Hololive SEED DESTINY─止まらない運命─   作:疲れた斬月

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レーサーとしての初陣。

因みにこの章は比較的サクサクテンポで進めますのでご了承を。

作中の《》は実況者です。


第30話「デビューウィンというのは中々上手く飾れるものではない」

決勝レース当日。

 

「…」

 

ピット内の待機室で、瞑目して音楽プレーヤーを再生するメルの姿があった。

 

現在再生しているのは『RACER'S HIGH』。

 

永遠からプレゼントされた『CiRCUiT BEATS -SUPER GT 20th ANNIVERSARY-』に収録されている1曲だ。

 

闘争心を掻き立てる様な歌詞とアップテンポなロック調のメロディーが特徴で、確かにこれは気合いが入るな、とメルは感想を抱く。

 

…そんな彼女に後ろから接近する人影が。

 

「…メル」

 

ポンと肩を叩きながら声を掛ける男…バレットだ。

 

慌ててイヤホンを取り、バレットに向き直る。

 

「時間だ、準備しろ」

 

「…っ、わかりました」

 

…遂にこの時が来たか、と意を決するメル。

 

そんなメルの心境を知ってか知らずか、バレットが更に言葉を紡ぐ。

 

「…1つ朗報だ。誰もお前に期待してない。だからまぁ、気楽にやって来い」

 

「…はい」

 

冗談と真実が良い塩梅で混ざったその言葉は、メルの緊張を明らかに解した。

 

 

 

 

 

 

『あー、あー、聞こえるか?』

 

「…はい、大丈夫です」

 

通信用インカムから聞こえるバレットの声に、白を基調としたカラーリングのGT-Rのコックピット内に座すメルが返答を送る。

 

整備を終えたメカニック達がマシンをガレージの外へと押し出し、遂にGT-R(メル)がサーキットに姿を現す。

 

ピットロードに出ると、眼の前にはフェラーリ(F296 GT3)マクラーレン(720S GT3 EVO2)ランボルギーニ(ウラカン GT3 EVO2)ポルシェ(911 GT3R)メルセデス(AMG GT3)BMW(M4 GT3)アストンマーティン(ヴァンテージAMR GT3 EVO 2024)ベントレー(コンチネンタルGT3)アウディ(R8 LMS GT3 EVO2)フォード(マスタング GT3)…ライバルチームのマシンがずらりと立ち並んでいる。

 

自分に課せられた勝利条件は、この中で上位4台の中に食い込む事。

 

先日の予選を7番手のタイムで終えた自分は、後3つ順位を上げてゴールしなければならない。

 

5番手以下の23台の中に入ってしまえば、敗北だ。

 

27台中4位…ハードルは極めて高い。

 

ステアリングを握るメルの手にも力が入る。

 

エンジンに火を入れ、ゆっくりとマシンを走らせる。

 

ピットを出てコースを一周し、スターティンググリッドへ向かう中、バレットから無線が入る。

 

『今現在、お前にどれ程余裕があるかはわからないが…1つ言っておこう。【TEAM(チーム) CAPA(キャパ)】に気を付けろ。馬鹿みたいに金ピカのヤツだ』

 

自分の2列前にいるあいつか、と対象を視認するメル。

 

「…わかりました、忠告ありがとうございます」

 

返事をする中で、メルはレース開始前に永遠から言われた事を反復していた。

 

 

 

 

 

「TEAM CAPA…?」

 

それは、レース開始前の事。

 

決勝に向けたマシンのセッティングを行っている最中、チーム日産のピットに現れた永遠が忠告して来た。

 

「あの22番のランボルギーニ…ダニエル・キャパ。アイツ、汚い手を使って来るから」

 

「知ってるの?その…キャパってヤツの事」

 

メルの問い掛けに永遠は無言で首を縦に振って肯定する。

 

「ランボルギーニの合同テストで、何度か一緒に走った事があるし、レースでのアイツの走りも動画で見た。はっきり言って…とても褒められたものじゃない」

 

まるで悍ましいものを見るかの様な眼差しで、けばけばしい黄金のランボルギーニを調整するチームを眺める永遠。

 

「同じランボルギーニの私は何もされないと思う。でも…GT-Rのメルは近くにいたら間違い無く標的になる。だから、気を付けて」

 

「…わかった。ありがとう、教えてくれて」

 

 

 

 

 

コースを巡り、スターティンググリッドに到着するメル。

 

自分は前から4列目、7番手からのスタートだ。

 

そして、前のマシン達がゆっくりと動き出し、フォーメーションラップが開始される。

 

