CHiYO NOTE   作:苺ジャム

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第四十話 ホープフルステークス②

「世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし」

 

かつての歌人は、こういった短歌を詠んだ。

もしこの世に桜がなかったならば、春を過ごす人々の心はいくらか平穏であっただろう、という歌。

 

私はこの歌が嫌いだった。

桜なんて、ない方がいいと言われているみたいで。

桜の名を冠した、桜が好きな私は、この歌を好きになれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女はしっかりと芝の感触を確かめる。

 

うん、予想してた通りだ。

 

昨日は日中の間は晴れていたが、夜の間に少し雨が降っていた。

なので、地面は少しぬかるんでいる。

これをバ場状態の指標に当てはめて言うなれば、「微重」になるだろう。

でも、このバ場状態は問題じゃない。

こうなることは昨日の時点で分かっていたし、私とトレーナーさんはこれを見越して作戦を練ってきている。

だから、ここで私の勝敗に大きく関わってくるのは…

 

 

「…オグリちゃん。」

 

 

もちろん今回のGIレースの台風の目、オグリキャップ。

私だけでなく、ホープフルステークスに出走するウマ娘は全員が多かれ少なかれ彼女を意識していることだろう。

 

しかし、今回のレースで注目されているのはオグリキャップただ一人ではない。

あの名門チームスピカから、サイレンススズカさんも出走している。

彼女もデビューからこのレースまでの間、一度も負けたことがないという無敗記録を持つ最強の呼び声も高いウマ娘。

オグリキャップばかりに気を囚われていては、足元を掬われるだろう。

 

これまで私が出走してきたレースに比べて、今回のレースは考えることが多い。

今までのレースならマークするウマ娘は大抵1人、多くて2人だった。

でも、今回は違う。私は今回、この場にいる全員の動きを注視しなければならない。

誰かの一挙手一投足が、このレースの勝敗に大きく関わってくる。

そういう戦いを強いられることになる。

GIで戦うということは、そういうことなんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

順番にゲートインを促すアナウンスが入る。

その声に呼ばれ、私もゲートの中に入る。

 

これまでよりも遥かに緊張している。

心臓が高鳴る。

本当に勝てるだろうか。

これだけの猛者がひしめくレースで、私が…

 

気持ちが落ち込んでいる事に気づき、パチンと自分の頬を叩く。

弱気になっちゃダメだ。

私だって、自分に出来ることを精一杯こなしてきた。

うん、臆することはない!

そう自分に言い聞かせ、彼女は自分を鼓舞する。

微かに震える足を落ち着かせ、彼女は、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ガコンッ!

 

 

少しいつもより大きく聞こえたゲートの開く音を合図に、全員が勢いよくゲートから飛び出す。

 

 

前に出すぎず遅れすぎず、サクラチヨノオーはゲートから出てすぐに適切なポジションを探す。

最初の戦いはまずこのポジショニングから始まる。

並大抵のレースでポジショニングが熾烈化することはままあるのだが、そういった場合は力負けしたウマ娘が後退し、ポジション争いは決着する。

だがことGIにおいては、実力が拮抗しているため、ポジション争いは普段のそれよりも長引くことが多い。

 

とはいえ、そこまで長く続くものでもなく、程なくして各々が定位置に収まり、バ郡はある程度のまとまりを持ってコースを進み始めた。

 

 

「どうだ、月?」

 

 

「あぁ、なかなかいい位置につけている。」

 

 

現在の先頭はサイレンススズカ。

今回のレースは15人が出走しており、そのうち逃げは3人。

最初の先頭争いは中々熾烈になるかと踏んでいたが、そんな様子もなくあっさりと決着がついたようだ。

サイレンススズカを除いた3人のうち、1人はどうやら出遅れたようで、現在4番手につけている。

 

そういった事情もあるにはあるのだろうが、とはいえそれも彼女の力あっての事だろう。

12月の今まで5回レースに出走していて、その全てで一着を取るという離れ業をやってのけたというだけはある。

 

そして戦闘争いに惜しくも敗北した現在二番手のウマ娘の後ろにいるのは…

怪物、オグリキャップだった。

 

