GジェネDSの宇宙世紀ルートのアフターストーリーです。
 もう15年も前に書いた自分にとって初の二次創作で、偶々存在を思い出したため、再度ここに投稿します。
 元ネタの主人公であるディー・トリエルと、コウ・ウラキをカップリングしました。ヒロインのディー・トリエルというキャラは、無口で、髪が青く、目が赤く、そしてクローンが沢山いて…と清々しいほどの綾波系です。またゲームで絡みが多く、かつ相性良く設定されているコウ・ウラキもなんとなく碇君っぽい。
 「ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序」で自分史上3度目のエヴァブームが起こった勢いで、この二人で「序」をやってみようと思った、それだけの作品です。
 今回投稿するために読み直してみて、ちょうど一年まえのシンエヴァのエンドロールで「Beautiful World」を聞いて、「序」を見てこの小説を書いて以来の自分の道のり、再度エヴァという獣道に踏み入ってからの長い思い出を振り返ったことを思い出しました。
pixivでも公開しています。
https://www.pixiv.net/novel/series/9391
 

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SD Gundam G-Generation DS Appendix Session:序

 サイド3に土を納入した業者は良心的だったらしい。

 元エゥーゴ所属連邦軍中尉、現ジオニック社民生MS開発部実地試用課サイド3主任コウ・ウラキが、見ず知らずの民間人に殴られて倒れたときにまず思ったのはそのことだった。地球の連邦軍士官学校校庭の土の感触を、彼はラグビーをやっていたためよく覚えていた。コロニーでその懐かしい感触を思い出すとは予想外だ。お陰で、路地裏で突然殴られたという状況を一瞬忘れた。

「連邦の蛆虫!!」

 そう喚く痩せぎすの中年男の顔色は、明らかに泥酔している。黙って殴られておこうと思ったとき、その男の姿が視界から消えた。大きな音が同時にしたことに気付くのが、遅れた。

「貴様もジオン国民なら、もっとマシな屈辱の雪ぎ方を見つけられる筈だ」

 男性的な声の模範とすべき冷静な叱咤が街路に響く。それだけでアナベル・ガトーだと気付く。

 不揃いな足音が闇の奥へ消えていった。中年男の背中に泥で形作られた足跡が見える。

「武器を捨てる、という覚悟はいいが、心配する者もいるぞ」

 二つの影。一つが飛び出して、倒れているコウの脇に膝をつき、軽い痣の付いた顔を覗き込む。

「……ったく、この娘が大慌てで飛び込んできたと思ったら、黙って殴られてるなんて、タマ付いてんのか!」

 路地の入り口に佇んでいる女性――シーマ・ガラハウの声がする。

「助けられたんだから有難うぐらい言ったらどうだい!」

 そういうと彼女のカツーンとしたハイヒールの音が響き、遠くなっていった。

 少女の目は幽かに歪み、赤い瞳はじっとコウを見ている。そんな心配そうな顔をするなよ、声をかけようとしたが、口の中が切れて、言葉にならない。

 木星帝国のクラックス・ドゥガチ総帥が大気圏で燃え尽きた一ヵ月後、コウ・ウラキ中尉はロンド・ベル臨時司令ブライト・ノアに辞表を提出した。引き止められる謂れはない。連邦・ジオン・アクシズ・ブルーコスモス・ザフト・OZ・ネオジオン・ムーンレイス等等、誰も名前を覚え尽くしてはいない程多くの勢力が入り乱れた戦いは急激に終息していた。残党狩りも、ほぼ締めの段階に入りつつある。彼は自分がそれなり以上の腕前を持っていると自負してはいた。しかし同時に『ニュータイプ』と呼ばれる人種には勝てないとも認めていた。

 真空を伝う脳波を察知し、生身の肉体以上にモビルスーツを操る新人類。だが、彼らの多くはモビルスーツ操縦以外の分野では驚くほど能力が低い場合が多かった。MSの整備・開発にもタッチした事がある自分が席を空けるべきだと、決意したのである。理由はもう一つ有る。

「少し羨ましくもあるな、正直な話」

 ロンドベルの背骨は意外なことを言う。

「俺は、ハロを作った時以上に楽しいと思ったことは無い。そんな風にモビルスーツを開発したかったんだがな」

 というと、アムロ・レイ大尉はコウと共通の故郷のサケを口の中に放り込み、飲み下した。

 昔読んだアングラ文書とは違うな。コウは大尉の成長を実感した。コウの実力が、必要欠くべからざるという程のものではない、と分かっていても、色にも出さず、おだててさえいる。

「自分はもう、これ以上モビルスーツを嫌いにはなりたくないのです」

 一升瓶からぐい飲みに注ぎ、一口だけ飲んでから、応えた。

「小官にとっての人生最大の感激は、士官学校を出た直後、パイロット過程で始めてザクのシートに座ったときです。しかし、本来モビルスーツは宇宙開発の道具であって、兵器では有りません。これ以上軍でパイロットを続けていたら、その感動ですら、忌まわしい物になりそうな気がして」

「それで、民間に行きたいなんて言い出したのか」

「勝手な申し出であることは承知していますが……」

「いいさ。そういう気持ちは俺にも分かる。長いことパイロットをやっているとな、潰れるのも多いのさ」

 酷く重大で痛いことを努めて淡々という口調が、人気の少ない士官クラブに響く。

「どんなことをやりたいんだ?」

「実地でモビルスーツを扱いつつ、それを研究開発にフィードバックさせるような作業が出来たら、と考えてます」

「確かに君には向いているな。知り合いで機械工学に詳しいパイロットを探しているのがいるから、連絡する」

「是非お願いします」

 辞表を出した3日後に戦闘部長に誘われて以上のような会話を交わし、さらに2週間後、彼はサイド3――ジオン共和国にいた。アムロ大尉とも繋がりの深いアナハイム社に入るものと思ってはいたが、まさに復興の途上であると、詮索はしなかった。

 とはいえ、もう一つ与えられた仕事については納得しきれなかったのだが。

 出発の3日前に、再びアムロから呼び出された。午後というのに士官クラブは閑散としている。

 皆が自分の場所へと戻ったのか、と強く思った。

「ディー・トリエルだが、彼女をサイド3に帰す事にしたから連れてってやってくれ」

「いいですよ」

「それと、向こうで生活の面倒も見てやって欲しい。身寄りもいないし、ニタ研も予算が削られて苦しいらしい」

「は?」

 何を言ってるのか分からない。

「ええっと……彼女は女ですが」

「女だから『彼女』なんだ。男だったら『彼』とよんでいる」

「誤魔化さないでください、異性に面倒見させるなんて何考えてるんですか! あっちにはシーマさんとか女もいるでしょ!」

「彼女はジオン共和国軍艦隊勤務だ。そんな仕事は頼めない」

「ライデンさんとかマツナガさんとか、家にメイドがいそうな人もいるじゃないですか」

「駄目だ。あのラインだと、情報が漏れる可能性がある」

「どんな情報が誰に漏れるんですか」

 するとアムロは一瞬黙り、全人類の苦悩を背負った上に原液の青汁を一息に飲み下したような表情でカウンターを睨み、吐き捨てるように答えた。

「……シャアが生きているらしいんだ」

「そりゃそうでしょ。大尉が生きているぐらいなんですし」

 コウがいっているのは、「シャアの叛乱」――ギレン・ザビ近衛レギオン部隊との戦いの直後、ロンド・ベルの前身であるエゥーゴから姿を眩ましたクワトロ・バジーナことシャア・アズナブルが地球全体に対して挑んだ戦いの、末尾を飾る一つの奇跡的な出来事である。

 シャア率いるネオ・ジオン軍団は壊滅するも、アースノイド全てに対する死刑執行である「アクシズ落とし」は成功したかに見えた。しかし、土壇場になって超自然的現象によりアクシズは地球から離れていったのだ。愛機νガンダムでアクシズを押し返そうとしたアムロは救出された。が、愛機サザビーを破壊され脱出ポットをアムロに捕獲されていたシャアは、騒ぎが落ち着いて彼を探そうとする暇人が現れたとき、初めていないと分かったのであった。死体も見つからなかった。

「あっさりと言うなあ」

「超常現象の類にはもう慣れました。で、それと僕が彼女のお守りをするのと何の関係が?」

「あいつはロリコンだ」

「常識です」

「一々混ぜっ返すな。ともかくヤツの毒牙から彼女を守るためだ。マツナガ氏かライデン氏の邸宅に預けるというのも考えたが、何しろシャアの戦友だ。結託するか幻惑するかして彼女を……。そんな訳だ、責任重大だぞ」

「はぁ」

「それに、彼女は君に懐いてもいるしな。君は迷惑か?必要な手当ては用意させるぞ」

「別に、迷惑なんて事はないですよ。妹、とまでは思っていませんが」

「そのうち思うようになるさ」

 不慣れな仕事を一つ抱えることになった。コウの脳内でシャアに対する格付けが4ランクほど下がり、軍法会議で彼に有罪判決を下した法務士官以下となる。

 ふと、トリエルとであったときの事を思い出した。

 人類が宇宙で生活することで、新たな可能性が拓けるのではないか、という憶測は長年細々と息づいてきた。それがオカルトの殻を破ったのが、一年戦争においてである。しかしニュータイプの登場は、強化人間という副産物を産んだ。

 シャアの叛乱当時は技術も進みそのようなことは無くなったが、グリプス戦役においては極度の情緒不安・記憶の錯乱を被強化者に強いたのである。

 そういった不幸な革新の一つに、マシンチャイルドがある。古くは中世期海軍のデータリンク――各艦艇のマザー・コンピュータを緊密にリンク・同期させることで、艦隊をあたかも一つの艦であるかのように統一的かつ自在に操る――にまで遡る発想を基にした物だ。時間軸歪曲転移によって黒歴史の回避を図らんとしたムーンレイスの先遣隊がギレン・ザビ指揮下の部隊に捕まった。そこから得られた技術を応用して作られている。

 このシステムはマシンチャイルドとセンチュリオ・シリーズと呼ばれるMSからなる。前者はナノマシンによって高速に培養された、MSの運用に特化し、護身程度の戦闘能力を付与されたサイボーグ肉体を持ったパイロットである。

 最大の特徴は「自我」というものを持たないことだ。それにより各個体が一体となり、極めて効率的な集団戦闘を実現した。後者は彼女達の搭乗機だ。月光蝶を応用した技術によって、マシンチャイルド――ギレンの兵団では「レギオン」と呼ばれていた――の呼びかけに応じ、周囲にある物質から数分で構成され、姿を現すという信じられない機能を実装している。

 ディー・トリエルは、レギオンの開発過程で生み出されたプロトタイプである。当時は「試作D号」、或いは「Dトライアル」と呼ばれていた。要求性能を満たせず破棄されかかっていたところを、彼女に自我が芽生えているのに気付いた研究員に「戦い続けて自分の人生を見出せ」とプログラムされた上で逃亡させられたのである。研究員は彼女の預け先にエゥーゴを選び、勤務先であるサイド2の最寄のエゥーゴのアジトの近くで彼女を放した。その意図は成功したが、研究員のその後は杳として知れない。

 トリエルを最初に発見・保護したのはコウだった。当時彼はMS整備工場に勤務し、エゥーゴから勧誘を受けていたところだった。彼のパイロットとしての経験、『星の屑』作戦における抗命により1年の懲役を宣告され、数ヶ月で罪状消失で釈放・除隊、という経歴に期する事あってのリクルートである。彼自身は軍隊にも戦闘にもうんざりしていたところだったが、偶然がそれを許さなかった。 その日の夕方、例の如く手早くノルマを片付けた彼は、日課のジム通いの後、気分を変えて隣町の酒場に行こうと3276通りを歩いていた。それが運命の分かれ目であった。彼自身としても、すぐ側の見知らぬ少女を銃弾が掠めるのを眼にして、軍隊時代に植えつけられた本能によって即座に彼女の手を引いて路地に連れ込んだときには、流石にそうと気付かなかったのだが。

「警察に電話を……ってえぇ!?」

 路地の入り口から踏み込んできたのは警官だったが、彼らの構えたライフルから伸びるレーザーポインターはウラキ自身の胸に集中していた。またもや本能的に身をかがめるや、脇にあった丸い金属製のゴミ箱を転がした。

 金属音と銃声が飛び交うのを尻目に雑居ビルの裏口に転がり込む。自分でも後で考えてなぜそんなことが出来たのか分からないが、咄嗟に地下(コロニー外殻部)に通じるライフライン・パイプへの鍵を持っていた工具でこじ開けて潜り込んでいた。

 消されかねない人物であるとは自認していたが、抵抗もせず死ぬのは納得できない。

「追ってるのは僕らしい。君は今来た道をもどるといいよ」

「……?……!!……」

 彼女は口をつぐんだまま、ウラキの袖を掴んでいた。表情からは拒否の意思らしいものが読み取れる。

「……物騒なご時世だからね、そういうこともあるか」

 彼はそういって今までの平穏な生活に別れを告げると、エゥーゴのリクルーターに指定された専用回線で連絡をとり始めた。やや興奮気味な相手に緊急事態であることを告げ、指示を仰ぐ。すぐさま行き先を指定された。

 これも運命か、などと呟きつつガス・電気・通信等のパイプの隙間を匍匐前進し、アジトへと向かう。

 携帯ライトを付けて前方を観察した後、彼はその少女の顔をよく見ていないことに気付き、後にライトを向けて見た。

 驚くほど幼い面立ちの上に淡くブルーに輝く髪と、意外に太い眉。そして赤い瞳。

 全身を埃まみれにした二人を迎えたのは、意外にもかつてのウラキの上官であるサウス・バニングであった。

「良く来たなウラキ、では逃げるぞ」

「……すいません、この機体は動かせません」

「俺もだ」

 エゥーゴのアジトはコロニーに無数に開けられた外部への穴の一つに隣接して設置されていた。MSを直接エントリーさせ、整備・保管する小さなポートである。間の悪い事に、その時本部から送られていたのは、いかなる手違いによるものか、最新型――つまり多くのパイロットにとって馴染みの無い――の黄金の機体、MSN-00100こと『百式』であったのだ。

 やっとの思いで出港したものの、設計思想が斬新すぎたため、神ならぬ二人の操作は稚拙だった。今にも追ってきた2機のハイザックの射程に捕らえられかかった時

「……!……」

 ああでもないこうでもないと怒鳴りあっていた二人からトリエルが操縦桿を奪い取るや否や、近い方の敵機にビームライフルを命中させ、そのスキに近接してヒートホークを横から薙ぎ払おうとしたもう一機にバルカンを浴びせてバラバラに引き裂いた。

「……誰だ?いやそもそも何だ?それ以前に一体どういう理由で?」

「自分の方が教えてもらいたいぐらいです!」

 二人とも進展の速さに激しく混乱していた。只一人冷静そうにしていた奴はというと

「君、名前は?」

「……?」

「首から名札が下げてあるぞ、ウラキ」

「幼稚園児?見たところ中学生っぽいですけど」

 喋らなかった。

 そして3人はバニングの操縦でエゥーゴ・サイド2本部がある11バンチに入港した。そこの責任者もウラキのかつての上官だった。

 エイパー・シナプス大佐。ティターンズ内部に自らを消そうとする動きがあることに気付き、バニングをはじめとする同調者とかたらって乗艦アルビオンごとエゥーゴに参加したのだった。もう一つコウとの再会を待っていたのが、シナプスの脱出時にたまたまアルビオンと接続されていた、デラーズフリートとの戦いの後半での搭乗機、RX-78GP03D『デンドロビウム』である。

 それからコウとトリエルは流されるようにしてエゥーゴへ参加し、それぞれに慣れている物を、とコウにはデンドロビウムが、トリエルには百式が専有として与えられた。一ヶ月の訓練後、コウ・トリエル・バニングは急遽アルビオン隊に編入され、アーガマを中核とする友軍と合流すべく、月面都市アンマンへの途に就いた。

