とある科学のホワイトルーム生   作:嫉妬憤怒強欲

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副産物(前編)

 突然だが、バルニバービの医者を知っているだろうか?

 ジョナサン・スウィフトの有名な著作、ガリヴァー旅行記の第三篇で、ガリヴァーが空飛ぶ島ラピュータの後に訪問するのがバルニバービという国だ。

バルニバービのある医者は、対立した政治家を融和させる方法を思いつく。

 対立する二人の脳を二つに切断して、再び繋ぎ合わせるという手術だ。これが成功すれば、節度のある調和のとれた思考が可能になるという。この世界を監視し、支配するために生まれてきたと自惚れている連中には、何よりも望ましい方法だとスウィフトは書いている。

 

 では学園都市にいる能力者達の脳、特に自分だけの現実を繋げたら一体どうなるのだろうか?

 

 

♢♦♢

 

 

 あれから三日が経った。

 佐天へのアドバイスが思いのほか上手くいってしまったおかげで、佐天を含めた四人の女子中学生の夏休み中の能力補習の手伝いをする羽目になった。

 最初断ろうと思ったのだが、幻想御手の経過を見たいのと、引き受けなければやることがない。夏休み三日目でそれは非常に困るので結局引き受けることにした。

 

「凄い凄いっ!見て見て!こんな重いものまでここまで上げられるよ!」

「なにを~!私だって負けないんだから!!」

 

 レベルの上がった能力で遊ぶ少女達は本当に楽しそうだ。

 今のところ幻想御手を使って以降別段何か変わったことはなかった。白井達は実害があると言っていたがその兆候も見られず、この二日間目に見えて発現した能力を彼女達は楽しんでおり、特に不調を訴えることもない。

 

「ところで清原さんは本当に使わなくていいんですか?」

 

 何もせず木陰のベンチに座っていたオレに、佐天が幻想御手を勧めてきたが、必要ないと手で断りの姿勢をとる。

 

「悪いが遠慮しておく」

「む……やっぱり清原さんはズルはダメだって思ってるんですか?」

「いや、能力にズルもへったくれも無いだろ。この街では普通の人間が投薬や催眠暗示で人工的に超能力を発現している。能力のレベルが上がる道具が出てきたところで今更だろっていうのがオレの正直な感想だ……ただ、どんな副作用があるか気になってな」

「もう、清原さんは心配性だなぁ~見ての通りなんの問題もありませんよ」

 

 自覚症状がない場合があったら手に負えないが。

 

「まあ、なにか違和感を感じたらすぐに言え……ところでお前は練習しなくていいのか?」 

「うーん……したいのはしたいんですけど捲るためのスカートがなくて」

 

 どんだけスカート捲りに執着してるんだこのセクハラ女子中学生は。

 この前のことがあって、被害にあった子は今日はズボンを穿いていた。

 

「うう……どこかに練習台となるスカートはないだろうか」

「取り敢えずスカート捲りから離れろ」

 

 これオレが悪いのか?

 

「はっ!そこだ!」

「はうあああ!?」

 

 突然佐天がなにかに反応し、能力を使った。

 すると、公園の入り口付近から少女特有の甲高い悲鳴が聞こえてきた。

 

「おい、なにやってるんだ」

「あっ、しまった……すみません大丈夫ですかー!?」

「あっ、はい。だいじょうぶで……す」

「あれ?お前は……」

 

 公園の入り口に目を向けると、そこには見覚えのある人物がいた。

 

「こ、こここ、ここっ――!」

 

 鶏か。

 

「こ、こんなところで奇遇ですね!」

「清原さん、知り合いですか?」

「ああ、この前セブンスミストであいつの落し物拾ってあげたんだ」

「あぁ、あの鞄ちゃんが言っていた人ですね」

「そ、そそそその節はどうも!」

 

 向こうもオレを覚えていたようで、少女は直立した状態からオレに向かって腰を90°の角度まで曲げる。

 

「ふむ、確かに立派なものを持ってますな」

「おい」

 

 確かに凄いがそういうことは口に出すなセクハラ中学生。

 それにしてもコイツ、公園の入り口にいたのに気配がまったくしなかったな。

 

