今日もトレーニングを終え、寮に帰る。
あれから色々とチヨノートについて調べてみたが、どうやらノート本体に特に変化はなく、チヨは今まで通りにチヨノートを使っている。
デビュー戦以降変化したことと言えば、現状チヨにリュークが見えるようになったことだけだ。
最初こそ怯えていたものの、今となってはリュークのことを可愛いと言っているので、なんの支障もなくトレーニングは進行できているが…
問題はそこじゃなく、チヨにも突然リュークが見えるようになったというところだ。
デビュー戦の前は見えなかった。
つまり、あのレースに何かの手がかりがあるはずだ。
とはいえ今からもう一度函館に行くわけにもいかない。
純粋に距離が遠いし、トレーナー業を疎かにするけにもいかない。
「リュークには何か変化はないのか?」
僕の部屋で漫画を読んでいるリュークに尋ねる。
「いや、俺の方には特に変化はないぞ。
あるとしたらチヨの方じゃないか?」
そうか、まぁあのレースの時、リュークは常に僕のそばにいたし、その間に何かをしていたということもないしな。
ちなみに今はリュークもチヨノオーのことをチヨと呼んでいる。
トレーニングの合間にチヨノオーとリュークが喋っている所もしばしば見るし、二人は案外仲良くやっているらしい。
チヨ曰く「可愛いものって見てると癒されるじゃないですか、それと同じよう感覚なんです」と言っていた。
…僕にはリュークが可愛く見えることは一生ないと思うが。
話が逸れたが、要するにチヨノオーにもリュークが見えるようになった原因はやはりチヨノオー、もしくはチヨノートにある可能性が高い。
…一度試しておくか。
そして、次の日。
僕はトレーニングの開始時刻を少し遅らせる旨のメールをチヨノオーに送り、リュークを連れてある場所に向かっていた。
「なぁ月、どこに行くんだ?」
「少し試したいことがあってね。じきに分かるよ。」
そう言って、僕は手に持った紙切れをリュークに見せる。
リュークはそれが何なのか分からずに首を傾げていた。
そうこうしているうちに、目的の場所に着く。
所々さびれているドアをノックすると、すぐに返事が返ってきた。
「入りたまえ。」
言われてすぐにドアを開け、中へと入る。
そう、用があるのは今そこの椅子に腰掛け、怪しげな薬品を調合するウマ娘だ。
「久々だねぇ、君の方からこの研究室に来るのは。それで?一体、私に何の用だい?」
お手製の白衣に身を包み、アグネスタキオンはそう尋ねた。
無論僕だって用がなければこんな所へは来ない。
向こうもそんなことは承知で聞いているのだろう。
「少し試したいことがあるだけだ。もちろん、無理にやってくれとは言わない。内容を聞いた上で、この提案を受けるかどうか判断してくれ。」
こうは言ったが、僕はアグネスタキオンはこの提案を受けるしかないことを知っている。
まだ数回会っただけではあるが、彼女の性格上必ず乗ってくるはずだ。
「ほう?君がそこまで念押しするということは、例の怪物についての話かい?私は一向に構わないよ。既に研究の過程でいくつかのタブーは乗り越えて…おっと、今のは忘れてくれたまえよ。」
何やら危険な雰囲気が漂う一言が飛び出したが、話を先に進めるため、続ける。
「まぁ概ね合っている。試したいことというのは、タキオンの言う怪物、リュークのことだ。」
前回会った時はリュークの名前についてはひた隠しにしていたし、僕はリュークと意思疎通を取れないというスタンスで接していた。
今後関わることはないという前提で会話をしていたため、その時はそれで問題はなかった。
しかし、状況が変わった。
サクラチヨノオーにリュークが見えるようになってしまった今、リュークが見えるようになるトリガーを見つけなければならない。
それが何か分からないままだと、いつの間にか他のウマ娘にもリュークが見えていた、ということになりかねないからだ。
そのためには、『こちらの事情を把握していて、かつ現在リュークの姿が肉眼で視認出来ない人物』が必要だった。
そして、その人物にいくつかの事を試してもらい、どれをトリガーにリュークが見えるようになるのかを調べたいのだ。
その実験にうってつけの人材が、アグネスタキオンであった。
ある程度こちらの事情を汲むことが出来て、なおかつ他人に言い触らすような性格でもない。
実験対象としてはこれ程の人材もいないだろう。
しかし、これ以上踏み入った話をするのなら、僕にはリュークが見えていない、という設定では無理がある。
なので、僕はアグネスタキオンにリュークのことについて明かすことにした。
明かした内容はチヨノオーに説明した時と同じで、リュークが元々死神の力を持っていたことなどは伏せたまま話した。
しかし、それでもアグネスタキオンにとっては十分刺激的な情報だったようだ。
「そうか…そうかそうか、その怪物は…いや、失礼。リュークくんだったね。リュークくんは、あの時サクラチヨノオーくんが持っていたノートに宿る付喪神のような存在なんだねぇ。ここまで明かしてくれたんだ、もちろんこのことは他言しないさ。それで?このことを説明して、私に一体何をする気だい?」
