第四十七話 交流
年が明け、年末年始から忙しかった書類の整理も終わった。
本格的にトレーニングも再開し、一段落したという頃にはもう既に2月に入っていた。三冠を目指すクラシック路線のウマ娘達は否応にでも気合いの入るような時期である。
もちろん、サクラチヨノオーもそんな三冠ウマ娘を狙ううちの一人である。
最近は前よりもいっそう鬼気迫るような表情で練習に励んでいる。
それもそのはず、三冠の一角である「皐月賞」が終われば次に控えているのは彼女が目標としているレース、「日本ダービー」だ。
今はトレーニングの負荷を徐々に上げていき、更なる基礎能力の向上を目指している。
そして、初詣の時に見かけたエイシンフラッシュに関して探りを入れたのだが、その際に興味深い事実が判明した。
彼女は昨年トレーナーと担当契約を結んだにも関わらず、何故か今は担当契約を解消しているということだ。
彼女はデビュー前のウマ娘だ。昨年の時点ではデビュー戦を含めレースには出走していない。それ自体は把握していた。度々見かけた時の走りを鑑みると、恐らくデビューは来年になるだろうと思っていた。
しかし、昨年の12月に入ったタイミングでエイシンフラッシュはトレーナーとの契約を解消したということらしい。
レースへの出走手続きはウマ娘のみでは行えず、原則担当トレーナーがしなければならない。
なので、現在彼女はデビューすら出来ない状態にある。
更に興味深いのは、この担当契約の解消を切り出したのはエイシンフラッシュだということだ。
彼女程計画的なウマ娘が出走手続きの件を知らなかったはずは無い。
つまり、レースへの出走が出来なくなることと天秤に掛けても余りある程のメリットがある、ということなのだろうか…。
何にせよやはり、彼女には何かがあると見て間違いないだろう。
とはいえ、調べられる範囲ではそれ以上の事は分からなかった。
そして、彼女の交友関係を調べようとしていたところで、スマホに一件のメールが届いた。
これは…
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そして、あれから一週間後。
夜神月は新人トレーナー説明会以来久々にホールへと向かっていた。
その足取りはもう慣れたもので、昨年トレーナーになったばかりの頃に学園の広大さに気を取られていたあの頃は見る影もない。
あの時のメールはトレセン学園在籍のトレーナー全員に送られたもので、昨年のトレセン学園の実績に対して表彰が行われる集会の知らせだった。
各年代で最も優秀な成績を収めた最優秀ウマ娘などが毎年発表されているが、それらが発表される会でもある。
この最優秀ウマ娘の発表にはメディアも注目しており、この集会には報道陣もかなりの人数が来るということだ。
そして、ゆっくりとドアを開けて中に入る。
重要な会ということもあるのか、開始時間の20分前にも関わらず用意されている席は既にほとんど埋まっていた。
座っているトレーナーたちを見ていくと、普段は滅多に表舞台に出てこない七篠や出不精のLも出席していることに気づいた。
僕の席は入口から入ってすぐの所だったので、手間もなく座ることができた。
新人トレーナーは主に会場の後ろの方の席に固められているらしかった。
席に座ると、隣の席の桐生院に声をかけられた。
「お久しぶりです、夜神さん。なんでもGIを獲ったとか。流石ですね、夜神さんは。私も見習わなくちゃですね。」
こうは言っているものの、桐生院 葵も1つ2つ程度、GIIIの重賞で1着を取っている。
感覚が麻痺すると忘れがちだが、GIIIの重賞を勝つだけでもかなりの功績だ。
中央に在籍しているウマ娘というのは、既に何らかの功績があって中央に移籍してきたタイプが多い。
つまり中央のウマ娘というだけで既にエリート気質がある。
しかし、そんな類稀なる才能を持つ中央のウマ娘ですら、重賞を勝ち抜くことが出来るのはほんの1〜2割程度というのが現実だ。
「ありがとうございます。桐生院さんも昨年、GIIIで1着を取ったそうじゃないですか。十分素晴らしい功績ですよ。」
そうして近況の報告やトレーニング論について話していると、開始のアナウンスが流れた。
そして舞台袖から出てきた人物がマイクの前に立つ。
相変わらず背丈が小さく、幼子と見間違うようなルックスの秋川理事長である。
一礼をして、マイクの音量確認をした後、彼女が話し始めた。
