ウマ娘がどういうトレーニングをしているのかは概ね把握出来た。
グラウンドで得られる情報はこれくらいか。
「葵さん、僕はそろそろ寮に帰りますが、葵さんはどうしますか?」
そろそろリュークがチヨノオーを見つけた頃だろうか。
桐生院葵と離れたいので、適当な嘘をつきその場を離れようとする。
「私はもう少し見ていきます。気になる子もいるので。」
もう担当したいウマ娘の目星がついているのだろうか。
「そうですか、それじゃあまた。」
一度リュークと合流するため、その場を後にした。
しばらく学園の構造の把握がてら歩いていると、リュークが空から降りてきた。
「いたぜ、月。あっちのコースの方だ。」
「そうか、ありがとうリューク。今は手元にりんごはないから、寮に戻ってからでも構わないか?」
「さすが月、話が分かるな。」
そして、リュークがチヨノオーを見つけたというコースへ向かう。
ここは…中距離レースを想定したトレーニングコースか。
かなりの数のウマ娘やトレーナーがいる。
やはり中距離用のコースは人が多いな。中央競バでは中距離のGIや重賞レースが多いため、トレーナーとしては中距離が得意なウマ娘を担当したいんだろうな。
ここにいるということは、チヨノオーは中距離が得意なウマ娘なんだろうか。
「月、あそこだ。あいつだろ?」
リュークのいう方には、確かにサクラチヨノオーがいた。
「あぁ、あの子だ。どんな走りをするのかと思ったが…なるほど、極めて特殊、と言った感じじゃないな。むしろ基礎を磨き上げたような…型にはまった走り方をしているよ。ただ、確実に他のウマ娘と比べて頭一つ抜けている。」
彼女の走りは、さっきのグラウンドで見たオグリキャップのような、いわゆる『特殊型』のそれではなく、基本を積み重ねた上での、教科書通りの走り、といったような走りだった。
そして見た限りだが、彼女にトレーナーはいない。
「……。」
「どうした、月。」
「決めたよ、リューク。僕は彼女の担当トレーナーになる。もちろんあのノートが気になるってのもあるが、それだけじゃない。純粋に試してみたくなったんだ。僕のトレーナーとしての実力を。」
「意外だな、月がそんなことを言うなんて。俺はてっきり、また『新世界の神になる』とか言い出すのかと思ったぜ。」
「僕ももう立派な大人だ。さすがにもうそんなことを言うような年齢でもないよ。あの時は高校生だったしね。それに、あの時はデスノートという手段があったからああいう事をしたが、今の僕にそんな力はないよ。本来僕は、『心の優しい優等生』なんだよ、リューク。」
「よく言うぜ。」
「そもそも今も昔も僕が一番恐れているのは、退屈なんだよ。リュークも退屈だったから人間界にデスノートを落としたんだろ?」
「まぁ、そうだな。あの時は他に何も面白いことがなかったし。」
「それをたまたま退屈だった僕が拾った。つまるところ、全て退屈が原因なんだよ。だから、僕がトレーナーとしてここにいるのも『退屈しのぎ』に過ぎない、ってことでいいだろ?」
「よく分からんが、俺は面白いものが見られるなら、なんだっていい。」
「安心しろ、リューク。また面白いものを見せてやるよ。新世界の創世の始まりだ。」
「あ、言った。」
「……。」
「月ってちょっと中二病っぽいところあるよな。」
「……リューク、今日はりんご抜きだ。」
「えぇっ、それはないぜ…」
そうして二人は寮へと戻るのだった。
そして、次の日。今日は未契約のウマ娘たちが出走する模擬レースがあるそうだ。
出走者名簿には、サクラチヨノオーの名前もあった。
「よし、ここで彼女をスカウト出来れば、僕は晴れて正式に担当持ちのトレーナーになれるという訳だ。」
「そう上手くいくか?」
「リューク、僕の予想が正しければ、この模擬レースの結果はーーー」
「ククク、本当にそんなに上手くいくか?」
「まぁ見てなよ、リューク。」
とはいえ、まだ11時を回ったばかり。
模擬レースは昼の12時から、距離別に開催される。
最初に短距離のレースが行われる。
次にマイル、中距離、長距離ときて、最後にダートレースが行われる。
それぞれ一時間の予定で、レースの間に20分程度の時間がある。
これはレース場の移動に関係している。
ここトレセン学園は簡単に言うとかなり広く、距離ごとに別々のレース場が用意されている。
ウマ娘からしたら、自分の最も得意な距離を選んでコースを走れるといった利点がある。
加えて、今回の模擬レースのような学園内のイベントにも利用されている。
本来、レース場をいくつも設置すると莫大な金額がかかるため距離別にコースが用意してあるのはかなり珍しい。
聞くところによると、理事長がかなり無理を言って設置したらしい。
子供のように見えて、恐ろしい人だ。
そして僕とリュークは昼食を取るため、食堂へと来ていた。
なんだかんだ、食堂に来るのも初めてだ。
入ってすぐに後悔した。
席に座って食事をしているのは、ほとんどがウマ娘だった。
これは後になって知ったことだが、トレーナーたちが食堂で食べることはあまりなく、自分のトレーナー室で食事を取るのが普通、とのことらしい。
人目を気にする方ではないのだが、さすがにこっちを見ている人数が多い…
次回からは自室で食事を取ろう、と固く誓う夜神月であった。
そして僕たちは食事を取り終えた後に、午後から始まる模擬レースのため、中距離用のコースへと向かった。
中距離用のコースに着いたが、時間よりかなり早めだったので、レースが始まるまでかなり時間がある。
今回の模擬レースは距離ごとに違う時間にレースが開催され、トレーナーたちは見ようと思えば全てのレースが見られるようになっている。
「中距離の前はマイルのレースか…」
昨日見た『オグリキャップ』も出走するみたいだ。まだ時間もあるし、見に行ってみるか。
マイル用のコースへと向かっていると、後ろから声をかけられた。
「トレーナーさんデスか?」
今日のレースに出るウマ娘だろうか。何故かプロレスラーが試合でつけるようなマスクをつけている。
「あぁ、僕は新人トレーナーの夜神。君は今日のレースに出る子かな?」
「私には既にトレーナーさんがいるので、今日のレースには出れないのデース!今日のレースに出るライバルの偵察に来たのデース!」
そういうパターンもあるのか。
「そうなんだ、じゃあ、僕は行くところがあるから。」
背を向け、その場を離れようとすると、またしても呼び止められた。
「あ、待ってくだサイ!まだ名前を言ってないデス!」
そう言うと、彼女はまた僕に近づいてきた。
確かにまだ彼女の名前を聞いていないが、僕に名前を伝えることがそんなに大事なのだろうか。
直後、彼女が言った言葉に、思わず背筋が凍りついた。
「私は『エル』デース。」
「!!!」
このセリフは…聞いたことがある。忘れるはずがない。
〝あいつ〟と初めて会った時のセリフ…
「これは私のトレーナーさんに教えてもらった挨拶なんデス!どうデス?面白いデスか?」
面白いというか…僕にとっては恐怖でしかないんだよ、そのセリフは。
「う、うん、独特な挨拶だね。僕は先を急ぐから。それじゃあね、エルさん。」
「はい、また会いまショウ!」
嵐のような子だったな。
…待てよ、さっき、あのセリフはトレーナーさんに教えてもらった、とか言ってなかったか?
いや、考えすぎか。あのウマ娘に担当トレーナーがいるということは、僕が関わることもそうそうないだろう。
今は自分のことに集中しなければ。
気持ちを切り替え、マイル用のコースへと向かうのだった。
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