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ライブ練習の日から三日後。
今日は8月20日。
もうすぐチヨノオーが出走する次のレース、『新潟ジュニアステークス』がある。
チヨノオーにとっては初の重賞レースとなる。
必要なものは早めに揃えておきたい。
その上、このレースの結果如何によって今後のチヨノオーの路線がはっきりしてくる。
このレースは翌年のクラシック路線のレースのローテーションを決める上で非常に重要な役割を果たすレースとなる。
チヨノオーの最終目標は日本ダービーだが、そうなるとクラシック三冠バとなることは実質諦めなければならなくなる。
なぜならクラシック三冠最後のGIは菊花賞だからだ。
菊花賞は3000mの長距離レース。
長距離の適性がないチヨノオーには到底走りきれる距離ではない。
仮に皐月賞、日本ダービーとクラシック二冠を取ったとしても、並み居るライバルを倒し、適正外の菊花賞で勝つことは困難なのだ。
しかし、ティアラ路線なら、チヨノオーでも三冠を取れる可能性がある。
トリプルティアラのGIレースは桜花賞、オークス、秋華賞の3つ。
どれもマイル、中距離のレースであり、チヨノオーはマイルと中距離のどちらの適性もある。
つまり、本人の意志に反することにはなるが、もし日本ダービーを諦めれば、チヨノオーはトリプルティアラ路線で三冠を取れるかもしれないということだ。
どちらの路線で進んでいくのか、それを見極めなければいけない。
なので、今回のレースでとはいかずとも、ジュニア級の戦績如何でチヨノオーをどの路線で出走させていくかを決めようと思っている。
よって、今日はチヨノオーと共にショッピングに来た。
前から蹄鉄を新調したいと思っていたし、ちょうどいい機会だ。
今の蹄鉄はトレーニング用のものになっている。
耐久性が高く、長く使うことに特化したものだ。
デビュー戦の時はチヨノオーの能力をレースに出られる所まで仕上げることに神経を使っていて気づかなかったが、やはり今後レースに出ていく上で使っている蹄鉄の種類というのは気にしておいた方が良い。
例えばトレーニング用の蹄鉄は、先述した通り耐久性が高い。長い時間使い続けられるようになっている。
しかし、当然ではあるが質量が重くなる。
一方レース用の蹄鉄。これは耐久性こそ決して高くないものの、質量がトレーニング用のものよりも軽い。
レースのタイミングだけで使うものなので、耐久力を削ることが出来るのだ。
そしてチヨノオーはどうやら新しい服が欲しいらしい。
僕が新しい蹄鉄を買うために出かけたいと言うと、交換条件で服屋に着いてきてくれと言われた。
まぁ、ウマ娘とはいえ彼女も学生だ。
ファッションに興味があるのだろう。
トレセン学園で合流した後、ショッピングセンターへと向かう。
なお、リュークは家で待機している。
一応行くかどうか聞いたが、家で待っている、と言っていた。
最近のリュークはテレビをよく見ている。
今日来なかった理由も『いつも見ている昼ドラの最終回が気になる』という理由だ。
ショッピングセンターに着き、まず先にウマ娘用の靴や蹄鉄の専門店へと入る。
実際に来るのは初めてだったが、思っていたよりも多い品揃えに驚いた。
府中随一の品揃えの専門店というのは伊達ではないようで、芝、ダートなどバ場に合わせたシューズはもちろんのこと、距離別でも用意されているようで、膨大な量のシューズが店内に所狭しと並べられている。
店に入ってすぐ、店員が僕元へやって来て、何やらセールストークを始めた。
このシューズは前年度のGIウマ娘が愛用していたものだとか、このシューズはかつての三冠ウマ娘が太鼓判を押したものだとか。
しかし、僕が今回買うものははっきりしている。
店員のトークを話半分で聞きながら、お目当ての蹄鉄を探す。
これだ。先芯のないアルミニウム合金製の蹄鉄。
蹄鉄の素材は主に二種類で、鉄とアルミニウムがある。
現在はアルミニウム合金と言っても、普段のトレーニング時からレースまで幅広く使える兼用蹄鉄と、レース専用の競走用ニウム蹄鉄がある。
多くのトレーナーは使い勝手の良い兼用蹄鉄を使用している。
耐久性にも優れ、なおかつレース使いも出来るのだ。使わない理由はない。
しかし、僕が今回求めていたのは兼用蹄鉄ではない。少し特殊な競走用ニウム蹄鉄だ。
チヨノオーの走り方は、少し特殊で『スパートで強く踏み込まない』走り方をしている。
これはスパートが弱く速度が出ていないということではない。
むしろ、普通に力強くスパートをかけているウマ娘より速度が速い。
これはチヨノオーの生来の走り方に由来するものとしか言えないのだが、彼女はスパートに限らず大きく踏み込むということがない。
そう、
むしろ、本来力強く踏み込むところを軽く踏み込むという動作で抑えることによって、他のウマ娘よりも小さな予備動作で最高速度に到達することが出来る。
これはチヨノオーの大きな強みだ。
そして、僕はこれを最大限に生かす蹄鉄を探していた。
なるだけ軽い蹄鉄をだ。
それがこの、先芯が入っていないアルミニウム合金の蹄鉄だ。
耐久性は他のものに比べて低いものの、抜群の軽さを誇る。
更に先芯を取り払うことによって、軽さを追求したものとなっている。
先芯というのは、スパートで力強く踏み込む時にシューズが耐えられるように使用される補助金属である。
チヨノオーのスパートは力を必要としないので、本来必要な先芯を取り払えるのだ。
耐久が低いとは言っても、一回や二回のレースでダメになるようなことは無い。