「えー、諸君!まず、ご苦労であった!今年度の働きも実に見事だった!諸君らの手腕により、数多くのウマ娘がその実力を遺憾無く発揮してレースに臨むことが出来た!URAファイナルズの主催者として、これほどに嬉しいことは無い!…もちろん、そう思い通りにはいかなかった、という者も多いだろう。ウマ娘が競う場がレースで、勝者が唯一人である以上、それは仕方の無いことである。しかし、どうか諦めないで欲しい!どうか『勝つ』ことを諦めないで欲しい!その道は簡単な道ではないだろうが、ここまで辿り着いた諸君らなら出来ると私は信じている!」
普段は私財を投じて滅茶苦茶な事ばかりしている印象があるが、こうして壇上に立っているその姿はやはりこの学園の理事長と言うに相応しく、自然と発言にも重みと説得力が感じられる。
「では、挨拶もそこそこにして、今年度の最優秀ウマ娘の発表に移りたいと思う!」
途端、会場全体が緊張感に包まれる。
中継を繋いでいる記者団達も書く手を止め、真剣に聞き入っている。
「えー、まずジュニア級の最優秀ウマ娘の発表を行う!今年のジュニア級ウマ娘のレースは例年に比べ実に迫力のあるレースが多く、今年度の選考は歴代の中でも屈指に難航した!そんな中、栄誉ある最優秀ウマ娘の座に輝いた者は…」
静寂が訪れる。
報道陣、トレーナー陣、ひいては中継を見ている視聴者も恐らく固唾を飲んで見守っていることだろう。
「…オグリキャップ!!」
会場全体がどよめく。
記者団はこの発表をどこよりも早く世間に出すために各々が会社に連絡を入れたり、メールを打ち始めたり、新聞の見出しに使う為の写真を撮ったりしている。
しかし、その行動の中に動揺の色はなかった。
それもそのはず、今年度のジュニア級最優秀ウマ娘がオグリキャップになるだろうというのは、ほとんど周知の事実だったからだ。
確かに最初に理事長が口にした通り、今年度はあの桐生院本家の娘である桐生院 葵が担当しているハッピーミークや、重賞をGI含め2つ制しているエルコンドルパサーもいる。
加えて、僕の担当するサクラチヨノオーも重賞を2勝している。
例年ならばこれらのレベルは最優秀ウマ娘に選出される充分な基準になるものなのだが、今年度に限ってはそうはいかなかった。
オグリキャップが阪神ジュベナイルフィリーズを含め重賞を5つ制するという、「怪物」の名に相応しい戦績を記録したのだ。
ジュニア級の時点で5つの重賞を制するというのはこれまでに類を見ない偉業であり、快挙であった。
よって、いかに今年のジュニア級ウマ娘が粒揃いだったと言えども、最優秀ウマ娘の座は揺るぎない者になっていたのだ。
壇上ではオグリキャップのトレーナーである七篠が表彰状を受け取っていた。
思えば、結局今年はLに敗北を喫した形で終わることになってしまった。
とはいえ一度模擬レースでの対決で敗北しただけであり、直接公式戦で対決したことがないことを鑑みると、引き分けと捉えてもよいだろう。
来年はクラシック三冠や天皇賞を含め多くのGIに出走できるようになる。
お互いにGIの各タイトルを狙っている以上、どこかでぶつかることになるだろう。
その時だ。その時に、決着を着けてやる。
◆◆◆
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その後、クラシック級、ジュニア級の最優秀ウマ娘が発表され、チーム結成についての説明が終わった後に会はお開きとなった。
人混みに巻き込まれるのを避けるため、ある程度の人数が先に出てから僕も外に出た。
外に出ると、Lが待ち構えていた。
「お疲れ様です、月君。」
どうやら僕に用があるらしい。
相変わらずの猫背で、その風貌を見るに形式ばった会であるにも関わらず白いTシャツに着崩したジーパンというスタイルで出席していたようだ。
「…公的な場なんだから、もう少し身だしなみには気を遣った方がいいんじゃないか?」
「気にしないでください、私はこうじゃないと落ち着かないので。」
相変わらずの対応だ。
「それで、どうしたんだ?何か用があってここにいたんじゃないのか?」
「あぁ、そうでした。実は先日、ワタリに連絡を取ったんです。」
ワタリ…Lの右腕的存在のあの老人か。
彼もこちらの世界に存在しているのか。
「それで気づいたんですが、ワタリはキラを追っていた時期の記憶がハッキリとあるらしいです。ほとんど私と同じですが、急に心臓に衝撃が走って倒れて、気が付いたらこの世界にいたらしいです。」
心臓の衝撃は恐らくデスノートの効果による心臓麻痺の事だろう。
そこでLとワタリは死んだはずだが、死んだはずの2人は何故かこの世界に来ていた、ということか。
かつてデスノートに関わっていた人間の記憶だけが残っているのだろうか。
しかし、ならば何故父さんや松田の記憶は残っていないのだろうか。