「ほら清原さん、私にも紹介してくださいよ」

「いや紹介するもなにも名前知らないし……」

「し、ししし失礼しました!わ、わたくし弓箭猟虎(ゆみやらっこ)といいます!」

「オレは清原綾斗だ。とりあえず頭を上げてこっちにきたらどうだ?」

「よ、よよよろしいのですか?」

「そこじゃ日差しが強いだろ?」

「は、はいい!」

 

 ずっと頭を下げたままだった少女、弓箭がビシッと顔を上げて公園に入ってきた。

 緊張してるのか彼女の顔は真っ赤だ。

 

「と、ととところで清原さん、と、とと隣にいるかたとはい、いったいどういったご関係で?」

「あっ、自己紹介まだでしたね。あたしは清原さんの教え子の佐天涙子です。あっちにいるのはあたしのクラスメイトのアケミ、むーちゃん、マコちんです」 

「?教え子って…き、清原さん学生ですよね?」

「能力補習の手伝いをやらされてるだけだ。と言っても、少しだけ指示するだけで役には立たないがな」

「いやいやいや、清原さんのアドバイスのおかげで幻想御手で使えるようになったあたしの能力も更に上達しましたし」

 

 空力使い(エアロハンド)をスカート捲りに利用するのはどうかと思うが。

 

「れ、幻想御手って最近噂になってるあの…?」

「そうですよ。なんと正体は音楽で、聴いただけで能力が上がるんです」

「音楽で、ですか?な、なんか不思議ですね」

「最初はあたしも半信半疑だったんですけど、使ってみると無能力者のあたしでも能力を使えるようになったんですよ」

 

 弓箭に見せるように、掌の上で小さなつむじ風を生み出し、落ち葉を浮かばせる。

 

「ほ、本当に能力が……?」

「はい!よかったら弓箭さんも使ってみますか?」

「え?」

 

 そう言ってはいと佐天が音楽プレーヤーをポケットから出す。

 弓箭は佐天の掌にあるそれを、大きく見開いた目で見たまま固まっていた。

 

「よ、よろしいのですか?」

「はい!」

 

 音楽プレーヤーから目を離さずに佐天から了承を取り、恐る恐ると手を伸ばし始める弓箭。

 

「能力…………わたくしにも…………いるかちゃんみたいに…………」

 

 なにかブツブツ呟きながら、あともう少しで届こうとしていた。

 その時―――

 

 ガンッ! 

 

 突如、何かの落下音が響き、弓箭は驚いて手を引っ込めた。

 

「び、びっくりしました……」

「なんだ?」

 

 落ちたのは、先程まで念動力で支えられていたベンチ。

 

「アケミ!?」

「アケミちゃん、しっかりして!アケミちゃん!」

 

 そこでは、佐天の友人のアケミが意識を失い倒れていた。

 

「なにがあった?」

「わ、分かんないです。アケミが急に倒れて……」

 

 倒れている子に近づいて様子を見る。

 顔色が悪いというわけではない。脈もある。呼吸も乱れていない。瞼を開けても、瞳孔は問題なく反応している。

 眠っている。そんな風にしか見えなかった。

 

 これが白井の言っていた幻想御手使用後の副作用か?

 

「とりあえず救急車を呼ぶ。それまで日陰のベンチに寝かせる」

「あ……あの清原さん、アケミは?」

「今のところ身体に異常は見当たらない。病院で診察してもらえばなにかわかるだろう」

 

 白井があんな風にぼかしたという事はまだ解決法は見つかっていないのだろう。

 あの医者に頼むか。

 

「弓箭」

「は、はい!?」

「オレは今からコイツを運ぶ。悪いが運ぶの手伝ってくれないか?」

「わ、わわわかりましたわ!」 

「佐天はこの番号に連絡してくれ。相手はオレの知り合いの医者だから事情を説明すればすぐに病院に受け入れてくれる。後の二人は呼びかけを続けろ」

「「「は、はい!」」」

 

 佐天にオレのスマホを渡し、オレはアケミの上半身を起こしてなるべく密着し、脇の下から手を差し入れ、一方の肘及び手首付近を持って頭部側を抱える。弓箭には足部側を抱えてもらい、同時に持ち上げた。

 足部側から歩幅と歩調を合わせながら日陰のベンチまで運んでいき、むーちゃんという少女が持ってきていたタオルを頭が乗る部分に敷いてからゆっくりと下ろした。

 