 ――そして、全地球圏を巻き込む半年間の戦いが行われたのであった――

 サイド3での生活は、表面上は滑らかにスタートした。一年戦争に備えてのジオン軍増強から始まった民間MSパイロットの徴兵そして消耗は、数年に及ぶ戦いの連続でコロニー維持の限界を割っていたのだった。数多くのコロニーが閉鎖されていた。ジオン共和国としても戦後復興の為パイロットのレンタルを連邦に強く要請はしていたのだが、この現象は全地球圏において深刻な物となっていることは誰の眼にも明らかであった。戦闘能力・生存性において大きな優位を見せたニュータイプ・強化人間の活躍が期待されたが、彼らの優位性は敵パイロットの心理を読む事にこそ有り、更にどこの職場でも重大な失点とされる欠点――コミニュケーション能力不足――が多く見られたことも祟り、彼らの大多数は軍に残るか、出戻る場合が多かったのだ。

 そういった訳で、将校としての正規教育を受け最低限のリーダーシップを持ち、人並み以上に付き合いやすい相手で、なおかつ操縦・整備・開発に一通りタッチしているコウがそれなりの歓迎を受けたのも当然である。

 とはいえ、旧ジオン公国国民のアースノイドに対する反感はその程度の事で緩和されるほど安易なものではなかったのだが。

 物資の搬入・倉庫管理(無論MSを使ったものだ)という、軍ではパイロット候補生すら嫌がるような初歩的な雑用から、コロニーの穴塞ぎ(大掛かりかつ繊細な作業が要求される難しい作業なのだ)まで、彼の行うべき業務は極めて多岐に渡った。その上与えられた機体は壊れかけのザクⅠである。かつての練習機よりも古い物で作業しなければいけないことについて複雑な思いも無いではなかった。外の作業員の場合も大同小異ではあったが、彼に与えられた機体は古く傷ついているという点で際立っていた。

 それでもコウは、少なくともロンド・ベルにいた時以上には活き活きとしているように見えたし、周囲と比して優秀でもあった。要するにMSが好きだったのである。故に専有機体の修復と改善を楽しんで行い、やりつけない作業にもすぐ慣れることができた。パイロットというのは元来が開けっぴろげで気のいい連中で、彼が熱心かつ合理的な労働者である事が分かるとすぐに胸襟を開き、しばしば仕事帰りに飲酒に誘うようになった。

 仕事を除く彼のサイド3における日常がそう気楽でなかった理由は2つある。一つは、懸念していた通りに人種的な理由で一般人とは同僚ほど簡単に打ち解けられなかったという事。もう一つは、同僚の誘いを3回に2回は断らなければならなかったという事だ。無論、トリエルが原因である。

 彼女自身がコウを束縛するような事は一切無かった。しかし、それ故、彼は余計にトリエ(エゥーゴで彼女はそう呼ばれていた。とはいえ彼女と接触する人物自体、希少なものであった)を気にかけるようになった。戦闘行為(軍での生活、ではなく)に嫌気が差すような性格や、サイド3での働きぶりから分かるとおり、彼は本質的に善人であった。

 故に、深酒したある金曜の夜、部屋で彼を待っていた淋しげ(コウにはそう見えた)な紅い瞳を忘れられなかったのだ。

 そのような性行は必然的に彼を女性から遠ざけていた。周囲に歳の離れた妹だと説明した結果「度を越したシスコンらしいから確かめておいてくれ、と部下がいっていた。何と返事しておこうか聞いておきたい」ガトーにもそういわれた。

 コウは紫に腫れ上がった頬を擦りつつ、

「こういう状況なら誰だってこうなる、とでもいっておいてくれ」

 幽かな声で、答えた。

 そこはかつてジオン公国軍士官が好んで溜まり場にしていたバーだった。一年戦争末期にマスターが徴兵され、その後行方不明となって閉鎖されたままだったのが、シャアの叛乱の時にマスターの遠縁という者が浮ついた空気に乗じて再開し、シャアの敗北後も営業を続けていたのだ。常連客はほぼ全てがジオンの古強者で、人数は少なかったが長居するうえに手柄話に酒を必要とするためそれなりに儲かっているようだった。もっとも、日系人である現マスターの趣味であるらしい篳篥・琵琶・筝・十七弦・尺八による宇宙式モダンジャズの即興生演奏については意見の分かれるところではあったが。

 その晩、海兵隊の人数を工作に割いてくれないか、との要望をシーマに届けるため、彼女の行きつけであるそこにガトーがやってきた。そして、コウが殴られている事を知らせるためにトリエが飛び込んできたのだ。特に同性に対しては面倒見のいいシーマは何かあったら夜は大体そこにいる、とトリエにその店を教えていたのだ。

 ウラキの話を聞いてやろうと、路地裏の一幕の後ガトーはトリエをシーマに預けて店に連れ込んだ。ガトーは指揮官としての経験も長く、長期間月に潜伏するなど苦労人であったため人情の機微を心得ていた。理不尽に耐える男を見捨てては置けなかったのだ。しかし、一通り鬱憤を晴らさせてやった後には自分の好奇心を満たさざるを得なかったのだが。

「しかし、貴様はよくやっている」

「お前が人を褒めるなんて珍しいな」

「いや、工兵隊の連中の間では評判がいいぞ。それに、変わってはいるが女と暮らしていられるのだからな」

「女は苦手なのか?シーマさんは、どっちかというと付き合いやすいほうだろ?」

「そんな事は無いぞ。あの女狐と来たら時勢の変転も理解せず、子飼いの部隊を後生大事に抱え込むつもりだ。

 今どれだけコロニーの維持が大事か分かってないのだ。いやそれ以上に酷い女が月に……」

「どうした?お前が落ち込むなんて、珍しいな」

「よせ、思い出させるな。悪酔いしたくなる」

 ガトーの眉間に深い皺が刻まれた。

「……今日はもう帰ろう。そうそう、新しく考えた武器のアイディアがあるんだ。こんど見てくれ」

「……」

 余程嫌な事を思い出しているのか、片手で額を押さえたまま、ガトーはもう片方の手で別れを告げた。

 次の日、コウは風邪をひいた。

 普段通りの時間に起床する事はした。しかし、すぐに頭の奥の方に痺れを知覚し、次第にそれは広がって

頭痛に近い物となった。軽い寒気を伴い、食欲も無かったので朝食は温めなおした白米と味噌汁のみで済ませる。

 トリエのためにそれに加えて生ハムを刻み込んだサラダを一皿だけ用意した。

 食事中から既にトリエは表情に不安そうな色を見せていた。普段であれば、コウは必ずハムエッグか焼き魚を朝食に食べていたからそれも無理は無い。

「大丈夫だって。士官学校で習った事の一つに、走れば治る、というのがあって……」

 頭がぼやけてそれに続く言葉が思いつかない。彼女の顔を見慣れているコウでなくても、心配していると分かる表情が視野を突き刺す。それでも必死に背中を丸めまいと虚勢を張りつつ玄関に向かう。

「今日休んだら、昨日殴られて逃げた、なんて噂が立つかもしれない。何のためだったんだ、これまでのことはぁ……」

 右膝がガクッと折れる。不意に、力の抜けた右腕が柔らかい物で締め付けられた。

 トリエが両腕でコウの右腕を抱き締めていた。細い腕と柔らかいが薄い胸の感触に、全力を出しているらしいが今のコウでも簡単に振りほどけそうな圧力が痛々しい。懇願するように眉がハの字を形作り、上目遣いの赤い瞳は抗議するように歪んでいる。

「分かったよ、今日は休む、だから……」

 倒れる音が聞こえた。自分が倒れたらしく、右肩が痛む。トリエがベッドまで連れて行こうと袖を引っ張っている。

 自分でいける、言おうとしたのを最後に意識が途絶えた。

 気が付いてその声を聞いたとき、コウは銀河に蛇行する龍の如き驚きに襲われた。

「ようやく目覚めたようだな、コウ・ウラキ」

「あ……!……!!!……?……!?」

「その様子なら大丈夫だろう。もう少し休むといい」

 カタ、と二つのマグカップがサイドテーブルに置かれる音がした。お盆を持ったトリエがコウの個室から出て行く後姿が見える。

「良い女になった。よくああも育ててくれたものだな」

 慌ててお茶を飲み干して、口の乾燥と喉に絡んだ痰を一気に片付けると、なお慌てた口調で詰問を開始する。

「君の見舞いに来た。そういっても納得してはくれないだろうが、実際そうだから仕方が無い」

 忘れようの無い、掠れ気味の糞落ち着きに落ち着き払った声。オールバックに整えられた豪奢なプラチナブロンドの髪。

 アイボリーの上下。間違えようがない。

「何やってんですか、 ク ワ ト ロ 大 尉 ! ! 」

「だから、見舞いに来たのだといっているだろう」

「いえ今の『何やってんの』はそういうのじゃなくて!」

「私が生きているということぐらい、薄々感づいてはいた筈だ。アムロにもそういったじゃないか」

「盗聴器でも仕掛けてたんですか……」

「いくら私でもそこまで手は回らんよ。バーテンが、マツナガに話したそうだ」

「じゃあマツナガさんは知ってたんですね」

「口の堅い男だ」

 風邪に伴う、手足を蝕む筋肉痛が酷くなった気がした。大きくため息をつき、起こしていた上半身を再びベッドに投げ出す。

「礼ぐらいいったらどうだ。私が君をここまで運んだんだぞ」

「……」

 左腕を上げて、眼を隠す格好を取った。

「……分かった。とりあえず、どこから説明したらいい?」

「……全部……」

「簡単にいうと、気がついたら何か生きてたのだ。ずっと死のうと思っていたのだが、これも運命だと諦めたのさ」

 簡単すぎる。

 なぜここまで悪運が強い人間がいるのか、そもそもなぜこの人物を、運命は生かすことに決めたのか、余計に頭が痛くなる。体の右側を下に寝相を変えて、シャアに背中を向けた。

「……もう帰ってください」

「失礼だな」

「ここには幼い少女がいるんで。体が動いたら、殴り倒して警察に突き出しているところです。

 見舞いに来てくれたのに免じて見逃しますから、土星辺りにでもいって二度と帰ってこないでください」

「私もよくよく嫌われたものだな」

 全く傷ついた様子が無い。

「それは冗談としても、そもそもなんでここが分かったんですか?」

「ジオニックで働いているのでな、社員の情報は入手できる。部署は違うが、何度か君と同じ現場に入ったこともあるし、その内2,3度はお互いモビルスーツに乗っていなかった」

 呆れて口も利けない。

「無遅刻無欠勤の君が来ないと、現場監督が慌てていたぞ。部署宛のメールに、トリエル君から風邪をひいたので休む、というのがあってな。こういう機会でもないと会えないし、話しておきたいこともあるからな」

 メールボックスを管理し、自分の都合で職場を離れても文句をいえないような立場、ということだと予測がつく。

「それで、何の話なんですか」

「そう急くな。お茶が来たぞ」

 再びドアが開き、トリエが入ってきた。お盆をサイドテーブルに置いて、シャアには紅茶を、コウにはベッドテーブルをセットしてからお粥と氷水を給仕する。

「ありがとう、お嬢さん」

 えらく深みを帯びた声でいう。コウの予測通り、続けて右手をとって手の甲に口付けしようとしたが、思ったよりも動きが素早く空振りに終わった。つい苦笑してしまう。

「……?」

「ああ、君は何も悪くないよ。ありがとう。ここはもういいから宿題を片付けて」

 コウが住んでいるアパートは2LDKで、それぞれが個室を持っている。トリエは学校にいく代わりに、コウの監督の下、居間のPCを使って通信教育を受けているのだ。

「中々いい兄貴っぷりだ。紅茶を淹れるのも上手いし。君については、認識を改めるべきだな」

 今までどう思っていたのか非常に気になるが、彼とは誠実に向き合うだけ損なのでその件は腹に収める。

「当初は大変だったんですよ。紅茶を淹れたそうな目付きをしたかと思えば、一度にスプーン5杯ほど使おうとするし、シャワー浴びた後裸でウロウロするし」

 どんな鈍感な人間でも、その瞬間シャアが眼を細め、鼻の下を伸ばしたのを見過ごしはしなかっただろう。

 意志の力によって本能を表に出すまいとする努力が表情を更に滑稽にする。

「……サングラスか仮面使った方が良いんじゃないんですか?」

「それだと目立ちすぎるな」

 中世紀、宗教戦争というものがあったという。その激化に懲りたことが、キリスト暦から宇宙世紀に移行する理由の一つだ、ということはどの歴史教科書にも書いてある。それが耐え難い局面に踏み込んだことを示す象徴的な事件に、当事者は世界の中心と、異教徒からすれば邪教徒の伏魔殿と見ていた都市を象徴する建物へのカミカゼ攻撃があった、というのも、高等教育を受けた人間なら大抵知っている。首謀者は最後まで見つからなかった件については、そういうと意外そうな顔をする人が殆どだ。

 現在の連邦政府にとってシャアは、その首謀者以上に重要度の高い標的であるのによくもまあヌケヌケと。仲間に謀殺された革命家の遺児。本来ならば真っ先に歴史の闇に葬られる立場であるシャアを、一時は時代そのものを弄ぶ立場に押し上げたものがなんであったか、コウは理解した。いや、もしかしたら今も。

 「またなにk…」

 「このサイド3は危機に瀕している。君に救ってもらいたい」

   <interlude>

 今日の分の学習を済ませたのに、ウラキさんは大事な話があるから待ってろという。

 つまらない。胸の辺りが重く、冷たくなったみたい。

 ――誰かがいなくなるのは、とても悲しい事――

 それは知っている。なら、すぐそばにいる人と会えない、というのはなんというのか、見当もつかない。

 壁に耳をつける。実はここの壁は薄く、隣の物音が簡単に聞こえるのだと、自分だけが知っている。

 私は喋れないから、ウラキさんはその事を知らない。

 「……もとのバランスのよさを損なっていますね。防御力だけが旧世代のままじゃないですか」

 「だから追加装甲を付けさせた。確かに重心が難しく、駆動系の制御がキツくなっている。そこでタンデム・ドライブを採用した」

 「俺が、というのは分かります。でもいやな思い出がありますね。中々振り切れません」

 「あのときの話は、向こうでは知らない人はいなかったな」

 何を言っているのか、よく分からない。

 今日はもう寝よう。変な目で私を見る赤い車のあの人も、起きたらいなくなってるはず。

   </interlude>

 それから数日は、何事も無く平穏に過ぎ去った。

 シャアに言わせると、変装というのは至極簡単だそうで、喉に埋め込んだボイスチェンジャーと毎朝15分のメイク、それに特殊な肉襦袢だけで印象を一新できるという。翌日、コウは社内にシャアらしい人物はいないか鵜の目鷹の目で探したが見つからず、すぐ諦めた。

 コウの朝は早い。毎朝6時に起き、朝食の準備をする。飯の時もあればパンの時もあり、特に定まった好みはない。彼自身は米を食べた方が力が出るように思い、きっと日本人の遺伝子に由来する物だろうとパイロットらしからぬ非科学的な解釈を与えていた。トリエはパンの方が若干食が進むように見えたが、二人ともたいした好みの違いは無い。

 味噌汁(サイド3はアジア系住人が少なかったが、日系だけはそれなりにいたので味噌も入手しやすい)を火にかけると歯を磨いてからトリエを呼ぶ。規則正しい生活が身についているのか、いつも呼ぶと直ぐに来る。それから顔を洗い歯を磨くのだが、最初の2,3度は水道の勢い調節を知らなかったらしくずぶ濡れになった。濡れた服が肌に張り付いて体型を露になったのを眼にするたび、コウは「クワトロ大尉のようになったらおしまいだ」と自分に必死に言い聞かせたものだった。

 食後、コウは自分用にコーヒーを、トリエ用に緑茶か紅茶を淹れる。特に深いわけがあって別々の物を飲んでいるのではなく、昔子供はコーヒーを飲んではいけないと言われた通りにしているだけだ。サイド3での生活を始めた頃は、トリエは紅茶の場合、何も混ぜずに飲んでいた。5日後にはテーブルの上にウラキが用意したミルクやレモンに興味を示し、その翌週からは自分の意思で味付けを行うようになった。

 食後、しばらく二人でニュースを見てからコウは日課のジョギングに行き、シャワーを浴びてから出社する。何も言わなくてもトリエは居間のPCを立ち上げて、『発話障害児童Ⅶ課程』の受講を開始する。昼食は一人で用意するよういくばくかの金銭を渡してはいるが、何を食べているかはコウには見当もつかない。

