オレは一人で夏祭りの会場に来ていた。
上条は夕方まで補習が長引いた上に、帰りにどこかに財布を落としてしまい探している最中でいない。奴にはこういうのに興味がありそうな暴食修道女に頭を丸かじりされる未来しか待っていないだろう。
まあ、盛夏祭でのあの暴食っぷりを考えると、奴の頭一つを対価に屋台全ての食材がなくなるのを避けれるなら安いものか。
上条のだけ着信拒否するようにスマホの設定を変えておく。
「…凄い人だかりだ」
陽の沈んだ時間帯。夏祭りが行われている川沿いの歩道に多くの屋台が立ち並び、多くの人で賑わっていた。祭りに似つかわしくないものが隅にあるが。
夏祭りについて事前に調べてみたが、日本の夏祭りの多くは、起源的には盂蘭盆会(盆)・七夕・祇園祭などが絡んだものやその周辺的な行事であるものが多かったようだ。したがって、旧暦では6・7月の行事に当たる。また農村社会では夏季の農事による労働の疲れに関わる行事、都市社会では江戸時代以前の夏季の疫病封じ、その死者を弔う行事を起源とするものが多い傾向にある。
だが時の流れでその起源はあまり認識されず、夏祭りは一般的に厳粛な行事ではなく華やかな行事とされる傾向が強いようだ。おそらくここにいるほとんどの人の認識は華やかな行事くらいだろう。
「あれ?弓箭?」
「え?」
通りを歩いていると、哀愁を漂わせながら歩く弓箭猟虎を見つけた。幻想御手の一件以来
の再会だ。
「き、きききき清原さん!?ど、どどどうしてここに!?」
オレだと分かった途端、弓箭はテンパりだした。
「夏祭りに興味があってな。お前も来ていたか」
「はははは、はい!その、一人で来ました!……はっ!?」
しまったと言わんばかりに、弓箭が両手で自身の口を隠す。
「あの、今の聞いちゃいました?」
「…いや」
「いえいいんですよ気を遣わなくて…………清原さんはもう知ってるんでしょ。わたくしがボッチだって……」
いかん。地雷踏んだか。
立ち消えていく語尾と共に再び俯いていく弓箭。
「……ええそうですよ。どうせわたくしはボッチですよ。学校でも誰からも声をかけてくださいませんよ。仕事一筋の女ですよ。今は夏だからってリア充たちが夏祭りとかでキャッキャウフフなことをしてると……ふふふふふ」
なんかブツブツ言いながらより一層哀愁さが濃くなった。もしこのまま放置すれば闇が深くなるだけだな。
この前佐天達に付き添ってくれたこともあるから捨て置くわけにはいかない。
仕方ない。
「…ところでどんなのがおすすめなんだ?」
「え?」
「いや、去年来たばかりでここの夏祭りのはどんなのがあるか分からなくてな。なにかおすすめがないか聞きたいんだ」
「わ、わたくしのですか?」
「ああ、一人で回るだけじゃ退屈だからガイドしてくれると助かる。良かったらでいいんだが」
礼もかねてなにか奢ってやらないといけないしな。
「そそそそれは世間でいうとこのおデートという…………ひょっとしてわたくしに懸想してくれてるからそういうお誘いしてくれて…………そそそそういうことであればわたくしもやぶさかではないというか…………」
さっきより小声でなにかブツブツ言っててよく聞こえない。
「大丈夫か弓箭?」
「はい!わたくしは至って大丈夫です!」
俯いていた顔は恐るべき勢いで跳ね上がり、弓箭は華のようにほころんだ笑顔を見せた。
「わかりましたそういうことならこのわたくしにお任せくださいあっ、はぐれてしまわないように手をつなぎますか?それだとなんだかわたくしたち他の方たちにカップルと思われてしまいますねいえ別に嫌ではないのですよむしろウェルカムでしてけどわたくしにも心の準備というものが―――」
さっきとは打って変わって浮かされた態度になる弓箭。ペラペラと早口のトークで何を言っているのかよくわからない。
喜びのあまり興奮してるのか?