「はい……はい……はい、わかりました今代わります。清原さん、電話を代わってほしいと」

「わかった」

 

 佐天からスマホを返してもらう。

 

「もしもし」

『やあ、話はさっき女の子から聞いたよ。患者の容態はどうかね?』

「頭部は勿論、身体のどこにも外傷はありません。どこにも異常はなく、友人たちに声を掛けられても反応する様子はありません」

『こっちの病院にも似たような症状の患者が次々と運び込まれてきてるね』

「こっちのにも、ということは他の病院にも運び込まれてるという事ですか?」

『そうだよ』

 

 ということは幻想御手使用者のほとんどが同じ症状を発症しているという事か。

 

「治療法は見つかっていますか?」

『…情けない話だが今のところまだだね。原因思しきものは大体は掴み始めているんだが……』

 

 もうそこまでいってるのか。流石だな。

 

「では幻想御手について今知っていることを説明するので、代わりにその掴み始めているものについて詳しく」

『ああ、構わんよ』

 

 情報変換した後、通話を切る。

 

「ごめん皆…」

 

 ベンチの方を見ると、佐天が二人に謝罪していた。

 

「幻想御手を使ったら倒れちゃうなんて……あたし……知らなくて……何で……こんなことに……違う……こんなつもり……あたし……こんなつもりじゃ――」

「涙子ちゃんは悪くないよ!別にわざと勧めたわけじゃないし!」

「そうだよ!もし私が手に入れてたら同じことになっていたかもしれないし」

「でも…アケミが倒れちゃったのはあたしのせいで……っ!やっぱり……ズルして力を手に入れようとしたから……罰が当たったのかな?」

 

 頬に流れる雫の跡からして、幻想御手を持って来た佐天は大分責任を感じたのだろう。さっきのオレとの受け応えでの動揺からそれはなんとなく分かった。

 コミュニケーション能力の低いオレに言える言葉は少ない。

 

「……気休めになるかどうかわからないが、医者の話だと昏睡状態になってすぐに症状が悪化するような事例は確認されていないそうだ。あと治療法はもう少しで見つかりそうだからすぐに起こせるだろう……」

 

 佐天から返事がない。

 

「お前が今どう思ってるかは分からない。けど後悔してるのは分かる」

「あたし……ホントは……」

「何も言わなくていい。泣くほど反省しているんだろ?悪いと思ってるなら起きた時にちゃんと謝れ。心の底からごめんと謝って、仲直りして、くだらないことで笑い合えるのが友達というものなんだろ?」

 

 駄目だ。これ以上は上手く言葉が見つからない。

 

「あはは……清原さんは、優しいですね……こんなあたしにそんなこと言うなんて………あたし初春に電話します。ちゃんと全部話してから…罰を受けます」

「ルイコ……」

「涙子ちゃん……わたしも一緒に謝るよ!」

「そうだよ!あたしたちもズルして能力を上げようとしたんだから同罪だよ!」

「むーちゃん、マコちん……」

「涙子だけに背負わないよ……あたしたち友達じゃん?」

「……ごめん」

 

 それから三人は少し離れ、初春へと電話を掛け始める。

 

「さて…悪かったな弓箭、関係ないのに手伝ってもらって」

「い、いえいえいえ!お、おおお役に立てたようで何よりです!」

 

 運ぶのを手伝ってくれた弓箭に礼を言う。

 

「あ、ああの!ほ、ほほ他にわたくしにできることはありませんでしょうか!?」

「いや、お前にも友達と待ち合わせとか予定があるだろ?」

 

 正直これ以上彼女が手伝えることはない。

 

「し、ししし心配いりません!わたくし、ボッチなので予定はありません!」

 

……。

 

「え?」

「えっ…………はわあああ!?」

 

 自分で言ったことに後から恥ずかしくなったようで、弓箭は茹蛸のように真っ赤になった顔を両手で覆い、その場で蹲ってしまった。

 

「あの清原さん、初春が代わって欲しいと……って弓箭さんどうしたんですか?」

「あー……うん、武士の情けで聞かないであげてくれ」

「「「?」」」

 

 弓箭をこのまま帰すのもあれだったため、彼女には四人の搬送に付き添ってもらった。

 

♢♦♢

 

