あれから一ヶ月が経った。
あれ以降特に目立った出来事はなく、Lからの接触もないままだ。
この一ヶ月で分かったことと言えば、Lが担当しているウマ娘についてだ。
Lが担当しているのはエルコンドルパサーというウマ娘だった。
どういった経緯で二人が出会ったのかは知らないが、彼女はアメリカ生まれのウマ娘らしく、言葉遣いにも特徴がある。
どうやら、この世界でもLは相当に有名らしく、アメリカに住んでいたエルコンドルパサーもLの事はよく聞いていたらしい。
そんな中トレセン学園でLと名乗るトレーナーが担当契約をしたいと言うので快く承諾したということだ。
普通に考えたら偽物の可能性の方が高かっただろうに。
そこで本物のLだと見抜けたのは、エルコンドルパサーが優れた頭脳の持ち主か、考え無しのウマ娘かのどちらかだ。
失礼な話ではあるが、ここ一ヶ月の彼女の言動を見ていると…
そこまで頭脳明晰であるという印象は受けない。よって後者の可能性が高い。
それと、彼女は何故かコンドルを飼育している。
グラウンドだろうがレースコースだろうが所構わず放つので、僕やチヨ、他にも一部のウマ娘が迷惑を被ることもしばしばあった。
しかし、今ではLがそのコンドルを完全に手懐けていて、それ以降場所に構わず飛び回るということはなくなった。
そして、サクラチヨノオーについてだが、順調に実力をつけている。
担当契約したとき、スタミナ不足気味だったが、一ヶ月に渡るトレーニングによりそれも改善されてきた。
今のチヨは、2000mまでなら走ることが出来ると思っている。
ただ、それは走りきるスタミナがある、というだけの話だ。
実際のレースで他のウマ娘相手に競り勝つことが出来るかどうかはまだ分からない。
一人でのトレーニングしかさせていないからだ。
そろそろ併せトレーニングを取り入れてもいいかもしれない。
今まではフォームの改善やスタミナ作りのトレーニングを中心にしていたが、フォームもこの一月でかなり改善されてきたし、併走相手にもよるが大抵のジュニア級ウマ娘相手なら既に戦える土俵には上がっているだろう。
とは言っても今は五月。チヨが出られるようになるジュニア級のデビュー戦は一番早いもので八月や九月である。
まだまだ余裕があるので、焦る必要はない。
しかし、デビュー戦は遅いよりは早い方が良いというのも事実だ。
早い段階でデビュー戦に出走出来れば、その分出られる重賞レースも多くなる。
慎重になるのも良いが、攻めることも大切ということだ。
──よし。
そう言って僕はメールを送信した。
そして、一週間後。
「おはようございます、月さん!
今日の合同トレーニング、よろしくお願いします!」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします。
お互いに有意義なものにしましょう。」
そう、僕は1週間前に桐生院葵に合同トレーニングを持ちかけておいた。
元々お互いに担当が決まったら併走でもしようという話してはいたのだが、都合の合うタイミングがなかったため、五月まで予定がずれ込んだ。
初めての合同トレーニング。
チヨにとっても良い経験になるだろう。
それに、僕自身頭も学ぶことは多い。
レースは周りとの駆け引きが最も大切になってくるためだ。
今までは一人で走っていたため、チヨは競り合いや読み合いに関する経験がほとんどない。今現在チヨが出走したレースといえば、最初の模擬レースくらいだ。
よって、出来れば本番に近い形…多くのウマ娘でレースをするという形にしたかった。
…よって、不服ではあったが、あいつも合同トレーニングに誘った。
人数が多いほど本番に近い経験が得られるからだ。
「月くん、お誘いありがとうございます。」
背後から気だるそうな声が聞こえた。
相変わらずの猫背で、不健康そうな見た目をしている。
他のトレーナーやウマ娘もいる中、見た目にはお構いなしと言った感じである。
僕が合同トレーニングを取り付けたもう一人の相手。
そう、Lだ。
正直呼びたくは無かったのだが、なにせ僕はトレセン学園ではまだ大した人脈がない。
たとえLだろうと、利用出来るものはなんでも使う。
「夜神さん、この方は…?」
三人で合同トレーニングをする、という概要だけ送ったため、桐生院にはLのことを教えていなかった。
「彼はL…いや、竜崎トレーナーです。多少変わり者ではありますが、トレーナーとしての腕は確かなんですよ。」
癪ではあるが、実際Lのトレーナーとしての腕は良い。
たびたびトレーニングの時に居合わせるのだが、一ヶ月前よりはエルコンドルパサーのフォームもかなり良くなっている。
実際にレースで戦うとしたら、強敵になるだろう。
すると、どこからか声が聞こえてきた。
「何やら面白そうな事をしているね、私も混ぜておくれよ。」
聞いたことのある声だ。
振り返ると、そこには長過ぎない髪に素粒子をモチーフにした耳飾りをした、白衣のウマ娘がいた。
「だ、誰ですか?」
桐生院が恐る恐る聞く。
まぁ知らない人からしたらこの反応が普通だろう。
「私はアグネスタキオン。速さの限界を追い求める、しがないウマ娘さ。私の知り合いから、何やらグラウンドで面白そうな事をしているという話を聞いてね。いいデータが取れそうだから、是非私も混ぜて欲しいと、そう思ったわけだ。」
一体誰がそんな噂を流布したのだろう。
合同トレーニングなど別に珍しくも何ともないはずだが。
「タキオン、混ぜてくれというのはトレーニングに参加するということか?」
すると、タキオンはこう返した。
「あぁ、勘違いしないでくれたまえ。私はあくまで若く素質のあるウマ娘たちのデータが欲しいだけだ。君たちのトレーニングを邪魔するつもりはない。ただ脇の方から君たちの担当ウマ娘が走っているデータを取りたいだけさ。」
…それはどうなのだろうか。
自分の担当ウマ娘のデータが流出する可能性もあるし、何より僕らには何のメリットもない。あまり気乗りはしないな。
「…それだと私たちにメリットがありません。何かそちらが提示できる条件は?」
今まで黙っていたLが答えた。
Lも同じことを思っていたようだ。
「確かに、今の条件だと一方的にこちらにしか利がないね。いやぁ、すまない。
それではこうしよう。今回の合同トレーニングはもちろん併走をするだろう?私もそこに参加させてもらう。そちらとしてはよりレース本番に近い形式で併走が出来るわけだ。
それと、私が取るデータはあくまでも私の研究に必要というだけなのでね。他の誰かに情報が渡るということはないと考えてもらっていい。」
「分かりました。それで手を打ちましょう。月くんと桐生院さんはどうですか?」
「僕は構わないよ。」
「わ、私もそれで大丈夫です!」
アグネスタキオンが嘘を言っていないとも限らないが、その時はその時だ。もしもデータを第三者に横流しするようなことがあれば、最悪の場合僕が彼女のパソコンにハッキングをかけてデータを消去することも出来る。
こうして、サクラチヨノオー、エルコンドルパサー、ハッピーミーク、アグネスタキオンの四人による併走トレーニングが始まるのだった。
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