まだ日も高く、外のグラウンドではウマ娘達がトレーニングに勤しんでいる昼下がり。
そんな中で不自然に窓を閉め切っている物置部屋がひとつ。
そこにはすべてのウマ娘の始祖である三女神、将来有望で優秀な新人トレーナー、そして「元」死神という奇妙な顔ぶれが集まっていた。
「それではまずそこにいる奴について聞かせてもらおうか、夜神月。」
静寂の壁を切り崩すようにしてバイアリータークが声を発した。
高圧的な態度が気になったが、夜神月は飲み込んで話を進める。
「こいつにはリュークという名前がある。元々は特殊な力を持つ神だったらしいがどういう訳かその力を失ってしまったようで、今は僕と共にサクラチヨノオーをサポートしている。」
「
「そうだな、なんと言えばいいか…リュークは僕がトレーナーとしてここトレセンに来て、サクラチヨノオーの担当トレーナーになってから数日経った頃に急に現れた。その時に今の話をリュークから聞いたんだ。」
いくつかの嘘を織り交ぜながらリュークについて話す。
もちろん目的があってのことだ。
まず第一に、僕がリュークと繋がっていると思われないようにするため。
彼女は恐らく僕がエイシンフラッシュのトレーナーとして相応しいのかどうかを見極めようとしている。
ならばここで僕とリュークが長い付き合いであることは伏せておいた方がいいだろう。
得体の知れない生物と密接な関係を持つトレーナーを、彼女が快く容認するとは考えにくい。
そして理由の二つ目は「僕が彼女をまだ信頼していないから」だ。
僕からすれば彼女はまだ第三者であり部外者。
そうやすやすと持っている情報をくれてやるほど僕もお人好しじゃない。
「なるほど、まぁいいだろう。では次はこちらの番だな。」
そう言って彼女は立ち上がる。
そして、悠々とした態度で自己紹介を始めた。
「自己紹介は簡単なもので構わないな?私の名はバイアリーターク。俗に言う三女神の1人だ。」
前に聞いたものとなんら変わりのない自己紹介。
しかし、引っかかっている事がひとつ。
「バイアリーターク。聞きたいんだが、文献によると三女神と呼ばれる君たちが活躍していたのは太古の昔だ。なぜそんな君たちが今こうして僕の目の前に現れている?」
この世界の絶対にして残酷な掟。
一度死んだ生物は蘇らない。
ならば時間を超えて存在している彼女らは一体何なのだろうか。
先の言葉はもちろん彼女が三女神を名乗る偽物である可能性を探るための言葉でもあるが、それ以上に僕の中の純粋な知識欲から出た言葉のような気がした。
「貴様の質問は至極真っ当だ。何せ我々がレースの世界で活躍したのはもう何十年…いや、何百年、何千年も前の話だからな。結論から言おう。厳密に言えば私は過去に存在したウマ娘、バイアリーターク本人ではない。」
なるほど…まぁ大方予想していた通りだ。
ウマ娘は人間と比較して絶大な身体能力を誇るが、寿命自体は人間と遜色ないと聞く。
バイアリータークも例外ではないという事か。
「なら、今ここにいる君は一体何なんだ?」
「簡単に言えば想いの集合体のようなものだ。かつてのウマ娘バイアリータークは一度天寿をまっとうし、間違いなく亡くなっている。しかしその後、我々の子孫にあたるウマ娘たちの『勝ちたい』『速く走りたい』という勝利への強い執念が形を成し、そこに我ら三女神の魂が宿った。そうして成ったのが私たちだ。」
科学的根拠に乏しい話だが、この世界には明らかに超常現象でしか説明がつかない事象が多すぎる。
これもまたその1つなのだろう。
「そうして第2の生を受けた私たちは、学園にある三女神像を媒介として数多のウマ娘を観測し、ときに力を与えてきた。しかし1年前のある日、目を覚ますといつの間にか私はエイシンフラッシュの持つ手帳に宿っていたのだ。これに関しては1年経った今も原因が分からない。人為的なものなのか超常的なものなのかすら…。」
彼女が嘘をついているような素振りはない。
仮にこの話が事実だとして話を進めると、やはり『1年前』というのがカギになってくる。
