CHiYO NOTE   作:苺ジャム

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お待たせしました、新潟ジュニアステークス決着します。


第二十九話 新潟ジュニアステークス②

雲ひとつない晴天。

そんな青空の下、臙脂色の髪を靡かせる一人のウマ娘がいた。

彼女の名前はサクラチヨノオー。

彼女はゲートの中で静かに、されど確かにレースへの執念を燃やしていた。

 

これまで、様々なトレーニングをこなしてきた。

しかし、ただの一度として彼女が弱音を吐くことはなかった。

何が彼女をそこまで突き動かすのか。

その答えを出すには、まだ彼女の経験は足りていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガコンッ

 

ゲートが開く。

そして、18人のウマ娘が一斉に駆け出す。

大勢の人々の夢を乗せたレースの幕が、今上がったのだ。。

 

 

 

走り始めて間もなく、位置取り争いが始まる。

逃げのウマ娘のうち二人はそんなものを気にもかけないといった様子でぐんぐんと前へ行く。

 

チヨノオーはすかさず中団の前方に位置取る。

 

『いち、に…よん、ご。よし、悪くない位置だ。』

 

チヨノオーは前から六番目についた。

18人立てのレース、尚且つ逃げのウマ娘が4人いる中で六番手についているのは先行としては理想のポジションと言える。

 

トレーナーから警戒するように言われていたハッピーミークは十番手、ニシノフラワーは七番手だ。

 

一つ予想外の事があるとすれば、思ったより全体のペースが早いということだろうか。

逃げ二人が予想以上に前で競り合っているようで、それにつられて全体の進行が早くなっている。

この状況を前にして、ペースを落とした方がいいのか、このスピードのまま走っていいのかを迷っているウマ娘もいる。

 

しかし、チヨノオーは動じない。

これは事前に自分のトレーナーから伝えられていた可能性の一つだったからだ。

 

『そう、こうなった時は…』

 

チヨノオーはそのままバ群のペースに合わせて走っていく。

並のウマ娘ならバテてしまう可能性もあるが、チヨノオーには日頃のトレーニングで培ったスタミナがある。

このままのペースで進んだとしても、最後の直線でスパートをかける事が出来るだけのスタミナを残しておくことが可能なのだ。

 

すると、一瞬。

バ群のスピードが落ちたタイミングで、ハッピーミークが仕掛けた。

いつの間にか八番手まで上がってきていたミークは更に速度を上げ、前との差を詰めていく。

 

あまりに突然の出来事に、ウマ娘も、観客も驚きを隠せなかった。

 

 

「なんのつもりなんだ?ただでさえ600m以上の直線が控えているこのコースで、こんなにも早く仕掛けるなんて…」

 

 

「このタイミングで仕掛ける作戦なんて、余程スタミナに自信がないと取れない作戦のはずだが…」

 

 

「くそー、一番人気だって言うから期待してたのに!

焦って前に飛び出しちゃったのか?!」

 

 

観客席からは様々な声が漏れる。

しかし、チヨノオーはこの感じに覚えがあった。

それは、自分のデビュー戦。

自分のした策と同じことが目の前で起きようとしている?

いや、きっと偶然だ。

そう思い、チヨノオーは雑念を振り払う。

目の前のレースに集中する。

 

チヨノオーは現在五番手。

そのチヨノオーの横を、ハッピーミークが揚々と抜かしていく。

チヨノオーが横目に見たその時のミークの表情には、感情らしい感情が見受けられなかった。

まるで、それが当然であるかのように、ハッピーミークは更に前に行く。

 

そして、四番手の位置についた辺りでスピードを落とし、その位置をキープした。

 

一見無茶苦茶な走りに見えるが、先程の横顔を見た時、チヨノオーは確信した。

 

『ミークさんは焦って飛び出したわけじゃない。

何か作戦があって意図的に前に出たんだ。

何をしてくるのかは分からないけど、そればっかり気にしてもいられない!私は、私のレースをしなくちゃ!』

 

チヨノオーは呼吸を整え、落ち着いてペースを維持する。

ここで焦って前に飛び出してしまえば、それこそスタミナ不足になる危険性がある。

ここは慎重に。

受け身の姿勢を崩してはいけない。

チヨノオーはそう判断した。

 

 

 

そして、チヨノオーの二つ後ろ、現在八番手の位置で、ニシノフラワーは静かにその目を光らせていた。

 

 

そして、コーナーを曲がり、レースは大きな順位の変動もないままに最終直線に差し掛かっていく。

 

この時点で、ハッピーミークは三番手。

サクラチヨノオーが六番手。

ニシノフラワーは七番手、ゴールドシチーが九番手の位置にいた。

 

前半のペースメーカーであった逃げのウマ娘二人は、未だ先頭争いをしてはいるものの、既に体力が限界に近い様子であり、いつ速度が落ちてもおかしくない程度には疲れの色が見える。

 

さしものサクラチヨノオーも、ここまで来ると流石にスタミナに余裕はない。

ここからの判断は一つ間違えれば敗北に直結する。

もう戦いはそういう局面に突入している。

その事を肌でひしひしと感じる。

 

