幻想御手事件が収束し、三日が経った。残っていた夏休みの宿題をほぼ終わらせにかかったり、偶然鉢合わせた御坂からの追及を逃れたりと忙しい日々は過ぎ、小萌先生のアパートに向かったのだが……
「不幸だ──‼︎」
開けた扉の先では、包帯まみれの上条がインデックスにお粥を頭からかけられていた。
「って、え?うぇ⁉︎ 清原⁉︎なんで⁉︎」
「……悪い。邪魔したな」
「おい! おい清原さん⁉︎ なんで扉を閉めているんでしょうか⁉︎ ちょっと! ちょっと待てコラ‼︎」
「ごゆっくりと」
「ごゆっくりじゃね────っ‼︎ 」
これ以上騒がれても面倒なので部屋に入る。
「ところでお前のその怪我……魔術師にやられたのか?」
「…………ああ、まったく歯が立たなかった」
話を聞くと、幻想猛獣を倒された日の晩に銭湯に行く最中に女魔術師に襲われたらしい。
その女魔術師の戦い方は肉弾戦中心であるため、上条にとって相性が悪かったそうだ。
「……お前異能を使う相手以外だと本当にクソ雑魚だな」
「怪我人相手にもう少しオブラートに包んで言ってほしいんですが!?」
怒られた。だがこうはっきり言ってやらないとこいつちゃんと自覚しないだろう。言っても無駄だろうが。
そんな話をしていると扉が再びノックされる。「こもえ、かな?」とインデックスは言ったが、それはない。わざわざ自分の部屋に帰って来るのに客がいようと扉をノックすることはない。
扉の前にいるのは二人……いや気配が一つ増えた。
「上条ちゃーん、なんだか知らないけどお客様みたいですー」
ボロい扉はがちゃんと音を立てて開いた。
「あれ?清原ちゃん来てたんですかー」
「お邪魔してます」
挨拶を交わしながら小萌先生の後ろにいる二人組みを見る。
一言で表すなら凄い格好だ。見るからに不審な空気を放っている。一人は燃えるような赤毛に黒い神父服。もう一人は…………露出狂女か?長い髪をポニーテールに括り、へそ出しの白いTシャツに片方の裾を根元までぶった切ったジーンズ、腰のウエスタンベルトには日本刀という格好をしている。木山といいなんでこう露出趣味の女が学園都市にいるんだ。
二人はまずインデックスを見て、次に上条を見る。赤い神父がなんかほくそ笑んでいる。そして最後にオレを見ると二人揃って誰だこいつと言いたげな顔をする。
「なんか影の薄いのがいるんだけど………誰だい君は?」
出会い頭に失礼な奴だなこの赤髪神父。
「……このウニ頭とは同級生で友達だ」
「あっそ。どうでもいいけど」
聞いといてその態度はないだろ。
赤い神父はオレが動かないことを確認すると再び上条の方を見る。完全に舐められている。
「その体じゃ、簡単に逃げ出すこともできないみたいだね」
赤い神父の言う通り上条の体はボロボロだ。本当なら病院のベッドの上にいた方がいい。
動かない魔術師二人と動けない上条。
膠着状態が続くが、そんな中インデックスだけがずいっと魔術師二人の前に出る。
「帰って、魔術師」
魔術師二人の顔が歪んだ。
どういうことだ。その顔は敵に向けるものではない。インデックスとは顔見知り…いや、それ以上の関係なのか?