よって、今回のレースは試験的にこの蹄鉄を導入してみようと思っている。
一度チヨノオーにトレーニングで試してもらって、違和感がなければレースで使用してみよう。
僕はこの店でこの蹄鉄と普段のトレーニング用に兼用蹄鉄をいくつか買った。
さて、僕の欲しかったものはこれくらいだ。
次はチヨノオーの欲しいもの…服選びだ。
続いてチヨノオーと共にやってきたのはもちろん洋服店。
洋服店には過去に何度か同級生の女性と入ったことがあったが、ここ最近は来ていなかったな。
「トレーナーさん、私今日の為に色んな人にオススメの服とかを聞いておいたんです!だから任せてください!」
本人もこう言っていることだし、最近のファッションの流行も僕には分からない。
ここはチヨノオーに任せるとしよう。
「あった!これです!リサーチした最近流行ってる服!」
そう言ってチヨノオーが手に取った服は、肩パッドが入っていて、派手な赤を基調とした服…いわゆるボディコンシャスと呼ばれるバブル時代に流行った服だった。
僕ですら教科書に載っているものを見たことがあるくらいのものだ。
まさか実物をこの目で見ることになろうとは。
というか、なぜこんな流行の最先端を行くオシャレそうな洋服店に未だにボディコンのスーツが置いてあるんだ。
これは流石の僕でも分かる。
チヨノオーはリサーチする相手を間違えたのだと。
「チヨ、さっき色んな人に聞いたって言ってたけど…これが流行ってるって誰に聞いたんだ…?」
この世界ではまだバブル時代のファッションが流行っているのかと一瞬考えたが、やはりそれはないはずだ。
少なくともこれまで僕がトレーナーとしてやってきた間、バブル時代のような服装をしている人には一度たりとも会ったことがない。
「え?それはもちろん、マルゼンさんですよ!」
チヨノオーが憧れているというウマ娘、マルゼンスキーか。
もし彼女が完全な善意でこれを勧めているのだとしたら、マルゼンスキーの流行の認識は世間とかなりズレていると言うしかなくなるが…
それよりも問題なのは、チヨノオーがこの服を見て今にも購入しそうなくらい目を輝かせていることだ。
まさかこの服装を着て歩くことに何の疑問もないのだろうか。
チヨノオー、よく考えてくれ。これまで君が出会った人の中に、こんな服を着た奴は一人だっていなかったはずだ…。
こんな服を着たチヨノオーが僕の横で歩いていては、僕のセンスまで疑われかねない。かくなる上は…
「チヨ、その服も良いと思うんだけど、僕が服を選んでもいいかな?」
僕も特段ファッションに理解のある方ではないが、少なくともこれよりもマトモな服は選ぶことが出来るはずだ。
そして服を見繕う。
夜神月が選んだ服は、店先のマネキンが来ていた服装と大して変わらないものではあるが、オシャレに精通していない月からすれば、最良の選択をしたと言える。
結果的にサクラチヨノオーはその服装を気に入り、ボディコンのスーツは諦めて月の選んだ服一式を購入した。
月は何とかマルゼンスキーオススメの服の購入を阻止することが出来たのだった。
次に僕らが訪れたのはゲームセンターだった。
チヨノオーがどうしても少しでいいからドライブゲームがしたいと言うので、折角ならということで僕も一緒に行くことにした。
よく考えたら、ゲームセンターも久しぶりだ。
遊びは中学までと決めていたので、高校に入ってからは遊びに行くこともめっきり減ったし、デスノートを拾ってからは忙しくなり、余計にそれどころじゃなかったしな。
今日一日を通して、チヨノオーが本当にマルゼンスキーを慕っているということがよく分かった。
恐らくこのドライブゲームがしたいというのも、マルゼンスキーがドライブが好きだからなんだろう。
一体なぜそこまで彼女に憧れるのか、
今なら聞けるだろうか。
そして、帰り道。既に日は傾き始めていて、空は薄暗くなり始めている。
それでもまだ寮の門限までは時間があるので、月とチヨノオーは他愛のない話をしながら、ゆっくりと学園へと帰る。
その道中、月はそれとなくマルゼンスキーの話を口にする。
「チヨは本当にマルゼンスキーが好きなんだな。」
するとチヨはそうなんですよ!と言ってマルゼンの凄いところやカッコイイところなんかを沢山話してくれた。
その話をしている時のチヨノオーは本当に嬉しそうで、まるでクリスマスを前にはしゃぐ子供のようだった。
話が終わる頃、僕はずっと思っていた疑問を彼女に投げかけようとした。
なぜマルゼンスキーに憧れているのか。
僕とチヨノオーはトレーナーと担当ウマ娘という関係だ。
もちろん本人が聞かれたくないことにまで首を突っ込むつもりもないし、必要以上に世話を焼くつもりもない。
しかし。
なぜ夢を追うのか。
なぜ憧れを超えたいのか。
それはトレーナーとして、知っておくべきだと思う。
しかし、すんでのところで月は口を閉じた。
今、聞くべきじゃないと思った。
僕はまだ、相手の事情に深入り出来る程のトレーナーではない。
僕がトレーナーとしてチヨノオーにしたことなど、まだほとんどないに等しい。
デビュー戦で勝てたのも、トレーニングを毎日真面目に頑張っていたチヨノオー本人の努力の結果でしかないと思う。
彼女がなぜマルゼンスキーに憧れるのか。
それについては、僕が胸を張ってサクラチヨノオーのトレーナーを名乗れるようになってから聞こうと思った。
そして日は流れ、八月三十日。
新潟ジュニアステークスが、始まる。
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