あの日、バイアリータークとの会話の後、バイアリータークから少し遅れて僕とリュークはサクラチヨノオーらがいるトレーナー室へと戻った。
エイシンフラッシュはリュークの姿を見るなり倒れてしまい、一時は大変な事になってしまった。
どうやら彼女はゾンビなどのスプラッタなものか苦手なようだ。
最近『恐ろしいもの』としての扱いが薄れてきていたリュークは、エイシンフラッシュの驚きようにどこか嬉しそうな表情を見せていた。
バイアリータークとの一件があるからなのだろう。
目が覚めてからのエイシンフラッシュの飲み込みは早かった。
しかし、理解したとはいえ彼女がその日リュークに近づく事は決してなかった。
リュークはかなり癖の強いルックスをしているし、やはり内心は恐れや不安が拭えていないのだろう。
どちらかと言えばそれが普通の反応だ。
「フラッシュさん、そんなに怖がることないですよ!ほら、よく見るとリュークさんって凄く可愛くないですか?!『二度見三度見恐怖も高飛び』、ですよ!」
サクラチヨノオーがそう言うと、エイシンフラッシュは信じられないものを見るような目でサクラチヨノオーを見つめていた。
これ以上放置しておくと、折角縮まった心の距離が元に戻りかねないのでそろそろ本題に入ろう。
「チヨ。色々あったが、こうして僕がエイシンフラッシュの担当もすることになった以上、僕達はチームとして動いていく事になる。」
チヨには元より伝えてあったことだが、エイシンフラッシュを交えて話をするのは初めてだ。今一度確認をしておこう。
「チームになったからと言ってやる事が大きく変わるわけじゃないが、僕たちには決めなければならないことがある。分かるか?」
サクラチヨノオーが頭にクエスチョンマークを浮かべたような顔をしていると、すかさずエイシンフラッシュが答える。
「チーム名…ですね。」
軽く頷く。
チヨノオーは『あ、そうか』と言いたげな顔だ。
「その通り。特に決まりなどはないらしいけど、慣習的に星の名前をつけるチームが多いそうだ。」
沖野さんが率いるチームスピカも乙女座の真珠星から名前を取っている。
理由は定かではないが、この学園の名門チームはスピカやリギル、カノープスなど、星の名前から取ったチーム名が多い。
この『星の名前を冠するチームは大成する』というジンクスにあやかるなら、それでもいいだろうが…
「だが、それはそれだ。僕はチーム名に対してとやかく言うつもりはないし、折角だからチヨとフラッシュが好きなように付けてくれたら嬉しいよ。」
本心から出た言葉だった。
確かにチーム名を受け継いでいくのはトレーナーである僕だが、チーム名を背負って走るのは僕ではなく、ウマ娘だ。
そう考えると僕の一存でとやかく言うことでもないだろうし、個人的にはサクラチヨノオーやエイシンフラッシュが愛着が湧くような名前にして欲しいと思う。
その言葉を聞くなり、先程まで興味がなさそうにしていたサクラチヨノオーの目が輝きを帯びる。
「チーム名ってトレーナーさんが決めるものだと思ってたので諦めてたんですけど、私実は前々から温めてたチーム名があるんです!」
そう言って彼女はチヨノートをパラパラとめくり始めた。
そういえばチヨノオーはチームを作るかもと話した時から時々ノートに何かを書いていた。
もしかするとあれはチーム名の思案錯誤をしていたのかもしれない。
しばらくして彼女な手の動きが止む。
そのページには、遠目から見てもはっきりと分かるほど沢山の案が書き連ねてあった。
余程真剣に考えていたのだろうという事が伺える。
「えーっと、『走り続ければ拾えるにんじんもある』…これは違う。『草むらの虫は宝の地図である』…これも違うなぁ……あっ!これだ!!」
ページをめくる手を止め、バッと勢いよくノートをこっちに向けてくる。
そこには、『チーム桜餅』とあった。
「どうですか?」と言わんばかりの自信溢れる顔を見て、夜神月は気づいてしまった。