メルもそれに倣い、アクセルを踏む足にそっと力を込める。

 

ジグザグに走りながらコースを一周し、じっくりとタイヤに熱を入れて行く。

 

『良いか、メル。このレースはローリングスタートだ。シグナルがグリーンになったら、アクセルを一気に踏み込め。良いな』

 

「っ、はい」

 

ローリングスタート。

 

簡単に言うなら、一周してタイヤを温めた後、グリッドに整列、停止する事無く一気に走り出すスタートの事だ。

 

有名なマリオカートの様に整列し、停止した状態からのスタートは【スタンディングスタート】と呼ばれるものであり、F1等の俗に言う【フォーミュラカー】のレースがこれに当たる。

 

「…」

 

心臓がバクバクと音を立てる。

 

コックピットの中を張り詰めた空気が満たす中、マシンは順調に進み…遂に最終コーナーを立ちあがって、スタートラインが視認できる距離まで近付いて行く。

 

そして…緑のシグナルが点灯し、遂にレース開始を告げる鐘が鳴った。

 

『今だ!青になった!!行けぇッ!!!』

 

「ッ!!」

 

鼓膜を打つバレットからの号令。

 

反射的にアクセルを目一杯踏み込む。

 

《シグナルグリーン!レース開始です!!》

 

低く唸っていたエンジンが牙を剥いた獣の様に咆哮を上げると同時に、前にいる車達が一斉に駆け出す。

 

第1コーナーに入る前にBMWを何とか抜こうとするが、ラインを塞がれて思う様に前に出られない。

 

接触しない様慎重に、しかし置いて行かれない様懸命にマシンを飛ばす。

 

「…っ!?」

 

突如、前にいたポルシェが駒の様に回りながらコースアウトする。

 

…経験豊富なレーサーであれば、これ幸いとばかりに前へ出るだろう。

 

しかし、初心者のメルは眼前の事態に動揺し、ペースを落としてしまう。

 

1台、また1台と、自分の後ろにいた筈のマシン達が続々と前へ進んで行く。

 

『大丈夫、大丈夫だ!息を整えろ。深呼吸だ!』

 

―――――メル、しっかりしろ!

 

集中、集中…!

 

…深呼吸して己を落ち着かせ、前を見据える。

 

「…行くぞ!」

 

再びアクセルを吹かし、マシンを前へ進ませる。

 

順位を後退させてしまった分を取り返す様に、前にいる車を1台ずつ確実に抜いて行く。

 

『よし、良いぞ!その調子だ!』

 

その後も順調に周回数を重ねるメル。

 

6周目に差し掛かった所で…突如、前にいたベントレーのタイヤが白煙を上げた。

 

《おーっと!39号車のベントレーにトラブル!トラブル発生です!》

 

「!?」

 

煙が視界を霞ませ、再びメルの動揺を誘う。

 

『内側に入れ!大丈夫、トラブルはよくある。普通の事だ!集中しろ』

 

「っ、すいません!」

 

無線越しに聞こえたバレットの言葉がメルに冷静さを取り戻させ、再び彼女の意識をレースに引き戻す。

 

現在、順位は8位。

 

スタート時と比較して、1つ転落してしまっている。

 

『メル、焦るなよ。レースはまだ30周あるぞ』

 

「はい!」

 

気持ちを切り替え、前を強く見据える。

 

更にコースを一周して7周目。

 

第一コーナーに差し掛かると、前でメルセデスとアストンマーティンが激しくバトルしているのが見える。

 

アカデミーでの座学で学んだ事を心の中で復唱しつつ、慎重にチャンスを伺う。

 

―――――焦るな。

 

冷静に、スムーズに走れ。

 

そして…

 

「行けると思ったら…迷わず行け!!」

 

競り合う2台のインを突き、シケインで纏めてオーバーテイク。

 

順位を6番手まで上げた。

 

《ここで230号車が2台纏めてオーバーテイク!何という神業でしょう!!》

 

『よし!今のはかなり良かったぞ!!』

 

無線で聞こえるバレットの称賛に、メルも思わず口角が吊り上がる。

 

 

 

 

 

 

更にレースは進み、遂に半分以上を消化する。

 

現在20周目。

 

順位変動は無く、現在は変わらず6番手を走行している。

 

「バレットさん、燃料はどうですか?」

 

『…あんまり余裕は無いな。次の周で給油とタイヤ交換をする!』

 

「わかりました!」

 

遂に出るピットインの指示。

 

更にコースを回り、メルはマシンをピットに入れる。

 

《おっと!ここで夜空メルがピットインします!》

 