僕がこの世界にやって来たのも1年前で、彼女がフラッシュの持つ手帳に媒介を移したのも1年前。
加えて七篠がこちらに来たのも1年前だと言っていた。
とても偶然とは思えない。
やはりその時にこの世界で何かがあったとみて間違いないだろう。
「分かった。もうひとつ質問だが、君の目から見てリュークはどう映る?」
彼女にはチヨノートに触れる前からリュークが見えていた。
この事象を死神のルールに準えるならば、リュークとバイアリータークは同一の存在だということだ。
つまりそれは…。
「そうだな…信じられない事だが、そのリュークという奴から、我らと同種の気配を感じる。」
!……やはりそうか。
どうやらこの世界でリュークは、三女神とほぼ同一の存在になっているらしい。
ウマ娘の能力値が見えるという、まさしくトレーナーからすれば神のような能力もこれならば納得がいく。
「俺が女神ってことか?俺、男なんだけど…。」
リューク…性別とか、問題はそういうことじゃないだろう。
見当違いの訂正をするリュークに対し、月は心の中でそう呟いた。
そして、そのままバイアリータークに対して更に質問を投げかける。
「実は、リュークにはウマ娘の能力値が見えるという特技がある。バイアリーターク、君もそうなのか?」
「あぁ、確かにそうだ。エイシンフラッシュの手帳に宿る前から私にはウマ娘たちのステータス、その時の調子、所持しているスキルなどを可視化することが出来た。…しかし、数週間ほど前からか…何故かそれらが見えなくなってな。残念だが、今の私にそういった特殊な力はない。」
なるほど、興味深い情報だ。
無論嘘の可能性も拭えないが、今の話が本当でバイアリータークが今のリュークよりも強力な力を持っていたのだとしたら、同一の存在であるリュークもいずれその力を得られるかもしれない。
そうなれば僕はトレーナーとしてひとつ上の段階に進める。
しかしそれよりも僕が気になったのは、
考えられる可能性はいくつかある。
他の三女神と能力が分散している可能性や、能力の発動に何かしらの条件が必要な可能性…。
現状まだ不確定ではあるが、探っていく価値はあるな。
◆◆◆
◆◆◆
その後、一通りお互いの知っていることを共有した。
バイアリータークからはいくつかのトレーニング論と他の三女神について聞くことが出来た。
残り2人の女神は名を「ゴドルフィンバルブ」「ダーレーアラビアン」というらしい。
彼女らとは少なからず面識があるので、もし出会った際はぜひ伝えて欲しい、とのことだった。
僕からは自分がトレーナーになった経緯と協力者であるアグネスタキオンの話をした。
別世界から来た、という荒唐無稽な話だったので軽く流すかと思いきや、バイアリータークは意外にも真剣に僕の話に聞き入っていた。
「…こんなところか。」
お互いに一通り話し終えたところで僕の方から終わりを切り出す。
バイアリータークも「そうだな。」と同調し、この話し合いは終わりを迎えた。
良い収穫はあった。調べたい事も山積みだ。
だが、今はチヨノオーのクラシックレースが近い。
残念だが、今はそちらを優先して進めなければならない。
去り際に、バイアリータークは僕にひとつの質問を投げかけた。
「夜神月、貴様は…自身の担当の運命を背負う覚悟はあるか?」
「当然だ。僕はサクラチヨノオーを半端な気持ちで担当しようと決めたわけじゃない。今後彼女に何が起きようと、乗り越えてみせるさ。」
今更熱意が揺らぐわけがない。
彼女の目標である日本ダービーはもうすぐだ。
彼女の夢の為に、僕にできることは全力でするつもりだ。
そして、僕の為にも。
「そうか。まぁエイシンフラッシュが担当になった以上、今後貴様が私と顔を付き合わせる機会も増えるだろう。その時にでも見極めよう。貴様がウマ娘にとって真のトレーナーたりうる男なのかをな。」
そう言ってバイアリータークは扉を閉め、エイシンフラッシュのいる部屋へと帰っていくのだった。