「お願いだから、もうとうまを傷つけないで」
一度言葉を口にしたからか、インデックスはより強く拒絶の言葉で魔術師二人を殴りつける。その悲痛な叫びがトドメになったようだった。女が唇を噛み締める。赤い魔術師の瞳から光が失せた。
「リミットまで、残り十二時間と三十八分」
赤い神父は意味深な言葉を告げる。
「その時まで逃げ出さないかどうか、ちょっと足枷の効果を見たかったのさ。予想以上だったけどね。そのオモチャを取り上げられたくなかったら、もう逃亡の可能性は捨てた方がいい。いいね?」
二人の魔術師は要件だけを言って部屋を出ていった。
上条は奥歯を嚙み締めている。インデックスの方は涙と安堵でボロボロになっている状態で上条の方を向く。
「大丈夫だよ、私が取引すれば……とうまとるいこの日常はこれ以上壊させない、これ以上は絶対に踏み込ませないから平、気―――」
意識を失って倒れるインデックス。
上条さんはそんなインデックスを抱えて先ほど自分が寝ていた布団へと運んだ。
しゃがんだままインデックスを見ている上条の表情は心配と言わんばかりだ。
そして何かを悩んでいる。
「………上条、病み上がりだろうが少し外の空気吸わないか?」
「え?」
何言ってるのでしょうか?と言わんばかりの顔をしている。
「いや、部屋に籠ってばかりはあまりよくないからな」
「清原ちゃんの言う通りです。シスターちゃんのことは先生に任せてください。上条ちゃんには息抜きもたまには必要です!」
オレの意図を察してか、小萌先生が援護に入る。
「あっいやね小萌先生、そのこの状況で」
「時間ならまだあるだろ」
オレは上条へと寄って耳元でボソボソと話す。
「良いから……それにリミットのことを小萌先生の前で聞いていいのか?」
そう言ってからようやく現状を理解したのか、頷く。
魔術師たちもまだ上条やインデックスに手を出すことはないようなので問題ないはず。
オレと上条の二人で小萌先生のアパートから出て、近場の喫茶店に入ることにした。
オレはとりあえず黄泉川先生に『変なコスプレ衣装の男女二人組の不審者を小萌先生のアパート付近で見かけた。男の方は男子寮での放火、女の方はうちの学校の生徒に暴行を働いた疑いあり』と通報しておいてから上条に話を切り出す。
「……単刀直入に聞くが、あいつらはインデックスと知り合い……いや友人か?」
「っ!?な、なんでそれを!?」
「声を落とせ。周りに聞かれる」
「あっ、すまん」
周りがこっちを向いているのに気づき、上条は軽く頭を下げて謝罪する。
「……で、なんであいつらがインデックスの仲間だってわかったんだよ?」
「さっきの二人の反応に違和感があったからなんとなく……どういうわけかインデックスのほうは敵と認識していたが」
「………っ」
後半の言葉に上条はまた辛そうに奥歯を嚙み締める。反応から見てあいつらからなにか聞いたようだ。
「………ああ、実はインデックスを追ってる魔術師っていうのがインデックスと同じイギリス清教の奴らだったんだ」
そうして上条はこれまでのことを話してくれた。
結論から言うと、ステイル(赤い神父)と神裂(変な格好の女)がインデックスを付け狙った理由は、彼女の延命措置のためであった。
インデックスには、自らの目で見た光景を全て記憶することのできる完全記憶能力がある。生まれながらの天才であった彼女は、その能力をもってして、10万3000冊の魔導書を寸分違わず記憶した。
魔力を作れない体質ゆえに、その魔導書を使うこと自体はできなかったが、それでも果てしない危険性だけは孕んでいた。本人にその自覚はないだろうが。
しかし、1冊でも膨大な情報量を持つ魔導書を、10万3000冊も記憶したのが祟ったらしい。結果、彼女の脳の85%は圧迫され、残る15%で日常生活を送っている。
インデックスという少女の特異性がそうさせるのか、15%しか働いていない脳でも、凡人としての生活はできるらしい。
だが、ここでネックになってくるのが、完全記憶能力だ。忘れるというメカニズムで容量を確保できる凡人とは違い、インデックスはそこに情報が追加されていく。