マシンにメカニック達が集い、タイヤ交換と給油を行う。

 

作業が完了するのを待っていると、窓がノックされる。

 

何の用かと思ってスライドを開くと、1人のメカニックが口を開いた。

 

「ジョイスティックの方が簡単か?ハハハハッ」

 

それは皮肉か?ジョークか?とメルはうんざりした様な顔になる。

 

そこへ、彼と入れ替わる様にバレットが顔を出す。

 

「良いか?ここで焦ったら終わりだぞ!ハンドルを切りすぎず、しっかり車を走らせるんだ!」

 

バレットの言葉が終わる直前でタイヤ交換と給油が完了し、ジャッキが下りてタイヤが地面に触れる。

 

メルはバレットの言葉にサムズアップで返答し、スライドを閉じるとアクセルを一気に吹かしてピットアウトした。

 

《夜空メル、ピットアウトします!日産のメカニックは素晴らしい手際でした!》

 

サーキットに復帰するメル。

 

ピットインの影響で順位は13位まで下落してしまっているが、まだ自分以外はピットインの義務を消化していない為、まだまだ勝負はわからない。

 

「焦ったら終わり…焦ったら終わり…!よし!」

 

自分に精一杯言い聞かせ、メルは引き続き車を走らせる。

 

 

 

 

 

更にレースは進み、残り10周。

 

他のマシン達も続々とピットインを済ませ、下落したメルの順位も徐々に元鞘に収まって行く。

 

そして、全車がピットインを済ませた頃には、メルの順位は5番手まで上がっていた。

 

―――――よし、あと1台だ。

 

あと1台抜けば…勝利条件は達成できる!

 

『キャパとの差が縮まった。すぐ前にいるぞ!』

 

バレットから繋がる無線に、思わず表情が強張る。

 

永遠とバレットから注意する様勧告されていた危険な相手(チーム・キャパ)…。

 

そいつが今、目と鼻の先にいる…!

 

ステアリングを握る手に力が込もる。

 

第3コーナーでイン側から抜こうとするが、キャパもまたマシンをイン側に寄せ、ラインを完全に塞いで来る。

 

―――――コイツ、ラインを完全に塞ぐタイプのレーサーか!

 

内心で舌打ちをしながらも、メルは集中力を散らす事無く、丁寧に隙を伺う。

 

まだチャンスは十分にある。慎重に、慎重に…

 

4周掛けてゆっくりと様子を伺いながら、確実な隙を伺う。

 

そして、残り6周。

 

第4コーナーで…キャパが遂にインを空けた。

 

―――――今だ!!

 

極限まで高められたメルの集中力は、その隙を逃さず、コーナーの内側にマシンを滑り込ませる。

 

コーナーを曲がり切ると同時に、メルは完全にキャパの前に出た。

 

『よし、良いぞ!4位に上がった!!その順位をキープしろ!そうすれば…FIAライセンスが手に入る!!』

 

「…はい!」

 

…本当は、1つ前の順位を走る永遠と勝負がしたかった。

 

だが、今はライセンスの獲得が最優先だ。

 

―――――小町ちゃん、ごめんね。

 

約束は、また今度ね。

 

…心の中で謝罪しつつ、メルはマシンを走らせる。

 

 

 

 

 

その一方、メルに逆転を許したダニエルの心の中には、暗い炎が宿っていた。

 

「ふざけんなよ…」

 

―――――何故、俺達を裏切った。

 

何故、今になって現れた。

 

何故、ここに現れた。

 

何故…よりによってお前が俺の前を走ってやがる!?

 

「許さない…!」

 

絶対に負けられない。

 

眼の前のアイツにだけは!

 

その激情に突き動かされながら、ダニエルはマシンを走らせる。

 

「弾き飛ばしてやるぞ、裏切り者が!」

 

 

 

 

 

 

『キャパに気を付けろ!外側から来る!汚い手を使うヤツだ、注意しろ!』

 

残り3周。

 

徐々にキャパとの差が詰まりつつある。

 

派手な黄金の車体から伝わる尋常ならざる気迫に、メルの額から冷や汗が流れる。

 

だが、レースは残り僅か。

 

ここで動揺したら、それこそ終わりだ。

 

「絶対に…抜かせない!」

 

最終コーナーを立ち上がり、ストレートを一気に駆け抜ける2台。

 

『差は1.2メートル…!1メートル…!』

 

スリップストリームに入ったマシンは、徐々にその差を縮めて来る。

 

 

 

 

 

…次の瞬間、後ろからこつん、と背中をつつかれた様な感触がメルに走った。

 

