル。
彼女もまた、シンに想いを寄せる1人…という訳ではないが、シンに想いを寄せるちょこに好意を抱いていた。
2人組ユニット【メルティーキッス】としてシンとアスランが転移して来る以前から活動していたメルとちょこ。
2人の仲はすこぶる良く、配信の度にイチャイチャするその姿は、最早夫婦と呼んでも過言ではない程だった。
同性婚が認められていない日本では実際に交際する事ができない以上、『友達以上恋人未満』止まりではあったが、それでもちょこの事が大好きなのは変わらない。
…だが、そんなちょこが自分以外の人物に好意を寄せ始めたのだ。
ちょこが惚れ込んだ男…シンに対して強くヤキモチを妬くメルだったが、その反面、ちょこのハートを撃ち抜いたシン・アスカという少年に興味が沸いた。
───どうやってちょこ先生を堕としたんだろう?
ちょこ先生は彼のどんな所に恋をしたんだろう?
気になったメルは、シンと交流を深め、彼の秘密を知りたいと思う様になった。
福引きで温泉旅行を当てたのは、まさに僥倖と言えただろう。
丁度2名様用だったので、迷わずシンを誘ったのだ。
「2名様でお越しの夜空様ですね、ようこそお越し下さいました。お部屋にご案内致します」
チェックインを終え、女将の案内で部屋へと歩みを進める2人。
2人が案内されたのは『青龍の間』と書かれた札の掛かった、この旅館の最高クラスの部屋である。
「凄~い!広いね!」
「流石最高ランクの部屋だなぁ…」
高級感と風情溢れる立派な和室に感嘆の声を上げるメルとシン。
窓を開くと、豊かな自然や人で賑わう温泉街が広がっている。
「シン君、少しお出掛けしない?ずっと此処にいるのもあれだし」
「そうですね、じゃあ行きましょうか」
2人は持って来た荷物を置くと、財布や携帯と言った必要最低限の所有物を手に取り、街へと繰り出して行った。
「はぁ~…気持ち良い~…♪」
「無駄に色気出して言うのやめて下さい」
聞く者の興奮を誘う様なうっとりとした声を上げるメルにシンの冷静なツッコミが刺さる。
2人は現在、まったりと足湯を堪能していた。
足だけ温泉に浸かる事に違和感を感じていたシンだったが、いざ浸かってみると中々に心地良い。
「この後何処行きますか?」
「う~ん、皆にお土産も買いたいし、この温泉街の名物の揚げ饅頭も食べてみたいな~!あっ、近くに世界遺産になってる神社とかお城もあるから行きたい!」
「吸血鬼が神社なんか行って大丈夫なんですか…?」
楽しそうなメルとは対照的に、疑問符を浮かべるシン。
でも考えてみりゃこの人、ニンニクも十字架も平気だし、日光も大丈夫だから案外問題無いのか?
あれ?こうやって見るとこの人本当に吸血鬼なのか?
「む~、シン君何か失礼な事考えてない?」
「いえ、別に?じゃあそろそろ行きましょうか」
「話をはぐらかされた気がする!」
湯から脚を上げて靴を履き、2人は温泉街の物色を始めた。
「この店で合ってますか?」
「うん」
温泉街を巡り、2人は名物の揚げ饅頭を販売する菓子屋へと訪れた。
が、凄い人数の客が並んでいる。
「う~、流石この温泉街の名物だね」
「凄ぇ行列だなぁ…メル先輩は並んでて下さい。俺、売り切れてないか見て来ますね」
そう言って店の中へと姿を消すシンを見送り、メルは列の最後尾へと並ぶ。
「…っ!?」
ふと、凄まじい不快感が背筋を迸る。
後ろに並んだ2人組の男が、自分の尻を撫で回していた。
「フゥ~、滅茶苦茶可愛いじゃん」
「超俺好みのケツしてるぜ、ヒヒヒ」
小声でボソボソと会話する男達。
殴り飛ばしてやりたいが、こんな所で暴れて騒ぎにしたくない。
だが、我慢などした所で助けてくれる者がいる訳でもない。
「(怖い…助けて…!)」
「ぐふぇっ!?」
後ろから自分の尻を触っていた男が変な声を上げると同時に、誰かに身体を抱き寄せられる。
気が付くと、シンが右腕で自分の身体を抱き寄せ、左手で自分の尻を触っていた男の顔面に裏拳を叩き込んでいた。
「シ、シン君…?」
