起承転結の『転』のつもりです。
本日の撮影が終了。全員でお疲れ様でしたの意味を込め、拍手。まるでドラマの一役者さんの出演全てが終わった時みたいだ。そこまで規模の大きい仕事に立ち合ったことがないから、これくらいの規模なら普通なのかもしれない。
周りは完全に解散ムード。私と担当の子も、少し今日の感想や次の仕事の話を軽くしたら解散する予定だ。
結局、あれから菜々ちゃんとはちゃんと話せてない。私のことを覚えていたかなんて分からない。でも、それでいい。あの子の行く道に、過去なんて不要なんだから。
控え室にいるあの子──担当アイドルの元へ向かう。何にもないとは思うけれど、一応ノックをして入ることを告知。すぐ許可された。
「……プロデューサー」
「お疲れ様。さすがに……疲れてるわね?」
「まぁ、ね」
「ありがとね。ちなみに、他のアイドルの子とは仲良くなれた?」
「そうだね。連絡先の交換と、今度遊びに行く約束をしたよ」
「あら、そこまで仲良くなってるとは予想外。さすがね」
「……」
いつもよりも反応が芳しくない。やっぱり疲れてるようだ。
この子の家は、この場所から歩いていける距離にある。一度事務所に戻るより、直帰させるほうが早く帰れる。元々そうするつもりだったけれど、そうした方がよい確信を今得れた。
「本当は次の話も出来ればと思ったけど、明日以降にしましょうか。明日はレッスンだけど、午後からだからそれまでゆっくり休んで」
「ねぇ、プロデューサー」
発言を被せるような大きい声。何かと思い改めて向かい合う。目の前の子の瞳は、私を映していた。
だけどどこか、歪んでいるようにも見えた。
「今日さ、わたしのことちゃんと見てくれてた?」
「……え?」
一瞬、質問の意図が分からなかった。何故ならわたしは、いつも通りにしていたはずだと思ったから。
「どこか上の空だったじゃん。別のこと考えてたんでしょ」
──言い当てられ、思い当たることがあることを再認識した。
菜々ちゃんのことだ。自分の中では結構隠せていたと思っていたけど、隠せていなかったらしい。
「……ごめんなさい。でもずっと考えてたわけじゃないわ。ちゃんと貴女のことも」
「わたし言ったよね。『私のこと、ちゃんと見てて』って……っ」
……違和感。
この子は、普段こんな事言わない。もっと飄々としていて、掴み所がない節があるタイプだった。
何故今日、いきなりこんな事言われたのか分からず、困惑が脳を支配し始めてきていた。
「っ……ごめん、らしくないよね。本当は分かってる。プロデューサーが忙しいってこととか、色んなこと考えてるってこととか……」
それをこの子は自覚したらしい。いきなりはっとした様子を見せたかと思えば、俯いてしまった。
「あはは……今日のわたし、なんか面倒くさいね? 困らせちゃってるよね」
「っ、ねぇ待って、少しだけ話を」
「ごめん。……今日は、一人にさせてほしいな。頭冷やしたいんだ」
このまま帰してはいけない。
直感が働き、話をしようと呼び掛けたが、拒絶された。
この直感が間違ってる感覚はどこにもない。だけど当の本人から壁を作られてしまった。こんなにも高い壁は今までなかった。思わず言葉、手、脚、全ての動きが一瞬止まってしまった。
その間に、駆けるようにいなくなってしまうあの子。その表情がどこか、泣いているように見えて──。
「……追いかけなきゃ」
自然と出てくる、やるべきこと。しかし同時に、思ってしまった。
──なんて、声をかければよい?