だからこそ、一年置きに記憶を消す措置が必要になった。記憶を消さなければ、インデックスの脳は容量を超え、死を迎えてしまうのだから。
そのために、ステイルと神裂はイギリスの魔術結社『必要悪の教会』から逃げ出したインデックスを追い回していたのだ。
そしてその周期は、今日の午前零時に迫っていた。
「……ということなんだ」
全てを聞き終えたオレの頭は――――嫌に冷めた。
「あいつらはそう主張してるのか?」
「ああ、神裂が言ってたんだ。とても嘘ついてるようには見えなかった」
それは本当のことなのか、なんて聞く必要も無い。
はっきりした。
上条もステイルも神裂も――――みんな揃ってバカだ。
「……お前、そんな適当な噓よく信じたな。それでも学園都市の住人か?」
「は?噓?どういうことだよ?」
「科学的根拠から言って、負荷のかかる演算処理ならともかく、何から何まで覚えるだけで、その記憶が脳を圧迫する事なんてまずありえない」
「―は?」
「小学生でもわかる計算だ。脳を15%使ってたった一年分しか記憶を保持できないなら100%だと人間は何年しか保持できないことになる?」
「そ、それくらい俺にもわかるわ!100%は15%の約6倍だから6年になる……ってあれ?」
「それだとインデックスは六歳か七歳までしか生きられないことになる。だがインデックスはどう見ても十代の少女だ。仮に記憶を消して延命してるとしても、他の完全記憶能力者がそんな不治の病じみた体質なら、普通はもっと有名にならないか?」
仕方ないのでオレは人間の脳について内容を嚙み砕いて説明する。
人の脳というのには140年分の記憶が可能になっている。さらに、記憶する場所も違う。
言葉や知識を司る意味記憶 運動の慣れなんかを司る手続き記憶、そして思い出を司るエピソード記憶など………。それぞれの記憶は入れ物が違う。
つまり、どれだけ本の内容を覚えて意味記憶を増やしたところで思い出を司るエピソード記憶が圧迫されるなんてことは脳医学上絶対にありえないのだ。もしそこまでヤワなら能力開発や幻想御手なんて実現するはずがない。
「これでわかったか?」
「……ああ、けど神裂はなんであんな噓を…?」
「多分あいつらも騙されてるんだろう。考えてもみろ。10万冊以上もの魔道書の知識を自由に扱えるような奴なんて、管理する立場からすれば危険極まりない爆弾のようなものだ。何らかの制限を設けて自由に動けなくさせるのが普通だ」
「……それが、魔術が使えないのと、記憶の消去だって言うのか?」
「都合の悪いことを知られたり反意を持たれたとしても、記憶を消してしまえば何ら問題無いからな。少女一人に魔道書の知識を詰め込むことを強いるような連中だ。充分に有り得る話だろ」
噓をつくならもっとましな噓をつけとその上層部に呆れるが、こんなことにも気付かず噓を鵜吞みしたあいつらにも相当呆れる。ググレカスと言ってやりたいな。
まあそれはともかく、仮に真実だとしたら、あまりにも残酷な内容。上条は握り拳を作り、その顔に怒りを滲ませる。
何故、彼女がこんな目に遭うのだと言いたげだ。
だが今問題にすべきなのは、インデックスを苦しめてきた教会の制限は一体なんなのかということだ。オレたち能力者を統べる学園都市が『科学』の最先端なら、魔術師を統べる必要悪の教会は一体『何の』最先端であるか。
「魔術でインデックスを苦しめていることになる。それなら後は」
「俺の出番か‼︎」
ガタッと上条が席を立って店を出ようとする。
「落ち着け」
「ぐえ!?」
オレはすぐに上条の襟を掴んで席の方へ引き戻した。
「なんで止めるんだよ!?」
「ここまでえげつない手段を取るような奴のことだ。解呪しようとする者が現れた場合に備えてなんらかの防衛装置くらいは付いてると考えるのが普通だ。うかつに解呪してそれが働いたら大惨事になる」
「ッ……だけど、このまま放置なんて出来るかよ……!」