 現場はその時々によって違う。コウの業務は現在「試作作業用モビルスーツの実地運用と評価」に変更されていて、試用するモビルスーツ、環境、工法は場合によってガラリと異なる。丁度軍事技術の民間転用が熱心に行われていた時期で、データはいくらあっても足りなかった。コウに課せられた負担も重く、毎日レポートの作成に追われ、休日を丸々潰す事も珍しくは無かった。保護者らしい事はしてやれない、と心苦しくもあったが、トリエ自身からして口のきけない体なのでその感情が成長することもない。

「で、今はどんな試験をやっているのだ」

「企業秘密だ」

 例え話せたとしても、「ザクレロの旅客業務への転用」なんて口に出せるか。

 その日の作業内容を説明された途端、「無理だ」という言葉が喉から飛び出し舌を滑り、歯をこじあけかかった。 

 それでも唇を結んだまま言葉を押し殺したのは、鹵獲されたジ・Oの工作転用試験を押し付けられたときに同じ事をいって無視されたことがあるからだ。腕が普通より多いから単純に工作には便利だと本社第二開発部では考えたらしい。格闘戦の補助以上を期待するには簡素すぎる仕様で、さらに改造するとなるとフレームにまで手を入れなければならないと判明し、すぐお流れになったが。設計途中見つけた僅かな余裕をこのような形で生かし、しかも使いこなしたパプティマス・シロッコの幅広い手腕をこそ賞賛すべきだろう。それ以外は忘れろ、とコウはレポートを締めくくった。

 ザクレロはもっとひどい。一年戦争の時トライアルに負けたはずが、なぜか大量に部品が残っていたのだ。一度ホワイトベース隊と交戦したという未確認の情報があるきりで如何とも評価のしようがない。乗ってみた結果、確かに出力・武装は一年戦争時のものとしては優秀で、奇怪な外見にあわず取り回しも楽だった。その分かなり無理のある設計で、旅客用スペースの増設など思いもよらない事だったし、無理に改造すると安全性に重大な欠陥が発生するとよそうされます。ていうかなににつかうつもりだったんですか。しかもこりずにつかいつづけようとするひとがじおにっくではたらいているなんて、じおんがまけたのもとうぜんだとおもいました まる 気がついたらハンディパッドに打ち込んでいた。疲れているらしい。

 以前と同じバーの個室。前回口に出した新型兵器について、ガトーに相談にのってもらうことになっていた。兵器といっても民需転用を視野に入れたもので、現在ジオン共和国工兵大隊の指揮官として腕を振るうガトーは格好の相談相手だった。

 工兵、というと地味な裏方を想像する人も多く、それも一面の事実ではある。確かに実戦に参加する機会はない。しかし、歩兵が行軍するにしてもまず道路を作り地雷を撤去しなければならない。対陣するにあたっては塹壕やトーチカを建設する必要がある。実戦部隊に先立って最前線に赴かなければならないという点では、寧ろ最も危険な兵科であるのだ。また、異なった職能を持つ集団を効率的に組み合わせ、運用しなければならない。指揮官に要求される資質も並大抵の物ではない。中世紀における名将ダグラス・マッカーサーも工兵出身であるぐらいだ。宇宙世紀においてもこの事は変わらない。艦隊行動・モビルスーツ移動の前には機雷とスペースデブリを除去する必要があるし、小惑星を用いた要塞設置もある。更に、サイド3復興において工兵に期待される役割は絶大である。リーダーシップと旧ジオン国民からの人気を兼ね備えたガトーが指揮官に任命されるのも当然の事だ。

「確かに革新的な技術であるとはいえるが、実用性が無いな。アステロイドベルト辺りでは喜ばれるかも知れんが」

「クワトロ大尉……いや、シャアはお前にも接触したんだろ? 敵がBプランを実行するつもりだとすると、これしかない」

「司令部に一応報告はしておいたが、『それらしい動きはなかった』と言われた。出来る範囲で備えはしてみたが。あれだけ大掛かりなことをして、今の今まで情報が漏れてないとは考えにくい」

「経験者は語る、か」

「そういうことだ」

 その時、ガトーの携帯通話機(軍人にのみ支給される特殊な携帯電話)がけたたましく鳴った。顔つきが一瞬で『ソロモンの悪夢』のものとなる。非常事態が発生した事を告げる音色だったのだ。

「何だと!……そうか、すぐ行く」

「どうした?」

「……第2警備艦隊が音信を途絶した。共和国の全将兵に非常召集がかかっている。お前も準備しておいた方がいい」

「やはり、Bプランか」

「糞!一体どうやって擬装できたというのだ!」

 窓の外に眼を遣る。まだ静かだ。闇と静けさに隠れて、行軍する歩兵。そこかしこで瞬く非常警報。そして、ポートへと向かう武装したモビルスーツ。

 戦闘状態が始まったのだ。

「君には、私の取って置きを、くれてやる」

 コウはぼんやりと、シャアの言葉を思い出していた。『……全人類の半数以上を死に至らしめ、現在の混乱を招いた責任を直視しないジオン国民に告げる。

 我々はサートゥルヌス。ジャブローに眠る英霊の志を受け継ぐ者である。日和見主義者に占拠された傀儡政権を打倒し、真の地球連邦を樹立すべく立ち上がった。虐げられしアースノイドの権利と自尊心を回復することこそが、生き残った全人類に課せられた義務である。これを理解せぬ愚かなるジオン国民の粛清を開戦の烽火とする。今なおニュータイプ・人の革新といったイデオロギーを奉じ、ザビ家・マツナガ家・ラル家などの貴族を崇め、戦争犯罪者への祭祀を絶やさない愚かさの報いを受けよ…』

 突然、かつてエギーユ・デラーズがやったように全てのTVチャンネルがジャックされ、スイッチがつけられていたモニターから低い機械音声で犯行声明が放映された。予想外な電波ジャック・あまりにも唐突な内容・何を企んでいるか分からない不気味さ以上に視聴者を震え上がらせたのは、画面いっぱいの静止画像であった。

 コウの顔色が青くなり、ガトーですら眼を背けている。女性客が嘔吐する音が複数聞こえる。

「ご覧になってはなりません。ミネバ様」

 店奥のVIPルーム(狭い部屋が一つあるきりだが)の扉が開き、髭面の大柄な男が出てきた。脇にはやっと彼の腰に頭が届く、といった背格好の少女を連れている。少女はジオン共和国軍総司令官ミネバ・ラオ・ザビ。そして男は、その副官、つまり共和国軍の実質的な支配者であるシン・マツナガである。

「マツナガ閣下!」

 ガトーが慌てて敬礼し、それにつられてコウも民間人でありながら敬礼する。それ程ミネバとマツナガには威厳があった。

「堅苦しいことは抜きだ。貴官とは同輩であるし、非常事態だ。全く、ミネバ様に兵士の生活を見せて差し上げようとしていた所に、無粋なことをするものだ」

 鷹揚に答礼しつつ、マツナガが応える。

 ジオン共和国軍の再建に当たり、国民の敵愾心を和らげる意味で連邦政府はミネバを軍の形式上のトップに据えた。独立戦争に反対だったドズル・ザビの一粒種という理由で、連邦内部からも反対の声は少なかった。マツナガが副官に据えられたのも同様の事情からで、ドズルの腹心でありつつも早い段階からエゥーゴに参加していた経歴、確かな実力、それに名門マツナガ家の当主であるという文句の付けようの無い登用であった。

 ちら、と店の天井隅から吊るされたモニターに目を遣る。

 「Saturnus。土星(Saturn)の語源でもある。しかしこの場合は、ゴヤの『わが子を食うサトゥルヌス』をイコンとして使用していることから、土星と共に強く連想されるものがある。あの絵画で描かれているのはサトゥルヌスと同一視されているギリシャ神話の神、クロノスだ。息子に殺されると予言を受け次々に自分の子供を腹に収めたが、結局は息子ゼウスに倒された。自らが創造した物を破壊する農業神。なおクロノスを初めとするゼウス以前の神々を『巨神』と呼ぶ。我々に馴染みのある呼び方では」

 突然大学教授のような口調で話し出したかと思えば、ここまで言って辺りを睥睨し、

「ティターンズだ」

 と締めくくった。

「ティターンズの残党を名乗る者達が、反体制分子を糾合しているのは周知の事実です。しかしこうも大掛かりな事をやってのけるとは予想外でした」

 ガトーが応える。彼のほうには知性と諧謔に満ちた会話を楽しむ気はない。

「報告は読んだ。情報源は信頼できそうだったが、本当にあのようなことを……」

 マツナガの答えを聞いた後、コウの方に向き直る。

「奴らの目的は混乱そのものだ。アースノイドへの憎悪を煽っている。こいつを持ってけ」

 そう言って護身用のビーム銃を渡す。

「すまん。では早く合流する」

 駆け出した。

「トリエを傷つけさせるんじゃないよ! リリー・マルレーンで待ってるから!」

 ミネバの護衛に就いていたらしいシーマの声が背中を蹴る。外は、もう明るい。

   <interlude>

 ―あなたたちの想いはとても強かった。だけど、それはただ一人の人へ向けられた想い―

 ―だから、エゥーゴのみんなへの想いに、勝てなかった―

 本当に?

 あの娘―ノーマ・レギオの乗ったインペラトールをブレード・ルミナリウムで切り裂いたとき、私は彼女にそう告げた。けどそれが正しかったのか、今では分からない。

 ずっと気がついていなかった。私の中にはぽっかりと空いた部分がある。ウラキさんが仕事で帰らない夜、一人で眠っていると、初めてなのに懐かしいような心細さで胸を締め付けられた。あの日、研究所の人にカプセルから出されウラキさんと出会った日から今まで、そこをあたたかいものが埋めていた事に気がついた。

 淋しい事に気がついていなかった。気がついてからは、もう無視できない。

 ウラキさんと暮らすようになって、私は弱くなった。きっと私の姉妹達も、ギレン総帥をお父様と呼ぶ事で、淋しさを埋めていたんだろう。私は、それを理解して上げられなかった。でも今なら分かる。だからあの娘たちは戦えたのだと。

 その夜、ウラキさんが脱いで放って置いたままのワイシャツに袖を通してみた。汗と機械油の匂い。それで私は少しだけ安心して、眠る事が出来た。その晩からずっと、夜は洗濯機にウラキさんが放り込んだワイシャツを下着の上につけて眠っている。勝手に彼のものに触ったら悪い気がするから、朝は必ず早く目を覚ましてシャツを洗濯機に戻し、またベッドに戻っている。

 ―今夜は、いつ戻ってくれるんだろう―

   </interlude>

 窃盗罪と飲酒運転か。普通なら一ヶ月ほどブチ込まれても仕方がないが、警察もそれどころではあるまい。

 盗んだバイクで走り出したコウはそう考えた。バスも電車も止まっている上、歩いて帰るとなると2時間はかかる。その前にサイド3が全滅する可能性だってあるのだ。

 甘かった。さっきの放送でパニックになっていてバイクになんぞ気がつかないだろうと思ったが、走り出して15秒後、後ろの方でだれぞ騒ぐ声が聞こえ、遠ざかっている筈なのに声は大きくなっていく。集団で騒ぎ出したのだ。

「あの連邦の野郎だ!」

「ガトーの旦那に取り入りやがって!スパイに違いねえ!逃げる気だぞ!」

 話が通じる雰囲気ではない。右手をジャケットの裏に差し込み、レーザー銃の感触を確かめる。

 幹線道路が近い。トリエの待つアパートまでは一本道だ。右折するためにスピードを落とす。後から聞こえるモーター音が気になってミラーに視線を落とす。バイクが近づいてきた。複数台。先頭で運転しているのは血色の悪い若い男だ。その2台ほど後には、この前ウラキを殴った痩せた中年男がいる。道路に入る。若い男のコーナーリングに負けた。差を詰められつつある。右手を懐に入れる。相手はそれに気付かないほど逆上している。近づけさせる。後輪が今にも接触しそうになる。まず前方を広く見て、前に余裕があることを確認する。素人には真似できない電光のような素早さでレーザー銃を抜いた。出力は最弱に調節してある。若い男の乗るバイクのモーターに狙いを定め、「死ぬなよ」と小さく呟き、発砲した。途端に転倒し、後続車両が巻き込まれる物凄い音が後方から追ってくる。コロニー内では排気ガスをだすエンジンの使用は許可されていないので、皆蓄電池で動くエレ・バイクを使用している。炎上する事はないから死にはすまい。そう願った。

 アパートが近づく。ウラキの部屋は4階だ。トリエの携帯にかける。20秒ほど待たされた。

「今すぐベランダに出ろ!」

 ミノフスキー・クラフトを作動させ、前進しつつ少しずつ高度を上げていく。天馬ペガサスに跨った気分を楽しもうにも、電池の消耗が激しいから時間をかけていられない。自室のベランダが近づく。

「トリエ、おいで!」

 右手を差し伸べた。トリエはというと、下は黒い膝までのスパッツで、なぜか上にコウのワイシャツを羽織っている。目も口も驚いたように開かれ、握った左手が口に当てられている。なぜか口元が嬉しそうに歪んでいる。そういえば、2着しかないパジャマ、間違えて両方とも洗濯して干していたような気がするな。トリエの服装についてまで深く考えられる状況ではない。

 トリエの体を柵越しに抱きかかえてバックシートに載せると、両腕を自分の腰に回し、後ろから抱き締めるような格好を取らせた。

「しっかり捕まってて」

 そういうと、電池を節約するために、落下するのと大差ない速度で下降した。

「大丈夫?」

「……ン……」

 苦しいほど腕が腰を強く抱き締めている。驚いたのか、背中に押し付けられた顔が彼女には珍しく赤くなっているらしいのが脇から見えた。

町外れ、工場の多い地区にあるコウのアパートから、更に郊外へ。ジオニック社所有の広大な空き地を目指す。さっきの衝突を切り抜けて連中が追ってきた。300メートル離れていても、怒り心頭に発しているのが分かる。目的地までギリギリの電気しか残っていない。だというのにコウは不思議なほど落ち着き払っている。

 広々とした区画に出た。最高速度で走ってきたのでもう電池残量はない。幸いにも目的地は近い。トリエを降ろすと、彼女の足では心もとないので抱きかかえて走った。まだその程度の体力はある。トリエは強い力でしがみついているから軽い。

 大きく広がっている小高い丘の手前、段を形作っている小さな平面に登る。怒り狂った集団が近づいているのに、コウは狂ったのではないかと思えるほど冷静だった。流石のトリエも心配そうに彼の左胸にしがみついている。左腕を彼女の肩に回したまま、コウはどことも知れない番号に電話をかけた。携帯を口元にもやらず、丘を振り返っていう。

「おい…そろそろ目を覚ましてくれないか」

 ―その途端、丘が震えた。

 地面が二人を掲げるように持ち上がる。雑草の生い茂った丘が割れ、茶色い土の中から黄金の輝きが開放される―

「そういえば、君と初めて会ったときもこいつだったね。設計にかなり手が加えられているし、アーマーもついてるけど」

 黄金のモビルスーツ!?暴徒の中から驚愕が発せられた。オーバーだな、百式はこの辺では珍しいのか? コウは思った。

 ハッチを開ける。シートは前後に二つ並んでいるが、設計に余裕がないらしく両方とも窮屈だ。バイクの時とは逆に、前にトリエを座らせ、コウは後に座る。

「こいつは不安定だから、宇宙空間に出るまでは機体管制は任せた。気をつけて、こいつはクワトロ大尉ですら一人では操縦し切れなかったんだ」

 トリエがうなずくのが見える。

 FA-100S『フルアーマー百式改』。操作性に難があり一台きりで生産が中止されたが、際立った性能を惜しんだシャアが、処分される前に密かにサイド3に隠しておいたのだ。それが、この前の訪問でコウに託された。

