Lの提案から始まったサクラチヨノオーVSエルコンドルパサーのレース。
桐生院の合図で二人は勢い良く走り出した。
最初はお互いに真っ直ぐに直線を駆けていく。
チヨはいつもこの最初の直線で傾きがちな癖があったが、一ヶ月の特訓で、それも改善されている。
一方のエルコンドルパサーは、力強い走りをしている。
多少のブレはあるものの、力強さで釣り合いがとれている。
流石にLの担当しているウマ娘というだけあり、一般的なウマ娘と違い、型破りな走り方という印象を受ける。
そしてレースはちょうど第一コーナーに差し掛かった。
すると、第一コーナーを回った辺りで、エルが仕掛けた。
そこまではチヨの少し前のポジションをキープしていたが、ここでエルコンドルパサーが仕掛けた。
「やあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
気合いの入った大声と共に、エルコンドルパサーが全力で走りだした。
このタイミングでスパートをかけるだと?!
そんなのスタミナが持つはずが…
そんな事を考えていると、おもむろにLが僕に話しかけてきた。
「月くん、一つ言っておくことがあります。
月くんはあまり自覚がないみたいですが、レースの世界は非情です。
勝てば評価され、負ければ一切見向きもされない。そういう世界です。」
いきなり何を言い出すんだ。
そんな事は重々承知しているつもりだ。
だからこそ、僕はチヨを勝たせるために最善を…
「ですから、常識に囚われたお行儀の良いだけの走りでは、この先勝つことは難しいと思いますよ。」
お行儀の良い走り…?
それは、今のチヨの走り方の事か…?
当初のチヨの走り方はマルゼンスキーを参考にしたものだった。
まさに逃げの脚質のような走り方をしていたが、今は改善したはずだ。
型にはまった走り…
!!
そうか、そういう事か。
僕は勘違いをしていた。
確かにチヨは走り方が改善されたが、それはあくまでも逃げの走り方から先行の走り方になっただけだったんだ。
改めて見ると、今のチヨの走りは一般的な先行の走りと大差ない。
一般的な走り方というのは、長い間最適解とされてきた走法だ。
それ故に、それを習得すれば安定した走りが出来るようになる。
しかし、裏を返せばそれは『普通』の範疇を出ないということだ。
今のエルコンドルパサーのような、特殊な走り方をするウマ娘と走ることになった時、レースの流れ支配するのはおそらくエルコンドルパサーだろう。
だが、個人のウマ娘に完全に合う『走法』を見つけ出すなど、並の努力では出来ないはずだ。
少しでも本人の感覚とズレている走り方をすれば、ケガや引退の危険性もある。
それを覚悟した上で、Lはこの一ヶ月で見つけ出したのか。
エルコンドルパサー固有の『走法』を。
そして、決着がついた。
今回のレース、結果から言うと、エルコンドルパサーの勝ちだった。
チヨは2バ身差で負けてしまった。
今になって思えば、おそらくエルは前半でかなり余力を残した状態で走っていた。
先頭を取った上でペースを落としていた。
こうすることで、チヨのペースも乱され、エルコンドルパサーは持久力を温存していた。
全てLの『計画通り』のレースになってしまった。
こんな屈辱は生まれて初めてだ…!
「あはは、トレーナーさん、私…また、負けちゃいました…。」
チヨノオーも、元気に見せているものの、良い気分ではないだろう。
公式戦ではないとはいえ、模擬レースに続く二度目の敗北。
全く気にかけないというのが無理な話だろう。
「大丈夫だ。チヨは良くやった。
実際、タイムも伸びてるんだ、この調子でいけば、君は必ずどんなレースでも勝てるようになる。僕を信じてくれ。」
Lに負けたという悔しさもあるが、それ以上に自分の担当にこんな言葉しかかけることが出来ない自分が情けない。
「トレーナーさん、私…もっと強くなりたいです。
今後もトレーニング、よろしくお願いしますね!」
レースで負けても、後ろ向きにならず、常に前を向いていられる。
彼女の武器の一つだ。
「あぁ、任せてくれ。僕が君をウマ娘界のかm…いや、マルゼンスキーを超えるウマ娘にしてみせるよ。」
そして、日も沈む時間になり始めていたので、今日の合同トレーニングはお開きということになった。
「夜神さん、それじゃあ私はこれで。今日はありがとうございました。
またよろしくお願いしますね!」
「それではエル、私たちもこの辺りで切り上げましょうか。
では月くん、また。」
こうして波乱の合同トレーニングは幕を閉じたのだった。
寮に帰ると、リュークがテレビを見ながらリンゴを貪っていた。
Lと接触する以上、リュークがいると面倒なことになる可能性があると判断したため、リュークには寮で留守番を任せていた。
「おぉ月、この芸人面白いぜ。」
ゴロゴロとだらしなくソファに座ってくつろいでいる。
まったく、一体この部屋は誰の部屋なんだろうか。
「それで、どうだったんだ?今日のトレーニングは。」
「Lに負けたよ。どうやらトレーナーとしては僕よりもLの方が一枚上手だったみたいだ。」
「クク、なるほどな。それでイラついてるってわけだ。」
まさかリュークに言い当てられるとはな。
「うるさいな。確かにイラついてはいるが、問題は無い。やるべき事の概形は掴めた。
今回Lに負けたことは甘んじて受け入れるが、次に僕が勝てば良いというだけの話だ。」
「そうか、じゃあ俺はその戦いの行方を見届けさせてもらうぜ。
せいぜい楽しませてくれよ。」
今回もあくまで助けたりするつもりはないんだな。
まぁそれで構わないが。
そして僕はパソコンを使って今日のトレーニングのデータの記録と、今後のトレーニングメニューの調整を行うのだった。
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