「やるなとは言っていない。ただそれなりの準備が必要だ。幸いタイムリミットまで時間はある」
それに学園都市は広い。人気のない場所なんて調べればいくらでも見つかる。
♢♦♢
日が沈みかけている完全下校時刻。
オレたちはインデックスを森におおわれた空き地に連れていった。
インデックスはベンチに寝かせているが、容体は悪化の一途をたどっている。まるで熱病に魘されてるように全身を汗でびっしょりにして、吹けば消えてしまいそうな浅い呼吸をずっと繰り返している。口の中の呪いの影響が出始めたのだろう。
だがそれも今日で終わりだ。
「………なあ清原、本当にあいつら来るんだろうな?」
「律儀に一年おきに記憶消去をやっていた連中の事だ。リミットが迫ってる中標的から目を離すわけがない。もう少ししたら追いついて来るだろう」
あとは待つだけだ。
「それじゃあオレはここまでだ。あとはお前だけで頑張ってくれ」
「ああ」
オレはその場から離れたように見せかけ、近くの草むらに身をひそめる。
上条がインデックスの側に座って待ち続ける事10分。二人に近づく人影が見えた。
「……まったく、こんなところまで逃げるなんてね。手間を取らさないでくれるかな。道中毎回職質されてこっちはイライラしてるんだよ」
こっちの意図に気づいていないステイルは気だるそうに上条に文句を言う。
「はっ、逃げる?俺はお前たちが出てくるのを待ってたんだよ」
「は?」
「こっちはお前らに色々と言いたいことがあってな。小さな女の子を散々追い回して傷付けるだけじゃ飽き足らず、でたらめな噓をついて返せと要求して拒否したらオレをボコボコにする始末だ!まじでふざけんじゃねえぞこら!」
上条はオレが用意したセリフ通りに叫ぶ。妙に感情がこもってるのは本人が実際に怒りを抱えているからだろう。
「え?ちょっと待ってください。噓とはなんのことですか?」
「だから!記憶のし過ぎで脳が圧迫されて、インデックスが死ぬなんて噓だよ!インデックスが苦しんでるのはお前らがこいつに仕掛けた魔術のせいだろうが!」
「え?え?」
なにを言っているのか二人は理解できていないようだ。
「いったいなんの話をしているんだ君は?」
「まだとぼけるのかよ!インデックスの口の中をたまたま見た時、なんか変な紋章があったんだぞ!こいつがタトゥーを入れる趣味持ってないなら何だってんだよ!?」
「「――っ!?」」
上条の言葉に二人は目を大きく見開く。そしてすぐにインデックスの口を開かせて中を確認した。
「これは…呪印!?しかも定着させて身体への負荷の効果を継続的に与え続けるもの!?」
「どうして彼女にこんなものが?」
「まだしらばっくれるのかよド素人が!」
混乱している二人の側で上条が怒鳴りつける。
「お前らほんとふざけた趣味してるな?インデックスをこれで苦しめるだけ苦しませてから記憶を消していってるなんて…」
「ちょっと待ってくれ。僕たちもこれがあるなんて今知ったんだ!」
「この状況でまだしらばっくれるか。じゃあそれともなにか?お前ら以外の誰かがこれを仕掛けて、お前らには完全記憶能力が原因だなんて大噓を吹き込んでこんな茶番劇を強いてきたってことか!?」
「―――っ!?」
「そんな――――」
どうやら二人は答えにたどり着いたようだ。
なぜこんな三文芝居をしているのかと言うと、オレたちが導き出した答えをそのまま二人に伝えたところで素直に信じるかどうか考えた場合、ノーという結論に至った。学園都市の住民とはいえオレたちはただの高校生。脳医学の医師免許を持っているわけではないし、何より魔術師との関係は敵と呼んで他ならない。こっちの言葉をあいつらが信じるとは思わない。
なら、二人に自発的に呪印を見つけさせ、責めるような態度で少しずつ同じ答えへと辿り着くよう誘導すればいいだけのこと。
そして最後に共通の目的を持たせる。
「一人の女の子にふざけたのつけやがって!こんなの俺の右手で消してやる!」
「ちょ、おいなにをー」
ステイルの制止を無視して上条はインデックスの口の中に右手の指を差し込む。
