CHiYO NOTE   作:苺ジャム

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早いものでもう50話ですね。
案外100までもあっという間かもしれないですね。


第五十話 仮定

トレセン学園はウマ娘にとってもトレーナーにとっても屈指の名門であり、そこに集まるのは第一線級の才能を持つ者ばかりである。

そして、才能のある者というのは得てして独特の世界を持つものである。

そして、そんな異才の集うトレセン学園にしても近寄ってはいけないという噂の流れる場所がある。

そこに入ったが最後、無事には戻って来れないという噂。

とはいえ『幽霊の正体みたり枯尾花』とはよく言ったもので、一度ここに足を踏み入れた夜神月からすれば既にその薄暗い部屋に対する恐怖心などとっくに消え去っていた。

夜神月は昼間でも薄暗いその部屋のドアをノックする。

しばらくして中から「入りたまえ。」と声がかかる。

そうして夜神月は『旧理科室』の中へと入る。

中で待つ白衣のウマ娘はそんな噂の事など露知らず、今日も蛍光色のビーカーを片手に実験に明け暮れているのだった。

 

「久しぶりだね。まぁ新人のトレーナーは年末年始の頃が山場なんてのはよく聞く話だからね。忙しかったのだろう?いや、君に限ってはそれだけが理由とは限らないか。なにせあの怪物を連れているんだからね。今日はいないのかい?残念だねぇ。もう一度自分自身の目で見てみたかったのだが。おっと、喋りすぎてしまったね。それで、今日はどんな用なんだい?」

 

アグネスタキオンは夜神月が席に着くなり捲し立てるように話し始めた。

会話と言うよりは完全に一方的な独り言である。

 

「…今日は確認したいことがあって来た。」

 

夜神月はそう言って2枚の写真を取り出す。

そのうちの1枚は別の世界から転生したというトレーナー『七篠』の写真。

夜神月はその写真を机の上に置き、アグネスタキオンに話し出した。

 

「この男は七篠 仁というトレーナーだ。アグネスタキオン、君が情報提供をしてくれた名前のないトレーナーというのはこの男の事だ。」

 

そして夜神月はこれまでの経緯をつらつらと話す。

ホープフルステークス、もとい七篠との対決の事。

彼が自称異世界からの転生者であるという事。

 

「…ふぅン。なるほどね。中々に…いや、かなり興味深い話だ。」

 

アグネスタキオンは溜息にも似た声を出す。

話の内容を少し噛み締めるように置いてある紅茶を啜る。

そこに夜神月は質問を投げかける。

 

「僕が今日ここに来たのはあることを確かめるためだ。タキオン、君はこの件についてどう思う?」

 

「…それはリューク君の目に七篠君の名前が写らなかったことに対する意見かい?」

 

それに対する返事として夜神月が頷く。

そう、夜神月が今日アグネスタキオンのある旧理科室へと足を運んだのは、これまでの一連の出来事に対する自分以外からの視点が欲しかったからである。

夜神月は死神リューク、そしてノートに纏わる知識については豊富だが、このウマ娘のいる世界、もといそこにある特有の慣習や文化に対しての知識は未だ完全なものでは無い。

そういう理由で、ウマ娘やこの世界に対して精通している者の意見が欲しかったのだ。

 

「…これはあくまで私の仮説でしかないのだがね、七篠君は自身の名前を『七篠 仁』だと認識していなかったんじゃあないかな?」

 

「リューク君の目には相手の思う自身の名前が写るんだろう?そこに写らなかったということは彼が自身の名を七篠だと認識していなかった、ということになる。」

 

「今の話を聞いた限り、実際にそう思っていたらしいしね。つまり彼…七篠君は、戸籍上の名は七篠となっているが自分の思う名前と食い違っていたためにリューク君の目に名前が写らなかった、という事だと私は思う。」

 

タキオンの意見は、概ね僕と同じ意見だ。だが…

 

「…実際には少し違うと思う。」

 

それを聞いたタキオンは耳をピクッと動かし、少し拗ねたような、しかし好奇心に満ちたような表情を見せる。

 

「ほう、君は私の仮説に対して違う意見を持っているということだね。それじゃあ聞かせてもらおうじゃないか。君の意見を。」

 

「あぁ、まず1つ言いたいのは、リュークの目に写る名前は本人の認識している名前になる、という事だ。たとえ戸籍上の名前が存在していたとしても、本人が自分が違う名前だと本気で思っていれば、リュークの目に写る名前は自分が信じている方の名前になる。」

