CHiYO NOTE   作:苺ジャム

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長いことお待たせ致しました。
ホープフルステークス編、完結でございます!


第四十二話 ホープフルステークス④

「チヨ、この作戦を決行するにあたって、最も重要な事をおさらいしておく。」

 

ホープフルステークスが開催される3日前、その日のトレーニングの前に、夜神月は今回の計画をサクラチヨノオーと吟味していた。

 

「オグリキャップを差しきる方法についてだ。恐らく今のチヨとオグリキャップのスピードはほとんど差がない。もしその状態で純粋なスピード勝負になった場合、向こうの隠し玉を考慮するとこちらが不利になる、というのは前に説明したと思う。」

 

ここで言う隠し玉とはもちろん七篠の言う『スキル』の事だが、このスキルがどういうものなのかいまいち判然としないので、サクラチヨノオーには敢えて伏せて話す。

 

「これまでのオグリキャップのレース映像を一通りさらって見たが、彼女はどのレースも距離に関係なく残り750~800mの地点でスピードを大幅に上げるということが分かった。」

 

スピードを上げているとは言うが、その動作が少し不自然だった。

自分の意思でスピードを上げているというよりは、強制的に、機械的に速度が上昇しているような印象を受けた。

これがスキルの力というのなら、スキルは所有者の意思に関係なく発動するものなのかもしれない。

 

そして、重要な事はもうひとつの方。

どのレース映像を見ても、オグリキャップがスキルを発動し大幅に加速する前に、オグリキャップの意識が一瞬飛んでいるように見えるのだ。

そして、その瞬間だけオグリキャップは完全に無防備な状態になる。

とはいえ、そんな状態はほんの一瞬であり、尚且つオグリキャップはこの状態になる前に後続を大きく突き放しているので、この隙を突かれるということはなかったようだが。

 

しかし、今のサクラチヨノオーならその隙を突くことが出来ると思っている。

おおよそ750~800mの地点でオグリキャップが隙を見せるほんの一瞬で、最高速度を出せば恐らく。

 

問題はここからだ。

仮にここまでの計画が全て上手くいって、オグリキャップの前にサクラチヨノオーがいるという状況が作り出せたとする。

そこからゴールまでの約700m、全力のスパートをかけてくるオグリキャップから先頭を死守しなければならない。

 

ここまでの説明を聞いて、サクラチヨノオーは頭を悩ませる。

オグリキャップと一度手合わせをしているのもあり、彼女の恐ろしさはチヨノオーも身に染みて分かっているはずだ。

恐らく、オグリキャップの全力に対抗するには、新潟ジュニアステークスで使用した『花道』しかないと思っている。

しかし、この方法にはリスクもある。

『花道』は長時間使用出来る走法ではない。

サクラチヨノオーの本来の走り方ではあるものの、その走法は非常に繊細なコントロールが必要となる上に、長時間となると足への負担も不安要素になってくる。

 

これまでの練習から考えられる『花道』の限界使用時間は…

 

「チヨ、分かっているとは思うが、今のチヨが『花道』を使用出来るのは20秒だ。」

 

分かっている。

20秒程度では、700mを走破し切ることは不可能であり、せいぜい300~400mが関の山であることは。

しかし、それ以上この走法に頼ることになれば、チヨノオーの選手生命を縮めてしまいかねない。

ここが使用を許可出来る限界だ。

 

「つまり、残り400m付近までは…私の地力だけでオグリちゃんと競り合う、ってことですね…?」

 

「その通りだ。それが出来るかどうかで今回のレースの勝敗は変わる。」

 

 

実際、これが出来るかどうかは僕でも分からない。

オグリキャップの成長の幅が未知数だからだ。

とはいえ、様々な策を練った上で最も成功率の高い作戦がこれだ。

あとはチヨノオーの頑張りに賭ける他ない。

 

「分かりました、私、頑張ります…!」

 

そうして、やる気に満ちたサクラチヨノオーは、意気込み十分でトレーニングへと向かうのだった。

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

そして、現在。

ここまでこの計画は完璧に進行し、オグリキャップはスキル発動の影響で意識を失っている。

 

周りから見れば、変化などないように思えるが、オグリキャップの背後でその隙を伺っていたサクラチヨノオーは、それを鋭く感じ取った。

 

今だっ!!