それと同時に、GT-Rがコントロールを失い、駒の様に回転しながらコースアウトする。

 

後ろにいたマシンが次々に自分を追い越して行き、周囲の音が遠ざかる様な感覚に襲われる。

 

「うっ…くっ!」

 

ハンドルを右へ、左へと回し、姿勢を立て直そうとするが、暖簾に腕押し。

 

回転が収まり、マシンの姿勢が安定した頃には、既に後ろに他のマシンの姿は無かった。

 

 

 

 

 

「…あばよ」

 

後ろからメルのGT-Rを突き飛ばしたダニエルは、見下す様な眼差しで一瞥し、マシンをゴールへ向けて走らせる。

 

 

 

 

 

「あの野郎…ふざけやがって!」

 

ピットから一部始終を全て観ていたバレットが、拳を握ってモニターを睨み付ける。

 

 

 

 

「キャパ…っ!」

 

前を走っていた永遠が、後ろにいる黄金のマシンに敵愾心を燃やす。

 

 

 

 

 

「…」

 

再びマシンのアクセルを吹かすメル。

 

「…くっ!!」

 

湧き上がる感情のままに、ステアリングに拳を叩き付ける。

 

《夜空メルは25位に終わりました。要所要所で光る走りを魅せましたが、まだまだ実力不足の様で…》

 

…この日のレースは、永遠が3位、ダニエルが4位。

 

メルは完走したマシンの中では最下位の25位に終わった。

 

 

 

 

 

 

「はぁ…」

 

レースが終了し、ピットのガレージに戻って来たメルが溜息を吐く。

 

マシンの扉が開かれ、レース中に自分を誂って来たメカニックが肩を叩く。

 

「兎に角、完走できたな。無理だと思ったがな、ハハハハ」

 

…本当に期待されてないんだな、と内心で舌打ちをしながらベルトを外し、マシンを降りる。

 

ヘルメットを外し、真っ先にバレットと平田に謝罪しに向かう。

 

「…ごめんなさい、本当に」

 

泣きそうな顔のメルを慰める様に、平田は優しく諭してくれた。

 

「初戦にしては上出来だよ。まだ6戦ある、頑張れ」

 

バレットは、メルに初めてのレースについての完走を尋ねて来る。

 

「…どうだった?凄い世界だろ」

 

「はぁ…凄すぎる…」

 

「これがプロの世界の実力だ。お前には、まだまだ足りてないものが多い。だから…1戦1戦を大事にして、確実に経験を積んで行くんだ。良いな」

 

「…はい」

 

 

 

 

しかし、その後もメルは苦戦が続いた。

 

第2戦、イタリアのモンツァ・サーキットではピットインの際にブレーキパッドの破損が見付かり、リタイア。

 

第3戦、ブラジルのインテルラゴス・サーキットでは無線トラブルが発生してピットとの連絡が不可能になり、独力で走るも13位でフィニッシュ。

 

第4戦のアメリカ、セブリング・インターナショナル・レースウェイでは9位。

 

第5戦スペイン、カタロニア・サーキットでは6位。

 

第6戦バーレーン王国、バーレーン・インターナショナル・サーキットでは5位と、徐々に上位を狙える様にはなっていくが、ノルマである4位は獲得できないまま…シーズンは最終戦を迎えてしまう。

 

舞台は日本…鈴鹿サーキット。




キャラクター紹介
ダニエル・キャパ
CV.内山昂輝
メルのライバル(性悪系)ポジ。
ゼッケン22番【TEAM CAPA】のドライバー。
親の金の力で成り上がったレーサーであり、勝利の為に手段を選ばない卑劣な走り方をする。
しかし、その内心では幼い頃から憧れていたレーサーという夢が叶った事で「今の座を失いたくない」「ここまで支えてくれた家族や仲間の期待を裏切りたくない」という想いを抱えており、上記の走りはそれが空回りしてしまった結果である。
実はメルのファンだった過去を持つが、契約解除という形で終わってしまった事に対する怒り、悲しみ、憎しみから反転ファンチになってしまった。
その為、彼女に対して愛憎入り交じった複雑な感情を抱いており、近くを走っていると積極的に攻撃しがち。
…という【グランツーリスモ(映画)】のニコラス・キャパをベースに作者の内面や性格、心情を一部トレースし、アレンジした結果誕生したボコられキャラ。


余談…キャパから追突喰らったシーンで書こうとしてやめたネタ。

バレット「メル、大丈夫か!?」
メル「正面衝突喰らいました!」
バレット「は?」
メル「後ろから正面衝突された!!」
バレット「???」

元ネタがわかる人はいるのだろうか…
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