 

これに関してはこちらの世界で検証した訳ではないが、その他の仕様が概ね元の世界と一致しているので合っているという前提で進める。

 

「これを踏まえると、七篠の名前が見えなかったというのはタキオンの仮説では通らなくなる。本人が自分の名前を七篠でないと思っているだけなら、自分が思う名前がリュークの目に写るはずだ。」

 

「つまり、七篠は自身の元の名前を覚えていないというのが僕の仮説だ。転生した時の影響で、記憶の一部に欠落が生じているのかもしれない。」

 

簡単に言えば、「七篠 仁は本来の自身の名を覚えていないからリュークの目にも名前が写らなかった」

これが僕の意見だった。

 

「…なるほどねぇ。まぁ、夜神君の言うことが本当なら、その説が今のところ最も有力だね。」

 

タキオンは自身の座っている年季の入った椅子を大袈裟にギシギシと鳴らしながら会話を続ける。

 

 

「それにしても、ウマ娘のステータスやスキルが見える七篠君は、さながら御伽噺の三女神のような存在なんだろうねぇ。」

 

「三女神?それは広場にあるあの三女神像の事か?」

 

「あぁ、まぁそうだね。太古の昔に実在したとされる3人ウマ娘で、全てのウマ娘の始祖なのではないかとも噂されている存在さ。知らなかったのかい?」

 

「まだここに来て日が浅いものでね。」

 

三女神…その概要については初めて聞いたな。

ただの空想上の存在だと思っていた。

 

「そうか、君はまだ体験したことがないんだね、『あの儀式』を。」

 

「あの儀式…?」

 

「あぁ、毎年4月に行われる、年に一度の儀式だよ。トゥインクルシリーズを走るウマ娘が三女神像の前で祈りを捧げる、というものでね。これはかつてレースに携わった者の想いを継承する為の儀式と言われている。科学的根拠などないが、実際に実力が向上したウマ娘が数多く存在する、不思議な儀式さ。」

 

なるほど、僕がトレセンに来たのは4月だ。

ちょうど僕が担当を持つ前にその儀式が行われていたのだろう。

 

 

「しかし、謎の化け物の次は異世界転生したトレーナーか。全く、君の周りは摩訶不思議な話題に事欠かないねぇ。いやぁ、実に面白い。」

 

「僕としては、トラブルなんて無いに越したことはないと思ってるんだけどね。」

 

しかし、三女神に儀式か…それらが七篠の持つ力と何か関係があるのかもしれない。

考えてみるとリュークにも関係がある話かもな。

…いや、しかしあいつが女神のような存在と言われてもどうにも…。

ともかく、新たな情報も得られたし収穫はあった。

この後サクラチヨノオーとのトレーニングも控えているし、そろそろ切り上げるか。

 

「タキオン、こちらから来ておいて申し訳ないが、そろそろ帰らせてもらうよ。今日はまだ担当のトレーニングが残っているものでね。」

 

「あぁ、構わないよ。確か担当のウマ娘の名はサクラチヨノオー君、だったね。よろしく伝えておいてくれたまえ。」

 

そして月は古びた椅子から立ち、薄暗いその部屋を立ち去ろうとする。

去り際にアグネスタキオンは一言だけこう言い放った。

 

「ダービーも近づいてきたし、君もトレーナーなら知っておくといい。レースに勝つ為に最も大事なものは、ウマ娘とトレーナーの信頼関係だよ。」

 

かつて読み漁ったどの教本にも書いてあった事だ。

何故今このタイミングでそんな事を…。

彼女なりの親切心なのだろうか。

 

「あぁ、肝に命じておくよ。」

 

そして入ってきた時と同様に入口から出る。

そしてなんの気なしに改めて旧理科室を見る。

中に入ってみればなんという事はないが、外から見るとやはり不気味だ。

こんな所に四六時中住み着いているタキオンの気が知れない。

個性派揃いのウマ娘の中でもタキオンが嫌煙されがちなのは、こういう理由なんだろうなと思う。

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

そして、トレーニングの為に会話を切り上げて出てきたものの、サクラチヨノオーとの集合時間まではあと1時間弱余裕がある。

何かしらで時間を潰せないかと思い、その日の学園案内を見る。

そういえば、今日は模擬レースの開催日だったな。

ちょうど時間は今から10分後。

新しいチームメンバーのスカウトもまだ済んでいないし、これはいい機会かもしれないな。

そうして時間を持て余した夜神月は模擬レースの会場へと向かった。

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