どうせ追いかけても、今と同じように拒絶されてしまうだけ。なら、今追いかけても何にも意味がない。
でもここで何もしなければ、とても大きな溝になる。それにあんな表情されてるのに、見逃せるわけがない。
だとしてもどうすればいい? 何にも纏まってない今行っても無駄になるだけ。
そうだとしても、プロデューサーとして私はあの子のところに行って、話をしなきゃ──。
"行かなきゃいけない。でも行ったところで"の堂々巡り。このままなら、無限に考えてしまう……そんな時だった。
──コンコンコン
控え室の扉がノックされる音。その音ではっと正気に戻れた。
誰だろう。そう思いつつ、とりあえず入室を許可する声を出した。
開かれる扉。顔を見せてくれたのは、346のプロデューサーだった。
「お疲れ様です」
「ぁ、はい。お疲れ様です。わざわざ挨拶に来てくださりありがとうございます」
「いえいえ、気にしないでください」
さっきまであんなに悩んでたのに、さらっと言葉を吐ける自分に少し感心、少し非難を浴びせる。
追いかけるべき担当アイドルを放置しているくせに、一丁前に言葉は話せるのか、と。
「本日は呼んでいただき、ありがとうございました。あの子にとっても、とても有意義な時間だったと思います」
まずは挨拶。仕事に呼んでもらったにもかかわらず、こちらへ来てもらったのだから、せめて挨拶くらいはという意図だ。
「それは何よりです。こちらとしても、外の事務所のアイドル、プロデューサーと関わる良い機会でした。うちのアイドルとも仲良くなってくださったようで」
「ええ。事務所にあまり他のアイドルはいないので、今日みたいに同じアイドルと接することが出来たことは、実によい刺激になったかと思います」
「双方にとってよい仕事となれてとても嬉しく思います」
表面上は穏やかに、しかし内心では荒れ始めている。
あぁ、早く切り上げないと。でも切り上げたとて、あの子にどう接すればいいのだろう?
正気に戻ったつもりだったが、戻りきれていなかったようだった。
「──あ、お疲れ様です!」
「おや、安部さん。お疲れ様です」
「……お疲れ様です」
そこへ、なんと菜々ちゃんが登場。心臓が強く跳ねるも、なんとか表には出さずに言葉を紡げた。
「安部さんはどうしてこちらに?」
「プロデューサーさんと同じです。見学という形でしたが、ご挨拶をと思いまして」
「それはそれは……ご丁寧にありがとうございます。安部さんはデビュー前と聞きました。別事務所ではありますが、応援しております」
「! はい! ありがとうございます!」
……私の表情はちゃんとビジネスとして見せられるものになってるだろうか。かなり不安だ。整ってることを願おう。
そんな菜々ちゃんのことも考えたいけど……今はあの子の方が大事だ。
多分、これで話は終わりのはず。話の区切りとして丁度よいし、346のプロデューサーとしても他の事務所の方に挨拶に行かれる予定もあるかもしれない。
であれば、ここで話を終わらせて、一度事務所に帰ろう。道中含めて、なんと言えばよいか、何を伝えればいいかをまとめて、今日……遅くても明日には、話をしなきゃ。
なんだけど……。
「……」
「……あの、何か……?」
「! あ、いいえ! その……」
何でだろう。菜々ちゃんが、こちらを見てくる。
最初の会話からして、私のことは覚えてないと思ってたんだけどな……?
