遂に来た。
去年のリュークの発言が気にかかってからおよそ一年。
彼女がひた隠しにしている秘密を知る時が遂に来た。
しかしここで話しずらいことを
こういう時こそ冷静に…。
「何かな?正式な手続きはまだ踏んでいないとは言え、僕はもう君のトレーナーだ。僕で力になれることなら何でも話してみてくれ。」
そう言うとエイシンフラッシュの顔つきが変わった。
話をする決心がついたようだ。
そしてエイシンフラッシュが懐から手帳を取り出す。
それは約一年前にエイシンフラッシュを初めて見た時のもので間違いなかった。
「トレーナーさん、…もし覚悟があるのならば、これに触れてください。」
手に持った手帳を差し出し、いつになく真剣な表情で彼女はそう言った。
ノート…今回は手帳だが、それに触れるというのは、何度も経験した事だ。
既にこの後何が起きるのか概ね予想は付いている。
きっと彼女の手帳には死神が宿っているのだろう。
「手帳の中身を見てください」なら僕の予想と違ったことが起きたかもしれないが、「触れてください」とくればもう間違いないだろう。
間を置くこともなく目を閉じて手帳に触れた。
全く躊躇いもせず手帳に触れた僕に対してフラッシュは驚いているようだった。
リュークがこの世界にいたということは、他の死神であるレムやシドウがいたとしてもおかしくない。
そんなことを考えながらゆっくりと瞼を上げる。
目を開けると、まるで初めからそこにいたかのように人影がひとつ増えている。
そして目線をその人影の方へとやる。
しかし、そこにいたのは僕の想像とはかけ離れたものだった。
人間の容姿とかけ離れた死神が出てくると思っていたが、意外にもそこにいたのは人間味のある生物だった。
上には黄色のジャケットを羽織り、下はタイトパンツという格好。
見た目は概ね僕たち人間と遜色ないが、ひとつ大きく違うのは、その生物にはウマ娘と同じ尻尾と耳がついているということだった。
男性とも女性ともつかないような容姿をしているが、ウマ娘なのだとしたら女性なのだろう。
「ほう、私を見ても驚かないか。余程肝が据わっているものと見える。」
突然僕の前に現れたその生物は、僕が全く驚いていないことに関心があるようだ。
なぜ僕が驚かないのかと聞かれたら、答えは簡単だ。
「生憎、付喪神のような生物は見慣れているものでね。」
そういうとその生物は多少怪訝そうな表情を覗かせたが、特に何かを言うわけでもなく話を先へと進めた。
「そうか…まあいい。私の名はバイアリーターク。三女神が1人であり、今は…そうだな、そこのエイシンフラッシュの補佐役だとでと思ってもらえればいい。」
バイアリーターク!?その名は去年この世界に来た時、情報を求めて読み漁った文献に載っていた。
すべてのウマ娘の始祖と言われている三女神のうちの一人の名前が確かにそうだが…。
目の前の彼女がその
僕が彼女に対して懐疑心を抱いていると、それを見抜いたのかエイシンフラッシュが説明を加える。
「トレーナーさん、バイアリータークさんはかの有名な三女神のうちの一人なんですよ。確かに信じられないかもしれませんが、実際彼女には特別な力があるんです!」
特別な力…?
それは一体どういうことかと促すと、彼女は続きを話し出す。
「彼女は…バイアリータークさんは、実力が伸び悩んでいた私の前に突然現れたんです。三女神であると名乗る彼女に最初は私も警戒していたのですが、ある日彼女は私の走りを見てアドバイスをくれたんです。」
「…そしてそのアドバイスは、その時のトレーナーさんがくれたアドバイスとはかなり異なったものでした。」
前のトレーナー…静宮早織のことか。
確かに過去の戦績を見る限り、彼女のトレーナーとしての手腕は贔屓目に見ても二流のソレだ。
仮にそのバイアリータークが本当に三女神で、ウマ娘の始祖として最適なアドバイスを与えてくれるのならば、どちらが優秀なサポーターなのかは比べるまでもない。
「それで、一度バイアリータークさんの仰ったアドバイスをもとにトレーニングを変えてみました。すると、あれほど伸び悩んでいたタイムがみるみる縮んでいったんです。」
なるほど。
トレーナーと二人三脚でどうにもならなかった自分の実力を伸ばしてくれた…
リアリストなエイシンフラッシュが彼女を本物の三女神でと信じる理由としては十分か。
「しかし、良いことばかりではありませんでした。トレーナーさんに言われたトレーニングとは違うトレーニングをしていることに感づかれはじめたんです。幸いなことにトレーナーさんはそれに対して何かを言うということはありませんでした。しかし、私自身が迷ってしまったんです。果たしてこのトレーナーと共に今後も歩んでいけるのかと…。」
エイシンフラッシュが言いたいことは分かる。
その時の彼女は三女神であるバイアリータークの助言でトレーニングをこなしていたはずだ。
つまりその関係が成り立っている時点で、トレーナーの存在意義がなくなってしまっている。
レースに出走するためには確かにトレーナーがついていることが条件だが、その部分だけで見てしまえばトレーナーは誰でもいいということになる。
当時の彼女は自分のトレーナーとの関係性について悩んでいたのだろう。
「トレーナーさんはすごくいい人だったんです。私にはもったいないくらいに。本当に…。トレーナーさんは私と担当契約をしてからずっと忙しそうでした。私がレースに出るために…そのためだけに辛い思いをしてまで私のトレーナーを続けてもらうというのはあまりにも…傲慢だと、そう思ったんです。」
話し終わったエイシンフラッシュは俯いて押し黙ってしまった。
ひとまず、事の顛末はあらまし理解した。
エイシンフラッシュは静宮のトレーニングに不満があったわけでもなく、彼女が嫌いだったわけでもない。
むしろ逆だ。エイシンフラッシュは彼女を本当に大切に思っていた。
契約を解消するというのは彼女にとっても苦渋の決断だったのだろう。
その証拠に、静宮の話をしているフラッシュの顔はフラッシュの話をしている時の静宮と似たような辛さの滲んだ表情だ。
どうあれエイシンフラッシュが決めたことなら僕が口を出すことはこれ以上ない。
ただ、この話はひとつ誤解を残したまま決着が着いている。
他人同士の関係がどうなろうが知ったことではない。
だが、乗りかかった船だ。進む方向を多少修正するくらいの権利は僕にもあるだろう?
「ひとつ、いいかな。」