時間ちょうどにグラウンドに着くと、そこには既にウォーミングアップを始めているサクラチヨノオーの姿があった。
やる気があるようで何よりだ。
レースでの負けを長い間引きずり、練習に支障をきたす性格のウマ娘も少なくないらしい。
少なくとも彼女は今のところ大丈夫そうだ。
「お待たせ、ウォーミングアップ中?」
「あっ、トレーナーさん!ちょうど今、アップが終わったところです!」
ちょうど良いタイミングだ。
「よし、じゃあ早速トレーニングを始めていこうか。」
「はい、頑張ります!私…マルゼンさんみたいに、速く、強くなりたいので!」
前にも感じたが、彼女はマルゼンスキーに強い憧れを持っている。
確かにマルゼンスキーも優秀な成績を残しているウマ娘の一人ではあるが、大抵のウマ娘は三冠バであるシンボリルドルフやミスターシービー、ナリタブライアン辺りに強い憧れを抱くものだと思っていたが。
おいおい彼女と仲を深めていけば、彼女がマルゼンスキーを慕っている理由も分かるだろう。
「分かった、じゃあまずは、君の走り方を見たい。」
「走り方を、ですか?」
「あぁ、だからまずは、このグラウンドを普段のトレーニングの時のように一周ぐるっと回ってきてほしい。」
走り方というのは、ウマ娘個人で必ず違うものだ。
全く同じ走り方をするウマ娘などいない。
コーナーで多少傾いたり、姿勢が変化するタイミングがあったり、個人によってその癖は様々だが、必ずどこかに違いが生じる。
だからまずはそれを把握しなければならない。
本人が理解している癖もあれば、場合によっては無意識にそうなってしまう癖だってある。
もちろんそれら全てが走りにマイナスに作用している訳ではない。
癖を適切に把握し、トレーニングメニューの調整を行うのが、僕らトレーナーの役割だ。
「分かりました!」
そう言うとチヨノオーはグラウンドの方へ行き、走り出した。
しばらく走りを見ていたが、これは…
「リューク、あの走りを見て、どう思う?」
「え?そうだな…俺は走り方とか詳しくないけど、なんかぎこちない走り方じゃないか?」
「リュークもそう思うか?」
「なんかな…自分の走りたいように走ってるってよりかは、何かに従って走ってるように見えるんだよな…。」
概ね同じ意見か。
「僕は最初に彼女の走りを見た時、教科書通りの走り、と表現した。
でも違ったんだよ。確かに彼女は何かを参考にしたような走り方をする。しかしそれが何なのか、あの時の僕には分からなかった。しかし、昨日の会話で確信した。彼女は…」
…これがまず最初の課題になりそうだな…。
「トレーナーさん…どうでしたか?」
「あぁ、まぁいくつか課題点は見つかったよ。とりあえずスポーツドリンクでも飲んで。」
「ありがとうございます!」
「まず、一つ確認したい。チヨノオー、君の今の走り方は誰かを参考にしてる?」
「えっと…はい。マルゼンさんの走り方を参考に…」
やはりそうか。
今のサクラチヨノオーは、マルゼンスキーの走り方を参考にしている。
人の真似をして感覚を掴む、というのはトレーニングとしては悪いことではない。
人には向き不向きというものがあり、得意な事や苦手な事がそれぞれ違うものだ。
それはウマ娘にも同じことが言えるだろう。
自分に合った走り方や、合わない走り方が存在する。
自分の走り方のヒントを得るために、他のウマ娘の走り方を試してみるというのは悪いことじゃない。
しかし、彼女の場合は…あまりにも走り方を寄せすぎている。その上走り方が噛み合っていない。あれだと本来の能力を出し切れないだろう。
そもそもマルゼンスキーは脚質〝逃げ〟のウマ娘だ。
対してチヨノオーの脚質は…現状の走りを見た限り、〝先行〟だ。
逃げでも恐らく問題なく走ることは出来るんだろうが、多少走りづらくなっているんだろう。
「チヨノオー、君はマルゼンスキーのようなウマ娘になりたい?」
「は、はいっ!」
「…恐らくだけどその走り方のままだと、君の目標のダービーはおろか、重賞レースにも勝てない。」
「そ、そうですか…」
チヨノオーは落ち込んでしまった。
でも、僕が本当に言いたいのはマルゼンスキーのようなウマ娘になるな、ということじゃない。
「君はマルゼンスキーじゃない。
でも、マルゼンスキーを超えることが出来ると僕は思っている。」
「…!」
「まずは君に合った走り方を探そう。チヨノオー、もう一度グラウンドを走ってきてくれないか?
ただし今度は自由に走ってみてくれ。思いのままに走るんだ。」
「はいっ!分かりました!」
そして、チヨノオーが再び走る。
「…さっきまでより、生き生きとした走りだな。」
無理に前に出過ぎず、前の方で足を溜め、後半でスパートをかける。
おそらくこの走り方がサクラチヨノオー本来の走り方なんだろう。
この走り方を軸にトレーニングを組んでみよう。
「お疲れ、チヨノオー。僕はこの後今の走りを参考にトレーニングメニューを組むから、今日のトレーニングはこれで終わりかな。」
「はい、分かりました!…あの、トレーナーさん。毎回名前をフルネームで呼ぶの、大変だと思うんです。だから私のことは、チヨって呼んでください!」
確かに呼びづらいとは思っていた。
チヨノオーの方からそう言ってくれるなら、受け入れておくべきだろう。
「分かった、それじゃあチヨ、また明日。」
「はい!それじゃあまた明日!」
今回はフォームに重点を置いてトレーニングをしたが、ここからはデビュー戦で一着を取るためのトレーニングを行っていかなければいけない。
今はチヨ一人でトレーニングしているが、レースの感覚を覚えてもらうためにも、他のウマ娘との並走トレーニングも僕が予定しておくべきだな。
まだまだやるべきことはたくさんある。
こうして、僕とチヨのトレーニング初日は幕を閉じるのだった。
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