「あっ、いたいた。おーい清原さぁーん!」
弓箭が喋っている最中に聞き覚えのある声がオレを呼ぶ。声の発生源を探してみると、浴衣姿の佐天達を見つけた。
「あっ、弓箭さんも来てたんですね」
「え?あっ、さ、ささ佐天さん」
「佐天さん知ってる人?」
「はい、幻想御手の時に病院に付き添ってくれたんですよ」
「そうだったんですか。佐天さん達のことありがとうございます」
「い、いいいいえ!と、当然のことをしたまでですはい!」
初春達に礼を言われ、弓箭はさっきの調子に戻った。
なお、互いの自己紹介をしている中、初春が「枝垂桜学園ってあの学び舎の園にあるお嬢様校ですか!?」と興奮したり、御坂の視線が30度下を向いたまま愕然としたり、春上が思わず「大きいの」と呟いたりと反応がバラバラだった。
「ん?ゆみや?」
「どうしたのよ黒子?」
「いえ。3年の先輩に似た名字の方がいたような気が…………」
白井の言葉に弓箭が僅かに反応したのを見逃さなかったが、聞く前に佐天がオレに話しかけてきた。
「折角なので清原さんも一緒にまわります?弓箭さんもどうです?」
「弓箭がいいのなら別に構わないが……」
「え、えっと………よ、よろこん―」
佐天からの誘いに弓箭は一瞬躊躇するも受けようとしたところで、メロディが鳴る。
一瞬固まった弓箭はポケットからガラケーを取り出し、パカリと開く。
「…………」
画面に映る発信者の名前を確認した後、弓箭はピッと着信拒否のボタンを速攻で押し、携帯の電源を切ってポケットに戻した。
「失礼しました」
「あ、あの…出なくて良かったんですか?」
「はい、特に大事のものでもないので」
「そうですか。よーしそれじゃあ皆で行きましょう!あっところで清原さん。じゃーん!どうです?似合ってますか?」
佐天は自身の浴衣姿の感想を聞いてくる。
「いいんじゃないか?」
「……そこは可愛いとか褒めるところですよ」
無難に答えたが、どうやらお気に召さなかったようだ。
だがもしそんなことをすればナンパ師か「え?この人私に気があるんじゃないの?」とあらぬ誤解を招きかねないため、そういうのをストレートに言うほどの勇気はオレにはないのだ。
「しまった!わたくしも浴衣で来ていれば……!」
♢♦♢
「あ、あれ?おかしいな」
「どうしたの?」
「いや、弓箭の奴でないんすよ。いつもはすぐでるのに」
「珍しいわね。あの子仕事はしっかり受けるのに……ま、サクッと終わる仕事だからいいんじゃない」
♢♦♢
「お祭りっていうのはこういう賑やかな感じなのか?」
屋台を歩き回ってふと気になったことを皆に聞いてみる。
「?ひょっとしてあんた、お祭り自体初めてなの?」
「ああ。ここに来る前にいたところの近所では祭の行事はなかったからな」
噓は言ってない。
「じゃあキヨポンさんも私とお仲間なの」
「お前も初めてか」
同じく祭が初めての春上になんか仲間認定された。
「仲間……親友よりも上?それとも下?」
「?どうした弓箭?」
「い、いえなんでもありません」
「それじゃあお祭初心者が二人いますので、今日はうんと楽しみませんとね。あっ、手始めにあれとかやってみます?」
佐天が指差した先には射的屋だった。並べられている景品に菓子類が含まれている。
単純に射的ゲームというものに興味があったため、試してみてもいいな。
射的の銃が3丁置かれてある台の前まで近付く。
1回のゲームにつき弾が3発渡される。
コルク銃と呼ばれる、コルクを詰めて発射するタイプの玩具らしい。並べられた銃一つ一つは思ったより重厚な作りであることが窺える。しかし弾の方は形も歪で、精密な射撃ができるか怪しいところだ。
生まれてから今日まで1度も銃を構えたことはない。映画やドラマでのイメージはなんとなくあるが、それが本当に正しいのかは不明だ。
ちょうど他に参加している客もいないため手本を見ることができない。仕方なく、ここは頭の想像の中、真ん中に置いてある銃を掴んで構えてみる。