 今現在オレは初春と無人バスに揺られていた。向かっているのは、初春達に捜査の協力をしてくれている木山先生の勤めるAIM解析研究所だ。

 救急車に乗った佐天たちを見送る少し前、オレは佐天の携帯越しに初春から捜査協力を要請された。親友の佐天と電話で『必ず治療法を見つけて起こしてあげる』と約束したようで、一刻も早く事件解決の糸口を見つける為に使えるものはなんでも使うという意気込みでオレを指名したとのこと。

 ちなみに病院への通報などの手際の良さから、オレが副作用があることを把握していたことを初春は見抜いた。

 

「…いいのか?見方によればオレは知ってたのにあいつらを止めなかった無責任な奴だぞ?」

「確かに、白井さんから佐天さんを助けてくれたって聞いた時、いい人なんだと思ったのに、あなたは非道い人です」

 

 声は荒げず、ただ淡々とオレを否定してくる初春の言葉。

 

「けど、佐天さんが自分を責めた時に励ましてくれたって話を聞いて悪人ではないと思いました。それでも私はあなたを許せませんけど」

 

 ツンとそっぽを向く初春。だがどうも初春自身に迫力がない。

 

「ですから、罰として清原さんには事件解決のために協力してもらいます。有無は言わせませんよ?」

「…………まあ、オレができることなんてそんなにないと思うがな」

 

 木山先生の研究所がある付近のバス停にバスが止まり、オレ達は降車をする。

 すると同じタイミングでポケットに入れていたスマホからメールの着信音が鳴った。

 オレはすぐに取り出し、メールの内容に目を通す。

 

……成程。そういうことか。

 

「どうかしましたか?」

「病院から検査結果が来た」

「っ!?なにかわかったんですか!?」

「詳しい話は木山先生と一緒にした方がいい。行くぞ」

「は、はい!」

 

 思っていたよりも早く済みそうだな。

 

 

「そうか、この間の彼女まで……」 

 

 木山先生の部屋に着いた後、初春の話を聞いて木山先生はそう言い、小さく肩を落とした。隈をこさえた切れ長の目を細める姿は表情に合っていて悲痛に見える。それに呼応するように今一度初春も肩を落とした。

 

「私のせいなんです……」

「あまり自分を責めるものではない。少し休みなさい、コーヒーでも淹れてこよう」

「そんな悠長なことしてる場合じゃ!」

「コーヒーを淹れる前に、脳の専門家である木山先生にどうしても報告したいことがあるのですが……」

「報告したいこと?」

 

 オレの言葉に木山先生は眉をピクリと動かす。

 

「はい。報告したい上で木山先生の意見を聞きたいんです」

「……聞かせてくれ」

 

 手に持っていたコーヒーカップをデスクに置き、木山先生と初春が聞く姿勢に入る。

 

「最近音楽ソフトとして出回っている幻想御手についてですが……どうやら能力者のレベルを上げるためのものじゃないようです」

「え?え?」

「――ほう?」

 

 オレが述べた結論に初春はチンプンカンプンになっているが、木山先生は興味を引いているようだ。

 

「そう考える根拠は?」

「理由は簡単です。能力が発現しない、或いは育たない人間の一番の要因は能力の処理能力です。これはいくら共感覚性で五感に働きかけたところで格段に上がるわけではありません」

「で、でも実際それを使ってレベルが上がった人は大勢いますよ?」

「ああ、そしてどういうわけかその大勢が共通して昏睡状態に陥っている。気になって知り合いの医者に他に共通点がないか調べてもらった……主に脳波を中心に」

「……」

 

 最後の単語に木山先生の眉が一瞬ピクリと動いた。

 

「共通点は見つかったのかね?」

「はい」

 

 オレは先程医者から送られてきたメールの一部を画面に出して二人に見せる。

 

「……複数の脳波パターングラフだね」

「これがどうかしたんですか?」

「これは幻想御手使用者の脳波パターンだ。脳波は指紋なんかと同様に各人異なり、同じなんてありえない。だが幻想御手使用者には、共通パターンが見てとれる」

 

 そう言いながら、オレは其々の脳波の画像を重ね合わせる。

 