他言しないと言っているし、ひとまずアグネスタキオンの方から情報が漏れることはないだろう。
ひとまずリュークの存在について納得してくれた所で、本題に入る。
僕は胸ポケットに入れて置いた紙を取り出し、アグネスタキオンに見せる。
「僕が試したいことというのは、この切れ端のことだ。この切れ端は、昨日僕がチヨノートの一部を切り取ったものだ。僕の仮説が正しければ、この切れ端に触れた者にはリュークが見えるようになる。」
なぜこのチヨノートの切れ端に触れただけでリュークが見えるようになるのか。
もちろんあのレースの日の状況から考えて、チヨノオーがしていた行動のうちの一つが『ノートに触れる』だったこともあるし、僕がトレセン学園に来てリュークが見えるようになったのも、あのノートに触れた時だったからだ。
「ふぅン、成程ね。君が私に念押しをしたのは、そういう理由だったわけだ。だが、未知の生物が見えるようになることなど、私にとってはデメリットではないのだよ。」
そう言うとアグネスタキオンは僕の手からノートの切れ端を奪い取っていった。
すると、アグネスタキオンはリュークの方を見て、声を上げた。
しかし、声を上げたと言っても、チヨノオーが初めてリュークを見た時のような叫び声ではなく、笑い声だった。
「フ、フフフ…ハハハハハハ!!これは驚いた!!まさかこの目でこのような生物を実際に見ることが叶おうとは!!あぁ素晴らしい、今実に愉快だ!!」
リュークを見た途端、アグネスタキオンはいやに上機嫌になり、初めて見せる異常なテンションで話し出した。
「あんたも中々変な奴なんだな。普通の奴は俺の事を見ると、すぐに逃げたり叫んだりするもんだが、あんたは違うんだな。」
「まぁ、日常的に実験や研究に明け暮れているものでね。
一般の人々よりは、イレギュラーな事件や存在には耐性があるつもりだ。とはいえ、流石に面食らってはいるよ。実際に非科学的な生物をこの目で見るのは初めてだからね。」
冷静沈着に振舞っているように見えるが、会話のペースが早口で、彼女はどこか取り乱した様子だった。笑ってはいるが、初めて自分の目で見た異形の怪物だ。恐怖ももちろん感じるだろう。
恐らく今彼女は知的好奇心が感情の大半を占めているのだろうが、少なからず恐怖心もを感じている。
とはいえ、やはり仮説は正しかった。
ノートに触れるとそのノートに憑いている死神が見える。
デスノートの時と同じようなルールだ。
「それじゃあ仮説も立証出来たことだし、僕はこの辺りでお暇させてもらおう。あまり長引くとこの後のチヨノオーとのトレーニングにも支障が出るしね。」
そもそもこの後はいつも通りにチヨノオーとのトレーニングの予定が入っている。だからあまりここに長居することも出来ない。
なので部屋を出ようとすると、アグネスタキオンは焦って僕とリュークを引き止めてきた。
「おいおい、待っておくれよ。君の方は満足したかもしれないが、私はまだ満足していないぞ。私はリュークくんの生態について調べたいことが山ほどあるんだ。最悪の場合、君は帰ってもいいが、リュークくんは置いていってもらうぞ。」
そう来るか。まぁ今のリュークを調査したとて、僕たちにとって不都合な何かが露呈するようなことはないだろう。
「なら、トレーニングが終わるまで君にリュークを預けることにしよう。リューク、頼むぞ。」
そう言うと、リュークは驚いたような表情で僕を見る。
その目は明らかに「お前、嘘だろ」と訴えているが、僕も僕でこれ以上ここに留められると、トレーニングに間に合わなくなりそうだから、なりふり構ってはいられない。
そんなわけで、リュークをアグネスタキオンに預け、僕はその部屋を後にした。
…帰りに、購買でリンゴを買っておこう。
それも多めに。
その日のトレーニングも終わり、寮に戻ったが、リュークは部屋にはいなかった。それからしばらく経ち、僕がトレーニングメニューを見直している間にリュークは部屋の壁をすり抜けて戻ってきた。
恐らくアグネスタキオンに酷い目に遭わされたのだろう。
何故かリュークの体が発光している。
一体何をされたらそうなるんだ…。
「酷い目に遭ったぜ…。」
絞り出したようなかすれ声でリュークは開口一番にそう言った。
流石にあの研究室にリュークを置いてきた罪悪感も込み上げてきた。
買ってきたリンゴをリュークに与えながら、何が起きたのか、事の顛末を聞くことにした。
「俺を見ても全く怯える様子とかがなかったから、おかしな奴だとは思ったが…間違いない、あいつは狂ってる。」
しばらく話を聞いていたが、要するにアグネスタキオンはノートに触れていない者にもリュークが見えるようになる方法を探っているということらしかった。
リュークは薬品を飲まされたらしいが、恐らくその薬品はそのためのものだろう。
リュークが発光することによって、周囲の人間は「そこに何かがいる」という認識を下すことになる。
しかし、何よりも問題なのは、体が発光している状態でリュークが僕の部屋まで帰ってきたということだ。
幸い夜も更けているし、大勢に見られていたということはないと思うが、もし誰かに見られていた場合、リュークの存在がバレてしまうんじゃないか…?