一番的の大きいお菓子の詰め合わせを落とすには、大きな重りを撃ち落とす必要がある。
果たしてどれくらいの威力があるのか………ひとまず試してみるか。
1発目を発射する。
ポン、という軽い音と共にコルクの弾が発射され、狙いを定めた重りに近づく。しかしその左脇数センチ横を呆気なく通り抜けてしまった。
感覚的な狙いではピンポイントで当たるはずだったが、弾道は全く異なる軌道を描いた。
なら次はと右に数センチ銃口をシフトさせ、2発目を発射する。
これで軌道は完璧に修正したつもりだったが、今度は右斜め上を通過し外れてしまう。
「難しいな……」
「あれれ~?あんた射的滅茶苦茶下手ねぇ?ピアノは上手かったのに」
カエルのお面を頭につけた御坂の奴、やっぱりこの間のことを引き摺ってのか。
「どれ。この私がお手本見せてやるわよ」
「あっ、じゃああたしも」
3発目を込めていると、御坂と佐天も参加を始める。
スカッ、スカッ
「あ、あれ?上手く当たらないな」
「こ、このっ」
ところが、銃を発射する二人もオレと同様、狙いを定めるも悪戦苦闘。3発目で重りに命中し、後ろに押すことに成功するも倒れることはなかった。
「いやー思ってたより難しいですね。あれ、御坂さん?」
「…………」
「お姉さま、気をしっかり持ってください。浴衣に土がつきますわよ」
あれだけ息巻いてたのに惨敗した御坂は両手と両膝をついて項垂れ、白井たちが呼びかける。初春と春上も参加するも弾が全部あさっての方向へと飛んで惨敗。
何かコツがあるのだろうかと御坂達を観察してたが、それが腕前によるものではなく、それぞれ同じように見えた銃が個別に違う性能を持っているためであることがわかった。
製造過程のミリ単位でのズレと、弾のコルクそのものの質。
様々なものが組み合わさって、1発撃つたびに予期しない弾道を描く。
非常に面白い仕組みであると同時に、的を射抜き落とすことの難しさも理解する。
結果的に最後の1発だけは当初狙っていた重りに命中させられたが、簡単に落とせるはずもなく初めての射的は惨敗に終わる。しかし銃自身が持つ傾向がわかってきた。
あとはコルクの形状から発射時に想定される弾丸の軌道を予測して再挑戦すれば――そう思ったが『おひとり様チャレンジ1回のみ』の張り紙に気付いて断念する。
「で、では…つ、次はわたくしも…」
オレの隣で様子を窺っていた弓箭も参加する。
この難易度から、他の奴と同じように景品に当たらないか、当たったとしても倒せない………そう思っていた。
「弓箭さん凄いですね。3発全部当ててしまうなんて」
「い、いえ!そ、そんなことは……!」
初春からの賛辞に弓箭は動揺する。彼女の手には、お菓子の詰め合わせが入った紙袋がぶら下がっていた。
「謙遜が過ぎますの。ライフルの持ち方なんてとても様になってましたわ。部活かなにかでやってましたの?」
「えっ!?あっ、いや、その……ま、まぁ……」
弓箭はどういうわけか奥歯に物が挟まった物言いだ。
白井の言う通り、銃を構えた時の彼女は銃の構え方が様になっていた。
足の踏み方、背筋、目線、腕の高さ、息の整え方……弓道の射法に似ている部分が多い。3発当てたのもオレと同じくコルクと銃の組み合わせに気付いたのだろう。加えて、撃つ時の雰囲気とオレ達と歩いているときの脚運び。
ひょっとしてこいつ…………
「あれ?」
「どうしました佐天さん?」
「あそこに変な車がある」
佐天は少し遠くに見える屋台の端を指差した。指差した場所には大きな護送車に似た車が複数台停車しており、その車両の側面には
「MARのトレーラーですわね」
「例のポルターガイスト対策ですかね」
「ポルターガイスト!?じゃあ、あの噂マジなんだ!?」
風紀委員二人の会話に、都市伝説好きの佐天が食いついた。
「こんな人の多い場所で万が一ポルターガイストが起きたら大変ですし」