何か明確な違いがあるとも思えないが…
「この状況を推測しようにも、あまりにも分かっていることが少なすぎるので、情報を共有したいと思ったんです。月君、何か分かったことはないですか?」
父さんや松田にはキラ事件の記憶がないこと。
サクラチヨノオーの謎のノートとリュークの存在。
今僕が知っていてLが知らない情報はこの2つくらいか。
少なくとも後者は言うべきではないだろう。
これがどういうものか分からない以上、そこにLの介入を許すのはリスクが高い。
極端な話だが、もしこのノートがデスノートと同じ効力を発揮出来るのなら、僕はもう一度キラになることを厭わない。
そうなった時にLにこのノートの存在を知られているのは都合が悪い。
よって、何があったとしてもこの情報は死守しなければならない。
「少し前に父さんや松田さんに会った時、2人はキラ事件についての記憶が無かった。僕はてっきり記憶があるのは僕とLだけだと思っていたから、今の話を聞いて分からなくなったよ。」
そう言葉を返す。するとLは少し間を置いて返事をした。
「…そうですか。ということはあの事件に関わった人間がこの世界に来ている、という可能性はありそうですね。もう少し周辺の人間をあたってみます。月君、ありがとうございました。」
確かに、僕らがこの世界にいる意味は一体何なのだろうか。
あの事件に関わった人間ばかりがこの世界にいるというのも何か理由があることなのだろうか。
そうして少し考えを巡らせていると、用が済んだLは自分の寮に帰ろうとした。僕も同じく寮に帰ろうとしたのだが、そのタイミングで僕とLはガっと肩を掴まれてしまった。
驚いて後ろを振り向くと、そこにいたのは沖野さんだった。
「よぉ〜優秀な新人トレーナーのお二人さん!」
沖野さんは満面の笑みで話を続ける。
「今年度もお疲れ!ってことでよ、この後近くの店でトレーナー同士の交流会するんだけど、お前らもどうよ?!」
交流会…とは名ばかりで、恐らくただの飲み会なんだろう。
飲み会そのものには一切興味はないが、それに参加するトレーナーの方には興味がある。
「誰が来るんですか?」
ちょうど僕が同じことを言おうとしたタイミングで、Lが口を開いた。
「ん、あぁ、さっきの会に出てたやつはだいたい来るぜ。あ、新人の中だと七篠ってやつはさっき帰っちまったな。でもそれ以外ならだいたい来るんじゃねぇかなぁ。なんだ、気になってる奴でもいんのか?」
「はい、少し気になってる人が。」
「おぉ、そうか。で、来るのか?来ないのか?」
「月君が行くなら私も行きます。」
こいつ…選択肢を人に丸投げしやがって…
Lが気になっている人物というのも気になるが、まぁそれは後回しだ。
基本こういう集まりは断っているのだが、実は僕も話を聞いてみたい人物がいる。
「僕は行きますよ。」
そう答えると、Lはぎょっとしたような顔をして僕を見た。
この反応を見るに、恐らく「行かない」という選択肢を想定していたのだろう。
自分で断るのではなく、あくまで「知り合いが行かないから」という理由付けをしようとするあたり、姑息というか何というか…
「おう、じゃあ2人も参加決定だな!よーし、じゃあ店の場所メールで送っとくから、後でな〜!」
僕の返事に対して間髪入れずに捲し立て、沖野さんはまた別のトレーナーのもとへと向かっていった。
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ダイニングバー『CROW』。
ここが沖野さんに指定された会場だ。
てっきり居酒屋のような粗野な会場を想像していたが、案外しっかりとした会場を抑えていたようだ。
開始の時間からは既に20分が経過している。
この期に及んでLが行くことを渋ったせいで時間がかかってしまったのだ。
中に入ると、既に集まっている学園のトレーナー達が各々用意されている料理を食べたり、トレーニング論について花を咲かせたりしている。
僕がここに来たのはとある人物との接触を図るためだ。
Lにいつまでも構っている暇は無い。
夜神月は件の人物を見つけるなり、怪しまれない範囲で少しずつ距離を詰め、コンタクトを取る。
「ここの料理、美味しいですね。」
話かけた相手は女性だった。
20代前半に見えるその女性は、その場の明るい雰囲気に似つかず俯きげにワインを嗜んでいた。
「あっ、はい。そうですね…。」
突然話しかけられた女性は少しおどけながら簡単な返事を返す。
あるいは誰からも話しかけられないように俯いていたのかもしれない。
「
彼女の名前は
エイシンフラッシュの元担当トレーナーだった女性だ。