いや、まさか誰かに見られているはずもないだろう。
なぜならリュークが部屋に帰ってきたのは11時過ぎだ。
ウマ娘はとっくに寮に帰っている時間だし、そもそもこの時間にグラウンドやコースにいる者などいるわけがない。
僕は自分に言い聞かせるようにして、その日は眠ることにした。
しかしリュークは深夜でも構わず光輝いていて、どうにも眠ることが出来なかった。
光るのはやめろと言うには言ったのだが、どうやら自分の意思で決められるものではないらしく、ただただ僕はリュークの出す光に耐えながら眠りにつくのみだった。
そして次の日。
掲示板に張り出されている学園新聞の見出しには、こう書かれていた。
『目撃者多数!!謎の発光体の正体とは!?』
恐れていた事が現実に…。
記事を読むと、あの時間にまだ自主的にトレーニングをしていたウマ娘がグラウンドにいたらしい。
他にも何人かのトレーナーの目撃情報が新聞に載せられていた。
くそっ、リュークのやつ、よりによって目立つ道ばかり通っていたらしい。
このままだとリュークの事がバレるもの時間の問題かと悩んでいたが、どうやら周りのウマ娘やトレーナーたちはその新聞に大して食いついてはいなかった。
どういうことだ…?
発光体が目撃されるという事態が日常的に起こっているとでも言うのか…?
「夜神さん、お久しぶりですね!」
突然の声に、僕の思考は遮られた。
振り返るとそこには桐生院葵がいた。
「あぁ、葵さん、お久しぶりですね。どうですか?葵さんの担当の子、最近調子が良いらしいですね。」
ともかく新聞に対する動揺を悟られぬように会話を続ける。
一応、桐生院葵の担当ウマ娘である『ハッピーミーク』についての調べはある程度ついている。
なんと言っても現在のオーソドックスなトレーニング法の基礎を確立させた桐生院家の人間だ。
蔑ろにしていい相手ではない。
「そうなんですよ!うちのミーク、先日のデビュー戦で一着だったんです!夜神さんの担当のサクラチヨノオーさんもデビュー戦、一着だったんですよね?おめでとうございます!
お互いにURAファイナルズに出走出来るように頑張りましょう!」
やはり桐生院葵もURAファイナルズを意識して動いているか。
かなりの注目度のレースだからな。
桐生院に限らず、今はURAファイナルズを目標としているトレーナーは多いんだろうな。
「あれ、その記事…」
桐生院の視線が僕の背後の新聞へと移る。
しまった、これに関して追求されるわけにはいかない。
そう思った僕は先手を打つことにした。
「これですか?面白いですよね、この記事。
いつの時代もこういうものって一定数あるものなんですね。
僕も学生の頃はこういうオカルト的な話に心躍らせたものです。」
この記事をあくまでも『学生の悪ノリ』として処理する。
先にこう言ってしまえば、この記事について深堀りするようなことはないだろう。
「そうですね、でもこの学園ではそういった話はよくあるみたいですよ?先日もタキオンさんが自分の担当トレーナーを光らせていたって話を聞きましたし。」
なっ…やはりこの学園では、この手の話がよくあるのか?!
てっきりリュークという生態の不鮮明な相手だからこそ躊躇なく薬品を飲ませたのだと思っていたが…
アグネスタキオンが誰に対しても同じスタンスで薬品を飲ませているということなら、先程の新聞を見たウマ娘たちやトレーナーたちの反応も頷ける。
もしその通りなら、今回の件でリュークの存在が広く知れ渡るようなことはまずないだろう。
まったく、とんだ取り越し苦労だよ。
再び新聞を見る。
心境の変化のせいであろうか、その記事は今の月には酷く稚拙な内容であるような気がして、思わず笑いそうになってしまう。
夜神月は桐生院葵に「そうですね。」とだけ返し、不安が解消されたことに対して安堵するのだった。
ーProject■■■ー
本日、■■二号に第一次覚醒の兆候あり。
■■二号の■■■への■■は安定している。
なお、条件を満た■た者は、■■二号の■■が可能となるこ■が確認された。
■■二号に■有■があることが発■したが、引き続き■■二号と呼称する。
依然■して他の■■に変化はなく、対象同士で■■するということはない。
■■一号の■■二号との■■は現■確認されていない。
なお、今後の動■次第ではあるが、現■■持に努めると共に、経■■■に徹することとする。
■■■■■■■■検閲済
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