私は、昔から走ることが好きだった。
子供の頃はよく何も無い草原をひたすらに駆け回っていたものだ。
ただ、私の頬を切る風の感覚が心地よくて。
終わりがない地平線の先まで辿り着けそうな気がして。
そうして私は疲労を忘れて一日中走って、毎日くたくたになって家に帰っていた。
そんな私がトレセン学園に入りたいと思うのは必然といえば必然だったように思う。
私は実技試験で圧倒的な成績を残し、トレセン学園に入学した。
そうして、学園でたくさんの仲間が出来た。
チームの仲間は皆個性的で、楽しい人達だった。
苦労することも沢山あったけど、それを乗り越えられたのも皆がいたからのように思う。
そして、そんな皆のおかげもあって私は今、こうして走れている。
現在サイレンススズカはこのレースの先頭を走っている。
レースがもうすぐ最終コーナーに差し掛かるという、終盤も終盤の局面。
安心して最終直線を逃げ切るには、もう少し後続との差を広げておきたい。
サイレンススズカは一切表情に出すことなく、更に速度を上げる。
二着との差は2バ身差、3バ身差と開いていく。
もっともっと前に、前に。
先頭の景色は...誰にも!
彼女はこの時、かつてない程に集中力が高まっていた。
限りなく極限まで研ぎ澄まされていた。
しかし、それ故に。
自分のコンディションを最大限まで引き出したが故に、他のウマ娘への警戒を怠ってしまった。
彼女に敗因があるとすれば、それだろう。
「おおっと、オグリキャップここで仕掛けたーーー!!」
実況がそれを宣言する頃には既にオグリキャップは爆発的な末脚でサイレンススズカのすぐ後ろにまで迫っており、今にも追い抜かんとしている。
速い。速すぎる。
サイレンススズカが思った率直な感想は正にそれだった。
彼女は今の私よりも速いのかもしれない。
もちろん、認めたくはないが。
そして、サイレンススズカも全力で走っているが、徐々に距離を詰められる。
あと2m
1m
50cm
そして、横並びになった。
サイレンススズカは彼女の、オグリキャップの横顔を窺う。
それは、純粋な疑問から来る行動だった。
今まさに私を追い抜かんとする彼女は、一体今どんな表情でいるのだろうか、と。
そして、そこで彼女が見たものは。
底の見えない、灰色だった。
◆◆◆
◆◆◆
そして、バ群の先頭争いが激化している時、静かに先頭集団に迫るウマ娘がひとり。
先程まで2番手で、オグリキャップに追い越され現在3番手につけるウマ娘に迫る。
断っておくが、現在3番手につけるこのウマ娘も決して実力に乏しいということはない。
彼女も既にGIIで一着を取るという偉業を成し遂げており、その実力を持ってしてこのホープフルステークスへの出走を成しえたのだ。
しかし、そんな実力派のウマ娘を、今の彼女は息を荒らげることすらなく抜き去る。
「さぁそしてここに来て、3番手が入れ替わった!!」
そんな実況の声を聞き流し、そして、現在2番手のサイレンススズカに狙いを定める。
サイレンススズカは抜かされてもなお必死に食い下がっており、決して気を抜いている状態ではない。
しかし、先程3番手が入れ替わったことを実況伝えに知り、ほんの一瞬、そちらの方に気を奪われた。
そこを見逃さず、距離を詰める。
そして、彼女はサイレンススズカのすぐ横につけた。
彼女はこれまでの走りで気づいていた。
サイレンススズカは逃げのウマ娘であり、これまでのレースはどれも影すら踏ませぬ程の圧勝だった。
ここで彼女はひとつの推測を立てた。
『サイレンススズカは、誰かに横に並ばれることに慣れていないのではないか』という推測。
そして、ついさっきのオグリキャップとの競り合いで確信した。
オグリキャップに真横に付けられた時に、一瞬露骨に速度が落ちていたから。
そこに目をつけ、彼女はサイレンススズカの真横に滑り込んだ。
そして、彼女の予想通り、1度ならず2度までも他のウマ娘に横に並ばれるという初の出来事に、サイレンススズカは動揺した。
そういう経緯で、彼女はサイレンススズカをも抜き去り、2番手まで勢いよく上がってきた。
そんな彼女の存在を、オグリキャップは感じ取った。
「来たな...チヨ!」
そう、オグリキャップの約一バ身後方には、サクラチヨノオーの姿があった。
◆◆◆
◆◆◆
よ、よし...ここまでは計画通り...!
2番手につけ、オグリキャップの後方に位置取ったことで、少し気持ちに余裕が出てきた。
ここまで、サクラチヨノオーと夜神月が立てた計画は、ほぼ完璧に進行していた。
序盤は前に出過ぎることなくポジションキープに徹する。
そして、オグリキャップの仕掛けるタイミングで自分も前に出て、サクラチヨノオーVSオグリキャップの構図まで持っていく、という計画。
現に、後続のウマ娘たちとは既に2バ身以上の差がついており、かなりのスタミナを消費しているここから大幅に捲ってくることは恐らくないだろう。
だからこそ、目の前の
計画はむしろここからが本番と言ってもいい。
なにせ無敗の怪物オグリキャップをここから差し切って勝たなければないないのだ。
並のウマ娘には到底不可能にも思える難題ではあるが、それを可能にするだけの秘策を彼女は持ち合わせている。
でも、まだ動くには早い。
もうすぐ、残り800mに差しかかる。
きっと、オグリちゃんはその時にもう一回仕掛けてくる!
そして、ゴールまで残り800mを切って少ししたあたりで、オグリキャップの走りに変化が生じた。
サクラチヨノオーは、それまでオグリキャップから溢れ出ていた全身の力が一瞬完全に消えたように感じた。
それは、夜神月の予想通りだった。
追記:お気に入り登録200件超えありがとうございます!
今後も頑張ります!