そんな中、先頭でバ群を引っ張っていた逃げの二人の勢いが明らかに落ち始めた。

 

その隙を見逃さず、ゴールドシチーが仕掛ける。

 

 

「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

普段モデルをしている彼女からは想像も出来ないような大声を上げ、彼女は凄い勢いでバ群から抜け出した。

そんな彼女につられるように、続々とウマ娘たちが速度を上げる。

しかしチヨノオーはまだ速度を上げない。

 

それを見た観客はチヨノオーに対して諦めのような感情を向けた。

最後の直線。もう出し惜しみなどする必要も無い。

そして、それを裏付けるように次々にスパートをかけるウマ娘たち。

しかし、そんな中スパートをかけないとなれば、諦められても仕方がないと言える。

 

だが、無論そのことはチヨノオーも把握している。

彼女は今、()()()スパートをかけていない。

 

もちろん諦めているからではない。

それは、最後の『切り札』に全てを賭ける為。

 

日々のトレーニングを欠かさず続けたことによって編み出されたその走法は、一般的なスパートよりも遥かに速いスピードを生み出す事が出来る。

ただし、この走法にはデメリットもある。

持続出来る時間が本来のスパートよりも短いのだ。

それ以上は怪我に繋がる恐れがある。

彼女は今、その『切り札』を使うタイミングを見極めているのだ。

 

『あれが使えるのは最後の400mだけ…それまでは私の力で、なんとか前の方に食らいつかなきゃ…』

 

チヨノオーは、自分に出来る最大限の力で、何とか前方集団に食らいつく。

現在チヨノオーは七番手。

先行が最後の直線にいる位置としては、少し後ろになってしまっている。

 

『せめて五番以内に…』

 

何とか前と距離を詰める。

そして、一人抜き去る。

何とか六番手まで上がったところで、ここまで動きのなかったニシノフラワーが、遂に仕掛けた。

 

 

「いきます…!」

 

 

誰に聞かせるつもりもない、ニシノフラワーの呟き。

それを引き金にして、彼女は尋常ではない加速を始めた。

 

 

「おぉっと、ニシノフラワー!ニシノフラワーが上がってきた!

素晴らしい末脚です!凄い勢いで前方のウマ娘を抜かしていく!」

 

 

実況の声が響き渡る。

レース場に割れんばかりの大歓声が響き渡る。

それを聞いて、チヨノオーは確信した。

後ろで、ニシノフラワーが動き出したのだと。

しかし、現在のゴールまでの距離はあと450m。

『切り札』を出すにはまだ少し早い。

しかし、ニシノフラワーはどんどん前へと追い上げてきている。

もうあと三十秒ともたず、今自分のいる所まで上がって来てしまうだろう。

そして、その予想は的中してしまう。

 

残りの距離が420mとなったタイミングで、ニシノフラワーは五番手のサクラチヨノオーに並びかけてきた。

 

その速さを目の当たりにして、チヨノオーは気づく。

これはもう、出し惜しみしていて勝てる相手じゃない。

たとえリスクを負うことになったとしても、ここで使うしかない。

今現在の最高速度のニシノフラワーに一度抜かされてしまえば、後で差しかえす事は至難だ。

 

やるしかない。勝つ為には。

チヨノオーは焦りを鎮め、呼吸を整える。

そして、もう一度前方の様子を詳細に把握する。

 

前に抜け出すためのコースはある。

今なら、いける。

 

『花道』!!

 

心の中でそう叫ぶと、チヨノオーはそれまでの大きく踏み込む走り方をやめた。

そして彼女は自分の走っている芝を、まるで薄氷の上を渡るかのように軽い足取りで走り始めた。

本来ならこんなことをすれば速度は落ち、勝ちへの道は潰えてしまう。

しかし、スピードは上がり続ける。

先程までニシノフラワーに追い越されてしまいそうだったサクラチヨノオーは今、ニシノフラワーと同じ、もしくはそれ以上の速度で前にいるウマ娘を掻き分け、一直線にゴールへと駆けていく。

その姿は、まるで鮮烈な光を放つ閃光のようで。

それを見た観客は、思わず息を飲んだ。

 

これが彼女の生来の走り方。

彼女の生まれ持った特有の力なのだ。

 

軽く踏み込んでいるのにスパートが成立するという、サクラチヨノオー特有の走り方。

夜神月とサクラチヨノオーはこの独特の走り方を編み出し、その走り方を『花道』と名付けた。

ちなみに、この走法を名付けたのは月である。

 

この走り方の特徴は、地面を強く蹴らないというところにある。

本来の走り方は地面を強く蹴り、自分が芝に与えた力の反作用を利用して勢いをつけ加速する。

しかし、このスパートはエネルギーがいくらか地面に吸収されてしまうので、最大限を発揮しきれない。

例えば100の力を使ってスパートをかけたとするなら、自分に返ってくる反作用のエネルギーはだいたい80くらいなのだ。

残りの20のエネルギーは地面に与えた力として消費されてしまう。

 