「すごいエネルギーゲインだな……5倍なんてものじゃないぞ。こうなるともうバスター砲とでも呼ぶべきだな」

 付属する大型ライフルの性能を確かめつつ口走る。

「行ける?」

「……ン……」

 トリエはモビルスーツであればなんでも操縦できるよう、ナノ・マシンによる操作を受けている。マシーンの本質を理解する回路が脳に組み込まれているのだ。

「じゃあ、行こうか」

 足元で騒いでいる連中には目もくれず、百式改を離陸させ、二人は再び飛び出していった。

 戦場へと。

「今回の任務はあくまでも偵察だ。『マハー・カーラー』から何らかの攻撃があった場合は撤退する。いいな、深追いは禁物だ」

 中隊長の声がコックピットに響く。

「「「了解!」」」

 同時に返答する声が続けて聞こえた。無論、コウ自身の声も含まれている。

「ウラキ大尉!酒が抜け切ってない上にあんだけの大暴れをしでかした後だ。お前は特に気をつけろよ!」

「了解です。ライデン中佐」

 別に、悪気があって言ってるわけじゃないよな。そう思った矢先に

「間違ってもあのロリコンのほうの赤見たいなスタンドプレーは許さん!絶対にだ!」

 鋭さを増した声で叱咤とも罵倒ともつかない台詞が飛んでくる。

「ですから自分はロリコンでもシスコンでもないと何度も言ってるじゃないですか!」

 言い返した直後、機体が僅かに左側に傾くのを感じた。左後方の機体が百式の左肩に右手をかけたのだ。

「大目に見てやって下さいよ小隊長。アクシズの一件以来、中隊長は今まで以上にシャア大佐が嫌になったんです。只でさえ赤が被るってのに、叛乱を起こしたんですからね。お陰で大佐と同じ性癖すら、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いって奴で……」

「ワイズマン准尉、よもや卿までが私をロリコンだと……」

「私語は慎め、もうまもなく散開座標だぞ」

 ライデン機からの割り込みを機に無線を切る。散開時に中隊長機がミノフスキー粒子を戦闘濃度まで散布するので、つけていても意味が無いのだ。幸い、着信もそれきりつくことは無かった。口調の乱れをこれ以上拡散させないで済んだ。中隊長もショックの余り錯乱したのに気付いてくれたらしい。

 全く、こんな状況でもなかったら思う存分写真を撮りまくっている所なのだが。コウは左後方を振り返った。

 経験豊富で機転も利くが、いまいち性格が不器用な憎めない男、バーナード・ワイズマン。一年戦争後期に学徒動員でジオン宇宙軍に入隊してパイロットになる。どうした因果か、連邦の女パイロットと恋仲になって二人で脱走し、戦後共にアクシズに身を投じた。その彼が乗っている機体は、ハマーンの第一次ネオ・ジオン崩壊後没収されたザクⅢ改であった。

 ジオン共和国軍の軍制ではモビルスーツ4機で一個小隊とする。彼の指揮下にあるもう2機は、ネオ・ジオンに引き続いて共和国軍に制式採用された、ザクⅡの衣鉢を継ぐ名機ギラ・ドーガだ。とはいえ数が揃わない為、Rジャジャ、ドライセン、量産型バウ、ガブスレイ、メタス等等の雑多な機体によって員数を合わせているというのが実情だ。今偵察行動においては4個小隊がライデン中佐の指揮下に組み入られているが、その中には何とジェガンのみで構成された小隊もある位だ。コウのようなモビルスーツマニアには垂涎のシチュエーションといえよう。

 外から見る分には理想的な状況なのに、まさか自分自身がその一員だとは。コウは何となく納得できないものを感じていた。リリー・マルレーンに着艦したあたりから歯車がズレたか…。そう思って数十秒後、散開座標に到達した。無線を開いて予定通り散開行動を行うよう指示し,すぐスイッチを切る。所々が不気味に発光する巨大な黒い塊へと、単機接近していく。久しぶりの戦闘行動だ。

 リリー・マルレーンといっても、一年戦争時のコロニーへの毒ガス攻撃や『星の屑』作戦で名を馳せたザンジバル級ではない。旧リリー・マルレーンは老朽化が激しいため解体され、現在シーマが座乗しているのは、艤装が開戦に間に合わず放棄されていたのを戦後サイド3で完成させたレウルーラ級の一艦である。コウとトリエを送った後、ガトー・シーマ・マツナガ、それにミネバは一目散にポートへと向かったが、折り悪く出撃可能体勢にあったのがリリー・マルレーンのみであったのだ。資金不足が理由である。

シーマの好戦的な性格が幸いしたといえよう。彼女は乗艦の戦闘能力を確保するために最大限の努力を払っていたのだ。サイド3の各コロニーのポートで発進を待つ各艦艇・モビルスーツのレーダー上では、現在このリリー・マルレーンはザビ家の家紋で表現されている。

総司令官ミネバ・ザビの座乗を示しているわけだ。

「心配かい?」

 シーマは心細げに『マハー・カーラー』のある方向を見つめるトリエに声をかけた。トリエが頷く。仕事でモビルスーツに乗っていたコウとは違い、トリエにはニタ研でのシミュレーションを別とすれば長いブランクがある。そのため着艦後すぐ、発艦前に凍結を解除され運び込まれたトライアに騎乗して短い慣熟飛行を行ったのだ。彼女の操縦はブランクを感じさせなかった。着艦後即座にブリッジに向かい、ジオン式パイロットスーツを着たまま窓の外を見つめている。

「……ン……」

「それにしてもガトーの野郎、趣味の悪い冗談を吐いちまったねぇ。気にするこたないんだよ、あんな奴」

 トリエが床に視線を落とす。不愉快に思ったのではなく、コウが腹を立てていたことを思い出したのだ。

 リリー・マルレーンに着艦し、ハッチを開けると、早くも仰々しい格好に着替えたガトーが白紙を手にタラップを上がってきた。労をねぎらうでもなく開口一番、逮捕礼状でもあるかのように白紙を構えつつ

「コウ・ウラキ、飲酒運転、窃盗、銃刀法違反、傷害罪で逮捕する。なおお前には黙秘権が有り……」

 話している途中、フロントシートに座ったトリエの格好が目に入った途端眉をしかめ、

「……それに児童福祉法違反、強制猥褻罪も付く。懲役10年は堅いな」

 と付け加えた。

 数ヶ月間土に埋まっていたわりには、百式改の不具合は少なく、その後僅かなメンテナンスで即座に偵察部隊に編入された。数少ない例外の一つが冷暖房である。どうした不具合か、後ですぐに解決されたのだが、コックピット内の気温が35度にまで達していたのだ。そのためコウは上半身裸、トリエも羽織ったワイシャツを脱ぎ捨て、スポーツブラにスパッツという格好だった。ガトーの方ではコウの良心の呵責を和らげるための軽い冗談の積もりだったが、コウは予想以上にロリコンだのシスコンだのと呼ばれる事にムカついていた。

「帰る」

 ハッチが閉じる。

「おい待て!この程度の冗談に大人気ないぞ!!」

「……駄目な男供だねぇ……」

 シーマが外野から突っ込む。

「ハマーンもよくシャアを駄目な男だといっていたぞ。だがいなくては困るとも。あの二人もそうなのか、マツナガ?」

 ミネバが尋ねる。

「全く以って、頼りになる、愛すべき男達ですよ」

 ハッチをこじ開けようとするガトーを見ながら、マツナガは応えた。

 ガトーの怪力によってハッチが開きかかり、このままではフレームが歪みかねないと判断したコウは素直に扉を開けた。不意打ちを食らったガトーは派手に転んだが、即座に立ち上がり、何事も無かったかのように

「では、ブリーフィングを始めましょう」

 とマツナガに向かっていき、言った。マツナガも、一連の出来事を見なかったような冷静極まりない態度でうむ、と応えた。全員が一列になって会議室へと歩き出す。軍人は歩くのが速い。ミネバは既に家庭教師の待つ部屋へと送られている。トリエルだけが、男達の集団から取り残されて小走りで追う形になった。

 コウもコックピットの中で自分で脱いだジャケット、シャツ、それにトリエの脱ぎ捨てたワイシャツを脇に挟んでその中に混じっていたが、トリエがいないのに気付き、振り向いた。流石にこの格好ではまずいと思い、ジャケットをトリエに羽織らせる。

「すいません、更衣室どこですか?」

 前の方に声をかけた。

「二つ目の交差点を左だ。真っ直ぐ進むと、『士官用更衣室』と書いてあるドアが見える」

 とガトー。

「この艦には制服のスペアも用意してある。連れてってやるよ」

 とシーマ。

 シーマを先頭に3人並んで歩く。トリエは相変わらずパタパタと小走りで、追いつくのがやっと、という風に見える。

それでも先導するシーマは遅めに歩いている方だ。制服が置いてある酒保に近づいてペースを遅くする。ふと後を見遣ると、一番後ろにいるトリエが上半身裸のコウを凝視していた。左手でジャケットの前を合わせ、右手は口元においている。

目を細め口元を緩めた如何にも幸せそうな表情で、袖口の匂いを嗅いでいる。

(……どうやらこの娘の方が色々と重症らしいね……それに気付かずズンズン一人で先行くなんて、どんだけ鈍感な男なんだい。健気なのに気の毒な娘だねぇ……)

 シーマは、むしょうに靴でウラキの頭を引っ叩きたくなっていた。

 着替えを済ませてから会議室に向かう。おろしたての制服のぎこちなさ以上に、ジオンの制服を着ている、という事実にコウは違和感を感じる。会議室の中にはマツナガ、ガトー、それにリリー・マルレーン艦載モビルスーツ隊隊長のジョニー・ライデンが上座に座り、その他に小隊長クラスの将校など、計20人程がいた。マツナガの隣に坐っている秘書官らしい男がコウの目の前まで歩いてきて、告げる。

「元地球連邦軍中尉、コウ・ウラキ。非常事態を以って、臨時にジオン共和国軍大尉の階級を与える」

 階級章を渡された。マツナガとガトーが重々しく首を縦に振るのが見える。敬礼を返す。

「では、揃ったところで状況の分析を始めよう。まず、分かっている範囲を全て説明してもらいたい」

 マツナガが口を開く。クラシックなジオン式の軍装の男が立ち上がり、モニターの前に立つ。部屋が暗くなった。

「……昨日の2334、第二警備艦隊が正体不明の小惑星の存在を感知しました。周知の通り、これは極めて異例な事態であるため、当該艦隊は警戒レベルCを打電し、その後対象への探査行動に入りました。

 日付変わって本日の0107、襲撃を受けたため戦闘行動に入ると通告。0153、艦隊を構成する全艦艇・モビルスーツからの信号が途絶しました。その間に本部へと送信された画像は以下が全てです」

 ざわ、と暗い会議室にどよめきが走る。スクリーンに続けて映し出されたのは、まず歪な卵のような形をした真っ黒な小惑星。その存在そのものではなく、周囲を取り囲む星の光を覆い隠す闇として、見るものを不安にさせる。次に見せられた写真では、所々に点のような光が写っている。3枚目、楕円形の小惑星の中心から少し右下に離れたあたりに、局所的に強い光を放っている部分がある。4枚目には小惑星から集中砲火を浴びてスペースデブリと化しつつある艦艇とモビルスーツ。型式は分からないが、小惑星から発進とおぼしきモビルスーツらしい影も見える。

 重々しい雰囲気を打ち破ってマツナガが口を開いた。

「この写真と交信記録を分析した結果、対象は約3宇宙キロ、つまり標準的な火砲の射程距離内に入った人工物に対し、無差別に攻撃を与えることが分かった。それだけならば放置しておいても何の問題も無いが、現在対象はこのサイド3を通過する軌道をとっている。計算によると5日後にはサイド3に到達する。そうなればコロニーや資源衛星との衝突、そこまではいかないとしても強大な重力場によって位置関係が狂った結果月への落下や互いの衝突や空域からの離脱の発生など、いずれにしても甚大な被害が予想される。

 なお、現時点を以って対象を敵と認定し、以後マハー・カーラーと呼称する」

 空気が一層沈鬱となった。

「それにしてもマツナガ閣下、意外と冷静そうだったな」

 更衣室でさっき着替えたばかりのジオン共和国士官制服からノーマルスーツに着替えながら、コウはガトーに言った。

「そうでもないぞ。いつもならば、何故目標を”マハー・カーラー”と名付けたかについて、さっきの店でやったように5分ほど薀蓄を垂れていた所だ。よっぽどの事が無い限り、閣下は衒学的な話をする機会を逃さない」

 答えるガトーも、同様に着替えている。彼の指揮する工兵大隊に属するモビルスーツには現在急ピッチで戦闘装備への転換作業が行われている。コウも小隊長として参加することになった、ジョニー・ライデン中佐率いるマハー・カーラーへの偵察部隊が発艦した後、準備のできた機体から逐次発進し、リリー・マルレーンの護衛につくことになっている。

「だいぶ影響されているらしいな、ガトー。『衒学的』なんて言葉、普通は使わないぞ。…所でどういう意味だ?」

「知識をひけらかすような、という意味だ。以前閣下と一杯やったとき、よく奥方からそういわれると零されていたが、私もその時はどういう意味か分からなかったので、後で調べた」

 マツナガ家はジオンでも高名な文武両道の家系である。サイド3に移民した彼の祖父は優秀なコロニー技術者であり、なおかつ連邦空軍に関を置く軍人でもあった。彼の父は法学に志し、ズム大学法学部で学ぶ傍らROTC(奨学金と引き換えに士官教育を受け、有事には将校として徴兵される課程)を受けた。ジオン軍の前身であるサイド3防衛軍で法務士官として勤務し、ジオン軍の気風である秋霜烈日たる規律正しさの確立に一役買ったとされる。彼自身化学と史学を専攻し、大学院で宗教史を研究していた身である。なお、当時彼が執筆した論文には、ジオン・ズム・ダイクンのイデオロギー性を批判する箇所が数多く見受けられる。

あくまでも保守的で地道な思想の持ち主であるが、サイド3と地球連邦との関係が怪しくなるや兵卒として志願入隊した。

その後の活躍と累進、そしてエゥーゴへの転身はまた別の話だ。

 彼はあくまでも冷静沈着を以って旨としていたので、どのような危機的極まりない状況も、100年前に起きた軽い火災であるかのように話すことが出来た。とはいえ深層心理までは、支配し切れなかったのだが。

「現在サイド3近辺の空域に存在する連邦軍は、スクリーンを見れば分かるとおり警備程度の貧弱なもので、あのような対象と戦うことなど不可能だ。連邦軍の他、ロンド・ベルやプリベンターにも救援を要請したが、凍結状態にある。モビルスーツの復帰、休暇中のパイロットの招集など準備すべき事柄が多く、どんなに急いでも我々と合流するまでに3日はかかるそうだ」

 うめき声がいくつも漏れた。十分な兵力でマハー・カーラーに攻撃をかけられるのはわずかに2日間のみで、そのデッド・リミットを越せばサイド3は破滅する。その上、それまでの三日間は、決して十分とはいえないジオン共和国軍の兵力のみで相対しなければならないのだ。その間に何が起こるか分かったものではない。

 マツナガは唐突にコウを手の平で指し示し、いった。

「そこで、だ。紹介しよう。貴官らの中には既に知っている面々も多いかと思うが、コウ・ウラキ大尉だ。

 連邦軍とロンド・ベルでの経歴を考慮し、現地任官で大尉の階級を与える事になった。モビルスーツ隊小隊長を務めてもらうことになる。いいな」

 ハイッ、と久しぶりに軍人らしい声を出し、コウは敬礼した。その途端室内にざわめきが戻った。あまりいい雰囲気ではない。一同を代表するように、リリー・マルレーン艦長デトローフ・コッセルが起立して発言する。

「連邦だった野郎と戦えるか! 地球の重力に魂を引かれて俺たちの戦友を殺した奴なんかと!」

 棒暗記したジオン・ダイクンの用語(彼自身は言われるほど多用した訳ではないのだが)を使って司令官に反抗する。マツナガの顔色が変わったが、ガトーがやんわりとそれを制するような仕草をして、鋭角的な口調でコッセルの発言を中断させる。

「連邦だったから、だ。百式はアナハイム、つまり連邦の機体だ。貴官らの中に動かせる者はおるまい。今は一機でも戦えるモビルスーツが惜しい。隠忍自重してもらいたい」

 そして、実力でも認めさせないといけないな。コウは、久しぶりに血が熱くなっていた。

 どうやらマハー・カーラーを目覚めさせてしまったようだ。コウは幽かにそんなことを思った。第二警備艦隊が送った画像ではその名の通り完全な暗黒であったのが、そこかしこに明かりがついている。人が乗っているらしい。

また、人を殺すことになるのか。だがそんな振り切れない甘さも、全方位スクリーンの左下に映し出された映像を見て吹っ飛んだ。

 Iフィールドの存在を示す鮮紅色のポインタである。搭乗機の左側面を守っているのは本当にワイズマン機なのか?