「…本当ならその腕千切ってやっても良かったけど、そんな事したらメル先輩にあんたの汚ぇ血がかかっちまうからな」
指をボキボキと鳴らしながら、男達に殺気を込めた視線を向ける。
「次は無いぞ…?」
「「ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?」」
アニメ版顔負けのラスボス顔にビビった2人組は悲鳴を上げながら無様に逃げて行った。
やがて2人の姿が見えなくなると、シンはふぅ、と息を吐いて表情を幾分和らげながらメルに向き直る。
「大丈夫ですか?」
「う、うん…ありがとう」
「すいません、女の子1人で残しとくのが間違いでしたね」
自分の配慮の至らなさを謝罪する一方で、メルの胸中には奇妙な感覚が芽生え始めていた。
「(シン君の身体、凄く逞しかった…)」
細身でありながらも鍛えるべき箇所が極限まで鍛えられているのが服の上からでも伝わって来て、とてつもない頼もしさを感じる。
「…メル先輩?どうかしたんですか?」
「ふぇっ!?あ、ごめん!ボーッとしちゃってた」
「そ、そうですか…とりあえず、揚げ饅頭はまだ残ってるみたいです」
「そう?なら良かった~…メルが奢ろっか?」
「え?悪いですよそんなの」
「助けて貰ったお礼だよっ、先輩命令!」
「はぁ…わかりました」
先輩命令を使われ、渋々引き下がるシン。
この男、押しには弱いのである。
「ん~♪美味しい…♪」
揚げ饅頭を頬張りながら幸せそうに微笑むメルを見やりつつ、自分も手に持った揚げ饅頭を齧るシン。
サクッとした衣、もっちりとした生地、熱を帯びた甘い餡の組み合わせが産み出す
饅頭と併せて自動販売機で購入した緑茶を呷りながら2人がやって来たのは、世界遺産にも登録されている神社。
仕事運、金運、健康運など、様々な御利益があると有名であり、特に恋愛運に効果があると評判が高く、多くのカップルが参拝に訪れるという。
端から見れば自分達もカップルに見えるのだろうか、などと考えながらメルは歩みを進める。
「俺あんまり神様とか信じてないですけど…何か雰囲気違いますね、この神社」
「パワースポットとしても有名だからね~。あ、そうだ!折角だから絵馬に何か書いてこうよ!」
「絵馬って確か、木の札に願い事書いて吊るすあれでしたっけ…良いですよ」
2人は絵馬を購入すると、願いを記入するスペースで願い事を書き込み、吊るす。
「ねぇねぇ、シン君は何て書いたの?」
「別に大した事じゃないですよ?『今の平和な暮らしがずっと続きます様に』って書きました」
「…きっと切実な願いなんだろうね」
何気無い願いだが、書いた人間の経歴が経歴故に酷く重苦しく感じてしまう。
談笑しながら神社を後にするシンとメル。
…絵馬の中に、名前を書く欄に『T.S』と『Y.C』と記された『好きな人と両想いになれます様に』という全く同じ願いが書かれた2枚があった事には触れない事にしたメルであった。
「せぃっ!」
「はい」
「おりゃ!」
「ほい」
所変わって、宿泊先の旅館。
卓球に勤しむメルとシンの姿があった。
近辺の観光を終えて戻って来たものの、夕食までにはまだかなり時間があるという事で、浴衣に着替えた後、暇潰しがてらにこの旅館にある卓球場にやって来たのだ。
だが、男女の体力差故か、時間と共にどんどん点差が開いて行く。
「はぁ、はぁ…やっぱ強いな~、シン君」
「そろそろ終わりにします?」
「まだまだ!1点だけでも取るよ!」
そう言って球を投げるメル。
ラケットを振りかぶり、球を叩いた所で…悲劇は起こった。
激しく動き回った末に緩んでいた浴衣の帯がメルの腕の一振りと共に…完全に解けた。
「…っっ!!」
「あ…っ!?」
即座に目線を逸らすシン。
帯が解け、浴衣がはだけ、中に隠されていた白い素肌が露になる。
幼女の如き華奢な肉体と、それに不相応な胸が衣類の圧迫から解放されて揺れ動きながら外の空気に晒され…
「…きゃああああああーーーーっっ!!??///」