「……確かに、かなりの部分が重なり合っているな」

「でも、それが何か事件と関係あるんですか?」

「脳波パターンがここまで酷似しているのはまずありえない。このデータから共感覚性は能力レベルの向上ではなく、能力者の脳波をある特定の人物のパターンに弄るためのものだと考えた方が妥当だ。そしてそのパターンで無理矢理脳が動かされているとしたら……」

「……人体に多大な影響が出るだろうな」

「っ!それが、幻想御手使用者の昏睡状態の原因ですか!?」

 

 人間には、それぞれ特有の脳波パターンが存在している。それは別の呼び名で云えば思考パターンだ。このパターンは今までの経験から形作られている。通常であれば、長い時間を掛けて変化していく脳波のパターンを短い時間で強制的に変化すれば……自分を自分たらしめている脳波はなくなり、別の誰かに思考を機械的に行うだけだ。

心臓を動かす、息をする等の生命維持に必要な場所以外は全て乗っ取られてしまうことを意味する。

 

「……成程。能力者のレベルを上げるためのものじゃないという君の考えはほぼ合っているだろうな。だが、なぜ幻想御手を使うと同一人物の脳波が組み込まれる?しかも能力のレベルが上がる理由についてまだ説明していないぞ」

 

 木山先生からのこの質問に対し、オレはこう答えた。

 

「さあ?脳波を同じにされてるってことは、無意識のうちにコンピュータのように並列演算をして処理能力を上げているんじゃないかと考えましたが……それ以上のことは専門家じゃないオレには分かりませんでした」

「ちなみにその脳波パターンの解析はしたか?」

「いいえ、オレはしていません。メールはさっき届いたばかりですし」

「そうか」

 

 話を聞き終えた木山先生は、机に置いていたコーヒーカップを再び取る。

 

「……解析結果はまだだが、君の考えはあながち間違っていないのかもしれない。そこまでいけば治療法を見つけるのもそうかからないだろう」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、だがその前に初春君は一度気を楽にした方がいい。お友達が目覚めた時に君が倒れていては元も子もないだろう」

「あ……」

「大丈夫。最後はきっとうまくいくさ」

 

 木山先生は笑顔を残して部屋を出て行き、今はオレと初春の二人きりだ。

 

「……初春」

「は、はい。なんですか?」

「そういえば書庫には研究者のデータもあるのか?」

「は、はい。能力開発を受ける学生の他に病院の受診や職業適性テストを受けた大人のデータも保管されています……はっ!特定の人物の脳波パターンがわかっているなら!さっきのメールを送ってください!」

 

 オレの意図を理解した初春はポケットから端末を取り出し、書庫への検索を始める。

 

 さて、オレの方もこの部屋を調べるか。

 オレが脳波パターンに関しての説明をしているとき、木山先生の視線が僅かに一つの本棚の方に向いていた。

 席を立ってその本棚に向かうと、引き出しから一枚の紙がはみ出していた。

 これみたいだな。

 

「えっ、どういうこと……?」

 

 オレが引き出しを開けて中にあったファイルに目を通しているとき、初春は端末の画面を見ながら絶句していた。

 

「どうした?」

「あの、書庫の検索結果が出たんですが……」

 

 横から初春の端末を覗き見る。

 

 

 画面には『99パーセントの確率で木山春生の脳波パターンと一致』と出ていた。

 

「これは……いったいどういうことなんでしょうか?なにかの間違いじゃ…」

「間違いじゃないと思うぞ」

「え?」

 

 初春に引き出しから出した例のファイルを見せる。

 ファイルにはびっちりと入れられた資料を纏められており、どの資料も共感覚と脳に関してのことが書かれていた。一つファイルを手にとってパラパラと捲っていた初春は冷や汗を流し、驚愕に声を詰まらせる。

 

「これも……これも……“共感覚性”についての論文……どういうこと? だって木山先生、あの時気付かなかったって──」

「──いけないな」

 

 背後から木山先生の声がかかる。後ろを振り返るとコーヒーを淹れに行ったはずなのにカップを持っておらず、代わりに手に持った拳銃をオレたちに向けていた。

 

「他人の研究成果を勝手に盗み見ては」

「……木山先生、あなたが──」

「こうも早くバレるとはな。ふむ……まあ、頃合いだろう。思わぬ収穫も手に入ったことだし計画を早めても良いか」

「っ、何を言って──」

「とりあえず二人共一緒に来てもらおうか、少しドライブしよう」

 

