第四十四話 初詣
「トレーナーさん、お久しぶりですね!」
サクラチヨノオーは、トレーナー室に入ってくるなり大声でそう言った。
今は1月6日。
正月ということもあり、トレーニングは休みにしている。
休みと言っても、全く何もしないということでは無い。
実際に僕がテニスをしていた時に知ったことだが、丸一日ラケットを握らないと、大幅に実力が落ちてしまうのだ。
レースにおいても同じことが言えるだろう。
丸一日足を使わない日があると、今後のトレーニングに支障が出ると思われる。
なのでチヨノオーには自主的にランニングなどのトレーニングをしてもらっていた。
しかし…彼女が突然ここに来た理由が分からない。
本格的なトレーニングを再開するのはもう少し後のはずだが。
「チヨ、久しぶり。どうしたんだ?トレーニングを再開するのは10日からのはずだけど…。」
「決まってるじゃないですか!お正月ですよ?初詣です!初詣に行きましょう!」
あぁ、そういうことか。
そういえば今年は年末から年始にかけて提出する書類が多くて、ろくに外出してなかったし、初詣も行っていなかったな。
久しぶりに外に出るのもいいかもしれない。
「リューク、お前も行くか?」
「いや、俺は…いい。」
片やリュークはと言えば、リンゴを齧りながら正月特番のテレビを見ている。
年末からずっとこうだ。
まぁリュークは元々こういう性格のやつだったから今更何か思うこともないが…
「じゃあ僕とチヨで初詣に行ってくるから、リュークは家にいてくれ。」
「おう、じゃあな…。」
最早サクラチヨノオーよりもリュークの方がトレーニングが必要なんじゃないか…?
この調子で正月が明けた時大丈夫だろうか。
そんな不安を抱えながらトレーナー室を後にした。
初詣のピークは過ぎた頃だと思っていたが、思ったより人がいるな。
人がある程度掃けた時期に来るタイプの人が多いのかもしれない。
「1月6日とはいえ、まだまだ混んでますね…!流石、府中で1番ご利益があると言われている神社…!」
なるほど、この辺りでは有名な神社だったのか。
道理でこんなに人が多いわけだ。
「ここの神社はウマ娘にまつわるご利益が多くてですね、おみくじを引いたらやる気がみなぎってくるだとか、参拝したら怠け癖や偏頭痛が治ったなんて話もあるんですよ!」
…聞いている限りは胡散臭い話だな…
ただ、これだけ多くの人やウマ娘がこうして参拝に来ている所を見ると、あながち嘘でもないのかもしれない。
「そうか、じゃあ、とりあえず中に入ろうか。」
どのみちこの近辺には他にめぼしい神社もない。僕とサクラチヨノオーは入口に聳え立つ大きな鳥居に一礼をして、境内へと入った。
そして、そのまま賽銭をすることになった。
賽銭待ちの列はそれなりに並んではいるが、そう長く並ぶこともなさそうな人数だった。
列に並ぶなり、サクラチヨノオーははしゃぎながら喋り出す。
「トレーナーさん、分かってますか?二礼二拍手一礼、ですよ!ちゃんと調べてきたんですから!」
どうやらサクラチヨノオーは相当今日の参拝を楽しみにしていたようだ。理由を聞いてみると、サクラチヨノオーはこう答えた。
「私、これまでも毎年ここの神社にお参りに来てたんです。それで、いつもお願いしてたんです。『デビュー出来ますように、担当のトレーナーさんが付きますように』…って。それで、昨年お願いが叶ったじゃないですか。だから、今日は神様にありがとうございましたって、感謝を伝えに来たんです!」
なるほど、そういう理由もあったのか。
僕がチヨをスカウトした理由はもちろんノートの所有者だったというのもあるが、ひたむきな走りに可能性を感じたというのが大きい。
それはひとえに彼女の努力によるものだと思うが…これだけはしゃいでいる所に水を指すのも悪いし、黙っておくか。
そんな話をしているうちに列も進み、僕とサクラチヨノオーはお互いに賽銭を済ませたことを確認した後、列を出た。
その後サクラチヨノオーは絵馬やらおみくじやらが欲しいと言うので、一旦別れ、後で合流するということになった。
とはいえ僕自身は特に何か用があって来たわけではないので、完全に手持ち無沙汰になってしまった。
さてどうしたものかと考えていると、視界の端に見たことがある影が横切った。
それは、かつてリュークの目に名前が映らなかったウマ娘のーー
エイシンフラッシュだった。