可愛らしい悲鳴を上げながらその場に踞るメル。
そんなメルを歯牙にも掛けず、シンは卓球場の入り口の扉に駆け寄り、鍵を掛ける。
「今の内に浴衣直して下さい!他の客が来る前に!」
「…っ、う、うん…!」
「…メル先輩、大丈夫ですか?」
「な、何とか…」
先の一件で卓球を続行する意欲が削がれてしまったメルを連れて部屋へと戻るシン。
大丈夫かと尋ねるが、明らかに意気消沈してしまっており、足もおぼつかない。
他の客が誰もいなかった事が幸いだった。
誰かいたら再起不能になっていただろう。
「うわっ!」
ふと、メルが躓いた。
「危ない!!」
シンが慌てて背後から抱き止めた事で、辛うじて転倒する事は免れた。
…転倒する事は。
「…っ?」
シンの両手に、何やら妙に柔らかいものが触れた。
───あれ?この感触、何処かで…
…そう思う暇すら与えられる事は無かった。
「きゃあああああああああーーーーーー!!!///」
「ぐふぇっ!?」
メルの裏拳がシンの頬を正確に捉える。
「あわわわわわわわぁぁっ!!!///」
あたふたしながら逃げて行くメルを目で追いながら、シンは今自分が触れていたものが何だったのかを理解する。
「…部屋に戻ったら謝んないとな」
掌をチベットスナギツネの様な眼差しで見詰めながらそう呟く。
この状況に慣れ始めている自分にほとほと嫌気が差すシンであった。
「…」
メルはシンを殴り飛ばした後、1人部屋に戻り、踞っていた。
「酷い事しちゃったなぁ…」
何度目かもわからない溜め息を吐くメル。
彼は転んだ自分を助ける為に支えてくれただけであり、胸を触られたのは完全な事故だ。
なのに、自分を助けてくれた彼を思い切り殴ってしまった。
「メル先輩」
「あ、シン君…」
部屋の扉が開き、シンが中に入って来る。
「その…」
「あ、えっと…」
「「さっきはすいませんでした(ごめんね!)」」
同時に同じ言葉を発した。
呆気に取られた両者の間に数秒間の沈黙が流れる。
「いや、だって俺、メル先輩の胸を…」
「それはメルを助ける為でしょ!?なのに思い切り殴っちゃったし…」
やいのやいのと遠慮合戦を始める2人。
「ぷっ、ふふふっ…あははははははは!」
やがて、メルが心底可笑しそうに笑い出した。
「メ、メル先輩?」
「あ~、ごめんね…シン君って、結構可愛いなぁって」
「…っ」
恥ずかしい様な、不満げな様な表情を浮かべながらそっぽを向くシン。
そんなシンの様子が可愛くて、面白くて、メルの頬が一層緩む。
…すると、メルの腹の虫がぐぅ~、と鳴いた。
「あっ…///」
今度はメルが頬を染める番。
シンがふっ、と微笑みながら部屋の扉に手を掛ける。
「そろそろ晩飯の時間ですしね、行きましょうか」
「う、うん…」
夕食を終えた後、メルは露天風呂に浸かりながら星空を見上げていた。
流石に混浴ではない。
「ちょこ先生がシン君を好きになるの…わかる気がするなぁ」
今日1日シンと過ごして、シンの強さ、優しさ、そして可愛らしさを十分に理解したメル。
悔しい気持ちもあるが、ちょこが彼を愛した理由も頷ける。
現に自分も彼に助けて貰った。
あの時自分を庇ってくれた細くも逞しい腕の感触と体温が、すぐに甦って来る。
「…っ?」
思い出した瞬間、何故か酷く頬が熱くなる。
逆上せたのだろうか?
だが、先程から感じているこの胸の高鳴りは何なのだろう?
───え?まさかとは思うけど…
「…シン君の女誑し」
ボソッ、と呟いたメル。
「へっくし!ズズッ…風邪でも引いたかな?」
同時に隣の男湯にいるシンがくしゃみをした。
「でも風邪は引かない様に調整されてる筈だし…誰か噂でもしてんのかな?…ま、良いか」
気にせず温泉を堪能する事を選ぶシンであった。
…尚、2人が温泉旅行から帰った後、ヤキモチを妬いたちょこにメルがお仕置き(意味深)されたのは完全な余談である。
メルちゃんとのフラグ建設回でした。
まぁシン君は気付いてないんでしょうが()
そろそろホロライブ以外とも絡みを持たせたい今日この頃。