そうであるはずがない。だが。ザクⅡとほぼ同じ色に塗装されたギラ・ドーガよりもやや黄緑がかかった影が後方へと退避行動をとっている。ザクⅢ改。まださほど近づいているわけではないが、誰だってそうするはずだ。コウも愛読している『月刊ミリタリージャイアンツ』の3ヶ月前の号の表紙をバーナード・ワイズマン准尉の名前が麗々しく飾っていた。新型プロペラント・タンクの搭載、スラスターの改良、思い切った新型砲への換装などといった比較的地味な改良の積み重ねにより、愛機の主砲であるメガ粒子砲の威力を4倍近く―ダブルゼータガンダムのハイメガキャノンに匹敵する―にまで引き上げたという巻頭記事に、ウラキは感銘を受けていた。近距離からではないとはいえ、それが通用しないほどの強力なIフィールドなど、想像もつかない。

 俺たちは、一体何と戦っているんだ。瞬間、驚愕に体の自由を奪われた。百式改の前進は止まらない。マハー・カーラーまで、あと3.02宇宙キロ。

「小隊長!」

 僚機のギラ・ドーガから泡を食ったような無線が入る。はっと気がつき、眼前に迫ったマハー・カーラーの大きさに恐怖する。が、2度続けて我を失うほどの新米でもない。

「実体弾による攻撃を試みる! 各機、ワレと並び各々の判断によって攻撃せよ」

 逆噴射で減速しつつ絶叫した。上と右とでギラ・ドーガ2機がほぼ同時にシュツルム・ファウストを発射するのが見える。

この距離でもあの大きさなら、外しようがない。コウも、本来ならば格闘戦用の武装である炸裂ボルトを百式の肩から引き毟って投擲する。両肩に一つづつ装備されているものだ。両方とも、投げつけた。シュツルム・ファウストを使い果たした僚きはグレネード・ランチャーを乱射している。

 どうだ?凝視した。この距離だと実体弾に対する対空砲火も多少は効果がある。閃光、それに続くおびただしい煙。

煙が薄くなったとき、コックピットの中に歓声が反響した。クレーター、それも15個ほどの。マハー・カーラーに向けて放った実体弾の、半分以上が命中した事になる。とはいえこの程度ではかすり傷を付けたことにすらならない。だが、この場で一人、コウだけが確信の光明に包まれている。

 不意に、右側遠く、マハー・カーラーの地平線近くで黄色い光線が幾条も自転車のスポークのように延びるのが見えた。撤退信号だ。

「敵モビルスーツの接近を確認!各小隊、応戦しつつ帰投せよ!」

 戦闘濃度のミノフスキー粒子すら物ともしない強力な電波で中隊長の指令が下された。もはや、通信封鎖に意味は無い。

 各機体が一旦マハー・カーラーに背を向け、最大戦速へと加速する。それから再び向きを変える。撤退運動だ。

 敵の機体群を光学カメラがキャッチする。見た瞬間、コウは苦笑してしまった。こんな状況だが、絶好のシャッターチャンスじゃないか。

 マハー・カーラーの表面に多数穿たれているらしいモビルスーツ発射口から同時に30機ほどの機体が同時に射出される。ビルゴⅡ、ゼク・ツヴァイ、サーペント、メッサーラ。敵さんも、数をそろえるのに苦労してらしいな。

帰還はさほど困難なものではなかった。どうしても逆噴射では出力が不足するので母艦の方を向いて再加速する必要がある。それに多少手間取った位で、一機たりとも欠ける事無くリリー・マルレーンへの着艦を果たした。

それ程追撃する敵の技量は未熟で、かつ粘りも足りなかった。帰途の三分の一も消化しないうちに、向こうの方でも引き返したのだ。推進剤が足りないらしい。ただ一つ、コウだけではなく出撃したほぼ全員が抱いた感覚として、敵機のパイロットがそろいも揃って未熟だったという事がある。その上全機が同一のクセを持ち、なおかつ、戦闘時間が長引くほどに技量がわずかづつ上昇するという不可解極まりない動作をしていた。学習性のAIを搭載したモビルドールなのではないか、との声も聞かれたが、実際にモビルドールと交戦したこともあるベテランパイロットによってその説は打ち消された。間違いなく人間による操縦だというのだ。

 第2警備艦隊が一機一艦残らず壊滅したのは、マハー・カーラー近辺における濃密な対空砲火との相乗効果と、未知の強力なビーム砲―発射回数が限られていて、偵察中隊程度にまで使用すべきではないと判断されたのであろう―によるものだと結論付けられた。

 が、これらの結論が出たのは、コウ達が帰還してから少し時間がたってからの話である。

 着艦して百式から降りてすぐブリッジに上がり、休養のシフトに入っていたガトーに、息も絶え絶えに声をかける。

「……喜べ、ガトー……”スタークラッカー”で倒せるぞ……。3日後に来る援軍に任せよう……俺は、もう、疲れた……。ところで、寝室どこだっけ……?」

「エレベーターで第四甲板まで降りてすぐ左に行った突き当りだ」

 返事もせずコウはエレベーターへと直行する。

「「おい待て(ちな)!」」

 ガトーとシーマの声が重なる。これは、『星の屑』作戦から彼らと転戦して来たブリッジ管理役の下士官にすら、異例中の異例といっていい事態であり、彼はその日、何度もその話をせがまれる事となる。それ程ガトーとシーマはお互い噛み合わない仲だった。が、コウの行動はそれ以上に異例なものであったといっていい。

 近づいてきたトリエを無視して通り過ぎたのだ。

 コウの姿がエレベーターへと無言のまま消える。

 トリエは、じっとその場に立ち尽くしたまま、床を見つめている。

「ホントに駄目な奴だね! 後で叱ってやりな。アタシも手伝ってやるから」

 シーマが元気付けようと肩を叩いて言う。それでもトリエは、雷にでも打たれたように固まっていた。

 コウとしても悪気があったわけではない。普通の状態であったら、あのような状態のトリエを見たら何事かと慌てふためいていただろう。ただひたすら疲れていて、寝台以外の何者も脳内に介在させる余地はなかったのだ。

(起きたら全て解決しているだろう。そしたら休みをとって、トリエと地球に遊びに行きたいな……)

 眠りに落ちる直前、トリエの気も知らず暢気にもそう思った。

 コウ・ウラキの人生最悪の一日はこうして終わった。思ったよりも短い眠りから覚まされたとき、彼の人生で最も長い一日が幕を開ける。

 <interlude>

「ホ、ホラ!あいつは今日一日ずっと戦い通しだったから、すごく疲れてたんだよ!そ、それで…だからそんな顔おしでないよ!」

「そそその通りだ、少女よよよ!ここ毎日ずっと疲れる仕事の連続だったそうだしだったそうで、その上にカーチェイスだの更にて偵察行動だのの、普通だったら、あ~~そうそう気が狂ってもおかしくはないぞ。

 そう、おかしくなってるんだ!頭が変なんだ!後で黄色い救急車を!いや精神科医を呼ぼう!!」

「ガトー!何やってるんだい、マジックで顔に手術跡の縫い目みたいなの書いて!?」

(お二人が、心を一つにしていらっしゃる……)

 ベテラン下士官は感涙に咽んでいた。だがそんなことはどうでもいい。

 ……嬉しかった。淋しくて淋しくて堪らなかったところに、いきなり私を迎えにきてくれて。

 お伽噺に出てくる白馬の王子様ってああなのかって。あんなに強く、私を引っ張ってくれて……

 けどあの金色のモビルスーツを動かさせたら、すぐにいっちゃった。一緒に乗れて、嬉しかったけど……

 みんなを守るための大切な戦い、なのかな。ずっと心配してたんだよ。なのに、無視なんて……

 私はウラキさんがいないと、さみしくて死んでしまいそうになる。

 だけど、ウラキさんにとって、わたしはいったいなんなのだろう……

 どうでもいいのかな?わたしをむかえにきてくれたのも、モビルスーツをうごかすためだけなのかな?

 わたしもあの娘達(レギオン)と同じでただの道具、だったのかな……?

 ウラキさんと出会わず、あのまま研究所に戻っても、今とおなじだったのかな?

 それでも、わたしは……

 涙が一滴だけ床に落ちる。駄目中年2人組が駄目さを加速させる。コウの予想余命が物凄い勢いで縮む。

 </interlude>

「何故、先程の敵襲の折、出撃しなかったのかね?」

 チャトゥルブジャの地下第16層に設けられた、この小惑星には不似合いな豪奢な応接室。アステロイドベルトに在り、ジオン公国の管理下にあってヴァイクンタと呼ばれ、資源採掘及びアステロイド・ベルトにおける前線基地に供されていたときに設置されたものである。目隠しのような金属製の仮面をつけた男が、大理石を模した滑らかな大テーブルの向こう側の三人がけソファに深く身を沈める二人の男に尋ねた。

「見ただけで、警備艦隊とは段違いのベテラン部隊だと分かった。我らとてその全てを討ち果たすのは、とても」

 大柄で肩幅が広いほうの男が答える。

「切り札は最後まで隠し通しておくもの、といわれたのは、あなたの方ではありませんか」

 隣に座っている華奢な男が続けた。

「その凶暴な愛馬が、古強者を蹄で踏みにじるのを見たかったのだがね」

「待たせはしない。2日遅れの援軍に絶望を味合わせた後は」

「その援軍を、血祭りに挙げて差し上げます」

「期待していいのだな」

「「無論」」 

 遠くで起こっている重大な問題も近くで起こった深刻な問題も露知らず、コウは緩みきった顔で起床した。

「良く寝た……そういえば、目覚まし消してなかったか……。腹も減ったし、もう起きるか……」

 ここで寝台を離れなければ電流で無理矢理起こされていたところだということを、コウは知らない。寝台のサイドテーブルの棚に艦内の地図があった。軍服に着替え、食堂の位置を調べる。移動する。食事の時間ならば込み合っているはずの士官食堂が、なぜか閑散としている。寝ぼけて時計すら見忘れたのだ。

「すいませーん、食事、出来ます?」

「おお、アンちゃんには上からの指示で『スペシャルメニュー』が用意してあるよ!」

「へ~楽しみだな」

 ―次の瞬間、リリー・マルレーンの巨体を揺るがす絶叫が轟いた―

"C A   C A R R O T ----------!!!!!!"

キャキャロットーキャキャロットーカカロットーーーー

「どうやら起きたらしいな」

「全くいい気なもんだよ。ジョニーの奴がパイロットには睡眠が不可欠だ、なんていうもんだから見逃してやったけど、いい加減ギリギリじゃないか」

「では、たっぷりお灸を据えられたあいつのアホ面を拝みに言ってやるとするか」

「いやアンタの方がアホ面だから」

 ガトーとシーマが食堂にやってきた。コウはオレンジ一色のお盆の前で頭を抱えている。

「どうだ、少しは目が覚めたか?」

「覚めたどころじゃない! なんだよスペシャルメニューって!? ニンジン入りの炊き込みご飯に付け合せがニンジンたっぷりの金平ゴボウで主菜がニンジンがゴロリと二本分も入ったポトフでサラダもニンジンスティックのみで飲み物までニンジンジュースで、デザートに至ってはニンジン入りケーキじゃないか!! 僕がニンジン嫌いだって知ってるだろう! 嫌がらせもここまでくると逆に感心するよ! 驚きのあまり英語で絶叫しちゃったよ!

 ……ってガトー、お前なんで顔の左上が黒くなってるの? なんか手術跡っぽいのも見えるし。負傷したのか!? あれ?どうして震えてるの」

 ガンッ!と、右側でガトーは机に正拳を叩き込んだ。ジュースが零れてくれたらいいんだが、とコウは思ったが、なぜか波立ったのみで1mgも零れなかった。

「どうしたんだガトー!」

「……怒りを、持て余す……っ!」

「僕の方こそ怒りの余り純粋な悪に目覚めそうだよ! ニンジンにトラウマがあるって話しなかったっけ!?」

 シーマがコウの左側に寄ってきて、掌をテーブルに置いて身をもたせかけ、コウを威圧する格好をとった。

「あの娘の方がつらい想いをして泣いてるんだよ! そして、あんたが何とかしてやらないと、あたしたち全員死ぬんだ!」

「トリエ泣いてるの!? 泣かせた奴は誰だ! ラグビーで鍛えたタックルをブチかましてやる!!」

「「あいつだ」」

 ガトーとシーマが同時に壁際の鏡を指差す。

「地球もろとも宇宙のチリになれーっ!!! ってこれ鏡じゃないか!何!?僕何かした!?」

 キレつつ脱力するという一生に一度あるかないかの体験を、二人は同時に味わった。

 リリー・マルレーンに急遽しつらえられた司令官室で、マツナガ副司令官は早くも戦勝会見の草稿を推敲していた。

指揮官が動揺すると兵隊はそれ以上に不安になり、勝てるものも勝てなくなる。それ故将校には常に沈着冷静さが要求される。実質上の最高司令官ともなれば尚更だ。先程の会議では、沈着然とした印象を取り繕うのに精一杯で、彼の唯一の悪癖である薀蓄の披露をし損ねた。この度克服された危機の重大さと、それが与える印象、双方を考慮して名付けたマハー・カーラーとはどういう意味かというと…。彼の精神は早くも恍惚境へと彷徨いつつあった。その瞬間に

「マハー・カーラーが加速を始めました!」

 ノックも無しに駆け込んできた伝令が絶叫した。

 その伝令が後に語り草とした話では、その時マツナガ将軍は書類に目を落としていたが、その体勢のまま上目遣いに彼を軽く睨み、

「作戦は変更だな」

 と、事もなげに答えたという。将の器とはあのようなものか、と彼はいつもその話を締めくくるのだが、マツナガの内面は荒れ狂っていた。そこでも沈着さを装う第二の天性がやっとの思いで勝利を収め、彼の精神の中で湧き出て暴れまわっていた言葉のうち、口に出すべきと判断した物の発話を許可した。実際にここでいわれている「作戦」とはスピーチの内容である。

ほぼ同時に、ロンド=ベル旗艦ラー・カイラムとプリベンター旗艦アークエンジェルにその報せが入った。

「それで、マハー・カーラーのサイド3空域通過はいつになるんだ?」

 第一報のショックから覚めた後、ロンド=ベル臨時司令官ブライト・ノア少将はやや上ずった声で尋ねた。

「予定より二日早まって、明日です!」

伝令が絶叫した。ブライトは絶句する。この位置からでは到底間に合わない。

「最高速度でいけば間に合わない事はないわ。現在我々が集めた兵力で、何とかできないかしら?」

 時をほぼ同じくして、アークエンジェル艦長マリュー・ラミアスは会議室で発言した。しかし

「数は揃っているのですが、ジオン共和国軍より要請のあった大出力ビーム砲を搭載している機体が現在我々の占有になく、貸与を要請するとしても各種手続きで最低でも一週間はかかります」

 オペレーターのミリアリア・ハウの答えは絶望的なものであった。

「ヒイロ君のことね」

「はい、サンクキングダムのドーリアン外務次官に協力を要請したのですが、別途任務に従事中だと」

「強力かつ連射可能な実体弾、というのもあるわ。ドモン君に頼んでみたら」

「現在修行中とのことです」

「ジオンは一旦連邦による武装解除を受けた。共和国軍はその後改めて連邦の監督下の元再建された。多くの制約が加えられ、その中には核武装・対コロニー用BC兵器などと共に、高出力ビーム砲もある。計算の結果、お前の計画を実行するのに十分な威力を備えたビーム兵器はサイド3にたった一つしかない……お前の百式のバスター砲だ。貴重極まりない以上、防御にも細心の注意を払わなければならん」

 モビルスーツデッキでガトーがそういってすぐ、コウは隅のほうで黄昏ていたトリエの元へ物凄い勢いで駆け込むや否や、

「ゴメン!本当に悪かった!言い訳はしない、気が済むまで俺を殴ってくれ!!」

 と土下座していった。さほど悪いことをしたと思ってはいないが、トリエを傷つけてしまったことについては激しく後悔していた。

(男ってのはどうしてこうアホなんだろうねぇ……ガトーもなんか感動してるし)