「それにしても、あんな警備下で花火見物だなんて、風情もへったくれもありませんの」
「あ!だったらいいところありますよ!」
「あ!ほら、また上がりますわよ!」
「お腹にどーんと響きますよね」
「うん、どーんとくるの」
佐天に案内され、オレ達は穴場である高台に着いた。そこから花火が上がる様子がよく見えた。
学園都市の技術によって様々な色や形の花がほんの一瞬だけ咲き誇る。それらが舞い散っては、また新たな花が咲くその様子に、その場にいた全員が心を奪われていた。
「綺麗なの…」
「た~まや~!」
「か~ぎや~!」
「?なんだその掛け声?」
「清原さん知らないんですか?花火が上がったらこの掛け声を上げるんですよ」
「どういう意味なんだ?」
「え?え、えーと……どういう意味なんだろ」
「ちょっと待ってろ。調べてみる」
スマホを出し、ネットで検索してみる。
どうやら江戸時代の有名な花火師の屋号の「玉屋」と「鍵屋」が由来といわれているようだ。
両国橋を挟んで、上流では玉屋が、下流では鍵屋がそれぞれ花火を打ち上げて、花火見学に来た観客たちがすばらしいと思った方の屋号を叫んでいた。
それが、今でも続いている「たまや」、「かぎや」の掛け声の根源。
「……とのことだ」
「へぇー」
「私達そういうの気にせずに言ってたんですね………あれ?春上さん?」
ずっと黙っていた春上に、初春がふと顔を向けた。何か様子がおかしい。
「どうしたんですか?」
「思い出してたの…」
「何を?」
「あのね。昔、私にも初春さんと佐天さんみたいな友達がいて、一緒に花火を見たの……」
「へぇ、どんな子ですか?」
「……」
「春上さん?」
「何処……何処なの……」
「春上さん!?」
「ちょっ、どうしたの!?」
初春が声を掛けても春上から返事が返ってこない。それどころか、彼女はなにかブツブツ言いながらふらふらとどこかへ歩き始めた。初春と佐天は彼女の後を追いかける。
「あれ?どこ行くんだろうあの子たち?」
春上達が離れたことに他の面々も気づいたところで、白井の方から着信音が鳴りだした。
「ん、電話ですわ。もしもし固法先輩。どうしましたの?」
どうやら相手は固法らしい。
『聞いて聞いて!ポルターガイストの事なんだけど!』
「調べ物もよろしいですけど、少しは息抜きされたら?花火、綺麗ですわよ」
『いいから聞いてってば!RSPK症候群の同時多発の原因は、AIM拡散力場への人為的干渉っていう可能性があるの!』
「AIM拡散力場への……?」
『つまり、一連のポルターガイストは偶発的な事故じゃなくて……』
「誰かが意図的に起こしているということですの!?」
へぇ……。賢いな。
その時。
突如として、足元がグラリと揺れる。
「これって!」
「まさか……ポルターガイスト!?」
徐々に揺れは大きくなり、オレたちの足元の地面に亀裂が走っていく。
「弓箭、舌嚙むなよ」
「え?はうわっ!?」
地面が崩れる前に隣にいた弓箭をこっちに引き寄せ、横抱きにする。
その上で、崩れる瓦礫の上に飛び移りながらジャンプして行く。
崩れていない箇所に着地すると、そこには御坂と白井がいた。
「清原さん…貴方、今の跳躍力はいったい……?」
「そんなのは今どうでもいいだろ白井。それより佐天達が最優先だ」
「っ!言われなくとも!」
テレポートで白井と御坂の姿が消える。
佐天達が向かった方向を確認すると、三人の姿が視認できた。
佐天とは少し離れた場所に初春と春上が座り込んでいる。瓦礫の落下に巻き込まれてはいなかったが、その二人の上に街灯が倒れ込みかけている。
すぐに街灯を分解しようとプロセスを始めようとするが、突然イカつい鎧が現れ、二人を庇うようにその街灯を受け止めたためやめた。
『間一髪ね。怪我は無い?』
機械音声が聞こえ、初春と春上は顔を上げる。駆動鎧のマスクから顔を出したのは、若い女だった。
「あ、MARの隊長さん……!」
「テレスティーナ、で結構よ。風紀委員のお嬢さん」