 

瞬間、それまでオグリキャップに付かず離れずのペースで走っていたサクラチヨノオーは限界まで足を稼働させ、オグリキャップに目の前のオグリキャップを抜き去った。

 

これに観客は大いに湧き、実況も声高にその様子を謳った。

しかし、チヨノオーからすればここからが始まりなのだ。

残り約700m、この先頭の景色を自分のものにしなければならない。

しかし、とうに覚悟は出来ている。

改めて自分の置かれている状況を確認し、大きく息を吸う。

 

と、次の瞬間。

 

チヨノオーの背後で、何かが眩く光っている感覚に襲われた。

閃光のように弾ける光を放ったそれは、徐々にチヨノオーとの距離を縮めてくる。

自分が追う側だったから気づかなかった。

追われる側から見た怪物は、こんなにも恐ろしいものなのだということを。

 

観客席まで響き渡るような轟音を轟かせ、外側からオグリキャップが並びかけてきた。

ゴールまで残り600m弱というこの状況で、このレースの栄冠はこの二人の勝負の結末に委ねられていた。

 

サクラチヨノオーは全力で走っている。

にも関わらず、オグリキャップはジリジリと距離を詰めてくる。

そして、おおよそ残り500mを超えた辺りで、オグリキャップは完全にチヨノオーの横に位置取っていた。

依然として速度はオグリキャップが上。

このまま一度抜かれてしまえば、『花道』を使ったとて追いつける保証はない。

もう、今しかない。

 

『花道』!!

 

すぐにチヨノオーは走り方を切り替え、芝の上を滑るように走る。

さながらスケート選手のように。

横に並んで走っているライバルの突然の変化に、オグリキャップは一瞬目を奪われた。

その隙を見逃さず、サクラチヨノオーは再び、オグリキャップの前に出る。

 

「サクラチヨノオー、前に出た!サクラチヨノオー、再び前に出たぞ!」

 

実況解説も声を枯らさんとする勢いで叫ぶ。

それにつられ、観客も叫び声を上げる。

 

しかしオグリキャップもすぐに気を取り直し、さらに速度を上げる。

しかし、お互いに全ての策を出し尽くし、全力のスパートをかけているのだ。後は純粋な実力の勝負。

こうなってしまえば両者の実力に余程差がない限り、順位が逆転することは無い。

 

だがしかし、残り50mというところで、『花道』が切れる。

本来より前倒しで使っていたので、当然と言えば当然なのだが、オグリキャップにしてみれば僥倖である。

またしてもオグリキャップが距離を詰める。

もうゴールに到達するまでの時間は5秒もないだろう。

それをお互いに分かっているからこそ、オグリキャップはスタミナを考慮することなく全力の中の全力でサクラチヨノオーを捉える為に走り、サクラチヨノオーは絶対に追いつかれまいと最後の力を振り絞り逃げる。

そんな切羽詰まった状況で、自らを勢いづける為にチヨノオーは叫んだ。

 

「うああああああぁぁーーーーっ!!」

 

勝ちたい!!

負けてもいいと思ったレースなんて、過去一度だってなかった!

手を抜いたレースなんて、一度だってなかった!

それでも、ここまで()()()()()()と思ったのは初めてだった!

このレースは絶対に、絶対に負けたくない!

勝ちたい!!

 

とにかく前を目指す。

もう今のサクラチヨノオーには、横にいるオグリキャップは見えていない。

ただひたすら、前に、前に。

 

そして───────ゴール板を通り過ぎる。

 

もう走り終わってゆったりと歩くような体力もなくて、大きく息を吸って、芝生の上に仰向けに倒れこむ。

 

まだ息が整っておらず、空を仰ぎながら大きく深呼吸をしている。

そして、少し落ち着いてきた辺りで、着順掲示板を見る。

 

一着を意味するローマ数字の1の横に、9番の数字。

二着の所には6番の数字が。

酸素が行き届いていない状態で、ぼんやりとしながら考えを巡らせる。

 

オグリちゃんの私の番号は6番だったはずで、そして、私が9番…

だから…私、勝ったんだ…。

私が、勝ったんだ…!!

 

最初はふわふわとした気持ちで見ていたその掲示板の数字が、脳に酸素が巡り、冷静になってくると共に現実味を帯びてくる。

初めてGIのレースで一着を取ったという現実が。

内心では飛び跳ねて喜びたい気持ちでいっぱいだった。

しかし、全力を出し尽くした今の身体がそれを許さない。

もう立って歩くのがやっとなくらいなのだ。

 

そんな状態でいると、オグリキャップがチヨノオーの方へと近づいてきた。

 

「チヨ、今日はありがとう。良いレースだった。負けたのは、悔しいが…いつかまた、リベンジさせてくれ。」

 

口下手なオグリキャップなりに、自分の気持ちをチヨノオーに伝える。

そして、右手を差し出す。

チヨノオーがその手を取り、握手を交わすと、観客席から拍手が聞こえはじめた。

最初はまばらな拍手だったが、段々と大きなものになっていき、最終的には観客席全体が二人の友情を称えた。

 

そんな拍手に見送られながら、サクラチヨノオーらはターフを後にするのだった。

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