CHiYO NOTE   作:苺ジャム

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第六十四話 狼煙

桜咲く季節、出会いと別れの季節、年度始めの引き締まった空気感漂う季節。

そんな明らかに分不相応なレッテルを過多に貼られた春という季節を象徴する月、4月。

世間では入学式や入社式が執り行われている時期で、ここトレセンにも例外なく新入生が数多くやって来ている。

希望に目を輝かせた新入生のうち、一体何人が来年ここに残っているのだろうか。

ふとそんな残酷な想像に頭を回してしまっていた。

そしてそんな夢への理想を抱えたウマ娘たちもいる一方、現実を知ったウマ娘たちは今もグラウンドでトレーニングに励んでいた。

クラシック級のウマ娘は特に熱心に。

理由はもちろん、栄誉ある三冠ウマ娘への1つ目の冠である皐月賞の開催が間近に迫っていることだろう。

皐月賞に出走するウマ娘はもちろん、出走しないウマ娘でさえその熱にあてられて熱心にトレーニングをこなしている。

 

夜神月が担当するサクラチヨノオーももちろん例外ではない。

今日この日に至るまで毎日欠かさずトレーニングを続けてきた。

その甲斐もあり、最早今のサクラチヨノオーは前走とは比べ物にならないポテンシャルを持ったウマ娘へとなりつつあった。

だが、それは周りも同じ。

生涯一度しかない三冠を賭けたレース、軽視するウマ娘の方が珍しい。

ともかくそんなわけで、今トレセンは年内でも1、2を争うほどの盛り上がりを見せている。

 

そんな格式高い三冠を獲ると目されている渦中の男、夜神月は満を持して今朝発表された皐月賞の出走メンバーを何度も見返していた。

名のあるトレーナーが担当するウマ娘も数多く出走している。

そんな中でも一際月の目を引いたのは、見慣れたあの男の名前だった。

 

「竜崎…来たか。」

 

トレーナーとしても非常に優秀で夜神月のライバルでもある男、竜崎ことL。

彼の担当するエルコンドルパサーも今回の皐月賞出走枠に名を連ねていた。

エルコンドルパサーは昨年既に一度GIを獲っている。

今回のメンバーの中では一目置かれる存在となるだろう。

 

そして、意外なことにオグリキャップの名前はなかった。

彼女の担当である七篠は昨年片っ端から重賞を取りにいっていたので、てっきり今回の三冠も狙いに来るのかと思っていたが…

おもえばあのホープフルS以降、動きが大人しいような気もする。

何か心境の変化でも…

 

「トレーナーさーん!坂路終わりました〜!」

 

思考を遮ったその明るい声の主はもちろん、サクラチヨノオーだった。

もともとやる気に満ち溢れた娘ではあったが、ここ数日はより一層張り切ってトレーニングをしている。

やはり皐月賞を意識してのことだろう。

 

「あぁ、お疲れ。少し休憩にしようか?」

 

「いや、大丈夫です!まだ走っていたい気分なので、もう少し走ってきます!」

 

そう言って手に持ったドリンクを手早く飲み、さっさとコースへと戻っていってしまった。

最近のサクラチヨノオーは少し頑張り過ぎている。

最近よく一緒にトレーニングをしているエイシンフラッシュも心配するほどに。

もちろん練習に支障が出ている訳でもなければ、脚に不調がある訳でもない。

実際、今の彼女の脚のキレは以前に比べかなり良くなっている。

これまでの僕ならば、彼女が1着を獲ることを疑わなかっただろう。

だが今は…

 

「五厘、だな。」

 

いつの間にか僕の背後に立っていたバイアリータークが僕に言う。

恐らくは勝率の話らしかった。

 

「五厘か、随分と買い被ってくれるな。誰も結果の見えないレースで五厘もあれば充分だよ。」

 

「…そうか、貴様はそう思うのか。」

 

多少見栄を張ってみせたものの、バイアリータークはそれすら見抜いたような返事を僕に返した。

やはり僕もこのままでは勝つことは厳しいと思う。

 

皐月賞での対戦相手を見て言っているのではない。

ここ数日のサクラチヨノオーを見た上での判断だ。

皐月賞まで1か月を切った辺りから、どうも調子が乗っていない。

確かに以前に比べると脚力は上がっているし、息づかいやコーナリングも上手くはなっているのだが、仕上がりきっていない、という印象を受ける。

あとひと押しが足りない、という感覚だ。

これまで順調に縮んでいたタイムも、最近は横ばいになってしまっている。

理由を聞こうにも、最近のハードなトレーニングに対する疲れもあり、あまり話が出来ていない。

レースの数日前からは皐月賞に出るため、千葉の方に向かわなければならないので、もうここにいられる期間はそう長くない。

慣れない環境に行ってしまう前に、一度話をする必要があるな。

 

「チヨ、ちょっと来てくれ。」

 

コースで揚々と走っているサクラチヨノオーをハンドサインで呼び止める。

それから1分も経たないうちにチヨノオーは戻ってきた。

 

「なんですか?トレーナーさん。」

 

「今日のトレーニングが終わったあと、時間はある?いくつか聞きたいことがあるんだけど。」

 

僕がそう言うと、サクラチヨノオーは恙なく予定を教えてくれた。

トレーニングが終わった後の予定はないというので、そこで話をすることにした。

 

◆◆◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◆◆◆

 

それから数時間後、特に大きな怪我などもなく無事に今日のトレーニングを終えた。

時間としてはそこまで遅くは無いが、まだ日が沈むのが早いので外はもう日が落ち始めている。

 

「お疲れ様です、トレーナーさん。それで、聞きたいことってなんなんですか?」

 

そう言われてふと僕が思い出したのは、去年のことだった。

残暑の厳しい8月の終わり頃、チヨと共に蹄鉄を見繕いに行った時のことだ。

あの時も僕は似たようなことを聞こうとしていた。

だが、聞かなかった。それはあの時の僕が彼女のトレーナーになってから間もなかったから。

彼女に対して充分に信頼を得られていなかったと思っていたからだ。

そして、あれからもう半年以上の月日が経った。

今の僕にはそれを聞く資格はあるのだろうかと、答えのない問いを思考を巡らせる。

 

「話というのは、君のことだ。サクラチヨノオー、聞かせてくれ。君の原点を、マルゼンスキーの話を。」

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