 大きな箱のようなデッキの壁にあるオペレーター室から二人を眺め下ろしながら、シーマは溜め息をついた。

 一分ほど経った後、壁のほうを向いて体育座りをしていたトリエは立ち上がった。足を隠さない紺色の小さな短パンらしいものを履き、袖の長さが二の腕の半ばまでの奇妙な白いシャツを着ている。

その服装は中世紀の20世紀に地球(当時人類は宇宙にやっと足を一歩踏み入れた程度だったから特定する必要はないが)の日本で、女子学生が体育の授業において着用していたブルマーと体操服とよばれているものだ。

 総帥シャア・アズナブルの直接かつ強力な指示により、ネオ・ジオンにおいてはレウルーラを初めとする各艦艇に、「民間人の少女が乗船した場合の換えの服装」という奇怪な理由で一隻につき最低5組づつ常備するよう義務付けられていた。不思議な事に、この決定の後ネオ・ジオンの成人女性からの支持が微減したのに対し、成人男性からの支持は目に見えて上がり、組織内の結束も高まったとのことである。とはいえそれが役に立ったのは今回が初めてだが。なお、総帥がこの決定を下した直後、首席秘書官ナナイ・ミゲルが精神科を受診したことを付言しておく。

 トリエはしばらくコウを見下ろしていたが、やがてコウの前にしゃがみこんだ。どうする!?とその場にいた全員が注視した。拳を握る。スワ、と緊張感が走ったかと思うと、ぽか、と気の抜けた音が、デッキに響いた。状況を飲み込めないコウは顔を上げて鳩が豆機関銃をヤンマーニ(目撃者の一人の証言より、意味は不明)したような顔でトリエを見つめる。口をややへの字に曲げ目を細めた微妙な表情からは意味が読み取れない。

「さ、儀式も済んだ所で作業を再開するぞ!」

 パンパン、と手を叩き、ガトーが指令を下した。マジックを石鹸で落とそうとして失敗し、左上が黒く染まって異人種からの植皮手術を受けたようになっていた顔は、

「油性マジックだったら油で拭き取ればよくね?」

 とのライデン中佐の冷静な指摘を受け、常態に復している。

 トリエの表情が何を意味していたのか、この場で唯一の女性であるシーマにすら理解できなかった。

(……悪かったと思っているのはわかる。もうあまり気にはならない。

 けど、わたしのことをどう思っているのか、まだよく分からない。

 もしウラキさんがわたしがいてもいなくてもいいと思ってるのなら…… 後で考えよう)

 噛み合わない気持ちのまま、二人は互いの命を預かりあう次第となった。

「要するにこの作戦は、敵の応戦能力を全て搾り尽くそうというものです」

 ガトー率いる工兵部隊が射撃用トーチカと球形陣、そして生命維持に必要な分を除くサイド3中のエネルギーをかき集められるだけかき集める準備をしている間、コウは作戦発案者としてミネバ・マツナガ・ライデン・シーマ・コッセルを初めとした首脳部相手に作戦の説明を行う事になった。

 彼の発案した『スタークラッカー』は兵器ではなく、それらの組み合わせ、ビーム砲撃と実体弾を同時に対象にぶつける、という運用法をいう。資源用の小惑星を小さく砕いて扱いやすくしたり、大きめのスペースデブリをコロニーの壁面が耐えられる程度の大きさにまで粉砕する事を目的とする。それが命名の所以である。ビーム兵器によって対象に口径の小さな穴を開け、コンマ1秒以下の時間をおいて弾丸(場合によっては手榴弾ほどの大きさのものでもいい)をそこに潜り込ませ、爆発させる。これはコウが旧ザクで作業を行っていたときに聞いた話から思いついたアイディアだ。古くからモビルスーツでコロニー維持などの作業を行っている老人によると、中途半端なエネルギー出力で打たれたビーム砲に当たり中核まで通じる穴が穿たれた小惑星はよく見つかるそうで、破砕処理する場合は穴の中に適当な大きさの爆弾を放り込めば済むので楽だという。

 とはいえ、実用化までの道は遼遠であることはコウ自身も認めている。最大の問題はビームを撃った後即座に実弾射撃に切り替えるシフト機能だ。宇宙空間ではありとあらゆるものが移動し続けている。その上、対象と完全に動きを同期させるのは手間がかかる。その為ビームを発射した直後に実体弾を撃ち込まなければならないが、二発続けて同じ箇所に射撃を命中させるのは”ピンホール・ショット”と呼ばれ、物体が宇宙空間と比べ格段に静的な重力下にあっても至難の業だ。調整を行うオペレーティング・システムは近い内に実現されそうな見込みらしいが、それでも切り替えの際に発生するブレまでは対処のしようがない。

 が、この度の作戦はそのような繊細なものの正反対だといってもいい。

 敵が一定距離に侵入するや否や突如開始される対空防御、全機が同一人物によって操作されているとしか思えないほど統一的な動作をする迎撃モビルスーツ群。これらのことから、マハー・カーラーは中世期のニホンとアメリカの海軍の巡洋艦で採用されていたイージス・システムに近似した、自動防御システムを搭載しているものと推察される。

 ならば、強力な攻撃を間断なく与え、そいつをパンクさせてやればいい。

 偵察出撃からの帰艦途上、コウが大急ぎで作成し、暗号で司令部へ上申したメモの内容は

 ①迎撃機がこない程度の距離からの大出力ビーム狙撃

 ②全方向からのファンネル、ビットモビルスーツ等による実弾射撃

 上の2つを同時に行う事によっていずれかの攻撃が相手に打撃を与え、なおかつ敵の燃料切れを期待しようというものである。

 一旦は大規模すぎる割りには確実な効果を期待できないとして否決されかかったが、他に有効な手立てがないことと、第二警備艦隊が遺した映像を分析した結果、戦艦のビーム砲をIフィールドで防ぐ際に若干だが対空砲火が疎らかつ乱れたものになるという結論が出され、採択された。

「しかし、自分で立案しておきながら、無茶な作戦だと思うよ。その上、準備が上手くいってるとはね」

「エネルギー公社にどこからか圧力がかかったらしいよ。危険度Eまでのコロニー住人の退避も、現在23%完了しているし、連邦が真面目に仕事するなんて、死ぬまで一回でも見れるなんて思わなかったわなぁ。

 お陰でコロニーや月はおろか,地球までがアップアップさ。全く、どんなお偉いさんが蔭にいるのやら」

 ブリーフィングで作戦概要と現状の解説を終えた後、コウとシーマは改めて物事がうまく運んでいることに驚いていた。

 <answer>

 「そうだ、今サイド3と月にある船の全てを、住人の脱出に充ててもらいたい。デパートを半年閉める羽目になる?人命には換え難いだろう。それとも、例の汚職、アレをリークしてもいいのか?」

 「君の所でS56空域に備蓄している燃料があったな、あれを共和国軍に供出しろ。ルウムで助けてやった恩を忘れたのか」  

 ―気がついた時は、全てが終わっていた―

 この世に「神」などというものはいるはずがない。いるならば、何故ザビ家の独走によって地球の人口の半半以上が死に至らしめられたのか。何故地球連邦はこの事態から何も学ばなかったのか。何故この状況を静観しているのか。

「神がいなければ、全ては許される」

 3人兄弟の次男がそういったという。それに影響されて、兄弟の父親が私生児として産ませた4番目が父親を殺し、結果として長男はその罪を被せられて投獄。次男は裁判の途中発狂。私生児は自殺。三男はいずこかへと旅立った。

そういう小説を、昔読んだ。解説によると、作者は三男が皇帝を殺そうとする話の前段としてこの小説を書いたそうだが、手をつける前に死んだという。私としては、その話のほうが気になったのだが。

 ともあれ、神がいないとしても、何者かが天罰を加え、否が応でも教訓を骨まで刻み付けてやらねばならない。

 そう思っていた。

 しかし、私があの時あそこで感じたものを『神』と呼ばずして、一体何と呼べばいい?それも、我々が折角代行してやろうとした神罰を無に帰すことで、その存在を露にするとは。

 目が覚めたとき、サザビーの脱出ポットは海に浮かんでいた。大気圏に突入したらしい。万が一に備えて耐熱処理もパラシュートも装備してはあったが、燃え尽きも跳ね返されもしない絶妙な角度で突入するとは思わなかった。

 悪い冗談だ。ハッチを開けて澄み切った青空と深い藍色を湛えた海、水平線に見え隠れする島らしい影を見て、美しい、ただそれだけを思った。

 これら全てを、自分の手で、破壊しようとしていたのに。

 海流によって島まで運ばれた後、しばらくの間、草を噛み湧き水を啜り魚を齧って露命を繋いだ。無精ひげと伸びきった髪のせいで誰も私だと分からなくなった頃にやっと貨物船が近くを通った。もしあそこであの船を見つけていなければ、今もあそこでああしていただろう。

 それからスラム街で日雇いの生活に身を沈めた。その内に分かったことがある。地球で暮らしていれば、宇宙にいる時には理解できなかったアースノイドの物の見方や考え方が、自然と自分自身のものになってしまうということだ。

ならば再び宇宙に上がればどうなるか。それを確認するため、再び宇宙に上がった。即座にスペースノイドに戻る自分がいた。

 何のことはない、人は全て同じだ。こういう考えが出来るようになったのも、アムロと正々堂々、お互い最高のモビルスーツに乗った挙句、負けたからだろう。自分がもっと強ければララァは死なずに済んだのではないか?その疑問に答えを見出した。私は、いつだって出来るだけのことは、してきたのだ。そして人間というのは、大抵がそうだ。

 そのことに気付くと、色々とこだわって来たことが妙にくだらなくなった。とはいえ過去の自分を否定する気にもなれない。人はそうやって前に進むものだ。だから私は、大衆の一人となり、その進歩に力を尽くそうと思った。

 故にラウ・ル・クルーゼよ、ザフトの産んだ鬼子よ。お前には世界を憎む資格が十分にあることは認めよう。が、その世界の方も、黙って破壊されるほどヤワなものではないことを、経験者として、教えてやる。

 </answer>

 トリエは出撃前の仮眠に入っている。リリー・マルレーンの士官クラブで、作戦に参加する将校の面々もまた、出撃前最後の寛ぎの時間を楽しんでいた。コウはカウンターの隅に座り、置いてあったモビルスーツのカタログに目を落としている。飲酒は,大目に見られてはいるが、建前では許可されていない。そして、サイド3に引っ越してきて以来、彼に可能な暇つぶしといえば、モビルスーツいじり、飲酒、あとはトリエの面倒を見ることのみであった。

 ガトーがそこにやってきた。手には何か箱のようなものをぶら下げている。

「少しは飲んだほうが気分が解れていいぞ。アルコール分解アンプルもある」

 コウは体勢を変えず、横目でガトーを見る。

「そんなことだからジオンは負けたんだ」

「モビルスーツのキル・レシオでは1:2.7だ」

 その数値には心当たりがあったため、コウはカタログを閉じ、しばし目をつぶった後

「…一杯だけくれ」

 と返事をした。ガトーは手際よく箱を持ったままカウンターの裏に回り、なにやらゴソゴソしていたかと思うと、グラスをカウンター越しに差し出した。

「テキサスコロニー謹製のバーボンだ。やっと商品として出荷できるそうだぞ」

「……ン」

 無言のままグラスを取り上げ、少し揺らし氷がぶつかり合う音を立て、一口だけ流し入れる。

「どうした?いつもいつもつまらない奴だとは思っていたが、今日は例になく無口だな。それにンってなんだ、トリエル君の影響でも受けたのか?」

「……お前が俺のことをどう思っているかよくわかったよ。別に分からなくてもよかったけど」

「えらく刺々しいな」

「……まだ胃腸の具合が悪い」

「あの件はすまなかった。シーマがどうしてもと言うものでな」

 いつの間にか隣に座っていたガトーがストレートでチビチビと飲みつつ答える。彼としても、少女を泣かせるような奴はどんな理由があれ軍人失格だと思い、シーマの思いつきにも別に反対はしなかったのだが。

「これが終わったら、もうこんなことには関り合いにならなくて済むのかな」

「弱気なことを言うな。貴様だって、自分の意思で士官学校に願書を出したんだろう」

「ああ、敵を殺すのが仕事で、自分も殺されるかもしれない。十分すぎるほどに覚悟してた、つもりだったんだが」

「何か転機になるようなことでもあったのか?」

 歴戦の勇士が些細なことが原因で戦場を離れることがよくあると、経験豊富なガトーは知っていた。

「ジェネシスの戦闘でな。あの、センチュリオがやたらたくさん湧いて出てきた」

「ああ」

「一機、中々倒せなかったんで無理してデンドロのメガビーム砲を腹にねじ込んで、直接低出力で砲撃して破壊した。操縦していたレギオンが腹から真っ二つになって、顔にかかってたバイザーが外れて、トリエと同じ顔で俺を見ていたんだ。

 ……なあ、ドズル・ザビは地球にコロニーを落としたあと、自分は何億人ものミネバ様を殺したって嘆いたんだろ?」

「その通りだ」

「俺もそれと同じだ。トリエのことは、大好きだよ。妹がいたらこんな感じだろう、って思う。たまに、新婚のような気分にもなる。でもトリエのことを可愛いと思えば思うほど、あの時殺したレギオンのあの目がちらついて、踏み込めなくなるんだ」

「……そうか」

 コウの首の裏にいい蹴りが一発入った。全身が痺れる感覚に襲われ、グラスを取り落とす。机の上で痙攣する。

蹴ったのはシーマだ。

「女々しいねえ!兵隊なら敵を倒すのは当然だろ、そんなことに捕らわれて、すぐ側で泣いてる女の子を無視するなんて、あんたそれでも男か!」

 余りの事にガトーは呆気に取られた顔でシーマを見ている。コウは、それもそうだ、と少し思いつつ、いきなり延髄切りは酷いんじゃないかな?と息の出来ない喉から声を絞り出そうと必死だった。

サートゥルヌスの犯行声明が出る前にシャアの警告に従ってガトーが行った『最低限の備え』には、2つある。

一つは、各所に保管、あるいは放置されていた新旧問わず全ての戦闘可能モビルスーツの徴発及び最低限の戦闘能力と信頼性を確保できる程度の整備。もう一つは、マハー・カーラーを迎撃するための防衛線の設営である。

 一年戦争が終結した後、連邦はアステロイド・ベルトや火星に逃亡した残党勢力のサイド3との合流を阻むため、『絶対防衛圏』の名の下にサイド3を蓋うように資源用の小惑星を配置した。監視所、モビルスーツ格納庫なども設置された本格的な防衛線である。ギレン・ザビを黒幕とした半年間にも及ぶ紛争の中で放置されていたのを復旧するだけの、割合に楽な作業であった。ガトーにとっては連邦がジオンに押し付けた屈辱以外の何者でもないが、それがサイド3の護りとなる。連邦を利用してやるのだ、と作業開始前にガトーは訓示し、部下と己を納得させるよう試みた。

 コウのメモを司令部が具体化した作戦案では、まずかき集められたモビルスーツ・モビルアーマー・戦闘機などをマハー・カーラーの対空射撃が有効にならない程度の距離に、大量に、囲い込むように配置する。マハー・カーラーはサイド3を目指す軌道に乗っているからその動きに同期させなければならない上、モビルドールによる迎撃を防ぐためにまずマハー・カーラーの遠方に配置して少しづつ前進させ、大出力バスター砲の命中とほぼ同時に射撃地点に到達し、射撃を開始させるという複雑な動作を遠隔操作で行わなければならない。そのためサイド3のニュータイプ研究所の協力を得て、全機体のビットモビルスーツ化を前もって完了させておいた。その操作にはジオン共和国軍に所属する数少ない強化人間であるゼロ・ムラサメとレイラ・レイモンドがあたる。二人がそれぞれマハー・カーラーの北極点と南極点(便宜的に与えられた名称であり厳密な物ではない)を見下ろす位置で待機し、司令部からの指示に従って攻撃を開始する。