 

♢♦♢

 

 

「……あの、この状況どうにかならないんですか?」

「我慢してくれ」

 

 今の状況を説明する。木山に拳銃を突き付けられながら駐車場に向かったが問題が発生した。木山の車はランボルギーニ・ガヤルドという高級スポーツカーで、二人乗り仕様だった。

 

 普通なら一人留守番になるのに木山はそれを許さず、オレが助手席に座り、その上に初春が座ることになった。

 

「初春、頭のそれどうにかならないか? チクチク刺さってすごく鬱陶しい」

「私も以前から気になっていたんだが頭のそれは何なんだい? 能力に関係あるのかな?」

「答える義理はありません! 清原さんも動かないでください! 変なことしたら逮捕しますからね!」

「人質になってるときにそんなことするか」

 

 そう言われてももう凄い首とか顔に当たるんだが。ただの飾りならば取って欲しい。

 

「そんなことより、幻想御手はいったいなんなんですか?どうしてこんなことをしたんですか?眠った人たちはどうなるんですか?」

「矢継ぎ早だな……まず幻想御手だが、彼の仮説通り複数の脳波を同一化することで高度な演算を可能にするものだ」

「繋げる?」

「ああ、能力者が無意識に放出しているAIM拡散力場を媒介としてネットワークを構築し、複数の脳に処理を割り振ることで高度な演算を可能としている。――つまり、能力の向上はただの副産物……。同じ脳波のネットワークに取り込まれることで、一時的に能力の幅と演算能力が上がっているだけに過ぎない。ただの一過性のものだ」

 

 一過性。ただの副産物。木山はそう言い切った。それを聞いた初春は怒りに打ち震える。

 

「ふ、ふざけないでください!じゃあ、なんですか!?あなたはたくさんの人達をぬか喜びさせる為に、こんな大それたことをしたんですか!」

 

 初春は激昂する。佐天の思いを弄び、裏切った彼女に、己の怒りをぶつける。

 しかし、木山は全く動じずに、初春の方を向く事すらせずに前を向いて運転し続けている。安全運転を心がけている。

 

「落ち着きたまえ。言ったろう、レベルの向上は只の副産物だと。他人の能力には興味はない。私の目的はもっと大きなものだ」

「え?」

 

 木山は淡々と言った。それこそが全てで、他の全ては全て些事だと、言外に告げるように。

 

「あるシミュレーションを行うために『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用申請をしたんだが、どういうわけか却下されてね。代わりになる演算装置が必要なんだ」

 

 それで学生の脳を部品扱いするとは発想がぶっ飛んでるな。

 

「そんなことのために能力者を……?」

「一万人ほど集まった。十分代用してくれるはずだ」

 

 結構多いな。それだけの学生が能力に悩んでいるということか。そして、そこには佐天達が含まれ、装置の一部にされている。初春の顔が険しくなり、木山を睨んでいる。

 

「そう睨むな。今言ったように、私はあるシミュレーションをしたいだけ。それが終われば全員解放する」

「信用できません。こんな大事件を引き起こした犯罪者を、そう簡単に信じられると思いますか?」

「思わないな。なら、これを君に預けておこう」

 

 そういって木山は白衣のポケットから一枚のメモリーカードを渡す。

 

「これは?」

「幻想御手をアンインストールする治療用プログラムだ」

「っ!」

「もちろん後遺症は残らない。全て元通りになる。誰も犠牲にはならない」

「……何の臨床試験も行われていないものを安全だと言われても、何の説得力も感じません」

「はは、手厳しいな。しかし、情報処理能力に長ける君になら分かるだろう。ウイルスというのは、拡散性と同じくらい――あるいはそれ以上に除去性も良くなければ意味がない。そうだろう?」

「……コンピュータ・ウイルスと幻想御手を一緒にしないでください」

 

 その時、カーナビのディスプレイに何か文字列が表示された。

 

「……思ったより早かったな。君たちとの交信が途切れてから動き出したにしては早すぎる。清原君、ひょっとして君なにかしたか?」

「さあ、何のことやら」

 

 どうやら研究所に入る前に黄泉川先生に送ったデータのおかげで警備員が動いてくれたようだ。

 