「……その、間違ってたらすみません。もしかして──」
『 』ちゃん。
今の菜々ちゃんの口から、昔の菜々ちゃんに呼ばれてた私の名前が出てきた。
驚いた。多分、これまでの人生で一番。
「──なな、ちゃん。まさか、おもいだして」
「! やっぱりそうだよね! よかった~合ってて! 久しぶりだね!」
「え、あぁ、そう……だね」
嬉しさよりも、驚きと恐怖が勝つ。
途中でいなくなった私を、菜々ちゃんはどう思ってるのだろう? 嫌われてもおかしくないはずなのに。
今は346のプロデューサーの手前、強くは出れないはず。だからこの場でどう思ってるのかの判断は出来ない。
下手に嫌われてることがわかるくらいなら、思い出さないでもらいたかった。
「これはこれは……まさか安部さんの旧友でしたとは」
「はい! 小学校以来になるんですけど、とても仲良かったんですよ~!」
「そうだったのですね」
「そうなんです! あ、そのプロデューサーさん。出来ればなんですが、今日は直帰させていただけないかなーと思うのですが、どうでしょうか……?」
「……ふむ、積もる話もあるでしょうし……分かりました。楽しんできてください」
「ありがとうございます!!」
「……っあ、ありがとうございます……?」
気がついたら、話が進んでた。なんでそうなったのかは分からない。
「じゃ、行こっ!」
「ぇ、あ、ちょ、菜々ちゃん?!」
手を引かれ、現場から一緒に出る。
一応全体への挨拶は済ませてあるから別にそのまま出ていっても問題はない。
こうして話をしようと言ってくれたのは嬉しい。
話をしようと思ってくれるくらいには、嫌われてないことが分かったから。
本当なら話をしたい。だけど今日に限ってはそれはダメだ。やるべきことが、考えるべきことがあるはずなんだから。
ある程度現場から離れ、若干菜々ちゃんも落ち着いてくれたかなというタイミングで、切り出した。
「その、菜々ちゃん。話をしたいのは山々なんだけど、その……今日は」
「分かってるよ」
力強く、そういった菜々ちゃん。
「悩んでること、あるんだよね? ナナでよかったら、聞かせてくれない?」
「ぇ……?」
こっちを振り向いたその目は、とても頼もしいものだった。
─────
近くにあった喫茶店のテラス席。周りには誰もおらず、路地裏にあるからか、人通りもさほどない。あまり聞かれたくない話をするのに、ちょうどよい場所。
「……よく知ってたね。こんなところ」
「昔よく使ってたから。メイド喫茶時代に……とまぁそれは置いておいて。……話して、くれる……?」
……思い出した。小学校の頃も、この顔されると断れなかった。
変わらないなぁと思いつつ、一応予防線を張る。
「……事務所の話なの。あんまり外部の人には聞かせたくない」
「……」
「346プロダクション所属の菜々ちゃんには、話せない。でも……"友達"の、菜々ちゃんになら少し話せる。それでも、いい?」
「っ! もちろん! 約束する。プロデューサーとかには絶対言わないって」
「ありがとう」
もしかして、あんまり嫌ってないのかな。こうやって話してても、私に対しての嫌悪とかを一切感じない。
……さりげなく友達って言っちゃったけど、受け入れてもらえたみたい。よかった。
話す内容を考えながら、言葉を紡ぐ。
「……担当アイドルがいるの。菜々ちゃんとも少し話してたのかな? ちょっと掴み所がなさそうな子」
「あぁ、あの子。かわいい子だったね」
「ありがとう。あの子はオフもあんな風な感じなんだけどね。でも仕事終わりに……怒らせちゃったみたいで」
脳内で、今日の光景を振り返りながら。
思い出してみても、怒らせてしまったというのがしっくり来る。
「……とっても良い子なの。レッスンにも前向きで、ぐんぐん力を付けてる。初めての人にも臆せず話しかけにいけるし、仲良くなれる。ちょっとふわふわしがちだけど、そこも魅力で──」
考えて話すつもりだったのに、止まらない。
菜々ちゃんの前で、あの子の魅力を語ってしまう。
まるで営業でもしてるみたいに。
……だけど。
「──でも、そんなあの子を、怒らせちゃったの」
本題。考えながら、話せてる気がしない。
「仕事終わりにね。『なんで見てくれてないの』って怒られちゃったの。珍しく、私を睨み付けて」
手が、震える。
「その後すぐに、元に戻っちゃった。『らしくないよね、困らせちゃってるよね』って言われちゃったの」
上手く話せてない気がする。
「何か言おうとした。でも拒絶されちゃったの。頭を冷やしたいからって」
あぁ、辛いんだ。
あの子を、傷つけてしまったことが。
「……ねぇ、菜々ちゃん。私はどうしたらいいのかな」
ウサミン、今年も17歳の誕生日おめでとう!!