 バスター砲の砲手であるコウが騎乗したフルアーマー百式改は、上で述べた防衛線に置かれた、元来は狙撃砲台として運用されるべく構想されていた小惑星より狙撃を行う。この小惑星は巧みに配置され光学的な視認が難しい上に、周囲の小惑星には妨害電波発生装置が設置されている。更に有線通信、有線動力回路が配備され、このような任務には絶好の環境だ。その際、百式の護衛としてトリエの騎乗するトライアが、丁度百式の盾になる位置に配置される。トライアはその名の通り、トリエルの姉妹であるレギオンが騎乗すべく設計されたセンチュリオ・シリーズの試作機で、ほぼ同等の性能・武装を備えている。その中にはムーンレイスより強奪された、人工物を破壊するナノ・マシンを撒き散らす月光蝶を改良したフィールド・インペリウム、逆に稼動して自機・味方機の破損を逐次修復するレルム・Dがあり、盾役にはうってつけなのだ。とはいえ大変危険な任務であることには変わりはない。それ故ガトーとシーマは、援軍に以上の任務を押し付けるつもりでいたコウに、トリエの機嫌を直すよう強要したのである。

 出撃の時間が来た。

 リリー・マルレーンの食堂に集合したパイロット達に対し、マツナガが行った激励は簡潔なものであった。

「現在まで分かっている範囲のことを伝える。マハー・カーラーは旧名を『ヴァイクンタ』といい、かつてはアクシズ等と共に我々ジオン公国がアステロイドベルトに占有していた小惑星である。ただし、ティターンズの残党でアステロイド・ベルトにおいてそれだけの行動を起こせるだけの権力を有する勢力は、今もって確認されていない。

 つまり、敵の正体は全くの不明である。だがサイド3そのものを滅ぼそうとする意思は明瞭だ。各員の奮励努力を期待する」

 コウとトリエも連れ立って格納庫へと歩いていったが、トリエの表情からは、ややコウに対する不信感が拭い切れていない様子が覗える。

(……私がウラキさんを守らないと皆が死ぬ、だから今は戦う。でもその後は……)

 流石に何ヶ月も同居していただけあってトリエの表情を敏感に読み取れるコウは、何とかして機嫌を直そうとして数少ない女性経験を、訓示も聞かずに一時間ほど振り絞っていた。そして、互いに百式・トライアと別々の道を進みかかった時、意を決したかのように立ち止まり、トリエの方に歩み寄ると

「勝利を手に入れたら、二人で……」

とささやいた。すぐにトリエの表情には気分を良くしたかのように、険が取れ、淡い笑顔のようなものが浮かんだ。

 コウが何と言ったのか誰もが知りたがったが、その謎が解明されることは、ついに無かった。

 二機は連れ立って、用意された狙撃ポイントへと向かった。

 トーチカとはいっても、万が一敵機が来襲した場合に応戦することを考え、中世紀の第二次世界大戦までに存在した戦艦に設置された司令塔や要塞のような、密閉された空間に銃眼のみが開けられたものではない。平に整地されている。その中心でウラキの百式改は腹ばいになり、既に地球から見た月の倍ぐらいの大きさに視認されるマハー・カーラーの中心に照準を合わせる。トライアはその前に立つ。

 トリエはトライアに騎乗した場合に限り、マシンのサポートを受けて限定的にではあるが発話が可能となる。

(……何か、言っておかなきゃいけないかな)

 コウはなおも、トリエの感情を害してしまったことを気に病んでいた。先程の誘いでやや機嫌を直したかのように見えたが、彼は小心者であった。

「もしかしたら、僕たち、これで死ぬかもしれないね」

 何てことを言ってしまったんだ。口に出した瞬間、そう思った。

 だがそれが、彼の偽らざる本音であった。

「……ダイ、ジョブ……ウラキ、サ……シナナ……イ……ワタシ……マ、モル……」

 何てことを言わせてしまったんだ。返事を聞いた途端、そう思った。

 彼女も本音をいってるのか?少し疑ったが、だがそれを確認するためにも、二人揃って生き残らなければ、ならない。そう思うと、自然と次の台詞が口から滑り出した。そう、男ならば、こういわなければならない。

「ありがとう、トリエ。僕もトリエを守るよ。その後は……」

「……ン……」

 その後。それを思い,コウの気分はかなり浮き立った。全く、半分愛を告白したようなものじゃないか。だがその前に。

 彼は改めて眼前の、極わずかずつではあるが拡大しつつある闇を睨みつけた。アレをぶっ壊した先に、俺たちの明日がある。

 その睨みつけられているマハー・カーラーことチャトゥルブジャにおいて、2機の異形のモビルスーツが発進しようとしていた。一機は本体を越えるほど大きい三角形のバックパックを背負った黒を基調とし、所々に赤が配色されたガンダムタイプらしき機体。もう一機は、手足を臙脂色、体幹部を黒に塗られ、胸部に左右一つずつ設置された緑色の放熱パネルが悪魔の眼のようにも見える、同じくガンダムタイプらしい機体。

「行くのかね。少し、早過ぎるような気もするが」

 仮面の男が乗り込もうとする二人のパイロットに問いかける。

「偵察ですよ、あくまでも」

「敵は一度武装解除されたとはいえ、ジオンであることには変わりありません。いかなる備えをしているか、分かったものではありませんからね」

「では戦果を期待しているぞ。何だったら、守備隊を壊滅させても構わん」

「「では」」

(それに、こんな悪趣味な場所には長く居たくないからね、兄さん)

(全くだ、オルバよ)

 二人を特殊たらしめている能力―とはいえ特殊なのはそれのみで、その結果軍から受けた待遇が彼らをここに導いた―二人の間だけで通じるテレパシーで、彼らは話した。と同時に、全く同じものを、彼らは思い出していた。

 縛り付けられた華奢な肢体。薄くブルーに輝く髪。バイザーに隠された表情。

 トーチカの周囲は、ジョニー・ライデン率いる公国軍以来の伝統ある精鋭キマイラ隊とガトー率いる工兵隊によって護衛されている。さらにシーマ率いる海兵隊が、攻撃終了後マハー・カーラーに上陸し、コントロールを奪取して軌道を変更するために独立して対象に接近する軌道をとっている。

 工兵隊によって狙撃の最終準備が行われた。百式改がホールドしている、機体より長いのではないのかと思われるバスター砲に外部電源が接続された。電源はトーチカである小惑星の内部まで伸びている。更に小惑星からは、黒く塗られているため視認はほぼ不可能だがケーブルが何本も外のいくつもの小惑星まで伸びている。伸びた先の小惑星から、また有線・無線を問わず多くの小惑星や戦艦、コロニーなどに電源がリレーされている。現在サイド3に設置されているリアクターの実に67%が、コウの制御下にあるたった一本のビームライフルへと接続されている計算になる。

 連邦によって何ヶ月もかけて作られた設備である。サイド3がアクシズ等の外部勢力と呼応して蜂起した場合、連邦軍は早急に発電所を差し押さえてエネルギーを他にいくつかあるこのようなトーチカに流し込む算段になっていた。それが不可能な場合には艦隊を横付けしてエネルギーを供給する。そして大出力ビーム砲を持ち込み、来るであろう援軍を打ち砕く。

 今回はサイド3の守りということになるが、運用としては全く想定されたとおりだな。作戦計画書に3度目の確認の目を走らせながら、マツナガは考えた。同様のものに、彼の父祖の国で有名な熊本城がある。古世紀において例外的な程の安定と文化的発展を見せ、崩壊後の経済的・軍事的躍進を準備する結果となったエド・エラ初期に建てられた要塞である。

一度はニホン南西の(小さな国であるニホンの基準からすると)巨大な島を征服するも、ほぼ同時期に成り上がって全土を支配した鼠(政敵はおろか、主君からもそう呼ばれていた)によってその島の南端に押し込められ、鼠の死後も在世中から第二の実力者として名高かった狸(後世のイメージではあるが)に反逆したシマヅ氏族を押さえつけるという理由で、鼠に可愛がられた武将が心血を注いで作り上げた。約250年後狸の子孫は、弾の一発も撃たずにシマヅの家臣、サイゴーに居城を明け渡す。だがそれから10年後サイゴーは叛乱し、シマヅの故地より北上を開始する。その際に新政府の要塞として熊本城は極めて有効に機能した。

 フム。マツナガは幽かに唇の端を上げた。この教訓は、いい話のタネになる。だがそれもこれも。リリー・マルレーンのブリッジからもマハー・カーラーははっきりと肉眼で確認できるようになっていた。

 真空の宇宙空間を通じて、緊張感がコックピットへと入り込んできている。実戦ではなく、手術室のような雰囲気だ。

「エネルギー充填率87%」

「試算によるとバスター砲の発射可能回数は2回か、多くて3回。外すんじゃねえぞ」

「ムラサメ、レイモンド、それぞれ担当ビットの配置終了。対空砲火確認されず。いつでもいけます」

 次々と、準備が上手くいっていることを告げる報告が入ってくる。コウは改めて前方を注視した。マハー・カーラーは、もう既に人の手が入っていることを示す、人工物の光が見える程度にまで接近している。視線を手前に戻す。トライア。センチュリオ・シリーズと比べて色が全体に灰色がかっていて地味だが、天使のような輪と羽、それに似合わぬ悪魔の長く伸びた爪を思わせる方錐形の指に、ここからでは見えないが禍々しげな表情を思い浮かべる。

(……トリエと似合うのか似合わないのか)

 ただ戦うためだけに作られたマシンチャイルドであっても、少なくともディー・トリエルというコウが良く知っている個体に関してのみ言えば、どこにでもいるような普通の少女だと彼は確信していた。だが、彼女の姉妹達であるレギオンとセンチュリオは極めてマッチしていた。

(つまり、トリエは何なのかってことだよな…こんなこと考えるのはやめよう)

「エネルギー充填、まもなく完了。終了の合図が出次第、発射せよ」

「了解」

 改めてバスター砲のホールディングが万全であることを確認し、照準に眼をやる。充電の完了まであと5秒、3秒。

 充電終了のサインと共に、機械的に引き金を引いた。レーザー砲は光速で直進する。即座に、マハー・カーラーがその名(サンスクリットで「大いなる闇」という意味)と正反対の存在へと変貌するのが見えた。バスター砲と釣り合うだけのIフィールドを展開し、それぞれが干渉しあって純銀の眩い楕円形を形作る。太陽の次に明るい。実弾攻撃がどうなったかまでは分からない。光が消える、どうだ?

 思うまもなく、視界が一回転した。体の左側面が叩きつけられる。

 一瞬、意識を失った。眼を開ける。トライアがトーチカに留まったまま、バスター砲を守りつつ戦っているのが見える。

俺はどこにいる。突然、右側面から攻撃を受け、左側の小惑星に叩きつけられたらしい。動くか。チェックパネルを拡大した、百式の右足が吹っ飛び、左腕が小惑星に潰されている。スラスターが潰され、動けない。

 赤紫色と青紫色の影が、トライアの周りを飛び回っていた。アレが攻撃したらしい。赤紫色の機体の胸が開く。即座に大出力のビーム砲が発射される。瞬間、トーチカもバスター砲も攻撃に曝されるが、レルム・Dによって即座に中和され、復旧していくのが見える。ランチャー・ジェミナスを咄嗟に赤紫の機体に向け、撃ちまくる。敵も相当の使い手らしく、当たらない。直ぐに向きを変え、視界から消える。後方から青紫色の機体が襲い掛かり、背中の巨大なバックパックから二つの大きなハサミを出しつつ、ビームサーベルで切りかかる。しかし、振り向きつつブレード・ルミナリウムを展開し、右下から摺り上げる。リーチはトライアの方が長い。察知した青紫は即座に逆噴射を行うが、ブレード・ルミナリウムがかする。

 本当に、人類抹殺の破壊天使の一人なんだな。中破した百式を動かそうともがきつつ、コウはかすかにそんなことを考えた。その一瞬の隙の合間。

 赤紫の機体が、接近してきている。この距離なら。アーマーに付属しているメガ粒子砲を連射した。命中はしなかったが、右下へとよけ、視界からは消えた。このスキに。そう思った途端、腕が伸びた。前方スクリーンを左上へと横断するのが見える。衝撃。左肩を撃たれ、炸裂ボルトが誘爆した。一旦離れたかと思うと、ビームサーベルを構え、やってきた。

 やられる。確信した。

 だがその刹那、天使が翼を広げた。

 トライアに備わった最強の武器、フィールド・インペリウム。トライアの4枚の羽根が体を離れ、4方へと離れ離れになり進む。トーチカから離脱して、さらに広がったと見るや、その全てから虹色の光が放出される。やはり優秀なパイロットであるらしく、赤紫の機体は慌てて向きを変え、逃亡する。月光蝶ならこっちも危険だ。しかし動けない。だが虹色のカーテンは鼻先をかすったのみで、百式には影響を与えない。

(体の一部、なんてものじゃないな。あれじゃ本当に……)

 青紫の影がトライアの背後―こちらからは左側からに見える―に接近するのが見えた。心配しなくても、直ぐにナノマシンによって分解されるだろう。

 しかし、七色の嵐が治まった時、青紫の機体はトライアを羽交い絞めにしていた。

 背後に背負っていた巨大なバックパックは消失している。アレを被って突進していたお陰で助かったのか?そう思うや否や、赤紫のモビルスーツが飛びつき、構えたままのビームサーベルで即座に四肢を切断した。 「嬲り殺しにする積もりか!?糞ッ!!動け!動いてくれ!!!」

 だが無情にも、モニターには大きく"ENERGY NOT ENOUGH"と赤く表示されていた。

 コックピットを突き刺そうと、青紫の機体に損害を与えないよう出力を弱めたサーベルを構えなおす。

 ―何とも不可解なことに、一瞬両機の動作が止まったかと思うと、トライアを開放して去っていってしまった―

 だがそれを不思議がる余裕はない。マハー・カーラーはどうなっている?拡大する。見える範囲の30%が赤く燃えていた。やったか?

 次の瞬間、バスター砲に匹敵するほどのレーザー砲がトライアを直撃した。その瞬間、コウはトリエが初めて、片言ではない流暢な言葉を話すのを聞いた。

 「さよなら」

 <interlude>

 『オマエはワタシ、ワタシはオマエ、昔、ワタシタチだったモノ』

 『そう、あなたは私、私はあなた。昔、あなた達だったモノ』

 『ナゼ、オマエガ?』

 『……?……』

 『ワタシモ「ふてきかく」トイワレ、ステラレタ。ナニモナイ。ナニモ』

 『……!……!』

 「ゴ……メン……サ……ワタ……ダ……ケ……シアワ……ゴメ……」

 トリエが泣きながら途切れ途切れに発する声がコックピットに響く。

 コウの中で、何かが切れた。

 </interlude>

 赤黒く輝く異様なビーム砲に炙られ、トライアは枯れつつあった。モビルスーツではあっても、死んだ植物のように萎び、色褪せて茶色くなりつつある。機械よりも生物に近い。

 「動け!動け!動け!!」

 それを見つめることしか出来ないコウの声は、最早人間のものではなくなっていた。ビーム砲が停止する。トライアの姿は、浜辺に流れ着いた流木に近い。

 潰された左腕を何度も何度も岩盤に叩きつけ、強引に機体を小惑星から引き剥がすことに成功した。それでもスラスターの半分以上が破壊され、満足に動くことすら出来ない。機体の質量が重過ぎるのだ。

 「ウラキ機、アーマー放棄!」

 「死ぬつもりか!?」

 リリー・マルレーンのブリッジに悲鳴にも似た報告が響く。モニターに写る百式改は、左腕が潰され、右足がもげ、装甲が傷だらけで今にもバラバラに分解しそうだ。トーチカの有る小惑星にとりつくのには成功したものの、微妙な動きは望むべくもない。満身創痍の状態で無様にバスター砲へと這いずっている。だが、百式改特有の傲然たる面構えと黄金の輝きは、色あせていない。