バキン──ッという音が響いた瞬間、上条の右手は勢いよく弾かれて後ろへ突き飛ばされた。
「がっ……!?」
地面の上を何度かバウンドし、ようやく止まる。
「あいたたた………」
痛がっているようだが、上条はすぐに起き上がった。無事なようだ。
問題はインデックスの方だ。
「―――警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorumーーー禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、十万三千冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」
ベンチからゆっくりと立ち上がり、翡翠色の瞳を真っ赤に染め上げ、そこに無機質な魔法陣を輝かせるインデックスがいた。
「――書庫内の十万三千冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術を組み上げます」
これまで心優しかった少女がまるで糸で操られる人形のように小さく首を曲げた。
「―――侵入者個人にたいして最も有効な魔術の逆算に成功しました。これより特定魔術『聖ジョージの聖域』を発動、侵入者を破壊します」
インデックスの瞳から黒い亀裂が辺りの空間にヒビのように走る。
そして亀裂の奥から凄まじい光の柱が放たれた。
レーザー兵器のように光り輝く純白の『光の柱』が発射されて、それを上条は右手で真っ向から受け止めた。しかし光線は手のひらで止まっただけで、かき消えるどころか右手を押し返してくる。たまらず左手で右手を掴んだ上条。右手の処理が追い付いていないようだ。
光の奔流が迸り、余波がこっちにも流れていく。
「『龍王の殺息』なんてそんな、あの子が魔術を使える筈は…」
ステイルたちはこの状況を吞み込めていないようだ。
「んなの考えればわかることだろ!インデックスはこうして魔術を使ってる、それなら教会の『インデックスは魔術を使えない』なんて話も噓だったってことだ!冷静になれよ。冷静に考えてみろ!禁書目録なんて残酷なシステム作りやがった連中が、テメェら下っ端に心優しく真実を全部話すとか思ってんのか!目の前にある現実を見ろ!」
呆然とする二人を余所に、インデックスが新しく言葉を発した。
「――――『聖ジョージの聖域』は侵入者に対して効果が見られません。他の術式へ切り替え、引き続き『首輪』保護のため侵入者の破壊を継続します」
インデックスが呟いた瞬間、インデックスから放たれるエネルギーの質が大きく変化した。
じりじり、と上条の足が後ろへ下がる。
未だに呆然としている魔術師二人に上条が一喝する。
「ボサッと突っ立ってんじゃねえ!!これで全部分かっただろ!!インデックスを助けるにはお前達の力も必要なんだ!!」
いくら異能の力を、神の奇跡すら打ち消す右手があっても全ての魔術に的確に対応する事は出来ない。専門家の知識と助言が必要だ。
「テメェら、ずっと待ってたんだろ!?インデックスの記憶を奪わなくて済む、インデックスの敵にならなくて済む、そんな誰もが笑って誰もが望むハッピーエンドってヤツを!!」
インデックスの顔の前に現れた魔法陣から魔術が発動され、不規則な起動の弾丸が発射される。しかしそれは吸い込まれるように上条の右手へと次々と着弾しては砕けるように消えていく。
「ずっと待ち焦がれてたんだろ、こんな展開を!英雄がやってくるまでの場繋ぎじゃねぇ!主人公が登場するまでの時間稼ぎじゃねぇ!他の何者でもなく他の何物でもなく!テメェのその手でたった一人の女の子を助けてみせるって誓ったんじゃねぇのかよ!?」
無理矢理に光の柱を押さえ続ける上条の右腕から鮮血が吹き出す。
「ずっとずっと主人公になりたかったんだろ!絵本みてぇに映画みてぇに、命を賭けてたった一人の女の子を守る、そんな魔術師になりたかったんだろ!だったらそれは全然終わってねぇ!始まってすらいねぇ!!ちっとぐらい長いプロローグで絶望してんじゃねぇよ!!」