差しが得意と聞いていたが、やはり先行に変えてきたか。

しかし、先行と言うにはあまりにも…

 

 

「おいおい、ありゃあどういうことだ?オグリキャップは先行のウマ娘じゃなかったか?()()()()()()()()()()()()?」

 

 

そう、今リュークが言った通りだ。

先行で三番手、不思議な事などないように思うかもしれないが、今回のレースは15人が出走している。

そうなると大抵の先行脚質のウマ娘は六番手、七番手あたりに位置取るはずなのだ。

それがどうしたことか、今のオグリキャップは三番手。

先行のウマ娘に前につかれたとなれば、出遅れた四番手の逃げウマ娘は型なしだろう。

オグリキャップが何をしたいのかはイマイチ掴みきれないが、1つ考えられるとすれば…

 

 

「サクラチヨノオーをマークしている、ということか…?」

 

 

サクラチヨノオーが先行のウマ娘だと知った上で対策を立てるとしたら、サクラチヨノオーより前に出て、相手の仕掛けるタイミングに合わせてスパートをかけ、その差を詰めさせずにゴールするというやり方が最前ではある。

判断材料が少ないのであくまで僕の主観からの意見でしかないが、もしそうだったとしたら非常にやりにくくなる。

今回の作戦は、オグリキャップ…もとい七篠がこちらを警戒していないことが前提になっているプラン。

もしサクラチヨノオーが警戒されているとしたら、こちら側から何かを仕掛ける前に先手を打たれる可能性がある。

 

…今は、そうでないことを祈る他ないか…。

 

そして三番手のオグリキャップの少し後ろ、五番手の位置にサクラチヨノオーはいた。

事前に練った作戦では六~七番手辺りを狙うつもりではあったが、前団と後方とで少し差が開きすぎている。

ここで後方に控えてしまうと、最後の直線でオグリキャップに追いつけるかどうか怪しくなってくる。

恐らくそれを加味した上での位置取りだろう。

最善ではないが、上出来だ。

 

そして、それぞれの思惑を交差させたまま、しかし大きく動くことも無くレースは中盤に差し掛かる。

 

そんな中、サイレンススズカが仕掛けた。

 

 

「おおっと先頭を独走中のサイレンススズカ、ここで更にスピードを上げるーーー!!」

 

 

実況が声高に状況を説明する。

そう、勝負も中盤に入ったこのタイミングで、サイレンススズカはスピードを更に上げたのだ。

これにはさしもの七篠も驚きの表情を浮かべた。

 

 

「『へぇ、サイレンススズカ、これまでのがトップスピードだと思ってたけど、まだギア入れきってなかったんだ。』」

 

 

しかし、焦る様子はなく、ただ淡々と目の前の出来事を受け止めている。

そうしている間にも、サイレンススズカはぐんぐんと距離を離し、あっという間に二番手のウマ娘と五バ身差をつけてしまった。

現在オグリキャップは三番手、サクラチヨノオーは五番手。

お互いに序盤から大きく動くことはなく、自分の位置をキープしていた。

 

しかし、サイレンススズカのこの独走でその均衡は破られた。

これをきっかけにサクラチヨノオーは少しスピードを上げ、四番手に上がる。

対してオグリキャップは特段気にする様子もなく、これまで通りに三番手を死守している。

 

こうしてサイレンススズカの大逃げ戦法により、当初よりも更に縦に伸びたバ郡はレース終盤に突入しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方、観客席にはここにいるはずのないウマ娘がひとり。

黄色のセーターに、明らかに一回り以上サイズが大きいであろう白衣を纏ったそのウマ娘は、そこで繰り広げられるレースを見て、ため息にも似たような声を漏らす。

 

「ふぅン…」

 

 

彼女は怪訝な表情でレース場の方へと目を向けている。

その瞳には今何が写っているのだろうか。

彼女の目的は一体何なのか。

このレースの行方か、あるいは…

 

こうして、それぞれの思惑を乗せたまま、GIホープフルステークスは進んでいく。

 

 

勝利を手にするのは、果たして誰か。




余談ですが、作中のオグリキャップはこのホープフルステークスに至るまで、一度も致命的な出遅れをしたことがありません。
理由は「集中力」のスキルを取得しているからです。
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