「間一髪といったところか。……所定の手続きを踏まずに機材を起動させると、データが全て消去されるようにプログラムしてある。部屋に残していた書類は共感覚性についてのものだけだし――これで幻想御手使用者を起こせる可能性は、君のもつそれだけということだ」

「ッ!!」

 

 淡々と呟かれた言葉に初春が驚愕を露わにしていると、木山はここで初めて、初春の方に目を向けた。

 その表情は、どこか影がありつつも、優しさが込められた笑みのようにも見えた。

 

「大切にしたまえ」

「それはいいんですが、アレはどうします?」

 

 そのまま高速道路をぐんぐん進んでいると、前方の道を機動隊のような装備の連中が一列に立ち塞がって封鎖していた。車で突破するのは不可能だろう。木山先生もそう考えたようで、幾分か距離を取って車が止まる。

 

『木山春生だな。幻想御手散布の被疑者として拘束する。おとなしくお縄につくじゃん!』

 

 拡声器を通して黄泉川先生が木山先生に投降を呼びかける。

 あっ、黄泉川先生と鉄装先生がオレに気づいて何やってるじゃんと言いたげに呆れた表情をしている。

 

「……警備員か。上からの命令があったときだけは動きが早い連中だな」

 

 ウンザリするように木山先生はそう吐き出した。

 

「……どうするんです? どうやら年貢の納め時のようですよ」

 

 完全武装の警備員集団。一介の研究者でしかない木山にこの包囲網を突破できるとは思えない。……と、初春は考えているのだろう。

 だが木山は笑っていた。

 

「……先程も言った通り、幻想御手は人間の脳を利用した演算機器を作るためのプログラムだ。だが同時に使用者にある副産物をもたらしてくれる」

 

 

――――面白いものを見せてやろう。

 

 

 そう言って木山は散歩にも出掛けるように車を降りる。両手を頭の上で組みゆっくりと警備員達に向かって歩いていく。

 

「確保じゃん!」

 

 黄泉川先生の掛け声で徐々に近づく警備員。その時だ。

 

「ぐあああ!」

「貴様なにを!?」

「ち、違う俺じゃない!?」

 

 突然一人の警備員が銃で隣の警備員を撃った。だが撃った警備員は否定した。まるで催眠にかかったように。

 直後、木山が手を前にだすとそこからハリケーンに匹敵するほどの突風が警備員に襲いかかった。

 

「バカな!能力者だと!?」

 

 黄泉川先生を含む警備員たちが木山が能力を使うのに驚く中、さらに重ねるように木山は風の次は大量の水を放射した。

 それから炎や念動力……多種多様な能力を使って警備員を無力化していく。

 

「あうっ!」

 

 その余波で初春は気を失った。まあかえって好都合か。すぐにオレは初春を持ち上げて運転席側に座らせる。

 

 さて、ここまでは想定通りか。

 一万人もの能力者をネットワークという名のシナプスで繋いだシステムは、言わば一つの巨大な脳だ。もしそれを操れるのなら、人間の脳ではありえないことも可能になる。

 今の木山は実現不可能と言われた『多重能力者(デュアルスキル)』――――いや、あれとは別の方式で動いているから『多才能力者(マルチスキル)』と呼ぶべきか。

 

「初春さん!」

 

 警備員が全滅すると聞き覚えのある声が…

 

「御坂か…」

「あんた!!?なんで初春さんと一緒にいるの!?」

「初春に捜査協力を頼まれた後流れで……」

「は?」

「それより、初春は気絶してるだけだ。お前はあれをどうにかしたほうがいいんじゃないのか?」

「!」

 

 オレに言われて御坂は木山の方を向く。木山も御坂の存在に気付いてこっちを見ていた。先程とは違い、木山の左眼の結膜が赤くなっていた。

 

「御坂美琴……学園都市に七人しかいないレベル5。さすがの君も私のような相手と戦ったことはあるまい。君に一万の脳を統べる私を止められるかな?」

「止められるかなですって?当たり前でしょ!」

 

 かくして学園都市最高レベルの超能力者と、複数の能力を持った多才能力者の戦いの火ぶたが切って落とされたのだった。

 

 





とある科学の超電磁砲のさらにその外伝の『アストラル・バディ』で、あのメンヘラキャラの妹が登場したのには驚きました。
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