必死の防御を続けていても語るのをやめない。例え上条が一人でインデックスを救い出せたとしても、それでは意味がないのだ。あいつらが自ら立ち上がらなければ。
「手を伸ばせば届くんだ!いい加減に始めようぜ、魔術師!」
魔術師二人の瞳が揺れる。上条の必死の訴えが届いたようだ。
グギリ、と上条の右手の小指が不自然な方向に曲がる。折れたとわかった時には凄まじい勢いで襲い掛かる光の柱は、ついに上条の右手を弾き飛ばした。
上条の右手が、大きく後ろへ弾かれる。
完全に無防備になった上条の顔面に、凄まじい速度で光の柱が襲い掛かる。
で、オレがやる前にようやく動いた。
「――――
光の柱がぶつかる直前、叫んだ神裂が二メートル近い長さの日本刀を振るった。すると七本のワイヤーが音を引き裂くような速度でインデックスの元へと襲い掛かる。
だがそれはインデックスの身体を狙うものじゃない。インデックスの傍にあったベンチがワイヤーによって引っ張られ、インデックスにぶつかる。突然にバランスを崩した彼女はそのまま後ろへと倒れ込む。インデックスの眼球と連動していた魔法陣が動き、上条を狙っていたはずの光の柱が大きく狙いを外す。
まるで巨大な大剣を振り回すように木々が避け、夜空に漂う漆黒の曇が引き裂かれた。おそらく大気のさらに向こう、宇宙まで届いただろう。
引き裂かれた木々から葉や枝が落ちてこない。代わりに、破壊された部分が光の柱と同じく無数の“白い光の羽”となって舞い散っていた。暗闇の中で仄かに光りを放っている。
「これは、竜王の殺息──伝説にある聖ジョージのドラゴンの一撃と同義です! それにたった一枚にでも触れてしまえば、いかなる力があろうとも大変な事になります!」
神裂が叫んで警告する。だが光の柱の束縛から逃れた上条は、地面に倒れ込んだインデックスの元へ一気に走ろうとする。
だが、それより先にインデックスが首を巡らせた。
巨大な剣を振り回すように、夜空を引き裂いていた光の柱が再び振り下ろされる。
「―――
と、身構える上条の前で炎が渦巻いた。
巨大な火炎の塊が人の形を取り、上条を守るように両手を広げて真正面から光の柱を受け止めた。
「行け!上条当麻!!」
「ああ! 分かってる!」
上条が全速力で駆ける。距離は短い。障害が無ければ数歩跳べば上条の手が届く。
「ダメです──上‼︎」
もう手を伸ばすだけのところで神裂が叫んだ。空を舞っていた光の羽根はその数を増やし上条の行く手を阻むようにその身をくねらせる。アレは危険だな、見た目以上に危険な匂いが相当強い。
だが上条は前へと突き進んだ。そして、そこにある黒い亀裂、さらにその先にある魔法陣へと右手を振り下ろし、あっさりと切り裂いた。
「―――警、告。最終………章。第、零――…………。『首輪、』致命的な、破壊…………再生、不可…………」
そう呟いたのを最後に、自動書記の──インデックスの瞳から光が戻り、糸が切れた人形のように倒れ込んだ。
上条は直ぐ様倒れた禁書目録を抱き寄せ、その無事を確認して穏やかな笑みを浮かべる。
光の柱も消え、魔法陣もなくなる。
だが、上条へと舞い落ちる光り輝く羽根は消えることはない。
上条の右手ならばどんなものも掻き消せる。だが気づいていないし手が足りない。
仕方ない。一つ貸しだぞ上条。
――――既に対象物のリード完了。
――――未知の構造物と法則性を検知。
――――リードした対象を”異物”と認識。
――――空中に舞う全対象を分解開始。
――――完了。
♢♦♢
「あっ聞いてよあやと!とうまったら非道いんだよ!私が本気で心配したのに!」
「それで制裁を与えたのか?」
「うん、噛み付いちゃった」
「見ればわかる」
「おい!少しは怪我した友人を心配しろよ!」
大学病院の病室に入ると、プリプリと不機嫌そうなインデックスと真っ白なベッドの上でボロボロ(包帯まみれと歯型付き)になっている上条がいた。大怪我の割には元気そうだ。インデックスにジュースでも買って来るといいと言って小銭を渡して病室から出してから、上条に話題を振る。