それに引き換え、チヨノオーの走り方は地面との接地面積を少なくして力の分散を避けながら走るという方法を取っている。

こうすることにより、自分の持っているエネルギーを最大効率でそのまま使用することが出来る。

 

しかし、この走法にはリスクも存在する。

長く使用すると、転倒の危険性があるのだ。

足と芝の接地面積を少なくするということは、地面をしっかりと踏み込めないということ。

長い間この走り方をしていると、バランスの維持に関わってきてしまい、最悪の場合転倒する可能性がある。

この走法で無理なくバランスを維持できる距離が約400mなのである。

 

四番手、三番手、二番手。

 

チヨノオーは次々と前方のウマ娘を抜き去り、現在先頭であるハッピーミークに並びかけるまでに至った。

 

しかし、ほんのすぐ後ろにはニシノフラワー、ゴールドシチーが追走してきている。

少しでも気を抜けば追い抜かれる。

残りは200m。

既にチヨノオーのスタミナに余裕はない。

しかしそれは他のウマ娘も同じ。

みな最後の力を振り絞ってゴールを目指す。

 

そして、ここに来てニシノフラワーが更に加速した。

一体どこからそんな力が出てくるのか。

執念か、渇望か。

ともかくニシノフラワーは競り合っているサクラチヨノオーとハッピーミークを華麗に抜き去り、先頭へと躍り出た。

 

チヨノオーは既に限界ギリギリであった。

だんだんニシノフラワーの背が遠くなっていく。

追いかけなければ。追いつかなければ。

チヨノオーは力を振り絞り、更なる加速に踏み切る。

 

 

「うおぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

先程まで競り合っていたハッピーミークを抜かし、先頭のニシノフラワーへと並びかける。

かくして残り100m、最後はサクラチヨノオーとニシノフラワーとの一騎打ちとなった。

 

しかしサクラチヨノオーは既に限界であった。

足は重くなりはじめていて、スタミナももうほとんど残っていない。

息を入れるタイミングすら分からなくなりつつあった。

もうゴールは見えている。

しかし、ゴールがやたらに遠く感じる。

酸欠気味で朦朧とした意識の中、チヨノオーは観客席を見た。

そこにいたのは、自分のトレーナー。

しかし、このレースのクライマックスだと言うのに、彼は声を張り上げて応援する訳でもなく、ただ静かにこのレースの行方を見守っている。

傍から見れば、なんと冷淡なトレーナーなのかと思われるであろう。

しかし、チヨノオーは感じ取った。

 

彼は、私を信じているのだと。

 

なら、その想いに応えなければ。

こんな私に期待してくれた人の為にも!

 

不思議と、足に絡みついていた鉛は消えていた。

 

 

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

何度目か分からない最後の力を振り絞る。

その時、サクラチヨノオーは僅かにニシノフラワーを追い越した。

その差は少しづつ、しかし確かに開いていく。

 

 

「っ……!」

 

 

ニシノフラワーも苦しそうな顔をしている。

彼女も限界が近いのだ。

しかし、必死に追い上げる。

徐々に距離が縮まっていく。

彼女も少なからず背負っているものがある。

負ける訳にはいかない。

そんな想いを、チヨノオーは彼女から感じていた。

 

 

 

そして、二人はほぼ横並びの状態でゴール板を通過した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こうして、激闘の新潟ジュニアステークスは幕を閉じた。

 

レースが終わり、しばらくして電光掲示板が光る。

順番に着順を映し出す。

 

サクラチヨノオーとニシノフラワーは固唾を飲んでその様子を見守る。

今、彼女たち自身もどちらが先にゴールしたのかよく分かっていない。

 

それだけ無我夢中で走っていたのだ。

 

そして、やがて電光掲示板に映し出された結果は…

 

 

 

三着 ハッピーミーク

 

一バ身差

 

二着 ニシノフラワー

 

アタマ差

 

一着 サクラチヨノオー

 

 

 

 

これを見たチヨノオーは、ただただ心の中でその結果を噛み締めていた。

もちろん嬉しくないわけではない。

ただ、飛んで跳ねてをするだけの体力が残っていないだけである。

もしチヨノオーが今元気だったならば、やったー!と声に出して叫んでいるところだ。

しかしたった今レースを走りきった彼女に、そんな元気が残っているはずもなく。

 

そんな彼女はヘロヘロになりながら、観客席へと手を振るのだった。




『花道』

CHiYO NOTEオリジナルの技です。(技なのか…?)
命名は夜神月ですが、名前の案を出したのはチヨノオーです。
名前の由来は相撲などで力士が土俵に入る時に通る花道から来ています。
チヨノオーの父親が力士であり、チヨノオーは相撲の文化にある程度精通しているので、「花道なんてどうでしょう?!」って感じで月に提案しました。

他にもいくつか案はあったのですが、月がチヨの気持ちを尊重して花道にしました。

連載の方式について

  • 2000文字くらいで週3~5連載
  • 4000文字で週1~2連載
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