プロローグ
俺は、俺個人を見てくれる人が少なかった。
月で俺の身分を知らずに過ごした幼馴染。兄弟のように育った使用人。
それだけだ。父でさえ、俺の肩書きにふさわしい振る舞いを求め、それ以外のことに興味すら持っていないようだった。
そんな積み重ねがあったから、とても嬉しかったのだ。たとえ君の目的がどうであろうと、俺個人に目を向けてくれたことが。だから、守りたいと思ったんだ。
彼女の立場は正当性があるが、この状況下では危険すぎるものだ。
ラクス・クラインの影武者。プラントにいっこうに帰らない平和の歌姫の代理人。
ラクス・クラインは平和の歌姫として、プラント全ての心の支え、希望、癒しだ。彼女の不在が知れたら、民は嘆くだろう。
だから、彼女の代わりを用意して落ち着かせるのは、方法はどうあれ、必要な措置だ。
ただ、ユニウスを落とした行為がザラ派の総意でないように、クライン派も一枚岩ではない。真実に気づいた、どちらかの過激派が彼女を危険に晒す可能性は大いにあり得る。
ラクスが戦争を止めた立場でなければ、あるいはプラントに留まっていれば、彼女はこのリスクを負う必要がなかった。
声明を知ったラクスがプラントに上がってきたなら、秘密裏に事は収まるはずだ。しかし、今の彼女はキラとの平和な暮らしをオーブで続けていくことを望んでいるように見えた。プラントに戻る可能性は低い。
「せめて、プラントの拠り所がラクス以外にもあれば良かったんだが」
シーゲル前議長によるプロモーションと大戦を止めた英雄の一人という肩書はプラント市民の彼女への依存をより強めていた。
ラクス・クラインの名は人一人に余る、重すぎるものだ。
平和への歌を歌うだけなら良い。政治に介入できる、影響力を及ぼせるような歌手が、彼女の他にいない。それどころか、彼女以外の歌手がメディアに映ったことはほぼ無いことに思い至り、徹底したプロモーションに寒気すら覚えた。ラクス・クラインと同じ位置に立てる者が直ぐには見つからないことに、重いため息を吐き出して少し憐れむ。
彼女が、ただの歌手であれば良かった。そうすればただ歌っているだけで良かったから。
彼女の父が、プラント最高評議会議長でなければ良かった。そうすれば、政策に利用されなかったろうから。
彼女にクライン派という力が無ければ良かった。そうすれば、彼女は戦場に関わることも、フリーダムをアイツに渡すことも無かったはずだ。
俺は、アスラン・ザラはそこまで重要ではない。ラクス・クラインの婚約者として知られているが、恐らくその位置は、俺である必要性は必ずしも無かったはずだ。
そんな仮定や自己分析に大きな意味はない。思考もまとまったと思うが、やるせなさで袋小路に入った気がする。
とりあえず、最低限必要なことをこなすため、俺は携帯に懐かしい番号を打ち込んだ。
ラクス以外のプロ歌手を本編で見たことがないことから、クライン派の工作やプロモーションでメディアから干されたのかな、と考えてみた。
ラクスは普通の女の子で居たかったけど、父の立場やクライン派の力を使ったことで、ラクス・クラインの名前が放り出すには大きくなりすぎていた。
フィクションだからしょうがないけど、大物議員の娘が芸能界でトップ走ってる上に、政府への無茶ぶりも聞き届けられるみたいなトンデモ状況。