「昨日の晩はあの後どうなった?」
本当は一部始終を見ていたが、その場にいなかったように装うことにする。
「ああ、死ぬような思いをしたが………とりあえずインデックスの問題は解決したな」
ステイルからの手紙によると、あの後教会の方に脳と魔力に関して騙してたことに説明を求めたら様子見、回収は先送りになったらしい。普通首輪外れたら着け直す為に連れ帰りそうだが、教会に不信感を募らせている現状では抵抗されるのを想定して大きく出れないのだろう。
「ということはインデックスは学園都市にしばらくいるってことか」
「ああ、なんかそうなるな」
「ちなみにどこに泊まらせるんだ?」
「…………あっ」
上条はなにも考えていなかったようだ。
インデックスは学園都市の住人じゃない。ちゃんとした手続きを取らないで入ったとなれば警備員にお世話になってしまう。ならばどこかに匿うしかない。しかもできるだけ目の届く範囲で。
「うーん、ここは小萌先生のところに――」
「あほか。小萌先生は黄泉川先生と飲み仲間なんだぞ。アパートで出くわしたら言い訳のしようがないぞ」
「た、確かに……つーか、なんで小萌先生と黄泉川先生が飲み仲間って知ってるんだ?」
「……この前黄泉川先生に飲み屋に連行された」
「マジかよ。ってあの時か」
あの時は本当に大変だった。
幻想御手事件収束の少し前に「これから小萌先生と鉄装と飲みに行くじゃん?ついてくるじゃんよ」と連行された。それでいいのか警備員。
その後飲み屋についていき、焼き鳥とオレンジジュースをいただきながら先生たちの愚痴を延々と聞かされた。小萌先生には「かすり傷です」と言っていた不良との一件も鉄装先生と黄泉川先生は喋ってしまい、「なんで黙ってたのですかー!」とぽかぽかアタックを貰った。
そしてべろんべろんに酔った小萌先生と鉄装先生が言葉を発しなくなった頃、小萌先生を背負い、鉄装先生を背負った黄泉川先生と共に小萌先生の家へ向かって上条に小萌先生をパスした。
まあそれはともかく、
「残る候補は一つしかないな」
「な、なんだよ清原?そ、その残る候補って……」
インデックスをどこに泊まらせるか。正直常識的に考えて色々と問題があるだろうが仕方ない。
「………上条、退院したら同居人ができるな」
「ちょっと待て。どういう意味だ?」
「だから、お前の部屋にインデックスを居候させるんだよ」
「いやいやいやいや!ちょっと待て!それはいくらなんでも不味いでしょうが!」
まあ、そりゃあそういう反応をするだろうな。思春期真っ盛りの未成年が歳の近い異性と同居とは問題大ありだ。
「だがあいつを外に放逐するのも不味いだろ?」
「ぐっ………確かにそうだが」
「お前らの問題だ。後はあいつと二人で話し合うんだな」
「って、そんな他人事みたいに!?」
「だって他人事だからな。ま、オレもできる限りは手を貸すさ。できる限りは」
これでも譲歩してる方だ。それだけ伝えてオレは病室を出る。『クッソぉ、不幸だああああああ!!!!』という叫びが病室から聞こえたが気にしない。
昨日までのインデックスを巡る一件から色々と分かったことがあった。
どうやら学園都市の上層部は魔術師の存在を認知しているようだ。
オレが二人の魔術師のことを通報したが、数時間が経ったところで警備員と風紀委員の双方が二人の捜索を中止した。黄泉川先生に確認したところ、上から通報はイタズラのものだから手を出すなと圧力をかけられたようだ。あの程度の通報でそこまで過敏になるという事は、魔術師二人が学園都市内で活動していることを黙認していると考えて妥当だ。
それに昨日の戦闘でステイルやインデックスの魔術を解析してみたところ、どこか学園都市の能力者の異能と似ている部分があった。
木山春生が以前言っていた『学園都市の上層部は能力に関する重大な何かを隠している』と何か関係があるのかもしれない。おそらくこの前密かに回収したアレも…………。
これから行うことには少し慎重に動かないといけないかもしれないな。