サクラチヨノオーはお世辞にもセンスが良いウマ娘とは言えないという事に…。
自由に考えていいとは言ったが、まさかここまで自由奔放な名前だとは…
規則としてあるわけではないが、チーム名は片仮名か平仮名のみというのが命名の上での暗黙のルールだ。
それを証明するかのように、これまでチーム名が漢字のみという事例は確認されていない。
いくらなんでも、これをそのまま通す訳にはいかない。
トレーナーとしてこの名前を背負い続ける僕の身にもなって欲しいものだ。
この流れを変えなければ。
「良い案だな、チヨ。それじゃあ、フラッシュは何かあるか?」
エイシンフラッシュの引き攣ったような笑みを見るに、このネーミングセンスが不味い事は分かっているようだ。
僕自身はチヨとフラッシュに任せると言ってしまった以上、代替案をすぐに出すのは不自然になってしまう。
人任せになってしまうが、この流れで自然に案を出せるのはフラッシュしかいない。
そう考えてエイシンフラッシュにパスを回す。
エイシンフラッシュは僕が返答を求めたことに対して驚いていたが、すぐに状況を理解したようで、少し考え始めた。
彼女が「そうですね…」と言ってから、時間にして約1分。
「桜餅…とは少し違いますが、ドイツ語で桜をキルシュブリューテというんです。そして私が好きなケーキの名前が『キルシュトルテ』というんですが、この2つから取って『チームキルシュ』…というのはどうでしょうか?」
チームキルシュか…サクラチヨノオー、エイシンフラッシュ双方の「らしさ」を持っていて、かつチーム名として星の名前にも見劣りしないレベル。
異論はないだろう。
「チームキルシュ…良いですね!カッコイイです!それにしましょう!」
サクラチヨノオーもなんとか気に入ってくれたようだ。
気が変わらないうちにことを済ませしまおう。
「それじゃあチーム名はキルシュで登録しておこう。チヨ、フラッシュ、明日からはチームとして活動していくことになる。特に大きく変わることはないが、気持ちを新たに練習に臨んでほしい。」
そんな僕の言葉に対し、サクラチヨノオーは大声で「はい!」と返事を返し、エイシンフラッシュは落ち着いた様子で小さく「はい。」と返事をした。
正反対なように見える2人だが、お互いに相手を尊重しているのが見て取れる。
きっと上手くやっていけるだろう。
らしくもなく根拠のない自信に未来を預けて、書類の提出の為に僕はその部屋を後にした。
◆◆◆
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夜神月は書類をたづなさんへと届け、いくつかの事務作業をこなした後、トレーナー室へと戻ってきた。
ドアを開けると、そこには先程までの賑やかさが嘘のように誰も居ない閑散とした部屋が広がっている。
サクラチヨノオーとエイシンフラッシュには今日は解散だと伝えたので、各々帰ったようだ。
明日以降のトレーニングのメニューの見直しをしなければならない。
そう思いトレーナー室の自分の椅子へと腰掛ける。
買い換えたばかりの新品同然の椅子はギッと音を鳴らし、その音が静かな部屋に響いた。
そして夜神月が仕事に取り掛かってから数分後、トレーナー室のドアを誰かが叩いた。
今は夕方。時間としてはそろそろ生徒は帰り始める時間のはずだ。
たづなさん辺りだろうか。
先程出した書類に不備があったのかもしれない。
ドアを開けると、そこには見知らぬウマ娘がいた。
いや、違う。
面識こそないものの、僕は彼女を何度も見たことがある。
サクラチヨノオーと出会ったばかりの頃、レースの映像研究をしたいた頃に。
「君は…どうしてこんなところに?」
思わず口をついて出たその言葉に彼女が答えることはなく、爛々とした調子で笑いながら言葉を返す。
「あなたがチヨちゃんのトレーナーさんよね?」