 「ウラキ大尉!バスター砲を掴んだらトーチカを捨てて3204に移れ!敵の攻撃はこのトーチカに集中している」

 ライデン機からの緊急通信が響いた。

 「嫌だ!!時間がかかれば、それだけトライアが傷つく!ここから撃たないと、トリエが危ない!」

 「お前が死ぬぞ!!」

 何を言っているんだ、この似非赤は?よく聞こえていないらしいから、通常回線、非常回線、予備回線、全て使って聞かせてやる。

          「構うか!!トリエのいない世界になんか、何の興味もない!」

 「完全に我を忘れてやがるな……副司令官殿!砲手を更迭し、ライデン中佐への委任を意見具申します」

 リリー・マルレーンのブリッジで艦長のデトローフ・コッセルが操舵盤から顔を上げ、発令席にミネバと並んで座っているマツナガに、半ば以上理性を失った声でいった。

 「ウム……」

 マツナガが呻く。だが雷鳴のように割って入った声があった。

 「この玉無し共が!!アンタらがコウの坊やに命令したんだろう。やるっていってるんだ、やらせるべきだろう! 自分の仲間を、信じられないのかい!?」

 マハー・カーラーへの突入態勢を整えていたシーマからの通信だった。艦長が上ずった声で言い返す。

 「でもシーマ様、あいつは連邦の……」

 「あたしゃ、故ありゃ肩入れするのさ!」

 それでも艦橋はなお混乱していた。が、この場に最も似つかわしくない、少女の冷静な声がそれを鎮めた。

 「ウラキ大尉に任せろ」

 ミネバがつぶやくようにいった。

 「しかしミネバ様、あの者は個人的への勝手な愛情に凝り固まっております。あのような無謀な愚行は、彼自身の生命にも危険が……」

 マツナガが諭そうとするや、ミネバは急に色をなし、目を吊り上げて言った。

 「無礼者!父上も、母上と私が逃げる時間を稼ぐために、自らビグ・ザムを棺桶として討ち死になさったのだぞ。うぬはそれを愚行と言うか!?」

 マツナガは思いもかけないミネバの激昂に少し戸惑っていたが、幼い頃からプライベートでは俺・お前の仲で通していたドズル・ザビを相手にしていたときを思い出し、勝手を取り戻した。

 全く、ドズル、見た目からは分からないが、お前さんそっくりだよ。

 「……畏まりました。まさに、あれこそがジオン軍人の伝統というものでしょう」

 「分かればよろしい」

 育ちのいい人間特有の切り替えの速さで、ミネバは答えた。だが問題はこれだけではない。レイラ・レイモンド中尉のαアジールから緊急通信が入る。

 「しかし、先ほどの砲撃でビット・モビルスーツは実弾の5割を消費し、対空砲火も再開され、ビットの2割が使用不能となっています。これでは有効な打撃が……」

 「いいや、実弾はある!ムラサメ中尉、レイモンド中尉、実弾攻撃の代わりに、全ビットをマハー・カーラーに激突させろ!」

 トーチカの周囲を警備する工兵隊を指揮するガトーからの通信が割って入った。

 「いいんですか?あの中には中佐の……」

 ゼロ・ムラサメ中尉が騎乗するαアジールから疑問の無線が入った。だが

 「構わん!旧式の機体なぞ、いい機会だから処分してしまえ!」

 感傷を振り払うように言い捨てると、ガトーは、自らが騎乗しているギラ・ドーガと同じ色に塗装されたゲルググがあるはずの空域に目をやり、思った。

 (お前がかつて『ソロモンの悪夢』と呼ばれた私の空蝉ならば、我が想いを、守れ)

この距離からは効果がない対空砲火がマハー・カーラーからトーチカへと集中していた。周囲を弾丸の軌道が包む。普通ならばなぜ弾丸を無駄遣いするのか、トライアを破壊したい理由でもあるのかと疑問に思うところだが、コウは完全に理性を失っている。

 百式はもう、スクラップにしか見えない。それでもコウが健在の右腕をバスター砲へと伸ばすと、無事接続が行われたことを示す、気の抜けたような電子音が鳴った。いける! 狙撃用バイザーを後ろの天井から引っ張り出し、手動で顔の前へと持っていく。エネルギーの最充填まで、あと10秒。

 丁度その頃、監視カメラをハッキングしてその模様を注視している面々があった。避難シャトルに乗っている。

 「おい、これ、あの連邦のアンちゃんじゃねえか?」

 「金色だしな」

 「動かし方のクセも似てる。しっかし、隅に置けねーなー」

 モニターを眺める一団の中に、以前コウを殴打した痩せた男もいた。

 (すまねえ兄ちゃん、後で俺のこと、好きなだけ殴ってくれ。だから、サイド3を救ってくれ……)

 「マハー・カーラー、再び主砲発射態勢に入りました!」

 絶望的な声がブリッジに響き、有線通信を通じて百式に届く。だがコウの耳には入らない。

 撃った。

 タッチの差で、コウが早かった。主砲”ガルダ”のために充填されていたエネルギーが大慌てでIフィールドへとまわされ、結果として双方が中途半端なものとなり、バスター砲に圧殺された。マハー・カーラーの姿は、一年戦争におけるソロモンを上回る悲惨なものとなった。なお捕虜の証言によると、対空砲の観測要員であった同僚からの通信が

 「悪夢だ!ソロモンの……」

 を最後に途絶したという。

 だがそれもこれも、後になって分かったことだ。

 「ええい、何故だ……なぜ私の言ったとおりに動かん!」

 砲撃で酷い打撲を負ったらしいラウ・ル・クルーゼが、よろけつつも極秘のCPUルームに入りながら悪態をつく。目の前にはレギオン――トリエルの姉妹――が複数のコードに接続され、緊縛されている。

 「だが仕方ないか…敵があれだけの武器を持っているなど、計算外だった。このチャトゥルブジャ(サンスクリットで4つの武器を持つ者、という意味)の、対空砲、ガルダ、それ自身に続く最後の武器を見せてやる……自爆させ、この空域をデブリで満たせばサイド3は実質上機能不全に陥る」

 突然、操作パネルが吹っ飛んだ。慌てて部屋の入り口に視線を移すと、シャギア・フロストが、片手で拳銃を構えていた。

 ――馬鹿な、同志のはずだ。自分のような忌まわしい存在を産んだ世界への復讐。自分たちを認めず、同士アイン・レヴィを葬り去った世界への復讐。動機は違えど共に世界を憎み、サイド3に壊滅的打撃を与えることで憎悪の連鎖を巻き起こそうと計画していた筈だ――

 「貴様は、我が兄弟のタブーを犯した」

 「同じ肉体と魂を持ったもの同士を争わせるなんて、僕らにとっては冒涜以上だよ」

 「ま……待て、誤解だ!」

 「問答無用」

 シャギアの拳銃が火を噴き、放たれた弾丸はクルーゼの頭を吹き飛ばした。

 「さて……この姫君をどうしたものか」

 だがオルバは既に、レギオンを解放する作業を始めていた。

 「兄さん、実は僕、妹が欲しかったんだ」

 「奇遇だな、オルバよ。私もだ」

 「トリエーーッ!!」

 トーチカのケーブルを接続し、鉄屑同然の百式を無理やり動かした。肘の部分から切断されたトライアの左腕の下に右腕を回し、モビルスーツ整備プラントがある小惑星へと連れて行った。エアロックへと連れ込み、モビルスーツ用スイッチを押して与圧する。気圧が十分なものになったことを確認すると、ヘルメットを脱いでコックピットから飛び出した。

 仰向けに寝かせておいたトライアへと駆け寄る。トライアは生気を取り戻しつつある。自己修復を開始したのだ。

白茶けた色は濃い灰色を取り戻し、切り落とされた手足の切断面からは早くも芽らしいのが顔を出している。その分の資材を百式から吸収しているのだ。ものすごい音を立てて倒れた。分解されている。もはやモビルスーツでもなんでもない。

 しかし、コウにはそんなことに気がつく余裕はない。大急ぎでトライアの腰に乗り、ハッチの右下にある強制開放ボタンを押す。ブォンという音を立てて隙間が開いた。普通ならハッチが吹っ飛ばされるはずだ。まだ万全ではないのか。

 隙間に手を差し入れ、ハッチをこじ開けようとする。あまりの熱さに一瞬ひるむが、すぐに作業を再開する。ノーマルスーツの焼ける嫌な音と匂いがするが、今はそれどころではない。

 「トリエ、大丈夫か!?」

 目は閉じている。しかし胸は小刻みに上下している。生きている。安堵した。ヘルメットを脱がせ、肩を揺さぶった。

 「ア……ウラ、キ……サ……」

 安心のあまり脱力する。手が肩から床に滑り落ちる。

 「ああいう時にさ……それに、初めてカタコトでなくて、それが、さよならなんて……悲しいじゃないか」

 自分でも何を言っているのか分からない。後から後から、涙が溢れてくる。

 「ダ……メ……タスケ、テモラッタトキ……ノ、コ……トバ……シーマサ……イッテ、タ……」

 「そうだね」

 微かに微笑みながら、いった。

 「「ありがとう」」

 そのとき、トリエもつられて微笑んだ。コウにはそれが、大輪の花が開いた様に見えた。

 </stage clear>

 フロスト兄弟の攻撃を受けて大分数が減ったキマイラ隊の一機が、ようやくコウとトリエの避難した小惑星を探り当てた。二人がいる休憩室のドアを開け、ライデン中佐が入ってきた。

 「無事だったか」

 この場には不自然なソファーに仰向けになって、コウは眠っていた。トリエもそのソファーに座り、太股の上にコウの頭を乗せ、いとおしげに安らかな寝顔を見つめている。

 「……シ…ズカニ、シ……テ……。ウラキサ……ツカ、レ……テル。ネカセテ、アゲテ……」

 「ああ、悪かったな」

 ライデンは振り向いて廊下にいる部下に静かにするよう伝えると、休憩室の壁にかかっていた通信機を取って報告をはじめた。

 「こちらライデン中佐、コウ・ウラキ大尉とディー・トリエル伍長の無事を確認した。トライアは自己修復中、あのまま2,3日もほっとけば直るだろ。百式はもう見る影もない」

 報告を終えてから振り向いた。トリエの顔が見えない。ソファーに近寄ってみた。

 トリエは、いつのまにかコウに寄り添う位置に移って、安心しきった顔で眠っていた。ライデンは苦笑しつつ囁いた。

 「全く、お前さんもその男も、よくやったよ」

 「……我々は対象を”マハー・カーラー”と呼称しておりました。これはサンスクリットで『大いなる闇』という意味ではありますが、ヒンドゥー教において世界の終末をつかさどる神、シヴァの別名でもあります。一方でサートゥルヌスの面々は、”チャトゥルブジャ”と呼んでおりました。これは同じく『4つの武器を持つ者』、という意味ですが、ヒンドゥー教における世界を維持する神、ヴィシュヌの別名です。そしてこの違いが、サートゥルヌスの企んだBプランをまさに象徴するものでありまして……」

 記者会見の場。戦勝に浮き立つマツナガの口からは無限に薀蓄が飛び出すようで、慣れているはずの報道陣の面々もいささかウンザリした表情を作っている。

 「ところで、今回の作戦は何という名前なのですか?」

 プレスの一人が立ち上がって質問した。返答を求める声がいくつも湧き出る。

 「作戦名、ですか……」

 考えていなかった、とは言えない。ふと、今回の戦費と共和国軍再建の資金を低利で融資してやると申し出たある財団の名前を思い出す。確か本家のご令嬢でもあるロンド・ベル司令官の奥方が、作戦に参加できなかったお詫びに、と提案して下さった筈だ。彼女の旧姓は……

 「ヤシマ作戦です」

 マツナガは堂々と答えた。これならば格好もつくし、スポンサーも喜ぶだろう。

 ……柔らかな夢を見ていた……

 暖かく、懐かしく、直ぐ側に有る筈なのに、ひどく遠かった。そんなものに包まれているような夢を見ていた。

 目を開ける。眩しくてすぐ閉じる。

 「お、起きたぞ!」

 (その若いはずなのにおっさん臭い声は、ガロード君か……エゥーゴで転戦していたときは、要らなくなったモビルスーツを高値で売りさばく手腕に感心してたんだよ)

 「大丈夫か」

 (アムロ大尉、今こられても遅いんですよ……)

 上体を起こした。どうやら病院の個室らしい。ベッドの左側に置かれた椅子に座ったトリエに、まず目がいく。部屋を見渡すや、大騒ぎになった。

 全くの壮観だった。エゥーゴのアムロ・レイ、チェーン・アギ、ガロード・ラン、シロー・アマダ、ワイズマン准尉にクリスチーナ・マッケンジー中尉、カミーユ・ビダン(医大生のはずだが)、セイラ・マス……

 それに提携組織のプリベンターからも、ドモン・カッシュ、ミリアルド・ピースクラフト、ヒイロ・ユイといった面々が揃っている。

彼らが思い思いに話しているのだから騒々しいことこの上ない。

 なぜか、ガロードとドモンとアマダが親近感の籠もった瞳でこっちを見ている。何かしたっけ。

 と思うや否や、中年の看護婦が  「病室で騒ぐなーーっ!」

 と絶叫して、全員を追い出した。病院でベテラン看護婦に勝てるものはいない。

 「騒がしくて大変ですねぇウラキさん、大丈夫ですか?」

 「ええ、何も問題はありませんが……」

 その看護婦も、好奇に満ちた視線でコウとトリエを見ている。一体なんだ?

 看護婦が出ていって一息つく。と思っていたら、ベッドの下からぬっとシャア・アズナブルがでてきた。

 「ギャー!」と叫びかかったが、打撲に響いてえらく痛い。

 「ウラキ君、よくやってくれた。百式はお釈迦だが、まあ構わない」

 相変わらず糞が付くほど落ち着き払っている。ゼイゼイいいながら、疑問を解消しておこうとおもった。

 「あの、何か皆俺を見てるんですが……特にドモン君が」

 「合同演習の時の君のGP03は彼に一発で撃墜されたな」

 「嫌なこと思い出させないでください!」

 また大声をだして、傷跡に響く。しばらく横たわって七転八倒した。

 「いや、例の射撃の時に、な」

 シャアの唇は、おかしくてたまらぬ、というように片側が吊り上がっている。

 「ところで……ドモン君がデビルガンダムを退治したときのことを覚えているかね?」

 「サイド2の、ネオジャパン・コロニーの事件でしょ。あの全世界を前に恥ずかしい告白した」

 シャアの表情がいっそう奇妙に歪む。意味もなく人をからかってはよくこういう表情をしたものだと、コウは思い出した。

 「……君、バスター砲の第二射の時、全回線を開いただろう」

 「ああ、そういえばそうですね」

 「あの百式は、通信電波の出力を試験的に強くしておいたんだ……で、そのとき君が言ったことが、あの宙域一帯に中継されてしまってな……」

 気の毒でたまらなさそうな顔を作ろうとしても笑いを抑えきれない、とてつもなく変な顔でシャアは言った。コウはしばらく狐につままれたような顔で何をいったのか思い出そうとしていたが、やがて絶望しきった顔で天を仰いだ。

 「ま、お幸せに」

 シャアはいつの間にか黒い長髪のかつらを被り、和風の羽織を身に着けている。

 「……ザフトのデュランダル議長の変装ですか?」

 「よく似ているといわれるが違う。少し活動しすぎてな、ジオニックは辞めた。今は剣道の師範をやっている」

 その後は、何も言わずに去ってしまった。コウとトリエだけが病室に取り残されている。

 トリエは、いつもの夢見るような目でコウを見ている。コウはしばらく頭を抱えていたが、深呼吸をすると

 「ま、それもいいか」

 とつぶやいた。左手で招きよせる動作をしつつ

 「おいで、トリエ」

 といった。トリエが身を寄せると、左手で肩を軽く掴みつつ、右手を生え際に差し込み、頭をクシャクシャに撫で始めた。トリエは最初じっと耐えるような顔をしていた。が、少しクセのある柔らかな髪の感触を楽しむように撫で方を優しくすると、次第に目を細め、顎の下を撫でられている猫のような恍惚とした表情になる。

 不意に、首の裏に両手を回された。

 顔が近づく。

 瞳が少し潤んでいる、閉じた。

 暖かい体温を感じる。

 甘い体臭と石鹸の香りが混じった空気が鼻孔を満たす。

 唇が重なる。

 /Epilogue

 ――月、グラナダ市――

 壁にかかったカレンダーには、3日後からのサイド3行きが示されている。

 シャワーの音を止めると、ラジオの音声が聞こえるようになった。サイド3が辛くも破滅を免れた件についての特集を放送している。工兵大隊長の名前が出た。

 「まだ、戦ってるのね……変わらないわね、貴方は」

 声の主――ニナ・パープルトン――は、全裸のまま窓辺に立ち、サイド3の方角を見上げた。

 「会えるときが楽しみよ、ガトー」

 


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